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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Tue
2009.10.27[22:59]
 一条龍一は、自分の方へ倒れてきた榊茜の身体を片手で抱き留めた。
「……他愛もない」
 呆気なく意識を失った茜を両手に抱え上げ、その身をソファへ寝かせる。
「神族の直系にしては不注意すぎるんじゃないのか、茜」
 唇に薄笑みを刻んだまま龍一はソファの脇に膝をつき、茜の顔を覗き込んだ。
 オンラインゲーム《鏡月魔境》の中で、《SAKAKI》というプレイヤーを発見した時には思わず小躍りしたくなった。しかも、鎌をかけてみると、相手は榊の血筋であることを否定しもしない。
 随分とゲームの世界を駆けずり回ったが――想像よりも容易く神族に出会すことができた。
 それも榊家の直系という大物だ。
「《AYA》が織り成す《鏡月魔境》か……。やはり、兄上の推測通りアレは我らを――魔族と神族をおびき出すためのツールなんだな」
 何者かが現代に生きる神族と魔族を、ゲームを介して集めているのだ。
 聖華学園に残される『魔境伝説』の舞台となるのが《鏡月魔境》という世界であること、そして学園の創立者である榊聡子が先々代の《天主》であること――双方を識っているのは、神族か魔族に属する者しかいないはずだ。
 ネット上で話題になっているゲームに《鏡月魔境》の名が冠されていれば、心当たりのある者なら気になって探りを入れるだろう。
 龍一もその中の一人だ。
 敬愛する兄の意に従い、ゲームに登録して、《鏡月魔境》がどんなものなのか体験した。
 ゲーム自体の内容は、他のオンラインゲームと大差ない。
 ただ、予想以上に多くの同族が世界に入り込み、神族らしきプレイヤーも時折見かける――ということだけが唯一の違和感だった。
 このゲームは一般人を愉しませるためのものではなく、特殊な存在を釣るための餌なのだ、と察した。
 ゲーム参加時に登録される個人情報の収集が主たる目的なのだろう。
 そして、データを欲しているのは、紛れもなくこのゲームの制作者である《AYA》だ。
「と、いうことは、《AYA》の正体にも大方の見当がつく。妖魅王(ようみおう)――綾織の女王が現世に甦っているということか……。あの女、まさか現世で全ての糸を断ち切る気なのか……?」
 龍一は独り言ち、眉根を寄せた。
 脳裏に、煌びやかな十二単を纏い、檜扇を舞わせる女の姿が浮かび上がる。
 黄金色の双眸が印象深い、妖艶な美女だ。
 最後に女の姿を見たのは、もう数百年も昔のことのような気がする……。
 忌々しく――それでいてひどく懐かしい存在だ。

「あの女の思惑など知ったことではないが――榊の血族に巡り逢わせてくれたことだけは、感謝しないとな。当代天主の双子の弟、か……」
 龍一は思考から和装の女を閉め出し、眼下の茜を注視した。
 神族の長――天主と一卵性双生児だというのなだから、茜と葵はそっくりな容貌をしているのだろう。
 ソファに横たわる茜の寝顔にまだ見ぬ天主を重ね、龍一は更に笑みを深めた。
「しかし、本当に美しい。私にソッチの趣味がないことが、今ばかりは残念だな。まあ――喰らうことには違いないのだけれど」
 龍一は双眸に喜悦の光を宿すと、常人よりも遙かに鋭く尖った犬歯を剥き出しにした。
 片手を茜の胸に翳す。グッと指に力を込めると、瞬く間に爪が二十センチも伸びた。
 この研ぎ澄まされた爪で茜の胸を裂き、心臓を掴み出して、血を滴らせながら鼓動する臓物に牙を突き立てる――想像するだけで心が躍った。
 甘美な緊張に肌がゾクリと粟立つ。
 だが、龍一が茜の制服に爪をかけた瞬間、
「アレ、龍一。主人よりも先に榊を食べる気なのかな?」
 揶揄を孕んだ声が背後からかけられたのである。
 驚いて振り返ると、グレーのブレザーを纏った少年が両腕を組んで立っていた。
「――風巳様!?」
 龍一は慌てて爪を引っ込め、少年の方へ身体ごと向き直った。
 端整だがどこか酷薄な印象を見る者に与える少年――それが龍一にとって今現在の主に当たる三条風巳だ。
 風巳は本日付で聖華学園高等部へ編入している。授業を終えて帰宅したところなのだろう。
「へえ、ホントにそっくりだな、葵と」
 風巳が好奇の眼差しを茜へと注ぐ。
「榊は――俺のモノだよ。三条家筆頭の俺には、その権利があるだろう、龍一?」
「はい。風巳様は次期魔王候補のお一人ですから」
 龍一が恭しく告げると風巳は満足げに微笑し、ソファへと歩み寄った。
「今のところ、久我条、二条、六条、九条くらいだろ、俺の妨げになるのは? でも、久我条の蓮は魔王の座に無関心だし、六条の璃乃はまだ子供だから――実際に邪魔なのは、二条の繭羅と九条のゆえだけだな。まっ、誰が敵でも俺は負けないけど。他の条家になど渡すものか。魔王の地位も榊も――」
 風巳が強気に断言する。
 彼の苛烈な心情を表すかのように、双眼が禍々しい赤光を放った。
 龍一同様、普段は何の変哲もない犬歯が鋭利に変形し、牙となる。
 風巳はソファに乗り上がると、躊躇いもせずに茜の制服をはだけさせ、露わになった白い首筋に齧り付いた。
 刹那、意識のないはずの茜の身体が異変を感じてピクッと震えた。
 その身体を片手で押さえつけ、風巳は頸動脈に深々と牙を突き刺した。
 ドクン、ドクン……という心臓の動きに合わせて、風巳の口内に芳しい血が運び込まれてくる。
 これまで数多の血を啜ってきたが、これほど美味なものは初めてだった。
 流石は榊の直系――体内を流れる神の残滓が、心地好い刺激と恍惚感をもたらす。
 神族の血液は、魔族にとって麻薬に等しい効果を発揮するのだ。
 血が喉を伝う度に、脳内でダイヤモンドダストの如き燦めきが舞い、身も心も陶然とさせた。 
 一息に全身の血を貪り尽くしてしまいたい衝動に駆られる。
 だが、風巳は恐ろしいまでの精神力でその欲求を抑え込み、ゆっくりと茜の首から牙を抜いた。
「何故……殺してしまわないのですか?」 
 風巳の行動を怪訝に思い、龍一は僅かに首を傾げた。
 普段の主人なら、一片の逡巡もなく相手を喰い殺している頃だ……。
「今すぐにでも心臓を抉り出したいところだけど、殺してしまえばこの先、血を吸う楽しみがなくなる。生かしておけば、この神の血を存分に味わうことができる。それに――」
 風巳は口の端から垂れ落ちた真紅の血を舌で舐め取ると、冷ややかな笑みを閃かせた。
「双子というものは二人揃ってこそ華だよ、龍一。特に榊の場合はね――」



     「六.榊」へ続く


……ひたすら妖しくてスミマセンッ(汗) でも、好きなんです、吸血とか給血とか流血シーンを読んだり書いたりするのが(滝汗)
一瞬でも「同志だ!」と思った方は、こっそり教えて下さい(笑)

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Tue
2009.11.03[22:59]
六.榊



「――茜が帰って来ない?」
 帰宅するなり、妹と従弟がリビングに首を揃えて待っていた。
 どちらの顔にも不安が浮かんでいる。
 榊葵は微かに顔をしかめ、夏生と美人を見返した。
 時刻は、午後八時を回っている。
 葵はクラス委員として月に一度行われる学年協議会に参加していた。そのために帰宅が遅くなったのだが、終業と同時に学園を飛び出したはずの茜が自分よりも先に帰っていない。
 今現在、確か茜は特定の恋人もいないはずだ。放課後のデートを楽しんでいるわけでもないだろう……。
 三条風巳と共に校庭を駆け抜けて行く茜の姿を目撃したのが午後四時前――およそ四時間もの空白がある。
 オンラインゲーム愛好家の茜は、特別なことがない限り自宅に直帰する。無論少しでも多くプレイ時間を捻出するために、だ。
 妹との約束をすっぽかすのは時折あることだが、ハマッているゲームがあるのにこの時間に在宅していないというのは、やはり何処か違和感があった。
「わたしとの約束のことは、この際抜きにしても――茜ちゃんが帰ってこないのはおかしいわよね。……ねえ、葵ちゃん、茜ちゃんにケータイ持つことを義務づけてよ」
 夏生が上目遣いで訴えてくる。
 茜は現代高校生にしては珍しく、携帯電話を持つことが大嫌いなのだ。
「……無理だと思うよ。この前の誕生日に、クラスメイトから最新機種をプレゼントされたみたいだけど、『メールがウザい』とか言って机の引き出しに放り込んでたからね……」
 葵は弟の様子を思い返して、微苦笑を浮かべた。クラスメイトたちも茜との連絡手段に困窮した挙げ句、携帯電話を贈ったのだろうが――当の本人がケータイに対しては無関心なのだから報われない……。
「茜さん、見知らぬ男との人と一緒にいたんですけど――やっぱり声をかけておけばよかったかな……。その後、夏生が魔魅に襲われたのも気に懸かりますし」
 美人が神妙な面持ちで告げる。
 従弟から放課後に起こった出来事の報告を受けて、葵は柳眉をひそめた。
 茜と一緒にいた男が何者であるかは解らないが、久々に魔魅が榊家の人間を襲ってきたということは、しばらく鳴りを潜めていた魔族側が動き出したということだろう。
 登校時に遭遇した女性の不可解な言動。
 初対面の葵に対して異様な興味を示す、得体の知れぬ転校生――三条風巳。
 茜と一緒にいたという謎の金髪青年。
 夏生を襲撃してきた甦る魔魅。
 帰って来ない茜――
 全てが不吉な糸で繋がっているような気がしてならない。それは葵の杞憂なのかもしれないが、とにかく魔族が暗躍を再開させたことだけは間違いない。
「茜を捜しに行ってくる」
 葵はリビングのソファにカバンを置くと、制服姿のまま踵を返した。
「あっ、待って、葵ちゃん! わたしと美人も一緒に行くからっ!」
 夏生と美人が後に続く。彼らも嫌な予感を抱いているのだろう。
 葵は夏生と美人が追いつくのを待ってから、榊家と夜の世界とを隔てている玄関ドアを押し開けた――


     *


 皆の不安や懸念に反して、茜の姿は容易に発見することが出来た。
 榊家から聖華学園へと向かう途中――夏生と待ち合わせしていたという公園付近で奇しくも茜と出会したのである。
 茜は、公園を取り囲むフェンスに半ば寄りかかるようにして歩いていた。網目にかけられた茜の指は常よりも白く、小刻みに震えている。力を込めていないと立っていることさえ儘ならぬのだろう……。
「――茜さんっ!?」
 茜の姿をいち早く確認した美人が、俊敏に駆け寄る。
 従弟の声を聴いて安堵したのか、不意に茜の身体が崩れ落ちた。
 その身が地面にぶつかる寸前、美人が身体を両腕で支えた。触れた茜の身体は意想外に冷ややかだ……。
「茜さん?」
 美人はゆっくりとその場に茜の身を横たわらせ、上体だけを丁寧に抱き起こした。
「……美人? 悪い……記憶がはっきりしないんだけど……しくじったことだけは……確かだ――」
 茜が苦しげに言葉を紡ぐ。
 言い終えた直後、茜の瞼がスーッと落ち、頭がガクッと横向きに垂れた。完全に意識を失ってしまったらしい。
「茜ちゃんっっっ!!」 
 兄の異変を察して、夏生が今にも泣きそうな顔で茜の傍に膝をつく。勢いのままに茜の身体を揺さぶろうとする夏生を美人は片手でやんわりと制した。
「待って。触らない方がいい、夏生。――葵さん、コレを見て下さい」
 美人が緊迫した声音で葵を呼ぶと、何故だか園内に険しい視線を注いでいた榊家の当主はようやく意識をこちらへと向けた。
「どうした、美人?」
 葵は流れるような所作で夏生の隣に跪き、美人に問うような眼差しを投げた。
 美人の指が静かに茜の制服の襟元を開く。
 白い首筋にくっきりと不吉な痕が残されていた。
 紅く丸い疵痕――これまで幾度となく目にしてきた忌々しい刻印だ。
「血を……吸われてる」
 葵は弟の首筋に穿たれた小さな傷口に指を這わせ、眉根を寄せた。
 これは宿敵である魔族の牙の痕――茜は魔物に吸血されたのだ。
「でも、どうして血だけしか吸わなかったのかしら?」
 夏生が解せない様子で首を傾げる。
 大抵の魔魅なら神族を手中すれば狂喜乱舞する。彼らにとって、神族の身体は滅多にありつけぬご馳走なのだ。血を啜った後に内臓を喰み、骨の頭まで喰らい尽くしてしまうのが常だ。
 なのに、茜は生かされている。
「何か裏があるんだろう」
 葵は夏生の方を見ずに淡々と応えた。
 視線は茜から外れて、再びフェンスの向こう側へと向けられた。
 ――何かいる。
 本能が素早く以上を察知した。
「美人、茜と夏生を頼んだよ」
 園内の茂みがガサガサと揺れた瞬間、葵は素早く立ち上がり前に進み出ていた。
 美人が葵の真意を汲んで、片手に茜、もう一方の手に夏生を抱いて敏捷に後ろへ飛び去る。
 直後、フェンスを打ち破って無数の触手が闇の中から飛び出して来た。
「葵ちゃん! ソレ、夕方わたしを襲った魔魅よっ!」
 奇怪な触手を一目見た途端、夏生は叫んでいた。
 あの毛糸玉のような不気味な魔魅は、懲りずにまだこの辺りを彷徨っていたらしい。もしかしたら、首の傷から流出する茜の血の匂いに惹かれて姿を現したのかもしれない。

 太く、ぬめりを帯びた触手が葵の首に絡みつく。
 葵は慌てた様子もなく、首に巻き付いた触手を平然と素手で掴んだ。
 刹那、眩い黄金の光が掌から迸り、触手を細かく分断する。
 緑色の体液が飛散する。
 間を空けずに、フェンスが軋みをあげて豪快に弾け飛んだ。
 魔魅の本体が凄まじい勢いで躍り出てきたのだ。
 しかも、夕方とは異なり一体ではなく二体同時だった。
 ミミズの塊のような二つの巨体が肉迫する。
 その圧倒的な質量と奇怪さに、流石の葵も僅かに目を瞠った。
 だが、一瞬後には彼は軽やかに跳躍し、長い髪を靡かせながら巨躯を飛び越えていた。
 縦横無尽に襲い来る触手を避けて、まだ破壊されていないフェンスの上を器用に跳びながら移動する。
 体術で攻撃を防いではいるものの、夥しい数の触手を繰り出せるという魔魅の方が明らかに有利だった。


「げっ! あいつ、何で二匹もいるのよっっ!?」
 巨大ミミズの集合体のような化け物に追われる兄を見て、夏生は焦燥の叫びをあげた。
「僕も行くよ。夏生は茜さんを護って――」
 美人が夏生の肩を一叩きし、地を蹴る。
「いやっ! わたしも行く! あの魔魅、絶対変だもん! 葵ちゃんや美人に何かあったら嫌よ、わたしっ!!」
 夏生は慌ててポケットからカードを取り出した。
「――えっ!? 茜さんはどうするのっ!?」
 いつもは冷静沈着な美人が驚いたように足を止め、夏生を振り返る。
 夏生は手にしたカードを無造作に宙に放り投げた。
「もちろん依姫に護ってもらうわよ! ――依姫、茜ちゃんをお願いね!」
 夏生がカードの一枚に息を吹きかけると、不思議なことにそこから金色の光が溢れ出した。
『……あい解った。十日は不貞寝してやろうと思うていたが、美男子の危地では致し方あるまい』
 カードの中から豪華絢爛な十二単を纏った美女が姿を現す。
 夏生の神力の化身――玉依姫だ。
 彼女は人間大の姿に変じると、魔魅の目から茜を隠すように凛然と彼の前に降り立った。
『妾の力の源は美男子。その妾を差し置いて榊の血を啜るとは――魔族、許すまじ。妾の愉しみのために、これ以上茜には触れさはせぬぞえ』
 半透明の玉依が艶やかに檜扇を舞わせる。
 すると、玉依を中心に黄金色の光のヴェールが形成された。
『結界を張ったぞえ、夏生。妾はここから美男子の闘い振りをうっとりと眺めさせてもらうゆえ、おぬしは存分に働いてくるがよい』
 高慢な物言いで告げ、玉依はゆらゆらと扇を舞わせ続ける。その熱っぽい眼差しは、魔魅と闘う葵へと注がれていた。この後は、本気でうっとり見惚れるつもりらしい……。
「依姫は切り離したから――《雷師》を貸して、美人!」
 夏生は玉依に苦笑を向けてから、美人の元へと急いだ。
「――いけるの?」
 美人が気遣わしげな顔で夏生を見下ろし、左の中指から銀細工の指輪を外す。
「大丈夫! わたし、今ならどんな無茶もできるわ。茜ちゃんをあんな目に遭わせた魔族を赦せない。それに、あの魔魅――美人が斬っても復活したのよ。《雷師》をバージョンアップさせなきゃ!」
 夏生は矢継ぎ早に告げると、美人の手から指輪を受け取った。
 大きく息を吸い込み、指輪を胸の谷間へと押しつける。
 衣服を擦り抜けて、それは夏生の体内へとゆっくりと吸収された。
「了解。時間は稼ぐよ」
 美人は夏生の髪を一撫ですると、彼女を守護するように前に進み出た。
 葵への攻撃を相方に任せたらしい魔魅が、美人と夏生に向かって猛進してきている。
 低い地鳴りとともに、触手の攻撃が開始された。
「古より流るる巫(かんなぎ)の血において願い請う。天より降り、この身に依りて、我に力を貸したまえ――」
 夏生の空気を微細に震わせるような心地好い声が闇に響く。
 神降ろしを始めたのだ。
 一族の中で誰よりも神降ろしの術に長けている夏生。
 彼女が降ろす神霊の力は、美人や他の神族が単体で降ろすよりも遙かに強い。
 美人は触手の猛攻を手刀や蹴りで防ぎながら、夏生の呪が完成するのを待った。
「十拳剣(とつかのつるぎ)より生まれし刀剣の神霊にして、猛々しく勇ましい御雷の神――建御雷之男神(たけみかづちのおのかみ)よ、勧請白す」
 厳かな響きの祝詞が終わりを告げる。
 転瞬、夜空が割れ、稲妻が迸った。
 眩い閃光が夏生の身体を直撃し、全身を黄金色に輝かせる。
「――美人!」
 神々しい輝きの中心で、夏生が美人を呼ぶ。
 美人は身に絡みつく触手を力任せに引き千切ると、夏生の元へ駆け戻った。
「《雷師》――ご主人様のところへ戻っていいわよ」
 夏生が僅かに顎を反らせ、胸から両手を離す。
 すると胸の谷間から日本刀の柄が勢いよく飛び出したのである。
「行くよ、《雷師》――」
 美人は夏生の身体を片手に抱くと、従妹の胸から生えた刀の柄をひしと握り締めた。
 そのまま流麗な仕種で夏生の裡から日本刀を抜き払う。
 冴え冴えとした刀身が姿を現すと同時に、清冽な神氣が美人を包み込んだ――



いつもご来訪ありがとうございます。
色んなモノが飛び石更新でスミマセン(汗)
……雷師まで長かったな。もしや夏生が一族最強なんじゃないかと思う、今日この頃です(笑)
いえ、この後、葵も闘いますけど――茜が闘うのは巻ノ弐とか参です、多分(滝汗)

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Sat
2009.11.14[22:59]
 雷師を夏生の裡から取り出した瞬間、黄金色の光は夏生から美人へと移り、彼を淡く輝かせた。
 神々しい燐光が磨き上げられた刀身と美人の身を覆う。
「――つっ……上手くいったみたいね。後は……任せたわよ、美人」
 夏生が片手で胸を押さえ、その場にガクッと膝を着く。美人を見上げる表情は青ざめていたが、それでも彼女は微かな笑みを浮かべていた。
 何の準備もしていないところへ強引に神霊を降ろしたので、体力・気力共に著しく消耗してしまったのだろう。
 美人は夏生に向かって頷くと、神霊の力を得て強化された雷師を片手に地を蹴った。
《雷師》とは、雷神の別名。
 ゆえに美人の分身とも言える雷師は、雷神にして武神でもある建御雷之男神と非常に相性が良かった。
 美人は怯むことなく巨大な魔魅に肉迫し、神速の如く雷師で敵の触手を斬り落とした。
 触手から奇怪な体液がポタポタと洩れる。
 それらが頭上に降り注ぐ前に魔魅の懐に飛び込むと、一片の躊躇もなく美人は本体を縦横に斬り割いた。
 苦悶の叫びをあげながら、魔魅がその巨躯を崩壊させる。
 更に雷師の刀身を頽れる気味の悪い肉に打ち込ね、美人は訝しさに片眉をはね上げた。
 手応えが全くない。
 確かに肉を穿っているのに、魔魅の巨体はドロドロと溶け落ち、緑のゼリー状へと変容してゆくのだ。
 その魔魅には、人間の心臓に値する《核》がなかった。
 だから、雷師の攻撃を受けてもその身を滅されることなく、何度でも甦ってくるのだ。
「葵さん! こいつ――核がありません。繰魔(くりま)です!」
 半液状の物体と化し、地中へと姿を消す魔魅を微かな驚きと共に見つめながら、美人は緊迫した声音で葵に告げた。
 繰魔――その名の通り、何者かによって操作されている魔物。
 操っている者を斃さない限り、その魔魅は延々と再生を繰り返す。そして、繰魔が襲撃してきたということは、それを御する新たな敵が傍にいるということだ。
 美人が雷師で斬った魔魅は姿を消したが、いずれまた主の命を受けてこちらの不意を衝くように出現するに違いない。

「繰魔――ね。茜を攫った犯人がご主人様なのかな?」
 もう一体の魔魅を相手にしながら、葵が僅かに首を傾ぐ。
 ――が、次の瞬間、葵はハッと目を見開き、身体を勢いよく後方へと跳ばしていた。
 悪意に満ちた禍々しい氣――
「葵ちゃんっっっっ!?」
 夏生の絶叫が空をつんざいた刹那、宙から短刀の雨が降り注いだのだ。
 物凄い勢いで落下してくる短刀の群れは、魔魅諸共葵を狙ったらしい。
 夥しい数の短刀が地面と魔魅に突き刺さっている。
 葵は間一髪後ろへ飛び退いていたが、それでも全ての攻撃を躱せたわけではなかった。
 身体の動きに合わせて靡く長い髪。
 それがブツッと嫌な音を立てて、結んでいた紐ごと切り離されたのだ。
 急に頭が軽くなる違和感――
 葵の頸動脈を狙い、別の角度から放たれた刃物の仕業だ。
 はらりと艶やかな黒髪が宙を舞う。
 スローモーションのように己の髪が散る中、葵は短刀が飛んできた方角へと身体を向け、咄嗟に右手を前へ突き出していた。
 ほぼ同時に、右の掌に鋭く重い衝撃が生じる。
 凄まじいスピードで飛来した短刀が、葵の掌を貫いたのだ。
「――つっ……!」
 小さく呻き、葵は己の掌を見遣った。刃は掌を貫通し甲のから先端を覗かせている。傷口から刃を伝って血が流れ落ちるのを見て、葵を口の端に微苦笑を刻んだ。
「……夏生の予知夢通り――か」
 小さく呟きながら短刀が飛んできた先に視線を馳せた。
 真円を描く月を背負うようにして、夜空に黒ずくめの男が浮いていた。
 漆黒のロングコートの裾を風に翻させ、その男は高みから葵を見下ろしているのだ。
 サングラスをかけているので詳しい表情までは読み取れないが、男の唇は葵への興味を示すように笑みを象っている。
 魔族だ。
 男の身の裡からは、魔魅など足下に及ばないほどの鬼氣が発せられていた。
「あれが……魔魅のご主人様か」
 葵は冷静に宙に浮かぶ男を眺め、右手に突き刺さった短刀を左手で力任せに抜き取った。
 栓を失った掌と甲から鮮血が迸る。
「葵さんっ!?」
「ちょっと葵ちゃん、無茶しないでよっ! わたし、今日はもう降ろせないわよ!」
 背後から従弟と妹の不安げな声が飛んできたが、構わずに葵は短刀を地面に投げ捨て、強く拳を握り締めた。
 流れ落ちる真紅の液体が、地面に小さな血溜まりを創る。
「心配しなくても大丈夫だよ。――天晶(てんしょう)」
 葵は血溜まりに視線を落とし、玲瓏な声音で分身の名を紡いだ。
 直ぐさま、血溜まりが大きく膨れ上がる。そこから気高き光が溢れ始めた。
 血液を吸収するようにして代わりに金色の光が生まれてくる。
 まず初めに長い首と嘴を持つ鳥類の頭部が姿を見せ、次いで四枚の羽を持つ胴体が生まれいずる。最後に壮麗な飾りを閃かせる八枚の長い尾羽が宙を泳いだ。
 金色の神鳥――それが葵の神力の具現化させた《天晶》なのだ。

「えっ、葵さん――天晶を使うんですか!?」
 雷師で残りの魔魅を斬りつけていた美人が、黄金色の煌めきを放つ鳥に視線を流し、驚いたように目を瞠る。
 繰魔と魔族一人相手に葵が天晶を駆使するなど、本来なら有り得ないことなのだ。
 この場には美人もいることだし、天晶を使わずとも敵を退けられる。なのに、葵は魔族の姿を目にした途端、天晶を喚ぶことを決意したらしい……。
「こう見えても、僕は大事な弟を傷つけられて、物凄く怒ってるんだよ。そっちの魔魅からいくからね、美人」
 葵の言葉を聞いて、美人はもう一度恟然と目を見開いた。襲い来る魔魅の触手を適当に切り払い、迅速に魔魅から離れる。
 夏生の傍まで戻ると、美人は深呼吸を一つし、従妹を庇うようにして雷師を地面に突き刺した。


「おいで、天晶――」
 雷師の刀身から溢れた光の壁が美人と夏生を守護するのを確認し、葵は静かに相棒に呼びかけた。
 神秘的な金色の鳥は一啼きすると天へと舞い上がり、長い飾り尾を靡かせて優雅に夜空を旋回する。
 葵が未だ血の滴っている右手を広げると、天晶はまた透明感のある声で啼き、差し出された葵の掌へと向けて急降下を開始した。
 葵の掌に衝突すると見えた刹那、天晶の裡から更に眩い光が発生する。
『おおっ……久方振りに光の唄が聴こえるぞえ』
 意識を失った茜を守護している玉依が、うっとりと瞼を閉ざし、詩人めいた言葉を口ずさむ。人間ではない玉依には、天晶から発される何かしらの波動が伝わっているのかもしれない。
 目が眩むほどの光の洪水の中、葵の血から生まれた天晶は再びその姿を変えた。
 長い飾り尾が艶やかな柄と化し、四枚の翼と嘴が融合して刀身へと変化する。
 光が落ち着いた頃には、天晶は巨大な剣の形をとっていた。
 水晶の如き透明な刃の中には黄金色の光の粒子が浮遊している。
 幻想的な刀剣の長さは優に二メートルを超えていた。
 だが、手にした天晶にチラと視線を投げ、葵は微かに眉根を寄せた。
「髪を切られたから、いつもの半分しか具現化できていないね。でも――充分かな?」
 葵は苦笑混じりに独り言ち、天晶の感触を確かめるように剣を一振りした。
 鮮やかな軌跡を描き、天晶の鋭利な刃がミミズの塊のような魔魅の巨体に突き刺さる。
 瞬時、刀身から黄金の輝きが放たれ、魔魅の身体を裡から破壊した。
 魔魅の肉を裡から弾け飛ばすようにして、黄金色の閃光が大きく膨れ上がる。

『ああ……なんと美味な神氣かのう。光の波動が妾の心を震わせて心地好いぞえ』
 恍惚の笑みを浮かべる玉依に冷たい視線を投げた後、夏生は兄の方へと視線を戻した。
「葵ちゃん……ホントに怒ってるわね……」
 天晶から放出された光は――葵の神氣。
 魔魅を粉砕した後もそれは溢れ続け、こちらにまで襲いかかってきているのだ。
 美人が雷師を使って結界を張ってくれなければ、夏生たちまで光の波に呑まれていたことだろう。

 双子の片割れに傷をつけられた怒りは沸点に達していた。
 葵は木っ端微塵にした魔魅には目もくれずに天晶を掴み直すと、軽やかに跳躍した。
 宙に身を浮かべたまま悠然とこちらを見つめている魔族へと向かって、天晶を翳す。
 黒ずくめの男は、迫り来る葵と天晶を眺め、ひどく嬉しげに口の端をつり上げた。
 残忍な微笑が葵に向けられる。
 ――何処かで目にしたような笑みだ。
 ふと、既視感のようなものが葵の脳裏を掠めた。
 だが、それに答えを出すよりも早く、葵の身体は無意識に天晶を相手へ向けて振るっていた。
 黄金色の煌めきを零しながら天晶の刃が鋭く空を断つ。
 しかし、その切っ先が敵の肩を斬りつけたかのように見えた瞬間――相手の姿は闇に紛れるようにしてスッと消え失せたのである。
 残念なことに、天晶の刃は相手の左手を掠めただけに留まった。
 天晶片手に着地した葵は、目を眇めて上空を振り仰いだ。
 魔族の薄笑みには、やはり見覚えがあるような気がした。
 それに、天晶に触れたのに平然としているということは、相手はかなり高位の魔族だということになる。
 ――あの微笑みは……。
 葵はざんばらに斬られた髪を片手で掻き上げると、闇の向こうに消えた相手の姿を思い浮かべ、苛烈な眼差しで夜空を睨めつけた――



   「七.幕間」へ続く


いつもご来訪下さり、ありがとうございます♪
えーっとですね……巻ノ壱――次でラストです。いえ、巻ノ壱自体がプロローグのようなものなので……(汗)
人間ドラマ(←あるのか!?)も描けていなければ、物語も進んでいないので、極力早めに巻ノ弐に取りかかりたいと思います……うん、思います←(滝汗)

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Sun
2009.11.15[22:59]
七.幕間


 弟を殺そうとした。

 女は、月明かりに照らされた人気のない路地を足早に進みながら下唇を噛んだ。

 明確な殺意をもって、弟に禍いが降りかかるように仕向けた。

 なのに――
『姉さん――』
 何も知らずに笑顔で振り返る弟の顔を目の当たりにした瞬間、心が激しく揺らいだ。
 女は朝の出来事を反芻し、更に奥歯を噛み締めた。
 自動車を暴走させ、事故に見せかけて弟を轢き殺そうとしたのに……。

 ――遼……私の弟。何故、弟なの……?

 女は長い黒髪を靡かせながら、職場から自宅への道のりをただひたすらに弟のことを考えながら歩いていた。
 弟がこの世に生まれた時から『弟を殺めよう』と決意していた。
 弟の意識が『遼』から別のモノへ変容する前に、いつか必ずその息の根を止めてやろう、と心に誓った。
 だが、幼い頃から弟は無邪気に姉を慕い、覚醒する兆しもないまま大学生にまで成長した。
 あと少し、もう少し――咎人として目醒める直前まで生かしておこう。
 そんな甘い想いを抱いて、今日までずるずると先延ばしにしてきた。
 そして、今日もまた弟を抹殺することに失敗した……。

 もしかしたら、このまま目醒めずに終わるのかもしれない。

 人として生きるうちに、弟への情が湧いた。
 生温い感傷だとよく理解している。
 赦されぬ判断ミスだと重々承知している。

 ――遼……私の……罪深き弟……。堕天の翼をその身に背負いし、愚かな弟よ……。

 女はパンプスの踵を打ち鳴らし、通りの角を曲がった。
 転瞬、ハッと目を見開き、足を止める。
 周囲に漂う空気が一瞬にして凍てついたのだ。
 ひらひらと白い物体が宙から舞い降りてくる。
 それは、女が身に纏う白いパンツスーツよりも更に冴え冴えと白く、月明かりに照らされて魅惑的に輝いていた。
 何処からか鳥が羽ばたくような音が聞こえてくる。
「こんばんわ――」
 次いで、玲瓏な響きを宿す男の声が女の耳に届けられた。
 同時に、女の眼前に黄金色の輝きが舞い降りる。
「一条の――」
 女は、突如として姿を現した青年を鋭い眼差しで見据えた。
 美しい男だった。
 目鼻立ちのくっきりとした美麗な顔立ち。
 腰まで届く豪奢な金髪に、サファイヤの如く煌めく蒼い双眸。
 何より、目を引くのがその背から生えている巨大な純白の翼だ。
 その姿は、まるで西洋の宗教画から抜け出してきた天使のようだった。
 壮麗さと艶めかしさを兼ね備えた美しき青年を、女は無感情に見つめていた。
「今朝、車の進行方向を変えたのは――やはりおまえか、一条の?」
 朝、純白の羽を見かけた時から青年が女の行動を見張っているだろうことは解っていた。まさか、こんなに早く接触してくるとは流石に予測していなかったが……。
「まだ彼に死なれては困りますので……。それに私が彼から車を逸らさなくても、あなたは彼の生命を奪うことは出来なかったはずです――妖魅王」
 妖魅王(ようみおう)――久しく呼ばれていなかった名を紡がれ、女は微かに眉根を寄せた。
「ああ、失礼……。私の今の呼び名は、一条遙と申します。今生では、お初にお目にかかります、妖魅王。それとも、氷上綾さんとお呼びした方がよろしいのでしょうか?」
 一条遙と名乗った青年が物憂げに女を見返し、優雅に首を傾げる。
「好きに呼べ」
 女が冷淡に答えると、青年は困ったように微笑を湛えた。
「オンラインゲーム《鏡月魔境》の制作者――アレ、あなたですよね?」
「ああ……もしや、あの吸血鬼――おまえの縁者なのか」
 女はすぐに合点がいき、独り頷いた。
 女は現在、ゲームの制作会社に勤めている。そこで、《AYA》という名で開発を行い、世に送り出した作品が《鏡月魔境》なのである。
 数多のプレイヤーの中に、《RYU》という吸血鬼がいる。魔族だろうと見当はつけていたが、あれは青年の血縁であったらしい。青年は、彼の情報から女にまで辿り着いたのだろう……。
 正体をすっかり見抜かれているのならば、青年に対して取り繕う必要は全くない。
 女は片手で髪を掻き上げると、改めて一条遙の麗姿を見つめた。
「私の――邪魔をするな」
「極力邪魔はしたくはありません。ですが、彼を殺められては――」
「遼が目醒めぬ方が、おまえにとっても都合が良いのではないか? 本当は誰よりも遼を殺したいのは、おまえではないのか、一条の?」
「……鈴をなくしてしまいました」
 女が意地悪な質問を投げつけると、青年はひどく儚げに――泣き笑いの表情を見せた。
「遙かな昔、彼からいただいた鈴をなくしてしまいました……。ですから、いいのです。私は堕ちた身のまま朽ち果ててゆくだけです。今生でこの胸に抜けぬ楔を打ち込まれ、翼をもがれれば――それでいいのです」
「――重いのか?」
 ふと、女は青年の背で揺れる綺麗な翼を見遣った。
「重いです」
 青年が微笑を湛えたまま即答する。
「今生で終わりにしたいのは、私も同じです、妖魅王。終わりにするために――あなたの持っている《妖鬼伝》、譲っていただけませんか?」
「あれは……私の手元にはない」
「二冊ともですか?」
 青年が意外そうに目を瞠る。
「扉を開けてこちらの世界へやって来た時に、私の手を離れて何処かへ流れてしまったらしい……。生憎、今はどちらも私の与り知らぬところにある」
 女は素直に質問に応じ、肩を聳やかした。
 僅か一瞬、青年の双眸に猜疑の色が浮かんだ。
「今は……あなたのその言葉を信じましょう」
 しばしの沈黙の末、青年の瞳がすぐに澄んだ輝きを取り戻す。
 その視線がピタリと女の顔に据えられた。
「ところで――《鏡月魔境》で普通の人間と神族や魔族を選別して、どうする気ですか?」
「決まり切ったことを訊くな」
 女は冷笑を閃かせ、一度瞼を落とした。
 再び瞼を開いた時には、女の瞳は金色の輝きを発していた。
「妾の邪魔立てをするなら、神族も魔族も――皆殺しじゃ」
 女は唇に残忍な笑みを刻むと、背筋が粟立つような低い声音で超然と言葉を紡いだ――


     *


 翌朝、榊葵が登校すると、既に三条風巳は三年A組の教室にいた。
 葵は風巳の姿をチラと確認してから、自分の席へと向かった。
 昨夜負傷した右手の傷は《天晶》の力で癒えているが、ザックリと切られた髪だけはどうにもならず茜のように短いままだ……。
「アレ? その髪はどうしたんだ、葵?」
 別の生徒と喋っていた風巳だが、葵の姿に気づいてこちらへ移動してくる。
 風巳は短くなった葵の髪を見て、興味深げな眼差しを送ってきた。
「……心境の変化――と言いたいところだけど、昨夜、質の悪い通り魔に遭ってしまって、このザマだよ」
 葵は淡々と応じ、静かに着席した。
「へえ、通り魔――ねえ」
 釣られるように椅子に腰かけた風巳が相槌を打つ。心なしか、その声は何処か愉しげな響きを孕んでいるように聞こえた。
「葵は綺麗だから変な奴に狙われるんだぜ、きっと。夜道には気をつけろよ」
 風巳が葵の顔を覗き込むようにして、机に頬杖をつく。
 その左手には白い包帯が巻かれていた。
 昨日はそんな包帯など巻かれていなかったはずだ……。
「ご忠告、どうもありがとう。風巳こそ――どうしたのかな、その左手は?」
「ああ、コレ?」
 葵の問いかけに、風巳が嬉しげにパッと瞳を輝かせる。どうやら、葵が包帯の存在に気がつくのを心待ちにしていたらしい。
「コレは昨日――血統書付きの美しい猫に引っかかれたんだ」
 含みのある物言いし、風巳はニヤリと唇の端をつり上げた。
「そう……血統書付きの美しい猫、ね……。そういえば、ウチの弟も野良犬に噛みつかれて帰って来たけど――奇遇だね」
 葵は横目で風巳を見遣り、抑揚のない声音で告げた。
 それを受けて、風巳が整った顔に冷笑を浮かべる。
「そんなコトより、俺はその――短くなった髪から覗く白い首筋の方が気になるな。いいね、ソレ。物凄くそそられる血管で、朝からキスしたい気分なんだけど、俺」
 揶揄たっぷりの風巳の言葉に対して、葵は呆れと軽蔑の相俟った眼差しを返してやった。
 机の境界線にドンッとカバンを置く。
「変な趣味、僕に押しつけるのは止めてくれないかな? 授業中、ここを越えてきたら――殺すよ」
「――了解。一応、授業中は自粛する。二時間目の途中辺りまでが限界だけどな」
 風巳がまた愉快そうな笑いを零す。
 葵がキッと睨めつけると、彼は意味深に左手に巻かれた包帯に視線を落とし、肩を竦めた。
「まあ、今日もよろしく。……これから長いつき合いになりそうだな」
「……そうだね。途轍もなく長いつき合いになりそうで――僕も嬉しいよ」
 葵は悠然と微笑み返し、風巳から視線を逸らして前を向いた。

 キーンコーン、カンコーン……。

 予鈴が校舎に鳴り響く。

 榊茜と三条風巳は、互いに素知らぬ態度でHRに出席する。


 これからなのだ。
 本当の闘いが始まるのは――


            《了》

                    To be continued…?



ご来訪、ありがとうございます♪
巻ノ壱は……ココで終わりです(汗) 亀更新になりますが、引き続き巻ノ弐の掲載を予定しています。
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