ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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◆ウォーターガーデンに響くララバイ  【長編・完結】

  ウォーターガーデン

▼作品傾向:ファンタジックホラー・学園・怪談・幼なじみ・美少年・愛憎▼


 「九月九日、その日が月のない夜ならば中庭の噴水から水の妖かしが出現する」
 毎年九月九日午後六時以降、聖華学園は封鎖される。
 漫画ヲタクの主人公・水柯は、翌日〆切りの原稿を取りに行くために幼なじみの樹里とともに封鎖された学園に忍び込むことになる。更にクラスメイトの充と直杉を加えた一行が、夜の学園で目にしたモノは――

 学園に残された伝説を巡るファンタジー。ほんのりホラーテイスト。



【INDEX】 

  ◇序   
  ◇1.伝説の日       
  ◇2.謎の一斉下校日       
  ◇3.憂鬱な夜        
  ◇4.学園封鎖     
  ◇5.武道館の怪異      
  ◇6.閉ざされた水域     
  ◇7.母の嘆き          
  ◇8.残酷なゆりかご           10 11
  ◇9.生徒会長 桐生蒔柯           10 11 12
  ◇10.水の奏でる子守唄           
  ◇跋  




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2009.05.16 / Top↑
 わたしはもうすぐ母になる。
 昏い校舎を彷徨いながら、少女は満面の笑みを浮かべた。
 照明のない廊下も軋りを立てる古い木の床も、今の少女を脅かす存在ではない。
 少女は臆することなく、人気のない夜の校舎を歩き続けた。
 角を曲がり、旧校舎一階の奥へと突き進む。
 長い廊下の果て――階段脇にある中庭へと続く扉の前でようやく足を止めた。
 扉に填め込まれた硝子から中庭が見える。
 淡い月光を受けて、巨大な噴水が仄白く輝いていた。
 わたしは母になる。
 少女は至福の笑みを湛え、己れの腹部に片手を添えた。
 制服の上からでもはっきりと解る膨らみ。胎内に宿る小さな生命の鼓動が手を介して伝わってくる。
 ここに、愛する人とわたしの子供がいる。
 少女は愛しさを込めて腹をさすった。
 唇からは自然とハミングが洩れる。
 柔らかく、そして温かさを感じさせる旋律。
 ゆりかごの中で優しく揺られているような安息を、胎内に宿る我が子へと与えてあげられるはずだ。
 これは子守唄。
 我が子に捧げるためだけに、少女が創った子守唄なのだ。
 この世にたった一つしかない存在していない調べを、少女は心を込めて紡ぎ続けた。
 わたしは愛する人の子供を産む。
 もうすぐ母になるのだ。
 少女は歓びを噛み締めながら、扉の把手へ手を伸ばした。
 その時、暗闇で何かがチカッと瞬いた――懐中電灯の光だ。
 少女は即座に歌うのを止め、ひどく緩慢な動作で光源を振り返った。



「こんな時間に何をしてるんだ?」
 数学教師・持田は、宿直の勤めとして深夜の校舎を巡回していた。
 その最中、思いがけず唄を耳にしたのだ。
 美しい歌声に導かれるようにして、持田は旧校舎へとやって来た。
 そして、一階の廊下で女生徒の姿を発見したのである。
 不審に思った持田が懐中電灯で少女を照らすと、彼女はゆっくりとこちらを顧みた。
「……た、館林くん」
 少女の顔を確認した途端、電流に似た衝撃が全身を駆け巡った。
 掠れた声が喉の奥から洩れる。
 自然と顔が強張り、懐中電灯を持つ手がブルブルと震えだした。
 闇に浮かび上がる少女の顔には、確かに見覚えがある。
 間違いなく、この学園の生徒だ。だが――
「まさか、本当に館林くんなのか」
 持田は驚愕と戦慄の相俟った眼差しで少女を凝視した。
「わたしの赤ちゃん……」
 不意に少女の顔が歪む。
 立ち竦む持田の眼前で、大きく膨らんでいた少女の腹部が徐々に萎んでいった。
 窪んだ腹を撫でる少女の双眸から、つと涙が零れ落ちる。
「わたしの赤ちゃんは、どこ? あの人とわたしの赤ちゃんを返して」
 震える声で呟き、少女は持田から顔を背けた。
「館林くん。君なのか? 君が――」
「あの人の子供を返して」
 持田の呼びかけを無視して、少女が中庭へと続く扉に両手を添える。
 刹那、少女の姿は空気に溶けるようにして消滅した。
「ああ、館林くん」
 持田はその場に崩れ落ちた。
 喘ぐような声が唇から滑り落ちる。
「どうしてなんだ。君は――」
 疾うの昔に死んでいるのに……。


 
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2009.05.16 / Top↑
校則特記

 水妖伝説。
 旧校舎と新校舎に囲まれた中庭の噴水。
 毎年九月九日、その日が月のない夜ならば、噴水から水の妖かしが出現する。
 水妖――呪われた生き物は人の生命を奪う力を備えている。

 過去、九月九日夜、学園に忍んだ者の中に生還した前例なし。
 因って、毎年九月九日午後六時以降、学園を完全に封鎖する。
 教師・生徒・警備員を含め、全ての者は学園に立ち入ることを禁ずる。


                      一九九X年 九月一〇日
                      生徒会会長 桐生蒔柯




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2009.05.17 / Top↑
 雲一つない青空が広がっている。
 秋の兆しを強く感じさせる澄み渡った空の下、渋い緑色の群れが列を成して進んでいた。
 東京都の西に位置するM市では、毎朝毎夕お目にかかれる光景である。
 緑色の群れは、独特の制服に身を包んだ十代の少年少女たち。
 彼らの目指す場所は、市街地の中心部にある私立聖華学園。
 来年創立六十周年を迎える伝統ある名門校である。
 貴籐水柯(きとう みずえ)は、肩の両側に垂らしたお下げを揺らしながら、生徒の群れの中を軽快な足取りで進んでいた。
 今朝は心も歩調も軽い。
 昨日発売の少女マンガ誌で、大好きな作品が最終回を迎えた。
 その衝撃的な結末と読後にジワジワと押し寄せてきた感動に、水柯の胸は未だ昂ぶっているのだ。
 マンガをこよなく愛する水柯にとって、素晴らしい作品に出逢えることは至上の幸せなのである。
 そんなわけで、今日は目醒めた時から頗る機嫌がよかった。
 聖華学園を目指す生徒たちの眠そうな顔を尻目に、水柯は元気よく闊歩していた。
 晴れた空と晴れた気分――あまりの心地よさに、思わず鼻唄が飛び出す。
 曲名も歌詞も解らないが、気分が昂揚すると幼い頃から自然と口をついて出る唄だ。
 多分、母親あたりが『胎教のため』とか言いながら、水柯が胎児の頃から聴かせていた曲なのだろう。
 だから高校二年生になった今でも、深く心に根づいているのかもしれない。
 ハミングを続けながら、聖華学園の巨大な正門を潜り抜ける。
 校舎正面にある生徒玄関が見えたところで、ふと水柯は足を止めた。
 玄関付近に、人の流れが滞っている場所を発見したのだ。
 一部の生徒が立ち止まり、みな同じ方向を見つめながら何やら騒ついている。
「たっ、田端先輩!」
 不意に甲高い少女の声が校庭に響いた。
 その一言に、水柯の心臓はドクリと脈打った。
 鼻唄を止めて、人だかりへ視線を馳せる。
 無意識にヒクヒクと口元が引きつった。
 この学園で田端という姓を持つ人間は、水柯の知る限り幼なじみの田端樹里一人しかいない。
 必然的に、樹里が登校時の校庭で何事かをしでかしているという結論に至る。
「ったく、朝から何やってんだか」
 水柯はフレームレス眼鏡の位置を片手で直すと、人だかり目がけてダッシュした。



 
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2009.05.17 / Top↑
 群がる野次馬たちを押し退けて前に進む。
 野次馬の最前列までやって来た瞬間、水柯の気分のよさは一気に吹き飛んだ。
「田端先輩、好きです。つき合って下さい!」
 ギャラリーと化した生徒たちの輪の中心で、一人の少女が勢いよく頭を下げる。
 頭を下げられた相手は、興味なさげに少女を見返した。
 少女を見る双眸は宝石のような翡翠色をしており、その目に軽くかかる髪は見事なプラチナブロンドだった。
 朝陽を受けてキラキラと輝く髪を目にした途端、水柯の顔はまたしても引きつれた。
 見世物になっているのは、紛れもなく幼なじみの田端樹里だったのだ。
 あの髪と瞳と恐ろしく整った顔立ちでは、見間違えようがない。
「イヤだね」
 一拍の間を措き、樹里が酷薄に告げる。
 転瞬、野次馬の中から女生徒たちのどよめきがわき上がった。
「あの子、樹里先輩に告白してるわよ」
「バカよね。相手にされるわけないじゃない」
「田端先輩の女嫌い、知らないんじゃないの」
 そんな類の囁きを耳にしながら、水柯は更に顔をしかめた。
 女生徒たちの言う通り、樹里は女嫌いなのだ。
 それも上に『無類の』とつくほどである。
 イギリス人の血を引く樹里は、眩い白金髪と翡翠色の双眸を生まれながらにして持っていた。
 加えて彼は、モデルであった母親譲りの美貌をも持ち合わせている。
 綺麗な弧を描く眉に、切れ長で涼しげな感じのする双眸。
 スッと筋が通っている高い鼻梁。
 色白で、手足がスラリと長い均整のとれた身体。
 そんな美形を周囲が放っておくわけもなく、入学以来、樹里に告白する女子は後を絶たない。
 だが、その全てを樹里は悉く無視していた。
 瞬く間に『田端樹里=女嫌い』の噂が流出したが、それでも世の中には勇気を振り絞って告白してくる女の子がいるものなのだ。
「あたし、先輩のことが好きなんです」
「僕は好きじゃない」
 冷ややかな声と視線で、樹里が少女を拒絶する。
 少女は金縛りにでも遭ったかのように硬直し、唇を震わせた。
 その直後、
「こんな朝っぱらから何してんだよ、樹里」
 緊迫した場にそぐわぬ陽気な声が高らかと響き、長身の影が颯爽と姿を現した。
 栗色の髪を持つハンサムな少年だ。
 その、口元にいつも微笑を刻んだような少年の顔を見て、水柯はギョッとした。
 間の悪い時に、間の悪い男が出現したものである。
 水柯は引きつりを通り越して完全に凍りついてしまった顔で、長身の少年を眺めた。
 少年は、樹里の親友である園田充。
 樹里とは対照的に自他ともに認める女好きである。
 こんな場面に充が首を突っ込んで、状況が改善された例しはない。
「充には関係ない」
 水柯が悪い予感を覚えながら事の成り行きを見守っていると、樹里がチラと充を一瞥し、ぞんざいに応じた。
 それだけで充は事態を察したのか、口の端を軽く歪めて笑う。
「なるほどねぇ。いつものようにあっさりフッちゃったわけだ。けど、そんなに冷たくするなよ。この子、泣いちゃうよ」
「僕は、イヤなものはイヤだからね」
 樹里が興味の欠片も窺えない眼差しで少女を見遣る。
 少女の顔がサッと青ざめた。
 充が嗜めるような視線を樹里に走らせ、次に満面の笑顔で少女の顔を覗き込む。
「君もそんなに思い詰めないで。可愛い顔が台無しだよ。それに、樹里がこんな性格なのは重々承知していたはずだよね」
「それは……そうですけど」
「玉砕覚悟で告白して、君はフラれた」
「そ、そんなストレートに言わなくても」
「でも、現実にフラれたんだ。だったらさ、樹里のことはさっさと諦めて、俺とつき合わない? 俺、どんな女にも優しいよ」
 充の言葉に、少女の瞳が大きく見開かれる。
 その双眸から透明な雫が零れ落ちた。
「ひ、酷い……。酷すぎます! 田端先輩も園田先輩もサイテーです!」
 精一杯の捨て台詞を残し、少女は身を翻した。
 そのまま脇目も振らずに猛スピードで校舎へと突進してゆく。
「樹里が悪い」
「充が余計なこと言うからだろ」
 充と樹里が、互いに責任を転嫁するように顔を見合わせる。
 その瞬間、今まで傍観していた水柯の頭で何かがプチッと切れた。
 ――乙女の夢と恋心を無惨に打ち砕くなんて、許せない!
 水柯は込み上げてきた怒りに任せて憤然と足を踏み出した。




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2009.05.17 / Top↑
「あんたたち、二人とも悪いわよ!」
 ズカズカと少年たちに歩み寄り、鋭い眼光で睨めつける。
「朝から何バカなことやってるのよ。みっともないわね」
「な、何だよ、水柯」
 樹里が、唐突に現れた幼なじみに驚いたように僅かに後ずさる。
「女の子を泣かせるなんて、最悪。あんな応え方ないでしょ。幼なじみとして、顔から火が出るほど恥ずかしかったわ」
「一々うるさいぞ、このマンガオタク」
「マンガを好きで何が悪いの? わたしは近い未来、プロの漫画家になる人間よ!」
 水柯はギュッと拳を握り締め、語気も荒く言い返した。
 確かに水柯は、マンガ同好会に所属するほどの『マンガ大好き人間』だ。
 青春と情熱の全てをマンガに注ぎ込んでいる、と断言しても過言ではない。
 だが、それと今の論点は別次元の問題だし、如何に幼なじみといえどもマンガを馬鹿にするのは許せない。
 漫画家を目指す水柯の夢をけなすような発言も到底いただけるものではない。
「おまえが漫画家になれるわけないだろ」
「絶対なってやるわよ!」
「まあまあ、二人とも落ち着いて。話がズレてるんだけど」
 充が、今にもとっ組み合いを始めそうな水柯と樹里の間に割って入る。
「そうだったわ。――樹里、あんた、また女の子をフッたわね」
 充に指摘されて、水柯は慌てて我に返った。
 改めて、厳しい視線を樹里に注ぐ。
「それがどうかした?」
「信じられない神経してるわよね」
「みたいだね」
 樹里が悪びれもせずに肩を聳やかす。
 水柯は呆れ混じりに盛大な溜息をついてみせた。
 それから視線を充に移す。
「充くんも女の子を煽っちゃダメよ。いくら充くんが女の子に優しくてもね、さっきのは逆効果なんだから」
「……了解、水柯ちゃん」
 充が渋々と頷く。
 しかし、こちらも反省しているようには全く見えなかった。
 顔には相変わらず微笑が張りついている。
「まったく、あんたたちときたら最悪の二人組ね!」
 水柯は小さく舌打ちを鳴らすと、今まで以上に苛烈な眼差しで二人を睨みつけた。
「聖華学園二年B組、田端樹里。無類の女嫌い。今年に入ってフッた女の数は、さっきのを入れて四十七人。同じく二年B組、園田充。無類の女好き。今年に入ってつき合った女の数は、四十八人」
「おっ、俺の方が一人多い。俺の勝ちだな」
 口笛を鳴らし、充が愉しげに笑う。
「充くん!」
 すかさず水柯が叱咤の声を飛ばすと、充は微笑を苦笑へと変化させた。
「女嫌いと女好き――こんな二人が親友だなんて信じられないわね。あんたたちの共通点といったら、どっちも『酷い女泣かせ』って、とんでもないものしかないんだから。ホンット、女の敵だわ!」
「安心しろ。僕は水柯を女と見なしてないから」
 樹里が淡然と告げる。
 水柯は眦を吊り上げて樹里を見返した。
「それ、どういう意味よ」
「そのまんまの意味だよ。――行こう、充」
 樹里は水柯を無視するように充を促し、歩き始める。
 従順に充がその隣に並んだ。
「ちょっと待ちなさいよ!」
 水柯は怒声を放ちながら、ろくでなし二人組の後を追った。
 さっきまで晴々としていた心を、あの二人に返してもらいたい気分だった。




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2009.05.17 / Top↑
「まだ話は終わってないわよ!」
 生徒玄関に到着したところで、水柯はようやく二人に追いついた。
 聖華学園の校舎は上空から俯瞰すると、凹の形をしている。
 正門から向かって左手に当たるL字型の部分が旧校舎、反対側が新校舎という造りなのだ。
 線対称を成すL字型の新旧両校舎の繋ぎ目――校舎正面に生徒玄関は位置していた。
「うるさいぞ。ついてくるな」
「仕方ないでしょ、同じクラスなんだから」
 鬱陶しげに振り返る樹里に、水柯は憮然と抗議した。
 それほど邪険に扱われる所以はないし、そもそも同学年同クラスで『ついてくるな』というのが無理な話だ。
「そうそう。行く先は一緒なんだから無茶言うなよ、樹里。さっ、行こうか水柯ちゃん」
 珍しく充が樹里の意見を退け、彼の武器とも言える柔和な笑顔を水柯に向けてくる。
「うわっ、充くん、優しい!」
 水柯は顔を輝かせ、弾んだ足取りで充の隣に肩を並べた。
「水柯ちゃんは可愛いからね。特別だよ」
「充くんも女に手が早いことを除けば、最高のフェミニストよね」
「ったく、何言ってんだか……。勝手に意気投合するなよ」
 ブツブツと不満を洩らす樹里を敢えて無視し、水柯は玄関から廊下へと身を移した。
 朝の廊下は生徒たちでごった返している。
 どこを見ても渋い緑色で埋め尽くされていた。
 二年生の教室は新校舎にある。
 水柯たちがそちらへ足を向けかけた瞬間、
「キャアッ! 徳川先輩よ」
 突如として緑の群れがどよめいた。
「朝からツイてるわ!」
「直杉(なおすぎ)センパイ、おはようございまーす!」
 女生徒たちの黄色い歓声が廊下を揺るがし始める。
 水柯はその凄まじさに驚き、思わず足を止めてしまった。
 目をしばたたかせながら周囲に首を巡らせる。
「徳川先輩、素敵!」
「ああ、いつ見ても凛々しいわ」
「あたしも先輩の顔見たーい!」
 少女たちの声は次第に増大し、生徒の大部分がその騒々しさに足留めを食らっていた。
「格好良すぎて、頭がクラクラするわ」
「徳川先輩、こっち向いて下さい!」
 悲鳴に近い歓声は、徐々に三人の方へ接近してくる。
「徳川か……」
 樹里が旧校舎方面の廊下を見つめ、不服げに呟く。
 ほぼ同時に、生徒たちが一斉に廊下の両脇に身体を寄せ、道を開けた。
「相変わらず派手ね」
 開かれた廊下の中央を颯爽と歩く人物を確認し、水柯は感嘆の声を洩らした。
 毅然と前を見据え、一人の人物が廊下を渡ってくる。
 頭の高い位置で一つに束ねられた癖のない黒髪が目を惹く。
 身に纏っているのは制服ではなく、白い袴だった。
 無表情に近い顔は、凛然としていて美しい。
 廊下を素足で歩く姿は典雅な雰囲気を醸し出していた。
 女子が騒ぐのも頷けるような美貌を誇る麗人――徳川直杉。
 水柯たちの同級生であり、二年生でありながら弓道部の主将を務める人物だった。




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2009.05.17 / Top↑
 直杉の後ろを、二十人ほどの女子たちが憧憬に瞳を潤ませながらゾロゾロと付き従っている。
 歓呼の声は、それらの女子から発せられているのだ。
「フン。ここは宝塚じゃないんだぞ」
 直杉に群がる女子をあからさまに軽視しながら、樹里が忌々しげに鼻を鳴らした。
 それを承けて、充が苦い笑みを浮かべる。
「直杉だって不本意だろうさ。女たちが勝手に付き纏ってるだけだろうし。歴とした女なのに大変だな、あいつも」
 そう、徳川直杉は女なのだ。
 直杉は、M市屈指の名旧家である徳川家の嫡子として、この世に生を受けた。
 偏屈で頑固な祖父が、彼女が生まれる際に『名前は男でも女でも《直杉》だ』と言い通したため、彼女には男らしい名前がつけられたのである。
 名前の効果なのか、直杉は名家のお嬢様だというのにお嬢様らしくは育たなかった。
 華道や茶道よりも武道を好む気質の持ち主なのだ。
 学園では弓道部に所属しているが、他の武道も一通り会得していると噂されている。
 武芸に秀で、かつ中性的な容姿を持つ直杉に群がる少女の数は、日に日に増える一方であった。本人の望む望まないは別として。
「ナオちゃん、おはよう!」
 近寄ってくる直杉に向かって、水柯は元気よく手を振った。
 こちらに気づいた直杉が、悠然と歩み寄ってくる。
 熱烈な直杉信奉者の女子たちは、落胆したように足を止めた。
 それでも熱い視線を直杉に注ぐことは止めない。
「袴なんか履いちゃって、どうしたの?」
 袴姿の直杉を物珍しげに眺めながら、水柯は小首を傾げた。
「日曜に隣の陵蘭高校と親善試合がある。少し練習しておこうと思ってな」
「嫌味な奴だな。練習する必要なんて全然ないくせに」
 樹里が仏頂面で直杉を見遣り、揶揄を込めた言葉を投げつける。
「それは私の力量を評価してくれているのか、田端。ならば、今の言葉は賛辞として受け取っておくが」
「ケナしてんだよ」
 樹里がソッポを向く。
「樹里って、ナオちゃんに冷たいよね」
 二人のやり取りを聞いて、水柯は溜息をついた。
 声には、樹里の刺々しい態度に対する非難が自然と滲み出てしまう。
 直杉は水柯の友人だし、樹里にとってもクラスメイトだ。
 もう少し樹里の方から歩み寄ってもいいのではないか、と水柯は常々思う。
 だが、樹里にはそんな心遣いなど微塵もないようだった。
「樹里は女なら誰にでも冷たいんだよ。女の子には最大限に優しくする義務が、男にはあるのにな」
 充が唇の端を歪めながら樹里の顔を覗き込む。
「充の考え方には賛同できないし、僕は水柯と徳川を女だと思ったことは一度もないね」
「手厳しいことで。でも逆に、樹里の評価の中では高ランクだってことだ、お二人さん」
「素直に喜んでいいものかどうか、複雑な心境だな」
 直杉が無表情のまま首を捻る。
「わたし、ちっとも嬉しくないわよ」
 水柯は頬を膨らませ、恨みがましく樹里を睨めつけた。
「うるさいな。――早く制服に着替えてこいよ、徳川。ただでさえ目立つのに、いつまでもそんな格好してるなよ」
 集中非難を浴びたことにムッとしたのか、樹里が直杉に理不尽な文句を叩きつける。
 そうかと思うと彼は急に身を転じ、一人でさっさと新校舎の方へと歩き出してしまった。
「オイ、待てよ!」
 充が慌てて樹里を追いかける。
 水柯は直杉を見上げ、お手上げだというように肩を竦めてみせた。




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2009.05.17 / Top↑
「田端は相も変わらず、か」
 樹里と充の姿が人混みに消えた直後、ふと直杉が呟いた。
「ごめんね、ナオちゃん」
「水柯が謝ることではない。あれの女嫌悪症は、今に始まったことではないからな」
「わたしたちを女と見なしてないなら、普通に接してくれてもいいのにね。その辺が矛盾してるのよ、樹里は」
 水柯は不満げに唇を尖らせた。
 それから気持ちを切り換えるように軽く頭を振り、笑顔で直杉に向き直る。
「ところで、今度の日曜って何日だっけ?」
「十四日だが」
「じゃあ、樹里と試合観に行くね」
「無理しなくていいぞ。田端は嫌がるだろう」
「いいのいいの。たまには無理矢理連れ出して、他人と触れ合ってもらわなきゃダメだわ、あれは。そのうち女嫌いどころか人間嫌いに陥りそうなんだもん」
「無きにしも非ず――だから怖いな、田端の場合」
「そういうこと。今日が九日だから、あと五日ね。それまで樹里を説得しとくわ。――っと、あれ……今日って九日だっけ?」
 自分の言葉に急に違和感を覚えて、水柯は数度瞬きを繰り返した。
《九日》という響きが妙に心に引っかかったのだ。
昏い影がサッと脳裏をよぎったような、そんな不吉な感触が芽生える。
「確かに今日は九月九日だが」
「何だか縁起が悪そうな数字並びね。まあ、今日のことはいいんだけど――」
 水柯は渋面を湛え、口ごもった。
 何か、大切なことを忘れているような気がしてならない。
《九日》という単語は、まだ胸中にわだかまっている。
 九月九日――今日は特別な日ではなかっただろうか?
 だが、思い出せない。
 引っかかりは覚えるものの記憶を上手く引き出せずに、水柯はもどかしさを感じた。
「どうかしたのか?」
 顔をしかめていると、不審に思ったのか直杉が尋ねてきた。
 水柯は慌ててかぶりを振り、九月九日という日付を頭の隅に追いやった。
「ううん、何でもない。それより、明日はわたしの誕生日なんだけど……樹里、きっと覚えてないんだろうな。去年だって忘れてたし」
 咄嗟に胸につかえる別の不安を吐露する。
 明日は、水柯の十七回目の誕生日なのだ。
 水柯としては大好きな幼なじみに祝ってほしいのが本音だが、当の本人は頗る女嫌いときている。
 女性に関する記憶や情報を片っ端から削除していくような人物なのだ。
 水柯の誕生日を覚えている確率はゼロに近い。
 去年の誕生日も全く気づいてもらえなかった。
 当然、一昨年も一昨々年も同様だ。
 度重なる前例が水柯の心を弱気にさせていた。
「田端は本当に女泣かせだな」
「あっ、誤解しないでよ! わたし、別に樹里のことなんか……。樹里はただの幼なじみだもん」
 水柯は狼狽そのものの体で、あたふたと言葉を連ねた。
「そう弁明する辺りが怪しいぞ」
「と、とにかく何でもないのよ! ナオちゃん、早く着替えておいでね。わたし、先に教室に行ってるから」
 水柯は矢継ぎ早に言葉を捲し立て、逃げるように身を翻した。
 直杉に自分の心を見透かされたことに羞恥を感じた。
 同時に、樹里への隠しきれない恋心に胸が鈍い痛みを発する。
 ――成就する見込みのない恋だ。
 そう己れに言い聞かせ、頭に浮かぶ幼なじみの顔を懸命に振り払いながらひた走る。
 脳裏で樹里の顔が霧散した途端、先刻の奇妙な不安がフッと甦ってきた。
 九月九日。
 中庭。
 噴水。
 立入禁止――伝説。
 意味不明な言葉の断片ばかりが、取り留めもなく頭に浮かんでは消えてゆく。
 纏まりのない思考に、水柯は険しく眉根を寄せた。
 ――今日は何の日だったかしら?


     *


「ただの幼なじみ。何でもない――か。水柯も意外と不器用だな」
 徳川直杉は水柯の後ろ姿を見つめながら、思案するように顎に手をかけた。
「知り合って一年以上になるが、知れば知るほど奇妙な三人だ。極度の女嫌いであり、友人の園田にしか心を開かない田端。女好きでありながら、過保護なまでに田端の面倒をみる園田。マンガオタクを自称し、恋愛に無関心を装っている水柯。水柯はまあ、田端への恋愛感情を本人に悟られぬようにしているだけだろうが――」
 一旦言葉を止めると、直杉は双眸に怜悧な光を閃かせた。
 ここにはいない少年二人の姿を脳裏に描き、口角に冷笑を刻み込む。
「あとの二人は役者だな。田端は女が嫌いなわけではなく、女を恐れている。その恐怖心を包み隠すために、女嫌いを演じている。そして園田は――園田の方が実は女嫌いだな。あれは女を憎んでいる。博愛主義を持論としているようだが、憎悪すべき女を弄んでは捨てて、心の中で笑っているタイプだ」
 そこまで述べて、直杉は自嘲の笑みとともに言葉を打ち切った。
「あの三人を冷静に分析し、独り呟く私もかなり奇妙だがな」
 直杉は水柯から視線を引き剥がすと、背後の旧校舎を振り返った。
 すぐに、水柯の『今日って九日だっけ?』という言葉が甦ってくる。
「九月九日――水妖(すいよう)伝説か。馬鹿馬鹿しい」
 直杉はそっと瞼を伏せ、皮肉げに唇を歪めた。



         「2.謎の一斉下校日」へ続く




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2009.05.17 / Top↑
 授業課程を全てこなし、ホームルームが終了した直後、貴籐水柯は勢いよく席を立った。
 鞄を片手に樹里の席へと歩み寄る。
「たまには一緒に帰ろう」
 にこやかに樹里に声をかける。
 家までの道中、何とか話題を明日の誕生日へと巧く運べないものか、と考えたのだ。
 だが、その魂胆は樹里の冷徹な眼差しの前に呆気なく潰えた。
「イヤだね」
 机に頬杖をついたまま、樹里は如何にも面倒臭そうに水柯を見上げたのだ。
「いいじゃない。家、隣なんだから」
「イヤなものはイヤだね。――充、帰ろう」
 樹里は水柯を冷たく突き放しておいて、後ろの席の充を振り返った。
「わたしはダメでも充くんはいいわけ?」
「まあまあ、水柯ちゃん」
 頬を膨らませる水柯に、充が困ったように微笑む。
 彼は鞄を掴んで席を立つと、樹里に悪戯っぽい視線を投げた。
「悪いな。俺、これからデート」
「は? 彼女、海外旅行中って言ってなかったっけ? ……また女換えたのか」
 呆れと嫌悪の相俟った樹里の視線が充に注がれる。
 充は笑顔でそれを受け止めた。
「換えたわけじゃないさ。旅行中の彼女とも、ちゃんとつき合ってる。今日デートするのは、前の彼女」
「それ、世間一般では二股って言うんじゃない? じゃなきゃ、浮気よ」
 水柯は白い目で充を眺めた。
 充の自由奔放な女性関係にはほとほと呆れてしまう。
「どっちでもいいよ。二人とも俺のことが好きだっていうんだからさ。向こうが勝手に好きになったんだ。俺のことが許せないなら、向こうから勝手に別れてくれればいい」
「そんなこと、あっさり笑顔で言われてもねぇ……。今の彼女のこと好きじゃないの?」
「好きだよ。つき合ってる子、みんなね」
 充は笑顔を絶やさずにサラリと告げる。
 水柯と樹里の口から同時に溜息が洩れた。
「充くんは、すぐはぐらかすんだから」
「あまり悪行重ねるなよ」
「あっ、樹里には言われたくないな。何せ、水柯ちゃんによると同レベルだからね。俺とおまえの女泣かせは。――じゃ、また明日な。おっと、直杉もな!」
 充は少し離れた席にいる直杉に向かって片手を振ると、そのまま猛ダッシュで教室を飛び出していった。


 
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2009.05.22 / Top↑
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