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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Sun
2009.06.07[23:33]
 赤・白・ピンク・シルバー・イエロー、オレンジ――
 色とりどりの愛らしい物体がズラリとガラス張りのショーケースに並んでいる。
 見る者を虜にさせる艶やかな色合いと煌めき。
 照明の光を反射させて美しく輝く様は、幻想的でさえある。
 ガラスケースの中は、人々の胸を高鳴らせる魅惑の宝石箱。
 店内には食欲を刺激する芳しい匂いが充満している。
 そう、ここは――

「大将! 三卓様、北海荒波にぎりがリャン! 特上蝦夷ちらしがゲタ! マイがメノジの――ロンハイもメノジ入りますっ!!」
 店内を突き抜けるようなあたしの大声に、カウンターの中で大将と弟子たちが「喜んで!」と声を揃えて返事する。
 店内の熱気が急激に増幅した。

 ここは……《WALTZ》じゃないわよ!
 あたしのバイト先――《蝦夷舞鮨(えぞまいずし)》よ!
 当然、ショーケースに並んでいるのは甘いスイーツではなく、寿司ネタだ。
 店内に充満しているのは、バニラやシナモンなどの芳香ではなく――鼻腔に心地好い刺激を与える寿司酢の香りよっ!
 ……悪かったわね、《WALTZ》じゃなくて。
 あたしだって、毎日毎日《WALTZ》に入り浸ってるわけじゃないのよ。
 ちゃんとバイトしてるんだから。
 もちろん六楼さんの端整な顔をうっとりと眺めながら美味しいケーキを食べるため――つまりは《WALTZ》に通う資金を貯めるためだ。
 ちなみに、あたしが叫んでいる『リャン』とか『ゲタ』っていうのは寿司屋用語よ。
 ピン・リャン・ゲタ・ダリ・メノジ――で、順に一・二・三・四・五の意味ね。
《蝦夷舞鮨》でのバイトが決まった時に、ホントは二十くらいまで覚えさせられたけれど、実際には十を意味するピンソクくらいまでしか使わないわね。
 それに忙しくなると、咄嗟に寿司屋用語が出て来ないこともあり、『特上にぎりが一、ちらしが七』とか結局普通にオーダーをお願いしている時もある……。
『マイ』っていうのは、ウチでは『お吸い物』のことを指す。
 ――っと、こんな説明をしてる暇はないのよっ!
 九時を廻ると《蝦夷舞鮨》は、美味いお寿司とアルコールを求めてやって来るお客様方でごった返す。
 地元ではそれなりに評判の高いお寿司屋で、固定ファも多い。
 一瞬だけど、《WALTZ》のような様相を呈するから、今は気が抜けない時間帯だ。
 厨房へ駆け込んだあたしは、手際よくウーロンハイを五つ作ると、機敏な動作でホールへと戻り、ジョッキを三卓へと運んだ。


 ……って、ホントはこんなコトしてる場合じゃないんですけどっ!?
 あたしはお客様に愛想良く笑顔で応対しながら、その実――心の中ではかなり葛藤していた。
 今日は、二月十日。
 年に一度、《WALTZ》で幻のケーキ《ラブ・パラダイス》が販売されるとっても貴重な日なのよ。
 なのに、あたしはいつにも増してバイトに精を出している。
 理由は至極単純――迷っているからだ。
 南海と一緒に六楼さんの後を尾行したあの日から、あたしは迷いに迷っている。
 六楼さんに告白するべきか否か――
 あの水城さんという謎の青年と六楼さんの間には、他人が立ち入ることのできないような深い繋がりのようなものが確かに存在していた。
 もしも、南海の想像通りに六楼さんが水城さんとただならぬ関係にあるのなら、あたしの告白なんて邪魔で鬱陶しいだけだろう。
 でも、六楼さん本人は『同性にトキメいた一度もない』って、しっかりと明言してくれている。
 山梨くんという思わぬ闖入者に阻害されたけど、あたしを夕食に誘ってくれたのは――ちょっとはデートの意を含んでいたはずだ。そう思い込みたいあたしの願望かもしれないけど、山梨ショックの前までは雰囲気は悪くなかったはずよ。
 もちろん、あたしとしては『同性に興味はない』と断言した、大好きな六楼さんの言葉を信じたい。
 けれども、水城さんとの間に、あたしや南海には口外できない何らかの秘密があることも確かで……。
 ああ、もうっ……!
 バイトしながらもこんなに悶々としてるなんて、サイテーだ。
 いつまでもウジウジ悩んでないで、さっさと《WALTZ》に行けばいいのよね!
 解ってる。
 解ってはいるけど――中々躊躇いを捨てきれずにいるところに、大将から緊急招集がかかったのよ。
 何でも、バイトの一人が高熱で出勤できなくなったらしくて、あたしはそのピンチヒッターってワケ……。

 ふと、壁時計に視線を投げると――時刻は午後九時四十五分を廻っていた。
《WALTZ》の閉店は午後十時。
 とっくに《ラブ・パラダイス》は売り切れてるわよね……。
 超人気店が数量限定でたった一日のみ発売する伝説のケーキなのだ。
《WALTZ》ファンじゃなくても、『好きな相手と両想いになれる』という御利益を求めて、行列に並ぶ女子たちも少なくないはずだ。
 開店と同時に売り切れになっていたとしてもおかしくはない。
 ――今年も《ラブ・パラダイス》を手に入れるのは……無理かな。
 あたしは諦観混じりの溜息を落とした。
 と、そこへ――
「沙羅ちゃん、一段落したし――溜息吐くくらいなら、ちゃっちゃと行ってきな」
 思いがけず大将の渋い声が飛んできた。
「大将……!?」
 驚いて振り返ると、大将がカウンター越しにあたしをじっと見据えていた。
「ウチからケーキ屋までは走って十分だ。ギリギリ間に合うだろ」
「えっ、《WALTZ》のこと知ってるんですか、大将?」
「そりゃあ、ご近所様だしな。何てったってあそこの《ラブ・パラダイス》は有名だ。あの、眼鏡のイケメンにーちゃんと《ラブ・パラダイス》を食べるんだろ?」
 大将が厳めしい顔つきで《ラブ・パラダイス》と口にする。
「どうして、それを――?」
「アレな……あの、眼鏡のにーちゃん、遅い時間にたまーにウチに来るんだよ。若ェのにいつも一人だから怪訝に思って訊ねてみたのよ。したらな、気になる子がウチでバイトしてるんだってよ。……まっ、誰のコトかは知らねーがな」
 大将がニヤリと唇をつり上げる。
 そ、そそそそれって、ひょっとして、もしかして――あたしのことですか!?
 あたし、今、世界中の誰よりも激しく自惚れてもいいんでしょうかっ!?
 大将の言う『眼鏡のイケメンにーちゃん』が六楼さんのことなら、あたしにも充分に可能性があるってことよねっ!?
 不意に、胸に熱いモノが込み上げてきて、あたしは潤んだ眼差しで大将を見返した。
「俺ァ、何もせずに諦めるのは大嫌ェだ。ウチの従業員なら粘れ! 俺ァ、粘って粘って粘って――十五も年下のカミさんを見事ゲットしたぜ」
「大将――」
 そう、事実大将は粘り勝ちしたのだ。
 歳の離れた若くて美しい奥様に猛アタックを繰り返し、先日ついに二度目の結婚を果たした――正しく《粘りの男》なのよ。
 大将の奮闘を思い返すと、不思議と勇気と気力が復活してきたわ。
 こんなに素敵なお手本がすぐ傍にいるのに、あたしったら何をジメジメと悩んでいたんだろう。自分が恥ずかしくなる。
 簡単に諦められるほど、あたしの六楼さんへの想いは弱くはない。
 まだ告白すらしていないのに勝手に諦念を抱くなんて――バカだ。
 うん、あたしの目的は一つ『六楼さんと一緒に幻の《ラブ・パラダイス》を食べる』ことよっ!
 二月十日が終わるまでは、絶対に諦めるもんですかっ!
「大将、あたし――行ってきます!」
「おう。ちょっと待ちな。万が一、ケーキがなかったらよ、にーちゃんと二人でコレを喰えや」
 大将がカウンターの上にやけに大きな寿司折りをバーンッと差し出す。
「《蝦夷舞鮨》スペシャル! 寿司ネタ倍増《ラヴにぎり》と《特大ラヴ太巻き》と《ラヴいなり》だ」
「………………アリガトウゴザイマス」
 あたしは嬉しさと恥ずかしさの相俟った眼差しで、巨大寿司折りを眺めた。
 い、いや、何か……物凄く羞恥心を煽るようなネーミングに感じるのは、あたしの気のせいよね?
 な、南海のせいで妙な妄想癖がうつったのかしら?
 ――とにかく、大将の心意気は有り難く受け取らせていただくことに決めた。
 あたしは空色のダッフルコートを羽織ると、大将の勇気と愛情がたっぷりと詰まった寿司折りを両手に抱えて寿司屋を飛び出した。


 ……って、コレ、メチャクチャ重いんですけど、大将っ!?
 少し走っただけなのに、腕がじんじんとした痺れを感じ始めている。
 特大って、どれくらいのラヴを込めた特大なんですかっ!?
 雪のチラつく中をコレ持って《WALTZ》まで走れ――って、鬼ですかっ!?
 あたしは大将に感謝しつつも心の片隅で小さな恨みを覚えた。
 永遠に実体験することはないけれど、きっと子泣き爺を抱き上げた時って、こんな感じなんだと思う……。
 十分で辿り着けるかどうか解らないけれど、あたしは寿司を落とさないように注意を払いながら雪道を進んだ。
 雪道を走るのは至難の業だ。
 けれど、幸いなことに今日は平日の上に生憎の雪。
 早めに帰宅する人が大半のようで、この時間になると歩行者天国を歩く人は疎らだった。
 行ける。
 これなら十時までに《WALTZ》に辿り着けるわ、きっと!
 あたしは、やっぱり六楼さんが大好きで、どうしても彼と一緒に《ラブ・パラダイス》を食べたい。
 あたしは脳裏に六楼さんの顔を想い描き、寿司折りを持ち直すと決然と地を蹴る足に力を込めた。
 ほぼ同時に、
「園生沙羅! 待て!」
 無駄にセクシーな声が、あたしのフルネームを呼んだ。


 その声に聞き覚えがありすぎて、あたしは思わず足を止めて振り返ってしまった。
 人気のない歩行者天国を細身の影が颯爽と駆けてくる。
「――げっ、山梨くんっ!?」
 あたしは巨大寿司折りを持った妙な体勢で、思い切り顔をしかめた。
 こちら向かってくるのは、紛れもなくトップアイドル――山梨和久だ。
 彼の最大の武器である美声は、聞き間違いようがない。
 驚くあたしを尻目に、山梨くんは雪道をものともせずにどんどん接近してくる。
 夜なのであまり人目を気にしていないのか、伊達眼鏡をかけただけの軽装だ。
 整った顔は、いつ見てもカッコイイ。
 テレビで見るより断然カッコイイ。
 熱愛報道以降、何故だか急に色気が増した気もする。
 真摯な眼差しと少しつり上がり気味の妖しい口許が色っぽすぎるのよっ!

 ――ハッ! 見惚れてる場合じゃないわ!
 山梨くんがこんな時間にM市を訪れた目的は、一つしか思い浮かばない。
 ヤツの狙いは、きっとあたしと同じ《ラブ・パラダイス》だ!
 愛しのルイさんに振り向いてほしい一心で、本当にここまでやって来るなんて、凄い執念というか見上げた心意気だわ。
 でも、相手がスーパースター山梨和久でも《ラブ・パラダイス》を渡すつもりは毛頭なかった。
「ちょっ、ちょっと、山梨くん! あんた、本気で《ラブ・パラダイス》をゲットしにきたワケッ!?」
「当然。オレは――どんなことをしてでもルイを手に入れる!」
 眼鏡の奥でキラリと双眸が光る。
 真剣だ。
 マジだ。
 この人、アイドルのプライドをかなぐり捨てる気迫で、ルイさんに恋をしてる!
 きっと、山梨くんの脳内では、ルイさんが同性だという現実は些細な事柄として処理済みなのだろう。
 ルイさん恋しさにここまでやって来たなんて凄すぎる。
 意外と一途な情熱家なのね。
 しかも、恋の成就を願って《ラブ・パラダイス》に縋るあたりは、やっぱり思考回路があたしと同じで――ちょっとイヤだ……。
「閉店まであと五分を切ったな。悪いけど、先に行かせてもらうよ」
 山梨くんが腕時計を確認しながら、魅惑のセクシーボイスを放つ。
「待てぃぃっっ! あんた、あたしを呼び止めておいて、卑怯にもあたしを追い越してゆく気なのっ!?」
 脇を擦り抜けて行こうとする山梨くんの腕を、あたしは片手でむんずと掴んだ。
 あたしは山梨くんに呼びかけられたから立ち止まったのだ。
 なのに、時間をロスさせられた挙げ句に抜け駆けされたんじゃたまらない。
 そもそも、巨大寿司折りがある分、あたしの方が遙かに不利なんだからっ!
「園生沙羅、おまえは地元民なんだから《ラブ・パラダイス》は諦めろ。いつでも六楼諫耶の心を射止めるチャンスがあるだろ!」
 山梨くんが不機嫌そうにあたしを振り返り、剣呑な眼差しを向けてくる。
「ないから、《ラブ・パラダイス》をゲットするんじゃない!」
 あたしはアイドルの眼力に負けじと、キッと山梨くんを見上げた。
 地元民だからって、チャンスは無限にあるとか、いつでも告白できる――とか、そんなの幻想よ。
 甘すぎるわよ、山梨くん!
《WALTZ》の人気をナメんじゃないわよ!
「モテるのよ! 人気があって、物凄く倍率高いのよ、六楼さんはっ! 山梨くんこそ、ルイさんの一人や二人、アイドルパワーで何とかしなさいよね!」
 山梨くんの腕を握り締めながら力説する。
 そもそも《WALTZ》はカッコイイ殿方だけを集めているお店なのだ。
《WALTZ》の店員じゃなくても女の子たちの熱い視線を受けまくっている彼らとおつき合いするのは、とっても困難なことだった。
 ルイさんは頭一つ飛び抜けている存在だけれど、六楼さんを含めた他の店員さんたちも思わず二度見してしまうような美形揃いなんだから!
「アイドルパワーが全く役に立たないから、ココまで来てんだろーがっ!」
 山梨くんが舌打ちを鳴らし、綺麗な顔に青筋を浮かび上がらせる。
 確かに、ルイさんが相手ならアイドル様の眩い威光も効き目はないような気がする。
 ルイさんは恐ろしいほどに我が道を突っ走るような人だ……。
 相手が誰であれ、興味のないものはない、嫌いななモノは嫌い――ときっぱり断言してしまう。
 そこがまた、ルイさんファンに言わせると萌えるポイントでもあるらしい。
 アイドルパワーが無効化されてしまっては、山梨くんには勝機はない気がする……。
「じゃ、もうルイさんのことは潔く諦めなさいよ!」
 急にあたしの前に立ちはだかった山梨くんへの苛立ちと幾ばくかの親切心を込めて、あたしは大声を張り上げた。
 すると山梨くんは心底不本意そうに目を眇め、傲然と顎をしゃくった。
「イヤだね」
「《ラブ・パラダイス》は絶対に譲らないわよ。それに――あんたとは《WALTZ》で逢いたくないのよ!」
「安心しろ。これきりだ。だから――手、放してくんない?」
 山梨くんが物凄い眼力であたしを睨めつけてくる。
 あたしは応える代わりに無言で山梨くんの腕を力一杯握り締め、彼を睨み返した。
 小雪の舞う中、あたしと山梨くん双眸がピタリと合致する。
 山梨くんとあたしの間で、激しい火花が散った。

 時を同じくして、
 あたしと山梨くんの脳内では、ファンファーレの如く『青春ボンゴレ』が鳴り響いたに違いない――



     「12.リアル紅蓮の鏡月!?」へ続く



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テーマ * 短編小説 ジャンル * 小説・文学
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Fri
2009.07.17[01:13]
 山梨和久。
 二十二歳。♂。
 某有名女性誌主催の『抱かれたい男』ランキング――ここ数年、常にベスト3にランクイン。
『キスしたい男』ランキング――二年連続ナンバーワン。
 主演ドラマは常に二〇パーセントを超える視聴率を誇り、発売されるCDはシングル・アルバム共にオリコン初登場一位を獲得し続けている。
 彼がイメージキャラクターを務める商品や企業はそれまでより業績が伸び、彼の名前が表紙に刻印されているだけで雑誌類は常よりも売上冊数が増える。
 現在、知名度・人気度・好感度・セクシー度ナンバーワンの男性芸能人。
 華麗に唄って、踊って、演じて、魅せる――スーパーアイドルだ。

 その押しも押されもせぬ超アイドルが、何故だか《WALTZ》の美形店員――ルイさんに恋をした。
 女子中高生からOLさんまで――幅広い層から熱烈な視線を浴びている超有名人なのに、何をどうしたらルイさん(♂)に惚れちゃうんですかっ!?
 恵まれた天賦の才と類い稀な美貌を持ちながら、何故に同性に惹かれるのか――?
 具体的な理由があるのなら、ちゃんと述べてほしいわね。
 いや、説明されても南海ならともかくあたしには理解不能だと思うので、敢えて訊きませんけれど……。 

 とにかく、あたしは今、どういう運命の悪戯なのか、スーパーアイドル山梨和久をライバル視しなければいけない状況に措かれているらしい。
 幻のケーキ《ラブ・パラダイス》をゲットするためには、山梨くんを出し抜き、閉店間際の《WALTZ》に駆け込まなきゃいけないのよ!
 万が一、山梨くんがあたしよりも先に《ラブ・パラダイス》を入手して、それが最後の一個になろうものなら――死んでも死にきれないわ!
「どけ、山梨っ! アイドルが乙女の恋路、邪魔してんじゃないわよっ!」
 あたしは人気がないのをいいことに、スーパーアイドル相手に声を荒げた。
 閉店までは、もう僅かしか時間は残されていない。
 あたしも必死だし、もちろん山梨くんだって捨て身の覚悟だろう。
「おまえこそ、オレが芸能人だからって勝手に呼び捨てにしてんじゃねーよっ! 今は完全にオフモードで、《ラブ・パラダイス》を欲する一市民なんだよ! さっさと手を離して、オレに道を譲れっ!」
 山梨くんが眼鏡の奥で双眸に鋭利な輝きを灯す。
 切羽詰まった焦燥感と緊張感が山梨くんの全身から滲み出していた。
 不意にあたしは、こんな風になるまでルイさんにゴッソリと心を奪われてしまった彼に対して少しだけ同情を覚えた。
 異性だろうが同性だろうが、人を想う気持ちに変わりはない。
 あたしが六楼さんを好きなように、山梨くんもルイさんに恋い焦がれているのだと思うと――こうして不毛な争いを繰り広げているのも虚しくなってきた。
 そもそも山梨くんとあたしが熾烈な闘いを演じる必要もない気がする。
 あたしたちの想い人は、それぞれ全くの別人なんだから……。
「ねえ、山梨くんなら、どんな女性でも口説けるし、口説かなくても向こうからわんさか美女が寄ってくるわよね? なのに、どうして――ルイさんなの?」
 気づくと、あたしは数秒前までは『訊いてやるもんか』と思っていたはずの疑問を口にしていた。
 アイドル山梨ではなく個人としての山梨和久に、ちょっとだけ興味を抱いたのだ。
「――あ?」
 山梨くんが動きを止め、秀麗な顔を僅かにしかめる。
「知らねーよ。一目惚れだった――ただ、それだけだ」
 照れ隠しなのか、山梨くんがぶっきらぼうに応じる。
「あと、ルイを見るとなんか無性にムラムラするんだから、しょーがないだろ」
「ちょっ、ちょっと! アイドルがムラムラとか言わないでよっ! あたしは純情可憐なごくフツーの女子高生なのよ!」
 あたしが口の端を戦慄かせて抗議すると、山梨くんは意地悪な笑みを閃かせた。
「自分で純情可憐とか言ってる時点で、充分フツーじゃないと思うけど? それに、今更あんた相手に爽やかアイドルな感じを取り繕っても――無意味だろ?」
「……ごもっともで。アイドルでも――ムラムラするのね」
「当たり前だろ。オレ、二十代前半の健康な男子ですから。CM撮りのルイの悩ましい姿を思い出すと、もう夜も眠れないくらいメラメラ悶々と――」
「ギャッ! 何てこと口走るのよ! あたし、それ以上の言葉をアイドルの口から聞きたくないわっ! 南海やビッショウ様なら涎垂らして喜ぶんだろうけど……」
 あたしが慌てて山梨くんの言葉を遮ると、彼は不思議そうに首を捻った。
「ナミ? ビッショウサマ? 誰、ソレ?」
「山梨くんとルイさんがどうにかなることを、この世で誰よりも何よりも願っている最強の腐女子ペアよ」
 あたしは投げ遣りに応じた。
 今は南海やビッショウ様ついての詳細を語っている暇はないし、彼女たちの妄想力をアピールしたくもない。
「オレの――ファンってコト?」
 あたしの説明がイマイチ要領を得なかったのか、山梨くんがまた首を傾げる。
「うーん、山梨くんのファンではあるけれど……ちょっと違うかな? 何ていうか、ファンなんて可愛いモノじゃなくて、もっと迫力と破壊力がある感じかな? 驚異の二次元的な狂愛と妄執と情熱と欲望――ああ、アレよ、アレ! 魔王×王子に激萌え!」
 言い終えた直後、無意識に『×』とか使っちゃってる自分に気づき、あたしはしばし愕然とした。
 いつの間にか、あたしの裡にも浸透してるなんて油断も隙もありはしないわね。
 ……恐るべし腐女子パワー。
 南海と行動を共にするうちに免疫と耐性がついてしまったらしい……。
 まったく迷惑極まりない話だわ。
 あたしは『紅蓮の鏡月』なんていう、うっかりBL妄想ファンタジーの世界には一歩たりとも足を突っ込みたくないのよっ!
 しかも、何であたし、天下のスーパーアイドルとこんな話してるワケ!?
 大体、こんな話題に花を咲かせてる場合じゃないのよ。
 今のあたしは、結構逼迫した事態に直面しているのだから。
 あたしには《ラブ・パラダイス》を手に入れるという使命がある!
 本来の目的を思い出したところで、突如としてコートのポケットでケータイが派手な着信音を響かせた。

 そのメロディを聴いた瞬間、あたしと山梨くんはハッと顔を見合わせていた。
 真冬の発売なのに、真夏の太陽を思わせるギラギラとした激しいイントロ――
 聞き覚えのあるメロディを耳にして、あたしは焦燥に顔を強張らせた。
 こ、これは、まさか――いや、間違いなく、昨日先行配信になったばかりの着うた『ジョウネツーナ』だ!
 どうして、あたしのケータイから『ジョウネツーナ』が聞こえてくるのよっ!?
 なんてタイミングの悪さなの……。
 よりによって歌っている本人の前で鳴り響くなんて――最悪だわ!
「……何だよ? やっぱ、あんたもオレのファンなんじゃん」
 山梨くんが口許に意地悪な笑みを浮かべる。
「違うわよっ! いや、嫌いなワケじゃないけど――あたしは今、密かに山梨グッズ不買運動中なのよ! こんなことするのは、きっと南海ねっ!」
 あたしは鋭く言い訳を放つと、重い寿司折りを何とか片手だけで持ち、もう一方の手をコートのポケットに突っ込んだ。
 ケータイを掴み、もどかしげに取り出す。
『ジョウネツーナ』の軽快なメロディに合わせて、ケータイの液晶がキラキラと煌びやかに瞬いていた。
 あたしは手早くケータイをスライドさせると、相手が誰かも確かめずに、ソレを耳に押し当てた。
 ようやく『ジョウネツーナ』が聞こえなくなり、代わりに『もしもし』という愛らしい声が耳をくすぐる。
「ちょっと南海! あたしのケータイ、勝手にいじらないでよっ!」
『アハハ、気づいた? 超カッコイイでしょ、ジョナ!』
 受話口からは、予測通り南海の明るい声が流れてくる。
 そのあっけらかんとした対応に、あたしは面食らってしまった。着うたを無許可で変更したくせに、それを反省する気は毛頭ないらしい……。
 南海らしい――といえば南海らしい。
 けれど、今のあたしには笑って受け止める余裕がなかった。
「気づくに決まってるでしょ! 何なの、その《ジョナ》ってっ!?」
 苛立ち混じりに質問を繰り出す。
『もちろん、ジョウネツーナの略よ! 山梨ショック以降、《紅蓮の鏡月》ファンの間では、魔王が王子を押し倒すことを《ジョナってる》って呼ぶようになったのよ。フフッ、常識よ、コレ』
 南海が喜々として応える。
 ……そんな常識聞いたこともないわよ!
『紅蓮の鏡月』に纏わる常識をリアル世界にまで持ち込まないでほしいわ。混乱するから。
『この曲ね、よく聴くと魔王の心情っていうか、王子への滾る欲望をガッツリ表現してるのよ! エロいのよ! 山梨くんのセクシーな吐息も入ってるし!』
「うわっ、そんな腐れ豆知識、知りたくもないわよ! どーでもいーけど、南海――他人の着うた変えないでよ、もうっ!」
『ゴメンゴメン。折角だから、沙羅にもジョナ萌えしてもらおうと思って――』
 相変わらず悪びれもせず、南海は楽しげに声を弾ませている。
「萌えないわよ! あたし、今、急いでるから切るわよ! 《ラブ・パラダイス》をゲットするんだからっ!」
『え、ヤダッ! まだ《WALTZ》に行ってなかったの? あと二分で閉店だけど、大丈夫なのっ!?』
 南海の声音が急に高くなる。
 まさか、あたしが閉店ギリギリになるまで《WALTZ》を訪れていないとは、塵ほども想像していなかったのだろう。
 あたしの《ラブ・パラダイス》に懸ける夢と情熱を知っているだけに、南海の驚きは大きかったようだ。
 ……あたしだって、こんなに状況に陥るとはちっとも思ってなかったわよ。
「大丈夫だと信じたいわね。それじゃあ、あたし――」
 行くわね――と言いかけて、あたしは驚愕に目を剥いた。
 やけに大人しいなと思ったら、山梨くんのヤツ、あたしが電話に気を取られてるのをいいことに、一人でさっさと《WALTZ》へ向かってるじゃないっ!?
 信じられない!
 この期に及んで抜け駆けなんて――絶対にさせないわよ!
「ちょっと待ちなさいよ、山梨っ!」
『えっ、山梨くんっ!? キャアッッッ! そこに山梨くんがいるのっ!?』
 あたしの怒りの叫びに、南海の悲鳴じみた歓声が覆い被さる。
 流石、美形ハンター。
 凄いわね。ケータイからでもあたしより大きな叫びをあげられるなんて――やっぱり南海は只者じゃない。
「フザけんなよ! 待つわけないだろっ!」
《WALTZ》の前に辿り着いた山梨くんが振り返り、整った顔に冷淡な笑みを刻む。
 直後、あたしの視界から山梨くんの姿が忽然と消えた。


 その光景を、あたしは生涯忘れないだろう。
 全国的スーパーアイドル山梨和久が、宙を舞っている。
 舞っている――というか、仰向けに吹き飛んでいる。
 有り得ないはずの出来事が、あたしの眼前では展開されていた。
「っるせーんだよっ!」
 ほんの数秒前、怒声と共に《WALTZ》のドアが開き、黒い影が颯爽と姿を現した。
 そうかと思うと、黒き影は情け容赦なく山梨くんに足払いを喰らわせたのよ。
 その鮮やかな足払いをまともに受けてしまい、山梨くんの軽い身体は雪道目がけて落下した。
 舞っているように見えたのは、あまりにも衝撃的すぎる場面だったからだろう。
 ただの目撃者であるあたしでさえスーパースロー映像のように見えたんだから、当の本人は一秒が十分にも感じられたに違いない。
 雪に覆われた歩行者天国に尻もちをついた情けない姿で、山梨くんは見事な足捌きを披露した人物を唖然と見上げていた。
「チッ、腐ってもアイドルだな。顔から落ちれば良かったのに」
 漆黒のロングコートを纏った人物が、さり気なく酷い言葉を吐き捨てる。
 山梨くんを見下ろす横顔は、女性と見紛うほどの綺麗に整っていた。
「――ル、ルイ?」
「あっ、ルイさんだ……」
『キャーッ! 今の声、紛れもなくルイさんよね! ルイさーんっ!』
 山梨くん、あたし、そして南海の声を受けて、コートの青年――ルイさんは秀麗な顔を僅かにしかめた。
 う、美しい!
 久し振りにご尊顔を拝見したけれど――いつもながら美麗すぎるわ!
 少し長めのサラサラの黒髪。
 大きな二重の澄んだ双眸。
 透き通るように白い肌。
 完璧な弧を描く桜色の唇。
 彫りの深い顔立ちは何処か異国めいていて、神秘的だ。
 豪胆なルイさんも山梨ショックのせいで流石に精神的ダメージを受けたのか、以前より少し痩せたような気がする。それがまたアンニュイな感じを醸し出していて、ルイさんの色気を増幅させていた。
 なのに――
「店の前でゴチャゴチャうるせーんだよ、山梨っ! つーか、アイドルがケーキ屋なんて来るんじゃねーよッ! 帰れ!」
 素晴らしく艶麗な顔立ちをしているのに、ルイさんの口から飛び出してくるのは相変わらず乱暴な言葉ばかりだった……。
「ルイ――」
 ルイさんを見つめる山梨くんの双眸に、切なげな光が走る。
「おまえに逢いに来た」
 無駄にセクシーな声が嘘偽りのない言葉を紡ぐ。
 その瞬間、何故だかあたしは恥ずかしさを覚えて、頬を赤らめてしまった。
 ……な、何、コレ?
 何だかとても変な気分。
 だって、この二人――男同士だけれど、見た目は恐ろしく整っているのよ!
 山梨くんに真顔で――しかも、あの魅惑のセクシーボイスで『逢いにきた』なんて囁かれたら、南海じゃなくても鼻血を噴き出して失神するわよ。
 でも、相手はルイさんだ。
 あたしはちょっとだけ山梨くんを気の毒に思った。
 ホントにアイドルパワーが丸っきり通じない相手だもんなぁ、ルイさん……。
 ルイさんは氷よりも冷ややかな眼差しで山梨くんを睥睨している。
「ルイに逢いに来た」
 もう一度山梨くんが切々と訴える。
 ルイさんはやっぱり無反応だ。
『ちょっ、ちょっと沙羅、何が起こってるのよ!? 今、魔王の台詞が聞こえた気がするんだけど、気のせいっ!?』
 ケータイからは南海の興奮しまくった声が流出している。
「気のせいよ」
『いいえ、気のせいじゃないわ! おまえに逢いに来た――は、《紅蓮の鏡月》二巻二四三ページ、王子の寝所に忍び込んできた魔王の第一声なのよ!』
「や、でも、気のせいだから。アレ、魔王とかじゃなくて山梨くんだから」
 あたしは今すぐにでも電話切りたい衝動を抑え、眼前の珍妙な状況を眺めていた。
「ルイ――おまえのことが好きなんだ」
 山梨くんがひどく真摯な声音で告げる。
 ――うわっ、ホントに何コレッ?
 あたし、この場にいない方がいいんじゃないのっ!?
 どう考えてもコレ……マジ告白よね。
 小雪の舞い散る夜の街でイケメンが二人、見つめ合って告白タイムだなんて――おかしいわよ。
 何か間違っているような気がするわ。
 なのに、あたしは不思議とその場から動けずにいた。
 ルイさんに想いを吐露する山梨くんの姿が真剣そのものだったからかもしれない……。
「何度言われても、オレは――興味ねーな」
 ルイさんがようやく返事をする。彼の美貌は完璧な無表情を保っていた。
 ああ……またちょっとだけ山梨くんが可哀想になってきたわ。
 山梨くんの本気が伝わってくるだけに――いたたまれない気分に陥る。
 あそこにいる山梨くんがあたしでルイさんが六楼さんだと仮定すると、緊張と絶望のあまりに悲鳴をあげてしまいそうだ。
「そう言われると思ってたけどさ……。何度断られても――オレのおまえへの想いは変わらない。ルイが好きだ」
 山梨くんとルイさんの視線が絡まり合う。
 二人を取り巻く空気がまたピンと張り詰めた。
『ギャアァァッッ! 沙羅、お願い! 一生のお願いだから、実況してよっ! 今、もしかして、そこでリアル《紅蓮の鏡月》が展開されてるんじゃないのっ!?』
 南海のハイテンションな声だけが場違いにもケータイから流れ続けている。
 ……そうか。山梨くんが実写版『紅蓮の鏡月』で魔王を演じるなら、目の前で繰り広げられている得体の知れないコレは――リアルなジョナになるワケね。
 確かに貴重かもしれない。
 けれど、如何に稀少価値があるといえども、イケナイ妄想のために《一生のお願い》を発動させるなんて、南海はやっぱり変わってる。
『紅蓮の鏡月』に対する溢れんばかりの愛と熱意はひしひしと伝わってきた。でも、あたしには実況をする気など更々ない。
 とにかく、南海とビッショウ様がこの場にいなくて良かったと心の底から思う。
 あの二人がココにいたら、この寒空の下、ルイさんと山梨くんは延々とスケッチの餌食にさせられてるわね、きっと……。
「オレのルイへの想いは、日に日に募るばかりだ。正直――もうどうしたらいいのか解らない。どうしたら、ルイがオレを振り返ってくれるのかとか、オレに興味を抱いてくれるのかとか、笑ってくれるのかとか――そんなことばかり考えてる。けど、考えれば考えるほど答えが見つからない……。だから、《ラブ・パラダイス》に最後の望みをかけてるんだよ、オレは」
 はらはらと小雪が舞う中、山梨くんの切実な訴えが静かに響く。
 ルイさんを見つめる山梨くんの瞳は、限りなく優しく、言葉では表現できないような強い想いに満ち溢れている。あたしと張り合っている時の凄まじい眼力からは想像もつなかないほど、穏やかな眼差しだった。
 ルイが好きだ。
 今の山梨くんの胸中はその熱い感情だけで埋め尽くされているのだろう。
 あたしは、六楼さんを想う自分の心境と重ね合わせてしまい――更に切なくなった。
 さっきまで啀み合っていた山梨くんの言葉なのに、胸が締めつけられるような痛みを発している。
『好き』という感情が巧く伝わらないのは、他人事でももどかしく――そして痛ましい。
「……だからって、女子高生と張り合ってんじゃねーよ」
 ルイさんがようやく重い口を開く。
「沙羅ちゃんが可哀想だろーが」
「いえ、どっちかというと……山梨くんの方が可哀想に思えてきましたけど……」
 咄嗟にあたしはそう口走っていた。
 けれど、あたしの声は独り言のようなか細さだったせいか、ルイさんの耳にも山梨くんの耳にも入らなかったようだ。
 二人はまた真っ正面から見つめ合っている。
 頗る美形同士なだけに、傍観者であるはずのあたしの方が恥ずかしくなってくるわ。
「女子高生蹴散らしてでも、《ラブ・パラダイス》を――ルイを手に入れたいんだよ。どうしようなく好きなんだ、ルイ――」
「……何度も繰り返すなよ。鬱陶しーな」
 ルイさんの口から重々しい溜息が吐き出される。
「ああ、面倒くせーっ!」」
 細く長い指がイライラと髪を掻いた。
「オレ、面倒くせーのスッゲーキライなんだよ。とにかく、今日は帰れ! とっとと帰りやがれ、山梨!」
 ルイさんの美しい双眸に怒りの火が灯る。
 ……ルイさんって、擦れ違う人が振り返るほどの超絶美形なのに口は悪いし、大雑把なくせに妙なところだけ性格が捻くれているし――物凄い短気なのよね……。
「ルイ――」
「ああっ!? うっせーんだよっ。少し黙っとけ、山梨っ!」
 山梨くんが何か言いかけた瞬間、ルイさんのこめかみに恐ろしいほどくっきりと青筋が浮かび上がった。
 遂に怒りの沸点に達したらしい。
 ルイさんは凄まじい勢いで山梨くんに歩み寄ると、彼のコートの襟首を両手掴んだ。
 グイッとコートごと乱暴に山梨くんを引き寄せる。
 そして、そのまま顔を近づけて――キスしたのよっ!!
 あたしは予測もしていなかった事態に見舞われ、度肝を抜かれた。
「ギャッ!」
 短い悲鳴が喉の奥から迸る。
『どうしたの、沙羅っ!?』
 ケータイ電話の向こう側で南海が敏感に反応する。
『今の悲鳴は何なの? 何があったの? 大丈夫なの、沙羅っ!?』
「キスしてる……」
『――は!?』
「や、や、山梨くんとルイさんが……の、濃密なキスシーンを――」
 あたしはそれだけを言葉にするのが精一杯だった。
 これから好きな人に告白しに行こうって時に、刺激的すぎるわよ。
 一瞬、脳裏から六楼さんの姿が弾き出されてしまった。
 あたしは張り裂けんばかりに大きく瞠った双眸で、ルイさんと山梨くんの口づけを凝視していた。
 だって、ルイさんはさっさと唇を離したのに、山梨くんってば、ちゃっかりルイさんの首を強引に掴み寄せて――またキスしてるんだもんっ!
 しかも、気のせいかもしけれないけど――物凄く長くて濃いんですけど……。
 バ、バカじゃないの、山梨ィィッッ!
 誰かに見つかったどうする気なのよっ!?
『山梨くんとルイさんのキスシーン!?』
 こちらで実行されていることを悟ったらしく、南海が悲鳴じみた甲高い声を発する。
『魔王と王子が濃厚な口づけを交わしてるのねっ! ああ……なんて甘美で素敵な響きなのかしら! どうか、山梨くんがそのままルイさんをリアルにジョナりますように――』
 南海の陶酔しきった声。
 次いで、ケータイからは奇怪な水音が流れきた。
 ……鼻血噴いたわね、南海。
 あたしは問答無用でケータイの通話を切ってやった。
 すっかり妄想世界にトリップしてしまった南海には何を言っても耳に入らないだろ。
 何より、これ以上の実況なんて、あたしには絶対ムリ!
 ってゆーか、もう《WALTZ》の閉店時間過ぎたんじゃないっ!?
 あたしがハッと現実に立ち返るのと、
「しつけーんだよっ、山梨っ!」
 ルイさんが山梨くんの頭を平手で叩くのが同時だった。
 多分、思い切り殴られただろうに、ルイさんに向けられた山梨くんの顔は物凄く幸せそうだ。瞳が熱を孕んだように濡れた輝きを放っている。
「てめー、調子に乗ってると――」
「ル、ルイさんっ! お取り込み中、申し訳ありません!」
 あたしは勇気を振り絞ってルイさんに声をかけた。じゃないと、いつまで経ってもあたしの存在、忘れられたままっポイんだもん。
 山梨くんに第二撃目を喰らわせようとしていたルイさんが、寸でのところで手を止める。
「あー、悪い、沙羅ちゃん……」
 我に返ったらしいルイさんが、ゆるりとあしたの方へ首を向ける。
「あの――あたし、《WALTZ》に行ってもいいですかっ!」
 よく考えればルイさんの許可を得る必要なんてないのだけれど、無意識にあたしはルイさんにそんな言葉を投げていた。
 あまりにも山梨くんが必死すぎて、いたたまれなくなったのも一因していると思う。
「そうそう。そのために出てきたんだよな、オレ。とりあえず、コレはオレが処分しとくから――行ってこいよ、沙羅ちゃん」
 絞め落とすような勢いで山梨くんの襟首を掴んだまま、ルイさんが微笑を湛える。
 処分って――山梨くんに何をする気ですか、ルイさん……?
「イサヤには借りがあるからな。今夜くらい邪魔者は引き受けてやるよ」
「あ、ありがとうございます!」
 何をどうやって引き受けるのかとっても気になったけれど――そこは敢えて訊かないことに決めた。あたしが分け入ってはいけない妖しい森の匂いがするから……。
 南海だったら根掘り葉掘り問い質すのだろうけど、生憎あたしには興味のない世界だ。
「あ、ソレ、《蝦夷舞鮨》のオリだろ? 一個ちょーだい。それで、沙羅ちゃんとオレの間には貸し借りナシな」
 ルイさんがあたしの手にある寿司折りを目敏く発見して、指差す。
 あたしは躊躇うことなく、寿司折りをルイさんに贈呈することに決めた。
 お寿司と引き替えに六楼さんと《ラブ・パラダイス》を一緒に食べられるのなら、安いものだ。
 ――って、大将からのプレゼントだから、あたしの懐は全く痛くないんですけれど……。
 ありがとう、大将!
 早速、大将の持たせてくれた寿司折りが効力を発揮しているようです。
 胸中で大将の好意と心意気に謝辞を述べながら、あたしはルイさんに寿司折りの一つを差し出した。
「物凄く重たいから、大将特製《特大ラヴ太巻き》でいいですか?」
「お、いーね。オレ、ココの太巻きスゲー好き。けど、《蝦夷舞鮨》の太巻きって、ただでさえ極太なのに、特大って――?」
 あたしの言葉に、ルイさんは一瞬だけ綺麗な眉をひそめた。
 ルイさんの困惑が《蝦夷舞鮨》でバイトしているあしたにはよく解る。
《蝦夷舞鮨》の太巻きは通常サイズで、直径十センチはあるのだ。それだけでもかなりのボリュームなので『特大』がどれくらいの大きさなのか見当も付かないのだろう。
 あたしも『特大』があるなんてさっき初めて知ったばかりなので、当然その姿を拝んだことはない。豪快な大将のことだから、さぞかし豪勢なネタをグルグルと巻いたのだろう。
「まっ、いっか……。どんな強敵でも丸かぶりする自信あるしな」
 ルイさんがさり気なく凄いコトを口走り、渋面を解く。
 どうやら、ルイさんはいつもウチの太巻きを丸かぶりしているらしい。
 あの量を一気に呑み込めるなんて――それはかなりのツワモノだわ!
 その身体の何処に胃袋がついているのか解らないほどの細さなのに、信じられない。
 あたしの内心の驚愕などもちろん知りもしないルイさんは、すぐにいつもの怒り顔に戻り、寿司折りを山梨くんへと手渡した。
「ホラ、土産だ。コレ持ってさっさと帰りやがれ、山梨」
 冷たい言葉を山梨くんに浴びせ、ルイさんは歩行者天国を駅の方へと向かってスタスタと歩き始めた。
「ちょっ――帰る気かよ、ルイッ!」
 山梨くんが慌てて立ち上がり、必死の形相でルイさんの後を追って行く。
「こんな中途半端で帰れるかよっ!? オレのコレ、一体どうすれば――」
「知らねーよ! しつけーのも面倒くせーのもキライなんだよっ!」
「解った。じゃ、ルイは何にもしなくていーからっ! 寝てるだけでいーからさ! 頼む、ホテ――」
「ああぁぁっ!? ブッ飛ばされてーのか、てめーっ!」
 山梨くんとルイさんの意味深な会話が、夜の歩行者天国に響く。
 ま、まあ、あたしには半分以上理解不能な会話だったけれどね……。
 南海やビッショウ様みたいに想像力が豊かだと、きっと別世界の妄想扉が容易く開いちゃうのよね、きっと。
 あんなにルイさんに冷たくあしらわれて、途中から気の毒にさえ感じたけれど――それでも山梨くんはルイさんを諦めない。
 諦めるどころか、更に恋心が燃え上がったみたいだ。
 何だかんだ言いつつ、ルイさんも本気で山梨くんを追い払おうとはしない。
 山梨くんの不屈の闘志が密かにルイさんにも伝わっているのかもしれない。
 決して諦めない山梨くんの姿に、あたしはちょっと勇気を分けて貰った気がした。
 あたしは去り行くルイさんと山梨くんに背を向け、《WALTZ》へと向かった。
 ガラス張りの店内は閉店を迎えて、常よりも照明が絞られている。
 中で店員さんたちが後片付けに勤しんでいる姿が垣間見えた。
 
 あたしは深呼吸をひとつすると、思い切って《WALTZ》のガラス戸を開けた――



     「13.リュウガサキ……さん?」へ続く 



長いですね……スミマセンッ(汗)
意外に山梨を書くのが好きみたいです、私(笑)

 

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Sat
2009.07.18[11:47]
 ガラス細工ベルが小気味よい音を響かせる。
 夜の冷気と共にあたしは《WALTZ》を訪れた。
 扉を開けた瞬間、従業員たちの視線が一斉に集中する。
 ――うっ、物凄い迫力なんですけどっ!?
 ただの店員としての条件反射だと解っていても、皆さん美形揃いだから、プレッシャーというか――漂う緊迫感が並々ならないんですけれど……。
 でも、全ては六楼さんの――いや、あたしの恋心のためっ!
 怯むな!
 ビビるな!
 山梨くんを見習うのよ!
 一歩を踏み出すのよ、沙羅っ!
 大丈夫。あたしには大将特製の《ラヴにぎり》と《ラヴいなり》がついているわ!
 為せば成る 為さねば成らぬ。
 とにかく行動あるのみ!

「す、すみませんっ! ラ、ラブ・パライダイスを下さいっ!!」
 緊張のあまりに混乱し始めた頭を必死にフル回転させ、あたしはやっとのことで言葉を口にした。
 自分では口にしたつもりだけれど、それがちゃんと《WALTZ》の店員さんたちに伝わっているかどうかは不明だ……。
 美形揃いの店員さんたちは、未だに無言であたしを物珍しげに眺めている。
 その視線に心が折れてしまわぬように、あたしは寿司折りを持ってない方の手を強く握り締めた。、
 ここまで来て怖ず怖ずと引き返すなんて、絶対にできない。
 それは許されない。
 あたしの恋を応援してくれる大将の粋な計らいを無碍にはできない。
《ラブ・パラダイス》無しで、ルイさんに決死の告白をした山梨くんに申し訳ない。
 今夜、あたしのために『山梨くんを引き受ける』と漢らしく決意してくれたルイさんにも悪い気がする。

 ……ああ、あの二人、ホントに何処に行ったのかしら?
 あんな美形が連れ立って歩いていたら、目立ちすぎるわよね。
 やっぱり勢いでホテルに……? 
 ヤダッ、今頃《ラヴ太巻き》をポッキーよろしく二人で両端から食べ合ってるんじゃないでしようねっ!?
 いやっ、ダメよっ!
 何だか、絵的に物凄く……いかがわしいものっ!
 そもそも美形男子が二人でホテルに直行――からして、激しく間違っているような気がするわ!
 ああ、でもでも……山梨くんには頑張ってほしいような気がしないでもないし……。
 だって、あんなにルイさんのこと『好き好き』云ってるんだもん。
 少しくらいは報われてほしいわ。
 そうなると、南海が妄想した通り――リアル『紅蓮の鏡月』ね。
 ――って、やっぱり魔王役の山梨くんがルイさんを好き放題ってコト!? 
 あの無駄にセクシーな声で超絶美形のルイさんに愛を囁き続けるの!?
 もしかして、実はルイさんも山梨くんとなら満更でもなかったりして――――
 ――ハッッッッ!
 チョット待て、あたし。
 今、そんな妖しいことを妄想してる場合じゃないわよっ!
 意気込みすぎて、完全にパニックってるわね……。

「いらっしゃいませ――と言いたいところですけれど、本日は十時をもって閉店とさせていただいております」
 フッと目の前に長身の影が現れる。
 慌てて現実に立ち返ると、ロン毛の店長が口の端に営業スマイルを浮かべてあたしを見ていた。
「あっ……閉店――ですよね?」
 あたしは目をしばたたかせて妄想の欠片を脳裏から振り落とした。
「はい」
 店長が更に微笑みを重ねる。
 あたしは無意識に店長の胸元に視線を馳せていた。
 名札がついていないかな――と咄嗟に思ったからだ。
 失礼なことに、あたしは未だにこの人の名前を思い出せない。
 だから、名札に一縷の望みを託したのだけれど、残念なことにネームプレートはどこにも見当たらなかった……。
 名前が思い出させないのは仕方がない。
 今は、それよりも《ラブ・パラダイス》を手に入れることの方が重要だ。
「閉店なのは解っています。でも、無理を承知でお願いします。あたしに《ラブ・パラダイス》を売って下さい!」
 あたしは正面から店長を見上げ、切迫した心情を隠すことなく直訴した。
「ああ、《ラブ・パラダイス》ね……。アレはもう売り切――」
「――どうしてもダメですかっ!?」
 店長の言葉を遮る勢いで必死に訊ねる。
 すると、店長は翳りを帯びた双眸を細め、またしても笑みを湛えた。今度は、営業スマイルではなく、大人の余裕を感じされる笑みだった……。
「いや、ダメじゃないですよ。――どうぞ」
「えっ!? そんなに簡単に許可してくれるんですかっ!?」
 あたしが驚きの眼差しを向けると、店長は静かに頷いた。
「諫耶の客が来たら入れてやれ、入れなきゃ辞めてやる――と、ウチの超我が儘ナンバーワン店員が脅すので……。まあ、そんな諸事情が当方にもありますので――《WALTZ》へようこそ」
 店長が洗練された仕種で一礼する。
 どうやらルイさんが店長にまであたしのことをお願いしてくれたらしい。
 こんなに親切にされていいのかな――と疑問に思いつつも、あたしは素直にルイさんの好意に甘えることにした。
 ここまで来れば、後は六楼さんに告白するだけだ。
「あ、ただし、オーナーには内緒なので――ソレ、《蝦夷舞鮨》のオリを店員たちの口止め料として献上して下さい」
 店長の熱い視線がじっと寿司折りに注がれる。
 な、なに、この人たち?
 ルイさんも異様に《蝦夷舞鮨》のお寿司に反応を示したけど、店長や他の店員さんたちもみんな《蝦夷舞鮨》のファンなの? 
 いや、もしかして大将のファン!?
 密かに通ったりしてるのっ!?
 あたし、明日から物凄く元気に爽やかに、そして可愛らしくバイトに精を出さなきゃいけないじゃない!
 ダラダラとサボったりできないじゃない!
 あたしが胸中で焦りまくっていると、店長はもう一度微笑んだ。
「口止め料――下さいな」
「はい」
 あたしは従順に寿司折りを差し出していた。
 もしかして、大将は《WALTZ》のスタッフが《蝦夷舞鮨》フリークだと知っていて、お土産を持たせてくれたのかしら?
 だとしたら、感謝してもし切れないわ!
 ああ、ありがとう、大将! 
 今だけは、世界で二番目に愛してるわ!


「諫耶――お客様だよ!」
 ひどく嬉しそうに寿司折りを受け取り、店長が店の奥へと視線を飛ばす。
 あたしもつられて顔を向けた。
 程なくして、奥の方から黒い影が現れる。
 ――六楼さんだ!
 まだ制服姿のままの六楼さんは、店長を見、次にあたしの姿を発見して動きを止めた。
 とても驚いているみたいだ。
 六楼さんがそんなに驚くなんて思ってもみなかったので、あたしは逆にビックリしてしまった。
 目を丸めて六楼さんを凝視するあたしの姿が笑いを誘ったのか、彼は眼鏡の奥の双眸をフッと和らげた。
 ああ、いつ見てもカッコイイわ。
 ルイさん同様、何だか急に痩せたような気がするけど、その綺麗な笑顔に変わりはない。
 常にあたしを魅了し、あたしの胸をドキドキさせる魔法のような微笑みだ。
「では、奥へどうぞ、お客様」
 店長が六楼さんの方を片手で示す。
 あたしは操り人形のようにフラフラと数歩進み――突如として、足を止めた。
 急に――ホントに突然、天啓のように閃いたのよ!
 あたしは勢いよく振り返り、店長の端整な顔を見つめた。
「竜ヶ崎――さん?」
 唐突に訊かれて、店長が小首を傾げる。
 それから彼は、あたしが何を言わんとしているのか察したらしく、ニヤリと唇をつり上げて笑った。
「……残念。でも、非常におしいです」
 店長の唇からは否定の言葉が紡がれる。
 おっと、呆気なく外れたわね……。
 何だったのよ、あたしのこの無駄すぎる閃きは……。
 けれど――おしいのか。
 そうか、おしいのか!
 それを考慮すると、ちょっと自信が湧いてきた。
 うん、次は必ず当ててみせるわ!
 あたしはどうでもいいことに決意を漲らせつつ、大好きな六楼さんへと向かって歩を弾ませた。




     「14.ラブ・パラダイス」へ続く


……えーっと、何処かから声が聞こえてきましたので(笑)
ちょうど続きを書いていたところなので←
沙羅の妄想が無駄に展開されたので、1話増やしました。タイトル変わってます。スミマセンッ(汗)

 

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Mon
2009.07.20[01:58]

《WALTZ》の奥にある特別個室――
 あたしは初めてそこに足を踏み入れた。
 ガラス細工の美しいテーブルと、お洒落なアンティークチェアが二脚あるだけの簡素な部屋だ。
 本当に《ラブ・パラダイス》を食べるためだけに用意された部屋なのだろう。
「今日は、もう来ないのかと思ってた」
 銀色の小箱をテーブルの上に置き、六楼さんが軽く笑む。
 彼は優雅な仕種で椅子を引くと、あたしにそこに座るように促した。
「コレ――もしかして《ラブ・パラダイス》ですか?」
 あたしは、ひどくゆっくりとテーブルに近づき、銀色の小箱と六楼さんの顔を交互に見比べた。
 夢にまで見た《ラブ・パラダイス》と大好きな六楼さんが同時に目の前に存在しているなんて――俄には信じられない。
「そう。従業員の特権。毎年、従業員には一つずつ配られるんだよ。販売分は完売しちゃったけれど、沙羅ちゃんが必ず来るだろうと思って、食べずにとっておきました」
「……どうして、あたしが来ると思ったんですか?」
 あたしが首を傾げると、六楼さんは整った顔にまた笑みを浮かべた。
「あれ? この前、俺と一緒に《ラブ・パラダイス》を食べたい、って言いかけたのは、俺の気のせいだったのかな?」
「ギャッ、アレ……ちゃんと聞こえてたんですね! 山梨ショックで有耶無耶になっちゃった感じだから、聞こえていないのかと思ってました!」
 あたしは恥ずかしさのあまりに赤面した。
 六楼さんがしっかり覚えていてくれたのは嬉しい。
 けれど、あたしの気持ちはとっくに本人に筒抜けだったことを考えると、物凄い羞恥が込み上げてきた。この数日、悶々と思い悩んでいた自分がバカみたいだわ……。
「ハ、ハイッ! あの、そのっ……今更ですけれど――あたしと一緒に《ラブ・パラダイス》を食べて下さいっ!」
 あたしは六楼さんを見上げ、ありったけの勇気を振り絞って告白した。
 緊張のあまりに鼓動が早鐘のように鳴り響いている。
 山梨くんもルイさんに告白した時、こんな感じだったのかしら?
 ああ……あの二人、今頃ホントにどうなって――――
 いやいや、こんな時に他人の心配してる場合じゃないわ!
 緊迫し過ぎたら妖しい妄想に耽る――とか、そんな奇妙な癖はつけたくない。
 何だか、あたしにも南海の妄想癖が伝染ったみたいで嫌だわ……。
「いいよ」
 あたしが強張った顔で六楼さんを見つめていると、彼は何の躊躇もなくアッサリと首肯した。
「――へっ!?」
「いいよ、食べよう」
 六楼さんが口許に涼やかな笑みを刻む。
「ちょっ、ちょっと六楼さん! そんなに簡単にOKしちゃっていいんですかっ!?」
 あまりにも容易く了解を得てしまったので、あたしは思わず目を見開き、六楼さんを凝視してしまった。
「何で? 食べたくないの?」
「たっ、食べたいですっ!」
「じゃあ、座って――」
 六楼さんに勧められるままに、あたしは椅子に腰を下ろした。
 ついでに、その勢いにまかせてテーブルに思い切り額を打ち付けてみる。
 ――い、痛いっ……!
 どうやら夢や幻覚じゃないみたいね。
「……何してるの?」
 テーブルに額をつけたままでいると、六楼さんの怪訝そうな声が頭上から降ってきた。
「いえ……夢なんじゃないかと思って……古典的な方法でスミマセン。ホントに――あたしでいいんですか?」
 あたしは痛む額を片手で撫でながら、静かに顔を上げた。
 すると、六楼さんの整った顔に出会した。
 も、物凄く近い距離から顔を覗かれてるんですけどっ!?
 心臓に悪いから、もう少し離れてくれませんか!
 あたしはの胸は破裂しそうなほどに跳ねた。
 けれども、六楼さんはそんなあたしの胸中など気づきもせずに、また微笑む。
 ――うわっ、今日は微笑みの回数がいつもより多いわ!
 う、嬉しいけど――気絶寸前です。
「もちろん。俺は、こっそり《蝦夷舞鮨》に通うほど、沙羅ちゃんのことが気になってますけど?」
 眼鏡の奥からあたしに向けられた双眸はとても真摯で――そして、優しかった。
 六楼さんが本音を告げてくれているのが、あたしにもひしひしと伝わってくる。
「で、でも、六楼さん――本当は、男の人の方が好きなんじゃないですかっ!?」
 顔の近さに耐えられなくて、あたしは咄嗟にそんなことを口走っていた。
「――えっ? いや、俺……前にも言ったけど、同性にトキメいたことないけど……?」
 唐突に意味不明な質問を浴びせられて、六楼さんは唖然と目をしばたたいた。
「あ、あのっ……黙っているのも気が引けるので、思い切って打ち明けますけど――あたし、六楼さんが水城さんって男の人と逢ってるのを見ちゃったんですっ!」
「ええっ!?」
「ぬ、盗み聞きみたいな真似しちゃって、ホントにスミマセンッ! でも、どうしても気になって……。あの時、連日連夜寝かせてもらえないとか、ホテルとかエロ過ぎて悶え死ぬとか言ってたから――やっぱり六楼さんは、美青年秘密倶楽部でバイトしてるんじゃないかと不安になって……」
 あたしが矢継ぎ早に言葉を連ねると、六楼さんは引きつった苦笑を浮かべた。
「美青年秘密倶楽部って……? ソレ、完全に南海ちゃんの発案だよね……。いや、そんなバイトしてないからね、俺!」
「じゃあ、ビッショウ様がいつか言っていた秘密のバイトって……?」
「ああ……何か誤解があるようだから、今のうちにちゃんと訂正しておきたいんですけど――ちょっと待ってて」
 六楼さんはあたしに向かって早口で告げると、慌てた様子で部屋を出て行ってしまった。


 部屋に戻ってきた時、六楼さんは手に小さな紙袋を持っていた。
「いずれバレることだし、俺も腹を括らないとね……」
 あたしの正面に座ると、彼は紙袋に視線を落として溜息を零す。
「沙羅ちゃんには先に知っておいてほしいから、俺も包み隠さず暴露するよ。って、薄々勘づいてると思うけど――」
 六楼さんが何かを決意したような真剣な眼差しであたしを見つめる。
 それから彼は紙袋の中からソレを取り出し、テーブルの上にドンと並べた。
 六楼さんが持っているのは書籍だった。
 美少年と美青年の華麗なイラストが描かれた表紙――
 そう、ソレはあたしでも目にしたことがある、あの『紅蓮の鏡月』だったのよ……。
 この前、『紅蓮の鏡月』なんて好きじゃないって言ったから、あたしに興味を持たせようとして持参したのかしら……?
「な、何ですか、コレ? あたしに読めってコトですか?」
 あたしが困惑気味に六楼さんを見返すと、彼はブンブンと首を横に振った。
「いや、無理強いはしないよ。あのさ……コレ、書いてるの――俺なんだよね」
「――え?」
 一瞬、言われた意味が解らなかった。
 改めて、金髪勇者や銀髪王子が描かれている書籍たちに視線を落とす。
『紅蓮の鏡月』を書いている冬敷和魔の正体が――六楼さんっ!?
「ええぇぇぇぇぇっっっっ!? コレ、男の人が書いてたのっ!?」
「……ツッコミどころは、ソコですか?」
 六楼さんがボソッと呟きながら、ズラリと並べられた『紅蓮の鏡月』を指で弄ぶ。
 そ、そういえば、六楼さんってW大の《文学部》なのよね!
 基本的に物語を書くのも読むのも大好きなのかもしれない。
 文学部に在籍している六楼さんが小説を書いていたとしても、何ら不思議はなかった。
「ホ、ホントに……六楼さんが作者さんなんですか?」
「……物凄く恥ずかしいけれど、書いてるのは間違いなく俺です。BLが流行ってるって聞いたので、腕試しに書いて新人賞に送ってみました。幸い、俺の周りにはルイを筆頭に美形がたくさんいるので、色々と想像するのは苦にならなかったし……。で、送ったBLファンタジーが、うっかり大賞に選ばれたという訳です……。出版されたら、何だかあっという間に人気になっちゃって――今は辞めるに辞められない状況です」
 六楼さんが面目なさそうに真相を打ち明ける。
 ああ、それは、バレたら街を歩けないというか――物凄く恥ずかしい思いをするのは間違いないわね。
 ……アレ?
 まさか、ビッショウ様って『紅蓮の鏡月』の作者が六楼さんだということを承知の上で、本人の前で堂々と妄想を披露してるの!?
 す、凄い神経の持ち主だわ。
 ビッショウ様、恐るべし……。
 あたし、あの人には逆らわないようにしよう……。
「水城さんは、俺の担当編集者です。だから、沙羅ちゃんや南海ちゃんが想像するような関係じゃないからね、ホントに」
 六楼さんが『紅蓮の鏡月』の中からある一冊を取り出す。
 表紙は魔王の凛々しい姿だ。
 紫色の帯には、
『シリーズ初の外伝! 魔王と王子の過去が今、明らかに――!』
 という文字が綴られていた。
「コレ、もうすぐ発売になる最新刊……。山梨ショックのおかげで、『紅蓮の鏡月』も一般の方々に広く知れ渡ったらしくてさ……。山梨さん効果の凄さを実感してます。まだ配役なんて決定してもいないのに、恐ろしいくらいに魔王ファンが急増中……。で、急遽、編集部が『魔王外伝を書け!』『売れる時に売れ!』と――」
「それで、ホテルに缶詰だったんですか?」
「正解。もう『とにかく魔王を激しく!』ってことでリテイクの嵐、嵐、嵐――流石の俺も死にそうでした。ついでに、本気で映画化を目論んでるらしくて、それに向けてまた書き下ろさなきゃいけないみたいで……」
 六楼さんが重い溜息を落とす。
 スケジュールがタイトすぎて、こんなに痩せたのね、六楼さん……。
 まだ発売されていない最新刊――か。
 ホントのホントに、六楼さんが作者なんだ。
 そりゃあ、当然『紅蓮の鏡月』を読んでいるはずよね。
 魔王の配役についても神経質過敏になるはずよね……。
 六楼さんはもう一度溜息を洩らすと、片手で髪を掻き上げ、改めてあたしに真摯な視線を注いだ。
 ううっ、いつ見ても吸い込まれそうなほど綺麗な瞳だわ。
「こんな俺ですけど――一緒に《ラブ・パラダイス》を食べてくれますか?」
「よっ、喜んでっ!」
 もちろん、あたしは即答していた。
 六楼さんが『紅蓮の鏡月』の作者でも構わない。
 本当ならバラしたくない秘密を、あたしに打ち明けてくれた。
 それだけで、あたしは幸せだ。
 六楼さんのあたしに対する本気が伝わってくるから……。
 あたしの返事を聞いた直後、六楼さんは安堵の息を吐き、それから思い切り破顔した。


 銀色の小箱が開けられる。
 あたしは胸を高鳴らせながら、小箱を眺めていた。
 この中に憧れの《ラブ・パラダイス》が入っているのかと思うと、期待に胸が膨らむ。
 初めてご対面する幻のケーキ。
 乙女の夢を叶えてくれる素敵なスイーツ。
 六楼さんの手がゆっくりと《ラブ・パラダイス》を取り出し、お洒落な皿の上に載せる。
「――――!?」
 姿を現した《ラブ・パラダイス》を見た瞬間、あたしは我が目を疑った。
 驚きが胸に芽生える。
 雪の如く真っ白な生クリーム。
 その上で艶々と輝く紅いイチゴが目にも鮮やかだった。
「こ、これって――イチゴのショートケーキですか?」
 そう、皿の上にはどこのケーキ屋さんでも必ず目にする、あのイチゴショートが載せられていたのよ!
「そう、当店自慢の《ラブ・パラダイス》でございます」
 驚愕に目を剥いているあたしに、六楼さんが店員口調でサラリと告げる。
「え? だって、これって――」
「あれ? 週に何度も足を運んでくれてるのに――《WALTZ》にイチゴショートが置いてないコト、気づかなかった?」
 六楼さんに指摘されて、あたしはハッとした。
 確かに、《WALTZ》に通い詰めているのに、一度もイチゴのショートケーキを見たことがなかったわ!
「今、気づきました……。あたし、《ラブ・パラダイス》っていうくらいだから、もっと極彩色のピンクとか黄色の南国系のケーキだと勝手に思い込んでました」
「ああ、ネーミングは……オーナーにしか解らない理屈だからね」
 かつて六楼さんも《ラブ・パラダイス》にはあたしと似たようなイメージを抱いたことがあるのか、彼は微苦笑を湛えながらイチゴショートを指差した。
「コレは、オーナーの伊緒氏が旦那様にプロポーズされた時に、その返事として焼いたケーキなんだ。『あなたと一緒に愛の園で毎日イチゴショートを食べたいです』って……。俺たちには理解不能だけれど、伊緒氏にとってはイチゴショートこそが最愛の表現みたいなんだ。だから、記念日以外には販売しない。どういう訳か、勝手な伝説が一人歩きしているみたいだけれど――真相はそんな単純なモノです」
 六楼さんがフォークを皿に添え、スッとあたしの前に《ラブ・パラダイス》を差し出す。
 あたしがじっとイチゴショートに見入っていると、六楼さんは手慣れた様子でケーキをフォークで切り分けた。
 ショートケーキが載ったフォークを静かにあたしの口許へと運ぶ。
 あたしはほんの一瞬躊躇したけれど、思い切ってパクッとそれを口に含んだ。
 刹那、フワッと生クリームが口の中に広がる。
 ――おっ、美味しいっ!
 な、何、コレッッ!?
 クオリティ高いわ、このイチゴショート!
 甘さ控え目のしっとり系スポンジにサンドされたイチゴと生クリームが、絶妙なハーモニーを奏でているんですけどっ!
「コレだけはね、どの店舗の開店記念日でも伊緒氏が直々に焼くんだ。量産できないから、当然数量限定。――おいしい?」
 片手で頬杖をつきながら、六楼さんが訊ねてくる。
 あたしは、あまりの美味しさに何度も何度も頷いていた。
《ラブ・パラダイス》には、オーナー伊緒氏の大好きな人に対する溢れんばかりの想いと《WALTZ》に対する愛情が込められているのね。
 だから、何の変哲もないイチゴショートでも、こんなにも食べる人を魅了し、感動させるんだわ。
「俺も食べていい?」
 思いがけず、六楼さんの整った顔が接近してきて、あたしはビックリした。
 心臓がドクンッと弾んだ瞬間、六楼さんの唇があたしの唇に触れていた。
 あっ、うわっ!
 キ、キ、キスされちゃったっっ!?
 不意打ちだわ。
 でも――死ぬほど幸せかも!
 衝撃に凍り付いてしまったあたしの耳に、六楼さんの忍び笑いが届けられる。
 それから、彼はあたしの耳元に唇を寄せ、そっと囁いた。
「好きだよ、沙羅ちゃん」

 この日、あたしは見事に《ラブ・パラダイス》の魔法にかけられた――


     *


「南海、行くわよっ!」
「ラジャ!」
 あたしと南海は、バスが停まった瞬間、勢いよく銀世界へと飛び降りた。
 真っ白な雪が舞い散る中、街のメインストリートを元気よく駆け抜ける。
「どうかルイさんが出勤でありますように!ああ、今日は何を食べようかな?」
 南海が走りながらチラとあたしを振り返る。
「あたし、《ストロベリー・ファーム》!」
 間髪入れずに、あたしは叫んだ。
 目指すは、街一番のケーキ屋さん。

 今日もあたしは《WALTZ》へ行く。
 大好きな人に逢うために――




     《了》



拍手&コメ、ありがとうございます♪
何だか……こんな結末でスミマセン(滝汗)
フツーの恋愛モノの予定だったのに、気づけば腐れた妄想全開の物語になってしまいました。
最後までお付き合い下さった皆様に、心より感謝申し上げます!

 

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Mon
2010.02.01[21:13]
蝦夷舞鮨で逢いましょう



 ガラッと入口のドアが開かれた瞬間、あたしは我が目を疑った。
 店内の空気が一気に凍りつく。
 あたしは驚愕に目を瞠り――次いで恐怖に頬をひきつらせた。
 あたしの顔の変化と同時に、店内の客たちがざわざわひそひそと色めき立つ。
 中でも女性客の強い視線と悲鳴混じりの嘆息は、一種異様なものがあった。
 熱い視線が入口へと注がれる。
 それは、そうだろう。
 何てたって、今をトキメク超アイドル山梨和久が、そこに立ってるんだもの!
 しかも、一人じゃないのよ!
 あたしの住むM市最強の美形が揃うケーキ屋《WALTZ》――そこでつい最近まで不動のナンバーワンを誇っていたルイさんが一緒なのよ!
 おまけに、この二人――ゴシップ週刊誌やワイドショーで何度もスクープされまくっているほど『熱愛』の噂があるんだから!
 ついでに言っておくけど、山梨くんもルイさんも性別は歴とした《男》よ!
 そして、二人とも思わず口をポカンと開けてしまうほどの超美形よ!
 そんな注目を浴びること必至の二人が、どうして連れ立ってあたしのバイト先――《蝦夷舞鮨》にやって来るのよっっ!?

 馬鹿じゃないの、二人ともっっっ!!

 あたしの平穏かつ楽しいバイトライフを邪魔しないでよ!
 あたしは青ざめた顔で入口へ向かってダッシュすると、『いらっしゃいませ』の一言もなく、むんずとルイさんと山梨くんの手首をそれぞれ掴んだ。
「た、た、たたた大将っ! コレ――奥の個室に隔離しますからっっ!」
 あたしは必死に形相でカウンターの中にいる大将に訴えた。
「おう、いらっしゃい。毎度どうも」
 大将が常連であるルイさんに精悍な笑顔を向ける。その隣にいる山梨くんにチラと視線を走らせると、大将は何を妄想したのか得心顔でうんうんと頷いた。
「へえ、こりゃ珍しい……。BGM『青春ボンゴレ』に変えようか、沙羅ちゃん」
 大将がからかうようにあたしに訊ねてくる。
『青春ボンゴレ』というのは、今、あたしが腕を掴んでいる山梨和久の大ヒット曲だ。
 あ、言い忘れてたけど、あたし――園生沙羅。M市に住むごくフツーの女子高生よ。……多分。
 スーパーアイドル山梨くんとは訳ありで面識があったりするし、友人はかなり妄想癖の強い腐女子だったり、彼氏はBLファンタジー小説『紅蓮の鏡月』の作者だったりするけど――多分……ううん、絶対にフツーの女子高生よっ!
「却下です、却下! 何の嫌がらせですかっ!?」
「や、お客さんはその方が喜ぶだろうし――粋だろ?」
「シャリ一粒ほども粋じゃありません! あたしは断然『北の漁場』の方が好みです!」
 荒々しく大将に言い返し、あたしは細い通路を進み、ルイさんと山梨くんを個室エリアへ案内した。案内っていうより拉致に近い気もするけれど……。
 背後から女性客たちの興奮した囁きが聞こえてくる。
『ナッシーよ、ナッシー!』
『ナマ山梨よ! 超ラッキー! 何、あのカッコよさ!』
『アレ、《WALTZ》のルイさんでしょ!?』
『やっぱ二人はつき合ってるの!?』
『ちょっと見た! 山梨くんの左手の指輪! 堂々と填めてるってコトは、正真正銘恋人同士なのよね!?』
 山梨くんの人気は伊達じゃない。カップルで来てるお客さんが大半なのに、みんな彼氏そっちのけで山梨くんに釘付けよ……。
 また日の悪いことに本日は節分――店内は大将のスペシャル恵方巻を目当てにやって来たお客様でごった返してるのよ!
 奥の個室が空いているだけでも奇跡なのよ!


「沙羅ちゃんがシフト入ってるなんて、ツイてんな。何か知らねーけど、ウザイ野次馬から逃れられたみてーだし」
 状況を全く気に懸けていないらしく、ルイさんが美顔に微笑を湛えながら暢気に呟く。
「少しは自分たちの立場を考えて下さい、ルイさんっ! 《WALTZ》辞めたからって、ルイさんがM市ナンバーワンの美形であることは何にも変わらないんですからねっ!」
 あたしは奥の個室の襖を開けて、そこに超イケメン二人を雑に放り込んだ。
 この忙しい時に、あたしに余計な仕事と気苦労を与えに来るなんて――ホンットに信じられないわ!
 あまりにも他人に見られることに慣れすぎて、感覚が麻痺してるのかしら?
 今、話題の二人が当たり前の顔してデートだなんて、有り得ないわ!
「山梨くんも馬鹿じゃないの! そんな眼鏡一つで正体隠せるワケないでしょ! M市の女子はね、《WALTZ》の美形店員を見慣れてるから目が肥えてるのよっ! 美形には怖いくらい反応するのよ!」
「や、ソレ、咲耶と南海ちゃんだけだろ?」
 座敷に上がったルイさんがコートを脱ぎながら小さくボヤく。
「ルイさん! 大体、二人揃ってウチに食べに来ること自体、正気とは思えません!」
 あたしは一枚板で作られた高価なテーブルに通常のお品書きと『本日のオススメ』メニュー並べながら、軽くルイさんを睨んだ。
「だってよ。よかったな、山梨。正気じゃなくて――見事変人の称号を獲得したみてーだぜ」
「――ルイさんもです!」
 素知らぬ顔で山梨くんに責任転嫁するルイさんを、あたしは今度こそ思いっ切り睨めつけた。
 ルイさんは《蝦夷舞鮨》の太巻きフリークだ。一人で軽く十人前は平らげる有り難いお客様だ。
 今日、ここへやって来たのもルイさんの希望に違いない。
「そんなにカリカリするコトないだろ」
 山梨くんがコートと眼鏡を外しながら溜息混じりに告げる。
 その声音は、禁断の恋に苦悩する美青年の葛藤を表現しているようにも聞こえ――あたしは迂闊にもドキッとしてしまった。
 ――うっ、相変わらず無駄にセクシーな声してるわね……!
 でも、あたしは山梨くんの声には騙されないわよ!
「昔、一緒に中華喰った仲だし、《ラブ・パラダイス》仲間なんだからさ、少しはフレンドリーに――」
「そんな昔の話、とっくに忘れました! あたしには芸能人の知り合いなんていません。あたしは都会の片隅で平々凡々にひっそりと生きる――ごくごくフツーの女子高生です!」
「……冬敷和魔センセが彼氏の時点で、フツーじゃないと思うけど?」
 山梨くんが口元を引きつらせながら、ルイさんの向かいの席に腰を下ろす。
 冬敷和魔――というのは、あたしの……あ、あ、あたしの恋人――って言っていいのよね!? うん、いいわよね!
 あたしの恋人である六楼諫耶さんのペンネームだ。六楼さんはさっきも言った通り『紅蓮の鏡月』の作者であり、加えて《WALTZ》の店員さんでもある。
 そんなイロオトコの心を何であたしが射止められたのか未だに自分でも不思議に思うけれど――《WALTZ》の開店記念日以降、あたしは六楼さんとおつき合いをさせていただいている。
 そして、おそらく時を同じくして山梨くんとルイさんも……つき合っているかどうかはともかく――深い仲に発展したらしい……。
 あくまで『らしい』よ!
 正直、あたしには未知の世界なので、あんまり詳しく知りたくはない。
「とにかく、二人ともこの個室から出ないで下さいね。写メとか撮られても――ウチの責任じゃありませんからね」
「りょーかい。とりあえず、腹減ってっから、大将のスペシャルラヴ恵方巻、十人前よろしく」
 ルイさんが物凄く適当に頷いてから、あたしに満面の笑顔を向けてくる。
 ――ぐっ……! ひ、久々にルイさんの顔を間近で見るけど――綺麗すぎる!
 その神々しいまでの美しさは何処から溢れてくるんですかっ!?
 無意識に見惚れちゃうくらいの美形なのに、やっぱり超テキトーな喋り方や超面倒臭がり屋な性格は変わらないんですか……!?
「十人前で足りるのかよ、ルイ? ――あ、特上北海にぎりも二人前ね」
 山梨くんがお品書きとルイさんを交互に眺めながら心配そうに告げる。
 ルイさんは、女の子であるあたしが蟹挟みをかけても容易く折れそうなほど極細ウエストの持ち主だ。だけど、その中には信じられないくらいの鋼鉄の胃袋を持ち合わせている稀少人物でもあるのよ。
「あん? 足りなかったら――てめーの喰わせろよ」
 ルイさんが山梨くんをじっと見つめ、意味深に微笑する。
 途端、山梨くんの頬が微かに紅く色づいた。
 ………………アレ? なんか、ちょっと変な雰囲気ね……。
 ヤダ、この二人――ホントのホントに行き着くところまで行っちゃったのっ!?
 南海の影響であたしまで変な妄想しそうじゃない!
「あ、あたし、あがり持ってきますねっ!」
 軽いパニックに陥ったあたしは、勢いよく障子を閉めるとホールへ駆け戻った。



書ける時に書こう――と思い立って、キーボード打ち始めたのが5万打記念の小咄じゃなくて沙羅の話って……orz
寿司屋の話なんて需要がない気もしますが――突発的に書き始めてしまいました(汗)
節分前に終わると思います←(笑)

 
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Mon
2010.02.01[22:59]

 大将に注文を伝え、用意したあがりをルイさんと山梨くんの個室へと運ぶ。
 もちろん、極力手早く素早く退散よ。
 大将が腕を振るって作った恵方巻とにぎりも――当然迅速かつ丁寧に個室へ運び、二人の方を見ないように気をつけたわよ!
 だって、何の気構えもなくうっかり障子を開けたら、二人がキスとかしてそうで怖いんだもん!
 そんな妖しいシーンを見ちゃったら、この後ますますパニックを引き起こしてバイトにならなくなるじゃない!
 一通り注文の品を運び終え、再びホールに戻った時、あたしは女性客たちからの鋭く強烈な視線を痛いほど浴びせられた。

『なに、あの女? ルイさんとナッシーを独り占めにして!』
『何なの、あの可愛くないバイト! やけに山梨くんとルイさんと親しげだったじゃない!?』
『ちょっと、あの子――《WALTZ》のイサヤくんとつき合ってるらしいわよ?』
『ヤダ、最悪!』

 とかいう皆々様の心の声が今にも聞こえてきそうで、あたしは全身から一気に嫌な汗が噴き出すのを禁じ得なかった。
 あたしはただの《WALTZ》の常連客です!
 六楼さんのことはともかく、ルイさんと山梨くんとは何でもありません!
 寧ろ、あの二人の薔薇色世界の被害者なのよ!
 超フツーでノーマル思考のあたしの前で、あの人たちキスしたコトあるんだからね!
 それって、あたしにとってはスッゴイ迷惑なコトなんだからっ!!
 あたしが過去を思い出しつつ心の裡でメラメラと怒りと闘争心を燃え上がらせていると、それを煽るように店内のスピーカーから真夏の太陽を思わせるギラギラとしたイントロが流れてきた。
 ――こっ、これはまさか、山梨くんの『ジョウネツーナ』!?
 あたしは驚きのあまりに物凄い形相でカウンターの中の大将を見遣った。
「――大将っ!?」
「ボンゴレが駄目だっていうなら、あとはコレしかねェだろ」
 大将は『ジョウネツーナ』に聞き入るように目を瞑り、腕組みをしている。
「こいつァ、泳ぐのを止めると死んじまうマグロの子孫繁栄に対する情熱と悲哀を見事に表現した――奥の深ェスゲェ曲だ」
「いえ、コレ――そんな歌じゃありませんからっ!」
 あたしは思わず大声でツッコんでいた。
 そんな『ジョウネツーナ』の新解釈、今まで聞いたことないわよ。
 斬新すぎるわよ、大将!
 コレってセクシーソング――っていうか、ぶっちゃけエロソングよ!
『紅蓮の鏡月』信者の間では、勝手に魔王のテーマソングにされちゃってる上に、魔王が王子を押し倒すことを示す『ジョナる』って造語の語源にもなってるんだからっ!
「いつ聴いても心に染み入るいい歌詞だぜ。漢の浪漫だ」
 いや、だからエロソングですからっ!
 ちょっと、歌ってる本人がいるのに、こんな恥ずかしい曲をこんなに大音量でかけないでよ、大将!
「っていうか、どうして大将が山梨くんのCDなんか常備してるんですかっ!?」
「ああ、カミさんが山梨くんのファンなのよ。あとでサインをもらっとかねェとな」
 そう言って大将が『ジョウネツーナ』を口ずさむ。
 もう、どれだけ奥さんのことが大好きなんですかっ!?
 奥さんのためなら『ジョウネツーナ』も歌えるようになっちゃうんですかっ!?
 渋くて男前の大将なのに――何ですか、この新事実発覚……。
 おのれ、山梨めっ!
 あたしの知らぬ間にウチの大事な大将まで虜にしやがって……!
 憎たらしいくらいのその魅惑のセクシーボイス、奪ってやりたいわ!
 あたしは眦を吊り上げながら個室のある奥をキッと睨めつけた。

「大将、中トロ二貫お願いします」
「あいよ」
「あ、こっちも赤身と大トロ下さい」
 なのに、あたしの鬱憤とは裏腹にカウンターからもテーブル席からも次々と女性客がマグロ関連のメニューを注文し始める。
 店内は瞬く間に『赤身』『ネギトロ』『ヅケ』『鉄火丼』『鉄火巻』などの声で埋め尽くされた。
 ……何ですかね、この急展開のマグロ祭り。
 あたしは引きつりまくった気味の悪い表情で店内を見回した。
 みんな、どれだけ山梨くんに媚びを売りたいの?
 ウチでマグロを注文したからって、山梨くんは喜ばないわよ! 喜ぶのは大将だけよっ!!
 ああ、でも前言は撤回しておきます。山梨くんの魅惑のセクシーボイスには、他人を惹きつけてやまない不思議な力が確かに宿っているわ。その声を奪うなんて、流石にあたしも出来ないわね。
 何故だか店内は俄に活気づき、売上急上昇だもの。
 あたしが苦笑を浮かべた時、ガラガラッと入口が開く音が響いた。
「いらっしゃいませ――」
 条件反射で笑顔を浮かべかけ――あたしは本日二度目になる恐怖を覚えた。


「ああ、やっぱり『ジョウネツーナ』の発生源はココだったのね! ――あ、ヤッホー、沙羅」
 ガラガラガラガラガラッと巨大スーツケースを引きながら店内へ入ってきたのは――あたしの友人であり筋金入りの腐女子・神原南海だった。
 大将が大音量で『ジョウネツーナ』なんて流すから、呼びこまなくていいモノまでうっかり召喚しちゃったじゃない!
 今、ここにはルイさんと山梨くんがいるのよ! 
 南海の鼻血噴射まであと五分もないわ、きっと!
「ヤッホーじゃないわよ! 何しに来たのよ、南海?」
 あたしは南海の腕を掴むとホールの隅へと強引に連れ去った。
「え? 何って――親に恵方巻のテイクアウト頼まれただけだけど? 節分なのに何故かマグロ祭りが展開されてるみたいね。……何なの、コレ?」
 南海が不思議そうに首を傾げ、それから店内の異様な熱気に目を向ける。
「何でもないわよ! そっちこそ、その大きなスーツケースは何よ?」
 あたしは南海が片手にひしと握り締めている、馬鹿でかいスーツケースを見遣った。中に何が入っているのか知らないが、ボディがパンパンな上に引き摺る度にキャスターが悲鳴じみた音を生み出すのだ。耳障りでしょうがない。
「ああ、ビッショウ様がね、今はもうイベントでは売っていない昔の――そう、幻の同人誌を特別に譲って下さるっていうから、ちょっと有馬邸に寄ってきたのよ。フフッ」
 南海がスーツケースに視線を流し、心底嬉しそうに口元を弛緩させる。
 説明したくないような気もするけれど――ビッショウ様というのは、M市屈指の資産家である有馬家のご令嬢であり、ルイさんの同い年の幼なじみだ。そして、南海が師匠と崇める腐女子界のカリスマでもある……らしい。
 やっぱり、コレもあくまで『らしい』よ。南海やビッショウ様がこよなく愛するBLワールドは、あたしには新世界過ぎて全くついていけないんだもん!
 南海もビッショウ様も六楼さんが手がける『紅蓮の鏡月』の大ファンだ。
 山梨くんとルイさん出演で実写映画化が決まってからというもの(信じられないけど、ホントにアレ映画化するのよ!)、南海たちの魔王×王子萌えはヒートアップしている。
「……凄いわね。あの人、一体何歳から同人活動始めてるのよ? こんなに過去に本を作ってるなんて、恐ろしい人だわ」
「ビッショウ様はね、描くのを止めると死んでしまう刹那のカリスマ絵師なのよ! そう、まるで山梨くんが歌うこの『ジョウネツーナ』のマグロのように!」
 南海が陶然とした眼差しでスピーカーを見上げる。
 ……ちょっと南海、あんた、大将の話――何処で聞いてたのよっ!? 間違いなく聞いてたわよね?
 南海が『ジョウネツーナ』の主人公をマグロだと思ってるわけがないもの。
 南海はやれば何でも出来ちゃう子だって薄々勘づいてはいたけれど………………ビッショウ様に負けず劣らず恐ろしい腐女子だわ。
「刹那のカリスマ絵師って、意味が解らな――」
「――ハッ!? ルイさんっ!」
 あたしの文句を遮り、突如として南海が大きく目を見開く。
「ルイさんの匂いがするわっ!」
 南海の双眸が忙しなく店内を探り出す。
 南海がルイさんをこよなく愛する腐女子だってコトを忘れてたわ。更に言及するなら、山梨くんとか六楼さんとか店長に愛されまくってるシチュエーションだと萌え度が一気に跳ね上がるらしいわよ……。
「匂いで解るのっ!?」
「フフッ、ルイさんのシャンプーはね、曽父江家の次男坊・璃稀さんの美容室で特別に調合されているレアモノなのよ。あそこでしか手に入らないのよ! だから、わたしがルイさんの匂いを間違えるはずはないのっ!!」
 南海が妙に自信ありげに断言し、力強く拳を握り締める。
 あっ……と、知らない人が多いと思うけれど、璃稀さんというはルイさんの兄で、M市でサロンを開いているカリスマ美容師さんのことです。
「沙羅――ルイさんは何処なのっ!? さっさと教えた方が身のためよ」
 南海が爛々と目を輝かせながらあたしににじり寄ってくる。
「い、いないわよ! 気のせいじゃ――――」
「ちょっと、園生沙羅――オレの曲、流すの止めてくんない? ルイが腹抱えてゲラゲラ笑い転げてるんだけど? オレ、スゲー遣り切れないからさ」
 折角あたしがはぐらかそうとしたのに、そんな時に限って間の悪いのことに奥の個室からヒョイと山梨くんが顔を覗かせたのよ! 信じられないわ!
 ホントに、どうしてあんたはいつもいつもあたしの邪魔ばかりするのよ、山梨ィィッッ!!
「や、や、山梨くんっっっ!?」
 南海の感極まった声。
 その声に山梨がビクリと身を強張らせた。
「――あ、美祥寺腐妄子の弟子!」
「山梨くんとルイさんが――二人だけで奥の個室に籠もって、太巻きを咥えながらリアルでジョナってるのねっっっっ!!」
 南海が興奮の叫びを放つ。
 ちょっと、ウチの個室はホテルじゃないわよっ!
 太巻きの用途も若干違う風に聞こえるわよ!
 ウチはこのM市に開業して二十年も経つ立派な寿司屋なのよ!
 お願いだから、変な言い回しは止めてよ、南海っっ!!
 ホールのお客様が山梨くんとルイさんの変な姿を妄想して、無駄に騒ぎ出しちゃったじゃない!
「ああ……あああああ、何て素敵なのっ! すぐそこに目くるめく薔薇色の園が――」
 感極まった南海の頬が己の発言通りに薔薇色に染まる。
 転瞬、南海の鼻腔からは大量の血液が噴き出した――



5万打、ありがとうございます♪
なのに、本日の更新……妄想だらけでスミマセンッ(汗)
相変わらず主人公がちっとも活躍しない物語ですが(←)、次の更新で終わる予定ですので今しばらくおつき合い下さいませ。


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Wed
2010.02.03[00:00]

 いつもの如く鼻血を噴出させた南海は、とりあえず山梨くんとルイさんの個室に押し込んだ。
 神聖な寿司屋で鼻血を噴き出すなんて――乙女のするコトじゃないわよ!
 鼻血の原因は山梨くんとルイさんなので、彼らには責任をもって南海の相手をしてもらうことに決めた――というか強引に押し付けてやったわ。
「オイ、園生沙羅――オレたち一応デート中なんだけど?」
 と非常に迷惑そうに顔を引きつらせた山梨くんに、あたしは言ってやったわよ。
「一本のスペシャルラヴ恵方巻をルイさんと二人で両端から丸かぶりでもすれば、この子――容易く気絶するから。じゃ」
 冷ややかに吐き捨て、あたしはピシャリと個室の襖を閉めた。
 デートが何よ! あたしはバイト中なのよ!
 六楼さんの素敵な姿を脳裏に描く暇もないくらい忙しく働いてるのよ!
 山梨くんとルイさんも少しは南海の餌食になればいいわ!
 あたしは完全な八つ当たりを山梨くんとルイさんにぶつけ、個室を後にした。

 ホールに足を踏み入れた瞬間、思わぬ光景に出会し、あたしは一瞬身を仰け反らせてしまった。
 ホールにいる女性客の半数以上が鼻にティッシュを詰め込んでいたからよっ!
 ……な、何なのよ?
 ま、まさか、南海の叫びを聞いて――この人たちも山梨くんとルイさんのリアルなジョナを激しく妄想しちゃったワケ!?
 …………それ以外、考えられないわよね。
 恐ろしいわね。M市の女って、どれだけ血の気が多いの?
 そして、どれだけ腐れた妄想に華を咲かせるのが得意なの?
 統計をとったら――まさか八割方《腐女子》っていう結果になったりしないわよね?
 ………………有り得ないコトじゃないから怖いわ。
 何せM市は最凶で最狂の腐女子ビッショウ様と、男女ともにイケナイ妄想を抱かせる最強の超絶美形ルイさんを生んだ街だもの。
 あたしは、ティッシュを鼻に詰めたお客様の顔を出来る限り見ないように努め、ビールや日本酒をせっせとテーブルへ運び続けた。
 鼻血を出しながら恵方巻を丸かぶりしているお客様は、全員――隠れ『紅蓮の鏡月』信者に決定ね。『リアルなジョナ』が何であるのか見当がつくんだから、かなり『紅蓮の鏡月』歴は長いはずよ。
 そんな勝手な決めつけを胸中で行いながら、あたしは空いたグラスや食器を洗い場へと運び込んだ。直後――
「うおぉぉあぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!」
 という奇怪な叫びが奥の個室から轟いてきた。

 ――こ、この声は南海ねっ!
 あたしは恟然と目を丸め、厨房を飛び出した。
「沙羅ちゃん、どうした!?」
「大丈夫です! 友人が急に発熱しただけです!」
 カウンターを出て来ようとする大将を慌てて片手で制し、あたしは個室エリアへと続く細い廊下を疾駆した。
 発熱は発熱でも――妄想熱だけれど。
 あれは南海の歓喜の雄叫びなのよ!
 ちょっと、一体何をやってるのよ、山梨くんとルイさんはっ!?
 ――ハッ!? まさか本気で恵方巻をポッキーよろしく二人で両端から仲良く囓って、うっかりキスしちゃってるとかじゃないわよね!
 いや、南海がそれくらいのコトで感極まるワケないわ!
 ま、ま、ままままさか、一番奥の個室なのをイイコトにルイさんに襲いかかってるんじゃないでしょうね、山梨っ!
「南海、一体何があったの――――!?」
 あたしが襖を開けようとした正にその瞬間、白い障子にブシュッッ! と血の飛沫が舞った。
 い、いやぁぁぁぁっっっっっ!!
 何、この突然のスプラッタッ!?
 南海の鼻血だって解っちゃいるけど、怖いのよ! 正直、気持ち悪いのよ!
 それ以前に、この障子の張り替え――間違いなくあたしのバイト代から引かれるんですけどっっ!!
 こんなに懸命に働いたのに! せっせと《WALTZ》に通うお金を貯めたのに……!
 全部……海の藻屑と化したわ。
 パティシエ兜塚さんの新作を食べるの――物凄く楽しみにしてたのに……。
 つき合ってるからお店に行かなくても六楼さんには逢えるけど、やっぱりたまには制服姿の六楼さんを眺めながらニヤけたいのに……!
 おのれ、山梨めっ!
 あたしのささやかな幸せをブチ壊しやがって!
 襖を開けて、あいつがルイさんを押し倒してたら――即刻叩き出してやる!
 あたしは南海の鼻血で彩られた襖に手をかけ、決然と扉を引き開けた。


 真っ先に視界に飛び込んで来たのは、素肌の背中だった。
 くっきりと浮き出た肩甲骨に、何の歪みもない綺麗な背筋――
「――ブッッ……!!」
 それが山梨くんの背中だと気づいた刹那、あたしは驚愕のあまりに唾を噴き出し、張り裂けんばかりに目を見開いていた。
 あたしに背を向けて立っていた山梨くんが、ちょうどセーターを脱ぎ捨てたところだったのよ!
 ちょっと! 目のやり場に困るじゃない!
 何なの、その均整のとれたセミヌード!?
 背中から腰にかけてのラインが恐ろしく凜としていて、艶めかしい色気を放ってるんすけどっっ!?
 流石はダンスで鍛えられた美しい身体ね。無駄のない肢体だわ。
 ――ハッ……! 決して見惚れたわけじゃない――魅入っていたわけじゃないわよ!
 ただ、そこに避けようもなく山梨くんのセミヌードが立ちはだかってるだけで、あたしは決して自ら望んで山梨くんの裸の背中に釘付けになってるわけじゃないのよ!
「ちょっ……ちょっと……何して――――」
 あたしは必死に自制心と冷静な思考を手繰り寄せた。けれども、ショックが甚大すぎて震える唇でそれだけ言うのがやっとだった。
「沙羅、聞いてよ! ルイさんと山梨くん、今――半同棲生活を送ってるのよっ! いやっ、わたし、もうソレ想像しただけで悶絶っていうか――悶死しそうなんだけどっ!」
 おしぼりで鼻を押さえた南海が息も荒く言葉を捲し立てる。
 ……南海は外見だけでいうなら、かなりの美少女だ。それも清楚系の。なのに、どうしてこの子はこんなに腐れているんだろう……?
 あたしは口元を戦慄かせながら南海の隣にいるルイさんに視線を流した。
 ルイさんは鼻血を垂れ流している南海のことも何故だか裸の山梨くんことも全く気にした様子もなく、超然とスペシャルラヴ恵方巻を丸かぶりしていた。
 あたしと目が合うと、恵方巻を咥えたまま面倒臭そうにポケットから銀色に輝くキーを取り出し、ぞんざいにテーブルの上に置く。
 ……どうやら、それが山梨くん宅の合い鍵らしい。
 ――って、あたし別に事実確認なんてしたくもないんですけどっ!
 ルイさんと山梨くんが同棲しようが結婚しようが一向に構いませんけれど?
「だからね、六楼さんのマンションにある――あの、ルイさん専用のベッド、わたしに譲ってくれるって! 毎日ルイさんの匂いに包まれて妄想に耽れるのかと想うと――わたし、幸せすぎて鼻血が止まらないわ!」
 南海が向かいにある山梨くんのおしぼりを勝手に引き寄せ、更にそれを鼻に押し当てる。
 ……そう、六楼さんのマンションにはルイさん専用のベッド――というか部屋があるのよ。
 六楼さんと仲のいいルイさんは、よくそこに転がり込んでいたらしい。流石にあたしが六楼さんとつき合うようになってからは、自由奔放なルイさんもピタリと唐突な来訪を止めたけれど……。
「明日、早速業者に頼んで引き取りに行くから、六楼さんにヨロシク言っといてね、沙羅!」
 南海が上気した顔で声を弾ませる。ホントにルイさんのことが大好きなんだなぁ、南海。ちょっとその想いのベクトルが変な妄想に突き進んじゃってるけど……。
「ヤダッ、ルイさんのベッドよ、ベッドッ! もしかしたら、もしかして――そのベッドで六楼さんと繰り返し何度も何度もアレコレしてるかもしれないじゃないっ!!」
「ギャッ、妄想でも六楼さんを巻き込むのは止めてよ、南海!」
「――えっ!? マジでか!? 嘘だろ!? 超ショックなんだけどっ!」
 あたしの非難の声に、山梨くんの焦燥しきった声が覆い被さる。
 山梨くんは首だけをねじ曲げてルイさんを見つめると、嫉妬と痛みゆえか切なげに目を細めた。
 ああ……ココにも一人、ルイさんに対する愛情のベクトルがちょっとズレてる人がいたわね……。
 ルイさんは相変わらず恵方巻を咥えたまま山梨くんに冷ややかな視線を返し、フゴフゴと何事が告げた。
 きっと『っるっせーな!』とか『一々覚えてねーよ』とか『ヤッて悪いかよ?』とか――とにかく何かテキトーな台詞だと思うわ。
 いや、ちょっと待って! ヤッて悪いわよ!
 六楼さんの彼女は一応あたしなんだからっ!
 南海お得意の薔薇色妄想だと解っていても、やっぱり焦ってしまう。何てたって、ルイさんは外見だけは女も男もガッツリ魅了する超絶美形なのよ!

「ちょっと山梨くん、勝手に動かないでよ。ああ、でも、そのルイルイを見つめる苦しげな眼差しと首筋のラインが素敵ね。ゾクゾクするわ。フフフッ」
 あたしと山梨くんが南海の妄想に翻弄されていると――今度はビッショウ様の声が聞こえてきた。
 そういえば、ビッショウ様のルイさんに対する愛情表現も相当変わってるわよね。幼なじみの裸をスケッチしまくって、男と絡ませるのが趣味で、それを同人誌にして売り捌くんだから凄いわよね、ビッショウ様って。

 ……………………え? ビッショウ様っっっっ!?

 ええっ、ビッショウ様なんて、この部屋にいたっけ!?
 あたしは急激に現実に引き戻され、慌てて室内を見回した。
 山梨くんの向かいに黒髪ロン毛の眼鏡美女が座っている。
 その片手はスケッチブックを構え、もう一方の手は神速の如く紙面に鉛筆を走らせ続けていた。
 ――いた。
 ホ、ホントにいた! 現実に存在してるわ。
「ビ、ビ、ビッショウ様っっ!?」
 仰天したあたしは目の玉が飛び出すような勢いで、ビッショウ様こと美祥寺腐妄子を凝視した。
 何、この人? 一体、いつ忍び込んで来たの!?
「こんばんわ、沙羅ちゃん。お邪魔してるわね。ちょっとルイルイを驚かせようと思って――アレに忍んできたのよ。ああ、私にも特上北海にぎりを一人前よろしく。もちろんお勘定は山梨くんにツケておいてね」
 ビッショウ様が高速スケッチを続けながら、軽く顎をしゃくる。
 その先には、南海が引き摺ってきた巨大スーツケースがどんと聳え立っていた。
 うわっ、心底信じられない。由緒正しき有馬家のご令嬢が身体を折り曲げてスーツケースに入り込み、じっと息を潜めてここまで運ばれてきたなんて……。弟が知ったら泣くわよ。
「わたしも開けたらビッショウ様が出てきたからビックリしたわよ。でも――おかげで山梨くんのセミヌードを超間近で観察できるのよっっ! チョー天国!」
 山梨くんの半裸をうっとりと見上げながら、南海がまた鼻血を垂れ流す。
 ――って、スーツケースの持ち主であるあんたが気づかないなんて、おかしいでしょ!
 どうやってビッショウ様がスーツケースに侵入したのか……怖くて想像もしたくないじゃない!
「そこは気づきなさいよ、南海! ――で、どうして服を脱いでるのよ、山梨くんは!?」
 あたし南海に向けた険しい眼差しをそのまま山梨くんへと流してやった。
「しょーがないだろ。上、脱がなかったら、朝まで密着スケッチする――って脅されたんだからさ」
 山梨くんが半ば自棄になりながら吐き捨てる。
 なるほど。確かにビッショウ様にこの後のデートは邪魔されたくないだろう。それなら、いっそうのこと、ココで何枚かビッショウ様が満足するまでスケッチしてもらった方が遙かにマシだ。
「おー、頑張れよ、山梨」
 一本の恵方巻を完食し終えたルイさんが、感情の籠もらぬ平淡な声音で告げる。ルイさんの長い指が新たな恵方巻を取り上げ、悠然と口に運ぶ。
 相変わらず素晴らしい胃袋だわね、ルイさん。ソレ、何本目の恵方巻なの……?
「ちょっ……たまには真剣にオレの努力を評価しろよ、ルイッ!」
 山梨くんがひどく不本意そうにルイさんを振り返る。
 その瞬間の山梨くんの腹筋から腰にかけての動きは、とても洗練されていて綺麗だった。
 ……腐ってもアイドルね。
 鎖骨→胸板→腹筋→お臍→ウエスト――どれをとっても胸を撃ち抜かれそうなほど濃厚な色気を放ってるんですけどっ!
 恵方巻を頬張っていたルイさんが珍しく動きを止め、上目遣いに山梨くんを見つめる。
 一瞬の静寂の後、ルイさんは一旦恵方巻を囓るのを中断してビッショウ様に視線を投げた。
「――咲耶、描く速度あげろよ」
 短くそれだけを告げて、ルイさんは再び恵方巻に齧り付いた。
「アラ、ルイルイ、もしかして、今――山梨くんにムラムラしちゃったの!? ねえ、そうなんでしょ!? フフフッ、任せておいて! ルイルイが山梨くんにジョナられたいなら、超高速で描き上げて山梨くんを解放してあげるわ! フフフフフフッ」
 ビッショウ様が不気味な微笑みを浮かべながら、今まで以上の速さで筆を走らせる。
 それは、もうあたしの肉眼では捕らえられない恐るべき速度だった……。
「キャーッ! ルイさんが山梨くんと素敵で過激で破廉恥なリアルジョナを――――ぐっ……! 妄想しただけで息絶えそうだわ!」
 南海が荒々しく肩で息をしながら、とうとうルイさんのおしぼりまで奪取して鼻に当てる。
 ……南海、あんたいつかホントに失血死するわよ……。
 あたしは冷めた眼差しで室内を見回すと、大仰に溜息をついた。
「よかったわね、山梨くん。努力――報われたじゃない」
 あたしは山梨くんに揶揄混じりの言葉を投げると、クリルと背を返した。
 もう、ここはあたしが足を踏み入れてはいけない禁断の園だ。背徳の世界だ。
 あたしには一生縁のない腐れた落園よ!
 南海とビッショウ様の嬌声を背に浴びながらあたしは後ろ手に襖を閉め、ホールを目指した。
 何だかとても――うん、物凄く疲れたわ……。
 早く帰ってくれないかしら、あの人たち。

     *

 もう何度目のリピートになるのか解らない『ジョウネツーナ』のイントロが店内に流れている。
 ちょっと前まで《蝦夷舞鮨》は多くのお客様たちでごった返していたけれど、十時半を廻った今は落ち着きを取り戻した状態だった。
 山梨くんとルイさんが出て来るまで粘ろうとしていた女性客たちもこの時間になると諦めたのか、いつしか姿を消していた。
 それが正解だと思うわ。あたしにとっては阿鼻叫喚の地獄絵図でしかない、あの奥の個室の薔薇色妄想宴会――閉店まで続くわよ。運ばれていくアルコールの量が半端ないもの。南海は未成年だけど、他の三人はかなりの酒豪らしいし……。
 有名人二人と腐女子二人の奇妙な宴を脳裏に思い浮かべ、あたしは我知らず顔を引きつらせていた。
 直後、ガラッと入口のドアが引き開けられる。
 冬の冷たい外気とともに長身の影が姿を現す。
 瞬時、あたしの胸はドキッと高鳴った。
 驚きと嬉しさのあまりに瞬きするのも忘れて、店内に入ってきた人物に見惚れてしまう。
 ――よしっ、三度目の正直!
 入店してきたのは漆黒のロングコートを纏った六楼さん。
《WALTZ》のバイトを終えたその足で、ここに寄ってくれんだわ!
「いらっしゃいませ!」
 あたしは現金にも声を弾ませ、小走りに入口へと駆けていた。
「こんばんわ――って、何、この『ジョウネツーナ』?」
 フレームレス眼鏡の奥の瞳を和らげ、六楼さんがあたしに微笑む。その後に、彼はスピーカーを見上げて、解せないように何度か瞬きを繰り返した。
「……今、ちょっと奥に山梨くんと――」
「ああ、ルイが来てるのか」
 素早く事態を把握したらしく、六楼さんは整った顔に苦笑を閃かせ、カウンターへと移動した。
 よかった。ルイさんたちと合流する気はないみたいだ。
「沙羅ちゃん、今日はもう上がっていいぞ。『ジョウネツーナ』効果で、ネタもほぼ売り切れだしな」
 六楼さんの姿を確認した大将がニヤリと笑う。ホントに、恋愛に関しては素晴らしく協力的で気前のいい大将だわ。
「ありがとうございます!」
 あたしは素直に大将の言葉に甘えることに決め、さっさとエプロンを外して六楼さんの隣に腰かけた。
「うわっ、スゴイな。本当にスカスカだね、ネタ」
 ガランとしたショーケースを見つめ、六楼さんが感嘆の声を洩らす。スペシャルラヴ恵方巻だけでも結構な売上だったのに、山梨くん効果で他のネタも瞬く間に姿を消していったのよ。
「じゃあ、大将のお任せでお願いします。あと、コレ――奥様と一緒にどうぞ」
 六楼さんが立ち上がり、カウンター越しに《WALTZ》のテイクアウト用の小箱を手渡す。
「おうっ、ありがとな。今夜はたくさん土産があるから、カミさんのヤツ喜ぶぜ」
 大将が屈託なく破顔し、受け取った《WALTZ》の小箱を冷蔵庫にしまうと、『ジョウネツーナ』をハミングしながらにぎりにかかった。
 さっき、こっそり山梨くんにサインを貰い、ちゃっかり写メも撮ってたのよ、大将。
「お仕事お疲れ様、沙羅ちゃん」
「――え、あっ……六楼さんだって《WALTZ》上がってきたばかりなのに、何かスミマセンッ」
「や、ルイと山梨さんがいる時点で色々と大変だったと思うし……。ハイ、沙羅ちゃんにもお土産です」
 六楼さんがチラと奥に視線を走らせて肩を竦め、それから大将に渡したモノより一回り大きい《WALTZ》の小箱をスッと差し出した。
「わー、嬉しい! 開けてもいいですか?」
「もちろん。今日は節分で忙しいだろうから、《WALTZ》には来られないと思って――」
 そう言って、六楼さんは照れ臭そうに微笑む。
 うっ、もう何度も見ているのに――相変わらずその笑顔は綺麗で、あたしの心臓は大きく跳ね上がった。
 交際を始めてからも六楼さんの紳士的な振る舞いと気遣いは、全く変わらない。
 いつもあたしのことをイチバンに考えてくれる。
 あたしは六楼さんの優しさに心が温かくなるのを感じながら、《WALTZ》の箱をそっと開いた。
 箱に中には、可愛らしい五色のロールケーキが並べられていた。
 白・ピンク・緑・薄茶・黄色――直径三センチ全長十五センチほどのお洒落なスイーツだ。
 箱を開けた途端、甘い香りがフワリと舞い上がって、あたしのテンションは一気に上がってしまった。
「兜塚さんの力作――《WALTZ》オリジナル恵方ロールでございます。チーズ・ストロベリー・抹茶・モカ・プレーンの五つの味をお楽しみ下さい。ちなみにそれぞれの中身は企業秘密にさせていただきます」
 六楼さんが笑いながら店員口調でサラリと述べる。
 あたしは箱の中から慎重にプレーンを取り出し、その断面をワクワクしながら覗き込んだ。
 スポンジ生地の中には生クリームの他に、煌めく宝石のような紅い粒が見え隠れてしていた。
 イチゴじゃないみたいだし、それが何なのかはあたしには予測もつかなかったけれど――とにかくその濡れた輝きと生クリームのバランスは絶妙だった。
「うわぁっ、綺麗! 可愛いっ! 流石、兜塚さん――パッと見、何処にでも売っているような恵方ロールなのに、宇宙が見えるわっっ!」
 そうよ、兜塚さんが作るスイーツにはいつも果てしない宇宙が広がっているのよ!
 ファンタジック兜塚、健在ね!
 あたしは昂揚する心を抑えきれずに、パクッと恵方ロールに食い付いた。
 う、うううう――ウマイッ!
 何、この一瞬にして蕩けて無くなるような軽い生クリームの食感!? 素敵すぎるわ!
 あまりの美味しさに涙目になりながら感激していると、六楼さんが微笑を湛えたままスッとあたしの耳元に顔を寄せて囁いた。
「ルイたちに見つかる前に退散して、夜の公園でも散歩しようか?」
 もちろん、あたしは恵方ロールを口に咥えたままブンブンと何度も頷いた。
 あの悪夢のような宴に強制参加させられるより、六楼さんと手を繋いで歩いた方が百倍マシに決まってるもの!
 必死に頷くあたしの様子がツボだったらしく、六楼さんはもう一度破顔する。
 それから、大将の目を盗んでさり気なくあたしの頬にキスをしたのよ!
 あたしは羞恥と驚喜に顔を真っ赤に染めながら、兜塚さんの力作を勿体なくもゴクンッと一気に丸呑みした――

 何だか急に、一日の疲れが払拭されるような不思議なパワーが心の奥底から湧き上がってきた。

 明日もバイト頑張ろう――この《蝦夷舞鮨》で。






 ――え? 山梨くんとルイさんが、その後どうなったかって?
 知らないわよ、そんなコト。
 っていうか、興味もないし、深追いもしたくないのよっ!

 

     《了》



……長い上にイサヤの出番が殆どないです。スミマセンッ(汗)
最後までおつき合い下さり、ありがとうございました♪

 
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Sat
2010.12.11[22:12]
80000HIT、ありがとうございます♪
クリスマスシーズンなので、記念小咄は久し振りにケーキ屋さんにしてみました。
本編未読の方はコチラからどうぞ → 
本編→蝦夷舞鮨→コレと、どう考えても本編より2年近く経過していることになりますが(汗)、
サ●エさん方式で歳はとらないモノと思って下さい←
尚、作中、腐女子さんが登場したりBL表現があったりしますので、
苦手な方はご自分の判断で回避するようお願い申し上げます(;´▽`A``




WALTZで逢いましょう Xmas Edition


 十二月中旬――
 世界はクリスマス一色に染められている。


 あたしの住むM市も例外ではない。
 街のメインストリートである歩行者天国には巨大ツリーが出現し、道行く人々の足を止めている。
 歩行者天国自体はもちろんのこと、両サイドに立ち並ぶデパートやショップもイルミネーションやオーナメントで彩られ、市民の目を楽しませている。

 もうすぐ午後十時を迎えようとしている今、鮮やかなイルミネーションは煌々と咲き誇っていた。
 いつもより早めにバイトを上がらせてもらったあたしは、妙にウキウキとした気分で歩行者天国を歩いていた。
 街一番のケーキ屋《WALTZ》に向かうためだ。
 通常営業は午後十時までだけれど、クリスマス前の二週間だけは閉店時間が午前零時にまで延長される。
 元々は、仕事帰りの恋人たちに甘く心地好い空間を提供するためにイブの夜限定で開始されたサービスらしい。
 けれど、人気店だけあって、予約だけであっという間に飽和状態。
 もう少し日にちを増やしてほしい――というお客様のラブコールに応え、去年から二週間限定のクリスマス企画に変更になったのよ。
 有り難いことに、そのおかげであたしはバイトが終わってからでも大好きな六楼さんに逢いに行くことができる。
 あっ、六楼さんっていうのは――《WALTZ》の店員である六楼諫耶(りくろう いさや)さんのことよ。
 美形揃いの《WALTZ》店員さんの中で唯一の眼鏡男子。
 そして、畏れ多くもあたしがおつき合いさせていただいている素敵な人……です。
 ケーキ屋繁忙期の十二月――ましてやクリスマス間近のこの時期に六楼さんとデートなんて出来るワケがない。
 あたしがお世話になっているバイト先《蝦夷舞鮨》もパーティー用の出前が急激に増えて、ケーキ屋さんほどじゃないけれどそれなりに忙しい。
 なので、十二月に突入してから、あたしと六楼さんはメールや電話で会話をするだけで一度もまともに顔を合わせていなかった。
 大将の粋な計らいで今日は早上がりにさせてもらったので、ようやく――ホントに久し振りに六楼さんに逢えるのよ!
 しかも今夜は、クリスマスイベント期間中でも特別な日だ。
 数ヶ月前まで《WALTZ SHIO店》でぶっちぎりの人気を誇っていたルイさんが、スペシャルゲストとして今夜だけ復活するらしいのよっ!
 あっ、『らしいのよ』なんてボカしたけれど、シークレットゲストなので公には発表されていないだけで――あたし自身はルイさん復活祭の正式決定を六楼さん経由で知っている。
 どこから嗅ぎつけたのかルイさん親衛隊もしっかりスタンバッてるらしく、『予約の電話だけでも恐ろしい勢いでかかってくる』と六楼さんが電話越しに苦笑していた。
 中性的な美貌の持ち主であるルイさんは、女性からも男性からも熱烈な支持を受けている。
 中でも古くからのファンである親衛隊の意気込みとルイさんに対する情熱は、目を瞠るものがあった。
 どうやってスケジュールをチェックしているのか、ルイさんの出勤日には必ず入り待ち出待ちしているし、ルイさんとより多く視線と会話を交わしたいがために注文するケーキの数も半端ない。
《WALTZ》を退店し、モデル業に重きを置くことになったルイさんだけれど、今でも《WALTZ》フリークの間では『伝説の超絶美形』として熱く語り継がれていた。
 M市民にこよなく愛されているルイさんの人気は『凄い』の一言に尽きる。
 アイドル顔負けの熱狂振りだ。
 それこそ人気絶頂のスーパーアイドル山梨和久でも、このM市内じゃルイさんの人気に敵わないんじゃないかと思う。
「――あ……うっかり山梨くんの顔、思い出しちゃったじゃない……!」
 脳裏に山梨和久の端整な顔が浮かんだ瞬間、歩行者天国のスピーカーから聴き慣れたイントロが流れてきた。
 去年、売れに売れまくった山梨和久の大ヒット曲『青春ボンゴレ』だ。


ただでさえ長いタイトルなのに、無駄に「Xmas Edition」なんてつけてスミマセンッ(^▽^;)
 
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Sat
2010.12.11[23:03]

『青春ボンゴレ』が鳴り響いた途端、あたしは足を止めて歩行者天国をぐるりと見回していた。
 前言撤回。
 街はクリスマス一色ではなくて――1/10……いや、1/5はスーパーアイドル山梨和久色に塗り替えられていた……。
 あたしが立ち止まった場所はCDショップの真ん前で、硝子張りの店頭には山梨和久の超特大ポスターが飾られていた。
 真紅の三日月を基調としたレッドバージョンと冴え冴えとした満月のブルーバージョンの二種類。
 十二月一日に発売になったばかりの『月華~紅~』と『月華~蒼~』の新曲PRポスターだ。
 同日同タイトルで異なる二つの曲をリリースしたのよね……。
『月華~紅~』はハードでアップテンポなロック調で、『月華~蒼~』は優しくて切ないしっとり系のバーラドだ。
 しばらく続いていたパスタ&イタリアン的なへんてこりんな曲名からは脱したらしく、この冬に発売された二曲は以前よりも大人な雰囲気を醸し出している。
『~紅~』の方はお得意の激しいセクシーダンスが満載で、『~蒼~』の方は無駄にエロ――あ、失礼、聴く人の心をドキドキさせる色っぽい歌声の魅力が最大限に発揮されていた。
 相反する二曲に乙女たちの心は鷲掴みにされ――結果、今年の冬も山梨和久は大ヒットを飛ばしていた。
 更に、大手化粧品メーカー美神堂の新作口紅のコマーシャルにも起用されたことで、話題を呼んでいる。
 クリスマス期間に限定発売される真紅とパールピンク系の二色の口紅――それぞれに山梨くんの『月華』が使用され、当然のことながら本人もCMに出演しちゃってるのよね。
 歩行者天国のビルを見上げれば、容易く二種類の巨大看板を発見することが出来る。
 真紅の口紅を塗った妖艶なモデルさんと絡み、ちょっと意地悪で酷薄な笑みを唇に刻んでいる山梨くん。
 パールピンクの口紅を塗った清楚な女優さんと手を繋いで見つめ合い、爽やかなアイドルスマイルを浮かべている山梨くん。
 どっちのバージョンにも『あなたは、どっちの山梨とキスしたい?』なんて煽り文句がついている。
 コレ、美神堂とのコラボで本当に投票を受け付けているのよ! 信じられる!?
 商品を購入すると投票券がついてくるんだけど――投票数の多かった口紅を購入した人の中から、美神堂主催の山梨くんトークライブ&握手会に限定500名を無料招待する企画と連動してるのよ!
 そんなもんだから、山梨効果で新作リップの売上はぐんぐん伸びているらしい。
「あれだけ堂々とルイさんが好きだってカミングアウトしてるのに……人気に翳りが見えないなんて、恐るべし山梨くん。やっぱり『紅蓮の鏡月』愛好者の腐女子層を取り込んだってのが、イチバンの強味なのかしら?」
 あたしは両手に持ったプレゼントの箱を抱え直しながら、隣のファションビルへと視線を移した。
 ちなみにプレゼントはルイさん用です。
 六楼さんにはクリスマスを過ぎたらゆっくりと逢えるから、その時に渡すの。

 壁面に埋め込まれた巨大モニターには、奇しくも『月華~蒼~』のPVが流れていた。
 全編ブルーで統一された映像だ。
 中には上半身裸でベッドに寝転がっている山梨くんが、切ない表情で歌詞を紡いでいる煽情的なシーンもある……。
 っていうか、シーツで巧妙に隠されてるけど、アレ……ほぼ全裸なんじゃない?
 カットによってはお臍の下とか腰骨とかお尻とウエストの境目とか――見えてる気がするもの。
 ああっ、間違ってもあたしがじっくり検証したワケじゃないからねっ!
 あくまでも南海の見解よ! 南海のっ!
 南海が鼻血を噴き出しながら延々とPVをリピートし続けた結果――撮影時は全裸であった確率99.9889889%って、よく解らない数字を叩き出したんだからね!
 くどいようだけれど、決してあたしが山梨くんのフルヌードを妄想したワケじゃない!
 そもそも山梨くんがセミヌードであろうがオールヌードあろうが、あたしにとってはどうでもいいのよ!
 ――っと、話を戻すわね。
 この『月華~蒼~』で山梨くんが曲のイメージに合わせてブルーのカラコンを使用していることが、また別世界で大いに話題になってもいた。
 別世界というのは、あたしの知らないボーイズラブな領域とマスコミ各社のゴシップ誌&ワイドショーネタよ。
 詳しい経緯は省くけれど、山梨くんがテレビを通してルイさんに告白した《山梨ショック》の後、どうやら山梨くんとルイさんは本当に深い仲になったらしく――挙げ句、半同棲生活を送ってるって言うのよ!
 ……ちなみに二人とも立派な男ですけれど、その辺の事情はあたしは客観的な事実として受け止めるしかない。
 何かもう山梨くんのルイさんに対する猛アタックを目の当たりにしているだけに、あたしには批判も否定もできない。
 まあ、あたしの感想はどうでもいいんだけれど――とにかく山梨くんとルイさんに関する熱愛報道は未だに誌面やワイドショーを時折賑わせているというのが現状だ。
 で、山梨くんがバラードのPVでカラコンを使用したことが何故話題になるのかというと――問題のルイさんがブルーのカラコンを常に愛用しているからに他ならない。
 瞬く間に『月華~蒼~』はルイさんのことを詩に綴ったラブソング――という推論が週刊誌とゴシップ誌面に飛び交った。
 同時に、人気BLファンタジー小説『紅蓮の鏡月』に愛を注ぐ腐女子たちの妄想熱にも火を点けた。
『紅蓮の鏡月』映画版で山梨くんが魔王、ルイさんが王子を演じたことから、これまで三次元アイドルに興味を抱いていなかった『グレキョ』ファンの乙女たちが一斉に山梨くんに着目し――彼の曲や発言にBL的意味合いを見出し始めたのよ!
 まあ、実際山梨くんはリアルにルイさんと半同棲してるから、あながち間違いじゃないんだけど……。
 ああぁぁっっ、それより――あたし、とうとう『グレキョ』なんて略語まで自然と使っちゃってるじゃないっっっ!! 
 いやぁぁっっっっっ!!
 あたしは『紅蓮の鏡月』にもBLにも興味は全くないのよ!
 ただ、たまたま友人の南海がルイさん信者の美形男子半裸萌え鼻血腐女子で、たまたま近くに幼なじみをモデルにした破廉恥同人誌を描き続けてる上に『紅蓮の鏡月』二次創作界において神業絵師と崇められている美祥寺腐妄子様が住んでるだけよっ!
 もう、美形男子半裸萌えとか破廉恥同人誌とか美祥寺腐妄子――とか、こんな漢字の羅列を脳裏に思い浮かべるだけで酸欠状態よ!
 南海とビッショウ様の日常を想像しようとしただけで、あたしの純情な脳はいつもパンク寸前だ!

「――さ……ら……。園生沙羅」
 ホラ、何か幻聴まで聞こえてきたじゃない。
 真後ろから無駄にセクシーな、あのルイさんバカの声なんて聞こえるワケがないもの!
 そうよ、絶対に聞こえるはずがないものっっ!!
「オーイ、園生沙羅――オレのPVに見惚れてんのかよ? やらしーな」
 不意に、熱い息と笑いを含んだ声が耳をくすぐる。
 あたしのことを『園生沙羅』とフルネームで呼ぶ男に心当たりは一人しかない。
 あたしはハッと我に返り、驚きのあまりに物凄い勢いで後ろを振り返っていた。
「――――!?」
 目の前に、スーパーアイドル山梨和久が立っていた。
 帽子とサングラスで顔を着用してはいるものの、チャームポイントの一つである大きめの唇と無駄にセクシーな声は隠しようもない。
「――げっ、山梨くんっ……!? あんた、何しに来たのよっ!?」
 あたしは恐怖に引きつった顔でのうのうと姿を現したスーパーアイドルを見つめ、邪険に問いかけた。
「え、何って――ちょっと《WALTZ》に連れて行ってもらおうと思って」
 山梨くんは事も無げに告げて、気恥ずかしそうに笑った。
 ちょっと……何で、そこで嬉しそうに照れ笑いするのよ?
 それって、もう《WALTZ》に行く目的は間違いなくルイさんよねっ!?
 明らかに、ケーキよりも制服姿のルイさんがお目当てよねっっ!?
 年の瀬の超多忙な時に、仕事の隙を見計らってわざわざM市にまで何しに来てるのよっっっ!?
 バカじゃないの、山梨ッッッッッッッ!!



そ、そんなおバカな山梨が好きです(笑)
ストックはありませんので、この後は気紛れ更新になります(((゜д゜;)))

 
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Tue
2010.12.14[00:11]

「よく考えたらオレ、《WALTZ》で働いてるルイの姿って見たコトないんだよな」
 相変わらず恥ずかしそうな笑みを口元に刻み、山梨くんがあたしを見つめている。
 いや、よく考えなくてもいい事柄だし、やっぱりルイさんの制服姿を眺めて妄想に浸りたいだけとしか思えないんですけど……!
「――だから、何? どうして、あたしに声かけるのよ? 街は『どっちの山梨?』と『月華』で彩られてるのに、万が一顔バレして騒ぎに発展したらどうする気よ?」
 あたしが怒りを押し殺した声音で指摘すると、山梨くんは急に真顔になった。
 軽く周囲を見回し、そこそこの人通りがあることを確認すると、
「あ、そっか。じゃ、さり気なく歩きながら話そうぜ」
 あっけらかんとそう告げて、あたしのコートの袖を引っ張って歩き出すのよ。
 山梨くんの足は当たり前のように《WALTZ》のある方角へ向かっている。
 ……ルイさん絡みだと、自分がアイドルだって意識が吹き飛ぶのよね、山梨くん。
 スーパーアイドルと二人で『さり気なく歩く』とかどだい無理な話だし、何であたしが山梨くんの道連れにされなきゃいけないのよ?
 すっかり忘れ去られているようだけれど、あたしはM市に住む平々凡々な女子高生なのよ。
 心穏やかに日々を過ごしたいの!
 あたしの世界には南海たちが愛して止まないBL世界も、時折何の前触れもなく姿を現す恋愛シミュレーションのキャラ的なスーパーアイドルも必要ないのよ!
 なのに、何故だかあたしは山梨和久と面識があり、何故だか知人というか友人というか――同志として彼に認められている……ようなのよね。
 あたしの恋人である六楼さんが『紅蓮の鏡月』の作者・冬敷和魔であると知ってからは、更に勝手で奇妙な親近感を覚えてしまったらしい。
《ラブ・パラダイス》合戦以前よりも明らかに馴れ馴れしくなっている。
 ルイさんと一緒にあたしのバイト先である《蝦夷舞鮨》にまでちゃっかり遊びに来る始末だ。
 あたしにとっては迷惑以外の何ものでもない。

 山梨くんが何であたしに対してフレンドリーに接するのか謎だ。
 多分、あたしが山梨くんと相対しても感極まった悲鳴をあげたり、サインや握手を求めたりもしないから気が楽なんだと思う。
 けれど、山梨くんは気楽に出来ても、あたしは彼と二人で《WALTZ》に行くなんて御免だ。
 仮にも六楼さんとおつき合いさせていただいてるのに、他の男と二人で《WALTZ》に足を踏み入れることなんて到底できっこない。
 店長以下《WALTZ》のイケメン店員たちに何か勘違いされても困るし、他のお客様に白い目を向けられたくもないのよ!
 本当なら、クリスマスイルミネーションで華やいだ歩行者天国を超アイドルと並んで歩く――なんて一生に一度あるかないかのシチュエーションで、ファンなら天にも舞い上がる気持ちになるんだろう。
 でも、あたしにはとっては、それとは異なる意味で緊張の連続だ。
 一歩足を進める度に『《WALTZ》フリークに見つからないか!?』『山梨ファンにバレないか!?』と心臓が縮み上がり、腋の下を嫌な冷や汗が伝い落ちる。

「大将に訊いたら、一足先に《WALTZ》に向かった、って言ってたから慌てて追いかけて来たんだ。追いつけてよかった」
 ハラハラしているあたしの胸中など気にも留めずに、山梨くんは心底ホッとしたように息を吐き出した。
「大将――って、最初からあたしを誘う気だったの!?」
 あたしは眉をひそめ、険しい表情で山梨くんに視線を流した。
 大将っていうのは《蝦夷舞鮨》のオーナーのことです。
 若くて美しい奥様が山梨ファンだということもあり、大将は山梨くんに甘い。
 山梨くんと懇意にしているルイさんは一人で十人前以上は食べてくれる有り難い常連だし、山梨くん自身は気前よく大枚を落としてくれる太っ腹客だ。なので、最近は輪をかけて甘くなっている気がする……。
「《WALTZ》に一緒に行ってくれそうな知り合いって、園生沙羅しか思い付かなかったんだよ。冬敷センセは店員だし、腐妄子サマと弟子なんて論外だしさ……」
「スーパーアイドル様がケーキ屋に行くくらいで、何ビビッてるのよ? お願いだから、あたしを巻き込まないで下さい」
「バカッ! 初めて《WALTZ》に行くんだから、スゲー緊張するに決まってるだろっ! つーか、ケーキ屋なんて男一人で入る勇気ないし」
「ルイさんファンの猛者どもは、平然と一人でやって来て、堂々とルイさんをガン見してるわよ」
「うわっ、何だよ、《WALTZ》こえーなッ! マジでケーキ屋なのかよ? オレのルイを穢れた目で見るなよ!」
「正真正銘、街で大人気の高級洋菓子店です。世界のトシノジョー・カブトヅカがパティシエなのよ! まあ……イケメン店員目当てのお客様が大多数を占めているのも事実だけど。あっ、店内で『オレのルイ』とかほざいてると、帰りに闇討ちに遭うから止めといた方がいいわよ。それから――誰よりもルイさんのことを穢れた目で見てるのは、絶対に山梨くんだと思うわ」
 あたしが矢継ぎ早に言葉を並べ立てると、山梨くんは不本意そうに口元を歪めた。
 山梨くんはすっかりルイさんの彼氏気取りだし、実際何度もゴシップ誌に載っちゃってるけれど、《WALTZ》のルイさん親衛隊はその現実を未だに受け入れていないと思う。
 長年愛情を持って接し、応援してきたルイさんを急に湧いて出てきたアイドルに掻っ攫われたなんて――彼らは断固として認めないに決まってる。
 既に店内に陣取っているであろう親衛隊との鉢合わせを考慮すると、やっぱり山梨くんには速やかにご帰宅願うしかない……わよね。
「あっ、酷い言い種だな。言っとくけど、オレのは穢れた目じゃなくて、愛情に充ち満ちた目だからなッ! オレ以上にルイを愛してるヤツなんて、この世にいるワケないし」
「うわぁ……素晴らしすぎる自信っていうか――相変わらず恥ずかしいわね、山梨くん」
 あたしは冷ややかな眼差しを山梨くん送り、掴まれていた腕を強引に引き剥がした。
 このままだと、山梨くんのペースに乗せられてうっかり一緒に《WALTZ》のドアを潜る羽目に陥っちゃうわ。
「山梨くんがルイさんのことを大好きで、《WALTZ》まで逢いに来たのは解るけど――あたしは山梨くんを《WALTZ》に連れて行く気なんてないからねっ……!」
「えっ、何でだよ!? オレたち《ラブ・パラダイス》仲間だろ!?」
「いえ、そんな愉快な仲間に加わった覚えはありませんけどっ! 大体、あたし、六楼さんとつき合ってるのよ! なのに、彼氏のバイト先に他の男と二人で遊びに行くなんて、有り得ないでしょ!? あたし、どれだけ節操無しの女なのよっ!」
 あたしが真剣な顔で訴えると、山梨くんはハッとしたように息を呑み、次いでガックリと肩を落とした。
「――だよな。冬敷センセ本人はともかく、センセやのファンは園生沙羅のことケナしたり、悪く言うよな……。オレ、一月四日までスケジュール詰まってて、今夜を逃したら……もう《WALTZ》で働いてるルイの姿を見られそうにないんだけど――」
 山梨くんがセクシーな唇から無駄に色気のある溜息を零す。
 サングラスに隠されて感情は読み取れないけれど、物凄く――心の底から落ち込んでいるようだ。
「いや、あの、だから、《WALTZ》に行くな、って言ってるワケじゃないし……。うん、殺人的スケジュールの合間を縫って駆けつけてきた山梨くんの気持ちもよく解るし――そ、そうね、一緒に入店しなければいいだけで――」
 あまりにも悄然とした山梨くんの姿が胸に痛くて、あたしは思わずフォローの言葉をかけていた。
 山梨くんは妄想力の逞しすぎるちょっと変なアイドルだけど、根は悪い人じゃないのよね。
 どっちかというと男気はあるし、ルイさんに対する想いは真摯で一途で情熱的だ。
 ……そう、詰まるところ変人だけど決して憎めないイイ奴なのよ。
 だから、《ラブ・パラダイス》合戦の時も大いに同情したし、そこから生まれた腐れ縁で最終的にはあたしも山梨くんのことを無碍にあしらえずにいる。
「一人で、あのドアを開けて、未知の世界に飛び込めっていうのかよ? オレだって解った瞬間に突き刺さる針のような視線に耐えられそうにないんだけど……」
「熱愛報道とかでマスコミに囲まれてる時は、超然かつ平然と『オレ、山梨』的応対してるのに――《WALTZ》だと何で急に意気地が無くなるワケ? そっちの方が謎だわ!」
「や、マスコミ対応とかはオレの――アイドル山梨和久のフィールドだけど、《WALTZ》は違うじゃん? ルイや他の店員にも極力迷惑かけたくないし……。それ以前に、ルイに言ってないから、出来ればこっそりひっそり遠くから働いてる姿を眺めて、静かに去りたいんだけど? だから、カップルの振りして――」
「無理に決まってるでしょ! あたしの顔はモロバレだし、自分では気づいてないかもしれないけど――山梨くんは全身から芸能人オーラが出まくってるのよッ!」
 あたしは山梨くんの言葉を遮って声を荒げていた。
 帽子とサングラスで武装しただけで、山梨和久であることを本気で隠し通せるつもりでいるから怖いわね。
 街にドデカイ看板やポスターが飾られまくってるのに、影ながらルイさんの仕事っぷりを眺めて去る――なんて無理に決まってる。今夜の《WALTZ》は満席だろうし、誰かが目敏く山梨くんの存在に勘づくに違いない……。

「じゃあ、どうすれば――」
 途方に暮れたような山梨くんの声。
 そこへカツカツカツとヒールの音が鳴り響いた。
「大丈夫、わたしがいるわよ! ここは正々堂々と真っ正面から乗り込みましょう!」
 山梨くんの隣で、ピタリと漆黒の影が立ち止まる。
 踵の高いロングブーツにミニスカート、愛らしいフェイクファーのコートを纏った美少女があたしと山梨くんを見回し、双眸に鋭利な輝きを閃かせる。
「あれっ、南海ッッ!?」
「うおっ、弟子かよッッッ!!」
 あたしと山梨くんの驚愕の叫びが夜の歩行者天国に響く。
「ルイさんと山梨くんの聖なる夜のために、わたしも一肌――いいえ、一鼻血噴かせてもらうわっ!」
 南海が山梨くんを見つめ、鼻息も荒く豪語する。
 ……何よ、一鼻血って?
《WALTZ》のクリスマスイベントに血の華を咲かせる気?
 それって、南海がルイさんと山梨くんを眺めて、イケナイ妄想を膨らませたいだけでしょ?
 鼻血を噴出するほど激しい妄想に身を浸す気満々です――って、宣言してるようにしか聞こえないんですけど?
 つまり、あたしの心痛と苦労が増えるだけよね?
 何か、《WALTZ》に辿り着く前から物凄い疲労が襲ってくるんですけど……。

 助けて、六楼さん――



イサヤどころか《WALTZ》が遠い……orz

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