ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- / Top↑
◆マリンブルーの楽園 【長編・完結】

  マリンブルー

▼作品傾向:近未来ファンタジー・宇宙・恋愛・美形▼


 時は、三十世紀――
 銀河Ⅲ系に存在する《水の星》惑星アクアには「一人のアクア人は一つの海を創る」という伝説が残されていた。
 補佐官ミシェルは、美しい水の星でアクア人の少年ミスミと出逢う。
 宇宙が舞台ですがSF要素は全くありません(汗) 恋愛(?)ファンタジー。
  


【INDEX】 

  ◇プロローグ   
  ◇Ⅰ     
  ◇Ⅱ       
  ◇Ⅲ         
  ◇Ⅳ       
  ◇Ⅴ       
  ◇Ⅵ       
  ◇Ⅶ         
  ◇エピローグ  


スポンサーサイト
2009.06.18 / Top↑

 ――人はみな、
    
    海から生まれたという――




← NEXT
 にほんブログ村 小説ブログへ  
ブログパーツ
2009.06.18 / Top↑
 三年間の苦労が報われる瞬間がやってくる。
 この三年間、地を這いずり、水中で藻掻き、宙を彷徨い、炎の中を潜り抜けてきた。
 辛酸で凄惨な日々だった。
 だが、ついに厳しい訓練の全てに終止符を打つ刻がやってきたのだ。
 ミシェル・ギルフォートは、込み上げてくる嬉しさを隠し、真摯な面持ちで正面に座する学院長を見つめた。
「ミシェル・ギルフォート君」
 学院長の鋭い眼差しがミシェルを射る。
「ハイ!」
 ミシェルはブーツの踵を打ち鳴らして足を揃え、姿勢を正すと敬礼した。
「まずは、卒業おめでとう。三年間で我が学院を卒業するとは、女性としては中々の快挙だよ。しかも、今年度の主席卒業だ。よく頑張ったね」
 学院長の労いの言葉に対して、ミシェルはニッコリと微笑んでみせた。
『女性としては』という箇所に多少の引っかかりと偏見を感じたが、この際、それは些細な語弊として受け流すことにしよう。
 学院長の言う通り、通常五年間の訓練プログラムが組まれている補佐官養成学院を三年で卒業するということは快挙なのだから。
「君は非常に優秀だ。それでだな、卒業と同時に早速赴任先が決まったというわけだ」
「赴任先……? わたしのマスター、もう決まってるんですか?」
 軽い驚きとともに学院長を見返す。今日は卒業証書の授与だけが成されると思っていた。だが、赴任先――自分の遣える主人まで既に決定されていたらしい。
 卒業と同時に仕事が斡旋されるというのも珍しいことだ。
 普通なら、一ヶ月から半年間はマスター捜しに費やされるはずなのだが……。
「君は主席卒業だから特別だよ。軍は常に優秀な人材を欲しているんだ」
 学院長が誇らしげに微笑む。彼は机上に置かれたコンピュータのコンソールパネルを軽く指で弾いた。
 直ぐ様、ミシェルの眼前に立体映像が浮かび上がる。
「これが、君の主人となる人物だ」
 虚空に浮かんでいるのは、軍服を纏った若い男だ。
 しかも、将校階級を示す華麗かつ荘厳な軍服を着用している。
 ミシェルは、自分の主となる男の映像をまじまじと見つめた。
「太陽系同盟軍第三艦隊所属――カケル・アマミヤ少佐。二十五歳だ」
「二十五歳で少佐ですか?」
 ミシェルは驚愕に目を剥いた。
 二十五歳で少佐とは、かなり早い出世だ。それだけ、この立体映像の男が優秀だということだろう。
 均整のとれた長身、端整な顔立ち――第一印象は悪くない。
 カケル・アマミヤは非の打ち所のない青年将校のように見受けられた。
 ――もしかしたら、わたしは今、宇宙一の幸せ者なのかもしれない!
 ミシェルは胸中で渦巻く歓喜を抑えるように、ゴクリと唾を呑み込んだ。
「アマミヤ少佐は、実直で誠実な優れた将校だと聞いている。彼の元でなら、君の素晴らしい頭脳も充分に活かせるはずだ。――どうだね、悪くない話だろう」
 学院長の言葉に、ミシェルは必要以上に大きく頷いた。
 悪くないどころか最高の話だ。
 補佐官の未来は、遣える主人によって決まる。
 将来有望な青年将校は、ミシェルにとっても理想――最上の就職先だった。
 三年間の苦行を乗り越えてきた結果、自分は見事、輝かしい未来への切符を手に入れたのだ。
 あまりの嬉しさに自然と顔が綻ぶ。
「ミシェル・ギルフォート、謹んでお話を受けさせていただきます!」
 新しい生活に心躍らせ、ミシェルは喜色満面の笑顔で最敬礼した。



     「Ⅰ」へ続く




← NEXT
→ BACK
 にほんブログ村 小説ブログへ  


ブログパーツ
2009.06.18 / Top↑
  Ⅰ



 広大な宇宙空間が巨大モニターに映し出されている。
 色とりどりに輝く星辰を眺めながら、ミシェル・ギルフォートはその美しさに溜息を落とした。
 宇宙は見慣れている。
 だが、この銀河を観るのは初めてだ。
 今までミシェルは、銀河系から出たことなどなかったのだ。
 地球を有する太陽系と、太陽系を含む銀河系の中なら幾度も旅行したし、補佐官養成学院の訓練で様々な惑星を巡ったこともある。
 しかし、近年発見された、この銀河?系を訪れるのは初の出来事だった。
 五世紀も前に発見された銀河?系にすら行ったことがないのに、よもや自分が銀河?系に飛ばされることになろうとは予測もしていなかった。
 ――こんなはずじゃなかったのに。
 宇宙船スクルドに乗り、地球を出発してから約二ヶ月――そんな想いがずっとミシェルの胸中に蟠っていた。
 全ては、カケル・アマミヤが悪いのだ。
 だが、彼ばかりを責めているわけにもいかない。
 運がなかったのだと諦め、今の境遇を受け入れるしかない。
 カケルは自分の主であり、自分は彼の補佐官なのだから……。
「カケル隊長」
 ミシェルは沈みかけた気分を払拭するようにかぶりを振り、モニターから視線を外した。
 背を返し、大切な主人に目を向ける。
 カケル・アマミヤは眠っていた。
 イスに深く腰かけ、長い脚をデスクの上に投げ出した態勢で目を瞑っている。
 そのだらしない姿を見て、ミシェルは頬を引きつらせた。
 カケルは明らかに職務を放棄している。
 やる気というものが全く欠如しているのだ、この主人は。
 ミシェルはわざと足音を響かせながらカケルに歩み寄り、彼の顔を覗き込んだ。
「いつまで寝た振りをしてるんですか?」
 耳元で囁くがカケルは微動だにしない。
 ミシェルは眦を吊り上げて、彼を睨んだ。
「起きて下さい、アマミヤ少佐!」
 揶揄たっぷりに大声を張り上げると、カケルの瞼がパッと開いた。
 黒曜石のような双眸がじろりとミシェルを見上げる。
「嫌味か、それは?」
「はい。――嘘寝は禁止です、アマミヤ少佐」
 ミシェルが即答するとカケルは大仰に溜息をつき、不承不承といった様子で姿勢を正した。
「少佐なんて呼ぶなよ。今の俺は、そんないいもんじゃない。《太陽系同盟軍辺境調査局第七調査隊指揮官》という、異常に長ったらしい肩書きの持ち主だ」
「軍法会議で階級は剥奪されなかったんですから、少佐と呼んでもいいじゃないですか」
 辺境調査局の青い制服を恨めしげに眺め、ミシェルは更なる嫌味を放った。
 銀河?系が発見され、人類が新天地を求めてそこへ旅立ったのが五世紀前――二十五世紀末の出来事だった。
 人類は二つ目の銀河を手に入れたのだ。
 だがそれは、現在まで延々と続く宇宙間戦争の起因となった。
 およそ百年前、銀河?系に移住した人々が銀河系の支配と干渉を拒絶し、独立宣言を行ったのだ。
 それ以来、銀河系と銀河?系は対立関係にある。
 銀河?系の支配権を争う戦は、三十世紀を間近に控えた今もなお続いていた。
 銀河?系の叛乱を鎮めるために、地球を含む太陽系の惑星は同盟関係を結んだ。こうして結成されたのが、太陽系同盟軍なのである。
 三ヶ月前までのカケルは、太陽系同盟軍第三艦隊所属の敏腕少佐だった。
 しかし、どこで道を誤ったのか上司と大喧嘩し、挙げ句その上司を殴り倒してしまったのである。
 結果、彼は軍法会議にかけられ、辺境調査局に飛ばされた。
 辺境調査局も軍の組織には変わりない。だが、その実体は、軍内部の厄介者ばかりが集められるお払い箱なのである。
 つまり、カケルは体よく左遷されたのだ。
 ミシェルがカケルの元へ赴いたのは、軍法会議が終了した直後のことだった。
 その時点で、ミシェルの未来は閉ざされた。辺境調査局に異動ということは、この先カケルの昇格は絶対に有り得ないということだ。辺境調査局は軍人の墓場なのだから。
「何をむくれてるんだ?」
 カケルの不機嫌な眼差しがミシェルに向けられる。
「むくれてなんかいません。ただ、エリート将校の道を歩んでいたはずの隊長の現状を慮ると、悲しくなっただけです」
「オイ、嫌味も程々にしとけよ」
 うんざりしたようにカケルが言う。彼はミシェルに棘のある視線を投げ、そこで何かに気づいたようにふっと目を細めた。
「おまえ、いくつだっけ?」
「十八歳になったばかりです」
 唐突な質問を不審に思いながらも、生真面目に答える。
 すると、カケルの両眼に驚愕の色が浮かび上がった。
「十八!? ……そうか、十八なのか」
「はい。何か問題でもありますか?」
「いや、俺はてっきり十四、五のガキだと思ってた。おまえ、胸がなさ過ぎ――」
「サイッテー!」
 最後まで聞き終えないうちにミシェルは手近にあった書類を引っ掴み、カケルの頭を殴打していた。



← NEXT
→ BACK
 にほんブログ村 小説ブログへ 

ブログパーツ

2009.06.19 / Top↑


「マスターに暴力ふるうなよっ!」
「隊長はデリカシーに欠け過ぎです」
 ミシェルはカケルの非難をピシャリとはね除けた。
 補佐官養成学院の学院長が言っていた『実直で誠実』というカケル・アマミヤ像は全くの出鱈目だった。
 カケルと行動を共にして三ヶ月――解ったのは、彼が偏屈かつ横柄な口の悪い男だという事実だ。
「まっ、胸がないことくらい気にするなよ」
「気にしてませんっ!」
 カケルを鋭い眼光で睨めつけ、ミシェルは床に散乱した書類を片付け始めた。
「しかし、学院の連中、何で俺の補佐官にミシェルを選んだんだ? おまえ、今年の主席卒業生だろ? お先真っ暗な俺に、将来有望な補佐官をつけてもしょうがないのにな」
「そんなこと知りません。わたしが訊きたいくらいです」
 集めた書類を元の位置に戻し、ミシェルは憮然と応じた。
 基本的に、軍の将校には補佐官が一人つく決まりになっている。少尉の位から補佐官を手元に置くことが許されるのだ。
 補佐官は、その名の通り将校を補佐する役割を担っている。
 それゆえに優秀であることが求められるのだ。
 迅速に仕事を処理するための明晰な頭脳。
 主人を護るための高い戦闘能力。
 そして、主人への揺るぎない忠誠。
 補佐官を目指す者は、地球にある養成学院で通常五年間、必要な物事を叩き込まれる。
 過密かつ過激なカリキュラムをこなし、卒業試験をクリアした者だけが、補佐官として世に送り出される仕組みになっているのだ。
 主席で卒業したミシェルには、それなりの将校が斡旋されるはずだった。
 だが、学院側がミシェルに引き合わせたのは、辺境調査局に左遷されることが決定していたカケルなのだ。
 納得がいかない。
 物凄く理不尽な話だ。
 学院長とのやり取りを思い出し、ミシェルは不愉快さに眉をひそめた。
「でも、今なら解るような気もします。あの学院長、わたしのことが嫌いだったんですよ。たった三年間で主席卒業しちゃう生意気な女だから、嫌われてたんです。だから、わたしをぬか喜びさせて愉しんでたんだわ、きっと」
「偏見もいいところだな。権力を笠に着る、そんな下劣野郎はすぐにくたばっちまうから、あまり気にするなよ」
「あら、珍しいですね。隊長がわたしを慰めてくれるなんて」
「権力を過大評価し、権力を誇大に振りかざす奴らが嫌いなだけだ」
「軍法会議でたっぷり絞られた名残ですね」
「ほっとけ」
 カケルの冷たい眼差しが浴びせられる。
 ミシェルは肩を竦めてから話題を転換させた。
「隊長の左遷は予想外の出来事でしたけど、この仕事は好きですよ。未開の銀河Ⅲ系に赴いて辺境星系を調査するなんて、素敵じゃないですか。軍本部がⅡ系との抗争に躍起になってる最中に、わたしたちは優雅に新銀河の探索。新しい宇宙を誰にも邪魔されずに航海できるなんて、最高の贅沢ですよね。旅行に来たと思って、気楽に仕事させていただきます」
「意外と脳天気だな。まっ、スクルドに乗ってる連中の大半が楽天家だけどな」
 カケルが悪戯っぽく笑う。
 スクルドとは、辺境調査局第七隊専用の宇宙船である。
 船員たちの個室が並ぶ居住エリアの他、人工公園やメディカルセンター、酒場や映画館などの娯楽施設も備えた巨大宇宙船だ。現在、約二千人の人間が船内で生活を営んでいる。
「スクルドの人間は、隊長と船長を筆頭に変わり者ばかりですからね」
 ミシェルが微笑み返すと、カケルは僅かに顔をしかめた。『隊長と船長を筆頭に』という箇所が気に入らなかったのだろう。だが、事実なのだから覆しようがない。
 スクルドには調査隊を総括するカケルとは別に、宇宙船の航路決定や操縦そのものを取り仕切る船長が存在しているのだ。
 ラギ・イドゥンという二十六歳の青年が、その任に就いている。
 カケルと旧知の仲ということだけあって、彼も相当な変わり者だった。
「でも、悪くないですよね、スクルドの乗り心地は。みんな、面白い人ばかりですから。――あっ、もちろん隊長のことも大好きですよ。辺境調査局に左遷されても、どんなに落ちぶれても、隊長はわたしのたった一人のマスターですからね」
 ミシェルは再度カケルに笑顔を向けた。
 カケルが気味悪そうに口元を歪める。彼は制服の胸ポケットから煙草を取り出すと、口に咥えた。続けて、精緻な造りのジッポで火を点ける。カケルの愛用品であるそのジッポは、オニキスと翡翠で構成された『龍神』が埋め込まれている美しい銀製のものだ。
「ミシェル――」
 気怠げに紫煙を吐き出し、カケルが手招きする。
 ミシェルは従順に彼の方へ身を乗り出した。
 カケルが煙をミシェルの顔に吹きつける。
 同時に、ミシェルの胸に柔らかな感触が芽生えた。背筋にゾッと悪寒が走る。
「やっぱり、ないな。まるでまな板のようだ」
 カケルが自分の片手を眺めながら、淡々と言葉を口にする。
 間髪入れず、ミシェルは彼の頭を拳骨で殴っていた。
「ホンット、サイテーッ!」
 カケルの手が胸を撫でたのだと理解した途端、ミシェルは怒りと羞恥に顔を朱に染めた。
 憤怒を込めてカケルを罵倒する。
「セクハラ・マスターなんて、最低最悪です!」
「安心しろ。間違っても、おまえに欲情するなんてことはない。今のは、ただの好奇心だ」
「そんな言い訳も低俗です!」
 猛烈にカケルを非難する。
 直後、室内に通信が入ったことを示す電子音が鳴り響いた。



 にほんブログ村 小説ブログへ 
← NEXT
→ BACK
2009.06.21 / Top↑


 ミシェルは、鋭い一睨みをカケルに与えてからモニターを振り返った。
 モニター脇のパネルの一部が緑色に点滅している。
「ブリッジからですね。きっと船長ですよ」
 ミシェルは机の上からリモコンを引ったくり、モニター画面を切り換えた。
 即座にモニターがメインブリッジ内の映像に切り替わる。
 画面の中央には、ブルーブラックの髪と灰色の瞳を持つ青年が映し出された。
 船長――ラギ・イドゥンである。
「おっと、中佐の地位を蹴って辺境調査局に異動志願した、スクルド一の変わり者のお出ましだ」
 カケルが楽しげにモニターに視線を馳せる。
 ラギは、親友であるカケルの左遷につき合って自ら辺境調査局行きを志願した、とんでもない青年なのだ。
 二十六歳という若さで中佐の地位を獲得していたというのに、勇気ある決断である。
 カケル以上に有望だった将来を何の躊躇もなく捨て去ったのだ。やはり、彼も変人の類に属する人間なのだろう。
「お疲れさまです、船長」
 ミシェルはモニターに向かって敬礼した。
 それを受けてラギが微笑を湛える。
『やあ、お二人さん。痴話喧嘩の最中に悪いんだけど、そろそろ目的地に到着するよ』
「痴話喧嘩なんてしてません。――っと、聞いて下さいよ。隊長ったら、わたしの胸が小さいって言うんですよ!」
 ミシェルはカケルに対する怒りをラギにもぶつけた。
 誰かに愚痴らなければ憤懣は治まりそうにもない。
「いいえ、小さいどころかまな板のようだとまで言われたんですよ! 酷い暴言だと思いませんか? 他人の肉体的コンプレックスいたぶるなんて、卑劣ですよね」
「なんだ、やっぱり気にしてるんじゃないか」
「隊長は黙ってて下さい!」
 カケルの呟きを素早く一蹴し、ミシェルはモニターに向き直った。
「船長、わたしの胸って、そんなに小さいですか?」
『いや、そんなことはないと思うけど……。気になるなら、オレじゃなくてレイラあたりに相談した方がいいよ』
 困ったようにラギが言葉を紡ぐ。
 レイラというのは、ラギの下で働く副船長のことだ。
『噂によると、レイラのあの豊満な胸は特殊薬によってあそこまで育ったらしいからね』
 ラギが冗談混じりに告げた途端、モニターが予告もなく二分割された。
 新たな通信が入ったのだ。
 ラギの姿は画面の右側に押し遣られ、空いた左側に二十代前半と思しき女性が出現する。
『割り込み、失礼します』
 微かな苛立ちを顔に表しながら敬礼したのは、話題の人物――レイラ副船長だった。
『今の話は事実無根です。私の胸は天然です』
 レイラが制服の上からでもはっきりと膨らみの解る豊かな胸を反らす。彼女のバストはIカップという見事な代物なのだ。
『聞いてたのか、レイラ。そんなに気を悪くするなよ。今のは冗談だよ』
『冗談にしても質が悪すぎます。――ミシェル補佐官、胸など気にしない方がいいわよ。大きいのも困りものだわ。男どもの卑猥な話のネタにしかならないんだから』
 肩の上で切り揃えた髪を揺らし、レイラがツンと顎を上向ける。おそらく、ブリッジ内で実体のラギの視線をはね除けたのだろう。
「オイオイ、啀み合いならブリッジでやってくれよ。何も通信回線使ってするほどのことじゃないだろ」
 カケルが煙草を吹かしながら、面倒臭そうにブリッジ組を諫める。
『失礼しました、アマミヤ少佐。これよりスクルドは、惑星アクアへの着陸態勢に入ります。大気圏に突入する際、多少揺れると思いますのでお気をつけを――』
 厳粛な表情を取り戻し、レイラが敬礼する。
 彼女の姿は瞬く間にモニターから消失した。
『そういうことだ、カケル。グロア星系第三惑星アクアに、もうじき到着だ。綺麗な惑星だから、今のうちにモニターで観ておけよ』
 笑顔でそう言い残し、ラギの姿も忽然とモニターから消えた。
 入れ替わりに、一つの惑星がモニターにクローズアップされる。
「綺麗……」
 その惑星の姿を見た瞬間、ミシェルは感嘆の溜息を洩らしていた。
 コバルトブルーに輝く惑星が、ミシェルの心を魅了した。



 にほんブログ村 小説ブログへ 
← NEXT
→ BACK
2009.06.21 / Top↑
 惑星アクア。
 その名の示すとおり、美しい水の惑星だ。
 辺境調査局第七隊が今回請け負った仕事は、アクアを有するグロア星系の調査だった。
 二ヶ月間の彷徨の末、ミシェルたちは今ようやくグロア星系の主星アクアに辿り着こうとしているのだ。
 ミシェルの心は、初めて目にする惑星に驚喜していた。
「綺麗……! 綺麗、綺麗、綺麗!」
 モニターを見つめながらはしゃいだ声をあげる。
 碧い煌めきを放つ惑星は、宝玉のようだ。
 これほどまでに美しく碧い惑星を、ミシェルは観たことがなかった。
「隊長、凄いですよ。惑星全体が青いんです! マリンブルーの楽園ですよ!!」
「そんな金切り声をあげなくても、モニターは見えてる」
 カケルが呆れた眼差しをミシェルに投げてくる。
「ちゃんと観て下さい!」
 ミシェルはカケルの口から煙草をもぎ取り、灰皿に押しつけた。
 両手でカケルの頬を挟み、彼の顔を強引にモニターへ向ける。
「確かに綺麗だな。水の楽園か……。大昔の地球も青い惑星だったらしい。流石にアクアほど明澄なブルーじゃないだろうけどな」
「へえ、地球って青かったんですか? わたしの知る地球は、茶色く煤けた砂礫王国ですけどね」
 カケルが披露する知識に、ミシェルは素直に驚いた。
「何世紀か前までは、青かったらしい。今より海も多く、緑も豊かだったと資料で読んだ。おまえ、養成学院で習わなかったのか?」
「習った気もしますけど、『地球が青かった』なんて教えられても信じられませんよ。わたし、生まれは地球ですけれど、育ちは冥王星ですし……。養成学院に入るために移住した時には、疾うに地球は砂色でした。でも――何世紀も前に生まれた人たちは幸せですね。青と緑に包まれた惑星で、生涯を全うすることができたんですから。羨ましいな」
 ミシェルは憧憬を込めた眼差しで、モニターに映る惑星アクアを見つめた。

 かつての地球は、アクアのように美しい惑星だったのだろう。
 しかし、現在の地球は、海と森林が極端に少ない砂の惑星だ。
 過去に生きた人々は、地球の今を予測し、嘆いたに違いない。
 だが、人類は地球を見捨てようとはしなかった。地球を護るために、敢えて宇宙へと旅立つことを決意したのだ。
 新たな居住惑星を求めて必死に銀河を探索し、移住可能な惑星に飛び立った。
 そして人口の減った地球は、壊滅することもなく、今もなお生き長らえている。
 太古の美しい姿は失ってしまったが、それでも地球は生き続け、人類を育み、人類発祥の地として人々の敬意を集めているのだ。

「惑星アクアが発見されたのは、五年も前のことだったよな。なのに、地球の連中はアクアへの移住を考えてない。不思議だよな。ここなら、第二の地球になりそうなのに」
 カケルが独り言のように呟く。
 その声で、ミシェルは我に返った。
 アクアに見入るのを中断し、カケルのデスクに視線を走らせる。彼の超小型コンピュータを無断で手に取り、ミシェルは軽やかにキーボードを指で弾いた。
「移住できないんですよ。アクアは美しい惑星ですが、海洋が九十八パーセントを占め、残りの二パーセントだけが陸地なんです」
 ディスプレイに引き出した惑星アクアの資料をカケルに見せる。
「アクアには大陸が一つしか存在しません。それも、大陸というよりは巨大な島です」
「ああ、人類の住める陸地がないんだったな。アクアは、正しく水の楽園ってわけだ」
 カケルが納得したように頷く。
「それに、アクアには先住民がいます。五年前の調査レポートを読むと、単純にアクア人と呼称しているようですね。姿形は人類とさほど変わりはないみたいです。碧い髪と瞳、肌は透き通るように白いそうです」
「五年前のレポートなら、俺も目を通したぞ」
「あら、隊長が予習してるなんて、不吉な予感がしますね」
 ミシェルが軽口を叩くと、カケルは忌々しげに舌打ちを鳴らした。
 ミシェルは慌てて彼から視線を逸らし、何事もなかったかのように再びキーボードを叩いた。
「アクア人は水棲人種。陸でも生活できますが、殆どは海中都市で暮らしているようです。なんだか、人魚みたいでロマンチックですね」
「乙女の妄想にはつき合ってられんな……。ロマンチックかどうかは、アクア人に遭遇してみないと解らないだろ。彼らの生態系は未だに謎だ。もしかしたら、人肉喰らう化け物かもしれないぞ」
「人肉を好むなら、前の調査隊は全滅しているはずです。それに、人間に外見が似てるなら、きっと親しみやすいですよ」
 ミシェルが反論すると、カケルは疲れたように重苦しい溜息を吐いた。
「おまえはホントに脳天気でいいよな」
「敏腕補佐官に向かって脳天気はないでしょう、隊長」
「敏腕とか優秀とか、自分で言うな」
 カケルが忌々しげに鼻を鳴らす。彼は緩慢な仕種で新しい煙草に火を点けた。
 物憂げな視線がモニターに向けられる。
「海で生まれて海で死ぬ――美しい水棲人、か。アクア人には妙な伝承があるらしいぞ」
 惑星アクアに視線を据えたまま、カケルがぽつりと呟く。
 ミシェルは興味をひかれ、彼に視線を転じた。
 ミシェルの目に浮かぶ好奇心を読み取ったのか、カケルが先を続ける。
「一人のアクア人は一つの海を創る――だとさ」
「は? 何ですか、それ」
 ミシェルは目をしばたたいた。
 アクア人に纏わる言い伝えなのだから、理解できなくて当然なのかもしれない。それにしても突飛な内容だ。
『海を創る』とは、一体何を示唆しているのだろうか?
「知らん。前のレポートにも意味不明だと注釈してあったぞ」
 カケルがぞんざいに応じる。
 彼はこの話題に終止符を打つように、大きく紫煙を吐き出した。
 仕方なく追及するのを諦め、ミシェルはモニターへ視線を戻した。
 途端、微かな揺れが身体を伝う。
「おっと、大気圏に突入したみたいだな」
 船体の揺らぎを楽しんでいるかのように、カケルが声を弾ませる。
 揺れは僅か数秒でおさまった。
 宇宙船スクルドは、アクアの大気圏を無事に突破したのだ。
 ミシェルは食い入るようにモニターを見つめ、心の奥底からせり上がってくる歓喜に顔を綻ばせた。
 もうすぐ到着するのだ、惑星アクアに。
 美しい惑星を己が目で見、その碧い世界を己が足で踏み締めることができるのだ。
 それを想うと、ミシェルの心は否が応でも舞い上がった。
 モニターの中には、碧い世界が広がりつつある。
 広がる大海原。
 煌めく碧海が、ミシェルの心を強烈に惹きつける。
 
 惑星アクアは、目にも鮮やかな碧玉の水の楽園だった。



     「Ⅱ」へ続く



 にほんブログ村 小説ブログへ 
← NEXT
→ BACK
2009.06.21 / Top↑
  Ⅱ


 
 惑星アクア到着直後、ミシェルは大気成分調査室へと走っていた。
 専門調査員が迅速にアクアの大気を採取し、その成分データを割り出しているはずだ。
「すみませーん! データ下さい!」
 調査室へ飛び込むなり、ミシェルは大声を張り上げた。
 コンピュータに向かって作業を行っていた調査員たちが、一斉にミシェルを振り返る。
「ミシェル補佐官、わざわざ取りに来なくても端末に転送しましたのに」
 調査員の一人が呆れた眼差しを送ってくる。
「何だか落ち着かなくて。綺麗な惑星だから、気持ちが逸っちゃったんです」
 ミシェルははにかんだ笑顔を返した。
 釣られたように調査員も微笑する。
「まっ、いいですけど。ちょうど今、分析結果が出たところです。――どうぞ」
 調査員がプリンターから排出されたばかりの紙片をミシェルに手渡す。
「ありがとうございます」
 紙片を受け取るとミシェルは勢いよく身を翻し、大気成分調査室を飛び出した。
 細長い回廊を足早に歩きながら、プリントされたデータに素早く視線を走らせる。
「ミシェル! ミシェール!」
 自分を呼ぶ声に気づいたのは、回廊を右に折れた瞬間だった。
 回廊を忙しなく行き交う隊員たちの中に、カケルの姿を発見した。
「あれ? どうしたんですか、隊長」
 ものぐさ隊長が執務室から出てくるなんて珍しい。いつもなら厄介事は全てミシェルに押しつけて、自分は執務室で泰然と煙草を吹かしているはずなのだが……。
「どうもこうもない。隊員の奴ら、これからの予定を早く決めて指示を出せ、と俺を急かしやがる。おかげで、俺専用の通信回線はパンク状態だ」
 不機嫌そうに眉根を寄せ、カケルはミシェルに恨みがましい視線を投げつけてくる。
「みんな、アクアが気に入ったみたいですね。早く降りたくて仕方がないんですよ」
 一応、自分の主人なので慰めの言葉をかける。
 それからミシェルは、意地の悪い笑顔をカケルへ向けた。
「それにしても、隊長ってわたしがいないと何もできないんですね」
「俺は七面倒臭いことは嫌いなんだ。隊員の要望に一々応えてられるか」
「いつから、そんなにぐうたらになったんですか? 戦艦に乗って第一線で活躍していた頃は、鋭敏で怜悧な青年将校だったんですよね」
「そんな過去の栄光は忘れたな」
「今は抜け殻ってわけですね。――解りました。隊長には、わたしの補佐がとっても必要だってことが。ああ、わたしって、なんてマスター想いの健気で有能な補佐官なんだろう」
「黙れ。このっ、自意識過剰補佐官が! 自分を誉め讃えるのは心の中だけにしろ。――で、大気分析の結果はどうだったんだ?」
 カケルの鋭利な視線がミシェルの軽口を封じる。
 ミシェルは胸中でカケルに向かって舌を出してから、毅然とした面持ちで彼を見返した。
「空気組成は、窒素七七%、酸素二一、アルゴン〇.九、二酸化炭素〇.〇三、ネオン〇.〇〇一、ヘリウム〇.〇〇〇五、その他成分約一.〇七%です」
 ミシェルは紙片を全く見ずに、はきはきと報告した。
 さっき一瞥しただけだが、データは既に頭の中にインプットされている。目にしたものを瞬時に記憶できてしまうのも、補佐官養成学院での訓練の賜物だ。
「空気組成は地球と殆ど変わりませんし、重力にも何ら支障はありません。今すぐ、生身のままアクアに降りることができますよ」
 驚くべきことに、惑星アクアの大気は地球と酷似していた。
 ――もしかしたら、太古の地球も海に覆われたアクアのような惑星だったのかもしれない。
 ふと、そんな考えが脳裏をよぎったが、ミシェルは慌ててそれを打ち消した。
 今は碧い楽園に想いを馳せ、夢想している場合ではない。補佐官としての務めを果たすのが先決だ。着陸直後の船内は何かと慌ただしいのだから。
「軽く調査に出ますか?」
「いや、やめておこう。アクアは日没間近らしい。外は夕闇に包まれてるし、第七隊にとっては新編成後、初めての調査だ。慎重に――というか、のんびりやろう。どうせ時間は腐るほど余ってるんだしな。調査は明日からだ」
 逡巡の欠片もなく、カケルが結論を出す。
 やる気皆無の隊長だが、こういう時の決断だけはやけに早い。
 要は自分がゆったりとくつろぎたいだけなのだろうが、彼の下した判断にミシェルも異論はなかった。
 五年前に別の調査隊が訪れているとはいえ、アクアは人類にとっては未知の世界。夜の闇にどんな危険が潜んでいるのかも解らない状態だ。やはり、夜間行動は避けるべきだろう。慎重かつ余裕をもって調査にあたるのが最善の道だ。
「了解。アクアにはいつまで滞在しますか?」
「一ヶ月がいいところだろ」
「そうですね。アクアから銀河Ⅲ系ワープゲートのある宇宙ステーションまで、約二十日。そこで物資を補給するとして……食糧残量その他諸々を考慮すると、滞在は一ヶ月が限度ですね。もちろん余裕をもった計算です」
「じゃ、その計算を信じて調査スケジュールを組んでくれ。それから、船員たちへの連絡もよろしくな。夜間外出禁止もしっかり言い含めておけよ」
 端的に命令を放ち、カケルは悠然と踵を返した。
「ああ、伝達が終わったら休んでいいぞ。今夜は、船内待機だから仕事はなしだ」
「了解、隊長」
 ミシェルがカケルの背に向かって敬礼すると、彼は前を向いたままヒラヒラと片手を振った。もう一方の手は無造作に黒髪を掻いている。背後からでは見えないが、きっと口は大きな欠伸を洩らしているに違いない。これから私室へ戻って惰眠を貪るのだろう。
「やっぱり、わたしがいなきゃ何もできないんじゃないですか」
 溜息混じりに独り言ち、ミシェルは制服の胸ポケットから超小型コンピュータを取り出した。
 システムを立ち上げ、片手だけで器用にキーボードを叩く。
 物凄い速度で伝達文書を作成すると、それを全ての船員に配信した。
「惑星アクアの探索は明日にお預けか……。ちょっと残念ね」
 コンピュータを胸ポケットに仕舞うと、ミシェルは長い金髪を翻してカケルとは逆方向へ歩き始めた。


     *


 にほんブログ村 小説ブログへ  
← NEXT
→ BACK

ブログパーツ
2009.06.21 / Top↑
     *


「ったく、休んでいいだなんて、よくも言えるわよね!」
 真夜中の船内を歩きながら、ミシェルは唇を尖らせた。
 カケルと別れて私室へ戻ってからずっと、ミシェルはコンピュータと睨めっこをしていたのだ。カケルに指示された一ヶ月間の調査予定を仔細に組み立てるためだ。明日から調査開始ならば、朝までに計画を練っておかなければならない。
 コンピュータと格闘すること数時間――ようやく一段落ついた。
 疲れの溜まった目を休め、睡魔を追い払うために、ミシェルは部屋を後にした。娯楽エリアへ向かうためだ。そこには、二十四時間営業のカフェがある。疲労と眠気のせいか、無性にコーヒーをがぶ呑みしたい気分だった。

「うちの補佐官を見なかったかい、レイラ?」
 眠い目を擦りながら通路を歩いていると、不意に耳慣れた声が聞こえてきた。
 目をしばたたかせながら顔を上げると、通路の端でラギとレイラが向き合っていた。
「ブリッジを出た後は一度も逢っていませんけれど」
 レイラが首を横に振る。
「どうしたんですか?」
 二人のやり取りを不思議に思い、ミシェルは声をかけた。
 長身のラギを見上げるが、応えたのはレイラの方だった。
「伝説の補佐官が姿を眩ましちゃったそうよ。どうせ、船長が下らないことで怒鳴りつけたんでしょうけどね」
 レイラの軽蔑の眼差しがラギに向けられる。
「オイ、人聞きの悪いこと言うな――」
「とにかく、私は知りません。では、失礼します」
 ラギの言葉を素早く遮り、レイラは颯爽とした足取りで去ってゆく。
「クリスの姿が見当たらないんですか?」
 レイラの後ろ姿を見送り、ミシェルは再度ラギに問いかけた。
 ラギが困ったように片手で自分の髪を弄ぶ。
 クリスというのは、ラギの補佐官のことだ。
 しかも、ただの補佐官ではない。
 レイラの言う通り『伝説の補佐官』なのだ。

 クリス・ユグドラシル。
 補佐官養成学院のカリキュラムを僅か一年でクリアし、若干十五歳で主席卒業した天才補佐官。
 眩いプラチナブロンドに神秘的なアメジストの瞳――顔の造形は繊細で美しく、ギリシア神話に出てくる美の女神の化身だと讃美する者も多い。
 スクルドの男連中がクリスの麗姿に見惚れ、陶然とする様を、ミシェルは幾度となく目撃している。それほどまでに端麗な容姿の持ち主なのだ。
 惜しむべきは、クリスの性別が歴とした男であるという事実だろう。
 そして悲しむべきは、彼が極端に感情の乏しい人間だという点だろう。
 喜怒哀楽というものが表情にも態度にも出ない稀有な人物なのだ。
 眉一つ動かさず、一片の躊躇もなく、彼は人を殺せるのだという。
 そんな類の噂を、ミシェルは学院に在籍していた頃から数多く耳にしていた。
 頭脳明晰・容姿端麗なクリスは、卒業してから八年近く経つというのに、未だに補佐官候補生の間では伝説の人物なのだ。

「また喧嘩したんですか?」
 ラギが口を開かないので、ミシェルは仕方なく質問を重ねた。
「ちょっとね……。あいつがオレの補佐官になって三年経つ。けれど、オレは一度もあいつの寝顔を見たことがないんだ」
「――は? どういう意味ですか?」
 ミシェルが小首を傾げると、ラギは口の端に自嘲の笑みを浮かべた。
「あいつは、決してオレより先に寝ないし、オレより後には起きないんだよ。つまり、いつ寝てるのか全く解らないんだ」
「はぁ……わたしには到底耐えられないことですけど。カケル隊長相手に、そこまで忠義を尽くせません」
 思わず本音を洩らすと、ラギが愉快そうな笑い声を立てた。
「やる気ゼロの少佐だもんな、あいつは」
「船長も同類だと思いますけど?」
「オレは、この仕事を楽しんでやってるからいいんだよ。艦隊の指揮を執るよりずっと気楽だ。カケルだって同じだろ。まっ、あまりあいつを虐めないでやってくれよ。あれでも傷心の真っ只中なんだから」
「軍法会議を引きずってるからですか?」
「その原因となったものを引きずってるから――だよ。あいつは、前の補佐官を亡くしたばかりなんだ。そのショックで、今のようにアメーバー状態に陥ってるんだよ」
「前の……補佐官……?」
 ミシェルは眉間に皺を寄せ、唸るように呟いた。
 今更だが、前任補佐官については何一つ知らないことに気づいたのだ。
 そんなことは予め調べておこうとも思わなかった。
 ラギの口振りから察するに、上官殴打事件は前任補佐官の死が要因しているのだろう。
「おっと、話題が逸れたな。カケルのことはともかく――うちの働き者の補佐官は今日、酷い顔色でブリッジに出てきた」
 ラギが素早く会話を修正する。
 ミシェルは瞬時にカケルのことを頭から締め出した。
「それで、船長は『休んでろ』とクリスを気遣ったわけですね。けれど、船長至上主義の補佐官は、頑としてそれを受けつけなかった。その後は延々と口論……ですね?」
「オレが一方的に怒鳴り散らしてただけだよ。あいつはオレに対して、決して怒ったりはしない」
 ラギが己れの失態を嘲笑うように肩を聳やかす。
「船長って意外と子供ですね。クリスを怒らせてみたかったんですか?」
「ミシェルは時折辛辣なことを言うね。君も含めて、補佐官は時にひどく冷淡で冷徹だ」
「養成学院で、耳にタコができるほど聞かされました。補佐官に必要なのは冷静な思考能力と、どんな場合でも主人を第一に考えられる鋼の心だ――と。感情の昂ぶりや他人に対する興味は、判断力の低下に繋がるから必要ない、と……。優秀な補佐官になればなるほど、わたしたちはコンピュータみたいになっちゃうんです」
「……頭では解ってるんだけどね」
「あっ、でも、わたしは規格外みたいですけどね。すぐ怒るし、喚くし、泣くし、マスターである隊長に食ってかかっちゃうし」
 ミシェルは明るく微笑んでみせた。
「ミシェルはいい子だね。クリスに見習わせたいよ。あれでも、初めて逢った時よりは人間らしくなったと思うんだけどね。けど、三年も経ったのに未だに怒らないし、笑いもしない。傍にいる人間にとっては結構ショックなんだな、これが」
「いつか、きっと船長に微笑みかけてくれますよ。だから、諦めないで下さいね」
 ミシェルは力一杯ラギを励ました。
 いつも陽気なラギがへこんでいる姿を見るのは、少々辛いものがある。普段はそんな素振りなど見せないが、彼は自分の補佐官を心底案じ、大切に想っているのだろう。
「可愛いな、ミシェルは。ほんっと、あいつもこれくらい可愛かったらいいのにな」
 ラギが笑顔を取り戻し、ミシェルの頭を大きな手でポンポンと叩く。
「じゃ、そろそろ失礼するよ。――おやすみ」
「おやすみなさい――っと、船長! 明日から調査に入りますから、今夜は女遊びを控えて下さいね!」
 立ち去ろうとするラギに、ミシェルは慌てて注意を放った。
 ラギはスクルド一の女たらしでもあるのだ。
 彼に泣かされたという女性は、この二ヶ月間で十人は下らない。それでも平然と船内で夜遊びを続けるのだから、図太い神経の持ち主である。誰に対しても本気にならないところが、また凄い。
「言われなくてもそうするよ。クリスを捜さなきゃならないしね」
 決まり悪げに笑い、ラギは今度こそ立ち去った。
「う~ん……相変わらず信憑性に欠ける軽薄な口調ね」
 ミシェルは苦々しく独り言ちた。
 調査隊を取り仕切る船長と隊長が揃いも揃って常識外れの人間だとは、先が思いやられる。


     *



 にほんブログ村 小説ブログへ 
← NEXT
→ BACK
2009.06.21 / Top↑

 煌めくプラチナブロンドを発見したのは、娯楽エリアに入る直前の出来事だった。
 娯楽エリアへ続く道とは別方向の通路に、人影を確認した。
 ――あれは、クリスね。
 後ろ姿を一瞥しただけで、ミシェルにはそれが誰であるのか判別できた。
 記憶力に長けた補佐官ならではの即断だ。
 クリスは人気のない通路を迷いのない足取りで進み、どんどん遠ざかってゆく。
「どこに行くのかしら? あっちには外へ繋がるドアしかないのに……」
 ふと、疑心が芽生える。
 首を捻ったところで、ミシェルの頭は明確な答えを弾き出した。
 ――外へ行こうとしてるのね!
 クリスの歩みは澱みない。彼が外界を目指しているのは間違いなかった。
 そう確信するなり、ミシェルは急遽予定を変更した。
 コーヒーを諦め、クリスの後を追う。
 彼がスクルドを降りるのなら、自分も便乗しようと考えたのだ。
 夜のアクアを一目みたい、という欲望がミシェルを突き動かしていた。



 クリス・ユグドラシルの姿は、スクルドから二百メートルほど離れた海岸にあった。
 月明かりを受けて仄白く輝く白浜に一人、腰を下ろしている。
 時折吹く夜風が、癖のないプラチナブロンドを幻想的に靡かせていた。
「こんばんわ、クリス」
 ミシェルは躊躇うことなく歩み寄り、クリスの隣に腰を下ろした。
「……こんばんわ」
 クリスの顔がゆっくりとミシェルの方に向けられる。
 秀麗な顔は常にも増して白かった。青ざめてさえ見える。
 体調が優れない、というラギの言葉は真実だったのだ。
「綺麗よね、この惑星。夜なのに、こんなに明るいし」
 ミシェルは努めて明るく微笑んでみせた。
 蒼白な顔のクリスは見ていて痛々しいが、それを指摘したところで素直に宇宙船へ戻る彼ではない。どんなに具合が悪くても、彼は気の済むまでここに座り続けるだろう。そういう頑なな性格なのだ。
「アクアには衛星が二つあるんですよ」
 完璧な無表情のままクリスが夜空を指差す。
 ミシェルは釣られるように天を仰いだ。
 空には満天の星が輝いている。
 中天にほど近い位置に、半月が二つ浮かんでいた。
「右が惑星アグナル、左がゲイルロドです」
「へえ、月が二つか。どうりで明るいはずよね。月が並んでるなんて、ちょっと神秘的」
「そうですね。眺めているだけでも気分が落ち着きます」
 抑揚の少ないクリスの言葉に、ミシェルは僅かに眉根を寄せた。
 夜空から視線を引き剥がし、彼の顔を覗き込む。
「気分を落ち着かせたかったの?」
 探るような眼差しを向けると、クリスは唇に弧を描かせた。形だけの、何の感情も籠もらない儀礼的な笑みだ。
 初めてクリスに逢った時、精巧なアンドロイドだと思った。
 噂には聞いていたが、実物と対面してみて正直ミシェルは面食らった。
 顔の筋肉が凍りついてしまったんじゃないか、と疑いたくなるほどクリスの表情は変化に乏しいのだ。
 時折、笑顔を見せることもあるが、それは今のように無感情の微笑みだ。
 養成学院で教えられた通りの完璧な微笑。
 挨拶として叩き込まれたから、彼はそれを実行しているにすぎないのだ。
「さっき、船長が捜してたわよ」
「ラギ様が?」
「あなたのことを心配してるのよ。身体の調子も良くないんでしょう? いい加減、戻ってあげたら?」
 多少の非難を込めてミシェルが言うと、クリスはミシェルの視線を避けるように瞼を伏せた。
「ラギ様は、私の心配などしませんよ。あの人は私のことが嫌いなのですから」
「まーた、すぐそうやって悲観的になる! 船長がクリスのことを嫌いなら、補佐官として傍に置くわけないでしょう」
「ラギ様が私を傍に置くのは、物珍しいからです。あの人は、ただ……新しく手に入れた玩具を手放したくないだけなんです」
「何だか屈折した推測ね」
 ミシェルは唇を尖らせた。
 どうやら、自分が考えるよりも遙かにラギとクリスの主従関係はねじ曲がっているらしい。両者の言葉を反芻すると、意志の疎通が全く成っていないことがよく解る。
「ラギ様は、少佐に昇進するまでは補佐官を傍に置いたとこがないんですよ」
「えっ? じゃあ、船長にとってクリスが最初の補佐官ってこと?」
 ミシェルは初めて知る事実に瞠目した。
 補佐官を欲しない将校など滅多にいない。
 補佐官の必要性など理解できない、と突っぱねる方が稀なのだ。
 大抵は己れの激務を僅かでも軽減させるために補佐官を欲するものなのだが……。
 しかし、ラギは珍しい方に属する将校であったらしい。
「ラギ様は補佐官嫌いで有名だったそうです。ですが、少佐に昇進した時、上層部から叱咤され、渋々補佐官を選んだらしいのです」
「で、選ばれたのがクリスってわけね」
「はい。私はその頃、前の主人と別れ、新しいマスターを捜していましたから」
「ふ~ん。船長が補佐官嫌いだったことは解ったわ。でも、それは昔の話でしょう? 今は違うと思うわ。だって船長、真剣にクリスのこと心配してたもの」
「それでも、あの人は私が嫌いなんですよ」
 クリスの瞼が上げられる。
 菫色の双眸は哀しみを表すように昏く翳っていた。




 にほんブログ村 小説ブログへ 
← NEXT
→ BACK
2009.06.21 / Top↑
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。