ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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◆星神の都  【長編・完結】

  星神

▼作品傾向:異世界・剣・魔法・美形・友情・青春▼

 
 王が死す時、星は輝きを失う――

 星神セラが創りし国シア。
 かの国の玉座に就くことができるのは《星》を輝かせた者のみ。
 国王の死によって、星神の都シアで《星戦》が繰り広げられる――

 


【INDEX】 

  ◇序   
  ◇星戦       
  ◇星守人    
  ◇旅立ち    
  ◇秘密     
  ◇子守唄     
  ◇揺らぎ     
  ◇新王候補      
  ◇交錯      
  ◇別離――決意      
  ◇選択   
  ◇星刻     
  ◇星守姫の子守唄        
  ◇跋 

【小咄】
  ◇春眠不覚暁     

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2009.09.20 / Top↑
 序



 揺らめく炎が室内を照らしていた。
 無数の蝋燭に彩られた石造りの広間は、独特の荘厳さを醸し出している。
 女は、静寂に包まれた広間を見渡すと、その中心部へ向けて歩を進めた。
 一足ごとに長い金髪が優雅に靡き、同じ色をした双眸が蝋燭の炎を反射して眩く輝く。
 その視線は、中央に設えられた円形の祭壇に向けられていた。
 女は祭壇の前で一旦足を止めた。
 険しい表情で円柱形の神座を見上げてから、縁をぐるりと取り巻く螺旋階段を昇り始める。
 祭壇の頂で女を待っていたのは、彼女の背丈ほどもある八角柱の台座だった。
 神の玉座に浮かぶ物体を確認して、女は初めて厳しい表情を崩した。
 唇から安堵の息が洩れる。
「先ほどの胸騒ぎは、わたくしの杞憂のようね。――あなたは変わらず美しい」
 案ずることはない。
《星》は正常に輝いている。
 女はホッと胸を撫で下ろすと、玉座で輝く物体に片手を伸ばした。
 女が触れているのは掌ほどの大きさの石だ。
 だが、ただの石ころではない。
 石は玉座から三十センチほど離れた宙に浮き、黄金色に発光しているのである。
 正八面体をした輝石のことを、この国では《星》と呼ぶ。
 それは星神からの貴き贈り物。
 国と星神セラとを繋ぐ重要な媒体――神の分身であり、国の生命そのものでもあった。
 だから、何としても護らなければならない。
 尊き星の守護――それが女に与えられた使命であり、彼女の生の全てなのだから。
「何を怯えているの? あなたは静かに輝き続けていればいいのよ」
 女は愛おしげに星に語りかけ、その硬い手触りを愉しむように表面を指で撫でた。
 そうしながら瞼を閉じ、深呼吸をする。
 程なくして、女の唇から唄が紡がれ始めた。
 澄んだ美しい声が広間に響き渡る。
 清涼感を孕んだ女の声は、高く高く、まるで天を目指しているかのように飛翔してゆく。
 女は星のために子守唄を歌っていた。
 愛情を籠めて唄を織りなす。
 しかし、女が音程を一際高いものへと変じようとした瞬間、彼女の裡で何かが大きく弾けた。
 身を裂くような鋭い痛みが体内を駆け巡る。
 女は唄を中断させ、ハッと目を見開いた。
 心臓が早鐘のように打ち鳴り、額が急速に熱を帯びる。
 反射的に己が額に掌を押し当て、女は愕然とした。
 尋常ではない熱を放っている。
 星神に選ばれし者として刻みつけられた特殊な印が、光を発しているのだ。
 女は声にならない悲鳴をあげた。
 女の額には黄金色に煌めく刻印が浮かび上がっている。
 八つの頂点を持つ八芒星。
 それこそが星神セラの寵愛を受けた証――星刻(せいこく)だった。
「そんな……まさか――」
 女は茫然と宙に浮かぶ星を見つめた。
 いつの間にか、星は忙しなく明滅を繰り返している。
 それを目の当たりにした途端、女の顔から血の気が引いた。
 自然と口の端が引きつれる。
 やはり、胸騒ぎは不吉な前兆だったのだ。
 驚きと畏れに立ち竦む女の眼前で、不意に星から輝きが消え失せた。
 星は呆気なく失墜し、虚しく玉座に転がる。
「星が……墜ちた」
 女は、一瞬にしてただの石ころと成り果ててしまった物体を凝視した。
「陛下がお亡くなりになられた」
 言い知れぬ喪失感が女を支配する。
 身体から力が抜け、双眸から涙が零れ落ちた。
 だが、彼女は必死に自制し、挫けそうになる心に負けじと石の台座に両手でしがみついた。
「わたくしの代でも星戦が起こるなんて……。ああ、なんということなの」
 喘ぐように呟き、きつく唇を噛み締める。
 やがて女は、何かを断ち切るようにかぶりを振ると、涙に濡れた瞳で力を失った星を睨み据えた。
 緩やかに態勢を立て直し、冷たくなった星に両手を添える。
 そのまま星を頭上に掲げ、自らも天を振り仰いだ。
「亡き国王陛下に。そして、新たなる王のために――」
 女は静かに唄を紡ぎ始めた。
 再び広間に荘厳な歌声が響き渡る。
 だが、今度のそれは優しい子守唄ではなく、悲愴さを漂わせる鎮魂歌だった。
 女は天上に住まう星神に向かって、一心不乱に唄を捧げ続けた。
 光を失った星が、もう一度神々しい輝きを取り戻せることを切に祈って――


     *


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2009.09.20 / Top↑
     *


 全身に凄まじい衝撃を感じて、少女は寝台から飛び起きた。
 右手が異様に熱い。
 驚愕とともに己れの右手に視線を走らせる。
 掌に刻まれた八芒星が煌々と光を放っていた。
「ファ・ルシアの子守唄が……消えた」
 少女は不安げに天井を見上げた。
 つい先ほどまで建物中に響き渡っていた歌声が途絶えてしまった。
 代わりに、人々の忙しない足音が石造りの廊下に反響し始める。
 少女は慌てて寝台を抜け出した。
 駆け足で室内を突っ切り、廊下へと躍り出る。
 直後、背後から悲鳴に近い声が飛んできた。
「レイジィ、急いで!」
 少女――ラナ・レイジィは足を止めた。
 後ろを振り返ると、同僚のイル・アナンが駆け寄ってくるところだった。
 彼女の左目は、レイジィの右手と同様に黄金の光を発している。
 彼女もレイジィと同じく星刻を持つ者。
 星神セラに選ばれた《星》の番人――星守人(セリルダ)なのだ。
「星が墜ちましたわ」
 焦燥も露わにアナンが告げる。
「えっ、本当に墜ちちゃったわけ!?」
 レイジィは驚愕に目を瞠った。
 アナンが間髪入れずに首肯する。
「嘘……でしょ? ちょっと冗談じゃないわよ。あたし、星戦なんて嫌よ」
 レイジィは不満たっぷりに唇を尖らせ、眉根を寄せた。
 冗談だと思いたかった。
 自分が星守人であるうちに《星》が墜ちる事態が勃発するなんて、微塵も想像していなかった。
 いや、想像したくもなかった。
 これから戦が始まるなんて、誰だって考えたくはない。
 しかし、それは現実に起こってしまった出来事なのだ。
 星守人を束ねる星守姫(セリシス)ファ・ルシアの唄が途絶え、星守人たちの星刻が輝きを灯している。
 主人である星が墜ちたことを感じ取り、星刻が嘆いているのだ。
「愚痴なら後で聞いてあげますわ。今は一刻も早く星守の間に行かなくてはなりません」
 アナンが毅然と告げ、嫌がるレイジィの腕を引っ張るようにして駆け出す。
 レイジィは渋々と彼女に従った。
 見ると、他の星守人たちも焦った様子で廊下を走っている。
 皆、塔の最上階を目指しているのだ。
 星守人の住まうセラ大神殿。
 その中でも一際高く聳える星守の塔の最上階――《星守の間》と呼ばれる広間に国王の星は祀られているのだ。
 国王の星が墜ちたとなれば、星守人たちが集う場所はそこしかなかった。



 星守の間には、星守姫ファ・ルシアの姿があった。
 神々しい黄金の髪と瞳を持つ、美しい女性。
 その額に刻まれた星刻は、レイジィのものと同じように光り輝いている。
 偉大なる星守姫の両手に輝きを失った星が乗せられているのを見て、レイジィは思わず溜息をついてしまった。
 星が墜ちたという事実は、どうあっても覆せないものらしい。
「ギュネイ国王が崩御されました」
 祭壇の上から星守人たちを見回し、ファ・ルシアは悲しげに告げた。
 皆の気の毒そうな視線がルシアに向けられる。
 星神の都――シア。
 この国を統治していたギュネイ・セラシアは、ルシアの実父でもあった。
 ルシアは星と父親を同時に失ってしまったのだ。
 その哀しみは計り知れないほど大きいに違いない。
 だが彼女は、それをおくびにも出さずに凛然と皆を見返した。
「わたくしたち星守人は星神の意志に基づき、新たな王を選び出さなくてはなりません」
 ルシアの怜悧な双眸が一度星に落とされ、再び星守人たちに注がれる。
 星守人たちが無言で頷くのを確認してから、彼女は言葉を継いだ。
「これより我が国は星戦に入ります」
 星守姫の玲瓏たる声が神の啓示のように星守の間に谺した。


     「星戦」へ続く



いつも応援ありがとうございます♪
ようやく引越作業ラストの作品「星神の都」にまで辿りつきました(笑)
誤字脱字を見直す程度の改稿になると思いますが(汗)、最後までお付き合い下さいませ~。
星神――何だかとても懐かしく感じながら作業を行っています(笑)

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2009.09.20 / Top↑
星戦



 大陸の中央に君臨する大国アダーシャ。
 その最北端の街であるギレムは夜を迎え、俄に活気づいていた。
 隣国シアとの境界に位置し、アダーシャの北玄関を担うギレムには、大陸全土から多種多様な人々が流れ込んでくる。
 千年の歴史を誇る首都アダーシャを目指して入国してきた隊商や旅客らが、一夜の宿を求めて立ち寄る重要な街なのである。
 季節は晩秋。
 冬将軍の到来前にアダーシャ入りを目論む人々がギレムには雪崩れ込んでいた。
 大通りには露店が立ち並び、広場では曲芸師が技を披露し、吟遊詩人が古詩を紡ぐ。
 盛り場には流浪の民や傭兵などが集まり、酒杯を片手に大陸各地の情報を交換し合う。
 ギレムの街は連日お祭り騒ぎのような有様だった。


     *


「こうも毎日賑やかだと、うるさくてろくに眠れんな」
 二階にある露台から街の喧噪を眺め、男は苦々しく呟いた。
 顎髭を片手で弄び、しかめ面で明かりの灯る街を睥睨する。
「賑やかなおかげで街は潤い――延いては領主様の懐も温かくなるのですから、少しくらい大目に見てはいかがですか」
 背後から使用人の声が聞こえてくる。
 それに対して、男は横柄に頷いてみせた。
 ギレムの街が異様な熱気に包まれるほど、領主である男の元には莫大な税金が転がり込んでくるのだ。その点を考慮すると、繁華街の騒音も妙に心地よく耳に響いてきた。
 今年は去年に比べて人の出入りが激しい。多額の税収が見込めるだろう。
 領主は年末に納められる税の額を想像し、にんまりと唇を吊り上げた。
 上機嫌な顔で金貨を量産する街を見渡してから、自邸の庭へと視線を落とす。
 そこで、領主は「おや?」と眉を跳ね上げた。
 いつの間に侵入してきたのか、蒼いドレスを纏った女性が佇んでいたのだ。
 領主の視線を感じ取ったのか、女はゆるりと面を上げた。
 女の黒い瞳が自分をしっかりと捉えた瞬間、領主は驚きに息を呑んだ。
 相手が得体の知れぬ侵入者であることも忘れ、思わず女に見入ってしまう。
 月光に照らされた女は美しかった。
 癖のない濃紺の髪に縁取られた顔は、白磁のように滑らかだ。
 綺麗な弧を描く柳眉の下には黒曜石を思わせる切れ長の双眸があり、それを引き立てるように唇は紅く濡れている。
 不審者は目を瞠るほどの美女だった。
 ふと、女が領主を誘うように艶然と微笑む。
 その魅惑的な笑みを目にした途端、領主の脳裏に邪な考えが閃いた。
 手振りで背後の使用人に下がるよう指示し、露台の手摺から身を乗り出して女を注視する。
 女は端整な顔に微笑を浮かべたまま、こちらを見上げていた。
 どこの国から流れてきたのか知らないが、娼婦に違いない。高額な日銭を目当てに領主館へ忍び込んだ、というところだろう。
「どうやってここへ入ってきた? 館の周囲には見張りが立っていただろう」
 領主は、好奇と好色の入り混じった視線を女に向けた。
 だが、女は質問には応じず、片手でゆるりと手招きをするだけだ。
 仕方なく、領主は自ら出向くことにした。
 手摺を乗り越え、支柱を伝って一階の露台へ移動する。
 そこから庭に飛び降りると、逸る心に任せてまっしぐらに女の元へ歩み寄った。
「ほう。稀に見る美しさだな」
 女の美貌を改めて確認し、領主は感嘆の溜息を洩らした。
 手招きしていない方の手が背後に回されていることを不思議にも思わず、じっと女の美顔に見惚れてしまう。
 月光を浴びる女の姿は、女神の化身ではないかと疑ってしまうほどに神秘的かつ麗雅だった。
 領主は女の顔をもっとよく眺めようと、その細い顎に手を伸ばした。
 しかし、寸でのところでスッと身を引かれてしまう。
「あまり焦らすな。金貨なら後でたんまりとくれてやる」
 領主は下卑た笑いを浮かべると、女の手首を素早く握り、一気に胸元へ引き寄せた。
 何が可笑しいのか、女が腕の中で忍び笑いを洩らす。
 その笑い声が、欲に駆られた領主の耳には甘美な誘惑として響いた。
 女も満更ではないのだ――そう判断を下し、片手を女の尻へと伸ばす。
 直後、強い力でその手を掴み取られた。
「はい、残念。これ以上は諦めて下さい」
 女が艶笑を閃かせたまま、さも愉快そうに告げる。
 朱唇から紡がれた声は、綺麗だが女性にしては些か低すぎるものだった。
 ――男だ。騙された!
 そうと悟った時には、領主は娼婦を装った男に腕を捻り上げられていた。



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2009.09.21 / Top↑
「男に見惚れるなんて、バカなおっさんだな!」
 領主が自分の身に起こったことが理解できずに愕然としていると、今度は頭上から豪快な笑い声が降ってきた。
 領主は反射的に天を仰ぎ、眉をひそめた。
 何者かが二階の露台から庭を見下ろしている。
 女装した男にうつつを抜かしている間に、侵入者がもう一人増えてしまったらしい。
「まっ、男でも美人には違いないから、押し倒したくなる気持ちも解るけどな」
 嘲るような言葉を領主に投げつけてきたのは、白金髪の少年だった。
 彼の片手にはサーベルが握られ、菫色の双眸は領主を挑発するように輝いている。
「なっ、貴様……私を愚弄する――」
「遅いよ、ユージン。僕が本当に押し倒されていたら、どうする気だったのさ」
 領主が怒りと羞恥に顔を赤らめるのと同時に、女装の青年が少年を冷ややかに睨みつけた。
「どこまで我慢できるのか見届ける。――で、胸ぐらい触らせてやったのかよ?」
 少年がゲラゲラ笑いながら、手摺を乗り越えて露台から身を投げる。
 鮮やかな身のこなしで庭に着地した少年に、女装青年の盛大な溜息が浴びせられた。
「低俗だね……。仕事が済んだのなら、僕は帰るよ。気分が悪い」
「そんなに怒るなよ。金銀財宝ならしっかりいただいてきたからさ。機嫌直せよ」
 少年が慌てて片手を持ち上げる。彼の手には、はち切れんばかりに膨らんだ麻袋が握られていた。
 それを見て、領主はハッと我に返った。
 ようやく状況が呑み込めた。
 少年と女装青年は財宝目当てに館に押し入ってきた賊であり、領主はまんまと彼らの罠にはまったのだ。
 女装した男におびき出され、金庫のある私室を空にしてしまった……。
 結論に至ると、沸々と憤怒がわき上がってきた。
「貴様ら、私の宝石を盗んだのかっ!? 警護の者どもは一体なにをやってるんだ!」
 領主は口角から唾を飛ばし、顔を真っ赤にして喚いた。
 不逞な盗賊と役立たずの衛兵に対して、猛烈な怒りが込み上げてくる。
「あんたの間抜けな兵士なら、俺がみんな打ちのめしてやったぜ」
 少年がサーベルを軽く振りながら、得意気に告げる。
「黙れ、盗人がっ! 私の蒐集品を返せ。集めるのに苦労したんだぞ。――衛兵ども、賊を引っ捕らえろ!」
「無駄だと思うけど? 外の見張りも、俺とグラディスが気絶させてやったからな」
「うるさいっ。貴様ら、絶対に逃がさないぞ!」
「男が金切り声で喚くなんて、最悪だね」
 女装青年が不快げに眉を寄せる。
 蔑むような視線が領主に注がれた。
「同感。さっさとそいつを黙らせて帰ろうぜ、グラディス」
 領主の罵声にうんざりしたように、少年が相棒にチラと目配せする。
 それを承けて青年は静かに頷き、領主の手首を解放した。
「貴様ら、このギレムの街から無事に出られると思うなよ! 必ず刑に処してやるっ!」
 領主は戒めが解けたことに喜々とし、これまで以上の勢いで叫んだ。
 盗賊如きが領主に歯向かったことを後悔させてやる、と心に誓い、怒りに燃える眼差しで彼らを睨む。
「特に貴様は赦さんぞ。そんなに女の振りが好きなら、娼館に売り渡して――」
 激昂のままに青年に向けて言葉を捲し立てていた領主だが、不意に口を噤んだ。
 目の前で、青年が背後に隠していた片手を素早く振り上げたのだ。
 その手には短剣が握られている。
 恐怖に見開いた領主の双眸に、淡々と剣を閃かせる青年の姿が飛び込んできた。
 直ぐ様、首筋に柄が打ち込まれる。
 刹那、領主の視界は闇に閉ざされた。



 呆気なく地に崩れ落ちた領主を見て、ユージンは称讃の口笛を吹き鳴らした。
「さすがグラディス。一撃必殺だな」
「うるさいよ。――用も済んだし、領主が眠っているうちに帰るよ」
 ユージンに疎ましげな一瞥を与え、相方であるグラディスは颯爽と踵を返してしまう。
「おまえって凄いよな。天才だ。間違いなく、大陸一の魔性の男だ」
 ユージンは慌ててグラディスの後を追い、彼の顔色を窺いながら褒め言葉を連ねた。
 ここで怒りを解いておかなければ、後が怖い。
 二、三日は口をきいてくれないだろう。
 ギレム領主が無類の女好きであることを知り、色仕掛け作戦を計画したのはユージンなのだ。
 そのために女装を強いられ、挙げ句、同性にせまられる羽目になったグラディスの機嫌は頗る悪い。
「そんな讃辞、少しも嬉しくないね」
 グラディスはユージンを見向きもせずに領主館の庭を突き進む。
「いや、おまえは凄い。なんてたって女顔負けの美人だ。おまえなら世界中の王を相手にしても、その全てを虜に出来る! いっそ女に成り済まし、どっかの王を誑かして一国乗っ取ってみないか?」
「――興味ないね。そもそも僕は歴とした男で、当然ながら同性よりも女性の方が好きだ」
 グラディスの唇から溜息が零れる。
 彼は蒼いドレスを忌々しげに一瞥すると、領主館の裏門に手をかけた。
「金輪際、僕は女装なんてしないからね。ちなみに今回の取り分は、僕が七で君が三だよ」
 館を脱出する間際、ユージンの耳に届けられた相棒の声は限りなく冷たいものだった。


     *



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2009.09.22 / Top↑
     *


 真夜中だというのに、酒場は溢れんばかりの人でごった返していた。
 酒に酔った男たちが、故郷の想い出や己れの武勇伝を声高に語り合っている。
 宿屋となっている二階からグラディスが降りてきた時、男たちの話し声が一瞬だけ途絶えた。
 ユージンが仕事の成功を祝って果実酒を煽っている間、彼は階上に借りた部屋で化粧を落とし、衣服を改めていたのである。
 グラディスの服は動きやすい簡素なものに変わり、長い髪は後ろで一本に編まれていた。
 腰に携えた武器も、短剣ではなく彼本来の得物である二振りのレイピアになっている。
 しかし、普段の出で立ちに戻った彼だが、その端整な顔に変化はなかった。元々化粧など必要のないほど整った顔立ちをしているのだ。
 階段を降りてきたグラディスを見て、酔漢たちが讃美の口笛を鳴らし、好奇の眼差しを向けたくなるのも無理はない。
 だが彼は、それらを一切無視してユージンの座する卓に歩み寄ってきた。
「呑みすぎだよ」
 卓に並べられた数多の酒杯を見下ろして、グラディスが微かに眉をひそめる。
 彼はユージンの手から十杯目の果実酒を奪い取ると、それを一気に呑み干した。
 空になった杯を置き、ユージンの手を引いて立ち上がらせる。
 心地よい酩酊感を全身に覚えながら、ユージンは従順に腰を上げた。
 酒は得意な方ではない。すぐに酔っぱらってしまう。
 憎たらしいことに、グラディスの方は幾ら呑んでも平気な質だった。
「酔い覚ましに外へ行こうぜ」
「言われなくても、そのつもりだよ。もっとも酔っているのは君だけだけどね」
 卓上に銀貨数枚を放り投げると、グラディスはユージンの手を引きながら出口へ向かって歩き始めた。
 途端、酔っぱらいたちが下品な笑い声を立てる。
「オイ、そっちの別嬪さんは残れよ。一緒に呑もうぜ」
「可愛がってやるから、一晩付き合えよ」
「幾ら払えば遊ばせてくれるんだよ、にーちゃん?」
 次々と飛んでくる野次に、酔っているユージンはゲラゲラと笑い出し、グラディスは涼しい顔でそれを黙殺した。
「悪いけど、アルディス聖王家の宝冠を持ってきても、相棒は売れないな」
 ユージンは酔いの勢いで男たちを笑い飛ばし、グラディスに引きずられるようにして酒場を後にした。
 外気に触れた瞬間、予想外の風の冷たさに身を震わせる。
 北から吹き込んでくる秋風が、ユージンの意識をほんの少しだけ正常に戻してくれた。
「酔っぱらいが……」
 ふと、グラディスの舌打ちが耳を掠める。
「ホント、どうしようもないよな。欲に目が眩んだアホどもは」
 ユージンが意気揚々と応じると、すかさずグラディスの呆れたような視線が飛んできた。
「君のことだよ」
 冷たく言い放ち、グラディスはさっさと歩き始めてしまう。
「どこに行くんだよ?」
 ユージンは少々ムッとしながら、相棒の後を追った。
 酔っぱらっているのは自覚しているが、酒場に屯している男たちと同等に見られるのは至極不愉快だった。
 そんなユージンの心境など意に介した様子もなく、グラディスが立ち止まる。
「風当たりのいい場所だよ」
 グラディスが指差したのは、歓楽街の裏手にある小高い丘だった。



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2009.09.22 / Top↑
 隣国シアとの境界線――ハイトスの丘。
 丘の頂にはアダーシャとシア、両国の役人が駐在する関所が設けられている。
 グラディスは酔っぱらいのユージンに構わずに颯爽と丘を登り、その中腹でようやく腰を降ろした。
 ユージンは顔を上気させながら相棒に追いつくと、彼の隣に寝転んだ。
 自然と視界に天が広がる。夜空には煌めく星辰が散りばめられていた。
「おっ、信じられないくらい星が綺麗だな」
「ここはシアに近いから、星神の機嫌もいいかのかもしれないね」
 隣国シアは小さな国だが、星神セラの加護を受けていることで有名だった。
 全ての民がセラを信仰している。
 熱狂的星神信者の集う聖地――それがシアという国だ。
「――で、どうするよ?」
 ユージンは、寝返りを打ちながら唐突に切り出した。
 酔いに充血した目でグラディスの顔を見上げると、友人からは冷静極まりない眼差しが返ってきた。
「話が全く見えないね」
「これからどうするか、ってことだよ。国内の主要都市も殆ど制覇したし、この街も明日には出なきゃならないだろ」
 ユージンは緩慢な動作で上体を引き起こし、意見を求めて相棒の顔を覗き込んだ。
 グラディスと出逢ったのは三年前――王都アダーシャでの出来事だった。
 ユージンがまだ盗賊に成り立ての頃、盗みに入った貴族の館でグラディスと鉢合わせしてしまったのである。
 その館には稀少価値のある宝石があり、二人の狙いは奇しくも同一のそれだった。
 当然「俺が先に見つけた」「僕の獲物だ」と口論になった。
 しばし不毛な言い争いを繰り返した後、宝石を別の街で換金して儲けを折半する――という結論に辿り着いた二人は、遠くの街まで旅を共にすることとなった。
 その道中、妙に気が合ってしまい、今に至る。
 三年間、二人でアダーシャ国内を転々とし、数々の盗みを働いてきた。
 生きる術として盗賊業を選んだが、やはり窃盗は犯罪だし、捕まれば罰を受けることになる。
 このまま国内で仕事を続ければ、いずれ面も割れるだろう。
 アダーシャで仕事をするのも潮時だ。
 ユージンにはこの国に執着する理由はないし、いつか必ず成し遂げねばならないことがある。
 物心ついた時から十八歳になった今日まで、ずっと胸に秘めてきた強い憎悪――ある人物に復讐するためだけにユージンは生きてきたといっても過言ではない。
 だが、それを成就させるには、もっと世界を知り、もっと物事を学ぶ必要があった。
 復讐相手は強大な存在であり、今の自分ではその足元にも及ばないのだ。
 憎き敵に繋がる人脈や地位を得るまでは、どうしても資金が必要になる。そのために盗賊稼業を選んだのだ。纏まった金さえあれば、闇市で貴族の地位を買い取ることだって可能なのだから……。
 潤沢な資金を得るまでは、到底盗みは止められない。
 とりあえず、目先の問題は相棒だ。
 信頼のおける相方がいるのといないのでは、仕事の大きさにかなりの影響が出てしまう。
 三つ年上なだけのグラディスだが、その頭に詰まっている知識はユージンより遙かに多い。彼は、他国の情勢や世相などに驚くほど精通しているのだ。
 決して手放したくはない相棒だ。
 しかし、彼にはユージンに付き従う義理も義務もない。
「アダーシャを出よう、ってことか……。いいよ、つき合ってあげても」
 しばし思案するように眉根を寄せた後、グラディスは囁くように告げた。
「本当か?」
「ユージンと違って、僕には将来の夢とか展望とか――そんなものは何一つないからね。いつ死んでもいい、と怠惰な考えを持っているくらいだ」
「何だよ、それ? 年寄りみたいなこと言ってんなよ」
「僕はね、十六の時に死んだ人間なんだ。死人が未来に希望を持ってもしょうがないよ」
「俺、おまえのそういう悲観的な考え、大嫌い」
 ユージンはしかめっ面をグラディスに向けた。
 時折、この相棒はユージンには理解できぬ言葉を口にする。
 問い詰めても更に不可解な返答をされるだけなので敢えて追及はしないが、やはり釈然としない。
「僕も嫌いだよ」
 口の端に微笑を刻むグラディスを見て、ユージンは大仰に肩を竦めてみせた。
「……変な奴だな。まっ、とにかくおまえが一緒なら心強い。――で、どの国に行く?」
 溜息一つ落としてから、ユージンは会話を修正した。
 直後、グラディスの双眸がスッと細められる。
 鋭利な輝きを灯した瞳が、素早く周囲を探った。
「ユージン、誰かこっちに来るよ」
「あ? 本当だ。何だよ、あの集団?」
 ユージンはグラディスの視線を追い、その先にあるものを確認して首を捻った。
 闇夜の中を男たちの一団が歩いている。
 どの男も皆、腰や背中に武器を携えていた。



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2009.09.23 / Top↑

 
一瞬『領主の追っ手か?』と気を引き締めたが、それはユージンの杞憂で終わった。
 男たちはユージンたちには目もくれずに、傍を横切って行ったのだ。
「もうすぐ星神の国だな」
「だが、王都セラシアには程遠い」
「国境を越えたら一秒たりとも気を抜くな。どこに敵となる者が潜んでいるか解らん」
 男たちの会話の端々が耳を掠め、あっという間に遠ざかってゆく。
 ユージンは怪訝な眼差しで男たちの背中を見送った。
 彼らは隣国シアを目指しているようだ。
 この時期、シアからアダーシャへ入ってくる集団は多いが、その逆は稀だった。
 秋から冬にかけて、寒さの厳しくなる北国を目指す者は滅多にいない。
「へえ、彼らシアに行くのか。勇気があるっていうか、無謀な自殺行為としか思えないね」
 グラディスが呆れたような呟きを放つ。
 ユージンは問い質す視線を彼に流した。
「シアで何かあるのか?」
「あそこは今、星戦(せいせん)の真っ最中なんだよ」
「は? せいせんって何だ?」
「星を巡る戦いのことだよ」
 目をしばたたかせるユージンに、グラディスは『そんなことも知らないのか』と言わんばかりに大きく肩を聳やかした。
「一ヶ月前に星が墜ち、国王ギュネイ・セラシアが亡くなったんだよ。彼の国葬の後、星戦の開始がセラ大神殿から正式に布告され、シア全土はお祭り騒ぎ――」
「死んだ……シアの国王が?」
 何気なくもたらされた事実に、ユージンは愕然とした。思わず声が裏返ってしまう。

 ギュネイ・セラシア。
 星神の都を統べる王。

 その突然の死にユージンは激しい衝撃を受け、また動揺していた。
 幼い頃から尽きることのない憎悪を抱いていた相手――それがギュネイ・セラシアという男だったのである。
 ――あの男が……死んだ?
 俄には信じられない。
 しかし、シアで星戦が起こっているのならば、それは間違いなく先王の死を意味していた。
 ギュネイは最早この世には存在していない。
 ユージンが復讐を果たす前に、呆気なく死んでしまったのだ。
「先王の死から一ヶ月経つけれど、新王はまだ決まっていないらしいよ。――おや、大丈夫かい、ユージン? 顔色が悪いよ。酔いが復活したのかな」
 ふと、グラディスが心配そうにユージンの顔を覗き込んでくる。
 傍目にも判るほど狼狽しているらしい己に気づき、ユージンは慌ててかぶりを振った。
「何でもない。……シアでは、本当に星戦が始まってるのか?」
 胸の奥から迫り上がってくる怒りを必死に抑え、ユージンは掠れた声で質問を繰り出した。
 両の拳を強く握り締め、強引に口惜しさを封じ込める。
「そうみたいだよ。このアダーシャも奇異な国だけれど、隣のシアはそれを上回るほど奇妙なお国柄だ。何せ、星神セラに愛されている国だからね。まあ、今更僕が語るまでもなく、君だって知っているだろうけど」
 グラディスの言葉に、ユージンは努めて冷静を装いながら頷いた。
 大陸最古の歴史を誇る千年王国アダーシャは、創世神マイセを崇め祀る国だ。
 国を支配するのは、『アルディス聖王家』と呼ばれるマイセ神の血を受け継ぐ貴き一族のみ。
 聖王家以外の者が玉座に就くことは、決して赦されない。
 同じ一族による統治が建国時から連綿と続いていることが、アダーシャ最大の特徴と言えるだろう。
 アダーシャ国民のマイセ信仰もかなり熱いものがあるが、隣のシアはそれが霞んで見えるほど星神に対する崇拝の念と依存度が高いのだ。
「シア国民のセラに対する熱狂的な信仰心は異様だとしか思えないね。シアには王朝制度がない。世襲による王位継承が認められない代わりに存在するのが、《星》と呼ばれる貴石による国王の選定だ」
「セラが人間の女に生ませた子供――初代シア国王に与えたっていう、光り輝く奇妙な石のことだろ」
 ユージンは記憶の棚からシア関連の情報を引っ張り出してきて、渋面で相槌を打った。
 グラディスには及ばないが、隣国に関する知識はユージンの頭にも多少は詰まっている。
「そう。星神の分身ともいえる輝石は、今でもセラ大神殿に祀られているって話だよ。シアの王はセラによって選ばれる。王の資質を備えた者が触れると、摩訶不思議なことに星は発光するらしいね」
「王が死す時に星は輝きを失い、新王が誕生する際に再び輝きを取り戻すって――そう聞いたことがあるな」
「国王に王たる資格が無くなったとセラが判断を下した場合にも、星は輝きを失うそうだよ。その場合、星が墜ちると同時に王も生命を失うんだってさ」
「王と星は一心同体――星は国王の心臓そのものってわけか」
「おかしな話だよね。たった一つの石で王の生死が左右され、国の未来にまで関わってくるんだからさ」
 グラディスが星空を見上げ、苦笑を洩らす。
「僕には理解できなくても、それがシアにおける現実なんだろうね。王が死ぬと星は輝きを失い、それに再び光を灯した者がセラに選ばれし新王と認められる。新王が決定するまでの国王不在期間を《星戦》と呼ぶ――と」
「物騒だよな、王を選定するのに戦なんてよ」
「実際、物騒なんだよ。シア国民が王として認めるのは、星を輝かす力のある人間だけなんだ。別にシアの民じゃなくてもいい。王族や貴族だけじゃなく、一般庶民が王になることも夢じゃない国――それがシアだ」
「大陸で唯一、名もない民が王冠を戴くことのできる国、か……。さっきの男どもは王位目当てにシア入りを決意したってわけか」
「多分ね。星さえ輝かすことができれば、悪党でも罪人でも玉座というお宝を手に入れられるんだ。だから星戦が始まると、野心家たちが大陸各地からシアに集まってくる」
 グラディスが淡々と述べるのを、ユージンは頷きながら聞いていた。
 ――よく考えたら、罪人でも王になれるっていうのは凄いことだよな。
 シアの玉座に就くためには、《星》とやらを輝かせて、自分がセラに選ばれた真王であることを民に認めさせればいいだけなのだ。
 そこまで思考を巡らせて、ユージンはハッとした。
 頭の中で何かが閃いた。
 ギュネイが死んだことで目標を失った気がしていたが、進むべき道はちゃんと目の前に拓けていた。
「なあ、グラディス、誰にでも可能性はあるんだよな? 泥棒でも玉座に座れるんだよな。例えば俺が星に光を灯すことができれば、俺はシアの国王になれるってことだよな?」
 ユージンは思いついた妙案に心を昂揚させ、野望に満ちた眼差しをグラディスに向けた。
「もちろん可能性はあるよ。ギュネイ先王だって、遙か南にあるカレリア公国の出身で、傭兵か何かをやっていたはずだよ」
「そうか。ギュネイも他国民で、しかも平民の出身だったのか!」
 ユージンは新たな発見にますます瞳を輝かせた。
 ギュネイにできて、自分にできないことはない。
 何故だか、妙な自信が湧いてきた。
「どうしたのさ、そんなに興奮して? 君に王たる資質があれば、セラに選ばれるだろうけど……。待てよ、まさか君――」
 不意にグラディスが口ごもる。
 物凄い勢いでユージンに向けられた顔には、驚愕の色が浮かんでいた。
「その、まさか、だ。今、決めた。泥棒は今夜限りで廃業。俺は王になる!」
 ユージンは意気揚々と宣言し、満面の笑みを友人に贈った。



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2009.09.23 / Top↑


 ユージンの記憶が正しければ、ギュネイがシア国王に即位してから今年でちょうど三十年。
 その間にギュネイが築き上げてきたものを全て掌中にする。
 あの男が失ったものを全部、自分が受け継いでやるのだ。
 そして、彼よりも優れた善き王になってみせる。
 それが、ギュネイ亡き後のユージンが考えられる唯一の復讐方法だった。
「聞け、グラディス。俺はシアの王になる!」
「……馬鹿だ。正真正銘の馬鹿がいる」
 グラディスが幽霊でも見る目つきでユージンを眺め、唖然と呟く。
「酔っぱらった勢いで言ってるのなら、聞く耳なんて持たないよ。――つき合ってられないね」
 グラディスは急に表情を引き締めると、すっくと立ち上がった。
 冷たく突き放すようにユージンに背を向ける。
 ユージンは慌てて彼の腕を掴んだ。
「俺は本気だ」
「本気なら、真性馬鹿だ。君は僕の話を少しも聞いてなかったんだね。さっきの連中が言っていた通り、国境を越えればそこは戦場だ」
 グラディスが顔だけを振り向かせて、厳しい声音で告げる。
 珍しく、彼の顔にははっきりとした怒りが具現されていた。
 切れ長の双眸が冷ややかな光を放っている。
「シアには今、王位を欲する者たちが大陸中から集まっているんだ。新王候補は少なければ少ないほどいい。星を目指す者は、王都までの道中、同じ野望を抱く相手に出会せば、容赦なくそいつの息の根を止めるだろうね」
「何でだよ。新王を決めるのはセラだ。候補を殺したって無意味だろ?」
「確率は上がるかもよ。こいつさえいなければ自分に王位が巡ってくるかもしれない――そう考える奴が大半だろうね。野心を満たすためなら何だってするような連中が玉座を欲しているんだ。星を目指す者にとっては、シア全土が戦場みたいなものなんだよ。それを承知で、しかも己の力量も顧みずにシアに入国するなんて馬鹿だ。無謀だ。『自殺行為だ』と言った僕の言葉の意味さえも理解できない君は、一番の大馬鹿者だ」
 グラディスが乱暴に手を振り払う。
「グラディス、おまえだけが頼りなんだ」
 グラディスがユージンの身を案じて戒めの言葉を紡いでいるのは解っている。
 だが、無茶でも無謀でも自分はそれを成し遂げなければならないのだ。
 ギュネイに対する復讐として。
 そして、自分を産んでくれた母と育ててくれた母――二人の母親の無念を晴らすために。
「自分が馬鹿なのは、よく知ってる。だからこそ力を貸してくれ」
 ユージンは相棒をひしと見つめ、切実に訴えた。
 数多の競争相手を蹴落として玉座に就くことは並大抵のことではないだろう。下手をすれば、王都セラシアにさえ辿り着けないかもしれない。
 己の未熟さを痛感しているからこそ、グラディスが必要なのだ。
 三年前、養母を亡くした時から、彼だけが心の拠り所でもあった。
 ここで見捨てられるのは辛い。
「俺は生半可な気持ちで決断したんじゃない。本気でシアの王になりたいんだ」
「僕は、王座を目指すことが悪いと言っているわけじゃない。ただ……どうしてもシアじゃなければ駄目なのかい?」
 グラディスがゆっくりとユージンに向き直る。
 ユージンに向けられた黒曜石の瞳からは怒りが消え、代わりに真摯な光が宿っていた。
「シアじゃなければ意味がないんだ」
「断言するからには、それなりの理由があるんだろうね」
「理由はある。だけど、今は言えない。王になったら必ず打ち明けるから、それまで――」
「黙ってついてこい――って? 随分と勝手な言い種だね」
 ユージンの言葉尻を捕まえて、グラディスが溜息を零す。
「勝手だけれど、悔しいことに僕はそんな君が嫌いじゃない。……君がさっき酒場で吐き捨てた台詞――アレは本気だったのかな?」
「――は?」
 急にグラディスが話題を飛ばしたので、ユージンは目をしばたたいた。
 酔っているせいか、すぐには酒場での出来事を思い出せない。
「アルディス聖王家の宝冠を持ってきても僕は売れない、ってやつだよ」
「ああ、アレか。当たり前だろ。どんなに金を積まれても、どんなお宝を目の前に差し出されても、俺がおまえを売るなんて絶対に有り得ない」
 ユージンが即答すると、グラディスは虚を衝かれたように息を呑んだ。
「君は……グラディスという僕個人を認め、尊重してくれるんだね」
 か細い声で呟いた後、友人は泣き笑いのような表情を見せた。
 彼がこんな顔をするのは初めてだ。
 ユージンが驚きとともにグラディスを見遣ると、彼は何事もなかったかのようにスッとその奇妙な表情を消し去ってしまった。
「――いいよ、付き合うよ。君と一緒にシアへ行く」
 短い沈黙の末にグラディスが結論を述べる。
「えっ、ホントに行ってくれるのかよ!?」
 グラディスが意外にもあっさりと承諾したので、ユージンは再び驚いたしまった。
「君が頑固で馬鹿なのはよく知っているし、これでも三年の付き合いがあるからね。シアの王を志す理由だって、いつか話してくれるならそれでいいよ」
「……ありがとな」
 理由を深く詮索することなく同行を決意してくれた友人に、ユージンは心から感謝した。
 思わず深々と頭を下げそうになった、その時、
「ただし、シアに行くには条件が二つ」
 グラディスが冷徹な声音で言い放った。
「あ? 何だよ、それ」
 ユージンは垂れかけた頭を上げ、不審の眼差しをグラディスへ向けた。
 目の前でゆっくりとグラディスの人差し指が立てられる。
「一つ、絶対に途中で投げ出さないこと」
「投げ出すわけないだろ。俺は王になるんだよ」
「君の決意は解るよ。でも、王を選ぶのはセラだ。シアに行っても君は王にはなれないかもしれないし、道中、何度も挫折したくなるような出来事に遭遇する畏れもある。それでも、セラ大神殿に辿り着くまでは決して諦めない――と約束すること」
「解った。約束する。中途半端に放り出したり、諦めたりはしない」
「確かに約束したよ。二つ目は――九対一だ」
「はい?」
「今夜の分け前は、僕が九で君が一に訂正」
「それじゃあ、俺の取り分ないだろっ!!」
 予想外の申し出に、ユージンは直ぐ様抗議の声をあげた。
 しかし、それを友人は涼しげな顔で受け流す。
「僕は、行きたくもない戦に強制連行されるようなものなんだよ。その見返りとしては、破格の報償だと思うけれど?」
「ぐっ……。了解。九対一で商談成立だ」
 ユージンはグラディスの提案を渋々受け入れた。
 そもそも理不尽な申し出をしたのは自分の方なのだ。
 グラディスが同行してくれることに比べれば、宝石類を失うことくらい大した損害ではない。
「じゃあ、決まりだね。――そろそろ宿に戻るよ。ああ、その前に闇市で偽造手形を調達しないとね。出立は夜明けと同時。君が二日酔いでも日の出とともに新しい門出だよ」
「くそっ、言いたい放題だな」
「さあ、通行手形を捜しに闇市へ行くよ」
 口惜しさに歯噛みするユージンを歯牙にもかけず、グラディスはさっさと丘を降り始めてしまう。
 ユージンは酔いの残る身体を奮い立たせて、彼の後を追った。
 ムキになってグラディスを追い越したところで、
 ――また、だ。
 不意にユージンは足を止めた。
 周囲の空気に微かな異変を感じたのだ。
 ここ数日、誰かに見張られているような気がする。
 何者かの鋭い視線が肌に突き刺さることがあるのだ。
 反射的に周囲に視線を配るが、グラディスの他に人影らしきものは発見できない。
「どうしたの? 具合が悪いなら、僕から離れたところで吐いてよ」
「違う。酒のせいじゃない。視線を感じるんだ。最近、誰かに監視されるような気がする」
 ユージンが神妙に告白すると、グラディスは鋭い眼差しを周囲に向けた。
「誰も見当たらないけど? 気のせいじゃないのかい。酔っぱらいの言うことは、当てにならないからね」
 辺りを見分し終えたグラディスが苦笑を向けてくる。
 ユージンは無言で唇を尖らせた。
 間違いなく視線を感じたのだ。
 だが、近くに人影すら発見できないのだから証拠は何もない。
 グラディスは完璧にユージンの思い過ごしだと決めつけたようだ。早くも丘下りを再開させている。
 ――本当に、ただの気のせいならいいんだけどな。
 ユージンは、今し方感じたばかりの視線を払拭するようにかぶりを振ると、勢いよく地を蹴った。



     「星守人」へ続く



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2009.09.23 / Top↑
 星神の国シアは、新たな王を巡る星戦の開始により騒然としていた。
 国王の星を目指す強者たちが他国からも続々と流れ込んでくるおかげで、日頃は静かな街も活気づき、酒場や宿屋はかつてないほどに繁盛している。
 殊に大国アダーシャに隣接するハイトスは、アダーシャから入国してくる大量の野心家たちで飽和寸前だった。



 ハイトスの中心部――露店の立ち並ぶ大通りを、二人の女性が並んで歩いていた。
 一人は銀髪碧眼の小柄な少女。
 その背には幅広の剣がくくりつけられていた。鞘の形から、それが尖端の歪曲したサーベルだということが窺える。
 少女は、剣の重さなど微塵も感じさせない軽快な足取りで人混みを掻き分けていた。
 好奇心に溢れる眼差しは、忙しなく周囲に向けられている。
 もう一人は、波打つ豊かな黒髪と褐色の肌を持つ二十代前半と思しき女性。
 彼女は連れの少女とは対照的に、怯えを孕んだ表情を湛えていた。
「あれも駄目。これも違う。あっちも無理」
 擦れ違う人々に視線を走らせ、少女――ラナ・レイジィは落胆の溜息をついた。
 隣で黒髪のイル・アナンが小さく頷く。
「ここには、新王に相応しい方は誰一人としていませんわ。星を全く感じませんもの」
「アナンがそう言うなら、この街もハズレね」
「ですが、もう少し見て回りましょう。アダーシャから流れてくる方たちが大勢いますし」
「じゃ、手っ取り早く関所まで行っちゃおうよ。ハイトスの丘だっけ? そこで入国してくる人間を見定める方が効率がいいわ」
 レイジィは足を止め、意見を仰ぐようにアナンを見上げた。
「ええ。無闇に歩き回っても埒が明きませんものね」
「早速、移動開始ね。アナン、はぐれないように掴まって」
 レイジィはアナンに向けて腕を差し出した。
 アナンが微笑を浮かべ、レイジィの腕に手を添える。
 イル・アナンは、その左目に神の刻印を授かった時から盲目となった。
 つまり、生まれながらにして目が見えないのである。
 その代わりに彼女が得たものは《神の眼》と呼ばれる、星を強く感じ取ることのできる心眼だった。


     *



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2009.09.24 / Top↑
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