ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- / Top↑
◆黄昏の宝玉 【長編・完結】

  黄昏

▼作品傾向:BLファンタジー・異世界・剣・魔法・兄弟・美形▼


 創世神マイセの生贄として、兄を差し出せ――
 千年王国アダーシャにあるマイセ神殿から信じられないお達しが出た。
 クラリスは兄を救うために単身アダーシャへ乗り込むが……。

 ※R18ではありませんが、随所にBL表現がありますので
  苦手な方はご遠慮下さい。
  「大丈夫!」という方のみ、自己責任においてお進み下さい。

 
           



【INDEX】 

  ◇呪託    
  ◇魔法剣士   
  ◇マイセの生け贄      
  ◇魅惑の刻    
  ◇憂鬱な夜   
  ◇暗殺夜行     
  ◇王太子   
  ◇再会      
  ◇黄昏の宝玉      
  ◇終焉  


スポンサーサイト
2009.06.13 / Top↑
 この都は同名国の首都でもあった。
 大陸に中央に栄えている華やかな都。
 北のノルディス山脈を越えて北方人は、金・銀・銅などの鉱物を持ち込み、南のハランフィール内海を渡って南方人は豊富な穀物を運び込んでくる。東に広がるルドミック平原からは東方人が絹織物や乾酪を、そして大陸随一の大河マヌヤン川を遡航して西方人が陶磁器と共に香料や香油を届けにやって来る。
 アダーシャは、様々な貿易と文化が交わる重要な都なのだ。
 しかも、この国は大陸創世の刻より千年以上も他国に侵略されることなく健在なのである。
 ひとえに大陸の創世神――マイセの恩恵だ。
 大陸が創られ、人間が地上に降ろされた後、マイセは大陸の平和を願ってアダーシャを聖都と定めたのである。
 マイセには、人間の女性との間に授かった一人の皇子がいた。
 その皇子が初代アダーシャ国王となり――今でも神の血を引く尊き王族がこの国を治めているのである。
 ゆえにマイセは、この国を愛した。
 人々はマイセの神殿を幾つも建て、素晴らしき神を敬った――崇拝した。
 しかし、時の流れというものは薄情で残酷。
 いつしか民はマイセの恩を忘れかけていた。
 悲しんだマイセは、大陸の何処かで深き眠りに就いたという……。
 それでも、この千年王国アダーシャはマイセの恩寵を未だに受けているのである。
 マイセの血を引く貴き一族の繁栄は続いている。
 彼らを《アルディス聖王家》といった――



← NEXT
 にほんブログ村 小説ブログへ  



ブログパーツ
2009.06.13 / Top↑
 アダーシャの城下――東の外れに位置する遊郭を、一人の少年が足早に歩いていた。
 歩を進める度に豪奢な金髪がフワフワと揺れる。
 冴え冴えとした蒼い双眸には、綺麗な光が宿っていた。
 手足のスラリと長い、細身の美少年だ。
「よお、クラリス! 遊んでいかないか?」
 不意に、少年の手を何者が後ろから掴んだ。
 振り返ると、肌の浅黒い男がニヤニヤと口の端を歪めて笑っていた。
 男が片手を差し出す。指先には白い粉の入った包みが抓まれていた――麻薬だ。
「今は止めとくよ」
 少年は曖昧な笑みを男へ向けた。
「何だよ、ツレないな。――ヤらせてくれるなら、只にしてやるよ」
 男の腕が素早く少年の腰を抱き、力強く抱き寄せた。少年を逃すつもりはないらしい。
 少年――クラリス。
 半年ほど前にふらりとこの秩序の乱れた世界へやってきた少年。
 誰もが『クラリス』というのが少年の本名ではないことを察してはいたが、それを口外するのは遊郭ではルール違反だ。
 遊郭では他人の素性を詮索するのは御法度。
 ゆえに遊郭内におけるクラリスの人物像も限られてくる。
 クラリス以上に美しく儚く、そして無力な少年はこの遊郭には存在していない。
 それがクラリスに対するこの世界の住人たちの見解だった。
 端麗な少年の姿を見かける度に男たちは声をかけ、あの手この手でクラリスを寝台へ引き込もうと画策しているのだ。
「ごめん。今日はホントに勘弁して――」
 クラリスはもう一度笑みを浮かべると、男の手から抜け出した。
 急いでいることを強調するように駆け出す。
 男が追ってくる気配はない。
 ――ったく、人がか弱く振る舞ってやったら、すぐこれだ。
 クラリスは心の中で激しく舌打ちを鳴らした。
 クラリスは本来、無力でも儚い人間でもない。
 しかし、この大国アダーシャでは、そのように振る舞わなければならないのだ。
 彼には大切な使命がある。
 誰にも明かすことのできない想いと意志を秘めているのだ。
 クラリスは蒼い双眸に強い光を湛え、人々でごった返す遊郭を迷いのない足取りで突き進んだ。



← NEXT
→ BACK
 にほんブログ村 小説ブログへ  
2009.06.13 / Top↑
 クラリスは古びた一軒家へ身を滑り込ませた。
 慣れた足取りで地下へと続く階段を駆け下りる。 
 階段の先には一つの扉しか存在していない。
 クラリスはノックもせずに扉を引き開けると、中へ侵入した。
 蝋燭が数本灯っているだけの薄暗い室内――部屋の隅に何者かの気配を感じた。
 安楽椅子に埋もれるようにして老女が座っている。
「婆様? ……お婆?」
 クラリスは椅子に歩み寄り、老女に呼びかけた。
 老女の瞼がゆどくゆっくりと押し上げられ、濁りを帯びた双眸がクラリスを見上げた。顔中に深く刻まれた皺が、老女の過ごしてきた歳月を物語っている。
 彼女はクラリスの姿を視野に捉えると、ニヤリと笑った。
「なんじゃえ? 今度は何を訊きにきおった、悪童め」
「僕は……占いをしてほしいだけだよ」
 老女の嫌味を聞き流し、クラリスは腰に括りつけていた袋の中から金貨を十枚取り出した。それを安楽椅子の脇にあるテーブルの上に置く。
 金貨十枚――遊郭を彷徨う悪童にしては、高価すぎる所持品だ。だが、クラリスは惜しげもなく金貨を老女に差し出した。
 老女が薄笑みを浮かべたまま、テーブルの上に鎮座している水晶球へと片手を伸ばす。
「畏まることはない。おぬしの本性など疾うに見抜いているわ。その辺のゴロツキどもと一緒にするな。可愛い顔をしていても、わしは騙されぬぞ」
 老女がクラリスを嘲るように言葉を紡ぐ。
 クラリスは一瞬瞳に鋭い光を湛えた。
 この老獪な占い師には、自分の演技など塵ほども通用しないらしい。
 そうと悟り、クラリスは溜息を洩らした。
「それでは――率直に訊きます。私の目的は達成されますか?」
 表情を改めて老女を見据える。
 先ほどまでの無力な少年の面影は何処にも見当たらなかった。静かな物言いだが、クラリスの言葉には他人を平伏させる重圧が籠もっている。
「そう言われてもな。ぬしのことは十七という歳しか教えてもらっておらぬ。それだけで占えと言うのは、如何にわしでも無理というものじゃ」
 老女の瞳がギョロリと動き、クラリスの顔を舐めるように眺める。
「……ふむ。真名は、どうあっても明かす様子はなさそうじゃな。気の強い童じゃ。せめて母国だけでも、この婆に教えてはくれんかのう?」
 老女はクラリスの手を水晶球の上に乗せ、更に自分の手を重ねた。
「――セイリアです」
 クラリスは不承不承に応えた。本当なら生国すらも口にしたくなかったのだが、老女が『それでは占えない』というのならば仕方がない。出身国を明かした程度では、自分の出自まで暴かれる危険はないだろう。
「セイリアか……」
 老女が苦々しく繰り返す。皺だらけの顔が微かに強張った。
 セイリアとは、アダーシャの西に面している小国のことだ。


 ここ数ヶ月、アダーシャとセイリアの国交は思わしくない。
 半年前、アダーシャのマイセ大神殿祭祀長が神託を受けたことに端を発する。祭祀長が大陸全土に高らかと宣言した神託はこうだった。
『セイリアのサーデンライト公爵マイトレイヤーをマイセの生け贄として捧げよ』
 当然のことながら、神託を突きつけられたセイリア側は国王を始め貴族たちも国民も憤慨した。
 創世神マイセが生け贄を求めるなんて聞いたことがない。
 大陸創世時より千年以上もただの一度としてマイセに生け贄が捧げられたことなどなかったはずだ。
 仮に祭祀長の発した神託の内容が真実だとしても、セイリアとして到底受け容れられぬ要求であった。
 サーデンライト公爵マイトレイヤー。
 彼は、現国王の妹の長子であり、王位継承権第三位を持つ高貴な人物なのだ。
 しかも、彼はセイリアが誇る美貌の持ち主でもある。
 銀に近い金髪は月の如く輝き、黄昏時の空の色をした瞳は人々を惹きつけて離さない。
 肖像画でしか彼の姿をみたことのないアダーシャの民も『この美しさならマイセが捧げよ、と言うのも無理はない』と感嘆したほどだ。
 そして、その肖像画を見て誰よりも色めき立ったのがアダーシャ国王レノビアだったのである。彼はアルディス聖王家とマイセの名を振り翳し、執拗にマイトレイヤーの出頭を要求し続けていた。
 神殿へ入る前の生け贄は、国王の洗礼を受けることになっている。洗礼の際、何が行われるのかは王のみしか知り得ない。洗礼という名の儀式の下、公爵が何らかの辱めを受けることはまず間違いなかった。
 アダーシャ国王レノビアは、自他共に認める両刀遣いなのである。性的嗜好において……。
 要するに、レノビア国王はサーデンライト公爵の美貌に心を奪われ、何としてでも彼を我が物にしたいと渇望しているのである。
 公私混同も甚だしい。
 レノビアの暴挙に目くじらを立てて異議を唱えたのだ、セイリア国王である。
 王の上の皇子は病弱であり、姫は巫女として神殿に入ってしまっているのだ。皇子に玉座を渡すのは不安があるし、姫を神殿から連れ戻すわけにもいかない。そんな諸々の事情があり、王は甥であるサーデンライト公爵に多大な期待を寄せているのである。
 王としては、国を護るためにも、月の女神の化身のような美しき甥の貞操を守るために――何としてでもレノビアの要請を突っぱねる必要があった。
 こうして、サーデンライト公爵マイトレイヤーを巡り、両国の間には恐ろしく冷たい透明な壁が成立したのである。
 最近では、国境で小競り合いが頻発するほどだ。
 レノビアは、祭祀長が発表した神託を超大国の圧力をかけ、強行突破させようとしている。
 セイリアの方では、この非常に胡散臭い神託を『呪託』と呼んで揶揄していた。
 祭祀長の宣告から半年――両国の関係は悪化するばかりである。


「……まあ、よい。ぬしがセイリア人だとしても、わしには関係のないことじゃ。わしが思うに、あの神託とやらは国王の私利私欲から企てられたものじゃろう。貴きマイセが民に生け贄を要求するなど、永く生きてきたこの婆でも聞いたことがないわ。アルディス聖王家も堕ちたものじゃな。情けない……」
 老女が大仰に嘆息を洩らす。
 一つ深呼吸すると老女は気持ちを切り換えたように、改めてクラリスを見上げた。
「さあ、占ってやろうぞ。ぬしの目的というものを強く念じよ」
 老女の瞼が閉ざされる。重ね合わされた老女の手に力が籠もった。
 クラリスは求められるがままに、心に秘めた想いを――本願を念じた。
 程なくして、老女の瞼が弾かれたように跳ね上がる。
「結果は?」
「ぬしの本願は……成就する」
 答えを聞いた瞬間、クラリスは口許を綻ばせた。喜悦に満ちた眼差しを老女へ向ける。自然と手が追加の金貨をテーブルの上に置いていた。
「ありがとう」
 小さく呟き、クラリスは水晶と老女の手の間から自分の手を引き抜いた。
「ぬしは何故……自ら好んで運命に囚われる?」
 立ち去ろうとするクラリスに、老女が哀しげな視線を注いできた。声音には微かに憐憫が含まれていた。
「ぬしの裡に視えるのは、諦観と悲愴な決意としか思えぬぞ」
「それは違うよ、お婆。私の裡にあるものは何時如何なる時でも――あの人への愛情と欲望だ」
 クラリスは晴れやかに微笑んだ。
「あの人を愛しているんだ。言葉には表せないくらいにね」
 己に言い聞かせるように囁きながら、クラリスは身を翻して、階段を上り始めた。
 久方振りに『あの人』の姿を脳裏に思い浮かべて、クラリスの胸は高鳴った。
 もう半年近くも逢っていない。
 だが、目的は達成されるのだ。
 畏れることは何もない。
 クラリスは勢いよく外へと続く扉を押し開けた。
 しなやかな動作で扉の隙間から外界へと滑り出る。
 彼は再び、か弱く無力な少年の仮面をつけた――


          「2.魔法剣士」へ続く


← NEXT
→ BACK
 にほんブログ村 小説ブログへ  
2009.06.13 / Top↑
 クラリスは、遊郭の中をフラフラと彷徨っていた。
 時折誰かが声をかけてくるが、その全てを鄭重にお断りする。
 躰だけが目当ての連中とは、まともにつき合ってはいられない。
 クラリスの場合、容姿が整いすぎているために遊郭を歩いていると必ずちょっかいをかけられるのだ。男も女も皆、クラリスの気を引きたがる。
 クラリス自身は遊郭を探索することは大好きだった。趣味だと断言しても構わない。執拗に声をかけられるのは鬱陶しいが、夕暮れから早朝にかけての遊郭は猥雑な中にも妖しく不思議な魅力が備わっていた。
 時折、何もかもがまやかしのように思える世界だが、ここには生国では到底味わえない自由があった。誰に気兼ねすることもなく羽を伸ばせる。それが遊郭を気に入った要因でもあった。
 いつもは日が暮れてから遊郭内を散策するのだが、今日は珍しく夕刻から出歩いていた。先刻の占いの結果が良かったからだ。
 クラリスは軽やかな足取りで石畳を進み、細い路地の突き当たりを右へ折れようとした。
 刹那、身体に衝撃を受けた。
 その余波で不様に尻餅をついてしまった。
 いきなり角から何者かが飛び出して来たのだ。何の危機も予測していなかったクラリスは咄嗟に回避できず、その人物と接触してしまったらしい。
「――つっ……!」
 クラリスは臀部の痛みに顔をしかめながら、ぶつかってきた相手を見上げた。
 漆黒のマントを纏った男のようだった。顔を隠すように頭からスッポリとフードを被っている。
 余ほど急いでいるのか、男は転倒したクラリスには目もくれずに再び走り出そうとした。
「ちょっと! 一言くらい謝れよ」
 クラリスが非難の声を投げつけると、男はビクッと身体を震わせ、足を止めた。素早く踵を返してクラリスの傍までやって来る。
「クラリス?」
 僅かに腰を屈めて、男がクラリスの顔を覗き込む。
 フードの中から長い黒髪が零れ落ちた。
 深い蒼色の瞳がクラリスを捉える。怜悧な輝きを秘めた綺麗な双眸だ。顔立ちも瞳に相応しく整っている。
 だが、端整な顔には幾つかの擦過傷が見て取れた。傷口からは赤い液体が滲み出ている。
「ラ、ラータ!?」
 自分と衝突したのが顔見知りの少年だと認識して、クラリスは驚きの声をあげた。
 遊郭では『ラータ』と呼ばれる不可思議な少年だ。
 クラリスと並んで正体不明の掴み所のない少年だ――と遊郭の者たちは口を揃えて言う。
 ラータは、ふらりと遊郭に現れては、気づかぬうちにまたふらりと消えてしまうのだ。そして、皆が彼の身を案じ出す頃に遊郭へ帰ってくる。
「クラリス、悪い」
 ラータは険しい表情でクラリスの腕を片手で掴み、もう一方の手で荒々しくクラリスの口を覆った。
 どうやら、大声を出されるのは彼にとって迷惑以外の何ものでもないらしい。
 ラータはクラリスの口を塞いだまま、地面に尻餅をついている身体を引き起こした。
「騒いだり叫んだりしたら――ドナレッティの店に放り込むから、そのつもりで」
 ラータがクラリスの耳に唇を寄せ、低く囁く。 
 ドナレッティの店というのは、遊郭でも一、二を争う大きな娼館だ。旅の荒くれ者たちが集う場所としても有名だ。そんなところに放り込まれたら、あっという間に猛者たちの餌食だ。朝まで――いや、運が悪ければ一生出て来られなくなる畏れがある。
 クラリスは上目遣いにラータを見上げ、何度も頷いた。
 フッとラータの手が離れ、呼吸が楽になる。
 深呼吸を一つしたところで、今度は急に腕を引っ張られた。ラータが走り出したのだ。クラリスには彼について駆け出すしか術はなかった。
 内心、突然の出来事に困惑していた。今すぐにでも事情を問い質したいが、腕を掴まれていては一緒に走る以外にどうしようもない。
 ラータは勝手知ったる様子で、遊郭の細い路地を奥へ奥へと突き進んでいく。
 しばらく全力疾走した後、ラータは建物の陰に駆け込み、身を潜めた。
 そこで、ようやくクラリスの存在を思い出したらしく腕を解放してくれた。
「……ラータ、大丈夫なの?」
「頼む。静かにしてくれ」
 不安げにクラリスがラータを見遣ると、彼は片手をあげてクラリスを制した。乱れた呼吸を整えるように大きく空気を吸い込む。
「でも、その傷は――?」
 幾ばくかの躊躇いを胸に抱きながら、クラリスは訊ねた。
 ラータの様子は明らかにいつもとは異なっている。何か危険に晒されていることは確かなのだ。
「こんなものは掠り傷だ。何でもない」
 ラータが短く答え、ひどく緊張した面持ちで腰から剣を抜き取った。
 ふと、改めてラータを注視すると、彼の秀麗な顔には玉のような汗がびっしりと浮かび上がっていた。
 クラリスには到底事態が把握できないが、ラータはかなり逼迫した状況に措かれているらしい。
「――来た」
 不意に、ピクッとラータの眉が跳ね上がった。
「チッ、剣じゃ駄目だな。――クラリスッ!」
 激しい舌打ち。
 唐突に名前を呼ばれた。クラリスが訳も解らずに目をしばたたいていると、ラータは勢いよく振り返り、クラリスの細い身体をひしと抱き寄せた。
 瞬く間にクラリスの顔はラータの逞しい胸板に覆われる。
 ラータが大きく息を呑む。
 クラリスが「どうしたの?」と訊ねるより早く、ラータの背後で爆発が起こった。



← NEXT
→ BACK
 にほんブログ村 小説ブログへ  


ブログパーツ
2009.06.13 / Top↑

 クラリスを抱き締めるラータの腕に力が加わった。
「――くっ!」
 ラータが苦悶の呻きを洩らす。
 突如して起こった正体不明の爆発が、ラータの身体に怪我を負わせたことは間違いなかった。
 コツ、コツ、コツ……。
 爆発が完全に引いた静寂の中、ひどくゆっくりとした足音が響く。
 足音の主は、こちらにその存在を知らしめるように故意に歩みを緩め、石畳に踵を打ち鳴らしているようだ。
 ラータがクラリスを引き離して背を返した瞬間、足音もピタリと止まった。
 ラータの視線の先に、男が立っていた。
 緋色のマントを纏った美麗で冷血そうな青年が、唇の端をつり上げて冷笑していた。
 彼の肩から胸にかけては、黄金の装飾品で彩られている。中でもドラゴンを象った紋章が一際目立つ。額には、碧玉を埋め込んだ金環が装着されていた。
 その出で立ちを確認した刹那、クラリスは張り裂けんばかりに双眸を見開いていた。
「あっ……ああ……」
 喉の奥から震えを帯びた声が押し出される。
 目の前の男は、魔法剣士だ。
 魔法剣士。
 千年王国アダーシャが誇る冷酷で華麗な魔術師団。
 優れた剣士であり高度な魔術を会得した者だけが、国王から特別に与えられる称号。その職務は、主にアダーシャを支配するアルディス聖王家の守護にある。
 一つの時代に、魔法剣士は五人しか存在しない。一人でも街一つ――いや国さえも滅ぼすことが可能だと噂されている精鋭だ。彼らは、五人が集い魔方陣に五芒星を描いた時に、その能力を最大限に発揮すると伝えられている。
 その稀有な魔法剣士が、何故こんな遊郭に姿を現したのか?
 どうしてラータを狙っているのか?
 クラリスの頭の中は一気に疑問符で溢れかえった。アダーシャの民でさえ滅多に彼らにお目にかかれない魔法剣士。未曾有の力を裡に秘めた恐ろしい存在が、クラリスの眼前に佇んでいるなんて到底信じられない出来事だった。
 魔法剣士の全身からは言い知れぬ威圧感と鬼気が発せられている。
 クラリスは身震いするのを必死で堪え、下唇を噛んだ。
「もう逃げられませんよ。大人しくこちらへ来なさい」
 魔法剣士の手が緋色のマントの中から差し出される。
「嫌だ。――退け、シンシリア!」
 ラータが気丈にも魔法剣士を睨めつけ、剣を構えた。
 シンシリアと呼ばれた青年は苦笑を零すと、ラータの剣を恐れる様子もなく彼に歩み寄った。
「聞き分けのない方ですね。私とて好きであなたを傷つけているわけではないのですよ。――さあ、私の元へお戻りなさい。そうすれば、その傷も治して差し上げましょう」
「黙れ。俺は戻らない!」
 ラータが俊敏に地を蹴る。彼の剣がシンシリア目がけて振り下ろされる。
 しかし、ラータの剣はシンシリアの手前で見えない壁にぶち当たったかのように弾け飛んだ。
「仕方のない人ですね。……私にも考えがありますよ」
 シンシリアがチラリとクラリスに視線を投げる。
 途端、不思議なことにクラリスの身体は宙に浮いた。あっという間にラータの頭上を飛び越え、シンシリアの腕に羽交い締めにされる。
「うわっ!? 離せよっ!」
 クラリスは慌てて逃れようと藻掻いた。
 だが、クラリスを抱くシンシリアの腕は強靱で微動だにしない。
「やめろっ! クラリスは関係ない!」
 ラータが怒りに顔を歪ませて叫ぶ。その顔を、シンシリアの好奇に満ちた眼差しが眺めた。
「ほう、あなたでも動揺なさるか……。あなたが私と一緒に戻ると明言するまで、この細くて滑らかな首に力を加えていきます」
 シンシリアが酷薄に告げ、クラリスの首を片手でグイッと締め付けてくる。
「――うっ!」
 クラリスは突然の衝撃に目を瞠った。呼吸が一気に苦しくなる。
「やめろ、シンシリア! 戻る――俺が戻る!」
 ラータの焦燥の叫び。
 息苦しさに喘ぐクラリスの目に、口惜しそうにシンシリアを睨むラータの姿が飛び込んできた。
「人の生命には代えられない。クラリスを離して、俺を連れて行け」
「良い心懸けです」
 シンシリアが薄く微笑む。
 クラリスの首を掴む手がゆっくりと離れた。
 ――よかった。これで厄介ごとから解放される。
 クラリスがホッと安堵の息を吐いたのも束の間、今度は腹部に強烈な痛みが生じた。
 シンシリアがクラリスの鳩尾に拳を叩き込んだのだ。
 あまりに凄まじい衝撃に、クラリスは痛みを感じる余裕すらなく意識を手放した――


 クラリスの細い身体が頽れる。
 気を失った少年の身体をシンシリアが受け止めた。
「何をするんだ、シンシリアッ!?」
 ラータは、シンシリアの腕の中でぐったりとしているクラリスを見て怒鳴った。溢れんばかりの怒りが胸に燃え上がる。
「まあ、いわゆる人質ですね」
 シンシリアが悪びれた素振りもなく淡々と告げる。
「あなたがあのまま大人しく戻るとは到底思えませんからね、ラータネイル様」
 シンシリアが唇に弧を描かせ、不敵な笑みを浮かべる。
 彼はクラリスを片手に抱え直すと、もう一方の手で力強くラータの身体を引き寄せた。
 シンシリアの唇がラータの頬に走る傷に押し当てられる。
「よせっ!」
 ラータは不快感を隠しもせずに身を捩った。だが、片手だけのシンシリアの力にさえ敵わない……。
 シンシリアの舌先がひどく緩慢に傷口をなぞる。
 彼は他の傷にも同様の行為を繰り返し、最後にサッとラータの唇を掠め取るとようやく顔を離した。
 シンシリアが満足げに頷いた時には、ラータの顔からは傷という傷が完全に消え失せていた。
「顔以外の手当は、王宮に帰ってから致しましょう――アルディス・アノン・ラータネイル王太子殿下」
 もう一度ラータの頬に意味深な口づけを落とし、シンシリアは悠然と微笑んだ。


     「3.マイセの生け贄」へ続く



← NEXT
→ BACK
 にほんブログ村 小説ブログへ  
2009.06.13 / Top↑
 アダーシャの王宮――リージャナータ宮殿を挟んで、遊郭の反対側には高級住宅街が広がっていた。
 黄昏時の住宅街は森閑としていた。
 街路を行き交う人々の姿も少ない。
 住人たちは皆、貴族や富豪、王宮に遣える官僚たちである。
 政敵や商売敵がズラリと軒を並べているせいか、近所つき合いは皆無に等しく、従って人通りも疎らであった。
 高級住宅街の外れ――小高い丘の中腹部に、さほど古くはない屋敷が一つ建っていた。この屋敷も他の豪邸同様、頑丈そうな門扉は堅く閉ざされている。
 屋敷の主は、自室で優雅に果実酒を嗜んでいた。
 天鵞絨のソファには、鮮やかな緋色のマントが投げ出されている。
 マントの持ち主――魔法剣士シンシリアは、酒の入った杯にに口をつけながら、寝台の端に腰を下ろした。
 寝台の中には、豪奢な金髪の少年が眠っていた。遊郭で働かせれば、あっという間に大金を稼いでくるだろう、端整な顔立ちの少年だ。
 一時間ほど前に遊郭で拾ってきた――いや、強引にさらってきた少年。
 人質として拉致してきた少年の寝顔を、シンシリアはじっと眺めていた。マントは脱いでいるが、腰にはしっかりと剣を携えた状態で少年が目覚めるのを待っている。
 あまりに無防備で美しい寝顔なので、長時間眺めていると手を出してしまいたい衝動に駆られる。
 華奢で繊細な少年が綺麗な顔を歪め、恐怖に瞳を見開き、許しを請いながら無理矢理自分を受け入れさせられている姿を想像すると、シンシリアの胸は高鳴った。嗜虐心と共に欲望が胸の奥から鎌首を擡げてくる。
 だが、シンシリアは邪な欲求を封じ込め、勢いよく果実酒を煽った。
 片手を少年の鼻に伸ばし、指先でその形の良い鼻面を摘む。
「――んっ……」
 少年の眉間に皺が寄る。
 息苦しさのせいか、少年は何度か身じろぎを繰り返した。
 瞼が微細に振動している。
 シンシリアは鼻先から指を離し、少年の白皙の頬を二、三度軽くぶった。
 少年の瞼が痛みと衝撃にパッと跳ね上がる。
 深い海の色を思わせる蒼い双眸が、シンシリアを捉えた。



← NEXT
→ BACK
 にほんブログ村 小説ブログへ  


ブログパーツ
2009.06.13 / Top↑
 顔面に痛みを感じて、クラリスは目覚めた。
 眼前に見知った男の顔がある。
 緩く波打つ濃紺の髪、怜悧さと酷薄さを混ぜ合わせたような灰色の双眸。
 自分を拉致した張本人――魔法剣士シンシリアが、クラリスの顔を覗き込んでいた。
 シンシリアが無言で杯に注がれた果実酒を差し出してくる。気付け薬のつもりなのだろう。
 クラリスは上半身を起こし、シンシリアの手から杯を受け取った。甘い芳香を漂わせる果実酒を呑み干す。喉を通過する酒精の刺激が、脳の覚醒を促す。
 軽く頭を振ってみると、次第に意識が明瞭になってきた。
 クラリスは、自分に興味深い視線を注いでいるシンシリアを畏敬の眼差しで見上げた。
 シンシリアは二十代半ばの青年にしか見えない。その若さで魔法剣士の称号を授かっているのだから常人ではない。魔術も剣術も他人を遙かに凌駕する腕前なのだろう。
「アダーシャの……魔法剣士――」
「ほう、ある程度の知識は備わっているようだな。おまえ――クラリスと言ったな。ラータネイル様とは昔からの知り合いか?」
 シンシリアの低いがよく通る声がクラリスの耳に届けられる。
 だが、クラリスは敢えて返答をしなかった。
 即座に、自分の措かれた状況を把握できずに萎縮している無力な少年を演じることに決定した。
 唇を震わせ、瞼を閉ざす。次に怖ず怖ずと瞼を押し上げ、今にも泣きそうな潤んだ眼差しでシンシリアを見つめた。
 それから、恐怖に身を竦めた振りをし、茫然を装って注意深く周囲を観察する。
 寝台から一番近い窓までは、およそ十メートルの距離。シンシリアの不意さえ衝ければ、逃亡するのはさほど困難ではなさそうだ。
 やはり、最大の難関は目の前にいる魔法剣士そのものであるらしい。
 クラリスは、シンシリアの腰に携えられている剣を視界の端に捕らえると、次の行動を決断した。
 こんな所に長居は無用だし、遊郭を彷徨う時のようにか弱い少年を貫き通す必要も全くない。
 クラリスは唇に弧を描かせると、寝台から飛び降りた。
 敏捷な動作でシンシリアの腰から剣を奪う。
 シンシリアの双眸が微かな驚きを示すように眇められた。クラリスの変貌を察知したのだろう。
「私に刃向かうつもりか?」
 シンシリアが凄味を利かせた声で訊ねてくる。
 応える代わりにクラリスは床を蹴り、彼に斬りかかった。シンシリアの剣はクラリスにとっては少々重いが、それでも何とか片手で扱うことが出来そうだった。
 右手に剣を握り、シンシリアへ向けて鋭く突き出す。
 シンシリアは難なくそれを躱した。軽く後方へ飛び退く。クラリスを見据える眼差しには、いつしか険しい輝きが宿っていた。
 普通の人間ならその鋭い眼光に立ち竦んでしまうだろう。
 しかし、生憎クラリスは怖い顔で睨まれたくらいで挫けるような柔な性格ではなかった。
 更にシンシリアの懐目がけて飛び込み、剣を水平に薙ぐ。またしても攻撃は躱されたが、クラリスは怯まずに剣を振った反動を利用して回し蹴りを放った。
 シンシリアの片手がクラリスの蹴りを防ぎ、押し返す。
 クラリスはよろめく身体を脚に力を込めて支え、態勢を立て直した。
 間を開けずに、シンシリアに躍りかかる。
 クラリスの攻撃を先読みしたシンシリアが俊敏に左へ跳ぶ。
 クラリスは思わず笑みを浮かべていた。
 迅速に剣を右手から左手へ持ち替え、シンシリアの行く手を阻む。
「ちっ、両腕利きかっ!」
 シンシリアの苛立たしげな舌打ち。
 クラリスの繰り出した剣は、シンシリアの脇腹を掠っていた。
 なのに、シンシリアは怯むどころかひどく冷ややかな眼差しでクラリスを睨めつけ、片手で力強くクラリスの手首を掴んだのだ。残る一方の手が、クラリスの剣を叩き落とす。
「――つっ……!?」
 クラリスは腕を掴まれた痛みに、眉根を寄せた。
 たった一撃喰らわせただけで、呆気なくまた囚われの身となってしまった。
 魔法剣士から逃げだそうと試みたのが、そもそもの間違いだったのかもしれない……。
「可愛い坊やだとばかり思っていたが――とんだ跳ねっ返りだな」
 シンシリアの灰色の瞳が冷徹な光を灯し、唇が残忍につり上がる。
 彼は、片手だけで器用にクラリスの両手首を束ね、力任せに腕を捻り上げた。
「うっ……!」
 クラリスが苦痛に顔を歪めると、シンシリアの目の輝きが増した。
「魔法剣士に剣を向けるほどの度胸の持ち主ならば、多少手荒に扱っても問題あるまい――」
 シンシリアの片手がクラリスの顎を掴み、長い指が唇をなぞった。
 クラリスは背筋に悪寒が走るのを感じ、慌てて藻掻いた。
 ――が、シンシリアの腕は微動だにしない。腕力では到底シンシリアに敵いそうになかった。
 シンシリアが冷酷な微笑みを浮かべる。
 クラリスには、それを固唾を呑んで見つめるしか術はなかった――



← NEXT
→ BACK
 にほんブログ村 小説ブログへ  
2009.06.13 / Top↑
 冷ややかな灰色の双眸が、探るようにクラリスの顔を見据えている。
 クラリスは背筋に悪寒を感じながらも、その強く鋭い視線に耐えるしかなかった。がっちりと動きを封じ込められているので、反撃する隙もない。
「おまえ、何者だ? 遊郭を寝屋にする下賤の者ではないだろう?」
 シンシリアが腕の捻りを少しだけ強める。
 クラリスは痛みに眉根を寄せた。この魔法剣士は他人をジワジワといたぶることに快感を覚える質らしい……。
「おまえは正規の剣術を学んでいるな。しかも、基礎からみっちりとだ。違うか?」
「……違わない」
 クラリスはあっさりと答えた。これ以上の苦痛を与えられるのは御免だ。
「おまえは一体何者なんだ?」
 シンシリアがひどくゆっくりと質問を繰り出す。彼は、先ほどクラリスから叩き落とした剣を巧みに爪先で拾い上げると、開いている方の手に握り締めた。
「答えるけど――その前に一つ訊いてもいい?」
「何だ?」
「ラータを殺したの?」
「ラータ?」
 シンシリアは一瞬質問の意味を掴み損ねたらしい。訝しむように目を細める。だが、彼の双眸はすぐに何かを理解したらしくパッと開かれた。
「ああ、ラータネイル様のことか。殺しはしない――殺せるはずがなかろう。あの方は、アダーシャの次期国王だ。アルディス聖王のご子息様だからな」
 シンシリアが言い終えた途端、クラリスは胸の奥底から自嘲が込み上げてくるのを感じた。自然と口の端が歪んだ笑みを刻む。
「ラータが……アルディスの手の者だったとはね。そうか――彼は、僕の敵だったのか」
「どういう意味だ? おまえ、アルディス聖王家に仇なすものなのか?」
「教えない。教えても教えなくても、僕は殺されるんでしょう? だったら、教えない方がいいに決まってるじゃないか」
「殺すかどうかはおまえの返答次第だ。何にせよ、大人しく白状した方が身のためだぞ。――言え、クラリス!」
 クラリスの謎めいた言葉に神経を逆撫でされたのか、シンシリアの剣がクラリスの頬を軽やかに滑った。
 頬に灼けるような痛みが走り、鮮血がじわじわと溢れ出す。
 頬を裂かれた屈辱に、クラリスは柳眉を跳ね上げた。親にも殴られたことがないのに、この魔法剣士は一片の躊躇もなくクラリスの頬を傷つけたのだ。
 ――許せない!
 クラリスは怒りに任せて、不自由な身体を懸命に動かした。
 渾身の力を込めてシンシリアの腹部に蹴りを放つ。
 シンシリアが怯んだ隙に腕を振り払い、逃げ場を探す――すぐ横に窓があった。
 しかし、クラリスがそちらへ背を返すよりも早く、シンシリアが敏捷な動きで退路を断った。
 窓の前に立ち塞がられては、もうどうすることも出来ない。
 ――失敗したな……。
 クラリスは諦観した。魔法剣士を相手にすること自体、初めから無理があったのだ。
「いい子だ、クラリス」
 大人しくなったクラリスを見て、シンシリアが冷笑を浮かべる。
「頭のいい子は好きだよ、坊や」
 シンシリアの灰色の双眸に嗜虐的な光が走る。彼はクラリスの腰を引き寄せると、強引に寝台の方へと引き摺っていった。
 寝台の上へ乱暴に放り投げられる。
「ちょっと、僕をどうする気――!?」
「どうする――とは、愚問だな。寝台でやることといえば限られているだろう」
 シンシリアは、驚愕に目を見開くクラリスを愉快そう見下ろしている。
「二度と私に逆らう気が起きないよう、しっかり躰に覚え込ませてやる」
 シンシリアが寝台に乗り上がってくる。彼はクラリスの上に馬乗りになると、頸筋へ噛みつくような口づけを浴びせてきた。
「つっ……離せよっ!」
「隠していることを告白する気がないのならば、それでも結構。私はたっぷり愉しませてもらってから、おまえの美しい躰を切り刻むだけだ」 
 残忍な笑みを湛えるシンシリアを、クラリスは蒼白な顔で見返した。
 窮地に追い込まれたクラリスの焦燥を面白がるように、シンシリアの指先は頬と唇を行ったり来たりしている。
「この顔が石榴のようになるのは嫌だろう? 私とて好んでそうしたいわけではない。だから、早く胸の裡に秘めているものを吐いてしまえ」
 シンシリアの口調はあくまで優しげなのに、やることは穏やかでない。
 彼はごく簡単な魔法で、手の中に短剣を出現させた。それをクラリスに見せつけるように、しばし弄ぶ。
 その後、彼は手始めにクラリスの見事な金髪を一房切り落とした。
 次いで、上衣に短剣の先を引っかけ、一気に引き裂く。
 クラリスの滑らかな白い肌が露わになる。
 それを見て、シンシリアがくつくつと喉を鳴らすようにして愉悦の笑い声を立てた。
「や、止めろよっ、変態っ!!」
「変態――とは、不本意な言われ方だ。さて、次は耳でも切り落としてやろうか?」
 シンシリアが残酷なことを平然と口にする。
 短剣の切っ先がこめかみの辺りに押し付けられた。
「嫌だっ!」
 流石のクラリスもこれには心底驚倒し、恐怖を覚えた。
 ――殺される!
 この冷徹な魔法剣士は、口にしたことは必ずやり遂げるような厄介な性質のも主だ。
「嫌だ! 助けて――誰か助けてっ! 助けて、兄上、兄上――!!」
 クラリスは恐慌を来し、無我夢中で叫んだ。
 こんなところで死にたくない。
 まだ死ねない。
 あの人が生きている限り――死なない。
 占い師の老婆は『願いは成就される』と言った。だから、死なない。
 あの人を愛している。
 あの人を失いたくない。
 そんな強い想いだけが、クラリスの心を占めていた。
「――誰だ?」
 不意に、シンシリアがピタリと動きを止めた。
 シンシリアの厳しい表情が部屋の一角へと向けられる。
 釣られてクラリスもその方向を目で追っていた。
 ――魔術の匂いがする。
 クラリスはハッと目を瞠った。
 空間が奇妙に捻れていた。
 そして、そこから一人の人物が姿を現したのである。
 腰まで届く長い白金髪を藤色の布に絡めて結わえている青年だ。
「そこにおられるのは、アダーシャの名高い魔法剣士――シンシリア殿とお見受け致します」
 憂いを帯びた菫色の瞳がシンシリアを捉え、紅く薄い唇がゆっくりと美声を発した。

 

← NEXT
→ BACK
 にほんブログ村 小説ブログへ  
2009.06.13 / Top↑
 何処かで見た顔だ。
 青年を一目見た瞬間、シンシリアはもどかしさに眉をひそめた。
 これほど美しい者をそう簡単に忘れるはずはないのだが、記憶は曖昧だ。思い出しそうで思い出せない。
 魔術でこの場に闖入してきた青年は、一度目にすれば忘れられないほどの美貌の持ち主なのだ。妖艶さと神秘さを同時に感じさせる不可思議な魅力を放っている。
「断りもなしに侵入したことをお許し下さい」
 青年が謝罪の意を示すようにゆるりと頭を垂れる。
 再び面を上げた時、青年は真っ向からシンシリアを見据えてきた。
「シンシリア殿の捕らえている少年を離してはいただけませんか? 彼を傷つけると隣国の王が黙ってはいませんよ。彼はセイリア王の甥であり、第五王位継承権を持つ貴き人物です」
「……私を謀ろうとしているのか、そなた?」
 青年の口調は穏やかだが、そこには威厳と誇り高さが織り交ぜられていた。青年が高貴な出自であることは明白だ。自然とシンシリアの言葉遣いも丁寧なものへと変じる。
「とんでもありません。真実を述べたまでです。彼は、私の大切な弟なのです。――あっ、言い忘れていましたね、私の名前を。マイトレイヤーと申します。皆は、サーデンライト公と呼びますが」
 青年――マイトレイヤーが柔和な笑みを湛える。
 名を聞いて、シンシリアは目の前にいる青年と王宮で見かけた肖像画の人物とを合致させた。肖像画よりも実物の方が遙かに美しくて中々気づかなかったのだ。
「サーデンライト公爵マイトレイヤー殿……。そなたが噂の――」
 シンシリアは、クラリスの存在をすっかり忘れてマイトレイヤーに驚嘆の眼差しを向けた。それを承けて、マイトレイヤーが苦笑する。
「ええ、どうも変な噂されているようですね。私がマイセの生け贄に選ばれたそうで……。まあ、この件は措いておくとして――私の大切な弟を返してくれませんか?」
 マイトレイヤーに問われて、シンシリアはしばし考えた末に大人しくクラリスから離れた。
 茫然としているクラリスを見下ろし、彼は困惑した。何故、こんな所にセイリアの王族が来なければならないのか、見当もつかなかったのだ。
「クラリス――サーデンライト・クリーエルディスか……」
 苦々しくシンシアは呟いた。
 現セイリア国王の甥といえば、サーデンライト公爵家のマイトレイヤーとクリーエルディスしか存在していない。魔術を操る青年がマイトレイヤー本人ならば、必然的にクラリスはクリーエルディスという結論に達した。
 道理で剣の腕も立つし、兄に似て美しいはずだ。ラータのことを敵と言ったのも頷ける。
「クリーエルディス――」
 マイトレイヤーが軽やかな足取りで寝台へ接近してくる。
「私の愛しいクラリス、一体半年もの間、何処で何をしていたんだい?」
 マイトレイヤーが優しく弟を抱き締める。
 クラリスは突然の兄の出現に驚きながらも、マイトレイヤーに逢えたことを心底喜んでいるようだ。双眸に活力が戻り、両腕がその存在を確かめるようにひしとマイトレイヤーの背を抱く。
 半年振りに感動の再会を果たしている兄弟を、シンシリアは複雑な想いで眺めていた――



← NEXT
→ BACK
 にほんブログ村 小説ブログへ  
2009.06.13 / Top↑
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。