ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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《WALTZ》
 あたし――園生沙羅(そのお さら)が住む都内M市のメインストリート沿いにあるお洒落なケーキ屋さん。
 五年前にオープンして以来、未だにお客さんが殺到し続けている超人気店だ。
 外から店内が窺えるガラス張りのお店には、スウィートなスイーツと夢とロマンがたっぷりと詰められている。
 眺めているだけでも心が弾む色取り取りの鮮やかなケーキの群れ。もちろん、ひとたび口に入れれば、それは極上の味わいと甘美な恍惚感を伴う至福の時を与えてくれる。
 それだけでも凄いのに、《WALTZ》の売りは、女性たちを唸らせる絶品ケーキを揃えていることだけじゃない。
 魅力的なスタッフの力がそこに加わるのだ。
 どこか翳りを帯びた瞳が印象的なロン毛の店長。
 乙女と主婦たちの憧憬の視線を集めて止まない、色男揃いの店員さんたち――
 そう、《WALTZ》には男前の店員さんしかいない。
 オーナーである松本伊緒(いお)氏の意向で、どのお店のスタッフも女性はNG。男性でもかなり整った容貌の持ち主でなければ面接を通らない――と、もっぱらの噂だ。
 日本全国に百店舗の支店を持つ高級洋菓子店《WALTZ》
 アルバイトを含め、店員として客前に出られる者は全て伊緒氏の審美眼に適ったイケメンばかりなのである。
 M市にある《WALTZ SHIO店》も例外ではない。
 どうして、M市にあるのに《SHIO店》なのか――?
 それは、伊緒社長の愛娘である志緒お嬢様が市内にある超名門私立聖華学園に幼少の頃からお通いになっているから、という理由であるらしい……。
 詳しい説明は割愛。
 平凡な市立商業高校に通うあたしには、お金持ち学校である聖華もスーパーお嬢な志緒様も遠い存在――いや、全く無縁の存在だ。
 とにかく《WALTZ》には、一目見ただけで心臓がバクバクしそうなほどの色男たちばかりが揃えられている。
 女の子とって、そこは正に楽園。
 甘く美味しいケーキを堪能しながらイケメン店員さんと出逢える素敵な場所でもあるから。


《WALTZ》には、一つの伝説がある。
 一年に一度、二月十日にだけ販売される数量限定の幻のケーキ《ラブ・パラダイス》を食べると、片想い中の人は魔法にかけられたように恋が実る――というものだ。
《ラブ・パラダイス》に関しては、厳しい箝口令が敷かれている。
 売る側の店員は、それがどんなケーキであるのか決して口外してはいけない。
 買う側の客もケーキについての情報は一切流さないことを誓約させられる、という徹底ぶりだ。
 もちろん、現物は厨房に厳重保管されているので見ることは適わない。
 テイクアウトは厳禁。
《ラブ・パラダイス》を食べられる場所は、店舗の奥にある特別個室だけ。
 雑誌やテレビ取材はNG。
 ネット書き込みも禁止。
 ブログに写メを載せるなんて以ての外だ。 っと、写メの心配はいらないんだったわ。《WALTZ》内での携帯電話の使用は堅く禁じられているんだから。
 これは、色男店員の画像を流出させないための方針らしい。オープン当時は、女の子たち(中には男の人もいたそうだけど……)のフラッシュ砲火が物凄くて、仕事にならない状態だったことから設けられたみたい。
 そんな状況を改善し、尚かつスタッフのプライバシーを護るために、《WALTZ》では徹底して携帯電話の使用を禁じている。
 まあ、そんなこんなで――《ラブ・パラダイス》に関する情報は全くない。
 あたしが知っているのは、毎年二月十日のみ限定販売している、ということだけだ。
 当然、あたしはまだ《ラブ・パラダイス》を食べたことがない――



     「2 南海とルイさんと山梨くん」へ続く



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2009.06.07 / Top↑
「うわっ! 今日も降ってるね、沙羅!」
 友人の南海(なみ)が、足下の新雪をショートブーツで踏み締めながら感嘆の声をあげる。
「うん。今日で三日目――このまま積もりそうな勢いよね」
 あたしはブルッと身体を震わせ、首に巻いているマフラーを顎まで引き上げた。
 今年の東京は寒い。
 いくら二十三区外だとはいえ、降雪が何日も連続することは非常に珍しい。
 なのに、この雪は三日も降り続けている。
 止む気配はない。
 ホントに北国並みに積もるんじゃないだろうか、と危惧してしまうような勢いでM市に雪化粧を施していた。
 成人式過ぎの一月中旬――世界は息をしたくないほど寒い。
 なんて言ったら北国の人たちに怒られそうだけれど、寒いものは寒い。東京の女子高生には厳しすぎる天気だ。
 そんな悪天候の中、あたしと南海は街のメインストリートである歩行者天国をブラブラと歩いていた。
 歩行者天国の両サイドに並ぶデパートを駅前から順番に巡り、ウィンドウショッピングをしながら時間を潰しているだけだけど……。
「う~、寒い……」
 あたしは、空色のダッフルコートの下で身を震わせた。
 一時的にでも雪が止んでいることだけが救いだ。寒い上に吹雪にでもなられたら、たまったもんじゃないわ。
「もうすぐ《WALTZ》だけど、今日は行かないの?」
 ふと、南海が思い出したように訊ねてくる。
「行かないわよ。だって、今日はバイトじゃないもん」
「あっ、そっか。木曜だもんね。六楼さん、お休みか」
 あたしが唇を尖らせて応えると、南海は得心顔で頷いた。
 そう。木曜と日曜はお休みなのだ。
 あたしの大好きな六楼諫耶(りくろう いさや)さんは。
 六楼さんは、街一番の人気を博するケーキ屋《WALTZ》の店員さん。
 三ヶ月前、初めて《WALTZ》で彼を見た瞬間、あたしはアッサリ一目惚れした。
 理由やきっかけなんて特別なかったけれど、目と目が合った途端、全身に電流のようなモノが流れ、血が騒いだ。
 胸が高鳴った。
 運命を感じた。
 運命の出逢いだ――って、本気で思ったもん。
 以来、あたしは最低でも週に二日、多い時には四日も《WALTZ》へ通っている。
 放課後、寿司屋でバイトをしてコツコツ貯めたお金は、全部《WALTZ》へ注ぎ込まれている……。
 そ、そのためにバイトしてるからイイのよ!
 六楼さんに逢いたい想いがあるからこそ、寿司屋のバイトにだって精が出るんだから。
「――アレ? 今日、いつもより行列長くない?」
 南海が足を止め、訝しげに首を傾げる。
 その視線を追って、あたしは右斜め前の建物へと顔を向けた。
 五階建てのビルの一階部分だけ、ガラス張りの造りになっている。
 淡いブルーグリーンで幻想的にライトアップされたお店は――誰もが知っているお洒落なケーキ屋《WALTZ》だ。
 細かいレリーフが施されたガラス戸の前からは、長い行列が出来ていた。
 大抵がテイクアウトのお客さんなので、並んでいてもそれほど長時間待つことはない。
 けれど、今日はいつもの倍くらい列が長かった。
「長い上に――男が多いわね」
「あれ、ホントだ。男がチラホラ……ん? チラホラどころか、半数はいるわ――ってコトは……まさか、まさかっ――――!?」
 急に南海がハッと息を呑み、大きく目を見開いた。
 南海の顔は、まるでホラーマンガに出てくる怖いキャラみたいだったけれど、その感想はそっと胸の中にしまっておいた。
 だって、南海の心情があたしには手に取るように解ってしまうから。
 あたしと南海は、ひどくゆっくりと顔を突き合わせ、鋭く視線を交差させた。
 それから、
「「ルイさんの出勤日っ!!」」
 異口同音に悲鳴じみた叫びをあげていた。


 ルイさんは、《WALTZ》入店以来三年強、不動の人気ナンバーワンを誇る店員さんだ。
 中性的で神秘的な美貌の持ち主なので、男女共に人気が高い。
 名門私立聖華学園高等部で毎年開催される《ヴィジュアル・フェスタ》で三年連続優勝し、ミスター聖華の殿堂入りを果たした――何だかとっても凄い人。
 ――って、あたしは聖華の生徒じゃないから《ヴィジュアル・フェスタ》なるお祭りがどんなものかは知らないわよ! 
 何か『薔薇のように咲き誇れ!』みたいな感じの、よく解らないサブタイトルがついていた気がするけど……。
 それはさておき、大学部に進学してからのルイさんは、昔より《WALTZ》で勤務する日数が減った。
 ルイさんはモデル事務所にも所属している。
 高校時代にはあまり力を入れていなかったモデル業だけれど、大学に上がると同時にそちらの比重を大きくしたらしい。
 そのおかげで《WALTZ》で勤務する時間は極端に減少した。
 今ではすっかり不定期出勤だ。
 けれども、行列を見て解る通りルイさんのファンは熱くて粘り強くて執念深くて――そして異常なまでに嗅覚が鋭い。
 どういう情報網が発達しているのか、ルイさんが出勤する時間帯になるとこうして店の前にしっかり陣取っているのだ。
 私設親衛隊と称してもおかしくないほどルイさんのファンはマメでアクティブだ。
 彼らのルイさんに対する熱烈な想いとパワーは、時々あたしも『見習わなきゃ!』と思ってしまうほどに凄まじかった。
「ああ、ルイさんの綺麗な顔を見るの一ヶ月振りかも! 嬉しいな。――よかった、美神堂のポスター持ってきてっ!」
 南海が感極まった声で告げ、カバンの中から丸めたポスターを取り出す。
 それは、大手化粧品メーカー美神堂が一週間前に解禁したばかりのニューブランドの広告だ。
 現在、TVでガンガン流されているCMはどれも評判がいい。
 何てったって、OLさんに大人気の美形アイドル・山梨くんが主役だ。
 先月発売になったシングル曲『青春ボンゴレ』は未だにオリコンチャートの一位をキープし続け、主演連続ドラマも高視聴率を獲得している。
 これぞアイドル!
 って感じね。
 その山梨くんが女性向け化粧品のイメージキャラに初挑戦。
 前評判だけでもかなり騒がれていたのに、オンエアが開始された三パターンのCMは、山梨くんファンじゃないあたしから見ても『スゲェ!』としか言い様がなかった。
 中でも、青と水をモチーフにしたファンタジックな『口紅編』は秀逸だ。
 幻想世界で出逢った水の妖精だか精霊に、山梨くんが恋をする。
 で、何故だか上半身裸で水に濡れている二人が――間違いなく、山梨くんファンのためのサービスカットだと思うけれど――キスする寸前でコマーシャルはプッツリ途切れるの。
 この、山梨くんの相手というのがね――ルイさんなのよ。
 巷では『謎の美女』とか騒がれてるけれど、あたしを含め《WALTZ》の常連たちだけは知っている。
 アレが女性モデルではなく、ルイさんであることを!
 現に、《WALTZ》の前に並んでいる人たちは皆、片手に丸めたポスターを握っていた。中を開けば、山梨くんとルイさんが超至近距離で見つめ合っている姿が拝めるはずだ。
「おお、壮観壮観! 何か、どっかの聖地に来たみたいね」
「聖地よ! わたしにとって《WALTZ》は、アキバに次ぐ聖地よっ!! わたし、マッハで並ぶけど――沙羅はどうする?」
「もちろんつき合うわよ」
「ありがと。――ああっ、ルイさん! わたしの生きる源――妄想の糧! どうか、わたくしに愛と勇気と腐れた乙女力を分け与えて下さい」
 南海が頬を紅潮させ、キラキラと瞳を輝かせる。
「よし、並ぶわよ、沙羅っ!」
「わっ、ああああああっ、ちょっと待って、南海っ!」
 駆け出そうとした南海の腕を、あたしは慌てて掴んだ。
「何よ?」
 南海が渋々足を止め、怪訝そうに振り返る。
 あたしはコートのポケットからティッシュを取り出し、そっと南海に差し出した。
「出てるわよ、鼻血」



     「3 美青年×美少年+妄想×幻想=!?」へ続く



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2009.06.07 / Top↑
 南海はイイ子だ。
 色白で小柄で可愛い。
 愛想のないあたしと違って、笑顔もキュートだし、他校生からも幾度となく告白されていたりする。
 成績優秀、気配り上手、お洒落で清楚な美少女。

 南海はイイ子だ。

「やっぱり――店長とルイさんはデキてると思うのよね」

 ……南海はイイ子だ。
 コレさえなければ。
 南海は――ホントに、とってもイイ子だ。

 あたしは、脱いだコートを隣の椅子にかけ、苦笑いを南海に向けた。
《WALTZ》の前に並ぶこと三十分――ようやく、あたしたちは店内へと足を踏み入れることができた。
 たくさんのお客さんで賑わう店内を奥へと案内され、行き着いた先は短い階段を昇ったところに位置する中二階だ。
 中二階といっても天井は高いし、席もゆったり設けられているので狭苦しさは全く感じない。
 広い一階フロアを全て見渡すことが出来るので、ある意味特等席だったりする。お気に入りの店員さんの姿を思う存分目で追いかけることができるから……。
《SHIO店》の店長っていうのはね…………あれ?
 名前思い出せないや……。
 まあ、いいわ。
 ロン毛で端整な顔立ちのおにーさん。推定年齢二十八歳。
 しなやかな獣を思わせる体つきと、昏い光を湛えた野性的な瞳が印象的だ。でも、お客さんに対する接客は頗る柔軟で、隙がない。
 あたしの勝手な見解だけれど、アレはオーナーの伊緒氏がどこぞのホストクラブから引き抜いてきたんじゃないかと思う。
 ケーキがズラリと並べられたショーケースの隣にあるカウンターが、店長の定位置。
 ケーキ屋にバーのようなカウンターなんて絶対変だと思うけど、二十代後半から三十代OLのおねーさま方には人気があるみたい。
《WALTZ》に入店する前の経歴は謎に包まれているし、あたしは彼の名前すら思い出せないけれど――悪い人じゃない。
 この人は、カウンターで接客しながら、入店してきた客の好みのタイプを素早く判断し、色男店員たちに電光石火の如く指示を飛ばす。
 彼の推測が外れることは滅多にない。
 あたしが六楼さんに惚れたのも、あの凄腕店長があたしの好みをガッツリ把握していたからだろう……。やっぱり元ホストなんだと思う。

「――でね、六楼さんは実はルイさんに惚れてるの。ルイさんもホントは六楼さんのことが好きなんだけど、店長に弱みを握られていて――嫌々店長にアレやコレやと奉仕させられてる、ってワケ。だから、いつかきっと起こるわよ。殺傷事件。フフフフッ」
「ちょっと、そこに六楼さんを入れるの、止めてくれる?」
 あたしは南海の妄想を聞いて、更に頬を引きつらせた。
 家族やクラスメイトたちにはひた隠しにしているけれど、南海は美少年や美青年――とにかく美形男子を見ると、男の子同士の恋愛を妄想する悪癖がある。
 ネットで美青年と美少年が恋をする漫画を公開しているほどだ。
 何だか知らないけれど、春と夏と冬には大きなキャリーバッグを引いて東京ビッグサイトへ向かう……。
 美形限定殿方同士の妖しいアレコレを妄想することが、至上の幸せであるらしい。
 南海は、まあ、つまり――ヲタク。
 腐女子だ。
 ……イイ子なんだけどさ。
 漫画やアニメや小説のキャラで妄想してた南海だけど、《WALTZ》にハマッてからは三次元で妄想するという新しい技も習得したみたい。
 多分ね、そのうち絶対創るわよ。
 山梨くん×ルイさんの同人誌……。

「あとね、最近気がついたんだけど、パティシエの兜塚(かぶとづか)さんとモン様もつき合ってるわね。店が終わった後、新作発表ミーティングと称して、夜な夜な厨房でイケナイ試食会よ」
「い、いやっ……そ、そこは別に気づかなくても――」
 何ですかね、イケナイ試食会って……。
 解らん。
 あたしには、どうしてそうなるのか、ちっとも解らないわよっ!
 パティシエの兜塚さんは、滅多にホールで姿を見ることは出来ないけれど、髭が似合うダンディな男前だ。あの精悍な顔立ちから、あんなに繊細で煌びやかなスイーツが生まれるなんて――奇跡だわ。
 モン様は、聖華学園三年生。平黎文(たいら れいもん)さんのこと。
 レイモンなんて洒落た名前だけど、別にハーフでもクォーターでもないわよ。この人は、いつも涼しげな微笑を浮かべていることから《涼風の貴公子》と呼ばれている。
「沙羅は鈍すぎるのよ。わたしの推測ではね、ネムロックとトーリくんも妖しい関係に発展してるはずなのよ。二人が交わす、あの熱い視線――アレはもう高い壁を越えた証に間違いないわねっ!」
「違うんじゃない? あの二人、物凄く仲が悪いって噂だし……」
 うん。断じて違うと思う。
 視線を交わすのはどんな職業にでもあるアイコンタクトだろうし、あの二人は犬猿の仲で、ホントにガン飛ばし合ってるだけのような気がする……。
 ネムロックこと根室亮介さんは、都立工業に通うちょっと怖めの三年生。
 いや、《WALTZ》に入れるくらいだから当然カッコイイんだけど、三白眼に妙な迫力が籠もってるのよ! 接客業なのに、堂々と『俺に近寄るなオーラ』を発しているちょっと捻くれた人だ。
 制服の胸元をザックリと広げて許されるのは、この人だけ。おねーさまたちにウケがいいから店長が許してるらしい。
 で、トーリくんは、聖華学園の一年生――小沼透璃(こぬま とうり)。
 いつもニコニコ笑ってる、アイドル顔負けの童顔少年。これまた当然の如く年上のおねーさまと奥様方に超人気の店員さんだ。
 性格も接客の仕方も顔立ちも相反する二人は、何かにつけて店内でもよくぶつかり合っている。
 ああ、今、気がついたけれど《WALTZ》の店員さんって聖華の人が多いな。それだけ聖華は美形の宝庫ってコトね。
 いいなぁ。お金持ちの上に、美形がワンサカなんて。もう見飽きるくらい美少年に囲まれて、素敵学園ライフを送りた――
 ――ハッ! マズイ。
 南海に釣られて、今、何か変な妄想しようとしてたわ……! アブナイ、アブナイ。
「バカね。『俺たち仲悪いです』アピールをするのは店内だけよ。店の外に一歩足を踏み出したら、こっちが恥ずかしくなるくらい甘々のラブラブに決まってるじゃない! あんな可愛い顔して、かなりヤリ手だと思うわよ、トーリくん」
 南海が拳を握り締めて豪語する。
 また鼻血出すんじゃないかしら?
 ホントに……何をどうやったら、そんな考えに辿り着くのか、あしたにはサッパリ理解できないわ。
 聞いてるあたしの方が、物凄く恥ずかしいんですけれど、南海さん。
 美青年と美少年がいれば、そこに妄想と幻想をブレンドして薔薇色の花園を構築してしまう――それが南海だ。
 くどいようだけど……根はイイ子なのよ。

「それはスゴイな。そのストーリー展開だと、ウチの従業員の半数は貴重な体験をしていることになるね」
 突如として、落ち着いた声が響く。
 その声に聞き覚えがありすぎて、あたしの心臓をドキンッと跳ね上がった。驚きに、目の玉が飛び出しそうなほどギョッとした。
 いつの間にかトレンチに水の入ったグラスを載せた、制服姿の青年が傍に立っていた。
「そろそろオーダー取りたいんですけど、よろしいですか、お嬢様方?」
 長身でスタイル抜群のシルエット。
 フレームレスの奥で理知的に輝く黒曜石の双眸。
 少し薄目の唇には仄かな笑みが刻み込まれている。
「り、りっ、六楼さんっ!?」
 あたしは上擦った声で叫んでいた。
 それは、本来なら今日ここにはいるはずのない人――あたしの大好きな六楼諫耶さんその人だった。
 今までの会話を六楼さんに聞かれていたのかと思うと、顔から火が出るほど恥ずかしかった。
 南海の勝手な解釈だけれど、きっと――いや、間違いなくあたしも同類だと思われただろう……。
「いるなら、もっと早く声をかけて下さい」
 南美は平然としている。
 親やクラスメイトには知られたくないのに、妄想薔薇園に登場する本人にはバレても全然構わないらしい。
 凄すぎるわよ、南海!
 どーゆー神経してるの!?
 無敵だわ。
「いや、白熱してたし、面白かったから――ついつい聞き惚れてしまいました。ルイを巡る店長と俺の攻防に決着がついたら、また続きを聞かせてほしいな」
 六楼さんが悪戯っぽい眼差しで、南海とあたしに視線を配る。
 ルイさんを巡る――って、しっかり最初の方から聞いてるじゃん……。
 ……もう泣きたい。
 ってゆーか、帰りたい……かも……。
 そんなあたしのショックを知りもせずに、六楼さんはグラスをテーブルに置くと、流麗な仕種で一礼した。
「いらっしゃいませ。《WALTZ》へようこそ――」
 極上の笑顔があたしへ向けられる。
 その瞬間、あたしの胸にまた新たな恋心が芽生えた。
 もう、何度こうして六楼さんに恋をしているのか数え切れない。
 理屈抜きに、あたしは六楼さんが好きだ。
 やっぱり、意地でも帰りたくない。
 ケーキ一個で二時間粘ってやる!



     「4 レージとロータと……アレ??」


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2009.06.07 / Top↑
 六楼諫耶。
 W大学文学部二年生。
《WALTZ》の中で最も仲が良いのは、ルイさん。これは、もう南海の妄想で大体予測はついていたわよね。
 六楼さんの方が一つ年上だけど、この二人は入店時期が重なっていたらしく今でも仲良しこよしだ。その上、二人とも美形なので、南海がイケナイ妄想を炸裂させるのも頷ける……ような気がするけど、やっぱりあたしには理解できない。
 何度でも言うけれど、あたしはフツーの女子高生だ。
 腐女子じゃない。
 ………………多分。
 最近、ちょっと自信がないのは、何故なんだろ……。

「今日はお休みじゃなかったんですか?」
 あたしは六楼さんの端整な顔を見上げ、率直な質問を繰り出した。
「今日は特別。ルイが出勤になったからね。いつもの人員じゃ捌けない」
 六楼さんが眼鏡の奥が瞳を細め、軽く微笑む。
 ――うっ……いつ見ても綺麗な笑顔だわ。
「そ、そうですよねっ! 外の行列も凄かったし……」
 あたしは心臓をバクバクさせながら辛うじて言葉を返した。
 ビターチョコを想起させる癖のない髪。
 切れ長の一重の双眸。
 両端が少しつり上がり気味の薄い唇。
 シャープな顎のラインもスーッと通った鼻梁――何もかもが大好きだ。
 どうして、この人はこんなにカッコよくて、あたしの心をこうもトキメかせるんだろう?
「沙羅ちゃんと南海ちゃんは運が良かったね。今、入場制限かけたところだから。とりあえず、あと一時間はこれ以上お客様を入れない予定です」
「――ってコトは、そろそろ来るんですね、ルイさん?」
 南海がキラッと双眸に鋭い光を走らせる。
「さっき更衣室で着替えてたよ。ココだけの話――すっげぇ機嫌悪いけど」
 六楼さんが声を潜め、愉快そうに唇をつり上げる。
「裏から入ってくる時に、入り待ちファンにかなり身体を触りまくられたらしいよ」
「何処のどいつですかね? わたしのルイさんの下半身を握った野郎はっ!?」
 南海が凄惨な表情を浮かべながら立ち上がる。
「いや、《下半身》とも《握った》とも言ってないし……」
「美少年と美青年以外の野郎だったら、わたしが天誅下してきます!」
「ちょっと南海ちゃん、俺、そもそも男だって限定してないし、美形なら許すのかよ? ――まあ、いいや。とりあえず、座ろうか。遠くから店長が睨んでるので、そろそろオーダーをとって戻らせて下さいな」
 六楼さんが困ったように微笑し、南海を宥める。
 南海の視線が一瞬、階下へと飛んだ。
「フッ……やるわね、店長。腐女子バージョンのわたしと目が合っても動じないなんて、流石だわ」
 大仰に溜息をつき、南海が腰を下ろす。
 何がどうなってるのかよく解らないけれど、南海と店長の間では僅か一瞬で激しい攻防が繰り広げられたみたいだ……。
 それ以前に《腐女子バージョン》って何なのよ?
 普段学校や家で演じてるのは《清楚系美少女バージョン》ってコト??
 落差が激しすぎるわよ、南海……!
「そうね。ルイさんが来る前にオーダーしておいた方がいいかもね。わたしはアップルパイとハワイコナでお願いします」
「了解。――沙羅ちゃんは?」
「んー、あたしはストロベリー・ファームとアッサムティー!」
 いつもより甲高い声が口から飛び出す。六楼さんがあたしに視線を向けている、というだけで、あたしは物凄く緊張してしまう。
 知り合って三ヶ月――それなりに打ち解けてきたのに、あたしは未だに六楼さんの顔をまともに見るのが恥ずかしいのよ。
 ……超オクテでスミマセン。
 ちなみに《ストロベリー・ファーム》っていうのは、直径十センチくらいの純白の陶器の中にイチゴのヨーグルトムースが詰まっていて、その上に真っ赤に輝くイチゴがこれでもかってくらいたっぷり敷き詰められているスイーツよ。店内で食べる時にだけ、生クリームをデコレーションしてくれることもあり、あたしのお気に入りナンバーワンだ。
「かしこまりました。それでは、今しばらくお待ち下さいませ――」
 サラリと注文を復誦した六楼さんが踵を返そうとした時、急激に店内の空気が変化した。
「きゃあぁぁぁぁぁっっっっっ!!」
 女性たちの歓喜の叫びが耳をつんざく。
 それに混じって、
「うおぉぉぉぉぉぉっっっっっ!!」
 という男の人たちの低い唸り声のようなものが店内に轟いた。

 この異様な興奮、おかしな熱狂は――

「ルイさん!」
 南海の顔が嬉しそうにパッと輝く。
 見ると、一階フロアにトレンチを持ったルイさんの姿があった。
「あー、やべっ……。戻り損ねた」
 六楼さんが苦々しく呟く。
 ルイさんがフロアに出てきた直後は、店内は一種独特の熱気に包まれるので、客も店員も中々動きづらいのよね……。
「うわっ、店長が中二階へ行け、ってサイン出した。えーっ、マジかよ。俺、ルイと同じフロアかよ……」
 六楼さんの不満そうな独白が続く。
 多分、中二階の方がお客さんを制限しているので、ルイさんに危険が及ぶ確率が低いからだろう。うっかりしていると、ホントに狂信的なファンがルイさんに抱き着いたりするのよ……。
 M市――特に《WALTZ》じゃ、ルイさんは山梨くん顔負けの超人気者だ。
 コツコツコツ……と階段を上がってくる靴音が響き、ルイさんが姿を現す。
 ルイさんは真っ先に六楼さんとあたしたちの姿を視野に認めて、ニッコリ微笑んだ。
 物凄く美しすぎる笑顔なんですけど!
 少し長めのサラサラの黒髪。
 大きな二重の澄んだ双眸。
 透き通るように白い肌。
 完璧な弧を描く桜色の唇。
 彫りの深い顔立ちは何処か異国めいていた。
 ブルーのカラーコンタクトを使用しているので、その整った容貌はますます神秘的だ。
 とても同じ人間とは思えない。
 何て言うの――神? 女神? 妖精? 天使?
 あたしの少ない語彙じゃ表現できないけれど、とにかく超美麗な佳人だ。
 ルイさんファンじゃなくても、やっぱりその綺麗な顔には無意識に目が行ってしまう。
 流石はミスター聖華!
 女も男も瞬く間に虜にする中性的な美貌は、今日も圧倒的に美しかった。


 ルイさんこと――曽父江瑠衣(そふえ るい)。十九歳。
 聖華学園大学部一年生。
《WALTZ》の人気ナンバーワン店員。

「南海ちゃん、沙羅ちゃん、こんにちは。いらっしゃいませ」
 ルイさんがあたしたちの席までやってきて、微笑みながら挨拶する。
 ――うっ、とても男とは思えない美しさだわ……。
「お久しぶりです、ルイさん! スミマセンけど、コレにサインお願いします」
 ちゃっかりものの南海は、早速美神堂のポスターをルイさんに差し出していた。
 ルイさんはスラリとした長い指でポスターとサインペンを受け取り、嫌がる様子もなくサインする。
 ルイさんは綺麗だ。
「南海ちゃんだけ特別な。ヤローにはぜってぇサインなんてしてやらねー!」
 ルイさんは……ホントに擦れ違う人たちが目を瞠るほどの美人だ。
「くそっ、あのマッチョ集団いつか必ずブン殴ってやるっ! 人のケツ、鷲掴みにしやがって! フザけんなっつーのっ! 金寄越せや、バカヤローッ!」
 ルイさんは…………神話に出てきそうなほど端麗な人だ。
 妖精か神の化身なんだと思う。
 ………………口さえ開かなければ。
「オレ、今日、働きたくねー。中二階フラフラしてるから、あとヨロシク、イサヤ」
 ルイさんが気怠げに言い放ち、南海の手にポスターを返す。
 南海の手に戻されたソレは、山梨くんの顔にヒゲと鼻血と丸眼鏡とアホ毛が描き加えられ、『るい。』という超テキトーなサインが入っていた。
 ……山梨くんにも相当嫌な目に遭わされたのね、ルイさん。
 だから、そんなにやさぐれてるのね。可哀想……。
「何しに来たんだ、おまえ?」
「ブラブラしに。店長が何もしなくてイイから出て来い、って。きっと、オレのいない間に売上落ちて――伊緒サマにドヤされたんだろ?」
 六楼さんが迷惑そうにルイさんを見遣る。
 だけど、ルイさんは悪びれた様子もなく肩を聳やかした。
「何もしなくていーつったって、出てきただけで既に髪からケツまで触られまくりなんだけど? でも、時給一〇五〇円だし――やる気なくすに決まってんだろ」
 忌々しげに吐き捨てるルイさん。
 ホントに顔だけ見てれば、超絶美形なんだけどな……。
 ……人間、やっぱり何かしらの欠点はあるものなのね。
 ふと、南海を見ると、彼女は何かに耐えるようにフルフルと全身を震わせていた。
 あたしの予測だけど、ルイさんが髪から臀部まで触られた詳細を訊きたくてウズウズしてるのよ、この子……。
 六楼さんとルイさんはまだ何かボソボソと話している。
 と、そこへ――
「ルーイッッッッ!!」
 物凄い勢いで入口のドアが開いた。
 入場制限されているにも拘わらず、一人の少年が店内に駆け込んできたのよ。
「ルイッッ! レージが殴ったっっ!!」
 聖華学園中等部の制服を纏った少年が、脇目も振らずにルイさん目指して階段を駆け上がってくる。騒然としてる店内の様子など、少年にはどうでもいいことらしい。
「こ、これは、もしや――」
 南海が何かに気づいたように、パッと立ち上がる。
「曽父江兄弟、夢の共演!?」
 南海の目が獲物を見つけたハンターのように爛々と輝く。
 南海の期待に応えるように、
「ロータ、おまえ、《WALTZ》に逃げ込むなんて卑怯だぞ、コラッ!」
 今度は金髪の少年が飛び込んできた。
 やたらとゴールドが似合う派手な少年だ。
「ちょっと零治! 朗太! 瑠衣さんに迷惑がかかるから止めなよ!」
 更にその後ろを純和風の顔立ちをした美少年が追いかけてくる。
 何なの、コレ?
 まだ幼さの残る少年が、勢いよくルイさんに抱き着く。
 途端、ルイさんの口許が神経質に引きつった。
 抱き着いたのは、曽父江家の五男――朗太(ろうた)。中学二年生。
 ルイさんの実家はM市でも有名な不動産会社で、ルイさんは五人兄弟の三男坊。
 上二人はちょっと歳が離れているのであたしは見たことがないけれど、下二人の姿は何度か目撃したことがある。
 金髪を揺らして登場したのが四男――零治(れいじ)。聖華学園高等部二年生。
 レージとロータ――そして、もう一人着いてきた美少年は…………アレ?
 誰だっけ?
 レージとロータと……アレ??
 ……思い出せない。
 こんな美少年、一度見たら忘れるはずはないんだけど。
「有馬美人(ありま よしひと)――聖華学園高等部二年。有馬家の御曹司よ」
 あたしの困惑を察したのか、南海がサラサラと告げる。
 流石、南海!
 M市の美少年は全て網羅してるのね!
 腐女子の鑑よ!
 そうそう、思い出したわ。
 超資産家――有馬家の御曹司で、ルイさんたちの幼なじみだったはず。
「朗太、瑠衣から離れろっ!」
 レージがロータの襟首を掴み、強引にルイさんから引き剥がす。
 ルイさんのこめかみがピクッと痙攣した。
「てめーら人の職場に何しにきやがった?」
「レージが殴ったっ!」
「朗太がビジンに抱き着いて離れないからだろっ!」
「ボク、ヨッくんと結婚するんだもん!」
「出来ないから諦めろっ!」
「ルーイー、レージが子供の夢を壊すよ! 酷いよね!」
 曽父江家の四男と五男は激しい小競り合いを始める。
 ……兄弟喧嘩しにココまできたワケ、この人たち?
「くっだらねーっ! クソガキども、さっさと帰りやがれっ!」
 今やルイさんの額の青筋は最高潮に達していた。
 菩薩のように美しかった顔が、徐々に般若化してきている。
「す、すみません、瑠衣さん」
「ホントにな。頼むから、コイツら連れて今すぐ消えてくれ、ヨシヒト」
 ルイさんがギロリと有馬くんを睨めつける。
 それから彼はそれ以上の凄まじい眼力で、二人の弟を見据えた。
「てめーらいい加減にしないと、ヨッくんはオニーサマが嫁に貰うぞっ!!」
「あっ、瑠衣さん! 今の発言は、選択ミスです――」
 ルイさんが意味不明の脅しを発した直後、レージとロータの攻撃が一斉にルイさんへと転じた。
 弟たちの思わぬ反撃にルイさんの身体が弾け飛ぶ。
 アレ? 何でか、あたしの身体も浮いてるみたい。
 ――えっ?
 浮いてるのっ!?
「沙羅っ!?」
 南海の驚愕の叫び。
 えーっ、あたしも一緒に攻撃されたんですか?
 もしかして、思いっ切り余波を喰らってるんですかっ!?
「危ないっっっ!」
 六楼さんの切羽詰まった叫び。
 大好きな六楼さんが駆け寄って来てくる。
 こんな時になんだけど、必死の形相で駆けてくる六楼さんはカッコよかった。
 六楼さんがこちらへ向かって手を伸ばす。
 刹那、あたしは後頭部をまともに床に打ち付けていた。


 ……ええっ、どーしてよっ!?
 茫然と目だけで六楼さんの姿を求めると、彼はひしとルイさんを抱き留めていた。
 ルイさんの背中と細い腰には、しっかりと六楼さんの両手が回っている。
 何でよっ!?
 そこは、あたしでしょ?
 最低限のマナーとして、女の子であるあたしを助けるべきじゃないですかっ!?
 どうして、ルイさんなワケよっ!?
 あたしは後頭部にズキズキとした痛みを感じて泣きたくなった。
 いや、いっそこのま気絶してしまいたかった……。



     「5 ビッショウ様、見参!」へ続く


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2009.06.07 / Top↑

 あまりのショックに一瞬頭が真っ白になった。
 六楼さんがあたしじゃなくてルイさんを受け止めた。
 あたしは、その現実を激しく受け止めたくありませんが……。
 ……間違ってないよね?
 あたしの思考、比較的正常よね?
 六楼さんがお客様であるあたしをアッサリ見捨てて、ルイさんをガッシリ抱き締めているなんて、何かの事故よね? 夢よね、きっと……。
 恐る恐る横に視線を流すが、やっぱり愛しの六楼さんはルイさんの細腰にしっかりと片手を回している。
 ……お願い。誰か夢だと言って!

「オイ――パンツ、バッチリ見えてますけど?」
 あたしの硝子の心に追い打ちをかけたのは、曽父江家の四男坊の脳天気な声だった。
「零治、女の子に対して失礼だよ! もっと婉曲な言い方出来ないの?」
 これは有馬何某の声ね……。
「いや、でもさ、言ってやった方がいいだろ? あのままじゃ、いつまでもモロ見えだぞ?」
「そうだよ、ヨッくん。あのまま《山梨くんパンツ》を晒してるなんて、ボクだったら耐えられないよ! 死んじゃうよっ!」
 コレは、曽父江家の五男――いや、クソガキだな。
 ……死んでもいいですかね?
 何? あたし、今、そんな恥ずかしいパンツをみんなの前に晒してるワケですか?
 選りに選って、何でそんな凄すぎるパンツをはいちゃってるの、あたし……。
 死にたい……かも。
 それは、きっとパンツの前と後ろに極上スマイルを浮かべた山梨くんのアップがプリントされている、超恥ずかしい代物だ。
 山梨くんのことは嫌いじゃないけれど――断じて、あたしは山梨くんファンじゃない!
 南海からプレゼントされたから、仕方なくはいてるのよ!
 渋々南海とお揃いにしたのよっ!
 まさか、それがこんなところでモロ出しだなんて……。
「沙羅っ! 大丈夫っ!?」
 南海が慌ててあたしに片手を差し伸べる。
 一応心配してくれてるみたいだけど、パンツの山梨くんに熱い視線が注がれてるのは気のせいですかね、南海さん……?
「止めとけ。沙羅ちゃん、山梨はやめとけ。アイツは変態だ。そんなパンツ、今すぐ脱ぎ捨てろ」
 頭上からルイさんの声が降ってくる。
 あたしの頬は一気に紅潮した。
 信じられない。
 ルイさんまで何見てるんですか!?
 今すぐパンツを脱ぎ捨てろ――って、あたしを『《WALTZ》出禁』に追い込む気ですかっ!?
 いや、それより、あたしのパンツ、六楼さんにも完全に見られてるわよね……。
 死にたい――けど、起きなきゃ……。
 こんなパンツを六楼さんにガン見されてるなんて、もう一秒たりとも我慢できないわ。
「あたしは――山梨くんファンじゃありませんっ!」
 あたしは南海の手を掴むと、ありったけの気力を振り絞って起き上がった。
 派手に打った後頭部がズキズキと痛む。
 痛みを堪えてルイさんに抗議すると――彼と六楼さんはまだ抱き合った状態のままだった……。
 何やってんですかね、あなたたち。
「う、うん……ソレ、完璧に南海ちゃんの趣味だよね」
 六楼さんが微かに目を逸らし、ボソッと応える。やっぱ思いっ切り目撃されちゃったのね……。
 山梨くんのド阿呆!
 何で、こんなパンツ作るのよっ!?
 こんな恥ずかしいデザインでも南海みたいに購入しちゃう美少年ヲタがいるんだから、ちょっとは考えてよね! 
 山梨めっ! ファンレターに見せかけて、抗議の手紙を送りつけてやる!
 あたしは密やかに山梨くんに対する仄暗い殺意と憎悪を抱きつつ、みなを冷ややかな眼差しで見回した。
 レージとロータさえ下らない兄弟喧嘩を《WALTZ》に持ち込まなければ、こんな事態は勃発しなかったはずなのに……!
 あたしが曽父江家の下二人を一睨みすると、こんな時は喧嘩を忘れて結託するのか、二人はあたしの視線に気づかない振りをして何やら会話を交わしていた。
「ゴメン、沙羅ちゃん……。決して悪意があったワケじゃないんだ。いや、その……ルイに怪我させると店の売上が下がって、俺たちの給与も容赦なくカットされるから……。そんな理由でもなければ、ルイを助けたりなんかしない」
 六楼さんが焦燥混じりに言い訳を口にする。
《WALTZ》の現状を考えると、その理由は物凄く理解できる。
 ……解るけれど、やっぱりまだショックから立ち直れないわ。
「じゃ、早く放せよ、イサヤ。この体勢、結構ツライんだけど?」
 ルイさんが剣呑な口調で指摘する。
 そうよ! いい加減、離れてくれませんかね、二人とも!
「あっ、そーだよな――」
 六楼さんが素直にルイさんから身を離そうとした瞬間、
「ストップ! 全員、そのまま動くなっ!」
 鋭い叫びが店内に響いた。


「絶対に動かないでよっ!」
 再度、女性の声が空を裂く。
 あたしたちがビックリして固まっていると、「トウッ!」というかけ声とともに一人の女性が階下から飛んできた。
 アレ? 目の錯覚!? 
 今、この人、ホントに物凄い跳躍見せなかった!?
 ……いや、気のせいよね。女の子が一階から中二階まで跳べるはずないわ。
 長い髪を華麗に翻して、何者かが中二階の床に着地する。
 銀縁眼鏡をかけた美女だ。
 艶やかな長い黒髪と純和風の楚々とした雰囲気の佳人だ。
 何となく有馬くんに似ている――
「わっ! 姉さん!?」
 と思ったら、ホントに血族ですかっ!?
 有馬くんだけじゃなくレージとロータも驚いている。
「――げっ! 咲耶(さくや)、てめー何しにきたんだよっ!?」
 ルイさんが心底嫌そうに叫ぶ。
「出たわね、有馬咲耶! ルイさんファンの天敵! この世で唯一ルイさんのことを『ルイルイ』と親しげに呼ぶ幼なじみ! ルイさんファンなら誰でも一度は味わってみたい、そのポジション!」
 南海が羨望の眼差しを有馬姉に向ける。
 ああ、そうよね。有馬家の人間ならもれなく曽父江家の人間とは幼なじみになるワケよね……。
「ルイルイ、五分――いえ、十分、その体勢を維持するのよ!」
 有馬姉が眼鏡をキラッと輝かせて、片手に持っていたスケッチブックを開く。もう片方の手には何処から取り出したのか、しっかりと鉛筆が握られていた。
「馬鹿いうなよっ! おまえの妄想の糧にされてたまるかっ!」
「こんな美味しいシチュエーション、私が見逃すわけないでしょ! 美形同士の抱擁――ああ、何て美しいの!」
 有馬姉の頬が歓喜を表すように薔薇色に染まってゆく。
 ……何か、また変な人が増えたわね。
 まっ、山梨くんパンツが有耶無耶になってるから、しばらく静観しておくわ。
「美しくねーよっ! イサヤと十分もこの状態なんてジンマシンが出るだろーがっ!」
「それはコッチの台詞だ。咲耶さん、悪いけど、俺もルイと密着してるなんて耐えられない。――それ以前に俺たち勤務中なんですけど?」 
 ルイさんと六楼さんから同時に非難の声があがる。
 けれど、有馬姉は全く動じなかった。
「アラ、そんなコト言っていいの? ねえ、ルイルイ、私知ってるのよ。フフフッ、アレは高校一年のお正月、ルイルイがウチの書家の先生と離れで――」
「うわーっ! てめーっ、それは公衆の面前で言っちゃマズイだろっ! 絶対にバラすなよっ!」
 ルイさんが顔面を引きつらせて、有馬姉の言葉を遮る。
 高一の正月……何があったんですか、ルイさん?
 書家の先生って?
「フフッ……イケナイ書き初めね、きっと」
 ……ホラ、約一名、妖しい妄想に耽って、悦んでる人が出ちゃったじゃない!
「イサヤ、オレのために十分くらい耐えやがれっ!」
「えーっ、俺、別におまえが書家のセンセと何処で何しててもどーでもいいし――」
「イサヤくんっ! あなたも大人しく私に従わないと、あの秘密をバラすわよ。あなたが《WALTZ》の他にしている、もう一つのバイト――」
「うわっ! 待って下さい、咲耶さまっ! それはマズイ! 非常にマズイです! 俺、市内を歩けなくなりますからっ!」
 今度は六楼さんが顔を青ざめさせて有馬姉の声を遮断する。
 六楼さんが《WALTZ》の他にバイトをしているなんて、初耳だわ。
 それにしても、街を歩けなくなるほどの秘密のバイトって……?
 六楼さんもルイさんも何をやってるんですか、一体!?
「フフフフッ……イケナイ美少年秘密倶楽部ね、きっと」
 ……もうすぐ鼻血ね、南海。
 いや、あたしにはちっとも理解できないけれど。
 そもそも美少年秘密倶楽部って、何するトコですか……?
 完全に南海の妄想の産物でしょ?
「しょうがない。十分だけこの体勢をキープだ、ルイ。――店長! 俺とルイ、十五分中抜けにして下さい」
 六楼さんが渋々階下の店長に声をかける。
 瞬時、店長のこめかみには恐ろしいくらいの青筋が浮かび上がった。
「あっ、スミマセン、店長! こちらと姉の支払いは僕がします。あと、一万円くらいテイクアウトを見繕って下さい」
 有馬弟が苦い表情で店長に告げる。
 店長が無言で親指を立てる。あっという間に機嫌が直ったらしい。
 有馬弟も色々と苦労してるんだろうな。周りが変な人ばかりだから……。
 さり気なく、あたしたちの支払いまでしてくれるなんて、神だわ。
「店長の許可も出たし、遠慮なくスケッチさせてもらうわよ」
 有馬姉が喜々としてスケッチブックに鉛筆を走らせ始める。
 この人も南海と同類なんだということは、あたしにも即座に理解できたわよ。
 南海と同じくらい美少年と美青年に目がないのね、きっと。
 実の弟に一万円+αを支払わせて、ルイさんと六楼さんの抱擁シーンを買うなんて相当腐れていると思うわ……。
 有馬姉は物凄い速さで紙面に鉛筆を滑らせている。
 やはり同類としての好奇心が疼くのか、南海がヒョイとそのスケッチを覗き込んだ。
 直後、南海の頬がパッと桃色に染まる。
「こ、このタッチッ!? この、紙面から滲み出るような色気を放つ神の構図っ!? まっ、まさか、あなたは美祥寺腐妄子(びっしょうじ ふもこ)様ではっ!?」
 南海が驚愕の眼差しで有馬姉を見遣る。
 誰よ、ビッショウジ フモコって……?
「この、ラフスケッチだけでソレを見抜くなんて、あなたもかなりのツワモノね」
「やっぱり、そうなんですかっ!? 神だ! 神がここにいるわっ! 私、ファンなんです! まさか、《WALTZ》でビッショウ様に出逢えるなんて!」
 南海の目が輝きを増す。
 頬を紅潮させて息を弾ませる南海の興奮振りは尋常ではなかった。
 もうルイさんがいることなんてお構いなしに、腐女子モード全開ね……。
「ねえ、南海、ビッショウ様って何よ?」
 あたしは冷ややかな声音で南海に問いかけた。
 南海はつい先刻、有馬姉のことを『ルイさんファンの天敵』だと言っていた。
 なのに、憧憬に目を潤ませる南海の豹変振りが、あたしにはどうしても理解しがたかった。
「知らないの、沙羅っ!? 美祥寺腐妄子様は『紅蓮の鏡月』の二次創作サイトを運営している神業絵師様よっ! 通称『ビッショウ様』。わたしの憧れ。『紅蓮の鏡月』二次創作界における神にも等しい存在なのよっ!!」
 南海が鼻息も荒く有馬姉についての説明を述べる。
 そう言われても、やっぱりあたしには微塵も状況が把握できないのだけれど……。
「いや、だから、その『紅蓮の鏡月』って――何だっけ?」
 あたしは困惑を隠しもせずに、渋面で南海と有馬姉を交互に見遣った。
 有馬姉――ああ、もう面倒だからビッショウ様でいいわ――は、とにかく凄い存在であるらしいことは何となく解った。
 けれど、南海が激しく興味を示す『紅蓮の鏡月』というものが一体何ものなのか、申し訳ないけれど思い出すことができない。
「さざなみ文庫から出ている冬敷和魔(ふゆしき かずま)のファンタジー小説よ!」
 ……ああ、思い出した。
 何か、遙かな昔、南海に貸されたことがあるかも……。
 ファンタジーライトノベルだったような気がする。
 確か、学園にある開かずの扉をうっかり開けちゃった美少年主人公が、異世界に迷い込む話だったような気が……。
 主人公が召喚されたのは、魔王に支配された暗黒の世界。
 その暗く閉ざされた世界に突如として現れた主人公は、民の希望の光――《伝説の勇者》として崇められることになる。
 異世界の住人に持て囃された主人公は、勇者として世界を救う旅に出ることになっちゃうのよね。
 闇に包まれた世界を救うためには、魔王に封印された銀髪の王子を氷の柩から助け出し、王子と恋に堕ちなければならない。
 でも、魔王は王子に恋慕していて、王子もかつては魔王のことを憎からず想っていた過去があったりして、勇者と魔王の狭間で激しく揺れ動く。
 仲間たちと共に旅をするうちにどんどん王子に惹かれてゆく勇者。彼は、ちょっと魔王にフラついたりする王子を目の当たりにして動揺したり、切なさに胸を焦がしたり――以下略……。
 ……何よ、コレ?
 何処がファンタジーなの?
 どうして、登場人物に女の子が一人もいないの!?
 と、いうのが、『紅蓮の鏡月』を初めて読んだ時の正直な感想だった。
「フフッ、『紅蓮の鏡月』最新刊――もう読んだ?」
「待望の五巻出ましたね! もちろん読みましたわよ、ビッショウ様! 歴史の闇に葬り去れた影の王――境王がようやく姿を現しましたね! 王子、いつもの如くアッサリ拉致られたけど、やっぱりアッサリ境王に……キャーッ!」
 南海が弛緩した顔で顔を赤らめる。
 いや、あたし、もう彼女たちがどんな妄想してるのか考えたくもないんですけど……どうして、男の子同士の恋愛でそんなに興奮できるのか、あたしには不思議で不思議でしょうがない。
 それより何より――あの小説が五巻も続いているコトが驚きだわよ。
 アレ、一冊で終わりじゃなかったの?
 どうやったら五巻まで続くワケ?
 何だか、南海たちの目眩く妄想世界では、二次創作が作られるほど有名になっちゃってるみたいだけど……本当に理解できないわ。
「そういえば、沙羅、しばらく『紅蓮の鏡月』を読んでないんじゃない? 明日にでも全巻貸してあげるわね!」
「えっ? 要らないわよ。あたし、あの話、好きじゃないし――」
「ええっ、何でっ!?」
 あたしの嫌そうな声を激しく遮ったのは、あろう事か六楼さんだった。
 六楼さんに視線を転じると、彼は至極真摯な眼差しをあたしに注いでいた。
「沙羅ちゃん、もしかして『紅蓮の鏡月』を読んでないの!? アレ、結構面白いと思うんだけど!?」
「はぁ……でも、あたしにはついていけない世界なんで……」
 あたしは唖然と六楼さんを凝視した。
 どうして、そこで六楼さんが食いついてくるんですか?
 六楼さんが『紅蓮の鏡月』を読んでいるなんて意外すぎるわ。イメージじゃない。
 どうせなら、本格ミステリとか純愛モノを愛読書にしてほしかったわ……。
「そんなっ……! 嘘ですよね? 女の子でアレに食いつかないなんて、珍しいですね。繰り返し読むと、意外とハマりますよ。僕が貸しましょうか、五巻?」
 思いがけず有馬美人が話しに加わってきたので、あたしは再度仰天した。驚きに双眸を見開いた表情で、彼を振り返る。
 ――有馬弟、おまえもかっ!? 
 そんな綺麗な上に爽やかな顔で言われても、困るわよ! 違和感ありすぎなんですけど!
 何なの、この人たち?
 一体、何なの『紅蓮の鏡月』って……!?
「うわっ……沙羅ちゃんが『紅蓮の鏡月』を嫌いだなんて、何か俺、ちょっとショックだな……」
 何故だか六楼さんがガックリと項垂れる。
 ショックなのは、あたしの方だと思いますが?
 抱腹絶倒の山梨くんパンツを見られた上に、意中の人が妖しいBLファンタジー小説の愛読者なんて……。
「いや、今のは忘れよう。うん、アレを読んでいない女の子だっているに決まってる。――っと、そうだ、ルイ。おまえ、あのCMで山梨とチューしてるの?」
 何だかよく解らないけどショックを受けたらしい六楼さんは、現実から逃避するかのようにルイさんへ視線を戻し、意地悪げに口の端をつり上げた。
「さあ? 忘れた」
「ちょっと、ルイルイ動かないで! イサヤくん、もっとしっかり支えてよっ! その密着加減が大事なのよ!」
 ルイさんが首を捻った瞬間、ビッショウ様からは空気が凍えるような厳しい声が飛んでくる。
 鬼だな、あの人……。
「うわーっ、マジ、キツイんだけど?」
「俺だって、これ以上こんな至近距離でルイの顔を拝みたくない。――零治くん、ちょっと俺の眼鏡外してくれるかな? 見えなきゃ耐えられるかも」
 六楼さんが引きつった顔でルイさんと向き合いながら、レージにお願い事をする。
 レージは無言で二人の傍まで来ると、従順に六楼さんの顔から眼鏡を取り外した。
 直後、悪魔の微笑みがレージの口許に閃く。
 ドンッ、とレージの片手が六楼さんの背中を押した。
「――――!?」
 不意を衝かれてバランスを崩した六楼さんの唇が、ルイさんのソレとピッタリ合致した。
 ……ちょっと、しっかりキスしちゃってるじゃないっ!
 いやーっ! あたし、もう泣いてもいいですか、ホントにっ!
「零治、てめーっ! 家に帰ったらブチのめしてやるからなっ!」
 物凄く乱暴に六楼さんの顔を押し退け、ルイさんが眉を跳ね上げる。
「でかしたわ、零ちゃん!」
 ビッショウ様が無駄にガッツポーズする。
 曽父江家の四男坊め、余計なコトをっ! 
 敵だ。
 今から、あたしとレージは敵だ。
 もう逢うこともないかもしれないけど――それでも敵だ。
 あたしの六楼さんに何てコトしてくれるのよっ!?
「指示には従った。だから咲姉、サイトからあの恥ずかしい『氷幻灯』って漫画、外してくれよ」
「イヤよ。アレ、そこそこ人気があるの」
 レージの懇願をビッショウ様はサックリとはね除ける。
『氷幻灯』が何なのか知らないけれど、やっぱり鬼だな、この人。
 自分の要求には何が何でも応じさせるくせに、他人からの要求はまったく受け付けないなんて……。
「――『氷幻灯』って……もしかしなくても、ビッショウ様のサイトで連作短編として掲載されている幼なじみモノのシリーズのことですかっ!? ま、まさか、アレって、四男坊と弟様がモデルなんですかっ!?」
 南海がカッと目を見開き、レージと有馬弟を凝視する。
 有馬弟は状況を理解できていないみたいだけれど、レージはあからさまに不機嫌な表情になった。
 まあ、南海が瞳を輝かせて喜ぶビッショウ様作品って言ったら……やっぱり、美形同士のアレコレよね……。
 ああ、ちょっと同情するわ、レージ。
 六楼さんの唇の恨みがあるから、あくまでもちょっとだけたけど……。
「リ、リアルモデルが存在している、って噂では聞いてたけど、まさかこんな近くにいるなんてっ!? ああ、妄想すると眩暈が――」
 全てを言い終えないうちに、南海の鼻腔からは血の華が噴き出していた。
 そのまま気絶したらしく、バタンッと仰向けに床に倒れる。
「南海っっっ!?」
 南海の脳内でどんなストーリーが展開され、どんな妄想が吹き荒れたのか知らないけれど、南海をここまで追い込むとは――ビッショウ様、恐るべしっ!
 アレ? ビッショウ様に感服してる場合じゃないわよね。
 あたし、何しに《WALTZ》へ来たんだろ?

 ……帰ってもいいかな?



     「6 青春ボンゴレ」へ続く


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2009.06.07 / Top↑
 翌日、あたしは雪の降る中をまたしても《WALTZ》へと向かっていた。
 ただし、今日は一人だ。
 南海は一時間目が終わると同時に仮病を使って早退し、意気揚々と学校を後にした。今もまだ駅の反対側にある公園で気合いを入れて張り込んでいるはずだ。
 張り込んでるというか――入待ち・出待ち・ロケ待ち?
 何を――って、美形男子に決まってるじゃない、南海なんだから。
 M市にある『Mの杜公園』はドラマのロケなどで頻用されるほど、都内では珍しく雄大な緑に包まれた巨大公園だ。
 今日は、そこで超人気アイドル山梨和久くん主演の新ドラマ『ペスカトーレ・アモーレ』の撮影が行われるらしいのよ。
 山梨くん大好き南海としては、近所で行われるロケを逃すわけもなく――とても具合が悪そうには見えないルンルン顔でさっさと早退していった。
 一時間だけ授業に出るくらいなら、いっそ休めばいいのに……。
 あたしは、昨日《WALTZ》で起こった屈辱の『パンツ事件』があるから、山梨くんの顔なんて当然目にしたくもない。
 なので、『生山梨くんを観に行こうよ』という南海のお誘いも鄭重にお断りした。
 顔はね、好みなのよ。
 ちょっと生意気そうな目元や口元は、妙に挑発的で尚かつ無駄にセクシーで、思わずハッとさせられる。
 芸能界の中でもかなりカッコイイ部類に入ると思うのよ。
 でも、六楼さんの眼前に山梨パンツを晒してしまった恨みは、山梨くんの整った顔を吹き飛ばすほど強いのよっ!
 おのれ、山梨めっ!
 思い返すと、また怒りが沸々と込み上げてきて、こめかみに青筋を浮かべてしまう。
 自然と足取りも荒々しくなった。
 雪で薄化粧された歩行者天国――《WALTZ》の淡いグリーンのライトが視界に飛び込んで来た時、更に神経を逆撫でするものが耳を掠めた。

『せ~い~しゅ~ん~は~ か・が・や・く――ボンゴレ♪』

 この哀愁漂う歌い出し――山梨和久の持ち歌『青春ボンゴレ』だ。
 それが、歩行者天国のスピーカーから忌々しくも流れ出しているのよ。
 ヒット曲だから仕方がない。
 売れまくっているから頻繁に耳に入ってくるのも当然だ。
 だけど、今は山梨くんに纏わる全てが鬱陶しくて、あたしは無意識に舌打ちを鳴らしていた。
 大体、ボンゴレで青春が語れるワケがないのよ。
 ボンゴレが輝いて、どうするのよ?
 そもそも『青春ボンゴレ』って、曲としてメチャクチャだわよ。

 哀しげでメロディアスな歌い出しから、急にラテン調になるAメロ――更に急にダンサブルなものへと転調するBメロ――演歌とヴィジュアル系を融合させたような小節とファルセットが織り成す妙に迫力のある奇怪なサビ――そして、間奏の意味不明なラップ――アカペラの終幕。

 ……物凄いごった煮なんですけど?
 でも、イケメン山梨が華麗に踊って歌うと曲として成立するから不思議だわ。
 一応、伊達にスーパーアイドルをやってるワケじゃないのよね、ヤツも。
 トップアイドル山梨和久は、純粋に凄いと思う。
 素晴らしい才能の持ち主であることも認める。
 でも、今のあたしは山梨くんを手放しで褒めてあげられるほどの広い心をとてもじゃないけれど持てない。
 次のドラマ『ペスカトーレ・アモーレ』も――そのタイトルからして気に食わない。
 何よ、そのタイトルッ!?
 マグロの一本釣りに生命を懸ける美青年と超強気で我が儘な人魚とミステリアスな海女さんと呪われたロン毛サーファーのスクウェア恋物語なんて、一体誰が観るのよ?
 ――アレ? 海の物語なのに、何で『Mの杜公園』でロケなんてしてるのよ……?
 ……よく解んないわ。
 イタリア気取りたいなら地中海でロケしてくればいいのに。
 しかも、主題歌は山梨くんが歌う『ジョウネツーナ』だって……。
『情熱』とマグロの英名『ツナ』をミックスしているらしいわよ。
 曲名を聞いた瞬間、あたしは一人だけでこっそり不買運動をすることに決めたわ。
 でも、まあ、あたしが買わなくても南海が二十枚くらい余裕でCDゲットしちゃうんだけどね……。

 九割方八つ当たりの山梨くんに対する憤懣を胸中でつらつらと連ねているうちに、いつの間にか《WALTZ》へ辿り着いていた。
 近くにあるスピーカーから『ボンゴーレ』という、山梨くんの無駄にセクシーな低音ボイスが聞こえてくる。
『青春ボンゴレ』のフィニッシュを飾る超絶エロスな声なんだけど、選りに選ってボンゴレって囁かれてもね……。
 萌えるどころか萎えるわよ。
 ああ、最近、あたしまで南海化してきたような気がするわ……。
 ――ん? 待てよ、フィニッシュ?
 うわっ、あたし、丸々一曲分、山梨くんに対する不満を綴っちゃったじゃない!
 山梨くんを脳裏に思い浮かべる時間があったら、六楼さんの理知的な美形を反芻していた方がよっぽど心の栄養になったのに……。
「あたし、もう二度とボンゴレは食べないわ」
 ひっそりと呟き、あたしは《WALTZ》の扉を開いた。



     「7.六楼さんとあたし」へ続く


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2009.06.07 / Top↑

「いらっしゃい、沙羅ちゃん」
 一階窓際の席に通された直後、ラッキーなことに六楼さんがお水を運んできてくれた。
 あたしに向けられる笑顔はとっても綺麗で、一目見ただけであたしの心臓はバクバクと大きく鼓動し始めてしまう。
 見慣れているはずなのに、毎度新鮮なときめきを感じさせられるから不思議だ。
 眼鏡の奥の瞳は優しい光を湛えていて、ちょっとだけ勘違いもしてしまう。
 もしかして、六楼さんもあたしのことを少しは気に懸けてくれているのかな、って……。
 希望的推察、ご都合主義の思い込みだって解っている。
 もちろん、六楼さんはフツーに接客しているだけで、そんな気は更々ないと思う。
 でも――微かな夢くらい見たっていいじゃない。
 あたしは南海と違って、片想い街道まっしぐらの純情な乙女なのよ!
「昨日は色々と大変だったね」
 六楼さんの低めの声が耳をくすぐる。
 何度聴いても、胸に柔らかに響く素敵な声だわ。
「お互い様です。六楼さんも、あれから――ルイさんを宥めるのが大変だったんじゃないですか?」
 実弟のせいで六楼さんとキスする羽目に陥ったルイさんは、物凄く怒っていた。
 怒り狂っていたと表現しても過言ではない。
 中二階のテーブルを全部一階に蹴り落としそうな剣幕で弟であるレージを詰っていた。
 レージが悪いというか――諸悪の根源はどう考えてもビッショウ様のような気がするんだけれど……。
 とにかくルイさんは怒り心頭。
 あの恐ろしいまでに整った顔で放送禁止用語を連発しまくるんだから、聞いている方がビックリするわよ。
 ルイさんマニアの南海に言わせると『その美麗な顔と唇から紡ぎ出される罵詈雑言とのギャップがたまらなく萌心を刺激する』のだそうで……。
「ああ、まあ……ルイの癇癪はいつものことだから。マンションに帰すとまた兄弟喧嘩が勃発しそうだし、とりあえず昨日は俺の家に泊めたけど。あそこの兄弟はアレで意外と仲がいいし――ルイなんて目が覚めたら、昨日のことなんてすっかり頭から抜け落ちたみたいだよ」
 六楼さんが苦笑を湛える。
 これまで何度も曽父江兄弟の仲裁に入っているんだろうな、きっと。
 面倒見がいい――というか、結局のところ六楼さんは文句を言いながらも本心ではルイさんのことが大好きで、ついつい甘やかしてしまうんだと思う。
 ……あっ、違うわよ。普通に友人として『大好き』って意味よ。
 昨日、南海が妖しい妄想を披露するから、一瞬ちょっとだけソッチに頭がいきかけちゃったじゃない!
 けど、念のために……そう、念のために確認しておこうかな?
 女のあたしから見ても、ルイさんは目を瞠るほどの美形なので、やっぱり少しは気に懸かる。
「昨日、ルイさんを泊めたって――もしかして、一緒のベッドですか?」
「え、何で?」
 六楼さんが不思議そうに目をしばたたかせる。
 束の間の沈黙――その後、六楼さんの顔にはまたしても苦々しい笑みが広がった。あたしの質問の意図を察したんだろう。
「あのさ、沙羅ちゃん――俺、基本的に可愛い女の子が大好きなんですけど? 確かにボーイズラブメインの『紅蓮の鏡月』なんて読んでるけど、同性にトキメいたことは一度もないからね。南海ちゃんの期待を裏切って申し訳ないけど――ルイは単なる悪友だよ」
「そっ、そそそうですよねっ! いえっ、南海が変な作り話するから、もしかしたらもしかして万が一って――」
 あたしは慌てふためいて言葉を連ねた。
 頭の中でほんのちょっとだけイケナイ妄想をしちゃったわ。しかも、ソレが六楼さん本人バレバレだってコトが物凄く恥ずかしくて、急激に頬に血が上ってくる。
 そんなあたしを見下ろして、六楼さんは楽しげに笑った。
「いや、南海ちゃんの妄想癖は、一種の才能だよね。――で、その南海ちゃんは、今日はどうしたの? 昨日、派手に鼻血噴き出してたけど大丈夫なのかな?」
「南海は元々血の気の多い子だし、スタミナも抜群なので平気です。今日もピンピンしながら山梨くんの追っかけに行きましたよ。その後は、早速意気投合したビッショウ様の屋敷にお呼ばれしてるみたいです」
「あの二人がタッグを組むと……無敵な気がするね。まっ、被害に遭うのはルイだから別にいいけれど」
 六楼さんの瞳に悪戯っぽい光が宿る。
 ルイさんが南海とビッショウ様の薔薇色妄想の餌食になるのは、全く構わないらしい。男の人の友情って摩訶不思議だわ。
「超絶美形に生まれつくも困りものですね。でも、ルイさんは自分が綺麗だということをしっかり認識した上で、楽しんでますよね、アレ……。傍目から見ても、ルイさんってソッチ方面に誤解されたり、妄想されたりするのに慣れてる気がします」
「あんなナリだから、小学校高学年あたりから色々と大変だったみたいだよ……。女の子には間違えられるし、男だと解っていても猛アタックかけられるし……。あれは相当嫌な目に遭ったんだと思うよ。おかげですっかり性根と口のひん曲がった男に成長しちゃったけど」
 六楼さんが軽く肩を聳やかす。
 ああ、そんな仕種まで洗練されているように見えるわ。恋って凄い!
 ――って、あたし、憧れの六楼さんと二人きりで会話してるのに、何で内容が南海とかビッショウ様とかルイさんの話題ばかりなのよ?
 いや、それしか共通点がないから必然的にそうなっちゃうんだけれど……。
 折角、珍しく長く会話する時間があるのに勿体ない。
 ……アレ? ホントに他の席に行く気配ないわね、六楼さん?
「今日は……こんなにスロー接客でいいんですか?」
 あたしが怖ず怖ずと訊ねると、六楼さんは優雅に首を縦に振った。
「昨日のルイ・フィーバーの反動で今日は比較的空いてるからね」
 六楼さんが軽く店内に視線を巡らせる。
 釣られて周囲を見回すと、六楼さんの言うとおり店内は昨日の混雑が嘘のように静謐さを保っていた。
 席は八割方埋まっているけど、スタッフのみんなも今日はのんびり構えているみたい。
 あの繁盛ぶりの方が異常だったのよね、やっぱり。
 恐るべし、ルイさん効果!
「あ、でも、今、背中に店長の鋭い視線を感じたから、そろそろオーダー取って戻らないといけないかも……」
 六楼さんが背後を見もせずに小さくボヤく。
 見ると、確かにカウンターの向こう側から未だに名前が思い出させない店長の何某さんが鋭利な眼差しを六楼さんの背に突き刺していた。
 ……アイコンタクトもバッチリなのね、《WALTZ》って。
「今日は何にしますか、沙羅ちゃん」
「ボンゴレ以外のもの」
 六楼さんに問われて、あたしは思わずそう即答していた。もちろん、さっきまで『青春ボンゴレ』に脳みそを侵されていたせいよ。
「――はい?」
「ボンゴレ以外のモノでお願いします」
「いや、ウチ、ケーキ屋だから最初からボンゴレなんてないけど……。まあ、いいや。ちょっと待ってて。適当に見繕ってくるから」
 六楼さんが呆気にとられた表情であたしを見下ろし、困ったような笑みを口の端に刻む。
 そうかと思うと、彼は急に身を翻して奥にある厨房へと姿を消した。


 次に六楼さんが戻ってきた時、片手に掲げたトレンチの上にはケーキと紅茶が乗せられていた。
 目の前にキラキラと輝く銀色のケーキが差し出される。
「うわっ! な、何ですか、この光輝くスイーツは!?」
 素直な驚嘆が喉の奥から迸る。
 金色の飾り皿に載っているのは、シルバーの円柱型ケーキ。
 天辺にはホワイトチョコで造られた飾りと、銀粉を散りばめた螺旋状スティックのチョコが突き刺さっている。
「兜塚さんの試作品。連日の雪に触発されたらしいよ。仮タイトルがスノーソウルとかシルバーソウルとか言ってたけど――」
「い、いいんですか、貴重な試作品を食べちゃって?」
「いいんじゃない。後でアンケートだけ書いてね。兜塚さんが泣いて喜ぶから」
「書きます、書きますっ! 何なら十枚でも二十枚でも! わーっ、スゴイな。まさか兜塚さんの新作が食べられるなんて!」
 あたしはゴンンと喉を鳴らして銀色のケーキを見つめた。
 ケーキ全体を覆う、この白くてキラキラ光ってるものは何だろう? 
「コレは……どう見てもアラザンじゃないですね? 何かホントに雪の結晶みたいなんですけど……」
「ああ、ソレ――塩だって」
「ええっ? コレ、塩がメインのケーキなんですかっ!?」
「兜塚さん、《SHIO店》と塩をかけ合わせたかったみたいだよ。塩の種類は企業秘密だけどね。中身は――下からチョコクリスピー、フィヤンティーヌ、チョコレートムース、紫フランボワーズ、チョコクリーム、ブルーベリー、チョコムース。断面のフランボワーズとブルーベリーの濃い紫色が物凄く綺麗だよ。兜塚さん曰く『宇宙』を表現しているらしいけど」
「な、何か壮大なスイーツですね。雪が宇宙を内包してる、って……」
 六楼さんの説明で、そのケーキの美味しさや鮮やかさは伝わってきたけど――天才パティシエ兜塚氏の脳内には不思議がいっぱい詰まってるに違いないわ。
「芸術家の考えることは凡人には理解できないけど――でも、それで美味しいスイーツが出来上がるんだから凄いよね」
 六楼さんが柔和な笑みを湛えながら、テーブルの上に紅茶をセットする。
 ああ、きっと六楼さんは《WALTZ》のスイーツが本当に大好きなんだな。
 だから、時給一〇五〇円でもルイさんみたいな悪友につきまとわれても《WALTZ》で働き続けているんだろう。
「本日の紅茶は、《WALTZ》特製ブレンドのウィンターティーです。ブラックティーにシトラスピール、ハイビスカス、アーモンドチップ、オレンジの皮とクルミのブレンドだよ」
 滑らかな口調であたしに説明してくれながら、六楼さんは慣れた手つきで紅茶をポットからカップへと注ぐ。
 茶器を扱うその指が長くて細くて綺麗で、あたしはすっかり見惚れてしまっていた。
 マジシャンみたいに流麗な動作で紅茶を淹れる彼の姿に思わず溜息が零れてしまう。
 あたしはやっぱり六楼さんのことが大好きなんだ、と再認識した。
「ハイ、どうぞ。ごゆっくり――って、言いたいところだけど、この後ヒマ?」
 ティーカップの位置を微調整しながら、六楼さんが小声で訊ねてくる。
「ん? えっ? ヒ、ヒマ――超ヒマですけどっ!?」
 一瞬何を言われてるのか解らなかったけど、ソレッて間違いなくあたしにこの後の予定を訊いてるのよねっ!?
 今日は――というか今日も寿司屋のバイトは休みだから、六楼さんにならいくらでもつき合えますけど!?
「そう、よかった。俺、今日はあと三十分くらいで上がりなんだけど――沙羅ちゃんさえよければ、一緒に食事しませんか?」
 六楼さんの微笑みがあたしに向けられる。
 う、嘘でしょ?
 あたし、今、幻聴じゃなくて、ちゃんと食事に誘われたわよねっ!?
 何、この急展開っ?
 いいの? ホントにあたし、何処までもついて行きますけどっ!
「は、はいっ――って、いいんですか?」
「沙羅ちゃんには昨日、散々迷惑かけたからね。抱き留めてあげられなかったことも物凄く後悔してるし、『紅蓮の鏡月』のことやもう一つの秘密のバイトのこととか――もしかして色々気にしてるんじゃないかと思って。俺も何だか後味が悪いし……」
 六楼さんの顔に微苦笑が具現される。
 そういえば、ビッショウ様がもう一つのバイトがうんたらかんたらで、バレたら街を歩けなくなる、とか言ってたわね。
 ……確かに気に懸かるわ。
『紅蓮の鏡月』については、むしろこれ以上何も聞きたくない気がするけれど……。
 いいの、六楼さんが何を愛読していても、あたしは彼についていくから。
 だから、あの腐れた妄想満載小説の話はもう止めにして下さい。
 こんなに四方八方から薦められたら、あたしまでアッチの世界にいっちゃいそうで怖いのよっ!
 抱き留めてあげられなかったことを物凄く後悔――この台詞だけで、あたしの心臓はまたしても見事に撃ち抜かれました。
 それは、ホントはルイさんじゃなくてあたしを受け止めたかった、ってコトよね?
 もう、それだけ判明すれば充分です。
 かなり幸せです。
「じゃあ、三十分後に裏で待ってて――」
 ニッコリ微笑みながら六楼さんが踵を返す。
 ……凄い。六楼さんとゴハンを食べることになっちゃった。
 こ、これって、もしかして――デート? 
 世間一般的には、デートよね?
 あたし、勝手にそう思い込んじゃうからね。
 高鳴る鼓動と騒ぎ出した血を抑えるために、あたしは兜塚氏の銀色な試作品にフォークを突き刺した。
 中の紫の美しさにうっとりしながら一口頬張る。
 ――美味い。
 何、この塩とベリーとチョコの絶妙なハーモニー!
 デートする前から鼻血が出そうなんですけど。



     「8.もしかして……山梨くん!?」へ続く


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2009.06.07 / Top↑
 

 きっかり三十分後に六楼さん裏口から姿を現した。
 黒のロングコートが長身によく映えている。
 ああ、制服姿もカッコイイけど、このアサシンみたいな黒ずくめの出で立ちもかなり素敵だわ。
「お待たせ。えーっと、じゃ、近くのイタリアン――って、ボンゴレに纏わる全てを見たくも聞きたくもないんだよね、きっと」
 白い息を吐き出しながら六楼さんが苦笑を湛える。
 まったくその通りだったので、あたしはコクコクと頷いた。
 流石、六楼さん。あたしが昨日の『パンツ事件』で山梨くんに恨みを抱いていることを素早く察してくれたのね。
「それじゃあ、駅前の中華にしようか?」
 そう確認されて、あたしはまたしても無言で頷いた。
 だ、だって緊張してるのよ!
 寒い上に緊張しまくりなんだから、口が思うように動いてくれないのよ。
「よし、移動しよう」
 さり気なく差し出される片手。
 あたしは嬉しさを通り越して、驚愕のあまりに固まってしまった。
 レザーの手袋をはめた掌があたしを――誘っている。
 こ、これは、もしや夢にまで見た『好きな人と手を繋ぐ』チャンスの訪れですか?
 繋いじゃっても、いいんですかっ!?
「そ、それは……そのっ、あたしはその手を取ってもいいんですか!?」
 ようやく口に出来た言葉は恥ずかしいくらいに震えていて、あたしの頬はまたカッと熱くなってしまった。
「もう暗いし、また雪が降ってきたから滑ると危ないよ。――どうぞ」
 六楼さんの顔に大人びた笑みが広がる。
 悔しいけれど――カッコイイ。
 ほんの数歳しか違わないのに、この余裕は何なんだろ?
 大学生って、こんなに大人だっけ?
「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて――」
 あたしが恐る恐る六楼さんの指先に触れると、彼は慣れた様子であたしの手を握りかえし、大通りへと向かって歩き始めた。
 わっ、うわっ、うわーっ! ホ、ホントに手を繋いじゃったよ!
 コレ、他の六楼さんフリークに見つかったら、あたし――ボコられるんじゃない?
 ルイさんはもう雲の上の人状態で別格だけど、六楼さんだって人気度の高い店員さんなのよ。
 誰かに発見された時のことを考えると怖い気もするけど――でも、今、あたしは物凄く幸せだ。
 至上の歓びを感じてる。
 決めた。後々の心配より、あたしは今を優先するわ!
 この幸せを心ゆくまでしっかりと噛み締めてやるのよっ!
 あたしは意を決して六楼さんの手をしっかりと握り締めた。
 ……意を決して手を繋ぐあたしって――小さいな。
 でも、幸せだから卑小でも何でもいいわ、もう。
 

 あたしは六楼さんに手を引かれながら歩行者天国を歩き、ひたすら駅へと向かって進み続けた。
 その間、もちろん会話は交わしてるんだけど、浮かれすぎて自分が何を喋ったのか殆ど覚えてない。
 ただ、時折見せる六楼さんの飾らない笑顔が嬉しくて、その横顔をずっと見上げていた。
 接客モードとは異なる自然体の六楼さんを見られるなんて、滅多にあることじゃないから、しっかり目に焼きつけておきたかった。
 ああ、そうか。もしかしたら、もう二度と巡ってこないチャンスかもしれないのか。
 だったら、ちゃんと言っておかないとね。
 あたしが六楼さんのことを物凄く好きだってこと。
「六楼さん――」
 あたしは繋いだ手を強く引き、六楼さんの足を止めさせた。
 彼が不思議そうに振り返る。
 あたしは深呼吸すると、しっかりと六楼さんの顔を見上げた。
 真摯な眼差しで彼を見つめる。
「二月十日、あたしと一緒に《ラブ・パラダイス》を――」
 決死の想いでそこまで告げた時、
「キャッ、山梨くんだっ!」
「えっ、何っ!? 何なの? 山梨くんの熱愛報道っ!?」
 女の子たちの黄色い歓声――というか悲鳴が響き渡った。


「いやーっっっ! わたしの山梨がっ……誰に誑かされたのよ、山梨っっ!?」
「ナッシーが熱愛って、相手はどこのどいつとなのっ!?」
 一瞬にして街が騒然とする。
 驚いて声の発生源を見遣ると、近くの巨大モニターに山梨くんの姿が映し出されていた。
 ニュース画面には『山梨、恋人発覚!』という文字がバンッと描かれている。
 サングラスをかけた山梨くんが、数多のレポーターに囲まれていた。
 周囲は見た感じ空港――海外帰りのところを捕まったらしい。
『山梨さん、山梨さんっ! 美神堂CM《口紅編》』の噂の美女と交際しているって本当ですかっ!?』
 女性レポーターがそんな質問を放った瞬間、あたしと六楼さんは同時に「げっ!」という奇怪な叫びをあげていた。
 だって、美神堂の口紅編のモデルって――ルイさんじゃない!
 そ、そうか、世間一般的には、あの人は神秘的な謎の美女になってるのよね。
『今日これから新しいドラマの撮影があるので、失礼します』
 不機嫌な声で応える山梨くん。
 ドラマの撮影ってことは、今朝の映像なのね、コレ……。
『彼女との交際説が、真実かどうかだけでも教えて下さい!』
『そもそも、あの謎の美女の正体は誰なんですか、山梨さんっ!?』
 山梨くんを取り囲むレポーターたち。
 画面の中で山梨くんの秀麗な頬がピクリと引き攣れた。
『うっせーなっ。オレの片想いだよ!』
 数多の女子たちを虜にしてきた魅惑のセクシーボイスが鼓膜を震わせる。
 いつもなら思わず陶然としてしまう美声なのに、今ばかりは画面を見上げている誰もがポカンと口を開け、呆気にとられていた。
 あたしも腋の下に冷たい汗を感じながら、引きつった顔で画面を見つめている。
 オイオイ、超人気アイドルが『うっせーなっ』って言っちゃったよ。
『青春ボンゴレ』のイメージ完全崩壊ですけれど……。
 それ以前に、あんた――片想いってっ!?
 少なくとも山梨くんはルイさんが男であることを知っている。
 セミヌードでCM撮りをしてるんだから、確かに知っていなきゃおかしい。
 その上での発言なの?
 正々堂々とカミングアウトですか?
 つまり山梨くんの中では、ルイさんの性別が男だということよりも彼に対する愛情の方が遙かに勝っている……ということになる。
『山梨さんは彼女が好き――で、彼女は山梨さんのことをどう想ってるんですか?』
『知るかよ。オレは好きで好きで夜も眠れないけど、アイツはどうかな?』
 やけくそ気味に山梨くんが吐き捨てる。
『共演して以来、忘れられないんだ。オレは――おまえが好きだ』
 不意に、山梨くんがカメラに向かって切々と訴える。
 マネージャーが止めるヒマもないくらいの見事なぶっちゃけぶりだった。
 いやぁっっっっ!
 山梨――あんた馬鹿でしょ!?
 公共の電波使って何してるのよっ!?
 それ、ルイさんへの告白ですかっっ!?
 自分がスーパーアイドルだって、すっかり失念してるわね、山梨よっ!
「コレ……『ペスカトーレ・アモーレ』の視聴率アップを狙った新手の売名行為じゃないわよね?」
 あたしは妙に嗄れた声で六楼さんに訊ねた。
「つーか、気のせいだと思いたいけど、これはもしや――ルイへの愛の告白なのか?」
 あたしと六楼さんは自然と顔を見合わせていた。
 六楼さんの顔は青ざめている。つと、冷や汗が頬を伝った。
「俺、今、テレビ画面を正拳突きしているルイの姿が脳裏に浮かんだ」
「あたしもルイさんが立ち並ぶ観葉植物に回し蹴りを放ってる姿が――」
「あいつ、まだ俺の部屋にいるんですけど……。テレビ、五〇インチの3Dに買い換えたばかりなんだけど――」
「観葉植物は流石にない……ですよね?」
「いや……リビングに五つくらい背の高いのが飾ってある。何か、物凄く家に帰るのが怖いんだけど、俺――」
「…………」
「…………」


 あたしと六楼さんが奇妙な沈黙に包まれている間も、巨大画面では山梨くんが質問責めにあっていた。
 空港内を足早に進む山梨くんの両サイドからマスコミたちが必死に追い縋ってくる。
『謎のCM美女とは別件で――女子中高生に人気のファンタジー小説『紅蓮の鏡月』が、来夏、山梨さん主演で実写映画化されると聞きましたけど――』
「えっ?」
「ええっ!?」
 あたしと六楼さんの沈黙がパッと解ける。
 アレ、実写化なんて絶対にムリでしょ!?
 だって、美形男子同士のアレコレよ!
 実写化以前にアニメ版でもムリに決まってるじゃない!
『ああ、主役じゃなくて魔王役でオファーが来てたような気がするけど……。王子役が美神堂で共演したアイツになるなら、受けてもいいかなって――』
 いや、受けたらダメだろう、山梨よ。
 魔王って、確か登場キャラの中でイチバン露出シーンが多いわよ!
 おまけに物凄く公私混同してませんか?
 ……それだけルイさんのことが好きで、何が何でも逢いたいってことなんだろうけど、何か素直に応援できないな。
 心底応援してるのは、南海とビッショウ様くらいね。
 今頃、二人で『えー、山梨くんは魔王より主人公だよ!』とか『銀髪のルイルイが氷漬け――って、素敵。映画よりも先にリアルスケッチしとかなきゃ!』とか鼻血出しながら妄想しまくってるわよ、きっと……。
「映画化? マジで? ――って、俺、何も聞いてないけど……?」
 ふと、六楼さんが呆けたように呟く。
 そうか、ファンの間でも全く噂に上らないほど『紅蓮の鏡月』映画化は極秘裏に進められていたのね。
 六楼さんの胸中では、情報をキャッチできなかった悔しさと映画化される悦びが綯い交ぜになって、複雑な心境を生み出しているんだわ。
 六楼さんの唇から盛大な溜息が洩れる。
 彼は、気を取り直すようにあたしの手を握り直すと、何かを払拭するように微笑んだ。
「中華、食べに行こうか、沙羅ちゃん」
「そうですね。何かどっと疲れたから、お腹空きましたね」
 実際、山梨くんの言動に対するリアクションで無駄なエネルギーを消費しすぎた気がするわ……。
 こってり中華をお腹いっぱい食べて、今のは夢だったんだと思いたい。
 きっと六楼さんもあたしと同じ心境なんだと思う。
 あたしと六楼さんは巨体モニター前に出来た人混みを避け、裏通りへと足を進めた。
 ――あっ! あたし、六楼さんに告白しそびれちゃったじゃない!
 六楼さんもさっきの騒動で、あたしが何か言いかけたことなんてすっかり忘れているに決まってるわ。
 おのれ、山梨め! 
 またしてもあたしの邪魔をしやがって!
 あたしが胸の中で山梨くんに対する怒りを燃え上がらせた時、静かな裏通りに一つの人影が現れた。


「六楼諫耶――」
 あたしと六楼さんの行く手を阻むように、その人物は正面に立ちはだかった。
 その声には聞き覚えがあった。
 街中に溢れているし、つい今し方聞いてきたばかり――
「う、嘘でしょ……?」
 あたしはあまりの衝撃に驚倒した。
 張り裂けんばかりに見開いた双眸で、眼前の人物を凝視する。
 キャップを目深に被り、サングラスで顔を隠してはいるけれど、端整な輪郭や綺麗な口許は隠しきれない。
「あんたが六楼諫耶?」
 男の唇が美声を紡ぐ。
 何よりも無駄にセクシーなその声は、彼の最大の武器。
 ――も、もしかして……もしかしなくても山梨くんですかっ!?
 口に出すまでもない質問なので、グッと堪える。
 あまりにも有り得ない急展開なので、あたしはもちろん六楼さんも度肝を抜かれていた。
 スーパーアイドルがM市に降臨――しかも、自分の目の前にいるなんて俄には信じられない。
 けれども、いくら目を凝らしても目の前の人物は山梨和久その人にしか見えなかった。
 夢か幻かと思って何度か瞬きを繰り返してみたけれど――彼の姿は依然としてあたしたちの前から消えることはなかった。
 ――ホ、ホンモノだ……!
 そういえば、今日は『ペスカトーレ・アモーレ』のロケがM市で行われていた。
 ここに山梨くんがいても何ら不思議はない。
 っていうか、この人、超人気アイドルのくせに、ルイさんを追いかけてM市までやって来たの!?
 そのうち《WALTZ》の常連にでもなるつもりですか?
 ああ、でも《WALTZ》に来るのは止めた方がいいわよ、山梨くん。
 店内に足を踏み入れたら最後――ルイさんの熱烈な親衛隊の面々に半殺しにされると思うから……。
「そうですけど――俺に何か用ですか、山梨さん?」
 六楼さんが鋭利な視線を山梨くんへ向ける。
 ルイさんに室内を荒らされていることを想起して、怒りの矛先が山梨くんへと向いたのかもしれない。
「別に。ただ顔を見てみたかっただけだ。ルイの惚れた男がどんなものなのか」
 山梨くんがサングラスの奥から負けじと睨み返してくる。
 刹那、あたしと六楼さんは絶句してしまった。
 ルイさんが六楼さんに惚れてる!?
 いつの間にそんな関係に発展したのっ?
 六楼さんと山梨くんが恋のライバルってことですか?
 何がどうなったら、そうなるワケ?
 あたしは急激に焦りを感じて六楼さんにチラと視線を馳せた。
 六楼さんの顔にも軽い驚きが具現されている。
 察するに、六楼さんもこの話は初耳であるらしい。
 つまり『ルイさんが六楼さんに惚れている』という話は事実無根の嘘なのだ。
 きっと、ルイさんが山梨くんの猛アタックを躱すために、テキトーに口から出任せを言ったんだわ。
 それにしても、ルイさん――他にもっと適切なはぐらかし方があるだろうに、どうして選りに選って六楼さんをチョイスしたのかしら……?
 山梨くんもルイさんの言葉を頭から信じちゃうなんて、おかしいわよ。
 恋は盲目――って言うけれど、山梨くんのルイさんに対する恋情は明らかに度が過ぎてるわね。
 ルイさんも山梨くんも――本気で馬鹿なんじゃないの!? 
 もう、二人がうっかり両想いになったりしてつき合おうが、妖しい映画に一緒に出演しようが全然気にしないわよ、あたし。
 この際、思い切ってルイさんを押し倒してもいいわよ、山梨!
 だから、あたしの六楼さんだけは穢れた恋愛模様に引っ張り込まないで下さい!
 あたしは怒りと呆れにこめかみを引きつらせ、山梨くんをキッと睨めつけた。
 六楼さんのことはあたしが護る!
 闘志を燃やし、山梨くんを追い払おうと一歩踏み出す。
 と、その時、更に六楼さんがあたしの腕を引っ張り、前に出た。
「ルイは、山梨さんには全く興味がないようだけど?」
 真っ向から山梨くんを見据え、六楼さんが挑戦的な言葉を放つ。
 ちょっ、ちょっと、どうしてその喧嘩を買うんですか、六楼さん?
 一体、山梨くんの何がそんなにメラメラさせたの!?
 思わぬ六楼さんの過剰反応に、あたしは戸惑ってしまった。
「今は興味がなくても、いずれルイはオレのモノになる。何故なら、オレは二月十日に《ラブ・パラダイス》をゲットして、ルイと両想いになるからだ」
 山梨くんが非常に真摯な声音で激白する。
 いや、スーパーアイドルに《ラブ・パラダイス》を真剣に語られてもね……。
 山梨くんは、乙女の間に広がる伝説をすっかり真に受けている。《ラブ・パラダイス》に縋ってでもルイさんへの想いを成就させたい切実な気持ちの顕れなのかもしれない。
 でも、いくら《ラブ・パラダイス》が欲しくても――《WALTZ》スタッフと親衛隊の面々が、あの手この手で必ずや山梨くんを阻止すると思うわよ。
 そもそも六楼さんは《WALTZ》の店員なんだってば、山梨くん!
 その彼に《ラフ・パラダイス》ゲット作戦をバラして、どうするのよ?
 六楼さんがカウンターにいたら、仮に在庫があったとしても絶対に売ってもらえないわよ……。
 山梨くんの措かれた状況を再確認すると、ほんの少しだけ彼が可哀想に思えてきた。
 発想があたしと全く同じなだけに、これ以上の馬鹿扱いもできない。
「ルイも《ラブ・パラダイス》も――魔王の座も、山梨さんには渡さない」
 六楼さんの凄味のある声が響く。
 こんなに攻撃的な六楼さんの声を聞くのは初めてで、あたしはちょっとドキッとしてしまった。
 ん? ……アレ? 今、台詞回しが若干変じゃなかった?
 そもそも六楼さんが山梨くんに宣戦布告を叩き付けること自体が間違ってるんだけれど、それ以上に発言内容に引っかかりを覚えて、あたしは目を眇めて六楼さんを見つめた。
 六楼さんは静かな怒りを湛えた眼差しで山梨くんを睨めつけている。
「魔王の座は渡さない」
 何故だか六楼さんが念を押すように繰り返す。
 魔王の座――ああ、そこなの?
 そこなのね、六楼さんがどうしても許せないのはっ!?
 友人であるルイさんが同性――しかも、超アイドルに熱烈なアプローチを受けていることよりも、魔王の配役の方が気に食わないのね……。
 本当に、どれだけ『紅蓮の鏡月』を愛してるんですか、六楼さん?

 六楼さんと山梨くんの間で見えない火花が散る。
 緊迫した空気をぶち壊すかのように、あたしのお腹が派手な空腹音を響かせた。
 一斉に突き刺さる色男二人の視線――
  
 この後、何故だかあたしと六楼さんと山梨くんは三人で中華を食べに行くことになった。
 これまた奇妙なことに山梨くんの奢りで、店の奥にある豪華個室で豪勢な中華のフルコースを堪能させていただいた。
 悔しいことに、それなりに楽しかったし、料理は抜群に美味しかった。
 でも――

 邪魔なのよ、山梨!

 目まぐるしい展開の連続で物凄く疲れたから、中華屋における『紅蓮の鏡月』考察とルイさん自慢は、割愛――

 

     「9 美少年秘密倶楽部」へ続く


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2009.06.07 / Top↑
 

 山梨ショックが稲妻のように全国を駆け抜けた数日後――
 あたしと南海は、歩行者天国に面したファストフード店でシェイクを啜っていた。
 ――何故かって?
 あたしたちの愛すべき《WALTZ》が終日入場制限されているからよ!
 スーパーアイドル・山梨和久に纏わる激しく誤った熱愛報道は、女子たちの心を激震をさせた。
 これまで山梨くんの恋愛事情は幾度かマスコミのネタにされているけれど、今回は相手が《謎の美女》というこもあってか、かつてないほどの大騒ぎ振りだった。
 世の乙女や奥様方は悲嘆に暮れるどころか憤怒に身を燃やしたらしい。
 まあ、ファン心理としては解らなくもないけれど……。
 そりゃあ大好きなアイドルに『夜も眠れない』とか『オレはおまえが好きだ』って堂々と暴露されちゃあ、やり切れないわよね。
 新作ドラマ『ペスカトーレ・アモーレ』を楽しみにドキドキワクワクしながら日々を過ごしていた乙女たちは、一気に奈落の底へ真っ逆さまよ。
『何十枚も買ったCD代返せ!』
『地方遠征代返せ!』
『雑誌やグッズに費やした金返せ!』
『あたしの青春返せっ!』
 とか叫びたくもなるわよね。
 実際ネットのカキコミはそんな類の怒りに満ち溢れていた。
 確かに……アイドルのファンって、物凄くお金がかかりそう。
 しかも、相手は頗る美女だ。
 本当は超絶美青年なんだけれど、世間一般の方々はルイさんのことを神秘的な美女モデルだと思い込んでしまっている……。
 山梨くんが惚れた相手がビックリするくらいの美女なので、乙女たちも気圧されているみたい。
 到底勝ち目はなく、彼女たちは僻みとやっかみで武装するしかない。

 そうして、両手に嫉妬と羨望という名の相反する刀を持った乙女たちは、山梨くん本人ではなく周辺関係機関に一斉に斬り込んだ。
 あの問題発言の後、山梨くんの所属する事務所やレコード会社、美神堂、更にはさざなみ文庫にまでクレームと問い合わせの電話が殺到したらしい。
 連日、真偽を確かめるための夥しい数の電話が鳴り響き、数多のメールが送りつけられてくるような状態だという。
 ここまで大きく話題になってしまえば、当然どこかから情報が洩れる。
 モデルの《Lui》は年齢も性別も不詳ということで通していたのに、ある日、大手写真週刊誌がルイさんの正体に辿り着いた。
 そして、美神堂のCMで山梨くんと共演したモデルが曽父江瑠衣という青年であることが露見する。
 ……と、不思議なことにマスコミ各社は山梨バッシングをアッサリと中断し、今度はルイさんに興味の対象を移した。

 いち早くルイさんの情報をキャッチした件の大手写真週刊誌が、
『噂の美女は――お洒落なケーキ屋で働く超美青年!』
 と《WALTZ》でバイトするルイさんの姿がスッパ抜いた。
 きっと、ルイさん親衛隊の誰かか他の常連客が《WALTZ》の掟を破って姑息にも隠し撮りしてたに違いないわ。
 同じ《WALTZ》愛好者のあたしとしては、店の象徴であるルイさんを売るなんて――信じられないし、許せない!
 更に悪いことに、モデル事務所に所属しているルイさんは一般人ではなく芸能人扱いで――思いっきり顔を晒されている……。
 山梨和久という最高のネームバリューと共にルイさんの麗姿はゴシップ誌を介してお披露目された。
 ルイさんの端麗な顔が全国に知れ渡ると、今度は《WALTZ》に対して電話やメール攻撃が開始された。
 山梨くん信者の乙女たちは、どういう思考回路を持っているのか『同じ女じゃなくて相手が男なら、泣く泣く許すわ』と大半が山梨くん擁護に転じた。
 その健気な乙女たちが……ルイさんの姿を一目見ようと《WALTZ》へ大挙して押しかけてくるのよ!
 土日ともなれば、わざわざ地方から出て来る乙女たちもいて、店内外は大わらわよ。
 ここはディズニーランドですか、って感じ。
 もっともルイさん自身は出勤禁止令が出されているので、《WALTZ》を訪れても彼に逢うことは出来ない。
 南海の情報によると、ルイさんは騒動が下火になるまで身を隠しているらしい。
 しばらくルイさんが《WALTZ》に姿を現すことはない。
 でも、《WALTZ》の他の店員さんたちだって美形揃いなワケで――元来美少年好きの山梨くんファンも当然彼らに食いつくわけです……。
 そんなこんなで《WALTZ》は、これまでにないほどの賑わいを見せている。
 一種異様な熱気に包まれている――と言っても過言ではない。
 とにかく、常連客の面々だって中々近寄れない雰囲気だ。
 当然、あたしはしばらく六楼さんにも逢えていない。
 そろそろ禁断症状が出そうなので、正直、山梨くんファンには速やかに自分のテリトリーに戻っていただきたいです。
《WALTZ・SHIO店》は、あたしたちM市民のささやかな心のオアシスなのよ!


「あの子たち、まるでビッグサイトのコミケに参戦するような気迫と意気込みでやってくるわね。私の聖地を土足で踏み荒らすなんて赦せないわ」
 ストロベリーシェイクを一口啜り、南海がポツリと呟く。その声音には明らかな毒が含まれていた。
 南海の視線は窓外――《WALTZ》のある辺りに据えられている。
 遠くからでも《WALTZ》に群がる乙女たちの姿が見えるのだろう。
 ビッグなんとかって喩えは、あたしには微塵も理解できなかった。
 けれど、気持ちは何となく解るので、ソコは敢えて突っ込まないでおく。
 もうすぐ二月十日――幻のケーキ《ラブ・パラダイス》の年に一度の発売日が迫っている。
 なのに、あんなに大勢の人がいたんじゃ手に入りっこないじゃない。
 ただでさえ入手困難なのに、これ以上ライバルが増えたら困るわ。
 ホントに物凄い迷惑。
 こんなに余計な乙女たちをわんさか増やすきっかけとなった山梨くんすら恨めしく思えてきてしまう。
 山梨め!
 山梨めっ!
 山梨めっっっっ!!
 ザク、ザクッ、ザクッッ! と、ストローでシェイクを突き刺す。
 もちろん、数日前に一緒に中華を食べたアイドルの綺麗な顔を思い浮かべながらよ。
 もう、あたしには山梨くんがアイドルだとは思えない。
 アレは、あたしの敵――
 六楼さんが何故だか山梨くんに宣戦布告を突きつけたあの瞬間から、山梨くんの存在はあたしと六楼さんの間に立ちはだかる障壁の一つとなっていた。
 山梨くんにも誰にも《ラブ・パラダイス》は絶対に渡さない。
 あの無駄に増殖させてくれた乙女たちを掻き分け、山梨くんを蹴散らし――あたしは必ずや《ラブ・パラダイス》を手に入れる。
 そして、晴れて六楼さんとラブラブで甘々な関係に発展するのよ!


「アレ……二、三日経てば、少しは落ち着いてくれるかな?」
「そう願いたいわね。邪魔なのよ。あの子たちのおかけで――私のルイさんが出勤できないじゃない! 萌えたいのに萌えられない、このジレンマッ! ああ、ルイさんの艶めかしい姿を眺めて、うっとりイケナイ妄想に浸りたいのに! 悶えたいのに!」
 南海がプウッと紅潮させた頬を膨らませる。
 可愛い。
 はっきり言って、南海は物凄く可愛い。
 なのに、その可憐な口から飛び出す言葉は、何だかちょっと卑猥で恥ずかしい……。
 ホントに腐れた妄想が生き甲斐なんだな、と、あたしはこのギャップに遭遇する度に実感させられる。
「そういえば、沙羅――山梨くんのケー番訊かなかったの?」
 ふと、南海が窓から引き剥がした視線をあたしに向け、不思議そうに首を傾げた。
「訊くわけないじゃない。アッチは腐ってもアイドルよ。それに、六楼さんと二人――『紅蓮の鏡月』とルイさんの話で盛り上がっていて、そんな隙なんて全くなかったわよ」
 先日の中華料理店での出来事を反芻し、あたしは思わず眉根を寄せていた。
 互いにライバル視するのかと思いきや、六楼さんと山梨くんは意外にもアッサリと意気投合してしまったのだ。
 山梨くんが『紅蓮の鏡月』を読破していることが判明した直後、男二人の間には奇妙な連帯感が生まれたのよ。
 魔王役でオファーがあった時に、山梨くんは即座に『紅蓮の鏡月』を全巻買い揃え、仕事の隙を見つけては読み進めたのだという。
 仕事に対しては常に自分に厳しい山梨くんらしい行動だ。
 テレビを通してルイさんへの激白を敢行しちゃうような変わったアイドルだけれど、根は悪くはないし、殊仕事に関しては恐ろしく真面目で誠実だ。
 それを知った六楼さんも山梨くんの評価を瞬時に良い方へと塗り替えたみたいなの。
『紅蓮の鏡月』を読んでいる男の同志を得たことが余ほど嬉しかったのか、六楼さんはあたしの存在など忘れたかのように山梨くんと論議を繰り広げていた。
『紅蓮の鏡月』やルイさんの話で大盛り上がりする二人の間にあたしが入り込む余地は全くなかった……。
 折角、六楼さんが食事に誘ってくれたのに、まともに言葉を交わしたのは数えるほどしかないような気がする。
 誰が悪いわけじゃないけれども、あたしにとっては思い出すだけでも屈辱――というか哀しすぎる出来事だった。
「もったいない。ああ、私もその場にいたかったなぁ。山梨くんと紅蓮話が出来るなんて、夢のようだわ!」
 溜息を落とすあたしとは対照的に、南海は心底羨ましそうにあたしを見返してきた。
「アレ? うん……ああ、アリかなぁ? うん、アリよねっ!」
 ――と、その双眸が急にキラキラと輝きを増す。
 南海がこんなに活き活きとした表情を見せるのは、脳内で妖しげな妄想を広げている時が多い。
「山梨魔王――断然アリだわっ! あの無駄にセクシーな声で王子を攻めるのも、思わずキスしたくなるような色っぽい唇で王子への愛を紡ぐのも素敵じゃない! フフッ……悪くないわね」
 南海が何もない宙を見つめ、ニヤリと唇をつり上げる。
 また、どこぞのイケナイ花園に足を踏み入れたらしい……。
「――で、南海はどうして山梨くんのケー番を知りたいワケ?」
 南海が完全にあたしの届かない未知の世界へトリップする前に、あたしは強引に話を先へ進めた。
 南海がハッとしたようにうつつに返ってくる。
「あの子たち、ウザイじゃない? だから、山梨くんと取引をしようかな、なんて――」
 南海が含みのある眼差しを向けてくる。
「――は? 取引?」
「そう、ルイさんと逢わせてあげる代わりに、あの子たちに《WALTZ》から速やかに撤退するようにテレビで切々と訴えてくれないかなぁ、なんて」
 ニッコリと微笑み、南海はサラリととんでもないことを口にした。
 超人気アイドルを相手に――しかも大好きなルイさんを餌に交渉しようだなんて、南海の考えることはいつも突飛で壮大だ。ある意味、ファンタジーだと思う。
「それって、山梨くんを有馬邸にこっそり侵入させるってコト?」
「そうそう。ヤれるかヤれないかは、山梨くん次第だけど」
 ひどく愉しそうに告げて、南海はフフフッと不気味な笑い声を洩らす。
「ちょっと……何か今、やるの響きが微妙に変だったわよ」
「アラ、こっちがフツーなのよ。あれが正しい『ヤる』の発音よ。沙羅もそろそろ覚えなさいよ」
「……あたし、一生覚えなくていいわ」
 あたしは盛大な溜息をついた。
 南海の頭の中には、あたしには手に負えないモノがいっぱい詰まってる……。
「でも、幼なじみが大資産家でよかったわよね、ルイさんも」
 脳みそが汚染されないうちに素早く軌道を修正。
 あたしはわざとルイさんの名を出した。
 すると南海の意識は容易く薔薇色世界へあたしを勧誘することからルイさんへとスイッチした。
「ビッショウ様のご実家は、M市屈指の資産家――有馬家だもん。マスコミから隠れるには最適でしょう」
 南海の言う通り、ルイさんの幼なじみである美祥寺腐妄子こと有馬咲耶の実家は名だたる旧家だ。
 その門の内に入ってしまえば、マスコミも迂闊にはルイさんには手を出せない。
「噂じゃ、あまりの報道陣の多さに一家揃って有馬家に避難してる、って聞いたけど?」
 ルイさんを含めた曽父江一家の住む高級マンション《ツァーリ・テンプル》とビッショウ様が住む有馬邸は、道を一本隔てただけの距離に位置している。
 ちなみに、高級マンション一棟は丸々曽父江家の所有物だ。
 そして、有馬邸は敷地が一キロ四方はある仰天するほどの『ザ・お屋敷』なのよ。
 今まであまり実感はなかったけれど、聖華学園に通う人たちって、ホントにお金持ちなのね……。
「そうみたいよ。ビッショウ様から『報道陣が押し寄せてきたおかげで、思う存分曽父江ブラザーズをスケッチできる(鼻血)』ってメールがきたから」
「有馬家が相手じゃ報道陣もおいそれ手は出せないわね。大企業《榊グループ》の親戚でもあるし」
 あたしは報道陣たちの苦り切った顔を想像し、ほんの少しだけニヤけてしまった。
 有馬家は日本でも有数の大企業《榊グループ》を運営する榊家の血族でもあるのだ。
 ガードと格式が高すぎて、マスコミがルイさんに近づけるチャンスは皆無に等しい。
 いい気味だ。
 あっ、他人の不幸を喜ぶのはイケナイわね。
 でも、あたしたちはM市の最後の楽園である《WALTZ》を奪われたのよ。これくらいは許されるはずよ。
「有馬家に護られてるなら安心ね。ルイさんが六楼さんの部屋から迅速にあっちへ移ってくれてよかったわ」
「そうね。独り暮らしの六楼さんには、あの報道陣の群れを捌ききれないわ」
 南海も得心顔でウンウンと頷く。
 しょっちゅう六楼さん宅に転がり込んでいるルイさんも、今回ばかりは彼に迷惑をかけられないと判断したらしい。
 おかげで六楼さんの安全も護られている。
「――あれ? 六楼さんって、独り暮らしなのよね?」
 不意にある疑問が浮上してきて、あたしは首を捻った。
 山梨ショックが報道された日――ルイさんの荒れっぷりを心配していた六楼さんの言葉が脳内を巡る。
 彼の台詞の何かが、今頃になってあたしの心に引っかかった。
 あたしの質問を受けて、南海がカバンから分厚い手帳を取り出す。
 南海は物凄い勢いでページを捲り――やがてピタリと動きを止めた。


「六楼諫耶。二十歳。W大学文学部二年生。出身は都内葛飾区。家族構成は、父・母・妹。現在は、M市内のマンションで独り暮らし。大学に通う傍ら《WALTZ》でアルバイトをしている――と」
 南海がスラスラと手帳を読み上げる。
 薄紫色の極厚手帳の中身は、きっと美形一覧とか美少年図鑑とか、そういう類のものなんだろう。
 このM市に南海の知らない美男子はいないに違いない。
「やっぱり、独り暮らしよね? 葛飾区の生まれなのに、何でだろ?」
 南海から与えられた情報にあたしはまたしても小首を傾げた。
「M市の方がW大に近いからじゃない?」
 南海が至極真っ当な意見を口にする。
 たまにはフツーの発言もするのよる。本当にたまには――だけど。
「うん……独り暮らしをしてるのはいいとして――何かこの前、気になること言ってたのよね。六楼さん、ルイさんとは同じベッドで寝ないんだって」
 あたしは心に芽生えたモヤモヤを何気なく言葉に乗せていた。
 六楼さんの私生活について、やっぱりどうにも解せない点がある。
「それは由々しき事態ね。今すぐ私が六楼さんのマンションに行って、二人がムラムラするように模様替えを敢行してくるわっ!」
 南海が拳をグッと握り締める。
 どうしてそんな発想に辿り着くのか、あたしには理解できないけれど、南海は本気だ。目に宿る輝きの熱さと鋭さは尋常じゃない。
「や、それは全く必要ないから……。一緒のベッドでは寝ないけれど、ルイさんはまるで我が家の如くしょっちゅう転がり込んでくる――これって、よくよく考えると、ベッドがもう一つあるか他にも寝室があるってことよね?」
 あたしは自分の頭の中に生じた疑問を解決すべく、自己確認の意味を込めて言葉を口にした。
 あのルイさんが六楼さん宅の床やソファでゴロ寝している姿なんて、想像できない。
 ルイさんの勝ち気な性格を考慮すると、六楼さん宅でも当然ベッドを使用しているだろう。マンションの主である六楼さんが甘んじてソファで眠るとも思えない。頻繁にルイさんが泊まりにやって来るのなら尚更だ。
 なので、あたしはどうしても『ベッドは二台あり、もしかしたら部屋数も多いのではないか?』と勘繰ってしまう。
「さあ? でも、そこまで妄想を膨らますことが出来るなんて、意外と沙羅も素質があるわね。どう、今度一緒にビッグ――」
「腐女子の素質なら要らないわよ!」
 南海が双眸に妖しげな光を閃かせたので、あたしは慌てて彼女の声を遮った。
 何かにつけて南海はあたしを己と同じ世界へ誘おうとする。
 あたしには全く興味のない世界なので、勧誘される度にキッパリ断っている。けれど、南海はめげずに隙を見てはこうして誘いかけてくる。
 全くもって迷惑な話だ。
「ついでに妄想じゃなくて、想像! もしくは推測だからねっ!」
 念のために更に強く釘を刺しておく。
 南海のペースにハマッたら最後――気づけばうっかりゆりかもめやりんかい線に乗せられて、不可思議な異世界へ放り込まれる可能性があるのよ!
「それから五〇インチの3D対応テレビを買ったばかりだって言ってたし、リビングには背の高い観葉植物が五つくらいあるって言ってたのよ」
 あたしは南海に口を挟む余地を与えないために矢継ぎ早に言葉を継いだ。
「わざわざ《リビング》って言ったってことは、それ以外にも当然複数部屋があるってことでしょ? その上、リビングはかなり広いってことよね? おまけに五〇インチの3Dテレビを購入出来るほどの資金があるってことよね? 《WALTZ》のバイト代だけじゃ、絶対にムリな贅沢よね?」
 あたしは怖々と南海を見た。
 六楼さんの話を総合すると、どうても彼が《お金持ち》だという結論に達してしまう。
 南海もようやくあたしの不安を察してくれたみたいで、渋い表情を湛えた。
「確かに、時給一〇五〇円の《WALTZ》だけじゃ無理な生活ね。う~ん、考えられる答えは一つ――アレよ、アレ。ビッショウ様が何か言ってたじゃない、あたしが鼻血を噴き出した日」
 南海がしたり顔で言葉を紡ぐ。
 あんたが鼻血を噴き出す日なんて、多すぎてどれか解らないわよっ!
 ……でも、フツーなら解らないけど、ビッショウ様と出逢った日のことなら嫌というほど克明に覚えている。
 あたしが山梨くんパンツを皆に晒した、記念すべき日ですからね!
 くそっ、山梨のヤローめ!
 彼がどんなに素晴らしいアイドルでも、あたしにとっては傍迷惑な疫病神だ!
 あたしは突如として沸いてきた山梨くんへの怒りを鎮めるために、凄まじい勢いでストローでシェイクを攪拌した。
「やっぱり南海もそう思う? アレしかないわよね……」
 少しだけ心が穏やかになったので、あたしは改めて口を開いた。
「ビッショウ様が意味深に言っていた、あの――六楼さんが《WALTZ》の他にしてるもう一つのバイトってヤツよね。きっと、あっちで荒稼ぎしてる――ってコトよね?」
「そうよ! 美少年秘密倶楽部に間違いないわ!」
「誰もそんな妖しげなバイト先、認めてないわよ! 美少年秘密倶楽部って、完全に南海の妄想でしょう!」
「フフフッ……本当に妄想かしらね?」
「当たり前でしょ! 大体何なの、そのネーミング!? そもそも何をして収入を得るところなのよ!? 六楼さんがそんなトコで働くワケないでしょ!」
「……ああ、悪かったわ、沙羅。私のうっかりミスね」
 流石の南海もあまりに飛躍しすぎた妄想を反省したのか、溜息を零した。
 ――が、次に彼女の口から飛び出したのは、やっぱりあたしの理解の及ばない台詞だった。
「六楼さんは、二十歳を過ぎてるから《美少年》じゃなくて《美青年》と呼んだ方が正解ね。訂正するわ。正しくは――美青年秘密倶楽部、よ」
「――――」
 いや、ソレ……根本的に何にも変わってないんですけど、南海さん?
 あたしは呆気にとられて南海を凝視し、次いでガックリと肩を落とした。
 結局、南海の思考の行き着く先にはBでLな秘密の森しかないみたいだ……。


「おっと、噂をすれば六楼さんよ」
 不意に、南海が窓の外を指差す。
 あたしはその指につられるようにして窓外に目を向けた。
 外は相変わらずの雪景色。
 パラパラと雪の降り出した歩行者天国を確かに六楼さんが足早に歩いていた。
 あたしは久々に見る六楼さんの姿に喜びかけて――止めた。
 彼の横顔が常より青ざめ――憔悴しているようにも、酷く緊張しているようにも見えたからだ。
 前を見据えて歩く姿も、どことなく殺気立っている気がする。
 こんなにも切羽詰まった六楼さんをあたしは見たことがなかった。《WALTZ》ではいつも愛想良く接客しているので、その姿とのギャップがあたしの裡に不安の種を落とした。
「今日は《WALTZ》のバイトの日なのに……反対方向に進んでるわ。変なの?」
「きっと、美青年秘密倶楽部に出勤するのよ――行くわよ、沙羅!」
 急に南海が声を弾まれる。
 彼女は半ば強引にあたしの手を取り、席から立ち上がらせた。
「え? 行くって――まさか、六楼さんの後をつける気っ!?」
 あたしがギョッとして南海を見返すと、彼女はとっても力強く頷いた。
「だって、気になってるんでしょ、もう一つのバイト先? 万が一、尾行がバレたら、私の妄想癖のせいにしておけばいいわ」
 そう言って、南海はニッコリと笑う。
 ううっ、南海――やっぱり、イイ子だわ!
 どんなに腐れた趣味を持っていようとも、ここぞという時には頼りになる友人だ。
 あたしのために尾行の罪まで被ってくれる気構えだなんて、男前すぎわ、南海!
 あたし、今、ちょっと……ううん、かなり感動したかも。
「あ、ありがとう、南海――」
「さあ、行くわよ! 美青年秘密倶楽部の秘密を私たちの手で暴くのよ! 誰が六楼さんをあんなに疲弊させるまで指名しているのか――相手の顔をとくと拝んで、美形だったら同人ネタにしてやるわっ!」
 ホーホッホッホッと高笑いを放ち、南海はあたしの手首を掴んだまま恐ろしいスピードで階段を駆け下りた。
 やっぱり美青年秘密倶楽部がイチバン気になってるのね、南海……。
 前言撤回。
 南海はあたしのためなどではなく、自らの欲望の赴くままに六楼さんの尾行を決意したに違いない。
 指名って、何よ?
 同人ネタって、何ですかっ!?
 南海はとってもイイ子だけど――頭の中で色とりどりの薔薇園を育んでいる。

 まあ、あたしはそんな南海が嫌いじゃない。



     「10 美少年青年秘密倶楽部」へ続く


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2009.06.07 / Top↑
 小雪が舞い散る歩行者天国は、買い物客で賑わっていた。
 あたしと南海は、適度な距離を保って六楼さんの後をつけている。
 幸い六楼さんは長身なので、その後ろ姿を見失うことはない。
 万が一、彼が振り返ったとしても、この人波では見つかる心配はないだろう。殊に夕刻の歩行者天国は学生たちの遊び場なので、パッと見ただけではあたしや南海には気づかないはずだ。
 あたしたちは六楼さんから片時も目を離さなず、更に息を詰めて彼の行方を追いつづけている。
 勝手に尾行していることに対しては、やっぱり罪悪感が芽生える。
 他人の――それも大好きな六楼さんのプライバシーを詮索するなんて、本当は良くないことだ。
 けれど、これを逃したら美青年秘密倶楽部――いや、六楼さんの『もう一つのバイト』の謎を二度と暴けなくなるような強迫観念に駆られて、あたしは必死に愛しい人の背中を追っていた。
 ……いや、あたし以上に決死の形相で六楼さんの背中を睨めつけている人が隣にいるんだけどね。
 もちろん南海よ。
 前方を見据える目が、獲物を狙う黒豹の如く爛々と輝いていて――怖いのよっ!
 どうせ、六楼さんの筋の通った綺麗な背を眺めながら『受かしら? 攻かしら? 長身美青年が生意気な年下美少年に組み敷かれるのも悪くないわね』とか腐れた薔薇色妄想に耽ってるのよ。
 絶対そうに決まってるわ。
 ――あっ、今のはあたしの考えじゃなくて、あくまでも南海の心を代弁したモノよ!
 ああ、南海の妄想の中身を容易く想像できちゃうなんて……あたし、この先何処へ進む気なんだろう?
 あたしは島国ニッポンの純情な乙女なのよ。
 妖しい大海原を渡って未知なる新大陸に到達する気は更々ない。
 新大陸は遠くから蜃気楼か陽炎として眺めるだけでいいわ。
 生涯小さな島国の小市民でいいのよ、あたしは。
「フフフッ……海を渡るとね、そこにはビッグサイトという名の聖地が聳えているのよ」
 ふと、隣から不気味な笑いが聞こえてくる。
「そして、その聖なる建造物の中には――妖しい芳香に包まれた薔薇色の密林が生い茂っているのよ! 進めば進むほどに引き返せなくなる、危険で甘美で耽美な森よ! ――知ってた?」
「――――!?」
 あたしは驚きのあまりに一瞬絶句し、南海を凝視してしまった。
 南海の可憐な顔には、意味深な微笑みが貼りついている。
「し、知るわけないでしょ! っていうか、あんた、いつの間に読心術なんてマスターしたのよ!? 何っ? 何かの教祖にでもなるつもりっ!?」
 あたしが恟然と喚くと、南海は奇々妙々な笑みをグッと深めた。整った顔立ちをしているだけに、その笑顔には不思議な迫力が宿っている。
「フッ……沙羅が私の妄想を読めるなら――私は常にその上を行くわ」
「…………あっ、そう」
 得意気な南海の言葉に、あたしは引きつった笑みを返した。
 何かもう、南海が何を出来て何を出来ないのか――考えるのも追及することも金輪際止めることにしたわ。
 最近の南海は日に日にパワーアップしているような気がする。
 ビッショウ様と出逢ったことで、急に第三の目が開眼したり、世界を統べる指輪を入手したり、真実を伝える黄金の羅針盤を授けられたり、呪われた海賊の金貨をうっかり拾ったり、石の台座に突き刺さった聖剣エクスカリバーを抜いちゃったり、大海原を真っ二つに割っちゃったり、宇宙からのエナジーを受け取ったり――とか、とにかく何かそれっぽい感じで進化したんだわ、この子。
 きっと、南海はやろうと思えば何でも出来る子なのよ。UFOだってアッサリ喚んじゃうに決まってる……。
 新世界の開拓は南海とビッショウ様に託し、あたしは遠くの島国からぼんやりと眺めさせていただくわ。
 いや、この二人なら新大陸どころか新宇宙まで発見しちゃいそうで物凄く恐ろしいんですけれど……。
 決めた。
 もしも、あたしと六楼さんの間に子供が産まれ、その子の眼前に南海やビッショウ様が住まう妖しの森が出現したら――容赦なく伐採するわ。
 斬って斬って――斬りまくってやるわ!
「フフッ、甘いわね、沙羅。刈り取ったはずなのに、気づけばまた凄まじい勢いで密生している――それが妖しの森よ」
 またしても南海が不可思議な言葉を発したので、あたしの心臓はドキリと大きく跳ねた。
「ちょっと、あたしの心と勝手に会話するの止めてくれる!?」
「大丈夫よ。沙羅と六楼さんの子供が可愛い男の子だったら、私がどんな手を使ってでも山梨くんと同じ事務所に入れるわ」
 どこからそんな自信が湧いてくるのか、南海が口調は淀みなく、そして力強い。
 山梨くんが所属するタレント事務所は、業界でも最大手。
 オーディションで一次審査を通るのも至難の業だと噂の紛うことなき狭き門だ。
 けれど、南海が断言すると本当にオーディションに通る気がするから不思議だ。まだ子供なんて生まれてもいないのに……。
「女の子だったら……。そうね、腐れた漫画考察の仕方からBL同人誌の描き方まで――しっかり私が森のナビゲーターになるわ。だから、安心して」
「いや、全っ然安心なんてできないんですけどっ! それ以前に、あたしの肉声は無視ですか、無視っ!?」
「細かいことは気にしないの。――あっ、着いたみたいよ、六楼さん!」
 南海が勝手に話を打ち切り、パッと顔を輝かせる。
 見ると、六楼さんは建物の一つに吸い込まれて行くところだった。
「フフッ……ここが、噂の美青年秘密倶楽部なのねっ!」
 南海がその建造物を熱い眼差しで見つめ、うっとりと呟く。
 その横であたしは頬を思い切り引きつらせた。南海の脳内では早速何かしらの妄想が翼を広げだしたらしい……。
「基本的に、噂してるのは南海だけだし――絶対に秘密倶楽部じゃないと思うわよ」
 あたしたちが見上げている看板には、全国的に有名なファミレスの名前がバーンと掲げられている。
 こんな健全な公共の場が、妖しげな秘密倶楽部であるわけがないじゃない!


 ただの超大手ファミレスなんだけど、六楼さんが《WALTZ》のバイトを蹴ってまでここを訪れたのは覆しようのない事実だ。
 単純にシフトが変更になっただけかもしれないけれど、この中で六楼さんが何をし、何が起こるのかは気になる。
 普通に考えるとただ食事に訪れただけだし――まさか、このファミレスでバイトしている、ということはないだろけど……。
 あたしと南海は、ここでも高校生が多いことをこれ幸い――と平然を装ってファミレスに足を踏み入れた。
 そこそこ混雑している店内――南海は店員さんの誘導を全く無視して、図々しくも六楼さんが座った席の隣に陣取った。
 あたしも六楼さんにバレないように素早く南海の向かいに着席する。
 都合良く席と席の間は顔が隠れるくらいの壁で仕切られている。加えて、ちょっとした観葉植物が飾られている――という、テレビドラマでたまに見かけるアレなシーンよ。
 あたしと南海は水を運んできたウェイトレスに小声でアイスティーを注文し、息を潜めて隣の様子を窺っていた。
 隣席とはいえ微妙な障害物はあるし、夕暮れ時のファミレスは学生たちでごった返している。なので、全ての会話を聞き取ることは不可能だ。それでも、あたしは六楼さんの声を聞き取ろうと懸命に聞き耳を立てていた。

「うわーっ、顔色悪いね、イサヤくん」
 ふと、六楼さんの向かいに座る男の人が驚きの声をあげる。
 チラとそちらを盗み見ると、二十代後半と思しきスーツ姿の男の人が優雅な仕種でコーヒーを啜っていた。
 爽やかな顔立ちの美形なのに、瞳の奥に宿る輝きは意想外に鋭い。六楼さんに向けられている双眸は、獲物を狙う猛禽類のようだ。
 南海がスーツの男に視線を流し、数度目をしばたたかせる。その瞳が徐々に煌めき、頬が桃色に染まった。
 スーツの美青年を目撃して、テンションが上がったんだろう。ついでに脳内妄想が花開いてしまったらしい……。
 南海は、無言で鞄からスケッチブックとシャープペンを取り出した。
 スケッチブックをテーブルに広げ、
『中々のイロオトコね。スーツ姿にちょっとムラッときたわ』
 紙面に流麗な文字を走らせる。
 ファミレスで好みの美青年を発見したからムラッとする女子高生って――かなりイタいと思うわよ、南海……。
 あたしは頬をひきつらせながらスケッチブックを眺めた。
 隣では六楼さんと謎のスーツ男の会話が続けられている。
「他人事のように言わないで下さいよ、水城さん!」
 六楼さんの怒り気味の声が耳に届けられる。
 どうやら《水城》というのが相手の男性の名前らしい。
「誰のせいだと思ってるんですか? 水城さんが連日連夜、俺を眠らせてくれないからでしょう」
 六楼さんが非難めかしい声。
 ――連日連夜?
 眠らせてくれない?
 六楼さんの言葉を聞いた途端、あたしの心臓はドキリと跳ね上がり、胸は緊張に見舞われた。
 思わず、南海と顔を見合わせる。
 南海も同じことを連想したのだろう。あたしと目が合った瞬間、彼女はニヤリと愉しげに微笑んだ。
 ……やっぱり六楼さんと水城さんは、そんな妖しい関係だってコト?
 腐女子ではないあたしだって、今の意味深な台詞を聞いたら――ちょっとはイケナイ妄想に辿り着いちゃうわよっ!
「毎日のように責められる俺の身にもなって下さいよ」
 続く六楼さんの台詞に、南海が「うぐっ」とアイスティーを喉に詰まらせた。
 アイスティーの飛沫が軽く宙を舞う。
 南海の妄想は更なる飛躍を遂げたようだ。
『ま、間違いなく、リーマン攻の六楼さん受ね! ここで待ち合わせして、近くのホテルに移動するのよ! これぞ美青年秘密倶楽部! 素敵すぎるわ♪』
 南海が興奮気味にペンを操る。
 何なの、この筆談……。
 あたし、健全なファミレスの店内で《受》とか《攻》とか――そんな単語目にしたくもないんですけど……。
 どこが素敵なのか、あたしには砂粒ほども理解できなかった。
 六楼さんを妄想の餌食にしてはしゃぐ南海の心理も全く掴めない――というか、南海の熱狂ぶりを考察したり分析したりしたくない。
『ファミレスで密会を敢行する秘密倶楽部が何処にあるのよっ! 六楼さんは絶対にソッチ側の住人じゃありません!』
 あたしは憤りのままに激しくペンを走らせて、南海に抗議した。
『勝手に南海の世界に引きずり込むのはやめてよ! ちょっと、ファミレスで鼻血は勘弁してよっ!』
 あたしはギョッと目を剝き、慌ててペンを置いた。鞄の中からポケットティッシュを取り出し、南海の方へ差し出す。
 きっと、妄想を逞しく広げすぎたのね……。いつの間にか、南海の鼻腔からは控え目に血の筋が垂れていた。
「解ってる。イサヤくんが体力的に厳しい状況下に措かれているのも重々理解しているけど――仕事は仕事だからね」
 スーツの色男――水城さんが、六楼さんに向けてニッコリと微笑む。
「うわっ……その笑顔が怖いんですよ。ホント、鬼ですよね、水城さんって」
 六楼さんが溜息混じりにボヤく。声音には諦めのようなものが滲んでいた。
「鬼って――酷いな、イサヤくん。まっ、あながち間違ってもいないけどね。オレもスケジュールがキツイし、時間ないしさ――悪いけど、さっさとホテルに移動するよ」
 水城さんが双眸に鋭利な輝きを灯す。
 ――ホ、ホテルッ!?
 あたしは目の玉が飛び出しそうなほど驚いた。喉から飛び出しかけた驚愕の叫びを、必死に両手で封じ込める。
 正面では、南海が鼻を押さえるティッシュの枚数を増やしていた。
『今の聞いた、沙羅!? ホラ、やっぱりホテルに行くんじゃない! あー、ますますムラムラしてきたわ』
 南海がスケッチブックに綴る文字からは、六楼さんの身を心配する様子は全く見受けられない。
 女子高生がますますムラムラするような場面じゃないわよ!
 南海は、もう完全に薔薇色妄想の虜になっている。
「えっ、今日も!? 俺、これ以上やられたら死んじゃいますってば……!」
 すかさず六楼さんが憤然と反発する。
「バイトも忙しい上に、数時間おきにルイからも電話がかかってくるんですよ。アイツ、自分が暇な上に頗る機嫌が悪いもんだから、ケータイ越しに俺が果てるまでえげつない言葉で責め続けるんですよ!」
 六楼さんのげんなりした声。
 あたしはこめかみの辺りを神経質に引きつらせた。
 ……何ですか、この会話?
 何だか、あたしにも薔薇の園が視えるようになってきたのは……気のせいよね?
 南海と長くつき合っているから、ほんの少しだけ妄想癖が伝染(うつ)っただけよね?
 あたしが焦燥に冷や汗を垂らした瞬間、ボキッと南海が手にしたシャープの芯が折れた。
 南海は物凄い勢いでシャープをカチカチさせて芯を出すと、また紙面に文字を躍らせる。
『ちょっと、今もしっかり聞いたわよね、沙羅! 我が愛しのルイさん、受だと思ってたけど、実は攻だったのねっ!』
 南海の心の昂ぶりを表すように、荒々しい文字が綴られる。
 あたしは額に青筋を浮かべた。
 ……突っ込みどころはソコですか?
 あたしの受けた衝撃に反比例して、南海の妄想ボルテージはどんどん上がっていく。
『ルイ×イサヤ、イサヤ×ルイ、山梨×ルイ、ルイ×山梨――どれがイイ?』
 急に南海がとんでもないことを書き出したので、あたしはショックのあまりに目を見開いた。
『どれも嫌っ! 激しく嫌っ!! 山梨くんはどうでもいいけど、六楼さんを腐れた相関図に入れないでよっ!』
『や、ムラムラしてきたから、家に帰ったら何かBL漫画でも描こうかと思って。どのカップリングだったら読んでみたい?』
 南海は悪びれた様子もなく更に質問を繰り出してくる。
 ごく普通の女子高生であるあたしに、そんな変な質問をされても答えようがないんですけど!
『全部ムリだって言ってるでしょっ! あー、もうっ! テキトーに山梨ルイ山梨+店長とかにしておけば?』
『フフッ、そこで店長を持ってくるとは、やるわね! やっぱり、沙羅と六楼さんの子供は私が立派なBL界の女帝に育て上げるわ』
『いや、まだ産んでもいないし――そもそも告白すらしてないからねっ!』
 あたしは南海の妄想と企みを打ち壊すべく猛烈な勢いで筆を走らせ続けた。
「あー、ルイくんね。久し振りに逢いたいけど――今じゃすっかり《時の人》だもんね」
 あたしと南海がスケッチブック上で超高速のやり取りを繰り広げていると、隣から椅子を引く音が聞こえてきた。
「あの、美しい顔は全国の山梨ファンにかなりの衝撃を与えただろうね。実際、あれだけの美貌にお目にかかれることは滅多にないしね。ああ、いいな……何だか絵が浮かんできたかも。ルイくんだったら『紅蓮の鏡月』の王子役、イケるんじゃない? 縛られたり、目隠しされたり、繋がれたり――素晴らしく似合うと思うよ」
 水城さんが不敵な微笑みを浮かべる。
 とうとうテーブルの上には血飛沫が舞った。
 南海の鼻血がピークに達したのよ……。
 どうせ、王子に扮したルイさんが山梨くん扮する魔王に自由を奪われ、表現するのも憚られるようなアレコレをされちゃってる姿を妄想しまくってるんだわ。
「いいね。今度、ルイくんを交えて――三人でどう?」
「ルイに瞬殺されますよ」
「ああ、それもイイなぁ。あの綺麗な顔に口汚く罵倒されてみたいよね」
「……下らない想像してないで、移動しますよ。時間ないんでしょう、水城さん」
 六楼さんが苦笑しながら立ち上がる。
「今夜はお手柔らかにお願いしますよ」
「いや、オレは何事も手を抜かず、妥協もしない男だから。昨日より激しく、エロすぎて悶え死ぬ感じでお願いね、イサヤくん」
 水城さんがとても愉しげに満面の笑みを浮かべ、伝票を片手にレジへと向かう。
 六楼さんは何事かを囁き返しながら、従順に彼の後に続いた。
 ……な、何だろう、この展開?
 ホントに二人でホテルに行くワケ?
 六楼さん、同性にトキメいたことはないって、明言してたのに……。
 あのスーツの人とは、既に何度も何度もホテルに行ってるみたい感じだし――とっても慣れてる感じがするのは、気のせい?
「フフッ……トキメかなくてもアレはできるのよ」
 南海がしたり顔で頷く。
 その鼻にはしっかり血止めのティッシュが詰め込まれていた。
 毎日のように鼻血を噴き出しているのに、深刻な貧血にならないのが不思議だ。
「さっ、妄想種はたっぷり蒔いてもらったし――帰るわよ、沙羅っ!」
 南海がテキパキとスケッチブックを仕舞い、すっくと立ち上がる。
 ハイテンションにも程があるわよ、南海。
 あたし、何か色々とショックでしばらく茫然としていたいんですけれど……?
 好きな人が両刀かもしれない現実に直面して、パニックに陥ってるんですけれど?
 南海は得体の知れないエナジーを見事にチャージできたようだけれど、あたしの心からは逆に何か熱い物が零れ落ちてしまったような感じだ。
 急速に胸が冷え、心が虚ろになった。
「さっさと帰って、寝るまでに『山ルイ山 時々テンチョ』――を仕上げるのよっ!」
 傷ついたあたしの硝子の乙女心を歯牙にもかけずに、南海は来た時以上のパワーであたしの手首を引っ掴み、ファミレスを後にした。
 ……何だか、もう一層のこと、あたしも南海のいる世界へ旅立った方が心が楽になれる気がしてきたわ。

 結局――美青年秘密倶楽部って、何だったのよっ!?



     「11.《WALTZ》で逢わなくてもいいんじゃない?」へ続く


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2009.06.07 / Top↑
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