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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Sun
2009.07.12[20:08]
『――ハイ、楠本です』
 ツーコールで、懐かしい母の声が受話口から聞こえてきた。
 母・幸枝の変わらぬ声に、ユイは安寧を感じてホッと息を吐いた。
「あ、もしもし、お母さん? ユイだけど――」
『あら、ユイ? なしたの? メロン、届いた?』
 幸枝の声が娘からの電話だと知るなり、パッ明るく弾む。久々に耳にする娘の声に心底喜んでいるようだ。
「は? メロン? スイカでしょ? スイカならちゃんと届いたわよ」
『スイカなんて送ってないわよ。今年はメロンだけ。昨日送ったから、明日辺り届くと思うわよ』
「えっ、じゃあ――」

 ――あのスイカは何……?

 ユイはケータイ片手に冷蔵庫を見遣った。
 あの中には確かに西瓜が入っている。
 透は『ユイの実家から宅配便で届いた』とそうはっきり告げた。
 しかし、母の幸枝は全く身に覚えがないようだ。
 真偽を確かめようにも、送り状は透が段ボールと共に既に処分してしまっている。
 ――アレは何処からやって来たの?
 ケータイを握る掌がジワリ汗ばむ。
 訳が解らなかった。
 もしかしたら、母が知らないだけで父が西瓜を発送したのかもしれない。
「あのね、スイカ、昨日届いたんだけど? お父さんが送ってたりしない?」
『えー、ないと思うけど? お父さん、ここ一週間出張に出てるから家にはいないし……。ああ、雪也に送る分が間違ってそっちにいったのかもしれないわね。この時期は、たくさん発送するからどれを何処に送ったのか、一々覚えてられないのよねぇ』
 幸枝があっけらかんとした口調で告げる。
 雪也というのは、ユイの弟のことだ。弟も実家を離れた場所で大学生活を送っている。そちらに送る荷物と間違ったのだろう、と母は推測したようだ。
 確かに、夏真っ盛りの現在、親戚や知人・友人などに西瓜やメロンを贈る回数はかなり多い。中身を誤って送り状を貼ってしまうことくらいあるだろう。
『そんなことより、ユイ、元気なの?』
 幸枝は荷物の送り間違えなど、さして気にも留めていないようだ。
 さっさと荷物の話を切り上げ、『仕事はどう?』『彼氏は出来たの?』などお決まりの質問を連ね始めた。
 ユイは西瓜が配送されてきた理由に納得ができないまま、『うん』とか『ああ』とか気のない相槌を打ち続けた。
 何となく、あの西瓜は実家から送られてきたものではないような気がする。
 じゃあ、誰が送ったのか――と問われると、全く思い当たる節がないのだが……。
『ユイ、なしたのさ? さっきから黙りこくって……』
 ふと、幸枝の声に訝しむ色が混ざる。
 ユイは慌てて我に返り、冷蔵庫から視線を引き剥がした。
「あっ、ゴメン。ねえ、お母さん、訊きたいことがあるんだけど」
『何さ?』
「わたしが種嫌いになったのって、小五の時だよね? あの年の夏、わたしに何か変わったことが起こらなかった?」
『五年の時って……』
 幸枝は何かを思案するように口籠もってしまう。
 ケータイ越しにも母の首を捻る姿が見えた。
『あっ……ああ、もしかして夏休みのこと?』
 しばしの沈黙の後、記憶の検索を終了したらしい幸枝からそんな応えが返ってきた。
「夏休み――って、何よ?」
 ユイは何も思い出せなくて、眉根を寄せた。
『ほら、堀田さんのところの慎くんが亡くなったじゃない?』
「……ホリタ……シン……?」
 ユイは幸枝の言葉を復誦した。
 その名前の響きには、微かだが覚えがある。
 ホリタ シン――堀田慎。
 確か、小学校の同級生だったよう気が……。
「もしかして、シンちゃんのこと?」
『そうそう。あんた、慎くんと仲良かったのよ。いつも、アヤちゃんとコウちゃんと四人で遊び回ってたわよ』
「シンちゃんにアヤちゃんに……コウちゃん」
 ユイは独白のように呟いた。
『アヤちゃん』は、中学に上がるまで一番仲が良かった『高岡綾』だ。中学では一度も同じクラスにならなかったので、時間の経過と共に自然と疎遠になってしまった。
『コウちゃん』は近所に住んでいた『佐々木浩二』だ。現在、透と同じW大の工学部に在籍しているはずだ。浩二は小学五年の二学期から急にユイのことを避け始め、それ以降まともに会話を交わしたことはない……。
 彼の不自然な態度は、『十年前の夏休み』に起こった事件に深く関わりがあるのかもしれない。
「ねえ、お母さん――シンちゃんて、病気で亡くなったのよね!?」
 ユイは急に不安を掻き立てられ、強い語調で幸枝に訊ねていた。幸枝に肯定を強要するように。
『病気? えっ、ああ……あんた、あの時のこと全く覚えていないんだったわね』
 だが、幸枝からもたらされた情報は、ユイの期待に背くものだった。
「病気じゃないの!? したっけ、シンちゃんの死因は何なのさ? なして、わたし、その時のこと覚えてないのさ?」
 ユイは無意識にケータイをきつく握り締めていた。興奮のあまり長らく遣っていなかった田舎の言葉が口を吐いて出る。
『あんたとアヤちゃんとコウちゃんはね――』
 幸枝は、ユイの勢いに気圧されたように消極的な声色を漂わせる。
『慎くんの……遺体の第一発見者なのよ』
「わたしたちがっ……!?」
 ユイは驚愕に目を見開いた。
 そんな事実は、記憶の隅にも残ってはいない。
 やはり母の述べた通り『全く覚えていない』のだ、自分は……。
『そうよ。あんたはショックが大きかったのか、それから一週間高熱を出し続けてね――治った時には、何も覚えちゃいなかったわ。それからよ、あんたが異常に種を怖がるようになったのは』
「――――!」
 ――やっぱり!
 堀田慎の事件の後なのだ、自分の《種恐怖症》は。
 事件の後遺症なのだ。
「シンちゃん……シンちゃん、どうして死んじゃったの!?」
 ユイは堰を切るように詰問していた。
 何故、堀田慎は死んだのか?
 何故、自分は何も記憶しておらず、《種恐怖症》に陥ってしまったのか?
 何故、佐々木浩二は堀田慎がこの世を去った後、急に自分を忌避し始めたのか?
 いくつもの『何故』が脳内を駆け巡る。
『あんたが覚えてないなら、今更思い出す必要もないわよ。記憶から削除したってことは、思い出したくないってことでしょ』
 幸枝の声は歯切れ悪く、不吉な翳りを帯びていた。
「だって、お母さん、わたし――殺されるかもしれないのよっ!?」
 ユイはケータイに向かって錯乱気味に叫んでいた。
『何……言ってるの、ユイ?』
 幸枝が理解不能だというように反問してくる。
「わたし、殺されるかもしれないの! シンちゃんにっっ!!」
 自分でも驚くほど、切羽詰まった悲鳴が喉の奥から迸った。
 訪れる沈黙。
 ――クスクス……クスクス……。
 不意に、少年の笑い声が室内に谺した――



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Sun
2009.07.12[20:11]
 クスクス……クスクス……。
 笑い声は何処からともなく聞こえてくる。
 ユイはハッとして、素早く周囲に視線を配った。
 だが、室内に異様な変化は見受けられない。
『……あんた、なに馬鹿なこと言ってるの? 慎くんはとっくの昔に亡くなってるのよ。あんたのことを殺せるはずがないでしょ』
 静寂を打ち破るように、幸枝が呆れ声で告げる。
「でも……ううん、だからこそ『呪い』とか『化けて出る』とか――」
『そんな馬鹿な話、現実にあるわけないでしょ。夏だからって怖いテレビ観すぎて、影響受けてるだけなんじゃない。呪いだなんて馬鹿馬鹿しい。いくら慎くんが《首吊り神社》で亡くなったからってねえ――あっ!』
 そこまで喋ってしまってから、幸枝は急に口を噤んだ。
「お母さん、《首吊り神社》って何よ? それって、小学校の裏手の山にあったボロい神社のことでしょ?」
 脳裏に、赤錆びた鳥居と今にも崩壊しそうな階段、そして廃屋のような社が浮かび上がる。
 ユイの通っていた小学校から一キロほど離れた山の中腹にあった廃社だ。
 正式な名称は、覚えていない。
 地元民もみな《首吊り神社》と呼称していた。
『首を吊って自殺する者が後を絶たないから《首吊り神社》なのだ』と、祖母が語っていたことが朧に思い出される。
 誰も寄りつかないような荒れ果てた境内は、自ら生命を絶つには格好の場所だというのだ。使用されることのない山中の廃社なので、他人に発見される確率も低く、世を捨てることに邪魔が入る懸念もない。
 そこが本当に首吊りのための神社だったのかは定かではないが、小学校の先生たちも『あそこには行ってはいけない』と口を酸っぱくして児童たちに注意を促していた。
「シンちゃんは、どうしてあそこで死んだの!?」
 ユイは、無言を保つ母を厳しく問い詰めた。
『《首吊り神社》で亡くなった』イコール『自殺した』ということではないのだろうか?
『どうして、って……。母さん、あまり言いたくないわねぇ。それに実際、詳しいことは……あんたたち全員頑なに喋ろうとしなかったしねぇ……。どうしても知りたいなら、アヤちゃんにでも訊いてみたら? あんたたち、その時も一緒にいたんだから――』
 幸枝の声は限りなく低く、暗い。
 自分の口からはどうあっても真実を告げたくなさそうな口振りだ。
「アヤちゃん――実家に住んでるの?」
『ええ、そうみたいよ』
「解った。アヤちゃんに電話してみる。ゴメンね、お母さん。急いでるから、また今度ゆっくり電話するね」
 鬱々とした気分で告げ、ユイは幸枝の返事を待たずに通話を切った。
 転瞬、
 ――クスクス……クスクス……。
 再び、囁くような笑い声がユイの耳をくすぐった。



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Sun
2009.07.12[20:25]
 ――クスクス……クスクス。
 背筋に悪寒が生じる。
 ユイは慌てて室内を見回した。
 昨夜の悪夢が鮮やかに甦る。
 あの少年は――堀田慎だ。
 ユイは確信した。
 どうして、あれが堀田慎の顔であることに気づかなかったのだろうか?
 彼の死に纏わる記憶はポッカリ欠如していても、彼の存在自体は覚えていただろうに……。
 ――ユイちゃん、ボクを思い出して。
 何処からか少年の声が聞こえてくる。
「……シン……ちゃん?」
 ユイは震える手でケータイを握ったまま、怯える眼差しを四方八方に巡らせた。
 だが、求める少年の姿は何処にもない。
「シンちゃん? あなた、シンちゃんなんでしょう!?」

 ――ボク、ユイちゃんのこと大好きだったんだよ。

「どうして? どうして……シンちゃんがわたしを殺すの!?」

 ――ユイちゃんもボクのことが好きだったくせに。

 少年の声は、直接脳に送り込まれているかのように大きく響く。
「わたし、シンちゃんに何か悪いことした? シンちゃんが死んだのは……わたしのせいなのっ!?」
 ユイは、見えない相手に向かって闇雲に叫んだ。

 ――ユイちゃん、ボクに嘘ついたんだもん。ボクと約束したのに、約束を破ったんだよ。

「約束って、何なのよ!? わたし、そんなの知らないわっ!」

 ――約束はちゃんと守らなきゃ。約束を果たしてもらうために、ボクはユイちゃんのことを迎えに来たんだよ。

「やめてっ! やめてよっ! 迎えになんて来ないでっっ!!」
 ユイは髪を掻き毟るようにして両手で耳を塞いだ。
 ――ビドイよ、ユイちゃん。
 しかし、声はしっかりと脳内に反響している。
 ――ユイちゃんがボクに何をしたか、アヤちゃんに訊いてみなよ?
 クスクスとからかうような笑い声。
 声は長く尾を引きながら遠ざかり、やがて消えた。
 それと連鎖するように、ユイを襲った恐怖と戦慄も退いてゆく。
 ユイは、しばし放心状態のままその場に凝固していた。
 心が、虚ろになる。
 虫食いだらけの記憶しか持たない現状では、何が何だかさっぱり理解できない。
「……シンちゃん、どうして?」
 唇から頼りない呟きが零れ落ちる。
 色白で繊細な少年の姿が、チラチラと脳裏に浮かんでは消える。
 田舎のがさつな男の子たちの中で、堀田慎だけが異質だった。
 みんなに比べて遙かに静かで、いつも穏やかに微笑んでいるような大人びた少年。
 ちょっとからかうとすぐに泣き出しそうな表情になり、その次にいつも困ったような微笑みを湛えていた。
 そんな少年の仕種が、時折ユイを苛立たせることがあったのは確かだ。
 何度がきつく当たった覚えもある。
 だが、それは子供特有の『好きな子ほど苛めたい』という衝動だったのだ。
 事実、ユイは慎のことが好きだった。
 華奢で、女の子のように愛らしい少年に淡い恋心を抱いていた。
 その気持ちを周囲に悟られないために、もしかしたら無意識に慎に酷い態度で接していたのかもしれない。
『ユイちゃん、ユイちゃん』と、いつも自分の後ろを嬉しそうについて回っていた少年。
『慎も自分のことが好きなのだ』と、子供心にも察することが出来た。
 どんなことがあっても、慎だけは絶対に自分についてくる、と勝手に思い込んでいた……。
 その傲慢な思い上がりが、後にどんな悲劇を招いたというのだろう?
 ユイの自意識過剰な想いが、慎に対してどう作用したというのだろうか?
 ……思い出せない。
「アヤちゃん――」
 ユイは、掴んだままのケータイに視線を落とした。
 次いで、壁時計に視線を馳せ、僅か一瞬愕然とした。
 時刻は、疾うに午後十一時を回っていた。
 いつの間にこんなに時が経過したのだろう?
 思考の迷路に填り込んでしまったせいで、随分と時間をロスしてしまったらしい。
 ユイは一度唇を噛み締めると、愛用しているバッグを取りに寝室へ向かった。
 バッグの中からシステム手帳を取り出し、アドレスページを捲る。
 高岡綾の実家の住所や電話番号も一応控えていたはずだ。
 それは『タ』欄の最上段にしっかりと記載されていた。
 ユイは躊躇わずに高岡家のナンバーをケータイに打ち込んだ。
「アヤちゃん、お願いだから出てね――」
 ユイは縋るように気持ちでケータイを耳に押し当てた――



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Sun
2009.07.12[20:29]
 アルコールの心地好い酩酊感に心を満たした人々の嬌笑が、波のように耳に寄せては返す。
 鷹野透は『マンハッタン』と『スプモーニ』を載せたトレーを片手に、喧騒で埋め尽くされたホールを颯爽と歩いていた。
 客席に注文の品を届け、踵を返したところで、
「透――」
 耳慣れた声に呼び止められた。
『おや?』と声のした方に首を向けると、軽く片手を挙げた木戸雅人が微笑みを浮かべて立っていた。
 彼の斜め後ろには、透の見知らぬ青年が居心地悪そうに控えている。
「何だよ、木戸。今日は忙しいから相手してやれないし、奢ってもやらないぞ」
 透は友人に向かって意地悪な笑顔を向けた。
 木戸は透のバイト先にフラッと現れては、無銭飲食をしてゆく。当然、その分は透のバイト代から天引きされていた。
「いや、今日は最初からそのつもりはないよ。透に逢わせたい奴がいてね。――工学部の佐々木浩二クン。小・中とユイちゃんの同級生だよ」
「ユイの?」
 木戸に紹介されて、透は隣の青年に視線を移した。
 如何にも北海道出身らしい色白の肌をした、痩身の青年だ。
 彼――佐々木浩二は、透と目が合うと気難しげに会釈した。
「ホラ、おまえ、ユイちゃんの《種恐怖症》のことで悩んでただろ? 工学部の奴にユイちゃんの同級生がいるって聞いてさ、頼んで一緒に来てもらったんだよ。《種恐怖症》になった契機、何か解るかもしれないだろ」
「ああ……ありがとう」
 木戸に礼を述べながらも、透は困惑の眼差しを佐々木に注いでいた。
《種恐怖症》と木戸が音に成した瞬間、佐々木の身体が怯えを示すようにビクッと大きく震えたからだ。顔色も心なしか青ざめて見える。

 ――まるで、ユイの症状を見ているようだ。

「楠本の……ユイちゃんの《種恐怖症》は病気なんかじゃない」
 透の視線を避けるように俯きながら、佐々木が喘ぎにも似た声を発する。
「アレは――呪いなんだ」
「――――?」
 佐々木の突飛な発言に、透と木戸は思わず顔を見合わせていた。
《呪い》などという単語は、自分たちの住む世界とは無縁のものだ。
 この世に、そんな超常現象など存在しない。
 木戸はどう思っているのか知らないが、少なくとも透はそう考えている。
「アレが、病気じゃなくて呪いだって?」
 言葉の響きを忌むように、透は険しい顔つきで佐々木に問いかけていた。
 佐々木が真顔で頷く。
「ユイちゃんは――いや、僕も同罪かな……?」
 後悔と自責の相俟った双眸で、佐々木は初めて正面から透を見返してきた。
 その瞳に宿る決意は、彼が語ることは全て真実だと訴えている。
「僕らは十年前、人を一人殺してるんだ。だから、呪われている」
「ちょっ、ちょっと待て! それを信じろ、って言うのかよっ!?」
 透は語気を荒げて佐々木を睨めつけた。
 周囲の客たちが『何事か?』と非難の眼差しを浴びせてくる。
「オレは……そんな馬鹿げた話、信じないぞ」
 今度は意識して声を潜めた。
 周囲の好奇の眼差しもすぐに逸れる。
「それでも信じてもらうしかないよ」
 佐々木が自嘲気味に口の端をつり上げる。双眼は、恐ろしく切実で切羽詰まった光を宿していた。
「――解った。あと三十分くらいで休憩に入れるから、その時に詳しく教えてくれ」
 透は壁時計に視線を投げ、己の休憩時間を確認した。
 覚悟を決めた面持ちを佐々木へ向けると、彼はまた渋面で頷く。
 ユイの過去に何が起こったのか?
 知りたい好奇心と知ってしまった後の恐怖が、透の胸中で忙しなく交錯している。
 だが、自分は知らなければならないのだろう。
 西瓜を切って、ユイの恐怖心に火を点けたのは、他ならぬ透なのだ。
 ユイの全てを受け容れるために、自分は彼女の過去を知る必要がある。
 透は、木戸と佐々木をホール隅の空いている席に案内すると、仕事に戻るために身を翻した。
 その背に、佐々木の懐古の念が織り交ぜられた囁きが届けられる。
「僕らは十年前の夏、あってはならない過ちを犯したんだ――」



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Sun
2009.07.12[20:32]
『――あっ、ユイちゃん? 久し振りだねぇ』
 受話口から澄んだ高い声が聞こえてくる。
 昔から殆ど変わらない高岡綾の声だ。
『実家に電話くれたって聞いたから……。ゴメンね、遅くなって。今まで残業だったの』
 綾は、仕事の疲れなど微塵も感じさせないような明るい口調で告げた。
 ユイは十一時過ぎに綾の実家に電話を入れたのだ。その時、綾はまだ帰宅しておらず、それから三十分後の今、彼女の方から電話がかかってきたのである。
 綾は地元の農協に就職したはずだ。この時期、農業関連組織は繁忙期――部署によっては残業で遅くなっても不思議はない。
「ううん、こっちこそ急にゴメンね、アヤちゃん。ちょっと急ぎで確認したいことがあって――」
 ユイはか細い声で応じた。
 視線は落ち着きなく室内を浮遊している。
 いつ堀田慎の不気味な声が響いてくるのかと思うと、どうしても臆病になってしまう。
 ユイは床に体育座りし、背中を丸めた。
 藁にも縋る思いでギュッとケータイを握り締める。
『……ユイちゃん、なんか切羽詰まってるね。何か――あったの?』
「ア、 アヤちゃん……笑わないで聞いてね。真剣な話よ。昨日からウチに――シンちゃんがいるの。シンちゃんが、わたしを殺そうとしてるのよっ!」
『――――』
 一瞬の静寂――
『嘘っっっっ!?』
 次いで、驚愕の叫びがユイの耳をつんざいた。
『嘘……嘘よ……。だって、あたしのトコには来てないわよっ!?』
 アヤは、ユイの話を笑い飛ばしはしなかった。代わりに、意味深な言葉を吐き出し続けている。
「あたしのトコって……アヤちゃん、シンちゃんに恨まれるようなこと、身に覚えがあるのっ!?」
 ユイは脇から冷や汗が滲むのを感じながら、鋭く訊ねた。
『だって、もう十年も前の話よ……! もう、いいじゃない。折角、忘れかけてたのに……どうして今頃――? ああ、そうか! 先月《首吊り神社》が取り壊されたからね、きっと』
 綾の言葉は要領を得ない。
 ユイの話を全く聞いていない様子で、一人取り乱している。
 首吊り神社。
 母の幸枝も神社について何か述べていたが……。
「アヤちゃん……アヤちゃん! わたしたち、十年前にシンちゃんに何をしたの!?」
『あっ……ユイちゃんは、あの時のことすっかり忘れちゃったんだよね。罪の意識――か。いいなぁ、あたしも全部忘れちゃいたかったなぁ……』
 綾の声は、ユイを哀れむようにも羨むようにも聞こえた。
「アヤちゃん、わたし、その忘れてしまったことを思い出したいのよ! 教えてよ。あの夏、わたしたちとシンちゃんの間に何が起こったのか」
 ユイはひどく憔悴した声音で綾に懇願する。
『……あたしたち――あたしとコウちゃんとユイちゃん、十年前の夏にシンちゃんを殺したのよ』



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Mon
2009.07.13[00:07]
「――――!?」
 綾の衝撃的な告白に、ユイは大きく息を呑んだ。
 綾の声は淡々としていて、奇妙なおぞけをユイに感じさせた。
 コ・ロ・シ・タ。
 ――わたしがシンちゃんを殺した……?
 なんて現実味のない言葉だろうか?
 実感に乏しい。
 それなのにユイの心の奥底に眠る記憶の扉は、綾の言葉に呼応するようにドンッと震えた。
『小学校五年の夏の出来事よ』
 ユイが言葉を失ったまま瞠目していると、綾は静かに語り始めた。
『夏休みが始まっていぐの頃かな? あたしたち、学校のアスレチックで遊んでいて――』
「アスレチック? ああ、学校の裏庭にあったよね。確かそこから《首吊り神社》のある山が見えたわよね」
 ユイは記憶の断片から小学時代のものを寄せ集め、アヤに確認した。
『うん。あの日――いつものように四人で遊んでたの。シンちゃんは相変わらずユイちゃんにベッタリでね……。ユイちゃん、その頃はシンちゃんのことを鬱陶しく思っていたのかな? ユイちゃんの後ばっかりついて歩くシンちゃんに、とうとうキレちゃったのよねぇ』
「わたしが……キレた?」
『そう。いきなりシンちゃんのことを突き飛ばして、《そんなにユイのことが好きなの!?》って、物凄い剣幕で怒鳴ったのよ。シンちゃんは怯えたようにユイちゃんを見返しながらも、《うん》って笑ったわ。でも、それがユイちゃんを更に逆上させちゃったみたい』
「それ……何となく覚えてる」
 ユイは悄然と呟いた。
 あれは――晴れた夏の午後だった。
 綾の言うとおり、自分に惜しみない好意を注ぎ、子犬のように纏わりつく慎に訳もなく苛立ち、八つ当たりのように彼を突き放したのだ。
 あの時、自分は己の隷属のような慎になら何をしても赦されると勘違いしていた。
 シンちゃんはユイの下僕だから、ユイの言うことなら何でもきく。
 何と傲慢で身勝手な見解だろうか。
 そして、自分はその思い上がりを実証しようと、ある残酷な言葉を容赦なく慎に投げつけたのだ。
『ユイちゃんね、シンちゃんに《そんなにユイのことが好きなら、死んでみせてよ!》って言ったのよ』
「――――!?」
 ユイは明かされた過去に恟然とした。
 控え目な綾の声は続く。
『《首吊り神社》を指差して、《あそこで死んでみせてよ!》って……。あたしとコウちゃんも面白がって囃し立てたのよね……。《ユイちゃんが好きなら証拠を見せてよ》って。ユイちゃん――その後の言葉、思い出せる?』
「……ううん」
 ユイは素直に首を振った。
 まだ、細かな記憶は甦ってはこない。
『ユイちゃんはシンちゃんにこう言ったの。《シンちゃんがあそこで死んだら、ユイも後から死んであげる》って……。そうしたらシンちゃん、笑ったのよ。……笑ったの。《じゃあ、約束だね》って――』
「約……束……? う……そ……」
 ユイの額から冷たい汗が滑り落ちた。

 ――そう、ユイちゃんはボクと約束したんだよ。

 耳元で幼い堀田慎の声がする。
 背後から冷たい両手がユイの肩を抱いたような錯覚に陥った。
 だが、ユイには振り返る勇気なんて微塵もない……。
 慎は、ユイが約束を破った、と言っていた。
 だから、約束を履行しに来たのだ、と。
 それが綾の告白した《死》についての事柄だということは間違いなさそうだった。
 しかし、何故今なのかは?
 何故、十年経った今になって、慎は自分を迎えに来たのだろうか?
『あたしもコウちゃんもユイちゃんも、からかい半分に《死ね、死ね》って笑いながら言い続けてた。だから、あたしたち三人は同罪……。だって、あの時は、まさかホントにシンちゃんが死ぬなんて思わなかったんだもんっ!』
「あっ! 思い……出した――」
 脳内で、幼い頃の自分と綾、そして佐々木浩二が堀田慎を囲んで無邪気に笑っている光景がフラッシュバックする。
 子供とは、何て残酷なまでに純粋なのだろう?
 一言の重みを知らずに、無神経な言霊を羅列する。
《死》という意味さえ知らずに、その言の葉を安売りした。
 あれは、明らかに自分たちの――己の罪だ。



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Mon
2009.07.13[00:11]
「その日からシンちゃん、行方不明になったのよね? シンちゃんが死んだのって――《首吊り神社》でしょ!?」
 ユイは、口許を引きつらせながらケータイに向かって喚いた。
『思い出したのね、ユイちゃん。そうよ。シンちゃんが消えて一週間後、あたしたち怖いもの見たさでこっそり《首吊り神社》に探検に行ったのよ。大人たちが、しつこく《あそこへ行くな》って言うから……。言われれば言われるほど行ってみたくなるものなのよね、子供って。今、考えると……子供の好奇心って怖い』
「神社に行って――そして、わたしたちは見たのね? シンちゃんの遺体を?」
 ユイは全身から冷や汗を噴き出させていた。
 後ろから自分を抱き締める冷たい手の感触は――離れない。
 冷蔵庫にある西瓜は、実家から送られてきたものではい。
 得体の知れない力が、実家を装って西瓜をユイのもとへ運んできたのだ。
 いや、そもそもアレは西瓜などではないのかもしれない。
 アレは、堀田慎だ。
『そうよ。シンちゃん、今にも崩れ落ちそうな社の中で、首を吊って死んでいたわ……。夏の暑い中、一週間も放置されていたから身体が腐って――』
「やめてっ、アヤちゃんっ!!」
 思わずユイは叫んでいた。
 もうそれ以上言わなくても、全てを克明に思い出した。
 記憶が封印の扉を破って、禍々しく飛び出してきた。
 人形のように、天井からぶら下がっていた慎。
 肉体は熱気のせいで腐蝕し、溶けかかっていた。
 その変わり果てた肉体に、数多の蛆がたかっていたのだ。
 それ以外にも子供の知識では何だか解らぬ虫たちが、慎を喰らっていた。
 慎の身体の内外を我が物顔で蠢く虫。
 幼い肉体を食い尽くそうとしていた、恐ろしく、そして忌まわしい蟲。
 何処を見ても蟲。
 蟲だらけだった。
 慎の身体を侵し、覆い尽くしていた蟲……蟲……蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲――

「――うっ……!」
 突如として、ユイは胃の中のものを全て吐き出してしまいたい衝動に駆られた。
 遙かな昔に刻印された、種への恐怖。
 自業自得だ。
《種恐怖症》は、あの夏の日の慎を見た時から始まったのだ。
 慎の身体を埋め尽くしていた虫。
 虫たちが、群がる種にシンクロする。

 ――ああ、そうか。あれは……自分を戒めるための罰だったのか。

「うっ……ううっ……!」
 ユイは込み上げてきた嘔吐感を堪えるように両手で口を塞いだ。
 ――あの日の慎の姿を忘れないために……。
 記憶を失っても身体はしっかりと覚えていた。
 種への――慎に対する罪悪感と畏怖心を。
『ユイちゃん? ……大丈夫、ユイちゃん!?』
 アヤの不安げな声。
「……平……気……」
 ユイは、口を押さえていた手を床に移動し、身体を支えた。
「シンちゃんは、アヤちゃんとコウちゃんのところには……行かないわ。約束したのは、わたしだけだから。それに――シンちゃん、ここにいるもの!」
 大きく見開いた双眸から涙が零れ落ちた。
 ――わたしは、種に……シンちゃんに殺される。
 ユイの胸中では、過去の己に対する自責と今現在の状況に対する恐怖が渦を巻いていた。
『ユイちゃん……明日、何の日だか知ってる?』
 綾の震えを帯びた声が遠くに聞こえる。
「知らないわ」
『明日は……あたしたちが、シンちゃんを発見した日なのよ』
「――――!?」
 言葉の不吉さに、ユイは我知らず壁時計をキッと見据えた。
 時刻は、午後十一時五十七分を示している。
 もう、あと三分しか猶予は残されてはいなかった……。
『昔、おばーちゃんたちが口癖のように言っていた言い伝えを覚えてる? 《首吊り神社》で自殺した人の魂は、怨念となっていつまでもあそこを彷徨っているんだって。だから、あそこには行ってはいけないんだって。あそこに行くと、呪われちゃうから』
 綾の声は、自分が狙われないと知ったためか安堵の響きを孕んでいた。
「シンちゃんの幽霊は神社から離れられない、ってことよね? じゃあ、何でシンちゃんはここにいるのよっ!? どうして、東京まで――わたしのところに来たのよっっ!?」
『《首吊り神社》ね……先月、解体されたの。あれからも何人か自殺する人が――』
 ピッ!
 ユイは綾の言葉の途中でケータイの通話を切った。
 もう何も綾の口からは聞きたくなかった。

 カイタイ サレタ。

 慎の魂魄は、拠り所を失い――解放された。
 自由になった。
 だから、今頃、十年前の約束を果たしにやって来たのだ、ユイの元へ。
 故郷から運ばれてきた西瓜は、慎の怨念を運んできたのだ。
「……いやっ……いやよっ! 死ぬなんて、いやっっっっ!!」
 ユイはケータイを放り出し、両手で髪の毛を掻き毟った。
 ――ユイちゃん。
 優しい子供の声が耳元で囁く。
 ゾッとするほど冷たい手が、愛しげにユイに頬を撫でた。
「やめてよっ! あっちに行って!」
 無我夢中で手をはね除ける。
 スッ、と手の感触が消え失せた。
 しばしの静寂。
 ……カチッ。
 時計の長針と短針とが重なり合う、不吉な音。
 ユイの身体はバネで出来ているかのように大きく跳ね上がった。
 午前零時の報せ。
 ユイの中での《堀田慎の命日》の訪れ。

 ――ユイちゃん。

 いつの間にか、目の前に子供の足があった。



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Mon
2009.07.13[00:14]
 少年らしい、細い木の枝のような両足。

 ――ユイちゃん、迎えに来たよ。

「……い……やっ……」
 口ではそう言いながらも、ユイの目は心とは裏腹に足の持ち主を見上げていた。
「――ひっ……!!」
 悲鳴が喉の奥に張りつく。
 生前と変わらぬ姿で、堀田慎が立っていた。
 その輪郭は半透明で、不確か。彼が、この世の生者ではないことを如実に表していた。
 ――ユイちゃん、大好きだよ。
 作り物のような白い微笑む。
 ――ボクのこと、思い出してくれて嬉しいな。
 堀田慎は限りなく優しく微笑んでいる。
「やめてっ! あの時のことは、本当に申し訳なかったと思ってるわ! ごめんなさい。幾らでも謝るわ。だから――殺さないでっ!!」
 ユイは髪を振り乱し、泣き崩れながら懇願した。
 ――あの時のことなんて、ボクは怒ってないよ。ボクはただ、約束を守ってもらいに来ただけ。ユイちゃんのことが大好きだから。ユイちゃんもボクのこと好きでしょ?
 半透明の慎の両手が、テーブルの上に半球の物体を置いた。
 黒と緑の縞模様の皮に彩られた青果――
「いやっ!」
 短い悲鳴と共に、ユイは後退った。
 それは、紛うことなく天敵――虫のような種を孕んだ西瓜だ。
 ――ユイちゃんの大好きなスイカ。
 慎がニッコリ微笑む。
 ――早く食べて、ボクのところへおいでよ。

「いやっ! いやよっっ!!」
 ユイの身体は、己の意思とは無関係にテーブルへと向かってにじり寄りつつあった。
 見えない強い力が、ユイをおぞましき西瓜へと導いている。
「嫌だって、言ってるでしょ!」
 ユイは身体を捩って抵抗を試みた。
 しかし、目に見えぬ力はグイグイと強引にユイを引き摺ってゆく。
「いやっ……! やめてっ! 誰か、助けて! 透っ! 透、助けてっ! 助けてよ、透っっっ!!」
 ユイは、この場いない恋人に必死に助けを求めた。
 こんなことなら今日一日バイトを休んでもらい、ずっと傍にいてもらえばよかった。
 だが、今更そんなことを思ってももう遅い……。
 ユイの身体はあっという間にテーブルの前に座らされた。
 ――ボクが好きなのは、ユイちゃんだけ。ユイちゃんが好きなのも、ボクだけだよ。
 テーブルを挟んだ向かい側で、堀田慎がにこやかな表情を湛えている。
 空洞のような漆黒の双眸が、じっとユイだけを見つめていた。
「いやっ! わたしが好きなのは、透よっっ!!」
 絶叫と同時に、ケータイが着信音を鳴り響かせた。
 綾が心配してかけ直してきてくれたのかもしれない。
 もしかしたら、透が第六感を働かせ、自分の危地を察して電話をくれたのかもしれない!
 ユイは見えぬ力に必死に抗い、ケータイへ手を伸ばした。
 しかし、届きそうな寸前で、堀田慎がユイの手に別なモノを握らせた。
 銀色に輝くスプーンだ。
 一際強く、スプーンを掴む手が西瓜に向かって動かされる。
「やっ……やめてよっ……!」
 号泣しながらユイは慎を見つめた。
 慎は、ただ黙って微笑んでいる。
 ザクッ。
 スプーンが勢いよく西瓜の実を抉った。
「ぐっ……」
 ユイの意に反して口が大きく開かれる。
 その中に、虫の如き種子を含んだ西瓜の実が放り込まれた。
 グシャ……クチャ、クチャ、クチャ……。
 口が勝手に咀嚼を始める。
 背筋が一気に粟立った。
 食べたくもないのに、手は休むことなくスプーンで西瓜を運び、口は絶え間なく種ごと西瓜の果肉を噛み砕いている。
 十年間、視野に入れることさえ忌み嫌った種が、今、自分の体内に詰め込まれている。
 ユイの意識は、耐えきれない恐怖のために徐々に薄らいでいった。
 もう、何も考えられない。
 ……考えたくない。
 何もかもが、どうでもいい。
 これは、十年前に罪を犯した自分への報復なのだ。

 ――ワタシ ハ タネ ニ コロサレル。

 唯一の希望であるケータイの着信音が急速に遠のき、意識が途絶えた――



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Mon
2009.07.13[00:18]
「――じゃ、何だよ。ユイは十年前の約束のために、呪い殺されるって言うのかよ?」
 佐々木浩二から全てを聞き終え、鷹野透は不機嫌に言葉を吐き出した。
 佐々木が語った真実とやらは、透の理解の範疇を超えている。
 ユイや佐々木の故郷に《首吊り神社》と呼ばれる呪われた場所があって、そこで同級生である堀田慎が自殺した。
 それに先立ちユイは堀田慎に『わたしのことが好きだったら、死んでみせて。あなたが死んだら、わたしも死んであげる』と約束したのだという。
《首吊り神社》で自殺した者の魂は成仏することなく、怨念と化し、その場に縛り付けられる――
 そんな胡散臭い伝承の残る神社が先月解体された。
 故に、堀田慎の怨霊は解き放たれ、ユイに約束を果たさせるためだけに、この東京へやって来た。
 だから、ユイは堀田慎に殺される。
 佐々木の話を要約すると、そういうことなる。
 到底信じられない話だった。
 ユイの《種恐怖症》が、堀田慎の遺体に群がる虫に起因するという部分は納得できる。
 だが、その後の《呪い》云々の話は俄には信じられない。
 信憑性も真実味も皆無だ。
「君が信じようが信じまいが、僕には関係ないけど……。僕ら地元の人間は信じているんだ。だがら、ユイちゃんは自分の裡に根付いた恐怖を誤魔化すために、あの時の記憶を無意識に封印してしまったんだよ」
 佐々木は青ざめた顔で言い添えた。
「いつか訪れる《約束の日》を畏れてね――」
「バカバカしい」
 透は鼻白んだ。
 あまりにも突飛すぎて、あまりにも滑稽な作り話だ。
「オレは信じてみる価値はあると思うけどね。ユイちゃんが記憶から削除してしまうほど畏れた過去なんだ。頭から嘘だと決めつけることはないと思うよ」
 木戸が諭すように透を見つめる。
「明日……僕たちが十年前に慎を見つけた日なんだ。そう、僕らにとっては慎の命日なんだよ――」
 佐々木の言葉に同調するように、店のアンティーク時計が、ボーン、ボーンと午前零時を告げる鐘を鳴らした。
「おまえ、何、言って――」
「慎がユイちゃんを迎えに来る」
 佐々木の声には暗鬱な影が纏わりついているように感じられた。
「何、バカなこと言ってるんだよ」
 透は佐々木の言葉を否定しながらも、制服のポケットから素早く携帯電話を取り出していた。
 直ぐさま、ユイのケータイへ電話をかける。
 ……トゥルルルル……トゥルルルル……。
 一回、二回、三回、四回………………十回……。
 何度コールしてもユイは出ない。
 留守電に切り替わる様子もなかった。
「――くそっ、何で出ないんだよっ!?」
 透は舌打ちを鳴らした。
 言い表しようのない不安と焦燥が胸に芽生える。
 佐々木から聞いたばかりのユイの過去が、不吉な妄想の翼を広げた。
「……悪い、木戸、佐々木! オレ、帰るわ!」
 短く告げ、透は敏捷に身を翻した。
 店長には後で謝罪しよう。
 とにかく今は、何よりもユイの安否を確認したい。
 ――ユイ……ユイ!
 透は、心の中で何度も何度も恋人の名を呼びながら、バイクの置いてある駐車場まで疾駆した。



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Mon
2009.07.13[00:21]
「ユイッ!」
 透は、マンションへ辿り着くなり、乱暴にドアを開け、一目散にリビングを目指した。
「――ユイ、いるのかっ!?」
 リビングのドアを勢いよく開け放つ。
 リビングの照明は煌々と灯っていた。
 床に横たわっているユイの姿を発見して、透は僅かに安堵した。
 どうやら、居眠りをしているらしい。
 電話に出なかったのも、そのせいだろう。
 透はホッと胸を撫で下ろし、ゆっくりとリビングに足を踏み入れた。
「――あれ?」
 不意に、透はキッチンにある冷蔵庫のドアが開けっ放しになっている事実に気がついた。
 怪訝に思いながらも、視線をリビングへと戻す。
 すると、テーブルの上に綺麗に平らげられた西瓜の皮を発見した。
「何だよ……。スイカ、食べられるんじゃねーか」
 透は軽笑しながら、床に寝転がっているユイへ歩み寄った。
 膝を折り、俯き加減のユイの顔を覗き込む。
 長い黒髪が邪魔をして、顔はよく見えなかった。
「こんな所で寝てると、風邪ひくぞ、ユイ。――ユイ?」
 ユイの肩を揺すってみて、ふと透は眉をひそめた。
 ――冷たい。
「……ユイ? オイ、ユイッッ!?」
 慌ててユイの肩を掴み、一気に身体を仰向けにさせる。
 ゴロン。
 ユイの身体は力なく透の意に従った。
 ボロッ……。
 ボロ、ボロ、ボロッ……。
 ユイの口から溢れ出た黒い何かが、物凄い勢いで床に散らばる。
「うっ、うわぁぁっっ!」
 透は咄嗟にユイから手を離していた。
 ユイの顔面は生気を失い――蒼白だった。
 両眼はギョロリと見開かれ、白目を剥いていた。
 そして、大きく開いた口からは夥しい量の黒き種が溢れていた。
 とても西瓜半個分の種の量だとは考えられない。
 種の水溜まりが余裕で出来るほどだ……。
「な、なっ、何だよ、コレッッッ!?」
 全身が総毛立つ。
 急激に吐き気を催した。
 ユイの口から零れ落ちた種は、虫の大群のように見える。
 初めて『種が怖い』と怯えるユイの心理が解った。
「うっ……うえっ……!」
 透は嘔吐を堪えるように、片手で喉を掴んだ。
 ――透、約束よ。
 フッと、死んでいるはずのユイの声が耳元で囁く。
 ――わたしが死んだら、一緒に死んでくれるのよね?
 心の奥底から得体の知れない恐怖が迫り上がってくる。
 ――約束よ。
 冷たい手が頬を撫でる。
 透は、反射的に見えない《何か》を両手で突き飛ばしていた。
 ――約束よ、透。愛してるわ。

「ユ、ユイ……」
 恐怖と戦慄に身体が竦む。
 身動きが取れない。
 焦燥に血走った透の両眼に、半透明のユイの姿が刻印された――



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