ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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◆ブラックリスト  【長編・完結】

  ブラックリスト

▼作品傾向:学園・異能者・友情・恋愛・美少女・美少年▼


  「好き・嫌い・好き・好き好き好き好き好き――」
  想いの強さゆえに花開く《サイコプラズマ》もある……。
      
  創立六〇周年を迎える私立聖華学園に不穏な影が……!?
  理事長代理と学園長、そして生徒会面々の陰謀(?)に
  4人の生徒と1人のお耽美教師が立ち向かう!(滝汗)
  超能力ジュヴナイル?(超能力なのかジュヴナイルなのかも物凄く怪しいですが・泣)
 


【INDEX】 

  ◇OPENING  
  ◇LIST1 TAKAMARU GIONJI           10 11 
  ◇BREAK1  
  ◇LIST2 KENJI KINOKUNIYA       
  ◇BREAK2  
  ◇LIST3 SHIO MATSUMOTO           10 11 
  ◇BREAK3  
  ◇LIST4 NAOSUGI TOKUGAWA         
  ◇BREAK4  
  ◇LIST0 AKANE SAKAKI           10
                    11 12 13 14 15
  ◇ENDING  





 
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2009.08.08 / Top↑
OPENING



 東京都内屈指の名門校――私立聖華(せいか)学園。
 創立六十周年を迎えるめでたい春の日。
 学園の理事館には陰湿な空気が漂っていた。
「ついに、この年がやってきてしまった」
 机に両肘をつき、理事長代理は神妙な顔で呟いた。
「あと数日で真の理事長が十八歳になってしまいますな……」
 理事長代理の向かいに立つ白髪の男が、嘆かわしげに相槌を打つ。
「うむ。先代理事長が亡くなり、私が代理になって早三年。私がこの理事長室の主でいられるのも、理事長が十八の誕生日を迎えるまで……。それが、先代理事長の遺言だ。しかし、しかし……! この学園をあんな小僧に渡すのは口惜しいと思わないか、学園長?」
「我が学園は全国に名を轟かせる名門校ですぞ。その経営を十八歳の若造に任せるなど、狂気の沙汰としか思えませんな」
 学園長と呼ばれた男が大きく首肯する。
「そうだろそうだろ、学園長! そこでだ――二人で、この学園を乗っ取ってしまおうではないか?」
 理事長代理の唇が悪意に醜く歪む。
「いい考えですな、理事長代理」
 学園長も欲望の渦巻く眼差しで理事長代理を見返した。
「ふっ……珍しく意見が合ったな、学園長。理事長を学園から追放した暁には、私が正式な理事長。君が副理事長だ」
「有り難きお言葉ですな」
「ふっ……ふふふふふっ!」
「ほほほほほほほっ!」
 不気味な笑い声の唱和が理事長室に谺する。
 それぞれの脳裏で己が野望と欲望を妄想させた後、二対の狡猾な瞳が一致団結するようにピタリと合致した。
「理事長を追放するには、まず邪魔者を排除せんとな」
 冷然とした口調で理事長代理が告げる。
「黒井先生のことですかな?」
「それもある。しかし、アレには迂闊に手が出せん……。アレの遠縁だという薔薇子先生にも困ったものだが、アレは更に輪をかけた奇人だ。何だって黒井一族から二人も教師を雇っているのだ、我が学園は?」
「先代理事長が黒井一族をお気に入りでしたからな。アレの父親のことを考えると、アレには到底手を出せませんな」
「まあ……アレのことは放っておいていいだろう。問題は、理事長の友人どもだ」
「ですが、彼らは我が学園に多大な寄付をしてくれる資産家の子息たちですぞ」
「この際、仕方がないだろう。私と君がこの学園を手中にするためだ。やむを得ん」
「そうですな。噂によると、彼らは何か怪しげな《力》を使うというではありませんか?」
 一抹の不安を消去し切れぬように、学園長が真摯に言葉を紡ぐ。
「ただの噂だ。それよりも、これが理事長の友人リストだ」
 理事長代理は学園長の言葉を一蹴し、机の上にバサリと幾つのかの書類を広げてみせた。
 理事長代理の顔に醜悪な笑みが浮かび上がる。
「このブラックリストに載っている者は全て、学園から抹消する――」



     「LIST.1 TAKAMARU GIONJI」へ続く



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2009.08.08 / Top↑
LIST1 TAKAMARU GIONJI



 既に陽が落ちている遅い放課後。
 祇園寺高丸(ぎおんじ たかまる)は部活を終え、自分のクラスである3-Eに荷物を取りに戻った。
 人目を惹く一九六センチの長身を窮屈そうに屈め、教室のドアを潜る。
「ふあぁぁぁ……眠い……」
 高丸は自分の席へ向かいながら思いっきり身体を伸ばし、大きな欠伸を放った。
 高丸は聖華学園高等部のバレーボール部に所属している。
 中学の時に全国大会準優勝を果たしたことが契機で、東京都M市にある文武両道の名門校――私立聖華学園からお呼びがかかったのだ。
 いずれは東京進出を――と考えていた高丸には、願ってもないチャンスだった。当然、聖華に進学することを即決した。
 高等部入学以来、特待生として毎日バレーボール漬けの生活が続いている。
『春の高校バレー』で二年連続、聖華学園を全国優勝へと導いた偉大なスーパーエース。
 今現在、彼の目標は国体での全国制覇。
 そして野望は、全日本メンバーに入り、ワールドカップ&オリンピックで世界制覇。
 この二項目に関して、高丸は多大な情熱を費やしていた。
 バレーボールに一生を捧げていると言っても過言ではない。
『熱血バレーボール馬鹿』というのが、彼の本性であった。
「さーて、帰るか」
 高丸は鞄を手に取り、クルリと踵を返す。
 転瞬、誰もいなかったはずの教室に自分以外の人間を発見して驚いた。
 一人の少女がドアの近くに立っていたのだ。
「あっ、あの……祇園寺先輩……」
 キリッとした眉と瞳、顎のラインで揃えられた髪が印象的な少女だ。
「あたし、二年の白羽美麗(しらは みれい)っていいます」
 少女――美麗が、高丸に歩み寄り、決意を秘めた双眸を送ってくる。
「あ? ああ、生徒会の……」
 ――副会長だ。
 名乗られて、高丸は彼女が生徒会メンバーの一人だということを思い出した。生徒総会などで何度かお目にかかったことがある。
「オレに何か用?」
「あたし、先輩のこと……祇園寺先輩のことが好きなんです!」
「――えっ!?」
 瞬時、高丸は絶句した。
 驚愕のあまりに口が半開きになり、瞬きが停止する。
「あー、えーっと……イキナリそんなこと言われてもなぁ。どうすりゃいいんだ?」
「どうすれば――って、そんなの簡単です。あたしと付き合って下さい、祇園寺先輩!」
 美麗が挑むように高丸を見つめ、その手を伸ばして高丸の腕に絡めてくる。
「そ、それは、ちょっと困るなっ!」
 高丸は慌てて美麗の手を振り払った。
「どうしてですか? あたしじゃ先輩に似合わない? 釣り合わないですか?」
 美麗は更に高丸ににじり寄ってくる。
「いっ、いや、そうじゃなくて……。オ、オレ、バレーのことで頭一杯だしっ……!」
 高丸は慌てふためいた。こんな時、何を言ってよいのやら全く思い付かない。
「ホラ。大会近いし、試験も近いし!」
「要するに、付き合う気はないってことですね? ――じゃ、いいです」
「は?」
「付き合ってくれなくてもいいです。その代わり――今、ここでキスして下さい!」
 予期せずして美麗がガバッと抱き着いてくる。
 高丸は慄然とその場に凍り付いた。
「な、なっ、なっ、何言ってんだよっ!?」
 何が何だかさっぱり理解できない。脈絡のなさすぎる展開だ。
「祇園寺先輩!」
 可能な限り背伸びをし、高丸の首に両腕を回した美麗が唇を寄せてくる。
「うわっ! わっ、わっ、わっ!」
 高丸はますます竦然とした。
 もう少しで唇と唇が触れ合う――その瞬間、ガラッと勢いよく教室のドアが開く音が響いた。
「悪いが、着替えさせてもらうぞ」
 凛然とした声と共に、袴姿の人物が颯爽と入室してくる。
 癖のない長い黒髪を頭の高い位置で一つに束ねた佳人。
 純和風の毅然とした相貌が中性的で美しい。
「ヤ、ヤダッ! 徳川先輩っ!?」
 その姿を見た途端、美麗は慌てたように高丸から飛び離れ、一目散に教室から逃げ出してしまったのだ。
 美麗の後ろ姿を茫然と見送りながら、高丸は安堵の吐息を洩らした。
 とりあえず、当面の危機は回避できたらしい。
「相変わらず間抜け――と言うか、阿呆だな、祇園寺」
 正気に返ると同時に、袴姿の人物から冷ややかな言葉が飛んでくる。
「ほっとけ、徳川」
 高丸は忌々しげな舌打ちを鳴らし、クラスメイト――徳川直杉(とくがわ なおすぎ)を顧みた。
「着替えるんじゃなかったのか?」
「あれは嘘だ。祇園寺が困っているようだったのでな。あのような状況の時は、キッパリと断った方が身のためだぞ」
「オレのことを好いてくれる奴を冷たくあしらうなんて、オレの良心が痛む。オレは、おまえとは違うんだよ。この冷血漢が!」
 高丸は救われたことをさっさと念頭から締め出し、鋭く直杉を睨みつけた。
「私はいつ何時も、誰に対しても冷たい」
 直杉の顔に冷たい微笑が具現される。
 感情の片鱗も窺えない冷笑に、高丸は溜息を落とした。



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2009.08.09 / Top↑
「これからまた練習だなんて、おまえも相当な『弓道バカ』だよな、徳川」
 徳川直杉と並んで廊下を歩きながら、高丸は物珍しそうな視線を隣に注いだ。
「単に、家に帰りたくないだけだ」
「……旧家も大変なことで」
 高丸は苦々しげに呟き、軽く肩を竦めた。
 徳川直杉。
 高丸と同じ三年E組の生徒であり、弓道部主将。
 そして名旧家――徳川家の嫡子。
 徳川家は、その名の通り、江戸幕府を開いた徳川一門の流れを汲むと伝えられている。
 武芸に秀でた家柄であり、家訓は至極厳格。直杉は次期総主として、一族から多大な期待と責務を負わされている身であった。
「おまえ、女なのに大変だよな、色々と」
「心配には及ばぬ」
 皮肉げな微笑が直杉の唇に閃く。
 高丸の発した『女』という言葉に対して反応を示したようだった。一見しただけでは男女の判別のつかない直杉だが、戸籍上の性別は歴とした『女』である。もっとも自他ともに女性という認識は軽薄なようだが……。
 高丸は溜息を落とした後、改めて直杉の能面のような顔に視点を据えた。
「相変わらず解んねー女。それに、オレは別に心配なんてしてな――」
「おや、祇園寺君」
 更に言を連ねようとした時、ふと背後から呼び止められた。
「あれ? 学園長……」
 声に誘われるままに振り向き、高丸は軽く目を見開いた。
 人の良さそうな白髪の男性が、爽やかな笑顔を浮かべて立っていた。
 この学園の園長――篠田三次(しのだ みつじ)だ。
 聖華学園は、幼稚部・初等部・中等部・高等部から成る巨大学園だ。それぞれの部に学部長がおり、その上に立ち、彼らを束ねるのが学園長の職務である。
「調子はどうだね、祇園寺君」
「……はぁ。別に普通ですけど?」
「祇園寺君は高等部バレー部の要。今年は国体でも全国制覇は確実ですな。ところで――先の大会の時、バレー部が『妙な力』を駆使して優勝した、という噂は事実なのかね?」
 不意に篠田の真摯な視線が高丸を射抜く。
「はい?」
 高丸は意味が解らずにポカンと口を開けた。
 篠田の言葉をゆっくりと胸中で反芻し――転瞬、心臓が停止しそうなほどの驚愕に見舞われる。
「えっ! あっ……みょ、妙な力っ!?」
「そう、何というのかね――ESPとか……」
 篠田が声のトーンをグッと落として囁くように告げた。
 高丸は一瞬硬直し、次に焦燥も露わに直杉と篠田を見比べた。
「イ、イーエスピーって……何ですか?」
 呆けたように質問を繰り出す。
「阿呆っ……! 平たく言えば、超能力だ」
 呆れの極致のような声音で直杉が言葉を放つ。同時に、高丸の脇腹を直杉の肘が鋭く突っ突いた。
「へ、へえ、超能力……。超能力ねぇ。ふーん。それって、な……にっ――げふっ!」
 全てを言い終えない内に強烈な痛みが脇腹に生じる。今度は、思い切り直杉に肘鉄を喰らわされたのだ。
「学園長。こんなバレー馬鹿に、そのようなことを訊くだけ無駄です」
 本気で痛がる高丸を尻目に、直杉は平然と篠田に言葉を返した。
「そ、そうかね、徳川君。しかし、本当に『妙な力』は関係していないのかね?」
 篠田の顔にサッと畏れの色が走る。その目は、直杉を直視することを避けるようにあやふやに宙を漂っていた。
「何処から出た噂かは敢えて聞きませんが――仮に超能力を保持している人間が現実にいたとしても、誇り高き聖華の生徒が、そのような愚行など犯さぬと思いますが」
「……いや、そうだね。徳川君の言う通りだ。私が迂闊でしたな。すまなかったね、祇園寺君、徳川君。二人とも、これからも我が学園のために頑張って下さいね」
 ホホホ……と奇妙な笑いを残して、篠田は逃げるように元来た道を引き返して行く。
「何を頑張れ、というのだ?」
 嫌悪を表すように、直杉の柳眉が軽く寄せられる。
「スゴスゴと帰っていったな。流石の学園長も徳川様のご威光には勝てません、と。徳川の家、学園一の寄付寄贈者だからな。それにしても、何だったんだ?」
「さあな。――ところで祇園寺、演技だと解っていても阿呆だな、おまえは」
 直杉の嫌味に高丸は顔を引きつらせた。
「おまえも、演技だと解っていても、本気で肘鉄喰らわせる冷酷なヤツだよなっ!」
 負けじと高丸は言い返した。
「当然だ」
 悪びれた様子もなく直杉が微笑する。
「……なあ、バレてんのかな、アレ?」
 高丸は直杉の余裕の笑みを無視することに決め、話題を転換させた。
 一抹の不安が高丸の胸中を浮遊している。篠田の言葉が棘のように心に突き刺さっていた。
「露見してはいまい。アレの存在は、私たち以外、誰も知らぬだろう。噂は噂だ」
「だよな。試合にアレを駆使してないことは事実だしな。神聖な試合にアレなんか使えるかっ!」
 高丸が意気込んで告げると、直杉は同調するように頷いた。
「しかし、あの学園長、何故アレのことを訊いてきたのだ?」
「オレが知るかっ!」
「気に懸かるな。……用心に越したことはない。馨(かおる)に報告しておこう」
「馨センセなんて頼りになるのかよ?」
「一応な。まあ、用心といっても――私たち四人に勝てる者などいない、と自負しているのだがな」
「四人? 志緒(しお)と紀ノ國屋(きのくにや)も入れるのかよ?」
 高丸は不満たっぷりにボヤいた。
「馨を入れないだけ有り難いと思え」
 冷笑混じりに返答し、直杉は篠田が去っていった方に視線を馳せる。
 高丸も釣られるように長い廊下に厳しい眼差しを注いだ。 
 篠田の後ろ姿が遠ざかり、階段へと折れて消えた――


     *


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2009.08.09 / Top↑
     *


 渋い緑色の群れが、学園前の道路を埋め尽くしていた。
 全て聖華学園の生徒である。
 蓬と深緑の中間のような変わった色の制服は、一目で聖華学園のものだと解る。初めて遭遇する人は、その物珍しい色の制服に目を奪われるようだが、M市では既にお馴染の光景である。
 朝の登校時――祇園寺高丸は、生徒の波から頭二個分も飛び出させ、学園へと続く道を走っていた。
「やっべー、完全に遅刻……!」
 遅刻――と言ったのは、授業のことではない。バレー部の朝練のことだ。
 熱血バレーボール少年の高丸にとっては非常に珍しいことだが、何故か今朝は寝坊してしまったのだ。
 走りながら、素早く腕時計に視線を流す。
 時刻は八時十分――今から体育館に向っても練習する時間などありはしない。
「チッ……ダメだ。やーめたっ!」
 投げ遣りに舌打ちを鳴らし、高丸は駆ける足を緩めた。
 ゆったりとした足取りで、生徒の波に流されるように学園へと向かう。
「おっ? 茜、発見!」
 校門近くで見慣れた後ろ姿を発見し、高丸は嬉々と瞳を輝かせた。
「おっはよう、茜!」
 高丸の呼びかけに、少年がギョッとしたように立ち止まる。
 構わずに、高丸は背後からガバッと少年の首に抱きついた。
「やめろ、高丸。鬱陶しい」
 冷ややかな声が少年の唇から放たれ、腕が邪険に振り払われる。
「だだでさえ目立つのに、朝っぱらから不快なことをするな」
「何だよ、ただの挨拶だろ……」
 微弱な言葉を発し、高丸は拗ねたように唇を尖らせた。
「おまえは、デカイ。うるさい。鬱陶しい」
「あっ、オイ、茜!」
 スタスタと歩き始めた少年を高丸は慌てて追った。
 高丸の唯一の弱点。
 それが、隣を歩く少年――榊茜(さかき あかね)だ。
 聖華学園に入学してから三年間、ずっと同じクラス。いつの間にか一緒にいるのが当たり前になっていた。そのせいか、高丸はこの親友に非常に甘かった。
 日本有数の大企業『榊グループ』の次男坊。
 双子の兄である葵がグループを取り仕切っているらしい。表向きには別の人間が会長ということになっているが、実際に一族を束ねているのは葵なのだという。
 桜の季節到来と同時に、多忙を極める葵が学園を休みがちになり、二つ年下の妹である夏生(なつお)がロンドンへ短期留学した。
 以来、茜の機嫌は頗る悪い。
「何、怒ってんだよ?」
「おまえがアホだから」
 返ってくる答えはにべもない。
「徳川と同じこと言うなよ」
「徳川に共感するね、俺は。――ところで朝練は?」
「……寝坊した」
「へえ、珍しい。熱血バレー大先生が朝練をサボるとはね」
 どう考えても嫌味としか取れない茜の言葉に、高丸は押し黙った。直杉といい茜といい、自分の周囲にいるのは口の悪い人間ばかりだ。
「祇園寺先輩、榊先輩、おはようございます!」
 不意に元気な声が横を通過する。顔も名前も知らない女生徒たちが軽やかに駆けていた。
「おうっ!」
「おはよう」
 高丸と茜が挨拶を返すと少女たちは立ち止まり、一斉にこちらを振り向いた。
「ヤッターッ! 朝から先輩たちに逢っちゃった!」
「いや~ん。二人ともカッコイイ!」
 顔を見合わせクスクス笑うと、また駆け出してゆく。
「……あんなもんで喜ぶか?」
 高丸は解せない様子で少女たちの後ろ姿を見送った。
「おまえ、いつもは朝早いからな。登校時に発見できたことが、よほど嬉しかったんだろ」
「ふ~ん。そんなもんなのか?」
 高丸は妙なくすぐったさを覚えて首を傾げた。
 茜が女子に人気があるというのは納得できる。何せ、かなりの美形だ。彼女たちが騒ぐのも無理はない。
 だが、自分に関しては全く理解できなかった。バレー以外に何も取り柄がないというのに、少女たちは嬉しそうに自分に声をかけてくる。実に不思議な現象だ。
 ――あの子も、オレのドコがいいのかねぇ?
 白羽美麗の勝気で真摯な眼差しが、脳裏に鮮明に甦る。
「女って変なの……。オレが女だったら、迷わず茜を選ぶけどなぁ」
「寒い奴。吐き気がするから二度と言うな」
 心底不愉快そうに告げ、茜が高丸を睨む。
「単なる例えだろ」
 高丸は肩を聳やかしながら、目前の巨大な白い門に視線を走らせた。
 いつの間にか、校門前に辿り着いていたらしい。
「――今日もスゴイ数のラブレターだな」
 校門を通り抜けながら、さり気なく茜の片手に視線を落とす。
 彼の手には色とりどりの封筒が携えられている。まるで郵便局員のような有り様だ。茜の手にあるそれら全てが彼宛の恋文なのである。
「毎日貰うと……流石に辟易してくる。読む気にもなれない」
「とか言いつつ、ちゃんと目を通してるんだよな」
 軽く揶揄しながら笑顔で茜の顔を覗き込む。
 途端、茜の顔が不愉快そうにしかめられた。
「一応、俺宛に書いてくれた手紙だからね。でも、中には激しく勘違いしている内容のものがあって困る――」
 憮然とした口調で茜が告げる。
「しーちゃんに触るなっ!!」
 凄まじい怒声が耳をつんざいたのは、その直後の出来事だった。
「おまえ、頭おかしーんじゃねぇの?」
 続いて、聞き覚えのある少年の声が届けられる。
 高丸は無言で茜に目配せした。
 茜の顔には苦笑に近い笑みが閃いている。
 校庭の一部に無数の生徒たちが集結していた。
 渋い緑色の群れが巨大な輪を形成している。
 どうやら、その輪の中心で何か事件が起こっているらしい。
「紀ノ國屋が……!」
「あれ、生徒会長よ……」
 生徒たちの断片的な囁きが嫌でも耳に入ってくる。
 高丸は聞こえてきた囁きにズシリと気が重くなるのを感じた。
 ――あ~あ、朝から嫌な予感。
 それを振り払うように生徒の群れを掻き分け、高丸は輪の中心に飛び出した。



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2009.08.10 / Top↑
「紀ノ國屋健治! 貴様、今、しーちゃんの胸に触っただろっ!」
 空を裂きそうな凄まじい怒鳴り声が、校庭に響き渡った。
 校庭の一角で、三人の少年少女が対峙している。
 今しがた大声を張り上げたのは、銀縁眼鏡をかけた神経質そうな少年だ。
「生徒会長か……」
 高丸の隣で茜がボソッと呟く。
 興奮に頬を紅潮させている少年は、和泉田悠南(いずみだ ゆうな)。三年A組の生徒であり、生徒会長を務めている。
「何とか言え、紀ノ國屋健治!」
 悠南が右手を鋭く突き出し、人差し指でビシッと目前の金髪少年を差す。
 指を突き付けられた少年の方は、鬱陶しげに片手で髪を掻き上げた。綺麗に染め上げられた長めの金髪が、朝の光を受けて眩く輝く。
 少年の身体は奇妙に揺れていた。よくよく注意してみると、足が軽やかにステップを踏み、腰がクネクネと螺旋運動を繰り返しているのだ。更には、軟体動物のようなしなやかさで両手が奇怪に動いている。身体全体が休むことなくリズムを刻んでいるのだ。
「聞いてるのか、紀ノ國屋健治っ!」
 グニャリグニャリと踊り続けている金髪少年に業を煮やしたように、悠南が詰め寄った。
 悠南に急接近されて、初めて金髪少年の動きがピタリと止まる。
「うるせーんだよ、和泉田」
 苛立ちを隠せぬように、金髪少年が両の耳からイヤホンを抜き取った。
 一瞬にして、野次馬たちの間に緊迫した空気と驚愕の囁きが広がる。
「オイ、紀ノ國屋が踊るのやめたぞっ!?」
「おおっ、紀ノ國屋が普通に立ってる!」
「うわっ、マズイだろ。何してくれるんだよ、生徒会長っ!」
「えっ、紀伊國屋センパイって踊りを止められたら死ぬ、って噂じゃなかった!?」
 好奇の視線が金髪少年に集中する。
 紀ノ國屋健治(きのくにや けんじ)。三年D組。通称『踊る人』
 常日頃から軟らかい身体を器用に活かして踊り続けている――ダンス奇人である。
「オレが志緒に何したってゆーんだよ?」
 紀ノ國屋が険しい眼差しで悠南を睨めつける。
「だから、貴様がしーちゃんの胸を触ったんだろ、紀ノ國屋健治!」
「ねえねえ、ゆーくん。やめようよ~」
 怒鳴る悠南の制服の袖を、愛らしい少女がツンツンと引っ張った。
 フワフワとした栗色の巻き毛に、パッチリ二重の大きな瞳。アイドル顔負けの可憐な造形は、正に『天使のような』という形容がピッタリだ。
「志緒、健治くんに何もされてないもーん。だから、ねっ、やめようよ、ゆーくん」
 ニッコリと微笑みながら少女が悠南を見上げる。
「うっ……しーちゃん。なんて可愛いんだ」
 悠南は少女の笑みに悩殺されたように、赤味の射した頬を更にボッと朱に染めた。
「い、いや、それとこれとは話が別だっ! 紀ノ國屋健治はしーちゃんの胸を触ったんだ! 断じて赦せんっ!」
 再び、悠南の紀ノ國屋糾弾が開始される。
「踊ってる時にチョット手がぶつかっただけだろっ。大体なぁ、志緒の平らな胸触ったって、しょーがねーだろっ!」
「あっ、健治くん、ひど~い! 志緒、上から八五・五二・八〇なのにぃ」
 少女――松本志緒(まつもと しお)が、プウッと頬を膨らませて紀ノ國屋に抗議する。
「そんなコト知るかっ。そもそも訊いちゃいねーぞ、志緒!」
「しーちゃんに何て口のきき方するんだ!」
「いや~ん。志緒、怖い」
 志緒は相変わらずのニコニコ顔で事態を見守っている。
「アホ勢揃いだな……」
 抑揚のない茜の声に、高丸は苦笑した。
「紀ノ國屋と志緒が相手じゃ、和泉田が可哀相だな。――しょうがない。行ってくるか」
 嫌々宣言しながら高丸は三人に歩み寄った。
 誰かが止めに入らなければ、不毛な論争は延々と続くだろう……。
「紀ノ國屋、志緒!」
「よお、高丸!」
「あっ、高丸くんだぁ! おっはよう~!」
 高丸の呼びかけに、二人がパッとこちらを振り返る。
「おまえら、朝っぱらからうるさいぞっ!」
 高い背を活かして、上から高圧的に二人を睨め付ける。
「和泉田、おまえもコイツらに突っかかるだけ無駄だ。やめとけよ」
 ついでに悠南もジロリと一睨みしてやる。
 悠南は高丸に気圧されたように一歩後ずさった。一九六センチの高い壁は、有無を問わさず他者にプレッシャーを与えるらしい。
「わーい、高丸くん! 志緒と健治くんを心配してきてくれたのね~。嬉しい」
 唐突に志緒がピョンと跳ね、高丸の腕に抱き着く。
「間違っても、そんなことはない! 鬱陶しいから離れろっ!」
 高丸は眼下で揺れるフワフワの髪を迷惑そうに見つめ、冷たく言い放った。
「いや~ん。だって志緒、高丸くんのこと大好きだも~ん!」
「おまえは、世界中の人間なら誰だって好きなんだろ……」
 高丸が減なりした表情を見せると、傍で紀ノ國屋がケケケと奇怪な笑いを零した。明らかに、志緒に纏わりつかれる高丸の様子を楽しんでいる。
「紀ノ國屋――」
 何か文句の一つでも言ってやろうと紀ノ國屋に視線を流した瞬間、
「しーちゃんから離れろ、祇園寺高丸!」
 激しい口調で悠南が割り込んできた。
「離れろ――って、一方的にくっついてるのはコイツなんだけど?」
 高丸は志緒が絡み付いている腕を高く上げ、能天気に笑っている志緒を指差した。
「うるさい! さっさと離れるんだ!」
 悠南の血走った双眸がギロリと高丸を睨み付ける。
「おまえ……志緒に関わる人間にイチイチ目くじら立ててたらキリないぞ」
 高丸は志緒をぶら下げていない方の肩を聳やかし、呆れ混じりに悠南を見遣った。
「しーちゃんに近付く奴は、誰であろうと赦さん!」
「怒ってるゆーくんって、変なの」
 志緒が無邪気に微笑み、鋭利な言葉を悠南に投げ付ける。
「し、しーちゃん……? いいから、早く僕の傍に来るんだ」
「いや~。だってココ、気持ちイイも~ん」
 そう言って、志緒は高丸の腕を軸にしてブランコのように大きく身体を振るのだ。
「しーちゃんっ!」
 痺れを切らせたように悠南が大きく前進する。と、その時――
「――会長」
 群衆の中から誰かが歩み寄ってきた。
「げっ……」
 高丸は、キリッとした顔の少女を見て唇を歪めた。
 前に進み出て来たのは二人の少年少女。生徒会副会長と会計だ。
「昨日の……」
 苦虫を噛み潰したような表情で独り言ち、高丸は少女――白羽美麗を見つめた。
「意固地になるなんて先輩らしくないですよ」
 会計――二年の有原樹生(ありはら みきお)が、悠南を宥めるようにその肩に手を添える。
「そうですよ、会長。こんなバカな人たちを相手にムキになることはありませんわ」
 見下したように言葉を口にし、美麗は冷ややかな視線で高丸たちを見回した。
 美麗の蔑むような眼差しが紀ノ國屋を通り抜け、志緒の上でピタリと止まる。志緒を眺める瞳には、暗い光が宿っていた。
 嫉妬……それとも憎悪だろうか?
 だが、その不吉な感じのする眼光はすぐに姿を潜め、今度は挑戦的なものへと変化した。苛烈な光を宿した双眸が高丸を見上げる。『ぎ・お・ん・じ・せ・ん・ぱ・い』と赤い唇が音を成さずに言葉を紡いだ。
「――――!?」
 瞬時、高丸は背筋にゾクリと寒気を感じた。
 本能が『あの子は危険だ』と嫌なシグナルを発したのだ。
 予感――不吉な予感だ。
「会長。バカな人を相手にすると、バカが伝染りますよ」
 美麗が嫌味たっぷりに言葉を吐露する。
 高丸は茫然と美麗を見つめた。目前の少女が得体の知れない物体に見えて仕方がない。昨日とは明らかに様子が異なる。
 変だ。不気味だ。
 昨日同様、気の強そうな態度は変わっていない。だが、何かが微妙に違った。彼女の全身から、仄暗い負の感情がひしひしと滲み出ているように感じられてならない。
 昨日の出来事は、それほどまでに多大なショックを彼女に与えたのだろうか?
 身に纏う雰囲気を変容させてしまうほどのダメージだったのだろうか?
 高丸は思案に耽るようにスッと目を細めた。
 美麗の射るような視線は、明らかに自分を非難している。自分に対して文句や不満があるのならば、無言で訴えるのではなく言葉で伝えればいい。今、高丸は目の前にいるのだ。抗議があるなら直接自分に言えばいいのだ。
「……志緒、降りろ」
「は~い」
 志緒が従順に地面に降り立つ。
 高丸は美麗から視線を逸らさずに、ゆっくりと彼女に歩み寄った。
「し、白羽君。確かに僕も彼らはバカだとは思うけど、さっきの言い方はないと思うよ」
 高丸が怒ったと勘違いしたのか、悠南が慌てて美麗に注言する。
 だが、美麗が悠南の言葉に耳を貸した様子はなかった。
 彼女は、ただひたすらに高丸だけを見つめている。
「アンタ、オレに何か文句あるの?」
 困惑の眼差しを美麗に注ぐ。
 美麗の唇が更なる微笑を具現しようと、ゆっくりと孤を描く。
 転瞬――
 キキキキキキキキーッッッッッ!!
 けたたましいブレーキ音が轟いた。



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2009.08.10 / Top↑
 不快な高音を響かせ、一台の真っ赤なポルシェが校門から校庭へと躍り出てきた。
 暴走しているとしか思えない走りを見せるポルシェに、生徒たちが一斉に蜘蛛の子のように散る。
 色鮮やかな真紅のポルシェは意味もなく校庭を一周し、ゴムの焦げる匂いを周囲に撒き散らしながら高丸たちの傍で急停止した。
「……馨センセか」
 苦い呟きが高丸の唇から洩れる。
 高丸たちが唖然と見守る中、スッとポルシェのドアが開き、滑らかな動作で一人の青年が地上に降り立った。
「馨先生、いつ見ても綺麗~!」
 志緒が夢見がちな眼差しでうっとりと青年に見惚れる。
「おはよう、諸君」
 にこやかな表情で周囲の生徒たちを眺め、青年――黒井馨(くろい かおる)は、悠然とポルシェのドアを閉めた。
 真紅のベルベットスーツを見事に着こなした馨が、優雅な足取りで高丸たちに接近してくる。
 黒井馨。二十八歳。
 職業――どうにも納得できないが、聖華学園高等部世界史教師。
 自ら『世界一の美青年』を名乗る超耽美男だ。
 自称するだけのことはあって、顔は恐ろしく整っている。
 彫りの深い異国めいた美貌は、少女マンガに登場しそうなほど華々しい。文句なしの美青年だが、困ったことにモラルに欠けた性格の持ち主でもあった。
「おお、祇園寺君! そんな臍を曲げたような表情は、君には似合わないよ。やめたまえ。折角の美貌が台無しじゃないか!」
 高丸が引きつった顔を馨に向けると、彼は大仰に両手を広げてみせた。
「……オレ、教室に行くわ」
 高丸は敢えて馨を無視し、紀ノ國屋を振り返った。
 紀ノ國屋は既にイヤホンを装備し、全身でリズムを刻んでいる。
「待ちたまえ、諸君! 僕の話はまだ終わってはいないのだよ!」
「聞くほどの話じゃないだろ」
 素っ気無く述べ、高丸は馨に向ってヒラヒラと手を振った。
 馨に付き合えば、延々と『美しさがどうのこうの』『世界の破滅がどうのこうの』と熱弁を揮われることは解りり切っている。わざわざ我慢して聞いてやるほど、高丸はお人好しではなかった。
 生徒会メンバーも馨ワールドを危惧したのか既に何処かへ姿を消していた……。
「酷いではなか! 僕の心は深く傷ついたよ。ああ、誰か僕の心の傷を癒しておくれ……!」
 馨は演技ぶった仕種で両手で自分を抱き締めたりしている。
「は~い、志緒が癒してあげる~!」
 馨と波長の合う志緒がピタリと彼に寄り添い、微笑む。
 高丸はその光景に再度顔を引きつらせてからキョロキョロと辺りを見回した――茜の姿が見当たらない。
「あれ、茜は?」
「さっき一人で校舎に入っていったぜ」
 紀ノ國屋がクネクネと踊りながら端的に返答する。
 バカな連中に関わっている間に、茜に愛想を尽かされたらしい。
 ――滅多にない茜との登校だったのに。
 高丸は失意のあまりにガックリと肩を落とした。


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2009.08.10 / Top↑
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「紀ノ國屋と和泉田が揉めたそうだな?」
 昼休みに突入するなり、そう切り出してきたのは徳川直杉だった。
「あ? 何だ、見てなかったのかよ?」
 高丸は逆に直杉に問いかけた。
「朝練をしていたのでな」
「誰かさんと違って、徳川は寝坊なんて絶対にしないもんな」
 隣の席から茜が口を挟む。『寝坊』の箇所が妙に強調されて聞こえたのは、高丸の気のせいではないだろう。
「ほう。寝坊したのか。熱血バレーボール馬鹿にしては、珍しいな」
 直杉が皮肉げに唇を歪める。口調にはからかいの粒子が微細に含まれていた。
「ほっとけ! 茜も余計なこと言うな」
 両者を軽く睨め付け、高丸は唇を尖らせた。
「事実だろ」
「ムキになるのはみっともないぞ、祇園寺」
 二人から返ってくる言葉は至極冷たい。
「――で、紀ノ國屋がどーしたって?」
 反論する言葉が見付からずに、高丸は憮然と話題を引き戻した。
「あの二人は、何故揉めたのだ?」
「松本の胸を触ったとか触らないとかで、和泉田が紀ノ國屋に突っかかったんだ」
 興味のなさそうな口振りで茜が答える。
「なるほど。志緒が原因か」
「アイツ、オレにも『高丸く~ん!』なんて飛び付いてきやがってよ。おかげで、オレも和泉田の不興をかった」
 高丸は大きく溜息を吐き出した。志緒のあの癖だけは即刻やめてほしいものだ。
「アレの思考回路がどういう構造になっているのかだけは、私にも解せんな」
「単純だろ。犬だ、犬。しかも、主人以外にも喜んで尻尾を振るバカ犬だ」
「茜……おまえってヒドイ奴だよなぁ」
 高丸は、冷静に志緒の分析を披露する茜を苦々しく見つめた。発言の内容が的を射ているだけに、苦笑いする他はない。
「だが、納得できるな。――それで、その後は何事もなく終わったのか?」
 直杉が一つ頷き、逸れた話題を修正する。
「馨センセが乱入してきて――よく解らんうちに撤収」
「ふむ。ただそれだけのことか。皆が『紀ノ國屋が踊るのを止めた』と言っていたので、もっと大事かと懸念したのだが……」
「そういえば紀ノ國屋の奴、何であれぐらいで踊りを止めたんだ?」
 高丸は朝の出来事を反芻し、眉根を寄せた。
 紀ノ國屋が踊りを止めるのは、彼が本気で怒っている証だ。あの程度の糾弾と罵りで紀ノ國屋が激怒するなんて、腑に落ちない。
「松本のことが好きなんだろ」
 茜がアッサリと結論を導き出す。
「へ? 紀ノ國屋が志緒を好き?」
 思わず茜を凝視してしまう。高丸の中では微塵も繋がらない恋愛相関図だ。
「アイツら『3-Dの大ボケアホアホコンビ』とか言われてんだぜ? あの二人に限って、そんなことはない。なあ、徳川?」
「解答保留――と、いったところだな。紀ノ國屋の思考回路も私には理解不能だ。まあ、和泉田が志緒に対して躍起になるのは解らないでもないが」
 直杉は高丸の言葉をサラリと受け流して、新たな話題に触れた。
「和泉田と志緒? それも全っ然解らん」
「知らないのか? あの二人は幼なじみだ」
「ああ、だから『しーちゃん』と『ゆーくん』なのかっ!」
 高丸は、それがとても素晴らしい発見だというように目を輝かせた。
 確かに、二人はお互いのことを親密に呼び合っていた。あれは、付き合いの長さが成せる業だったのだ。
「そうだ。しかも、幼なじみに加えて――」
「榊先輩っ!」
 不意に、直杉の言葉を高い声が遮った。
 話の腰を折られたことに怪訝そうに眉根を寄せ、直杉が声の発生源に視線を馳せる。
 釣られるように高丸も直杉の視線の先を追った。
 瞬時、思いきり顔を強張らせる。
 すぐ間近に、白羽美麗の姿があった。



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2009.08.11 / Top↑

「榊先輩、一緒にお昼食べましょう!」
 明るい声音で告げ、白羽美麗は茜の顔を覗き込んだ。
「どうして?」
 茜が素っ気無い言葉と共に冷ややかな一瞥を与える。
「榊先輩と一緒に居たいからに決まってるじゃないですか!」
「悪いけど……俺、昼は食べないから」
 茜は美麗を突き放すように冷然と応対する。だが、彼女は怯まなかった。
「あたし、榊先輩のためにお弁当作ってきたんですよ」
 彼女は微笑を崩すことなく、馴れ馴れしくも茜の腕を両手で掴んだのだ。
 ――何なんだ、この子は?
 高丸は不気味なものを見る目付きで美麗を注視した。
 昨日、あれだけ熱烈に高丸に迫っておいて、一夜明ければ今度は茜だ。
 節操がないというか、信じられない根性と性格の持ち主だ。
 自分を諦めて新しい恋を発見するのはいい。
 だが、相手が茜となると別問題だ。仮にも自分のことを好きだったのなら、茜が自分の親友であることなど百も承知のはずだ。
 ――何を考えているんだ?
 高丸は疑惑の眼差しを美麗に注がずにはいられなかった。
「祇園寺先輩。榊先輩を借りてもいいですか?」
 高丸の視線に気づいたように、美麗が顔を上げる。
 強い意志を秘めた眼差しが、真っ直ぐに高丸を見据えていた。
「……何で、オレに訊くわけ?」
 高丸は考えを中断させて、不審げに美麗を眺めた。彼女の真意が掴めない。
「だって、祇園寺先輩はいつも榊先輩と一緒にいるじゃないですか」
 美麗はアッサリと述べ、鮮やかに微笑んだ。
 ――また、だ。
 高丸は不快も露に片方の眉を跳ね上げた。
 美麗の厳しい視線が高丸を睨めつけている。顔は笑っているのに、二つの大きな瞳だけは微塵も笑んでいない。朝同様、自分に挑みかかるようなきつい眼差しだ。
「解ってるなら、俺と高丸の邪魔をしないでくれ」
 押し黙ってしまった高丸を見兼ねたのか、茜が冷然と美麗に言葉を放つ。
「あら、そんなこと言っていいんですか? あたし――榊先輩の秘密、知ってるんですよ」
 穏やかな口調で告げ、美麗は茜の耳元に唇を寄せるのだ。高丸や直杉には聞こえないような小声で、何かを茜に耳打ちをしている。
「……解った。昼食に付き合う」
 美麗が唇を離すと茜は不承不承といった感じで頷き、席を立った。
「ありがとうごさいます、榊先輩!」
 勝ち誇ったような笑みを満面に浮かべ、美麗がすかさず茜の腕に自分の腕を絡めた。
「あっ、祇園寺先輩、早く昼練行った方がいいですよ! それから、徳川先輩――毛利先輩が捜してましたよ!」
 歩きながら美麗が振り返り、嫌味のような言葉を投げてくる。
 毛利というのは、直杉と同じ弓道部員で、生徒会の書記を務めている人物のことだ。
 得意気な笑顔を浮かべ、美麗は茜の腕にベッタリと張り付いたまま教室を出て行った……。
 後味悪く教室に取り残されたのは、高丸と直杉である。
「……昼練行こうかなぁ」
「うむ……」
 二人は何とはなしに顔を見合わせ、揃って教室を後にした。


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2009.08.11 / Top↑
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 全ての授業が終了した直後、高丸は物凄い勢いで教室を飛び出した。
 部活に向かうためではない。
 バレーボールと同等――いや、それ以上に重大な事態が起こったのだ。
 親友――榊茜の姿が見えない。
 五時限目も六時限目も、茜は授業に出席しなかった。
 つまり、白羽美麗に昼食を誘われて以来、茜は一度も教室に戻っていないのである。
 考えられるのは一つしかない。美麗が茜に対して何か良からぬことを画策したのだ。
 第六感が警戒音を発している。
 一刻も早く茜を探し出し、美麗の魔手から親友を救出しなければならない。
 募る不安と焦燥に心を急き立てられ、高丸は廊下をひた走った。
「祇園寺、ちょうどいいところに――」
 前方に直杉の姿を発見した。だが、今は相手をしている暇はない。
「話しがある――おい、待て、祇園寺! 保健の西野が――」
「悪い! 今、取り込み中だっ!」
 直杉の制止を無視して、高丸は猛スピードで彼女の脇を通り抜けた。
 三階から二階へと続く階段のところで、今度はバッタリ志緒と出会した。
「高丸く~ん! 健治くん、見なかった?」
「知らねー! アイツのことだから、とっくに帰ったんだろ!」
 おざなりに答えて、高丸は階段の手摺に片手をかけた。そのまま身を浮かせ、踊り場までの十二段を軽々と飛び降りた。着地と同時に、再び疾駆を開始する。
 紀ノ國屋の所在など知ったことではない。
 それに、紀ノ國屋と茜を比べたら――断然茜の方が大切だ。
 ものの数秒で紀ノ國屋の存在を脳裏から締め出し、高丸は二階へと急いだ。
 二階には二年生の教室がある。無論、白羽美麗の在籍する二年A組もだ。
 目指す教室に辿り着くなり、高丸は乱暴にドアを開けた。
「白羽美麗はいるか!」
 怒りに任せて叫び、教室内へ一歩踏み出す。転瞬――
 ガツンッッ!
 鈍い音と共に、頭部に激痛が走った。
「いってーっ!」
 反射的に後ずさり、額に手を当てる。焦っていたために身を屈めるのを忘れ、壁に思い切り額をぶつけてしまったのだ。
 ――不様だ。間抜けすぎる。
 胸中で己の迂闊さを呪っていると、前方にスッと黒い影が現れた。
「大丈夫ですか? 背が高すぎるのも問題ですね」
 クスクスと笑い声を立てながら、美麗本人が高丸の目の前に出現したのだ。
 高丸は額の痛みを堪え、キッと美麗を睨めつけた。
「茜は?」
「榊先輩……ですか?」
 美麗は何のことを問われているのか解らない様子だった。不思議そうに首を傾げている。
「榊先輩がどうかしたんですか?」
 返ってきた言葉に、高丸は小さく舌打ちを鳴らした。美麗は白を切り通す気なのかもしれない。
「茜を何処に隠した?」
「――は? 何のことを言ってるのか解りません。あたし、榊先輩とは昼休みに逢っただけですよ」
「茜が消えた。アンタと教室を出て行ったきり、帰ってこない」
「……あたしのこと疑ってるんですか?」
 美麗の顔がサッと翳る。傷ついたような、心外そうな眼差しがひたと高丸に据えられた。
「確かに榊先輩とは昼休みにお話しましたけど……それはもう済んだことですから。あたし――何もしてません」
「ホントなのか……?」
 猜疑の眼差しを美麗に注ぐ。
 美麗の表情がますます曇った。
「榊先輩のことなんて知りません。でも、あたしを疑うのは祇園寺先輩の自由ですから」
 素っ気ない口調で述べ、美麗が怒ったように踵を返す。
「あっ、オイ!」
 高丸の制止を無視して、美麗は教室へと戻ってしまうのだ。
 ――マジで知らないのか?
 美麗の不愉快そうな顔を見ていると、彼女を嫌疑の対象から外したくなってしまう。
 だが、間違いなく彼女が茜を最後に見た人物なのだ。疑うな、と言われても素直に信じることはできない。
 ――でも、あの子はオレに疑われたことに対して、明らかに怒っていた。
 美麗は本当に茜の行方を知らないのかもしれない。
「ウダウダ悩んでる場合じゃないよな……。とりあえず、茜を捜さなきゃ」
 高丸は美麗に対する疑惑を払拭するようにかぶりを振り、身を翻した。
 美麗を疑い続けても埒が明かない。
 ――校内を捜してみよう。
 そう心に決め、高丸は再び猛スピードで駆け出した。


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2009.08.12 / Top↑
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