ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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一.闇



 羽が舞う。

 暗闇の中を雪のように真っ白な羽がひらひらと踊る。

 ――綺麗だな。

 男は、舞い散る羽を眺めながら陶然と目を細めた。
 闇に舞う羽の群れは幽玄の美を漂わせている。
 音も立てずに降り続ける羽の雨――

 ふと、男は純白の羽を掴もうと片手を伸ばした。
 だが、男が幾度指を動かしても、柔らかな羽は、はらり――と指の間を擦り抜けてゆく。

 ――しっかりと握り締めなくては。

 そう強く想うのに、焦れば焦るほど男を嘲笑うかのように羽は逃げてゆく。

 不意に、羽が花吹雪のように乱舞する。
 舞い上がる白き羽――その渦の中心に黄金色の輝きが生じた。
 長い金髪を羽とともに舞わせた美しい人――

 ――ああ、また逢えた……。

 眩い金髪を目にした瞬間、胸の裡から郷愁にも似た切なさが溢れてきた。

『――――』

 男は、無意識に黄金の影に向かって、その名を呼びかけていた。
 しかし、確かに唇に乗せたはずなのに、不思議と男はその名を思い出すことが出来なかった。

 ただ、とても大切で――愛おしい響きを宿していたことだけは間違いない。

 男の声が届いたのか、金色の佳人はゆるりとこちらを振り返った。

 今も昔も変わらぬ麗しい姿を確認した瞬間、強烈な欲望が芽生えた。

 ――起きなければ。

 切に想う。

 ――目醒めなければ。

 憎しみも哀しみも狂気も罪も咎も――全て背負ってくれると、そう誓ってくれた強く優しく、そして儚いあの人のために。

 男は渦巻く羽の壁を突き破り、片手を煌めく金髪へと伸ばした。
 相手の顔は羽に隠されて曖昧だが、口元には静かな微笑が刻まれていた。
 その艶めいた唇が何か言葉を紡ごうとした刹那――
 
 白刃が煌めいた。

 派手な血飛沫が上がり、視界を朱に染める。

 頭から夥しい量の鮮血を浴びて、男は恟然と息を呑み、目を瞠った。

 金色の佳人の首が斬り落とされたのだ――と理解するまでに、しばしの時間を要した。
 純白だった羽を真紅に塗り替えながら、佳人の胴体が闇に倒れ込む。
 長い髪に縁取られた首は羽の絨毯に転がり、切断面から絶え間なく血を垂れ流していた。

 豪奢な金髪を何者かが乱暴に掴む。

 首を斬り落とした相手が、鮮血に濡れた日本刀を片手に、もう一方の手で無造作に長い金髪を引いたのだ。

 ――やめ……ろ……!

 男は無性に泣きたい衝動に駆られた。
 佳人の首を斬り、その髪を引っ掴んでずるずると闇の中を引き返してゆく何者かは――紛れもなく男と同じ顔をしていた。

 ――目醒めたら、何か変わるのだろうか? 

 この世界がまだ血に飢えていた乱世であった頃に、己が犯した罪。

 数多の敵を斬って斬って斬り続けて――終には慈しむべき存在まで斬り捨てた。

 見殺しにした。
 
 ――もう一度切願すれば……覆せるのだろうか、この闇世を?

 男は苦痛に顔を歪ませ、遠ざかってゆく金色の首を茫然と眺めた。

 ――目醒めて、確かめなればならない。今一度……今一度、あの人と逢えるのか……。
 
 白から紅へと塗り替えられた羽の群れが、男を嘲笑うように闇に舞い上がる。
 気高き黄金の光輝は、もう何処に見当たらない……。

 果てしない血染めの闇だけが眼前に広がっていた――




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2009.11.24 / Top↑
 群雄割拠の戦国時代より、我ら魔族は神族に圧され、日の目を見ることを事欠いた。
 我らが魔王は永き眠りに就き、我らも転生せざるを得ない。

 転生後、神族の王を捕らえた者に座を譲る。

 闇に微睡む寸前、魔王は我らにそう告げた――

 
                                  『条家妖鬼伝』より


     「二.蝶」へ続く


いつもご来訪ありがとうございます♪
不定期連載になりますが、巻ノ弐スタートいたしました。最後までおつきあい下されば、幸いです。

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2009.11.24 / Top↑
二.蝶



 いつもと変わらぬ夕暮れ時――
 私立聖華学園前の通りは、渋い緑色に染め上げられていた。
 独特の制服に身を包んだ生徒たちの群れである。
 榊葵は、駅へと向かう人の流れに乗って学園を後にした。
 隣には、何故だか三条風巳の姿が当たり前のようにある……。
風巳が聖華学園に編入してきてから既に三週間――いつしか葵と風巳の間には奇妙な対人関係が形成されていた。クラスメイトたちに言わせると葵と風巳は『短時間で友情を育めるほど意気投合している』ように見えるらしいのだ。
 葵にとっては甚だ迷惑な見解でありイメージである。
 葵と風巳は――神族と魔族。
 どうあっても相容れない存在だ。
 宿敵同士、互いに本心を晒さないように表面上はクラスメイトとして取り繕っているだけなのだが……。
 驚くことに、それが他人の目には『仲良く』映るらしい。
 葵としては至極不本意だ。
 葵は神族の長であり、風巳は条家の一員――親交が深まるわけもない。
 だが、葵の双子の弟である茜が拉致されて以来、風巳は何も仕掛けてこない。何らかの思惑があるのだろう。だから、葵としても迂闊に彼には手を出せない。
 斯くして、クラスメイトを演じる平穏な学園生活は続き、今日もまた葵は風巳と共に家路についていた。
 葵の方は一緒に下校する気など更々ないのだが、風巳は頑なに傍から離れようとしないのだ。おかけで葵には心休まる時間がない……。

 ふと、隣で風巳がクスクスと忍び笑いを洩らす。
 葵は自然と渋面で彼を見遣った。この転校生は、時折こうして葵の気を引くかのように思い出し笑いをするのだ。いつものことなので放っておけばよいのだが、やはり気に懸かり、結局は風巳の方へと目を向けてしまう。
「――何?」
「ん? いや……髪を短くしたら、ホントに茜とそっくりだなぁ、と思って」
 勝手に茜のことまでも呼び捨てにしながら、風巳がじっと葵を見返してくる。
「……誰がそうしたんだか。まあ、また伸ばすからいいけど」
 溜息混じりに告げた直後、葵はフッと双眸を細め、足を止めた。
「ところで――これは、一体何の真似だ?」
 葵は探るような眼差しで風巳を睨めつけ、次いで無表情に周囲を見回した。
 いつの間にか辺りが得体の知れない妖気に包まれていた。
 葵と風巳を除く他の生徒たちの姿は朧に視えるが、水のヴェールのようなものを一枚隔てているような奇妙な感覚だ。
 一瞬にして、自分たちは何者かが織り成す《結界》の中へと引きずり込まれてしまったらしい。
 葵たちを取り囲んでいるのは、紛れもなく魔物の悪意――鬼気だ。
 無論、魔族である風巳がそれに気づかないわけがない。
 しかし、彼は葵に敵意を突きつけられても、悪びれた様子もなく肩を聳やかした。
「残念だけど――俺じゃない。俺は、こんな明るい内からおまえを襲うほど馬鹿じゃない」
「……嫌な《氣》だ。同族なら何とかしてほしいね、風巳」
「オイ、無理を言うなよ。仮に同族だとしても――どうして俺が、仲間の邪魔をしなきゃならない? 今更、説明する必要もないと思うけど、俺、敵だからな。それに、妖怪・物の怪・鬼・魔物――それらを封じたり滅したりするのが、おまえの仕事だろ」
 風巳が呆れ顔を向けてくる。
 葵は漂う妖気に強い不快感を覚え、険しく眉根を寄せた。
 コツ、コツ、コツ……。
 微かな靴音が耳を掠める。
 葵はひどく緩慢な動作で風巳から視線を離し、足音のする方へ首を巡らせた。
 コツ、コツ、コツ――
 すぐ間近で足音がピタリと止まる。
 純白のセーラー服を纏った少女が目の前に立っていた。
「……あの……聖華学園へ行くには、この道でいいんですか?」
 少女が葵を見上げ、躊躇いがちに問う。
 制服からして聖華学園の生徒ではない。この界隈で『純白のセーラー服』と言えば青蘭女学院しかない。おそらく少女は青蘭の生徒なのだろう。
 艶やかな黒髪は、肩の上で前下がりのボブに切り揃えられている。心なしかその美しい髪は仄かに紫がかって見えた。大きな瞳も髪と同じく不思議な色合いをしている。それが、純白の制服と相俟り、少女の華やかな美しさを更に際立たせていた。
「そうですけど……」
 葵は怪訝に思いながらも少女に応じていた。
 妖気の充満したこの場に平然と姿を現すこと自体がおかしいのだが、葵の視線は何故だか少女に釘付けにされたまま動かなかった。
 葵と目が合った瞬間、少女は笑った。
 綺麗な顔貌には不釣り合いな嗤い方――冷酷な微笑みだ。
「フフッ、榊葵さんですね? ちょっと苦しいけれど、我慢して下さいね」
 やにわに少女はフワリと優雅に両手を広げた。
 刹那、少女の掌から無数の蝶が舞い、葵に襲いかかる。
 白銀と紫紺が融け合ったような魅惑的な輝きを放つ蝶の群れだった。
 蝶たちが薄紫の鱗粉を撒き散らしながら狂ったように飛び交う。
 驚く間もなく、葵の身体は蝶に取り囲まれた。
「――あっ……! つっ……かざ……み――」
 急激な頭痛が葵を襲う。
 朦朧とする意識の中で、葵は風巳を垣間見た。
 風巳は苦い表情で葵と少女を見比べている。
 それが、意識が弾け飛ぶ直前に見えた最後の光景だった――



巻ノ壱に引き続き、一緒にいるシーンが少ない気がします、榊家の双子……( ̄ー ̄;
 
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2009.11.25 / Top↑
 三条風巳は、大きく傾いた榊葵の身体を片腕で素早く支えた。
 意識のない葵の体重が腕に重くのしかかる。
 風巳は乱舞する蝶の群れをひどくつまらなげに一瞥した。
 風巳の双眸がフッと魔族特有の血の色に変化する。その瞬間、葵に群がっていた妖冶な蝶たちは、シャボン玉が弾けるようにして跡形もなく消え失せたのである。
 瞳の色を元に戻した風巳が剣呑な視線を向けると、純白のセーラー服を纏った少女は整った顔に苦笑を浮かべた。
「随分と優しいのね、風巳。クラスメイトとして過ごすうちに、早くも情が移ったのかしら?」
「別に……」
「わたしにもそれくらい優しければいいのに。――さあ、神族の王を渡してちょうだい。わたしが捕らえたのよ」
「悪いけど、それは出来ないな。葵は俺のものだ。もちろん魔王の地位もな」
 風巳は両手に葵を抱え直し、揶揄するように口の端をつり上げた。
 それを受けて、少女がせせら笑う。
「あら、残念ね。魔王様はわたしたち条家の者に、こう云ったのよ。神族の王を捕らえた者に魔王の座を譲る――と」
 少女が大きな瞳に強気な輝きを宿して風巳を睨み上げる。目の色が更に紫がかり、彼女の美貌に凄惨さを加えた。
「だから、次期魔王はこのわたし――二条繭羅(にじょう まゆら)よ」
「諦めろ。おまえには魔王の地位は手に余るだろ?」
 自信たっぷりに宣言する繭羅を冷ややかに睥睨し、風巳は軽く鼻を鳴らした。
「わたしを……見くびっているのね、風巳? こう見えても、わたしは条家筆頭である一条家に次ぐ家柄――二条家の当主よ。未だ覚醒しきっていない、風巳なんか怖くないわ」
「俺が完全に目醒めたら、真っ先におまえを喰ってやるよ、繭羅」
 風巳が挑発するように口の端を引き上げると、繭羅も負けじと睨み返してきた。繭羅の紫色の双眸が徐々に真紅へと変化してゆく。
「何よ、偉そうに……!  一条の護りがなければ、その能力の半分も出せないくせに――」
「今、ここで八つ裂きにされたいのか? 覚醒したら俺は誰よりも強くなる。だから、龍一なんて――要らない」
 風巳は低い声音で唸るように言葉を紡いだ。
 脳裏に金髪青年の姿が浮かぶ。
 ふと、胸に針で刺されたような小さな痛みが生じたが、風巳はそれに気づかない振りをして青年の姿を意識の彼方へと押し遣った。
「……本当に要らないなら、わたしが貰うわ。あなたも他の条家も魔王の座も――全部わたしが貰ってあげる。だから、邪魔しないで、風巳。悪いけど、あなたにも眠ってもらうことにするわ」
 繭羅がスッと両眼を細め、俊敏に風巳の傍へ寄る。
 風もないの繭羅の髪が宙に舞い上がった。
 ほぼ同時に、彼女の全身から若紫に輝く蝶が一斉に羽ばたき、風巳を包み込んだ。
 蠱惑的な鱗粉を撒き散らす蝶の群れが、風巳を不可思議な世界へと誘う。
 直ぐさま、呼吸が困難に陥り、意識が急激に低迷した。
 混濁する意識の中で抵抗をしようと試みたが、先ほどのように巧くはいかなかった。繭羅はかなりの鬼気を放出しているらしい。
 何が何でも葵ごと風巳を捕縛するつもりなのだ。
 噎せ返りそうなほど大量の鱗粉を舞わせ、蝶たちが容易く風巳の意識を絡め取る。
 強烈な毒に侵されたかのように身体が麻痺し、意識が闇へと堕ちてゆく。
 とうとう風巳は力なくその場に崩れ落ちた。
 闇へと失墜する意識の中、朧気だが金色の輝き見たような気がする。

 漆黒の世界を浮遊する、真っ白な羽。
 太陽の如く煌めく長い金の髪。
 和服の裳裾を翻して舞う艶やかな姿。
 ゆるりと振り返る、美しく、そして狂おしいほどに愛しい――――

 ――りゅう……いち……?

 音にはならない呟きを最後に、風巳の意識は完全に闇に呑み込まれた。

     *

 微動だにしなくなった風巳を見下ろし、二条繭羅は悦楽の笑みを美顔に浮かべた。
 手に入れたのだ、神族の天主を。
 それも、三条風巳という特典つきで。
 繭羅はその場にしゃがみ込むと、失神している風巳の唇を指でなぞり、愛しげに囁いた。
「やっと捕まえた。わたしの大好きな、風巳――」
 唇から頬へと指を滑らせる。
 そうしながら繭羅は、風巳の腕に抱かれたまま眠っている榊葵に目を向け、思い切り眉をひそめた。
 神族の天主のくせに風巳と仲良く友人ごっこだなんて、片腹が痛い。
 たとえフリだと解っていても、風巳が葵と親密を装うのは物凄く腹立たしかった。
 ――風巳を惑わせる嫌な男……。邪魔なのよ。どう料理してくれようかしら?
 魔王がこの世に降臨するまでは、葵の身体と魂は繭羅の掌中にあるのだ。
 葵に対する怒りと憎悪をどう処理すべきか考えを巡らせながら、繭羅は静かに冷笑を湛えた……。



     「三.臨時教師」へ続く



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2009.11.28 / Top↑
三.臨時教師



 ――マズイ。完全に遅刻だ。
 聖華学園脇の狭い通りを走りながら、榊茜はチラと腕時計に視線を落とした。
 時刻は午前八時三七分――
 今頃、教室は朝のHRの真っ最中だろう。
 茜は充血のために痛む目をしばたたかせ、眠気を払拭するように軽くかぶりを振った。
 昨夜は一睡もしていないのだ。
 いつまで待っても自分の半身である双子の兄――葵が帰って来なかったからである。
 心当たりのある場所は捜し、友人にも電話をかけてみたが全く収穫はなかった。
 もちろん本人の携帯電話にもコールしている。しかし、そちらは電源が切られているか電波の届かない場所にあるらしく、虚しいマシーンボイスが繰り返されるだけだった……。
 高校三年の男子が一晩帰って来ない――理由は色々考えられる。
 なので、茜が勝手に大騒ぎした後で葵が窮するような事態に発展しても困る……。
 だが、やはり葵の身は心配でたまらない。
 夜中にひょっこり帰宅する可能性あるので、茜はオンラインゲームで時間を潰しながら葵の帰りを待っていたのだ。
 結局、葵は戻らず――茜は不眠のままで夜を明かした。
 今朝も妹の夏生を先に学園へ送り出し、自分はギリギリまで待っていたのだ。
 けれども、葵からの連絡は一切なく、無為に時間だけが過ぎてゆく……。
 ――学園へ行って、あの三条風巳とかいう男に問い質した方が早いかもしれない。
 そう考えを改めることにし、茜はやきもきした気持ちを抱えながら学園へ向かったのだ。
 葵のクラスに編入してきた時期外れの転校生――三条風巳。
 条家の一員である彼ならば、葵を傷つけようと何らかの策を弄したとしてもおかしくない。神族の長である葵の傍にいながら、魔族としての攻撃を仕掛けて来ない方が稀有だったのだ。
 茜は、通りに人影がないことを確認すると地を蹴り、軽やかに跳躍した。聖華学園をぐるりと囲む高い塀を一息に跳び越える。
 体重を感じさせない鮮やかな身のこなしで着地すると、そのまま無人の校庭を突っ切り、校舎へと駆け込んだ。
 HRのために皆とっくに教室へ入っている。
 そのせいなのか、巨大な校舎は森閑としていた。

 無人の廊下を全速力で駆け抜け、茜は三年E組のドアを開けた。
 瞬時、クラスメイトたちの視線がパッと集中する。
 彼らの素早い反応に僅かにたじろぎながら、茜はクラス内でも親交の深い幾人かの級友たちに苦笑を向け、室内に足を踏み入れた。
 疾走のせいで乱れた呼吸を整えつつ、自分の机に着席する。
 間を空けずに、
「榊茜くん――遅刻だよ」
 教壇から声がかけられた。
 ――あれ? いつもと違う声だな。
 耳に届いた声に違和感を覚え、茜は微かに眉根を寄せた。
 担任である望月の声ではない。
 しかも、嫌な感じで聞き覚えのある声音だ。
 茜は恐る恐る面を上げ、教壇へと目を向けた。
「――――!?」
 輝く金髪が視界を掠めた瞬間、茜は驚きに息を呑んだ。
 衝撃のあまりに、思わず座ったばかりの椅子から立ち上がってしまう。
「――えっ!? 何で、おまえが聖華にいるんだよ!?」
 茜が人目も憚らずに大声をあげると、教卓に両手をついてこちらを眺めている相手は悠然と微笑んだ。
 少し長めの金色の髪。
 耳には燃えるような煌めきを放つ紅玉のピアス――
 間違いない。つい先日、自分を拉致した青年だ。
 あの日の失われた記憶は、ほぼ甦っている。
 ハンサムな顔に似合わず珍妙な性格の青年。
 それが何故、三年E組の教壇に立っているのか皆目見当もつかなかった。
 茜は猜疑の眼差しを青年へ向けた。それを受けて、また青年が微笑する。
「おや、何処かで逢ったかな? 君みたいな綺麗な子は、一度逢えば絶対に忘れるはずはないんだけど……」
 いけしゃあしゃあとしらばっくれ、青年こと一条龍一は愉しげに口の端をつり上げた。
「はじめまして、一条龍一です。望月先生が怪我で入院することになりましたので、急遽このクラスの臨時担任、兼数学教師として赴任することになりました。望月先生が退院されるまでの短い間ですが、どうぞよろしく――」
 龍一は至極穏やかな表情でそう告げた。
 あくまでも初対面を貫き通すつもりらしい。
 ――望月先生が怪我? ……って、どうせ聖華に潜り込むために、おまえがわざと怪我させたんだろっ!?
 胸中で激しく龍一を罵りながら、それでも茜は表面上は平静を装って再び腰を下ろした。
「そうそう、榊くん――この前の数学のテスト、赤点でした。HRが終わったら、先生のところへ来て下さい」
 にこやかに言葉を紡ぎ、一条龍一は颯爽と教壇を降りる。
 教室を出て行く後ろ姿を苦々しげに見送りながら、茜は重い溜息を吐き出した。
 前途多難の日々が続きそうだ。




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2009.11.29 / Top↑
 寝不足と不愉快さのせいで強まる頭痛に顔をしかめながら、茜は廊下を歩いていた。
 行き先は職員室ではない。この名門私立聖華学園には、教師一人一人に個室が用意されているのだ。十畳ほどの個室だが、教師たちが快適に仕事をこなし、休息を取れるように設備は整っている。
 臨時教師であっても、それは例外ではない。空いている個室が、一条龍一のために用意されているはずだ。
 ――条家の人間……しかも、あんな変態を採用するなんて……! 何を考えてるんだ、学園長の奴……!?
 茜は、教師専用の個室がズラリと並ぶ廊下を進みながら心の裡で毒づいた。
 ――後で必ず抗議しに行ってやる!
 密かにそう決意し、個室にドアに掲げられたプレートに『一条龍一』の名を探しながら先へと進む。
 聖華学園の創立者・榊聡子――茜は、彼女の直系の孫に当たる。
 更に、今も尚この学園の経営者であり続ける榊家の自分には、それくらいの権限は許されているはずだ。
 ――解雇だ、解雇! 即刻解雇……って、アレ以上の変人教師も雇ってるし……無理かな? ああ、そういえば保健室の先生も『女性に変えろ』って男子からの苦情が多いんだっけ……? 何か、色々と面倒臭いな……。
 一瞬にして脳裏に様々な事柄がよぎり、茜はげんなりとした。
 毎朝ポルシェで学園に乗り付ける、超美形だが超ナルシストでもある超耽美な世界史教師。
 十五センチのピンヒールで廊下を闊歩し、胸元をザックリと開けたボンテージファッションで授業を行う妖艶な数学教師。
 ……その他諸々、自由な校風をモットーにしている聖華学園には、変わり者の教師が多く在籍しているのだ。
『龍一を解雇しろ』と訴えれば、学園長は喜々として『では、ついでに誰々先生とか何某先生も排除すべきですな』と扱いに手を焼いている教諭たちの名を列挙するに違いない。
 それはそれで面倒臭い事態に発展するので、茜は仕方なく『龍一を解雇する』という案を撤回した。担任である望月が復活するまで我慢すればいい話だ……。


 一条龍一の個室を発見すると同時に、茜は視界の端に黄金色の輝きを認めて思わず足を止めた。
 個室前の廊下に、携帯電話片手に壁に背を凭せかけて佇んでいる男子生徒を発見したのだ。
 綺麗に染め上げられた金髪がパッと目を引く。
「――アレ? 茜さんだ。おはようございます」
 相手も茜に気づいたらしい。彼は、素早く携帯電話を制服のポケットにしまうと、こちらに顔を向けて嬉しそうに笑った。
 窓から射し込む光が、彼の左耳を飾る金輪のピアスをキラキラと輝かせる。
 一つ年下の従弟・有馬美人(ありま よしひと)の幼なじみ――曽父江零治(そふえ れいじ)だ。美人と同じく二年B組に所属している。
「ああ、おはよう……。こんな所で何してるんだ?」
「そりゃあ、もちろん――ビジンを待ってるに決まってるじゃないですか」
 茜が訝しげに問いかけると、零治は一条龍一の個室にチラと視線を投げた。
 美人のことを『ビジン』と呼ぶ零治は、美人のことをとても大切にしてくれている。傍から見ていて恥ずかしくなってしまうぼとの過保護振りなのだ。
「あの、臨時のセンセ――俺と同じ金髪だから気に喰わないし、何かよく解んないけどちょっと心配だし……。やっぱ一緒に中に入ればよかったかな?」
 零治が渋面を湛え、面白くなさそうに溜息を落とす。
 携帯電話を触っていたということは、美人が龍一の個室に入ってから結構な時間が経過しているのだろう……。
「美人は一条先生と一緒なのか?」
 茜は芳しくない声音で訊ね、一条龍一の部屋のドアを眺めた。
 零治がそれに答えるより早く、視界の中で扉が開き――話題の人物・有馬美人が姿を現した。
 黒曜石のような切れ長の双眸が、茜の姿を確認して柔和な光を宿す。
 ハッと目を奪われるような純和風の美少年だ。
「遅かったな、ビジン」
「――え? 中に入ってから、まだ五分も経ってないはずだけど……?」
 あからさまに不機嫌な零治を見て、美人が苦笑混じりに応じる。それから彼は茜に向き直った。
「茜さんも一条先生に呼ばれたんですか?」
「まあ……って、美人こそどうして此処に?」
「僕たち二-Bも数学の担当は望月先生なんです。なので、今、代理の一条先生にクラス名簿を届けきたところです。あの人――この前、茜さんと一緒にいましたよね? 間近で見ると、金髪の似合う端整な人ですね」
 美人が屈託なく言葉を紡いだ瞬間、幼なじみの零治の顔が可哀想なくらいに引きつった。
「――間近っ!? 端整っっ!? いくら金髪フェチだからって、迂闊に見知らぬ相手に近づくなよ! つーか、金髪なら断然俺の方が似合うし、絶対イイ男だし――」
「何言ってるの? 僕は金髪になんて全く興味ないし――ちょっと茜さんと話をしたいから先に戻っててよ、零治」
 美人が怪訝そうに眉をひそめて零治を見遣る。
「興味――ないっ!? そうか……興味ないのか――」
 美人に冷たい言葉を浴びせられ、零治が青ざめた顔で悄然と項垂れる。そのまま踵を返すと、彼はフラフラと覚束ない足取りで廊下を進み始めるのだ。
「……いいのか、アレ?」
 茜は、『俺、何のために金髪にしたんだっけ……?』とブツブツと呟きながら去ってゆく零治の後ろ姿を憐れみの眼差しで眺めていた。
 茜の記憶が正しければ――確か、中学生の頃、初めて金髪にした零治を見て美人が『零治の金髪、綺麗だね』とか『カッコイイね』とか褒めまくって以来、ずっと彼は金髪を貫き通しているはずなのだ……。
「いいんですよ。最近、過保護の度合いが増してきたので、突き放すくらいがちょうどいいんです」
 美人がそっけない口調で告げ、大仰に溜息を洩らす。
 その言動の裏には『大切な幼なじみを厄介事に巻き込みたくない』という切実な想いが込められていた。神族や魔族のことなど微塵も知らぬ幼なじみを、こちらの勝手で殺伐とした事情に引きずり込みたくないのだろう。
「まあ、確かにビックリするくらい過保護だけどな……。けど、俺も零治の意見には賛成だな。一条先生には無闇に近づかない方がいい」
「また、茜さんまで零治みたいなこと言って……。あの人、凄く優しそうだし、とてもイイ人そうでしたよ」
「あいつが優しいっ!? イイ人っっ!?」
 無邪気な感想を述べる従弟に対して、茜は先ほどの零治同様思いっ切り顔を引きつらせた。
 美人は絶対に何かを誤解している。
 茜は驚愕の眼差しを美人に向け――そこでハッとした。
 思い返してみれば、『自分を拉致したのは一条龍一という男だ』という真実を誰にも打ち明けていないことに気がついた。
 救出されてからしばらくは記憶が曖昧な日々が続いていたし、どうしても葵のクラスに転校してきた三条風巳にばかり意識が行きがちだった。
 その上、自分を攫った金髪男が学園に赴任してくるなど予測もしていなかったので、注意を喚起してもいない……。
 美人は一条龍一が性格に難ありの魔族だという事実を知らないのだ。
「美人……おまえ――変なことされなかったか?」
「変なこと――ですか?」
 小首を傾げながら美人が聞き返してくる。
「えっ、その……何だ……手を握られたり、髪を触られたり――とか」
「やだなぁ、茜さんったら。そんなことあるわけないですよ。――ところで、葵さんから連絡はありましたか?」
 微苦笑で否定した後、美人は不意に真剣な面差しで話題を転換させた。
 茜は無言で首を横に振った。
「そうですか……」
 美人は秀麗な顔を翳らせた。心優しい従弟は、一睡もしていない茜の疲弊した顔を見て、葵の身だけではなく茜の身をも案じたに違いない。
「僕の方でも手を尽くして捜してみます。――それじゃあ、授業があるのでもう行きますね。あまり無理しないで下さいね、茜さん」
 最後に労りの一言を添え、美人は背を返した。
 廊下を進む足取りは心なしか常よりも速い。きっと、今ならまだ幼なじみに追いつけるかもしれない、と考えているのだろう。
 そんな従弟の姿を微笑ましく見送ってから、茜は一条龍一の待つ個室の扉を引き開けた。



いつもご来訪下さり、ありがとうございます♪
折角同じ聖華学園にいるので、ちょっとだけ零治を出してみました。
零治って誰? ――と思った方は、「鏡月魔境」か「水幻灯」を斜めに読んで下さい(汗)

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2009.11.30 / Top↑
 室内に足を踏み入れる。
 一条龍一はコーヒーを飲んでいたらしく、マグカップに唇をつけたまま上目遣いに茜の姿を確認した。
 黄金色の髪から覗く鳶色の瞳は、彼が魔族であることを忘れてしまいそうになるほど澄んだ輝きを放っている。
「何の用ですか、一条先生?」
 茜は龍一の視線を真っ向から受け止め、わざと『先生』という言葉に強いアクセントを置いた。
 それを受けて龍一が苦笑を湛える。
「君に『先生』なんて言われると皮肉に聞こえるな」
 龍一はマグカップを机に置くと、脇に設えられている小さな応接セットへ移動した。
「プライベートな時は龍一でいいよ、茜」
 龍一が茜を振り返り、気さくな感じで手招きをする。
「プライベートって……今、プライベートなのかよ」
 馴れ馴れしい呼び捨てに軽く眉根を寄せながら毒づく。
 微笑で受け流す龍一を視野に納めながら、茜は用心深く彼の向かいのソファへ腰かけた。不覚にも前回は彼にしてやられてしまったので、当然今回は彼の手の届かない位置を選んだ。
「――で、赤点のテストは?」
 寝不足の不機嫌さ隠しもせずに、茜はぶっきらぼうに問いかけた。
 龍一がソファから身を乗り出し、執務机の上から答案を引き寄せる。
 応接テーブルの上に差し出された数学の答案を見て、茜は片眉をはね上げた。
 答案には『97点』という輝かしい数字が赤ペンで書き込まれている。
「……赤点じゃなかったのか?」
「とんでもない。アレは君を呼び出すための方便だからね。非常に優秀な成績で、私も安心したよ」
 龍一は悪びれもせずにニヤリと唇をつり上げた。
 ――何て奴だ……!
 茜は心の中で舌打ちを鳴らした。聖華学園にいる限り、龍一は教師という立場をフルに活用して茜たちにちょっかいを出して来る気らしい……。
「随分と……機嫌がいいみたいだな?」
「ああ、この学園は美少年が多いからね。さっきの子は格別に綺麗だったな」
 龍一が視線を遠くに馳せ、フッと思い出し笑いを零す。
 有馬美人の麗姿を脳裏に描いているらしい。
 反射的に茜はきつい眼差しで龍一を睨んでいた。
 変わり者の魔族に従弟を攫われてはたまらない。
「おや? 妬いているのかい?」
 茜の真摯な怒りをどう捕らえたのか、龍一は愉快そうにまた微笑んだ。
「絶対にない! 美人に――変なことしてないだろうな?」
「へえ、ヨシヒトっていうんだ、あの子」
「オイ、妙な真似をしたら承知しないからな! 美人は俺の従弟だ!」
 憤然と言い切る。
 一拍の間を措き、龍一は鋭利な光を双眸に閃かせた。
「――と、いうことは、榊聡子の孫に当たるのかな?」
 龍一が満足そうに言葉を唇に乗せる。
 ――しまった。うっかり墓穴を掘った……。
 龍一の指摘に茜はぐっと口籠もる。美人が神族――それも榊家の血を濃く受け継いでいることを自ら暴露してしまったのだ。失態以外の何ものでもない。
 茜は自己嫌悪に唇を強く引き結んだ。
「まあ、榊聡子の血族は他にもいるんだろうけどね……。流石は、神族の天主だったくせに《魔女》と畏れられた彼女が創った学園だね。色々と面白い発見がある」
「おまえのご同族がたくさん封印されてるだけだ」
 薄笑みを湛えたまま話題を換えた龍一に向かって、茜は無愛想に応じた。
 聖華学園――常人にはただの広大な私立学園にしか見えないのだろうが、感受性の強い人間の目には得体の知れない不気味な墓場として映るだろう。
 先々代の天主であった榊聡子は、魔物や鬼の封処としてこの学園を建てたのだ。
 そのため、校舎をはじめ敷地内には何のために創られたのか解らぬ特別教室やオブジェ、開かずの扉が幾つも存在しているのである。おかげで聖華では怪談話が絶えない……。
「オンラインゲーム《鏡月魔境》のモデルになった開かずの扉――この学園にあるんだってね? ネットのカキコミで聖華の《魔境伝説》が随分話題に上っていたよ。だから、茜もあのゲームに登録したんだろう?」
「……そっちも同じだろ。《魔境伝説》は学園の七不思議的に都内では広く知られている。けど、《鏡月魔境》という固有名詞を知っているのは神族でも一部の者だけだし、あとは仲間を奪われた魔族だけだ」
「仲間っていうか――あそこに封じられている魔境の王様、確か……古い時代の一条家当主だって伝え聞いてるんだけど?」

《魔境伝説》というのは、聖華学園に残される三大伝説の一つだ。
 一つ目の《水妖伝説》は、九月九日、その日が月のない夜ならば中庭の噴水から水の妖かしが出現し、人々を殺める――というもの。
 二つ目の《月光樹伝説》は、校庭の隅にある月光樹と呼ばれる巨木が十年に一度華を咲かせた時、異界への道が出現し、人喰い魔女の館へと誘われる。
 そして、最後の《魔境伝説》は、旧校舎第一音楽室の開かずの扉は魔境へと繋がっており、学園内で引き起こされる怪事は魔境から抜け出して来た魔物たちの仕業である――というものだった。

「元々《鏡月魔境》は、魔王に叛旗を翻した遙か昔の一条家当主が、彼に肩入れした五条の姫と一緒に幽閉された異空間だったはずだ。いつの時代の話かは知らないけれど……。それが何でか君のお祖母様の手によって空間ごと封じられ――《魔境伝説》として語り継がれている訳だ。アレ――ウチのご先祖様みたいだし、肉体だけでも返してくれないかな?」
 冗談とも本気ともつかない口調で龍一が告げる。
「無理。あの扉、お祖母様の強力な封印がかけられているし――そもそも、俺はお祖母様の時代の話なんて詳しく知らない。噂の魔境が実在するのかも解らないし、魔境におまえの先祖が封印されているのかも定かじゃない」
 茜は即答で龍一の申し出を拒絶した。
 祖母が苦労して封じ続けた古の魔物たちを解放するなんて、冗談ではない。祖母から譲り受けたこの学園を護り、魔物たちを眠らせ続けておくことが榊の血族の使命でもあるのだから……。
「そんな昔話より――まだ呼び出された本当の目的を聞いてないんだけど?」
「ああ、そうだったな。今は伝説やゲームについて語り合ったりしてる場合じゃなかったね。ゲーム論については、いずれ日を改めて――」
「いや、俺、おまえとゲーム談議する気なんて更々ないからな! ゲームの《鏡月魔境》も事情を知る何者かの嫌味な遊びらしい、って気づいたからもうプレイしてないし――とにかく、授業中以外は俺に話しかけるな。早く用件を言え」
 己が魔族だということを忘れたかのようにのんびりと告げる龍一を遮り、茜は矢継ぎ早に言を連ねた。何をどう考えても、神族と魔族が仲良くゲームについて語り合うなんて無理に決まっている。ましてや茜は彼らに血を啜られているのだ。迂闊に近寄りたくはない。
「用件というか……まあ――風巳様がいなくなった」
 先ほどまでの飄々とした雰囲気を潜め、龍一が至極真摯な声音で告白する。
 風巳というのは、三条家の当主だ。こともあろうに葵と同じクラスに在籍している。
 茜は、葵が帰宅しないのは風巳の仕業だとばかり思い込んでいた。だが、龍一の口振りから察するに、それは見当外れな推測であったらしい……。
 風巳までもがいなくなった、とは納得がいかない。
「葵も昨夜から姿が見えない。そっちの企みじゃないのかよ?」
「少なくとも風巳様の謀ではないよ。おそらく二人一緒に攫われたんだと思う。いや、犯人はもう判ってるんだけどね――」
 龍一が自嘲の笑みを浮かべ、スーツのポケットから一枚の写真を取り出す。
 茜の前に差し出された写真には、真っ白なセーラー服を着用した美少女が写し出されていた。
「青蘭女学院高等部、一年百合組――二条繭羅だ」
 言い終えた直後、龍一の顔に刻まれた自己に対する嘲笑が更に深まった。



ご来訪、ありがとうございます♪
ブログでは「鏡月魔境」の方を先に掲載していますが、生まれたのは「妖鬼伝」の方が先だったりします(汗)
コレはお蔵入りにしようと思っていたので、ここで生まれたキャラをアチコチに引っ張っています。特にビジン(笑)
なので、作品同士はパラレルな関係だと思っていただければ幸いです(;´▽`A``

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2009.12.02 / Top↑
 写真の中の少女は綺麗な顔立ちをしている。
 なのに、一目見た瞬間、何故だか背筋がゾワリと粟立った。
 生理的嫌悪――写真に刻印された少女からは紛れもない鬼気が放たれている。
「二条――ってことは、条家か?」
 茜は少女――二条繭羅に視線を落としたまま苦い声で訊ねた。
《条家》というのは魔族でも高位に位置する家柄の総称だ。
 主な家名に、一条・二条・四条・五条・六条・九条・上条・下条・久我条などがある。
「そう、条家の一人――二条家の若き当主だ。君の片割れも私の風巳様も彼女に連れ去られたみたいなんだ」
「――それで?」
「手を組まないか? 私は風巳様を繭羅の魔手から護らなければならないし、茜は葵を取り戻さなければならない」
「条家なら……おまえの仲間だろ? 俺と手を組んで何のメリットがあるのか――理解できない」
 茜は写真から目を離し、龍一へと猜疑の眼差しを向けた。
「メリットなら大有りだ。我々のルールではね、神族の天主を生きて魔王に献上した者が次期魔王として認められることになっているんだ。二条の繭羅が葵を掌中にした――要するに、それでは風巳様が魔王になれない、ということだ。繭羅に葵の生命を奪われても風巳様は魔王になれなくなる」
 龍一が淡々と述べる。その割りに茜を見返す双眸には強い意志と情熱が秘められていた。
 条家の間でどのような確執や諍いがあるのか――それは茜には無関係だし興味もないが、龍一が心の奥底から風巳を救出したがっているという心意気だけはひしひしと伝わってきた。
「つまり、おまえは何よりも誰よりも風巳様が大事だというわけだ。彼のためなら仲間割れをしても構わない――と?」
 茜が揶揄混じりに言葉を口にすると、龍一は気を害した様子もなくアッサリと首肯した。
「そういうことだね。だから、一時休戦して手を組まないか? 私は繭羅の情報を持っているけれど、残念ながら彼女を凌ぐほどの能力は持ち合わせてはいない。君は《力》はあるけれど、相手に関しての知識はゼロだ。取引するには悪くない条件だと思うけれど?」
 龍一が茜に向けてニッコリと笑う。茜が自分の申し出を断らないことを疾うに確信している余裕のある微笑みだった。
 龍一が風巳第一主義であるのと同様に、茜が葵至上主義であることを見抜いた上での提案なのだ。
「……断りたいところだが、仕方がないな。ただし、今回だけだ」
 茜は不承不承だが龍一の誘いに乗った。
 実のところ現代条家の当主情報については皆無に等しいのだ。魔王が表に姿を現さないので、主要条家たちもひっそりと息を潜めているせいだろう。鬼気を極限まで抑え込んで普通の人間の日常に紛れていては、見つけるのは非常に困難なのである。
 条家の情報を得るためにも、この際、出来る限り龍一を利用させてもらおう。
 葵を奪還するためには仕方がない。
 そう割り切ることに決めた。
「一々言わなくても解ってるさ。この一件に片がつけば、君と私は宿敵同士に戻るだけだ」
「じゃあ、そういうことで。ところで――本当に聖華の教師なのか?」
「正真正銘聖華学園の臨時教師だよ。この前、教員免許持ってる――って、ちゃんと説明したはずだけど?」
 龍一が心外そうな顔つきで片眉をはね上げる。
 この前――とは、茜がまんまと騙されて龍一のマンションに連れて行かれた時のことだろう。確かに、教員免許や塾の講師が云々の話をされたような気がする。だが、あの時は妹のことが気懸かりで龍一の話など半分も耳に残ってはいなかった……。
「まあ、免許持ってるなら、とりあえずはよしとするけど……。放課後、寄るところがあるから、教室を出たら声をかけてくれ」
 茜は事務的に告げて、ソファから立ち上がった。
 ――何処の学校に、ド金髪で真っ赤なピアスしてる教師がいるんだよ……!
 心の裡で龍一に対する不満を吐き出しながら、茜は彼の個室を後にした――



     「四.有馬家」へ続く



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2009.12.04 / Top↑
四.有馬家



 終業後のHRがお開きになった途端、三年E組のドア口にフワフワとした栗色の髪が現れた。
「……茜ちゃん、いますか?」
 教室から出て行く生徒たちに遠慮しつつ、ヒョイと顔を覗かせたのは茜の妹――夏生だ。
「――む? 榊、客人だ」
 丁度教室を後にしようとしていたクラスメイトの徳川直杉が、黒髪のポニーテールを翻して茜を呼ぶ。
 茜が声に応じてそちらに顔を向けると、徳川は『役目は果たした』とばかりの清々しい足取りで廊下へと姿を消した。
「おっ、夏生ちゃんだ!」
 茜の隣で瞳を輝かせたのは、聖華学園バレー部のスーパーエース――祇園寺高丸(ぎおんじ たかまる)だ。彼は、一九六センチの長身を感じさせない軽やかな身のこなしで夏生へと接近してゆく。
「いや、待て! どうして、おまえが俺より先に行くんだ!?」
 茜は慌ててその後を追った。
 高丸は茜の友人であり、既に全日本入りが決定している聖華学園期待のバレーボール選手だ。だが、性格に少々問題アリ――というか、脳の構造が単純すぎるのか『大好きなもの』にバレーボールと茜を同列でカテゴライズしている変わり者なのだ……。
 茜フリークである高丸は、無条件に葵と夏生のことも気に入っていた。
「こんにちは、祇園寺先輩」
 夏生が高丸を見上げてニッコリと微笑む。
「おうっ、久し振りだね。夏生ちゃん、パーマかけたんだ? 可愛いね。たまには茜なんかじゃなくて、オレとデートしようぜ」
 高丸が気さくに夏生に声をかけている。
「何だ、その『茜なんか』って言い回しは?」
 茜は口元を引きつらせながら、彼の背中を小突いてやった。身長差があるので後頭部にクリーンヒット出来ないことが悔しい……。
「アレ? 聞いてたのかよ? 心配すんなって。オレ、何があっても茜がイチバンだからさ!」
「そんなイチバンは要らないけどな」
 茜は冷ややかに言い放ったが、級友の耳には都合の悪いことは全く聞こえていないらしい。
「今更、照れんなよ! じゃ、オレ、今日は実業団で練習だから――また明日な!」
 高丸は、やけに快活な笑みを茜に贈ると教室を出て行ってしまう。
 茜と夏生は、その目立つ後ろ姿を苦笑いで見送った。
「ねえ……前から気になってたんだけど、祇園寺先輩って――茜ちゃんの何なの?」
 夏生が心底不思議そうに訊ねてくる。茜を見上げる眼差しには好奇心と不安――そして、何故だか期待めいたものが宿っていた。どうやら妹は高丸の言葉を額面通りに受け取り、何か嫌な妄想をしたらしい……。
「何って――ストーカー。他は……思いつかないな。それより今日は、用事があるから一緒には帰れない。折角迎えに来てくれたのに、悪いな」
 高丸についてはぞんざいに応じた後、茜は真摯な口調で夏生に告げた。
 夏生が僅か一瞬顔を曇らせる。だが、妹はすぐに笑顔に戻り、元気に頷いた。
「解った。家でちゃんと待ってる。早く帰ってきてね、茜ちゃん」
「大丈夫だ。すぐに戻るよ。葵と一緒にね」
「うん。今夜のゴハンは、葵ちゃんの好きな茶碗蒸しにするわ。それじゃあ――また後でね、茜ちゃん!」
 物分かりの良い妹は深く詮索することなく、クルリと踵を返した。
 スカートの裾とフワフワの髪を靡かせて、軽やかに廊下を進んでく。
 その背中が人波に消えた頃、
「へえ、今の彼女が妹なんだ」
 耳元で低く囁く声がした。
「――――!? 無駄に近すぎなんだよ!」
 茜は慌てて身を退かせ、背後を振り返った。
 つい先ほどまで自分が立っていた位置には、一条龍一が悠然と佇んでいた。驚く茜を眺めて、楽しげに微笑を浮かべている。
「おや、つれないね。妹の十分の一でも素直だったら可愛いのに」
「俺はいつでも素直だ。おまえのことは嫌いだと言っているだろ」
 龍一のからかいを毅然とはね除け、茜は軽く彼を睨んだ。
 彼と協力態勢をとるのは一時的なものだ。目的を達成した後までズルズルと慣れ親しまれては困る。
 神族と魔族――その線引きはきっちりしておきたかった。
「声をかけろ――って言ったのは茜の方じゃないか?」
「教室を出てから、って、ちゃんと言ったはずだけどな」
「……解った。私が悪かったよ。――で、これからどうするつもりなのかな?」
「有馬家に行く」
 龍一の問いに対して、茜は双眸に鋭利な光を宿して即答した。
 何としてでも己が半身を取り戻さなければならない。
 その強い想いだけが茜を突き動かす源だった――



ご来訪、ありがとうございます♪
えーっと……茜と同じクラスの設定なので、通りすがりで「ブラックリストの」直杉と高丸を出してみました(汗)

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2009.12.05 / Top↑
「――デ、デカイッッ!!」
 それが、有馬家を初めて目にした一条龍一の第一声であった。
 彼の眼前には、五メートル近い高さを誇る青銅の門が聳えているのである。
 重々しい雰囲気を醸し出している扉は、寺院の山門を彷彿とさせる。
 茜には見慣れた光景だが、龍一の驚愕はおそらく正しい反応なのだろう。
 確かに、有馬家は巨大だった。
 広大な敷地には堅固そうな石塀がぐるりと巡らされている。その中にある家屋は、見事な松や桜などの植木によって遮られ、屋根すら目視することは不可能だった。
 有馬家は榊家に負けず劣らずの名旧家なのである。
 しかも、榊の本家は聖華学園建設の際に取り壊され、現在、茜たちが住んでいる小振りの洋館しか残されていない。
 なので、この有馬邸がM市の中で最大最古の日本家屋になる。
「条家だって似たような屋敷に住んでるだろ? 驚いてないで、裏に廻るからな」
 ポカンと口を開けて門を見上げている龍一を尻目に、茜は塀伝いに歩き始めた。
「裏――って?」
 ハッと我に返った龍一が、慌てて茜を追いかけてくる。
「表門は滅多に使われることはないし、裏口に廻った方が母屋に近い」
 茜は素っ気なく応えて、石塀沿いに道を右へと折れた。
 先ほどより少し細くなった道を三百メートルほど足早に進む。
 塀の中に填め込まれた両開きの木戸前で、茜は一旦足を止めた。
 有馬家の三つある裏門の一つだ。
 龍一が肩を並べるのを待ってから、茜は脇に設置されているインターホンを鳴らしもせずに、木戸を開けて中へと足を踏み入れた。
 塀の随所に隠されている監視カメラが、疾うに茜の姿を確認しているに違いない。モニタールームで門番をしている者たちは、榊本家の人間を無条件で通してくれるのだ。
「門の内側も――やっぱり広いな」
 茜の後に続いた龍一が、有馬家の敷地を眺め回して苦笑を湛える。
「ここから母屋まで二百メートルくらいあるからな」
 茜は木戸を元通りに閉めると、有馬家の威容に感嘆しているらしい龍一を促し、歩き始めた。
 眼前には幽玄の美を誇る日本庭園が広がっている。
 一目で入念に手入れされていると解る純和風の庭園は、清廉かつ荘厳な雰囲気を醸し出していた。
 庭を彩るのは、綺麗に駆られた芝生や色鮮やかな花壇、見事な松の大木たちだ。
 足下からは御影石の小道が長く延びている。両側を白い玉砂利で挟まれた石畳の先には巨大な池があり、その中央には緩やかな弧を描く朱塗りの橋が架けられていた。
 茜は迷わずに御影石の道を進んだ。母屋へ行くには、池を突っ切るのが手っ取り早い。
「へえ、凄いな。一条の屋敷もそれなりにデカイけど、ここは桁違いだね」
 茜の隣を歩く龍一は気楽な様子で庭を観賞している。敵地を訪れている――という意識は全くないらしい。彼の口調も態度も寛いだものだった。

「――あれ?」
 橋の袂まできて、茜は不意に足を止めた。
 橋の隣――石灯籠脇に白い人影を発見したのだ。
 石灯籠から少し離れたところに位置する黒御影のベンチに、純白のワンピースを纏った女性が腰かけている。
「アラ、茜ちゃん」
 相手も茜の存在に気づいたらしく、ゆるりと面を上げた。
 長い黒髪に縁取られた顔は、ハッとするほど美しかった。
 銀縁の眼鏡をかけているが、それでも整った顔貌であることは歴然としている。
 純和風の楚々とした佳人――彼女の膝の上にはスケッチブックが広げられ、右手には鉛筆が握られていた。茜に視線を向けている間も、彼女の手は忙しなく紙面に何かを描き続けている。
「久し振りで――」
「茜ちゃん、ソレ――条家じゃないの?」
 にこやかに挨拶をしようとした茜の言葉を遮り、ふと彼女は眼鏡の奥で双眸を細めた。
 ピタリ、と紙面を走っていた筆が止まる。
「え? あっ、コレは――」
 彼女の視線が龍一に流されたのを見て、茜は咄嗟に何て説明をすべきか迷った。
 その一瞬の躊躇いが、相手の美女に余計な誤解を与えたらしい。
「やっぱり魔族なのね。血の臭いがするわ」
 彼女はすっくと立ち上がると、眼鏡を頭の天辺へと移動させ、黒曜石のような瞳でじっと龍一のことを凝視した。
「茜ちゃんを人質にして、ウチに乗り込んでくるなんていい度胸ね。その漢気に免じて、特別に私が相手をしてあげるわ」
 決然と告げると、彼女は手早くスケッチブックのページを捲り、そこへ物凄い速度で鉛筆を滑らせ始めるのだ。
 常人ではその動きを肉眼で捕らえることは到底無理だろう。
 彼女の鉛筆を操る姿には、一種異様な迫力と凄絶なパワーが漲っていた。
「オイ、茜……」
 事の成り行きを理解できずに、龍一が困惑気味の視線を茜に送ってくる。
 どうやら、相手の脳内では『龍一に囚われた可哀想な茜』という妄想が花開いてしまったらしい。
「や、ちょっ……ちょっと待って! 誤解だ、咲姉――!!」
 茜は慌ててワンピース姿の美女へと足を踏み出した。
 だが、茜の制止よりも僅かに彼女の行動の方が早かった。
 スケッチブックに描き込んだモノが完成したのか、彼女は筆を止めると迅速な手捌きで紙面を龍一へ向けた。
「悶え、苦しむがいいわ――妖魔封殺」
 美しい唇が呪を紡ぐ。
 刹那、彼女の全身が金色混じりの緑の光輝に包まれ、地中から飛び出した無数の蔦植物が龍一の身体を絡め取った――




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