ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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◆鏡月魔境  【長編・完結】

  鏡月魔境

▼作品傾向:学園ジュヴナイル・伝説・幼なじみ・美少年▼


 旧校舎にある第一音楽室――通称《開かずの扉》は魔境へと繋がっている。
 過去、魔境へ堕ちて学園へ戻ってきた者――皆無。
 魔境へと続く扉が、今、静かに開かれようとしていた……。

 ジュヴナイルのはずですが、やっぱりホラーテイスト……。
 流血シーンが多いので苦手な方はご遠慮下さい!



【INDEX】 

  ◇序     
  ◇第一夜           10 11 12
  ◇第二夜           10 11 12 13 14 15 16
  ◇第三夜           10 11 12 13 14 15 16 17
          18 19 20
  ◇跋  


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2009.07.13 / Top↑




――天も地も
   
   貴方の意のままに――








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2009.07.13 / Top↑

 序



 空が近い夜だった。
 艶やかな漆黒の天鵞絨(ビロード)に、シトリントパーズを散りばめたような夜空。
 ――いつもより空が低い。
 ふと空を見上げて、真弓は思った。
 空が手に届きそうなほど身近に感じられる。
 真弓は、鞄を持たない右手を宙へ向かって伸ばしてみた。
 当然のことながら夜空は高く、触れることなどできはしない。
「……まるで曽父江(そふえ)くんみたいね」
 呟きと共に溜息が洩れた。
 夜空は、決して手に入らないものの象徴だ。
 自然と脳裏に一人の少年の姿が浮かぶ。
 二日前、真弓はありったけの勇気を振り絞って同級生の少年に告白した。
 そして、敢え無く玉砕したのだ。
 ――彼にフラれた。
 その事実が、真弓の気分をひどく昏いものとしている。ファストフードのアルバイトを終えて帰路につく足取りが重いのも、それが要因だ。
 大好きな彼。
 その彼に全く必要とされていない自分……。
 考えると、更に心が重々しく、惨めになってゆく。
 真弓はもう一度大きく息を吐き出した。

 ……ピタン……ピタン。

 不意に、背後で物音がする。
 真弓は驚きに身体を震わせ、背後を顧みた。
 だが、何も異変は感じられない。
 ――気のせいよ。
 少しだけ歩調を速める。

 ……ピタン……ピタン。

 また音が聞こえた。
 気味が悪い。
 今度は振り返らずに駆け出す。
 しかし――

 ……ピタン……ピタン、ピタン、ペタン。

 奇妙な音は、しっかりと後をついてくる。
「――誰っ!?」
 恐怖に駆られて、真弓は走りながら闇雲に叫んだ。
 だが、応えはない。

 ……ズッ……ズズッ。

 音が微妙に変化する。途端、
 ヒュッ!
 何かが頬を掠めた。
「なっ、何?」
 真弓は反射的に頬に手を添えていた。
 ねっとりとした液体の感触に唖然とする。
 生臭い香りが鼻を刺激した――血液だ。
 ヒュッ!
 続け様に、また何かが飛んでくる。《それ》は、驚くほど素早く手足に巻きついた。
 ぬめりのある柔らかいものが全身を絡め取る。
 巨大なミミズに身体を撫でられているような奇妙な感覚が、真弓の裡に芽生えた。
「いやっ!」
 生理的嫌悪に真弓は悲鳴をあげた。
 手で振り解こうとするが、相手の力は強く、動きは機敏だった。いとも容易く両手を捻られ、動きを封じられる。

 ……ズズ……ズズズズッ……。

 何かが地面を這いずるようにして近付いてくる。
 真弓は恐怖を堪えて、足許の二、三メートル先を見遣った。
 暗闇の中に潜む《それ》を見極めようとして目を凝らす。
 直後、真弓は慄然と息を呑んだ。
 見たこともない、巨大なミミズの化け物が地を這っていた。
 化け物からは、太い触手のようなものが幾多も伸びて蠢いている。真弓に絡みついているのは、その一部らしかった。
 毛糸玉のような化け物の中心部に緑色に光る眼のようなものを確認し、真弓は一気に恐怖を募らせた。
 背筋にゾッと悪寒が走る。
 ――この世のものではない。
 本能がそう告げた。
「あ……ああっ……」
 恐怖に顔を引きつらせ、叫びをあげようと口を開く。
 刹那、粘液だらけの触手が口腔に突っ込んできた。
 それは、容赦なく伸び続け、喉を通過して胃に達する。
 トン、トン……。
 身体の内側から触手が胃壁を突っつく。
「うっ……ううっ……」
 呼吸が困難になり、叫びはくぐもる。
 真弓は苦しさと不快さに大きく目を見開いた。
 襲い来る恐怖に涙が零れ落ちる。
 ツンツン……と胃の中を触手が蠢く。
 転瞬、腹部に凄まじい激痛が生じた。
 痛みに叫びすらあげられない真弓の視界で、不気味な触手がユラユラと揺らめく。
 己れの腹部を突き破って出てきたのだ、と察した瞬間、急激に意識が遠のいた。
 ボキボキ、メリッ……と、身体が嫌な音を発し、骨が折られ、四肢が引きちぎられる。
 それ以上は耐えきれず、真弓は意識を放棄した。

 最期の瞬間、脳裏に浮かんだのは大好きな彼の笑顔だった――


     *


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2009.07.13 / Top↑
     *


 少女は、暗い校舎の中を独りで歩いていた。
 冬も間近に迫った夜のことだ。
 月の明かりに照らされて仄かに明るい群青色の闇が、少女と校舎を包み込んでいた。
 窓の向こうに見える体育館には、部活動を行っている生徒がいるのかまだ煌々とした明かりが灯されている。だが、少女が歩いている廊下には、ポツンと点在している非常口案内の緑色の光と、窓から忍び寄る月光以外に明かりというものはなかった。
 そんな中を少女は臆する様子もなく歩いている。普通なら廊下に響き渡るはずの足音は、どういうわけか全く聞こえなかった……。
 少女は長い黒髪を靡かせながら、まっしぐらに廊下を突き進む。
 行き止まりまで来て、少女はようやく足を止めた。
 目の前にはやけに古めかしい扉がひとつ――
《第一音楽室》とプレートの掲げられたその扉は、長き間使用されていなかった。
 理由は明らかにされていないが、いつも厳重に施錠されているのだ。通常の教室には小窓がついているものだが、この扉に限っては『窓』という中を覗く手段も用いられてはいない。
 少女は扉の取っ手に手をかけ、引っ張ってみた。
 当然のことだが、鍵がかけられている扉はビクともしない。
 不意に、少女はクスッと笑った。
 何が可笑しいのか、白い顔に笑みを浮かべて扉を見つめる。
 すると、不思議なことに扉に異変が起こった。今まで動かなかった扉が、カチャリと音を立てて開いたのだ。彼女の意のままに扉は徐々に口を開けてゆく。
 尋常な人間では成し得ない業――その証拠に、少女の瞳は紅く光っていた。
 妖しくも美しいルビー色の双眸が開かれた入口をじっと見据えている。
 扉の奥にある暗闇から生暖かい風が伝ってきた。
 どんよりとした風を肌に感じて、少女は嬉しげに微笑んだ。
 血を塗ったような唇が弓なりにつり上がる。
 澱んだ空気が心地よかった。
 懐かしい故郷の匂いだ。
 少女は、もう少しこの風に浸っていようと瞼を閉ざした。
 闇から出ずる風が少女を取り巻く。うっとりするほどの気持ちよさだ。
 しかし、そんな安息の時間はそう長くは続かなかった。
 背後で足音が響いたのだ。
 少女はハッと我に返り、後ろを振り返った。廊下の暗がりを何者かが歩いてくる。
 少女は慌てて扉を閉めた。
 扉は音も立てずに静かに口を閉ざす。
 彼女の瞳も、もう紅く光ってはいなかった。
 何事もなかったかのように、少女は近づいてくる人物を迎えた。

「――おや、こんな時間にどうしたんですか?」
 眼鏡をかけた長身の男が、穏やかに訊ねてくる。
 少女は胸中でホッと安堵の息をついた。男はこの学校の保健医だ。
「忘れ物を取りに来たんです」
「そうですか。でも、女の子がこんな時間に一人で歩いちゃいけませんよ。私も教室まで一緒に行きますね」
 保健医は少女の有無を問わず、彼女の手を引いた。そして、二階へと続く階段を登り始めてしまうのだ。
 少女は、名残惜しげに扉を顧みた。
 あの扉から離れることが辛く、哀しかった……。
 だが、保健医が一緒では扉に戻ることも、扉を開けることもできない。
 ――まあ、いい。急がなくとも扉は開く。
 扉が完全に開くのは、三日後だ。
 それまでは我慢しよう。
 直に扉は開かれる。
 扉が愛すべき故郷へと繋がるのだ。


 もうすぐ還れる。
 あの懐かしい世界へ――



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2009.07.13 / Top↑
一.水妖伝説
  旧校舎と新校舎に囲まれた中庭の噴水。
  毎年九月九日、
  その日が月のない夜ならば、噴水から水の妖かしが出現する。
  水妖――呪われた生き物は人の生命を奪う力を備えている。

  過去、九月九日夜、学園に忍び込んだ者の中に生還した前例なし。



二.魔境伝説
  旧校舎にある第一音楽室。
  通称《開かずの扉》は魔境へと繋がっている。
  学園内で頻発する怪事は、魔境から這い出てきた魔物の仕業である。
  《開かずの扉》ゆえにこちら側から開くことはないと伝えられている。
  しかし、幾度か校内から扉が開かれた形跡あり……。

  過去、魔境へ堕ちて学園へ戻ってきた者――皆無。



三.月光樹伝説
  校庭の隅にある薄気味悪い巨木――月光樹。
  十年に一度、たった一夜限り美しい花を咲かせる。
  月の華が咲き乱れ、玻璃の唄が紡がれし時、異界へと続く道が現れる。
  道の奥には魔女の棲まう館があり、迷い人は魔女に喰らわれる運命を辿る。

  過去、美麗なる華に魅せられて道を進んだ者は全て還らず。




     「第一夜」へ続く


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2009.07.13 / Top↑
第一夜 



 晴れた秋空の下、深い緑色の群れが行列を成していた。
 都内M市の外れに位置するこの地域では、毎日お目に掛かれる光景である。
 行列は、この先の目的地『私立聖華(せいか)学園』と銘を刻まれた大きな門に吸い込まれて行く。
 緑色の行列は、聖華学園の制服を着た生徒たちの群れ。
 蓬とオリーブの中間のような渋い緑色の制服は、何処にいても目立つ。
 そして、その群れの中で緑色ではないものは、一際目立つ――
 有馬美人(ありま よしひと)は、先ほどからずっと自分の隣に注がれている生徒たちの視線を感じて、落ち着かなかった。
 原因は明白だ。
 隣を悠然と歩いている親友――曽父江零治(そふえ れいじ)が、制服ではなく私服を身に付けているのである。
「零治、制服は?」
 美人は、黒のレザーパンツに長袖のシャツを着ただけの友人を横目で見ながら、不機嫌な声音で訊ねた。
「――なくした」
 そう即答する零治を、美人は冷ややかに睨みつけた。
 今まで聞き飽きるほど耳にしてきた言い訳だ。
「そんなコワイ顔するなって。せっかくの美貌が台無しだぜ、ビジン」
 零治は悪びれた様子もなく、綺麗な金髪に染めた髪を片手で掻き上げる。朝の陽光を受けて、左耳を彩る金輪のピアスが輝いた。
「なあ、怒るなよ。オレだって好きで制服着てないわけじゃないんだぜ」
「嘘だ。目立つから、僕の隣を歩かないでよ」
 美人は顔を覗き込んでくる零治を軽く睨んでから、ツンと顔を背けた。
「オイオイ、目立つのはおまえの女みたいな顔の方だろ? それに、朝はもっと爽やかに、にこやかにするのが礼儀だろ」
「零治は対象外」
 美人は眉をひそめ、突き放すように告げた。
「あっ、ひっでーなぁ……。オレは、こんなにビジンのことが好きなのによ」
 零治が唇を尖らせながら、美人の肩に腕を回してくる。
 即座に美人は無言でその手を払い除けた。
 直後――
「あらあら、朝から夫婦漫才?」
 クスクスという笑い声が背後から届けられた。

 反射的に、二人同時に振り返る。
「げっ、薔薇子センセかよ……」
 零治があからさまに声のトーンを落とす。
 二人の視線の先には、黒いスーツに肢体を包んだ女性が立っていた。
 緩いウェーブのかかった長い髪。顔立ちのはっきりした派手な美人だ。
 彼女の名は、黒井薔薇子(くろい ばらこ)。
 その派手な外見からは想像できないが、歴とした聖華学園の数学教師である。
「おはよう、有馬くん、曽父江くん」
 忍び笑いを納め、薔薇子が言葉を紡ぐ。
「朝から仲がいいのね。羨ましいわ。――で、曽父江くん、有馬くんを口説けたの?」
「わざわざ訊くなんて人が悪いな。ビジンがオレの手を邪険に払い除けるところ、後ろから見てたんだろ?」
 零治が面白くなさそうに応える。
「あら、でも、口説かなくても相思相愛だからいいじゃないの」
「く、黒井先生! 変なこと言わないで下さいよ」
 薔薇子の言葉に、美人はすかさず抗議の声をあげた。
「あー、何だよ、ビジン。そんなこと言うのかよ? そっか、ビジンはオレのことスキじゃないんだな……」
 零治が演技ぶった言い方と表情で美人をじっと見つめてくる。
「い、いや、嫌いじゃないけど――」
「ホラ、薔薇子センセ、好きだってさ!」
「あらら、残念ね。私、有馬くんのこと口説きたかったのに」
「何、言ってるんですか!」
 薔薇子の言葉に美人は目を剥いた。
 驚きに動きを止めた美人の肩を、零治の手が力強く引き寄せる。
「それは、ホントに残念ですね、薔薇子センセ。もう売約済みです。なんてたって、オレとビジンは物心ついた時からの仲ですから」
 零治が切れ長の瞳を細め、挑むように薔薇子をじっと見据える。
「そうね。二人は幼なじみだったわね。……今のは冗談だから気にしないで」
 薔薇子はヒョイと肩を竦めると、急に興味を失ったようにスタスタと脇を擦り抜けていった。
「……イヤな女」
 薔薇子の後ろ姿を睨みながら零治がフンと鼻を鳴らし、毒突く。
「どうして、そんなに仲が悪いのかな……」
 美人は呆れ混じりに呟き、まだ自分の肩に添えられていた零治の手をさり気なく払った。
「しょうがないだろ。お互い嫌い合ってるんだから」
 投げ遣りに零治が応える。
 美人は大きく溜息を吐き出した。そこへ――
「おっはよう、有馬くん! 曽父江くん!」
 明るく弾んだ声が飛んでくる。
 軽快な足音が、美人と零治の隣でピタッと止まった。
 顎の線で切り揃えたボブカットの少女が、満面の笑みを送ってくる。
 同じクラスの五条真志保(ごじょう ましほ)だ。
「おはよう、五条さん」
「おまえはいつも元気だなぁ、真志保」
「早くしないと遅刻だよ、二人とも!」
 真志保は急き立てるような言葉を放つと、再び駆け始めた。
 数メートル進んだところで、突如としてその脚が止まる。
 思い出したように、彼女はこちらを振り返った。
「ねえ、有馬くん。超能力を使えるって噂――ホント?」
「えっ……?」
 真志保にじっと見つめられて、美人は立ち竦んだ。
 問われた内容に対して、どう返答してよいのか見当もつかなかった。
「ただの噂だろ。そんなもん信じるなよ。くっだらねえ」
 言葉に詰まった美人を見て、零治が助け船を出してくれる。
 真志保は少しの間、黙って零治を見つめていたが、やがて静かな笑みを口許に刻んだ。
「――そうね。根も葉もない噂ね」
 クルリと身を反転させ、また駆け出す。
 彼女の姿は、吸い込まれるようにして校門の内側へと消えた……。
 真志保が立ち去った後も、美人は無言を保ち続けていた。無意識に唇を噛み締める。
 真志保の質問に、心が動揺している。
 黙り込んだ美人を見て、零治が眉根を寄せた。
「ビジン――」
「有馬くん」
 何か言いかけた零治の言葉を、別の声が打ち消す。
 静穏な声音に、美人は我に返り、緩慢な動作で後ろへ首を巡らせた。
「……五条さん」
「妹が何か失礼なことを言ったかしら?」
 困ったような顔をして、真志保の双子の姉――五条珠詠(たまよ)が美人を見上げてくる。
 美人は、真志保と同じ顔を見返した。
 腰まである長い艶やかな黒髪と透き通るような白い肌に、目を惹きつけられる。
 美人は珠詠を見るたびに、不思議と《夜》を連想してしまう。
《夜》の美しさを持つ稀な少女――それが、美人の珠詠に対するイメージだ。
「いいえ。五条さんが気にするようなことは、何も言ってませんよ」
 美人は静かに首を振った。零治の呆れているような視線を感じたが構わなかった。
「それならいいんだけど。ごめんね……」
 申し訳なそうに珠詠が告げる。
「どうして謝るんです?」
「だって、真志保が……。悪気はないのよ。でも、もし有馬くんが本当に超能力者なら、私を――」
 そこまで言って、珠詠はふと唇を閉ざした。真摯な視線が美人に注がれる。
 何か言いたげな眼差しだ。
「ごめんなさい、有馬くん。気にしないで」
 不意に、珠詠は視線を逸らすと逃げるように走り去ってしまった。
「――あっ、五条さん!」
 美人は慌てて珠詠を呼び止めた。
 だが、彼女は振り向きもせずに人波に姿を眩ましてしまう。
「何なんだ、あの姉妹は……? 気にするなよ」
 零治が美人の肩を片手で軽く抱きながら耳元で囁く。
「おまえが《それ》が持ってるのは、おまえのせいじゃない。おまえは何も悪くない」
「……解ってる」
 美人は静かに頷いた。
 ――僕は、何も悪いことはしていない。
《それ》を持ち合わせているのは、偶然だ。
 確かに、自分には生まれつき不思議な能力が備わっている。
 手を使わずに物体を動かせたり、他人には視えないものが視えてしまったりする……。
 それらを《超能力》と呼ぶのなら、自分は正しく《超能力者》なのだろう。だが、自ら《それ》を望んだわけではない。好きでこんな奇妙な能力を持っているわけではない。
「五条さん、残念そうな顔をしてた」
 去り際の珠詠の表情が印象的だった。彼女は、ほんの一瞬だけだが落胆の色を表した。
 あれには、どんな意味があったのだろうか?
 考えても、答えは出てこない。
 美人は気分を切り換えるように首を振り、学園へと続く道を再び歩み始めた。


     *


 渋い緑色の群れは、続々と校門を潜り抜けている。
 美人もその中に紛れ込み、零治と並んで門を通過した。
 学園の敷地に足を踏み入れた瞬間、思いがけず足留めを喰らった。
 先を行っていたはずの黒井薔薇子の姿があったのだ。
 彼女は美人に視線を馳せると、ゆっくりと手を挙げた。

 刹那、凄まじい風が吹き抜ける。

 ふと気が付くと、辺りは一面の闇に覆われていた。

 暗闇なのに、薔薇子の姿だけがやけにはっきりと浮き上がっている。
 彼女は、ゆっくりと赤い唇に弧を描かせた。
 翳していた腕が横に降ろされ、その指先が何かを示す――聖華学園の白い校舎だ。
「もうすぐ扉が開く。扉が二つの世界を繋ぐ――この世と鏡月魔境(きょうげつまきょう)を」
 薔薇子の唇が予言めいた言葉を紡ぐ。
 意味は皆目解らない。
 美人が真意を問おうと口を開きかけた時、再び強風が襲った。
 その烈しさに瞼を閉ざす。
 次に目を開けた時には、視界はいつもと変わらぬ登校風景に戻っていた。
 薔薇子は何処にも見当たらない。

「なにボーッとしてんだよ、ビジン? 早く教室に入ろうぜ」
 何事もなかったかのように、零治が美人の肩を叩く。
 零治の眼差しは、急に立ち止まった美人を怪訝そうに見つめていた。
 その態度から、零治が先ほどの光景を目撃していないことを悟った。
 ――今のは何だったのだろう?
 自分にだけ視えた幻影なのだろうか……。
 何が何だか、さっぱり解らない。
 不意に頭痛を感じ、美人は眉をひそめた。

 嫌な胸騒ぎがする――



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2009.07.14 / Top↑
     *


 校庭を彩る木々が風に吹かれ、梢を揺らしている。
 紅く色付いた葉が、自由奔放に宙を舞っていた。
 美人は、そんな窓外の光景をボンヤリと眺めていた。
 今は、一時間目の授業が行われている最中だ。
 だが、とても授業に集中する気にはなれない。頭痛が続いているのだ。
 薔薇子の幻影を視てから、ずっと鈍痛が治まらない。
 小さな溜息を落とすと、美人は窓から顔を背けた。そのまま、自分の左手に視線を落とす。
 中指で輝きを放つ銀細工の指輪に、自然と目が吸い寄せられた。
 母方の祖母から譲り受けた大切な指輪だ。お守りとして、常に指に填めている。ヘマタイトが埋められた指輪に触れていると、不思議と心が安らぐのだ。
 いつもの癖で、美人は右手をそっと指輪へ重ねた。
 静かに目を閉じた瞬間、前頭葉の辺りに鋭い痛みが走った。
 ――頭が痛い……。
 何だろう、この不快感は?
 空気が重い。
 身の周りの空気が妙に重たく感じられるのは、気のせいだろうか?
 気のせいなら、それでいい。だが、そうじゃなかった場合は――?
 何かが、誰かが、故意にそうしている可能性はないだろうか?
 ――まさか黒井先生……?
 直ぐ様、妖艶な数学教師の姿が脳裏を掠めた。
 薔薇子にも、自分と同じように不思議な能力があるのだろうか?
 朝の出来事のせいか、薔薇子に対する不審感が溢れ出てくる。
 授業そっちのけで色々と思いを巡らせていると、突然ドンッと机を叩かれた。
 驚いて顔を上げると、怒ったような表情で零治が自分を見つめていた。
「チャイムはとっくに鳴ってるぞ」
 観察するような眼差しが容赦なく注がれる。
「えっ? 全然気づかなかった……」
 美人はしばし茫然とした。授業終了の鐘の音など、全く耳に入ってはこなかったのだ。
 零治が呆れたような溜息を落とす。
 それから彼は、真摯な眼差しで美人の顔を覗き込んできた。
「家に帰るか?」
「えっ、どうして?」
「顔が真っ青なんだよ、おまえ……。授業中もずっとそうだったぞ」
 咎めるような口調で零治が指摘する。
「我慢するなよ」
「……ごめん」
「オレに謝ってもしょうがないだろ。タクシー呼んでやるから、帰って寝ろ」
 謝る美人を見て、零治が溜息をつく。
「うん。ありがとう……。でも、一度保健室に寄ってからにするよ」
 零治の申し出を有難く思いながらも、美人はそれを鄭重に断った。頭痛だけなら、薬を飲めば案外簡単に治るかもしれない。
「……おまえが、そうしたいなら少し保健室で休めよ。けど、ホントにムリはすんなよ」
 零治が渋々といった感じで頷く。
 美人は零治を安心させるように微笑んでみせた。零治の好意が純粋に嬉しい。彼は、自分のことを心底心配してくれているのだ。
「大丈夫だよ。じゃあ、保健室に行ってくる」
 美人は教科書類を机の中に手早く仕舞い、椅子から立ち上がる。
 すかさず、零治の手が肩に伸びてきた。
「仕方ないから付き添ってやる」
 無愛想に零治が告げる。
「心配性だね、零治は」
 美人が苦笑すると、零治は一瞬だけムッとした表情を見せた。
 だが、病人相手にムキになっても仕方がない、と考え直したのか、嫌味は返ってこなかった。



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2009.07.14 / Top↑
「曽父江くーん!」
 元気な声が零治を呼んだのは、二人が教室から廊下へと身を移した直後のことだった。
 声を聴いただけで誰だか判別できる――五条真志保だ。
 彼女は、廊下に溢れている生徒を器用に避けながらこちらへ駆けてきた。
「相変わらず仲がいいのね。女の子にもそれくらい優しかったらいいのに」
 からかいを含んだ声音で告げ、真志保が零治の肩をポンと叩く。
「うるせーよっ」
 零治が面倒臭そうに応じる。
「うるさいのは地だからしょうがないの。それより大変よ。真弓が――死んだわ」
 ふと、真志保が真剣な面持ちで零治を見上げる。
 零治は訝しげに彼女を見返した。《真弓》という名前は、零治の頭の中にインプットされていない。
「真弓って……誰?」
 零治が率直に訊ねると、真志保は肩を竦めた。
「覚えてないだろうとは思っていたけれど……。D組の木下真弓よ。ホラ、左目の下にホクロのある綺麗な子」
「……ああ。三日くらい前に告白されたかも」
 曖昧な口調で呟き、零治は眉根を寄せた。木下真弓という人物を明瞭には思い出せないのだ。
「その子がね、昨日――死んだのよ」
「それで?」
「女子の間ではもう噂になってるわよ。『曽父江くんにフラれたから自殺したんだ』って」
 真志保の声音が、心なしか零治を責めるようなものへと変化する。
 零治の眉間の皺は、より一層深いものとなった。
 美人は、真志保の言い種に不快感を覚えた。そんな決めつけるような言い方をすれば、楽天家の零治といえども傷つくのは必至だ。
「噂するにしても酷すぎるよ、五条さん。あまりにも身勝手――」
 思わず、零治を弁護する言葉が口をついて出る。
 だが、途中で零治の手に唇を塞がれた。上目遣いに零治の顔を窺う。彼は、冷たい眼差しで真志保を見据えていた。
「だから、何? オレにどうしろって?」
「わ、私は別に……」
「話がそれだけなら、そこ退けよ」
 零治の言葉は、至極冷淡なものだった。
 冷ややかな眼差しを受けてたじろいだのか、真志保は自然と零治の前から横に移動していた。
「――曽父江くん、怒ったの……?」
「別に……」
「ゴメンなさい。嘘よ。……自殺じゃないわ。あまり大きな声じゃ言えないけれど、殺されたみたい」
 真志保が慌てたように弁明する。
 しかし、それは零治にとって慰めにも何もならない。『木下真弓が死んだ』という事実は変わりはしないのだ。
「それじゃ、もっと悪いじゃないか」
 疲れたように溜息をつくと、零治は美人の腕を引くようにして廊下を歩き始めた。その顔には、無表情の仮面が貼りついている。
「……零治?」
 気遣わしげに美人が声をかけると、零治は無言で首を向けた。
「零治のせいじゃないよ」
 零治が傷ついているのが解る。
 気の強い零治は決して表には出さないが、それでも美人には解ってしまう。零治は真志保の言葉に傷ついている……。
 少しでも自分と関わった者が他界するのは、気持ちの良いものではない。それに、真志保の言い方だ。あれでは、零治が怒って当然だ。
 零治はしばし美人の顔を見つめた後、フッと皮肉げな微笑みを浮かべた。
「病人が余計な心配してんじゃねーよ」
 不遜な口調で述べてから、美人の頭をクシャクシャと撫でる。
 いつもの零治らしい態度に、美人は胸中でホッと安堵の息を吐いた。

 
      *


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2009.07.14 / Top↑
    *


 零治と別れ、保健室に足を踏み入れた瞬間、美人は思わず動きを停止させてしまった。
 保健室の中に、意想外の人物を発見したのだ。
 黒井薔薇子――何故か、彼女の姿が保健室に在った。
「あら、有馬くん。どうしたの?」
 薔薇子が美しい顔に微笑みを浮かべる。
「頭痛が止まらなくて。西野先生は、どうしたんですか?」
 自分の症状を簡潔に訴え、室内に見当たらない保健医のことを訊ねる。
 いつもならこの部屋には、西野智弘(にしの ともひろ)という優しい面立ちの青年が常在しているはずなのだ。
「西野先生は私用で午後出勤よ。それまで、私が留守を預かってるの。そういう訳だから、よろしくね。――とりあえず、横になりましょうか。熱も計らないとね」
 今朝のことなど何事もなかったかのように、薔薇子は笑う。
 ――やはり、あれは幻影だったのだろうか?
 体温計を取り出している薔薇子を横目で見つめながら、美人は空いているベッドに潜り込んだ。
 ――頭が痛い……。
 気のせいか、保健室に入った時から頭痛が重くなっている。
「あら、本当に痛そうね」
 美人が顔をしかめていると、薔薇子が颯爽とした足取りでベッドに接近してきた。
「ああ、そうだわ。二年D組の木下真弓さん――死んだわよ。殺されたの」
 唐突に、薔薇子はそう切り出した。
「普通の殺され方じゃなかったのよ。身体がバラバラに引き裂かれていたんですって。……とても、人間業とは思えないわね」
 ベッドの端に腰かけ、薔薇子が美人の顔を覗き込んでくる。
 唇が妖冶に弧を描いた。
「有馬くん――あなたのせいよ」
 断言されて、美人は目を瞠った。
 驚愕と不審の相俟った眼差しで、薔薇子を凝視する。
「どうしてです? 意味が解りません」
「あら、今朝、言わなかったかしら? ちゃんと忠告したはずよ。《鏡月魔境》の扉が開く、って」
 薔薇子は意味深に微笑んだ。
 ――あれは、幻なんかじゃなかったんだ。
 薔薇子の言葉で、美人は今朝の出来事が現実だったことを確信する。
 やはり薔薇子は、自分だけを標的にあの不思議な空間を見せつけたのだろう。しかし、それが何のためなのか、美人は把握できずにいる。
 一体、黒井薔薇子とは何者で、自分に何を言いたいのだろうか?
「《きょうげつまきょう》? 何ですか、それは?」
 そんな単語は、薔薇子の口からしか聞いたことはない。
「……『鏡』の『月』に、魔物の『魔』に、『きょう』は『国境』の『境』よ。『鏡月』は『幻』という意味。でも、『この世のものではない』って考えてくれた方が解りやすいと思うわ」
「つまり、現実ではない世界で、しかも魔物達の住処、という訳ですか? でも、それがどうしたんです?」
 美人は渋い顔を崩さずに薔薇子に尋ねる。
 鏡月魔境とやらが自分とどう関わってくるのか、まだ理解できないからだ。
「だから、その世界と現実の世界を繋ぐ《扉》が開くのよ。あなたが知らないはずないでしょう、有馬くん。あなたは初代理事長――この聖華学園の創立者・榊総子(さかき そうこ)の孫なんだから」
 薔薇子は、少しだけイライラしたような口調で言葉を投げかける。
 瞳が『本当に知らないの?』と訊ねていた。



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2009.07.14 / Top↑
「血縁には違いないですけれど……。僕は分家で、そのうえ外孫ですよ?」
 美人は小首を傾げる。
 確かに、自分は榊総子の五番目の孫だ。
 総子の長女・桐子(きりこ)が母親で、自分の上には双子の姉がいる。
 そして、本家である榊家には母の兄――長男・保(たもつ)の子供である従兄が二人いるのだ。
 祖母・総子は、六十年程前にこの聖華学園を創立している。
 他界したのは、十七年前――
 美人が生まれて一年もしない内に亡くなった……。
 だから、美人は自分の祖母を直接知ってはいない。その祖母が話題に出てくること自体が妙に不思議だった。
「この際、分家とか本家は関係ないのよ。要は《榊総子》の血を引いていることが大事なのよ」
「それじゃあ、僕じゃなくても――」
「ダメよ!」
 美人が言い終わらないうちに、薔薇子がピシャリと遮る。
「今、高等部に在籍してるのは有馬くんだけ。他の子じゃ間に合わないわ。《扉》が開くのは、時間の問題よ。常に高等部にいられる有馬くんが最適なの」
「あの……その《扉》が開くと、どうなるんですか?」
 申し訳なさそうに美人は質問する。本当に何も解らないのだから、自分にも理解できるように喋ってほしい。
「……本当に何も知らないのね。この学校に三大伝説があるのを知ってる?」
「それは……噂で聞いたことがあります。十年に一度だけ花を咲かせるという校庭の巨木に纏わる話が《月光樹伝説》、中庭の噴水から水の化け物が出てくるというのが《水妖伝説》だったはずです」
「そうよ。そして最後が《魔境伝説》――内容は把握してる?」
「ええ、一応は……。『学園の何処かに魔境へと繋がる《扉》があって、そこから時々魔物が出てきては怪奇現象を起こす』ってやつですよね?」
 どこの学校にもそういった奇怪な話は付き物だが、この聖華学園は本当にそうした怪事件が多発しているのだ。それは皆、『何かの弾みで異世界から出てきてしまった魔物のせいだ』というのが、古くからの言い伝えである。
「それ、事実なのよ……。あなたのお祖母様は、この聖華学園を《魔物封じ》のために建てたのよ――と、言っても、有馬くんは信じないでしょうけどね」
 薔薇子は少し悲しげに告げた。
「あなた、超能力みたいな力を持っているでしょう? それは、お祖母様からの遺伝よ。あなたが、《榊総子》の血をより濃く受け継いでいるという何よりの証拠。《榊総子》の血を引く者は、みんな持っているはずだわ。あなたのお祖母様は……そうね、《魔女》だったと言えばいいのかしら? 難しいわね。正確には《封魔師》だったのだけれど、封じるはずの魔物と恋に堕ちて魔女に転身したのよ。その魔物というのが、《鏡月魔境》の王――《境王》だった。それで、彼女はアッという間に魔物の女王様。今まで以上の魔力を与えられ、愛する境王の傍に遣える。しばらく総子は、《鏡月魔境》で暮らしたわ。でも、魔物達が人間を苦しめるのを目の当たりにして、きっと耐えられなかったのね……。ある日、彼女は境王と魔物たちを裏切って、この世と《鏡月魔境》とを繋ぐ空間を閉じてしまったの。それが、丁度この場所。結界として、総子は聖華学園を建てたのよ。聖華学園の『聖華』はホントは『聖化』と書くの」
 薔薇子は、近くにあった紙にサラリと『聖化』という文字を書く。
 美人は、半ば唖然として薔薇子の話に耳を傾けていた。
 自分の祖母にそんな事実があったなんて、全く知らなかった。
 きっとこれは一族の間でも大問題となり、故意に事実を後世に伝えなかったのだろう。
「聖化の意味はね、『神聖な用に当てるために、あるものを一般的・世俗的使用から区別すること』なんだけど……どうして、学校なんかにしちゃったのかしらね? こんな、人の集まる場所に封印するなんて……。まあ、過ぎたことはしょうがないんだけど。ちょっと長く話し過ぎちゃったわね。――とにかく、あなたのお祖母様の施した封印が解け始めている、ってことよ」
「先生は、そのことをどうやって知ったんですか?」
 美人は当然の質問を繰り出した。身内の自分が知らなくて、薔薇子が異常によく事態を把握しているというのが気に懸かる。
「知りたくないけど、知り過ぎちゃったのよ」
 ヒョイと肩を聳やかし、薔薇子は早々に話題にピリオドを打つ。
 美人も深くは追求しなかった。薔薇子の性格からして、それ以上は何も答えてはくれないだろう。
「それで、僕は何をすればいいんです?」
 美人がそう切り出すと、薔薇子は鋭利な輝きを宿した双眸で美人を見上げた。
「そうね……とりあえず、曽父江くんと離れてちょうだい」
「――何故です?」
 美人は突然の申し出に驚いた。
 零治にまで話が飛躍する理由が皆目解らない。それに、薔薇子のその申し出は到底受け入れられないものだ。
 零治は幼い頃からの友人だ。
 彼と離れ離れになるなんてことは、考えたこともない。
「ごめんなさい。理由は言えないわ」
 薔薇子は、美人を真っ直ぐ見つめたまま拒絶の言葉を発する。
 どうしても理由は述べたくないらしい。
「理由も言えないのに、零治から離れるなんてできませんよ」
「――ダメなの。あなたが誰を友人に選ぼうと誰を傍に置こうと、本来ならば全てあなたの自由よ。でも、曽父江くんはダメ……有ってはならないの。彼だけは絶対にダメなのよ」
 薔薇子は力強く言い切る。
 それから、彼女は美人の肩に片手を添え、残る一方の手を美人の額に翳した。
「――――?」
 美人はゴクリと息を飲み込んだ。
 薔薇子の長い髪が宙を舞っている。
 ――何をされるのだろう?
 不安が押し寄せたが、奇妙なことに抵抗しようという気は全く起きなかった。
 いや、抵抗できないのだ。
「有馬くん、あなたができないのなら、強制的にでもそうするしかないわね」
 薔薇子の掌から赤い光がボンヤリと発せられる。
 細い指先がスーッと伸びてきて、美人の額に触れた。
 刹那、電流のような痛みが体を駆け抜ける。
「――痛っ!」
 美人は思わず悲鳴をあげた。
 ズズッと嫌な音がする。
 薔薇子の指が額の中に侵入していた。
 考えただけでもゾッとするのに、それが上目遣いに見えてしまって、美人は急激に嘔吐を感じた。それをグッとこらえて、薔薇子に視線を移す。
「黒井先生、何を? あなたは……一体何者なんですっ!?」
 美人は叫びに近い声で薔薇子に訊ねる。
 朝からずっと疑問に思っていた。
 薔薇子は一介の数学教師ではなかったのか?
 自分と同じような能力を持っていることだけは、確かだ。そうでなければ、こんな人間離れしたことを平然とやってのけられるはずがない。
 薔薇子は美人の問いには答えなかった。代わりに、申し訳なさそうに呟く。
「……悪く思わないで。これが有馬くんにとって一番いい方法なのよ」
 呟いてから、薔薇子は瞳を閉ざした。
 美人の額に埋まっている薔薇子の指先が熱くなる。
 あの赤い光のせいだろうか?
 薔薇子の指先が熱くなるにつれて、美人の意識は朦朧としてきた。
 ――意識を失う。
 そう思った時、思いがけず保健室のドアが開かれた。



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