ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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◆アヴィリオン  【長編・完結】

  アヴィリオン

▼作品傾向:近未来・特殊能力・博士・美形・流血注意▼


 西暦2110年――太平洋上に浮かぶ巨大人工島ブロスリアンド。
 霊長類研究機関《アヴィリオン》から四名の博士が姿を消し、
 その一ヶ月後に天才博士ミユキ・クルミザワが焼身自殺を図った。
 残されたガウェインたちはミユキの死の真相を掴むために、
 失踪した四人の博士たちの行方を捜し始めるが――   
            
 近未来ファンタジー。バリバリのSFは期待しないで下さいね(汗)
 流血シーン等がありますので、苦手な方はご遠慮下さい。



【INDEX】 

  ◇Death   
  ◇Ⅰ           
  ◇Ⅱ           
  ◇Ⅲ     
  ◇Ⅳ      
  ◇Ⅴ     
  ◇Ⅵ   
  ◇Ⅶ   
  ◇Ⅷ     
  ◇Ⅸ  
  ◇Ⅹ     
  ◇XI     
  ◇XII       
  ◇Rebirth  

  ◇Terrestrial Paradise【77777HIT記念小咄】
         6【完】

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2009.08.27 / Top↑
Death



西暦2110年・夏――


 柔らかな月光が降り注いでいる。
 天へ向かって屹立するビルの合間を、男は足早に歩いていた。
 うだるような熱気が肌に纏わりつく真夏の深夜。
 彼は、何かから逃げるように人気の絶えた夜の街を歩き続けていた。遙か頭上に浮かぶ月の光だけが道標。彼は仄白い光を頼りに、限りなく無音に近い街を深層部へと突き進む。
 細い裏路地に足を踏み入れた瞬間、ふと彼は歩みを止めた。
 コツ、コツ、コツ……。
 緩やかな足音が耳を掠める。
 いつの間にか、背後に何者かが忍び寄っていた。
 彼は怪訝さに眉をしかめながらも、足音を無視して再び歩き始めた。
 歩調を強めると、後背の足音も間隔が狭まる。
 自分が追跡されていることを確認し、彼は小さく舌打ちを鳴らした。
 追っ手をまこうと更に足を速めた瞬間、
「ミスター・エーリッヒ」
 澄んだボーイソプラノが彼を呼び止めた。
 思いがけず実名を呼ばれ、彼――エーリッヒは一瞬身を竦めた。自然と足が止まる。
「失礼ですが、エーリッヒ・ガノヴァ氏ではありませんか?」
 再度、少年と思しき声がエーリッヒの名を呼んだ。
「裏組織の売人か、それともウサミの追っ手か……。いずれにせよ、私に何の用だ?」
 エーリッヒはきつく眉根を寄せた。この街で彼の真実の名を知る者は少ない。
「僕はマーリンが欲しいだけです」
「何のことだか解らないな」
 エーリッヒは大仰に肩を聳やかしてみせた。相手に背を向けたまま、上着の内側から冷ややかな金属の塊を取り出す――拳銃だ。
「いいえ、解っているはずです。あなたが所持しているマーリンと処方箋を譲って下さい――ドクター・エーリッヒ」
「おまえ……やはりウサミの手の者か?」
『ドクター』と呼ばれた瞬間、全身に戦慄が走った。
 エーリッヒは勢いよく背後を振り返り、銃を構えた。
 銃越しに相手の顔を睨めつけ、新たな衝撃に目を瞠る。
 月光に照らし出されているのは、美しい少年だったのだ。
 眩い金髪にサファイアのような双眸。肌は透けるように白く、顔立ちは中世の宗教画に登場する天使のように綺麗だ。
「天使か……」
「ドクター・エーリッヒ。アヴィリオンの生物学者。五神の一人」
 エーリッヒの感嘆を無視し、少年が淡々と述べる。彼は黄金色に輝く髪を微かに揺らし、ゆっくりとした足取りで接近してきた。
「何故、それを知っている?」
 エーリッヒは厳しい眼差しで少年を睥睨した。
 改めて銃口を少年へと定める。
「どうして、アヴィリオンを捨てたんです? 何故、マーリンを持ち出したんですか? アレは表の世界に流出してはいけない代物です」
「アレは、私が持ち出したわけじゃない。無論、処方箋も持ってはいない」
「……本当ですか?」
 黒衣を纏った少年が音もなく迫る。
 その姿が、エーリッヒには天使の顔をした死神のように見えた。
「本当だ」
「では、質問を変えます。どうして、ドクター・ミユキを殺したのですか?」
「私は殺してない!」
 懐かしい名を耳にした途端、エーリッヒは全身から血が引いてゆくのを感じた。
 恐怖、罪悪感、哀惜――様々な感情が胸中で絡まり合う。
 心が悲鳴をあげた。
「あなたが――いえ、あなたたち四人がミユキを殺したんです」
 少年の右手が伸ばされる。憎しみと怒りを孕んだ蒼い瞳がエーリッヒを捕らえた。
「違うっ……ミユキは自殺だった! 言いがかりはよせっ!」
 エーリッヒは反射的にトリガーを引いた。
 銃声より僅かに遅れて、少年の右腕から血の飛沫が噴き上がる。
 しかし、少年は怯むどころか更に腕を伸ばしてきたのだ。
「銃では殺せませんよ」
 血に彩られた右手が銃を掴む。
 刹那、銃身が粉々に砕け散った。
 少年が己の握力だけで銃を粉砕したのだと悟った瞬間、エーリッヒは後ろに跳び去っていた。
「馬鹿な。そんな……まさか――」
 スラックスのポケットからナイフを取り出し、引きつった表情で少年を見つめる。
 冷たい汗が額から滴り落ちた。
「ドクター、教えて下さい。ミユキを殺し、ガウェインたちを捨てた真意を」
「黙れ。それ以上言うなっ。おまえに何が解る? 何も知らない部外者が……! 私たちの苦悩や葛藤など何も知らないくせに」
 エーリッヒは少年に向かってナイフを翳した。
 少年は逃げも畏れもせずに、ただじっとエーリッヒを見つめている。その静穏な顔を見て無性に腹が立った。
 容赦なく少年の右肩にナイフを突き立てる。
 だが、ナイフは柔らかい肉の感触を伝えてはこなかった。鋼鉄に衝突したかのように、カキンと硬質な金属音が鳴る。
「どうぞ切り裂いて下さい」
 少年が促す。
 エーリッヒはナイフを刺したまま彼を凝視した。また冷たい汗が頬を伝う。
「確かに、あなたにとって僕は部外者なのかもしれません。あなたとは初対面ですし、あなたの苦悩など知りません。でも、ガウェインたちの痛みなら理解できます。あなた方が犯した罪も知っています。もうお気づきでしょうが、僕の身体の右半分は機械です」
 感情を伴わない少年の声。
 エーリッヒは肝が冷えるのを感じた。
 恐る恐る少年の右肩に視線を戻す。ナイフを刺した部分の皮膚は裂け、傷口からは深紅の液体が溢れていた。だが、その下には骨よりももっと硬いものが存在している……。
「その人工皮膚を裂いて確認したらどうです? あなた方が、この世に生み出したモノを」
「まさか、こんなことは有り得ない」
 エーリッヒの手からナイフが零れ落ちた。
 それが路面に落下した瞬間、エーリッヒは必死の形相で少年の右腕を掴んでいた。傷口に指をかけ、強引に肌を裂く。
「ああ……私の罪が……」
 エーリッヒは呻いた。
 少年の肌の下から顔を覗かせたのは、プラチナに輝く金属。通常あるべきはずの筋肉組織ではなく、精緻な機械の集合体だ。
 ――これは、私の犯した罪の証だ。
 エーリッヒはきつく唇を噛み締め、震える指を少年の肩から二の腕へと滑らせた。
「美しいボディでしょう? 人間の筋肉と同じように自由自在に伸縮でき――」
「やめろっ! そんなはずはない!」
 エーリッヒは少年の声を遮った。
 指に力を込め、少年の服を引き千切る。
「ひっ……!」
 空気に晒された白磁のような肌を見て、エーリッヒは息を呑んだ。
 少年の二の腕に《X0》という刻印を発見した時、心の底から震撼した。
「馬鹿な。《X0》だとっ!? 何故、今更Xナンバーが現れる? Xナンバーは全てランスロットが廃棄したはずだ」
「廃棄――ですか。自分たちが創り出した存在をモノのように言うんですね」
「君は亡霊なのか? 私は《X0》なんてナンバリングした覚えはない」
 エーリッヒは半ば錯乱状態に陥りながら喚いた。
 現状が理解できない。信じられない。
 この天使の顔をした少年は今、ここに在ってはならないモノだ。
「僕はあなた方の頭脳の結晶ですよ。リガ・イゾルデ――最後のXナンバーです」
「Xナンバー。私たちアヴィリオンの……」

 ――私たちの夢の結晶。悪夢の結晶。

 エーリッヒは愕然と少年を見つめた。
「君は……楽園からの使者なのか?」
「ええ。僕は、あなたがアヴィリオンを捨てた直後、ある事情でこんな身体になりました。ドクター、お願いです。真実を述べて下さい」
「私は何も知らない。ミユキは自殺だし、マーリンは私の手中にはない」
 エーリッヒは青ざめた顔で首を振った。
 少年の顔に落胆と哀しみが具現される。
「僕は、あなた個人にはさして恨みも憎悪も抱いてはいないんです。けれど、ガウェインたちのためにあなたを殺します。こんな僕でも……こんな化け物の僕でも、彼らは愛してくれる。それに、あなたに恨みはなくても、あなた方の創り出したマーリンだけはどうあっても許せない」
 少年の鋭利な視線がエーリッヒの心を貫いた。
 同時に、左胸に激しい衝撃が訪れる。
 肉が割れ、骨が砕け、心臓が破裂する。
 自分の胸から鮮血が飛び散るのを、エーリッヒは他人事のように眺めていた。少年の右腕が寸分違わず心臓を破砕したのだ。
「そうか。君は……マーリンのせいで、そんな身体に――」
 エーリッヒは急速に生命を失いつつある己れを叱咤し、胸から生えている少年の腕を両手で掴んだ。
 転瞬、少年の顔が苦痛に歪む。
「そうです。マーリンのせいで、僕はこんな化け物に……」
「ならば、私は死を享受しよう。確かにマーリンを創り出したことは……私たちの罪だ。だから、私は喜んでミユキの元へ――地獄へ堕ちよう」
 エーリッヒは少年の手をゆっくりと引き抜いた。
 一際激しく血飛沫が舞う。
 朱に染められた視界の中、痛々しい少年の顔が見えた。触れた腕から少年の震えが伝わってくる。
 ――怯えている。この子は自分が常人とは異なることを恥じ、苦しんでいる。
 自分を死へと誘う殺人者に対して、不思議と憎しみも怒りも湧いてはこなかった。
 これは、己の罪だ。
「楽園と子供たちを捨てた私が言えることじゃないが……君は綺麗だ」
 エーリッヒは最期の力を振り絞り、少年を抱き寄せた。
「君は……生命の輝きに満ちている。化け物でも怪物でもない。人間だ。……そんなに泣かなくてもいい。君は人間だ――」
 エーリッヒは呪文のように言葉を紡いだ。
 ――この子に罪はない。全ての罪は、私たちにある。
 死は当然の報い。
 ――私たちは、赦されざる冒涜を犯してしまったのだから。
 少年を安堵させるように微笑みかける。
 刹那、急激に意識が途絶えた。



 初めて人を殺した。
 リガ・イゾルデは、スローモーションのように崩れ落ちるエーリッヒの姿を茫然と見つめていた。
 地面に横たわるエーリッヒの顔には、微笑が刻み込まれている。
 震える唇を懸命に引き結び、リガは死体の傍らに膝を着いた。
 たった今、生命を奪ったばかりの男の顔を眺め、眉をひそめる。
「僕が……綺麗? こんな化け物なのに? 復讐のためだけに天寿を歪め、生き続ける道を選んだ化け物なのに」
 自嘲気味に呟く。
 ふと、視線がある一点に吸い寄せられた。亡骸の傍に無造作に落ちている紙片。エーリッヒが倒れた際にポケットから零れ落ちたのだろう。
『2106年 アヴィリオンにて』
 そう記されているのに気づき、興味をひかれて紙片を手に取った。
 裏返した瞬間、小さく息を呑む。それは一枚の集合写真だった。
 白衣を纏った五人の人物が、写真には克明に焼きつけられていた。
 中央には、まだ幼さの残る少女。その周りを四人の青年が囲んでいる。
 どの顔にも明るい笑顔が浮かんでいた。当然、写真の持ち主であるエーリッヒの姿もある。
 リガは、遺体と写真の中で微笑むエーリッヒの顔を見比べた。
 写真の彼は、夢と希望に満ちた青年のように見える。己の成功と輝かしい未来を信じて疑っていないような誇らしげな笑み。この写真を撮影した数年後、アヴィリオンに悲劇が訪れることなど想像だにしていなかったに違いない。おそらく他の被写体たちも……。
「あなたは矛盾している。Xナンバーを『廃棄した』と言いながら僕のことを人間と呼ぶなんて……。酷い矛盾です」
 独り言ち、リガはエーリッヒの遺体から視線を引き剥がした。
 写真に注意を戻す。
 少女の右側に立つ、眼鏡をかけた青年に真っ先に目を行った。
 瞬時、心の奥底に強い怨嗟の念がわき上がってくる。
「ドクター・ランスロット。僕の家族を奪った殺戮者」
 この世で最も忌まわしい人物。
 幸せだった自分を奈落の底へ突き落とした悪魔。
 憎きマーリンの下僕だ。
「殺さなきゃ」
 冷酷な眼差しで写真の男を見据え、立ち上がる。
「あと三人――」
 低く呟き、リガは血で彩られた右手で写真を握り潰した。


     *


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2009.08.28 / Top↑
     *


 ラグネルは、真夜中の街を軽快な足取りで歩いていた。
 一歩進むごとに、癖のない長い黒髪が颯爽と風に靡く。
 天に向かって聳え立つ幾つもの高層ビル。
 ビルに囲まれた街は、まるで巨大な迷路のようだ。人気のない夜の街を闊歩していると、その巨大なアトラクションを独り占めしているような快感と優越感が胸に芽生えてくる。
 夜の世界は自分のものだ――という傲慢な気分に満たされる。
 昂揚感がラグネルの胸を弾ませ、歩調を軽くしていた。
 時折ビルの隙間から吹き込んでくる風は、微かな潮の匂いを孕んでいる。
 海が近いのだ。
 より正確に表現するなら、ラグネルの住む世界は四方八方全てが海によって塞がれていた。
 この街自体が、広大な海原の中にポツンと存在する島なのだ。
 太平洋に浮かぶ、直径約百キロメートルの巨大人工島――ブロスリアンド。
 島全体が一つの巨大都市であり、独立した自治国家でもあった。
 島は、東・西・南・北・中央の五つのエリアで構成されている。
 ラグネルの住居は、島の南――西エリアとの境界に近い南エリア内に存在していた。
「早く帰って、ランスロットを安心させてあげないとね」
 近所のコンビニで飲食料の調達をし終えたラグネルは、自宅のある高層マンションへの帰途にあった。
 典型的な夜型人間のラグネルは、日頃から深夜の街を一人で徘徊している。だが、同居人であるランスロットは、それを快く思ってはいないようだった。年若い女性が夜の街をうろつくことに危惧を抱き、ラグネルを見送る時にはいつも渋い表情を湛えている。
 それでも、彼がラグネルに夜間の外出禁止を言い渡すことはなかった。彼は、彼なりにラグネルの自由意志を尊重してくれているのだ。
「心配性のランスロット。でも、大好き」
 ラグネルの顔に自然と笑みが浮かぶ。
 唐突に、一刻も早くランスロットに逢いたいという気持ちが募った。
 買い物袋を両手に抱き締め、闊達とした歩みでマンションへと続く角を曲がる。
 その瞬間、思わず足が止まった。
 顔から笑みが消失し、驚愕のために双眸が見開かれる。
 街灯の光から僅かに逸れた位置――薄暗い路傍に人影を発見したのだ。
 ビルの壁に背を凭せかけ、一人の少年が座り込んでいた。
 仰け反らせた顔は、摩天楼の隙間から覗く夜空へと向けられている。だが、美しいサファイアの双眸は、何も映し出していないかのように虚ろだった。
 ラグネルは少年の整いすぎた顔の造形に驚き、次に呆気にとられた。男女問わず、これほどまでの美貌に出会したことはない。
「ブロスリアンド……アヴィリオン……マーリン――」
 少年の呟きが耳を掠める。
 ラグネルは慌てて我に返った。少年の顔が異様に青ざめていることに気がついたのだ。右肩から泉のように血が溢れている。
 ――怪我をしている!
 反射的にラグネルは駆け出していた。
 少年の傍に屈み込み、その顔を覗き込む。
「ねえ、大丈夫?」
 呼びかけると、少年の顔がゆるりと動いた。空虚な眼差しがラグネルに向けられる。
「ミユキ……ミユキなの?」
 少年の唇から震えた声が洩れる。僅かな驚きが含まれていた。
「違う、ミユキじゃない」
 だが、しばしラグネルを凝視した後、少年はかぶりを振った。それから、一切の興味を失ったようにラグネルから顔を逸らし、また空を仰ぐ。
 その瞼が閉ざされるのを見て、ラグネルは大いに焦った。少年の額に片手を当てる。彼の肌は凄まじいほどの熱を帯びていた。
「酷い熱。それに酷い怪我。どうして、こんなことに……」 
 ラグネルは眉根を寄せた。
 右肩から流れる血が止まる気配はない。
「お願い、死なないで。――そうだ、救急車! 救急車を呼ばなきゃ!」
 ようやく当然の対処に思い至り、ラグネルは買い物袋から財布を取り出した。財布の中には、カード型の携帯電話が入っている。
 それを手に取ろうとした時、
「触るな」
 静かな制止の声が背後から放たれた。
 驚いて顔を上げる。
 いつの間にか真横に男が立っていた。
 二十歳前後と思しき青年だ。彼の輝く銀髪が、ラグネルの目を奪った。
「――アルビノ?」
 髪と同じく、青年の肌は輝きを帯びたような白色をしていた。毛細血管が透けて見えそうなほど真っ白な肌と煌めく銀髪を見て、咄嗟にアルビノだと判断した。しかし、その双眸にはちゃんと色素がある。芽吹いたばかりの草木を思わせる綺麗な若葉色をしていた。
 青年はラグネルの不躾な言葉を無視し、少年に向かって腕を伸ばした。
「この子をどうする気? 酷い怪我を負っているのよ。早く病院に連れて行かなきゃ――」
 ラグネルは無意識に少年を抱き寄せていた。
 青年の眉が不愉快そうにひそめられる。
 直後、彼の手が乱暴にラグネルの肩を掴み、力任せに少年から引き剥がした。
「触るな」
 怒りと苛立ちを孕んだ声が、容赦なくラグネルに投げつけられる。
「そこから動くな。指一本でも、この子に触れてみろ――殺してやる」
 青年の全身から紛れもない殺気が立ち上っているのを感じて、ラグネルは恐怖に身を竦ませた。
 動こうにも動けない。身体が金縛りに遭ったように微動だにしない。
 青年は本気だ。再び少年に触れようものなら、ラグネルは間違いなく殺されるだろう。
 青年は、傷ついた少年をそっと両腕に抱き上げた。少年の怪我に視線を馳せ、安堵したように息を吐き出す。
 青年が優しく少年を抱き直した途端、その姿が消えた。
 跳躍したのだ――とラグネルが悟った時には、青年は遙か頭上に跳んでいた。
 百メートル以上あるビルの屋上に着地し、そこから更に跳躍する。
「なんて跳躍力……!? 人間じゃないわ!」
 ラグネルは目を見開き、驚愕の叫びをあげた。
 あっという間に青年の姿は闇に浮かぶ銀の光点と化した。
 銀光は凄まじい速度で遠ざかり、すぐに視界から消え失せる。
「あれは、きっと悪魔ね。一体、何がどうなってるの? 悪魔が、わたしの前から天使を連れ去っていったわ」
 ラグネルは震える身体を両手で抱き締め、怯えた眼差しで夜空を凝視した。


     「Ⅰ」へ続く



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2009.08.28 / Top↑
  Ⅰ



『今朝未明に西エリアで発見された遺体の身元が判明しました』
 無機質なアナウンサーの声が聴覚を刺激する。
 ラグネルは、寝返りを打ちながら渋々目を開けた。
 途端、今が真昼であることを誇示するように窓から射し込む光が視界を奪った。慌てて目をしばたたかせる。
 目が光に慣れたところで壁時計に視線を流した。
 午後十二時三十分――ラグネルにしては素晴らしく早い起床だった。
 ラグネルは大きな欠伸を一つすると、緩慢な動作でベッドを降りた。
 眠気を払拭するために幾度か頭を振り、片手で髪を掻き上げる。
『殺害されていたのは、アヴィリオンの生物学研究者エーリッヒ・ガノヴァ博士。博士は二ヶ月ほど前から行方が――』
 事件の概要を説明する女性アナウンサーの声が、隣室から流れ込んでくる。
 既に起床しているランスロットが、リビングでテレビを観ているのだろう。
 ラグネルは、重い全身を引きずるようにしてリビングへ移動した。
 ドアを開けると、壁に埋め込まれた巨大モニターが視界に飛び込んでくる。
 大手テレビ局の報道番組が映し出されていた。悲愴な表情で報道を続けるアナウンサー。彼女の背景には、事件現場と思われる路地の映像が使用されていた。
 ラグネルはモニターを一瞥してから、リビングの中央にあるソファへと視線を転じた。
 ランスロットの白金髪が見える。事件に強い関心があるのか、ラグネルの接近には全く気づいていないようだ。
「おはよう」
 ラグネルがソファに腰を下ろすと、ランスロットは驚いたように身を強張らせた。フレームレス眼鏡の奥で、緑色の双眸が大きく見開かれる。
「ああ……ラグネルか」
 ラグネルの顔を見てホッとしたのか、ランスロットは小さく息を吐き出した。双眸にいつもの理知的な輝きが戻り、唇が微笑を刻む。
「わたし以外に誰もいるはずがないでしょう」
「確かに。ラグネルにしてはお早いお目醒めだから、驚いた」
「テレビの音で起きちゃったのよ。真剣に観てたけど――何のニュース?」
 ラグネルが訊ねると、ランスロットは不快げに顔をしかめた。
「昨夜未明、アヴィリオンの元ドクターが殺された」
「アヴィリオンって、中央エリアにあった霊長類研究所のことよね。あそこって、一ヶ月前に閉鎖されたんじゃなかった?」
 ラグネルは素早く記憶のページを捲り、アヴィリオンに関する情報を入手した。
 太平洋上に浮かぶ巨大人工島ブロスリアンド。
 島の中央エリアに、つい先日まで存在していたのが霊長類研究機関アヴィリオンだ。



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2009.08.29 / Top↑
 二十一世紀後半、地球の人口は飽和状態に達した。
 人間の住める陸地に限界が訪れたのだ。
 人口密度は二十一世紀初頭の何十倍にも膨れ上がり、全世界を巻き込む居住地問題が発生したのである。
 ラグネルが生まれる遙か昔――2010年に、地上約四百キロメートルの上空に国際宇宙ステーションが完成した。
 以後、宇宙開発は目覚ましい飛躍を遂げ、人類が宇宙空間で生活を営むことができるまでに発展する。
 二十年ほど前には第五宇宙ステーションが完成し、そこでは宇宙飛行士や各方面の研究者・技術者以外にも民間人が住むことが許された。
 更に、月にはアメリカ・カナダ・ロシア・日本・欧州各国が共同開発した月面基地が造られ、火星には人類が住む環境に適したドーム状の大規模都市が建設された。人類の一部は飽和状態の地球を脱し、火星へ移住することになる。
 しかし、宇宙開発が躍進したとはいえ、地球の人口過密化が解消されたわけではない。
 宇宙へ飛び立った移民は僅かに過ぎず、地球には相変わらず人口過密に伴う居住地問題が残された。
 各国首脳は頭を抱えながら協議を繰り返し、ようやく一つの結論を導き出した。
 広い洋上に巨大人工島を建造し、そこに希望者を移住させる計画を立てたのである。
 こうして、二十一世紀末の洋上には幾つかの巨大人工島が浮かぶこととなった。
 太平洋上に浮かぶブロスリアンドも、計画に則って造られた島の一つだ。
 日本・欧州各国が共同出資したブロスリアンドの完成は、九年前の2101年。
 二十二世紀のスタートと同時だった。
 新世紀の幕開けと共に、ブロスリアンドには世界各国から移住を希望した人々が集ってきた。
 新たに事業を展開させようとする企業家、余生を静かに島で過ごそうとする老夫婦、人生をリセットするために新天地を求めてきた脛に疵を持つ者たち……。
 多種多様な人物がこの島に移り住み、島は今も入居者を受け入れ続けている。
 巨大都市ブロスリアンドを管理統括しているのは、出資国の代表者たちで構成される中央議会。
 島の住民は議会が定めた法の下に日常を営んでいる。各国の干渉を受けながらも、ブロスリアンドは一つの都市国家として自治を認められていた。
 ここは、中央議会の支配する島国なのである。
 議会の初代議長に選出されたのは、日本出身のアキラ・ウサミ氏。
 彼は、今なおブロスリアンドの頂点に立ち続けている。
 そして、その彼が私財を投じて運営していたのが、テレビで報じられている霊長類研究機関アヴィリオンなのである。
 2102年、議会の主要機関が密集する中央エリアに、その研究所は場違いのようにポツリと出現する。
 地上三十階建ての白亜の建造物。
 窓が殆どない、蚕の繭のような形をした奇妙なビルだった。



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2009.08.29 / Top↑
 アヴィリオンが具体的にどんな研究を行っていたのか、ラグネルは知らない。
 だが、一ヶ月前にアヴィリオンが八年間の研究活動に幕を閉じたのは知っている。
 リーダー的存在であった博士――ミユキ・クルミザワ氏が不慮の火災で生命を落としたのだ。
 遺伝子学と生命工学の天才を欠いたアヴィリオンは、その直後に突如として閉鎖された。
「ドクター・ミユキの死後、あそこは完全に閉鎖されたはずだ」
 ランスロットが苦々しげに呟く。
「そのアヴィリオンの元博士が、どうして殺されるわけ?」
 ラグネルは意識をモニターへと集中させた。
 画面には死亡したエーリッヒ博士の顔写真が映し出され、その隣に殺害現場付近の簡素な地図が表示されている。
「やだ。西エリアだけど、ここから近いじゃない」
 ラグネルは軽く眉根を寄せた。エーリッヒが殺されたのは、ラグネルたちが住んでいる南エリアに近い場所だったのだ。
 ――もしかして、あの子、この事件に巻き込まれたのかしら?
 ふと、脳裏に血塗れの少年が浮かんだ。
 天使のような顔をした少年。
 彼の肩を抉っていた怪我を思い出し、急に不安を覚えた。
 あれは鋭利な刃物で裂かれた傷口だった。肩に自らナイフを突き立てる人間など皆無だろう。少年は何者かに刺された――襲われたのだ。
 少年の怪我が報道される陰惨な事件と無関係であればいい、とラグネルは密かに祈った。
『ウサミ議長っ!!』
 不意にニュース画面が切り替わる。
 映し出されたのは議長官邸だった。その門から出てきた一台の高級車に、多数の報道陣が群がっている。
 フラッシュの集中砲火を浴びているのは車中の男――アキラ・ウサミ氏だ。
『ドクター・エーリッヒ殺害事件は、アヴィリオンの閉鎖と何か関係あるのですか?』
『ミユキ・クルミザワ博士も他殺だった、という噂は真実ですかっ!?』
『真相はどうなんです、議長!』
『議長、議長、議長――』
 報道陣の容赦ない質問がウサミ議長に投げられる。だが、車中の人物は微動だにしなかった。
 やがて、議長を乗せた車は報道陣を押し退けるように発進し、瞬く間に遠ざかった。
「エーリッヒが死んだのに、ノーコメントか」
 ランスロットが嘲るような呟きを発する。
 ラグネルは彼の発言を不思議に思い、その顔をまじまじと見つめた。
「博士と知り合いだったの?」
「エーリッヒは……古い友人だった」
 ランスロットの双眸が僅かに細められる。表情には、友人の死を悼む哀しみと自嘲の笑みが相俟っていた。
 複雑な表情に見てはならないものを目撃してしまったような気がして、ラグネルはランスロットから視線を逸らした。
「わたし、コーヒー淹れてくるね」
 勢いよく立ち上がり、リビングに隣接しているキッチンへと足を運ぶ。
 途中、一度だけランスロットを振り返った。
 彼は相変わらず深刻な表情でモニターに見入っている。
 今までラグネルには見せたことのないほど厳格で冷徹な顔をしていた。



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2009.08.29 / Top↑
 ――わたしは、ランスロットのことを何も知らない。
 リビングに面したカウンターでサイフォンをセットしながら、ラグネルは密やかに唇を噛み締めた。
 ラグネルがランスロットと出逢ったのは、およそ一ヶ月前。
 ランスロットの話では、ラグネルはマンション近辺の路地に倒れていたのだという。そのまま放置しておくわけにもいかず、彼はラグネルをこのマンションへ運んだ。
 意識を取り戻した時、ラグネルは記憶を失っていた。
『ラグネル』という名前しか頭に閃かなかったのである。
 ブロスリアンドのことや世界情勢など、一般的な知識はしっかりと脳に刻み込まれているのに、己のこととなると名前以外何一つ思い出せないのだ。
 途方に暮れたラグネルを見かねたのか、ランスロットは『記憶が甦るまで、ここで暮らせばいい』と提案してくれた。そしてラグネルは、彼の有り難い申し出に甘えることに決めたのである。
 病院であれこれ検査されるのは嫌だったし、時が経てば自然と記憶を取り戻せるだろうと楽観的に考えたのだ。
 共同生活開始から一ヶ月――何事もなく幸せな日々が続いている。
 しかし、同居人であるランスロットについては何も知らないに等しかった。
 知っている事柄は、ランスロットが二ヶ月前に勤務していた製薬会社を辞め、今は退職金で暮らしていることだけだ。
 アヴィリオンの博士と知己だったとは驚きだ。『製薬会社に勤めていた』という彼の話が真実ならば、アヴィリオンとの接点があってもおかしくはないのだが……。
 ――わたしったら何を疑ってるのかしら。ランスロットが嘘をつく理由なんてないのに。
 ラグネルは慌ててかぶりを振った。
 一瞬でもランスロットに疑心を抱いてしまった自分を恥じる。
 恩人である彼を疑うなんて、どうかしている。
 ――他人を疑ってる暇があったら、自分の記憶をどうにかしろってね。
 もう一ヶ月も経つのに、未だに自分に関することは何も思い出せない。
 記憶を手繰ろうとすると、必ず頭痛が起こるのだ。手がかりを発見できそうな時に限って、痛みは激しい。
 まるで、自分の中の何かが『思い出すな』と警告を発しているようだ。

『次のニュースです。東エリアで、またしても薬物乱用による犯罪が起こりました』
 アナウンサーの声に、ラグネルははたと我に返った。
 物思いに耽っているうちに、エーリッヒ博士殺害事件の報道は終わってしまったらしい。
『ここ一ヶ月、東エリアでは薬物使用による青少年の犯罪が急増しています。いずれも同種の薬物による幻覚・錯乱が原因だと思われますが、問題の薬物については未だ解析結果が出ていません。ブロスリアンド中央大学では、引き続き薬物の解析と――』
 プツッ、と唐突に映像が途切れる。
 見ると、ランスロットが不機嫌な表情でリモコンを手にしていた。
「無駄なことを」
「えっ? 何のこと、ランスロット」
 ラグネルは反射的に問いかけていた。ランスロットの言葉が何に対してのものなのか理解できなかったのだ。
「マーリンが流出し、エーリッヒが死んだ。もうすぐ――白い死神がやって来る」
 ランスロットが意味不明な呟きを洩らす。
 ラグネルの存在は全く無視されていた。
「……変なランスロット」
 ラグネルはヒョイと肩を竦め、コーヒーを注ぐためのカップを用意し始めた。
 ランスロットが何に関心を抱き、何を考えているかなど、ラグネルには推し量ることができない。
 ただ、彼が発した《白い死神》という言葉に、何故だか昨夜のアルビノ青年を思い出した。


     *



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2009.08.29 / Top↑
     *


 壁に飾られた巨大な写真を、ガウェインはじっと見つめていた。
 霊長類研究機関――アヴィリオンの正面ゲートで撮られた写真だ。
 写真には、七人の男女の姿が焼きつけられている。
 中央に、アヴィリオンの出資者であるアキラ・ウサミと彼の長男であるフレイ・ウサミ。
 彼らの左右には、五人の博士たちが散らばっていた。
 ここは、五人の博士たちの聖域だったアヴィリオン。
 そして、ガウェインの家でもあるアヴィリオンだ。
 ガウェインが今いるのは、地下二十階にある一室――かつては、ミユキ・クルミザワ博士の私室であった部屋だ。
 ウサミ議長からアヴィリオン閉鎖の旨が通達された後も、ガウェインはここに留まっていた。
 再び外の世界に放り出されることが怖くて。
 ここを飛び出す勇気がなくて……。
「あんたたちは勝手だよな。好きなだけオレたちを研究し、開発して――用済みになったら簡単に捨てた。今更、普通の人間に紛れて生活しろとでも言うのかよ? オレたちは、あんたたちに育てられた怪物なのに……」
 独り言ち、鋭い視線で写真を睨めつける。
 左から順に博士たちを目で追った。
 左端に立つ若い男が、昨夜死亡したエーリッヒ・ガノヴァ。生物学者。
 エーリッヒの隣に佇む端麗な顔立ちの青年が、アシュレイ・クライメント。電子工学と数学の第一人者。
 そのアシュレイに肩を抱かれている少女が、エレイン・フォーチュン。僅か九歳でブロスリアンド中央大学を卒業し、博士号を取得したコンピュータの寵児。
 ウサミ親子を飛ばして、次がミユキ・クルミザワ。生命工学と遺伝子工学の研究者。
 右端に立つ眼鏡をかけた男が、ランスロット・マロリー。薬学に長けた医学博士。
 霊長類研究機関としての表向きのアヴィリオンではなく、地下に存在する真のアヴィリオンの主要博士がこの五人だった。
「どうして、オレたちを捨てた? なあ、教えてくれよ、ランスロット」
 ガウェインは、写真の中のランスロットを拳で殴った。
 己の異様に白い肌を持つ腕が、否応なしに視界に飛び込んでくる。色素のない銀色の頭髪は視野に入らぬよう常に短く切っているが、肌だけはどうしても目についてしまう。
『ガヴィ、俺のアルビノ。俺の――最高傑作!』
 不意に、脳裏でランスロットの声が甦る。
 同時に昨夜出会した少女のストレートな言葉をも思い出して、ガウェインは苛立ちと怒りを覚えた。
「好きでアルビノに生まれたわけじゃない」
 舌打ちを鳴らし、眦を吊り上げる。
 ガウェインの身体は、生まれた時からメラニンや葉緑体などの色素を欠いていた。
 それは、ガウェインのせいでも両親のせいでもない。
 だが、褐色の肌を持つ両親は、生まれてきたアルビノを見て仰天し、嘆き悲しんだ。そして、人々から奇異の眼差しを向けられることに耐えかねて、ついには我が子をブロスリアンドに捨てたのだ。
 当時、ガウェインは十歳かそこらの子供だった――
「思い出すな」
 過去を顧みそうになっている自分に気づき、ガウェインは慌てて自戒した。
 忌々しい記憶をわざわざ掘り起こす必要はない。
「そうそう、思い出に耽ったって、過去は変わりはしないわよ」
 突然、背後から抱き締められる。
 ガウェインが驚いて振り返ると、大きな鳶色の双眸を輝かせた派手な女性の顔が間近にあった。
「まっ、思い出して悩みたいなら、好きなだけ悩めばいいけどね」
 長い巻き毛を誇らしげに揺らし、女は素早くガウェインの頬にキスをする。
「気持ち悪いことするなよ、モリガン」
 ガウェインが不機嫌に女を振り払うと、彼女は笑いながら飛び退いた。
 彼女――モリガンの身体は、床から一メートルほど離れた宙に浮いている。
 スポーツブラにホットパンツという出で立ちのモリガンを見て、ガウェインは溜息をついた。
 モリガンは羞恥心や慎み深さとは無縁の女性なのだ。自分が見事な肢体の持ち主であることを熟知していて、いつも露出度の高い格好をしている。
「悩むのは青少年の特権よ。あたしは悩むことなんて、とっくに放棄しちゃったけどね」
「――で、何しにきたんだよ」
 ガウェインは、モリガンの左の腕を見つめながら訊ねた。
 彼女の二の腕には《Y8》という文字が刻印されている。ガウェインの左腕にも彼女と同様のナンバリングがあるのだ。
「アラ、決まってるじゃない。可愛い可愛いリガの様子を見にきたのよ」
 床に着地したモリガンの視線が、室内の隅にあるベッドへと馳せられる。ガウェインも釣られるようにそちらへ視線を転じた。
 ベッドには金髪の少年が横たわっている。
 血の気を失った秀麗な顔は、細かな汗の粒に覆われていた。
「つっ……。ああっ……ああああああっ!」
 突如として、少年の唇から悲鳴が迸った。



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2009.08.30 / Top↑
「発作だわ」
 モリガンが表情を引き締める。
「ああっ……いや……嫌だっ! 助けて……誰か助けてっ!!」
 苦悶の叫びが続く。
 少年の細い右腕が何かを求めて宙を彷徨った。
「リガ!」
 ガウェインは慌ててベッドへ駆け寄り、少年の手を掴んだ。
 少年――リガが必死にガウェインの手を握り返してくる。彼の身体は弓なりに仰け反り、更に右半身が激しい痙攣を引き起こしていた。
「しっかりしろ」
 リガの指が、常人では考えられないほどの強い力でガウェインの手を握り締める。その痛みに耐えながら、ガウェインは残る一方の手でリガの髪を撫でた。
「嫌だ……助けて! 誰か……ルナを――家族を――僕を助けてっ!」
「大丈夫だ。ランスロットはここにはいない。だから、もう苦しむことはないんだ。――オイ、どうにかならないのかよ?」
 ガウェインは縋るようにモリガンを見遣った。
「うーん、どうにかって言われてもねえ……。ボディの修復はちゃんとしたわよ。でも、この発作だけは誰にもどうにもできないわ」
 モリガンは渋い表情でガウェインを一瞥し、掌をリガの右肩に添えた。リガの右肩から腕にかけては白い包帯が幾重にも巻きつけられている。
「死ぬのか?」
「そんな不吉なこと口走らないの」
「なあ、死ぬのかよ? まだ十五歳だぞ」 
「ガヴィ、やめなさい」
「たった十五年しか生きていない子供なんだぞ! なのに家族を奪われ、右半身を奪われ、未来を奪われ、今また生命を奪われるなんて――」
「ガウェイン、あたしは『やめろ』と言ったはずよ」
 モリガンが激しい口調で叱咤する。
「あんたが取り乱すから、リガが怯えちゃったじゃない」
 モリガンに指摘されて、ガウェインはリガの発作が治まっている事実に初めて気がづいた。
 リガの涙に濡れた蒼い瞳が、じっと自分を見つめている。
「僕は……もう子供じゃないよ」
 リガの顔に弱々しい微笑が浮かぶ。
 その笑顔を見た瞬間、ガウェインの胸に鋭利な痛みが走った。
「悪い。おまえを傷つけるつもりはなかったんだ」
「平気だよ。発作なんて、いつものことなんだから心配しないで」
「そんなの無理に決まってるだろ。オレは、いつだってリガのことを一番に考えてる」
「本当に心配性だね。……じゃあ、もう少し傍にいて。ガヴィがいてくれたら、きっとすぐに良くなる」
 苦しげに囁き、リガが静かに瞼を閉ざす。
「ああ、ずっと傍にいる」
 ガウェインはリガの手を握ったまま大きく頷いた。
 だが、リガからの返事はない。再び意識を失ってしまったのだろう。
「おバカさん。病人に気を遣わせて、どうするのよ」
 モリガンが呆れ顔でガウェインを睨む。
 まったくその通りだったので、ガウェインには返す言葉もなかった。
「不憫よね。生身の部分とサイボーグ部分のネットワークが巧く働かないなんて。それを解っていても、あたしたちにはどうしようもない。もどかしいわね。せめてミユキが生きていてくれたら……」
 モリガンが溜息混じりの言葉を吐き出す。
 ガウェインはリガの顔を見つめ、きつく唇を噛み締めた。

 

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2009.08.30 / Top↑
 初めて出逢った時、天使のような少年は血の海の中に無惨な姿で転がっていた。
 頭部を除く右半身が、鋭利な刃物でめった切りにされていたのだ。
 リガの周囲には絶息した彼の両親と妹のルナが横たわっており、ガウェインはリガも死んだものだと思っていた。
 だが、少年は奇蹟的に生きていた。
 重傷を負いながらも、脳と心臓は停止を免れていたのだ。
 ガウェインはリガを救うために、瀕死の彼をアヴィリオンへ連れ帰ってきた。
 そしてリガは、ドクター・ミユキの手術によりサイボーグとして甦ったのだ。
 リガの右半身は精密な機械で再構成され、傷んだ内臓は全て人工臓器に取り替えられた。
 あの時は、少年の生命を救いたくて必死だった。
 リガに生きてほしくて、ミユキに手術を懇願した。
 だが今となっては、その選択が良かったのか悪かったのか――解らない。
 手術から二ヶ月、未だにリガはサイボーグ部分との不適合に悩まされている。
 加えて、リガの頭を占めているのは、家族を地獄へと突き落としたドクター・ランスロットへの復讐と、彼が生み出した悪魔の薬《マーリン》の撲滅だけだ。
 更に辛いのは、リガが復讐を成し遂げた後、死を望んでいるということだ。
 サイボーグ化に際し、生身の左半分は薬で成長が止められている。その上、リガがこの先、男性として機能することは永遠に有り得ない。ランスロットによる厄災が降りかかった時、彼は生殖器をも失ってしまったのだ。今ある器官は、生殖機能を持たない人工物だ。
 それらの事柄が複雑に絡まり合った結果、リガは未来に希望を持たなくなった。
 リガに新しい未来を与えることが可能なはずだった唯一の人物――ドクター・ミユキも一ヶ月前に自殺を図り、今はもういない。
 ――あの時、死なせてあげた方が幸せだったのかもしれない。
 ガウェインは、気を抜けば震えてしまいそうな手に力を込めた。
 唇の戒めを解き、許しを請うようにリガの額にそっと口づける。
 ――リガは、心の何処かでオレを憎んでいるのかもしれない。
 これまで幾度となく心を苛んできた悩みが、また鎌首を擡げてくる。
 リガの発作を目の当たりにする度に、ふと芽生えてしまう疑心。
 リガをアヴィリオンに連れてきたのは自分だ、という事実が心に罪悪感と後悔の念を植えつけていた。
「ホント、おバカさんね。どうして、リガがあんたのことを憎んでるなんて考えるのよ? バカじゃないの。バッカじゃないの!」
 唐突に頭を拳骨で殴られる。
 はたと我に返ると、モリガンが不愉快げにガウェインを見下ろしていた。
「勝手に心を読むな!」
 怒りと羞恥に顔を朱に染め、ガウェインはモリガンを睨んだ。
『読心術』は彼女に備わっている特殊能力の一つだ。
「アーラ、あたしじゃないわよ。モルゴスが独断でやったのよ」
 モリガンは妖冶な笑みを浮かべ、ガウェインの怒りをサラリと受け流す。
「モルゴスでも同じことだろ。二度とオレの心を覗くな」
「ハイハイ。でもね、あんたがリガに対して責任を感じるのは解るけど――自己憐憫に浸るのもいい加減にしなさいよ。リガが可哀相だわ」
 モリガンの真摯な眼差しがガウェインを射る。普段、滅多に真面目な部分を見せないだけに、妙な威圧感があった。
「この子は、あんたを憎いだなんて微塵も思ってないわよ」
「それが真実なら少しは報われ――」
 言いかけた言葉は、モリガンの容赦ない張り手によって封じ込められた。
「ったく、このおバカさんは、いつまでそんなこと言うのかしらね。傍にいるあんたがホントは一番よく解ってるはずよ。リガが誰よりもあんたを信頼し、慕ってること!」
 怒り口調のモリガンに対してガウェインは力無く頷き、そのまま項垂れた。
「解ってるじゃない。じゃ、何が怖いのよ?」
「……失うのが」
「これだから、お子様は……! あたしたちがこれ以上何を失うっていうのよ? 少なくともあたしには――もう何もないわ。ああ、これじゃ言い方が悪いわね。あんたとリガとガラ以外は、って意味よ。リガが大切なら、あんたがしっかり護ってあげなさいよ。あんたの力は、そのためにあるんじゃないの?」
 モリガンが矢継ぎ早に捲し立てる。
「解ってる。リガにはもう人を殺させない」
「OK。以上で説教は終わり。――ああ、バカな弟を持つと苦労するわね」
 ガウェインの額を人差し指で弾き、モリガンは妖艶な笑みを浮かべる。彼女はガウェインから離れると、軽やかに踵を返した。
「何処に行く気だよ?」
「東エリアで頻発してる薬物犯罪を調べに行くのよ。きっとマーリンが絡んでるわ。博士たちに繋がる糸なのよ。逃がしはしない。ミユキの死の真相を突き止め、マーリンの流出を防いだら、みんな――あたしが殺してあげるわ」
 モリガンは首だけをねじ曲げてガウェインを振り返った。
 深紅の口紅に彩られた唇は残酷な笑みを象っている。
「ミユキが自殺したなんて、これっぽっちも信じてないわ。あいつらが追い詰めて、殺したのよ。あたしは博士たちを許さない。綺麗サッパリ片をつけたら、アヴィリオンを出るわ。新しい世界に飛び出すの。そのためなら、あたしは――博士たちを殺すことも厭わない」
 感情の籠もらぬ声音で告げ、モリガンは再び歩き始める。
 ガウェインが無言でモリガンの背中を見送っていると、
「その格好で出て行くなよ」
 突如として男の声が響いた。
 空気が裂けるような音がしたかと思うと、長い黒髪の男が虚空に出現する。
 彼が優雅な仕種でパチンと指を鳴らすと、モリガンの身体はあっという間に赤いドレスに包まれた。
「アララ、我らが魔術師殿のご帰還よ」
 モリガンが大仰に肩を聳やかし、おどけた口調で告げる。
「ガウェイン、マーリンだ」
 黒髪の男――ガラハッドは、着地と同時にガウェインに向かって小さな薬瓶を投げて寄越した。
 ガウェインはそれを受け取り、瓶の中で揺れる透明な液体を不機嫌に眺めた。
「常人には悪魔の薬でも、俺たちにとっては魔法の薬だ。リガの痛みを緩和してくれる」
 諭すようなガラハッドの言葉に、ガウェインは無言で首肯した。
 薬瓶とリガをしばし交互に見つめる。
 リガの顔は相変わらず苦痛に強張っていた。時折、頬の辺りが微かな痙攣を引き起こす。混濁した意識の中で、身を蝕む激痛と必死に闘っているのだろう。
 ガウェインは意を決して、サイドテーブルの抽斗から注射器を取り出した。注射器に液体を吸い上げると、手早く針をリガの左腕に押し当てる。
 薬が全てリガの体内に注入されたところで大きく息を吐き出した。
「これで、しばらくリガは起きないな。――ランスロットの居場所が判明した。俺が行ってもよかったんだけど、ガウェインの方が彼に逢いたいと思ってね。南エリアに隠れてるらしい。昨日、リガが倒れていた辺りだ」
 ガラハッドが一語一語噛み締めるように報告する。
 告げられた内容に驚き、ガウェインは目を瞠った。
「ランスロット……」
 ――オレを拾い、研究対象にした男。
 溢れんばかり怒りが胸中を占拠する。それは次第に喜びへと変貌を遂げた。
 自然と顔に酷薄な笑みが広がる。
 おそらくリガはエーリッヒを殺害した後、ランスロットを殺しに向かったのだろう。だが、失血のショックでランスロットの元へ辿り着く前に昏倒した。
 リガにとってもガウェインにとっても、それは幸運だったのかもしれない。
 ――リガに余計な血を流させずに済んだ。それに、ランスロットはオレがこの手で殺さなければならない。あの男は、オレの創造主なのだから。
「リガにはもう誰も殺させない。オレが行く」
 リガの髪を優しく指で梳いてから、ガウェインは決然と立ち上がった。
 裡なる興奮と憤怒を表すように、白い肌が淡い燐光を発した。


     「Ⅱ」へ続く



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2009.08.30 / Top↑
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