ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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◆魔法使い  【完結】

  魔法使い

▼作品傾向:青春・恋愛・美少年・美青年・魔法▼


 学園一の美少年・藤川琉から唐突に告白される真央。
 琉をフッた時から真央の日常に変化が訪れる――
 
 大好きな魔法使いのレイン。
 喫茶店《Siesta》のマスターである兄の森理。そして、森理の魔法使いであるシルク。
 穏やかな日常を護るために、真央はウィザード・マスターとして闘うことを決意する――

 ……と格好良さげに書いてみましたが、軽めのファンタジーです(笑)
 超不定期連載になると思いますが、最後までおつき合いくだされば幸いです。 
 

【INDEX】 

  ◇1.発端 
  ◇2.シエスタ
  ◇3.魔法使い
  ◇4.レイン  
  ◇5.琉と楠葉
  ◇6.告白?
  ◇7.誘惑?
  ◇8.魔法の国
  ◇9.モテ期到来!?
  ◇10.屋上・異常・戦場――土壇場
  ◇11.純情な愛情と過剰な友情
  ◇12.ブラックプリンス
  ◇13.傷心王子と憂える近衛
  ◇14.魔法使いの心臓 
  ◇15.魔法使いと魔術師
  ◇16.砕けた心
  ◇17.終幕
  ◇18.一件落着!?【完】




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2010.08.08 / Top↑
1.発端


 今日のあたしは、ツイてない。

 葉月真央は、廊下を荒々しく進みながら痛烈にそう思った。
 無意識に大振りになる腕と歩幅の広い脚のせいで、更に歩調が強まる。
 あまりの激しさに、濃紺のブレザーを彩る水色のリボンが胸の真ん中で大きく弾んだ。
「――ったく、なに考えてんのよっ!」
 口から飛び出すのは苛立ち混じりの言葉ばかりだ。
 頭の中は無数の『何故?』で埋め尽くされている。
 真央は《3-D》という自分の教室を見つけると勢いよくドアを開け、中に足を踏み入れた。
 室内のクラスメイトたちを掻き分けるようにして、窓際の自分の席へ辿り着く。
 机の横にかけてあった鞄を乱暴に手に取ると、真央は踵を返した。
 入室した時とは逆の経路で教室を飛び出す。
 再び廊下をズカズカズカッと大股で歩き始めた。
「真央! ちょっと待ってよっ!」
 だが、数メートルほど進んだところで、背後から呼び止められた。
 仕方なく足を止める。
「――何?」
 キッと鋭く振り返る。
 友人の桜が『荒れてるわねぇ』と困り顔で呟いた。
「あんた、藤川とどうなったのよ?」
「今、その名前は出さないでっ!」
 真央は眦をつり上げて桜を睨んだ。自然と鞄を掴む手に力が加わる。
「ねえ、藤川のことフッたってホント?」
 真央に拒絶にめげもせずに、桜は興味津々の体で訊いてくる。
「――どうして十分も経ってないのに、ソレを知ってんのよっ!?」
「えっ、みんなもう知ってるわよ。情報網広いんだから今の時代。『学園一の美形――藤川を真央がこっぴどくフッた』って。いい度胸してるわね、真央」
 桜が驚愕と畏怖を織り交ぜたような声音で告げ、しげしげと真央を見つめる。
 ――もう学園中に広まってるなんて、サイテー!
 真央は急な頭痛を感じた。ショックで頭がクラクラし、胸がムカムカする。
「あたし、帰るね……」
 桜に向かって力なく片手を振ると、真央は身を反転させて廊下を進み始めた。


 ――ホントに今日はツイてないっ!
 思えば、朝の寝坊から本日の不運は確定していたような気がする。
 急いで家を飛び出したら、慌てすぎて自転車から転げ落ちた。
 始業ベルギリギリに校舎に滑り込んだところで、生活指導の教師に捕まり『スカートが短い!』とくどくど説教された。
 そのせいで朝のホームルームには間に合わず、結局《遅刻》扱いにされた。
 朝の気疲れのせいか三時限目の数学でうっかり居眠りをしてしまった。目敏くそれを発見した教師にわざと問題の回答を求められ、答えが全く解らずに大恥をかいた。
 お昼休みにお弁当を食べようと思って鞄を開けたら、焦って家を出てきたせいで兄特製の弁当を持ってくるのをすっかり忘れていた。
 仕方がないので購買部で《焼きそばパン》を買って食べたけれど、当たりが悪かったのか午後からお腹がゴロゴロ鳴りっぱなしで調子が悪い。

 そして、極めつけに――放課後、大嫌いな藤川琉に呼び出された。

『何の用なのよ?』と訝りながら琉の後について屋上へ行くと、そこで全く予期せぬことに『僕とつき合ってくれ』と告白されたのだ。
 無論、そんなことを言われるとは露ほども想像していなかったので、真央は心底驚倒した。
 あまりにも意外な展開過ぎて、しばし全身が強張り、口元が戦慄いた。
 藤川琉。
 真央と同じ三年生で、端整な顔立ちをした少年だ。
 凜とした柳眉に、スッキリと筋が通った鼻梁。双眸は青みがかった黒色で、少しつり上がり気味の二重だ。唇は少し薄目だが形は良く、妙に艶っぽい。風変わりな瞳の色が不思議な雰囲気を醸し出すのか、近寄りがたいオーラを発している。だが、彼の魅惑的な容姿は常に女生徒たちの話題の的だった。同級生はもちろん下級生からも絶大な支持を得ている。
 しかし、真央は琉が苦手だった。
 いや、不得手というよりも――正直、彼のことが嫌いなのだ。
 出来れば関わり合いになりたくない。琉を見る度に、その美貌に見え隠れする冷淡さと冷酷さにハッとさせられる。背筋に悪寒が走る。
 確かに顔の造作は恐ろしく整っているのだが、美しすぎるがゆえにどこか人間離れした印象を受ける。
 それに藤川琉は、どういう訳なのかしつこく真央につきまとってくる。
 何よりもそれが鬱陶しくて、真央は彼のことが嫌いだった。
 そんな琉から告白されるなんて、冗談ではない。
 真央は『あたし、あんたのこと嫌いだから』とハッキリキッパリ彼の申し出を拒絶した。
 そして、非常に不愉快な気分のまま――今に至る。

 ――アッチだってあたしのことは嫌いなはずなのに……マジで何なのよ、あいつ!
 生理的に琉を受け付けないので、どうしても侮蔑と罵りの言葉が胸中に渦巻いてしまう。
 藤川琉が真央に対して一片の恋愛感情も抱いていないことは、彼の凍てついて双眸が如実に物語っている。それなのに告白してくるとは、嫌がらせ以外の何ものでもないだろう。
「ムカツク……!」
 小さな罵声を放ち、真央は生徒玄関から校庭へと飛び出した。
 生徒たちでごった返す校庭を器用に進み、隅にある自転車置き場へと移動する。
 自転車置き場で多数の生徒たちが屯し、放課後のお喋りに花を咲かせていた。
「――あ、真央! 藤川、フッたんだって!」
 自転車のロックを解き、鞄を乱暴にカゴに突っ込んだところで、同級生の一人が真央に声をかけてきた。
「げっ、何で知ってんのよっ!?」
 真央はギョッと目を剥き、同級生を恟然と見返した。
「えー、だって、誰かツイッターで呟いてたよ」
 事も無げに告げ、同級生が片手を振ってみせる。その手には、最新型のiPhoneが握られていた。
 どうやら藤川琉が真央に告白した一件は、たまたまソレを目撃していた誰かによってコミュニケーションツールからネット世界へとバラ蒔かれているらしい……。
「……うわっ、サイアク!」
 真央は思いきり顔を引きつらせ、同級生が手にしているiPhoneを忌々しげに睨めつけた。
「ねえねえ、真央ってナッシー好きだったっけ?」
 今度は別のクラスメイトがやはりケータイを操りながら声をかけてくる。ネイルで綺麗に彩られた長い爪を持つ指が、器用かつ迅速にキーボードを打ち続けている。
「ナッシーって誰よ?」
「山梨和久」
「ああ……」
 もたらされた返答に、真央はまたしても口の端を引きつらせた。
 言われてようやく、相手が誰だか気がついた。超人気アイドル山梨和久のことだ。
 歌って、踊って、魅せる――何かとスキャンダルの多いお騒がせアイドルだが、その人気は凄まじく、真央の通うM市桃苑学園の女子も七割方彼にハマッているというのが現状である。
「ナッシーのツアコン、友達とダブッちゃってチケット余ってるんだけど――真央、行かない? つーか、買わない?」
「行かない。買わない――興味ない」
 真央は抑揚のない声で即答すると、同級生たちに「じゃあね」と素っ気ない挨拶を述べ、自転車に飛び乗った。
 如何にスーパーアイドルといえども興味がないものはないし、今のささくれ立った心にはどんな些細なことでさえも自分を苛立たせる要素にしかならなかった。
 最新型のスマートフォンもアイドルの放つ煌めきも――要らない。
 真央には不必要ものだ。
 制服のポケットの中――大切なガラス玉一つあればいい。

「ちょっ……真央! 藤川フるなんて、ちょーもったいないって! 考え直し――――」
「お願いだから、藤川のコトは放っておいてっっっっっ!!」
 真央は激しい語調で怒鳴ると、勢いよくペダルを漕ぎ始めた。
「もおぉぉぉぉぉっっっっ、藤川琉のバカヤローッッ!!」
 下校する生徒たちの隙間を豪快なハンドル捌きで進みながら、真央は最大限の怒りを込めて叫びを発した。
 みんなが注目していたが構わなかった。腹の底から声を振り絞らなければ、胸に蟠る苛立ちと憤怒は収まりそうにない……。
 真央は原チャリにも負けない速度で自転車を漕ぎ続け、一路愛する我が家を目指した――



     「2.シエスタ」へ続く


70000HIT、ありがとうございます♪
物凄く久し振りに通常更新するような気がします(汗)
「妖鬼伝」の続きにするか聖華学園のホラー話にするか「魔法使い」にするか迷い――結局、中編のコレをアップすることに決めました←
相変わらずの不定期連載ですが、20話前後で終わる予定です。
あ、ちなみにタイトル通り「魔法使い」の物語ですので、山梨は出てきませんよ!(笑)

 
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2010.08.08 / Top↑
2.シエスタ


「レイン? ――レイン、いないの?」
 帰宅するなり、真央は勢いよくリビングへ飛び込んだ。
 キョロキョロと室内を見回すが、広いリビングは無人だった。当然、捜し求めている相手もいない……。
 真央は溜息を一つ吐くと、制服の胸ポケットからガラス玉を取り出した。
 直径二センチほどの蒼いビー玉。
 南国の澄んだ海の如く綺麗な藍玉。
 その美しさは、アクアマリンの中でも深く透明なマリンブルーを特つ稀少石『サンタマリア・アフリカーナ』を想起させる。
 蒼きガラス玉は玲瓏たる輝きを放っていた。
「……レイン、何処なの?」
 真央はガラス玉に向かって真剣に問いかけた。しかし、応えはない。
 他人から見ればただのビー玉に過ぎないが、真央にとっては物凄く貴重な存在だ。
「アレ? 無視ですか……? ――もうっ、きっとお兄ちゃんのところね!」
 真央は不満げにボヤきながら、艶やかな黒髪を翻して方向を転換させた。
 リビングから廊下に移動する。突き当たりには二階へと伸びる階段があり、その階段脇には一つのドアが設えられていた。
 ドアを開けると、兄である森理(しんり)が経営している喫茶店《Siesta》に出るのである。

 学生の街で知られるM市には、数多のカフェや喫茶店が存在している。
 JR駅の北側には歩行者天国を中心にデパート群が立ち並び、有名ケーキ店《WALTZ》を筆頭にお洒落なオープンカフェやファストカジュアルがひしめき合っている状態だ。
 反対側の南口には、ドラマのロケなどで頻用される『Mの杜公園』の広大な緑が広がっている。
 公園を越えた先には、高級住宅が軒を並べるハイソな世界が形成されていた。

 喫茶店《Siesta》を含む葉月家は、南口出てMの杜公園へと続く道を進み――公園正面入口の手前にある路地を右に折れたところにひっそりと佇んでいる。
 大々的に看板を出しているわけではないので、パッと見は煉瓦造りの瀟洒な洋館にしか見えない。
 白い飾りに縁取られたメルヘンチックなフランス窓に、深い緑色の蔦植物が自由奔放に這っている煉瓦の壁。
 館の左端にある純白のドアに填め込まれたプレートに、小さく《Siesta》の文字が刻印されているだけなのである。
 商売気のない店構えだが、『手作りケーキと紅茶のお店《Siesta》』は森理のファンたちが口コミで広めてくれるおかげで、赤字にならない程度の集客力は得ていた。

「ただいま、お兄ちゃん。――レイン、来てない?」
 真央は《Siesta》へと続くドアを開けると、葉月家の居住区から喫茶店へと身を移した。
 カウンターの中にいた青年が、真央の声に反応を示して振り返る。
 青みがかった黒髪と涼しげな感じのする切れ長の双眸が印象的な青年だ。顔の造形はファッション誌のモデルになれそうなほど整っている。
 真央の姿を視界に捕らえ、青年は柔らかい笑みを浮かべた。
「おかえり、真央」
 真央の実兄――葉月森理だ。
 二十四歳にして《Siesta》を切り盛りする若き店主でもある。
「あっ、おかえりなさい、真央」
 ティーカップを磨いている森理の影からヒョイと金髪碧眼の青年が顔を覗かせる。
 森理とはタイプが異なるが、こちらも端麗な顔立ちの美青年だ。
 真っ直ぐに真央を見つめる双眸は、鮮やかな海の色をしていてる。
 彼こそ真央が捜し求めていたレイン本人である。
「お兄ちゃん! レインにお店の手伝いさせないで――って、何度も言ってるでしょ!」
 真央はカウンターの正面に移動すると、兄を軽く睨み上げた。
 妹の抗議を受けて、森理が肩を竦める。
「別にいいじゃないか、真央。元々、レインは俺が拾ってきたんだから。――ね、レイン?」
 森理が意味深な微笑を浮かべ、チラとレインを見遣る。
「まあ、どうせ真央が学校へ行っている間、私は暇ですし――お店の手伝いくらい何の苦にもなりませんよ。森理には拾っていただいた恩義もありますし」
 レインが屈託のない微笑みを森理へ返す。
 ほのぼのと笑みを交わし合う二人を見て、真央は胸中でメラメラと嫉妬の炎が燃え上がるのを感じた。
「レーイーンー! マスターのあたしよりお兄ちゃんを取るの?」
「何を言ってるんですか? 森理はこの人間界に於いて、とても稀少な存在――感謝と尊敬の念を抱いて当然です。マスターとは別の次元で敬愛しています」
 レインが真顔で語る。
 ――ホント、ウチの住人はアホみたいにお兄ちゃんのことが大好きなのよね……困るわ。
 真央は内心で呆れ混じりのボヤきを吐き、口元を引きつらせた。
「ですが、私のマスターは紛れもなく真央ただ一人です。この世で最も愛するのも真央だけです」
 明澄な輝きを放つブルーの瞳がひたと真央に注がれる。
 ハリウッドのファンタジー映画に出てきそうな超美形に見つめられ、挙げ句すんなりと告白され――真央は面食らった。
 心臓がドクンと跳ね、見慣れているはずのレインの瞳に吸い込まれそうになる。
「魔法使いは、何時如何なる時でも主人に忠実ですよ。我がウィザード・マスター」
 レインが首からかけていたエプロンを外し、艶やかな笑みを閃かせる。
 整いすぎた美貌に極上のスマイルを浮かべられると、それだけで浮世離れして見えた。
 この世のモノとは思えない美しさだ。
 いや、事実――彼は人間ではない。
 魔法使い。
 そう呼称される稀有な存在だった――



     「3.魔法使い」へ続く


短め更新を目指そうと思います← 無駄に話数が増えたらスミマセンッ(汗)
 

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2010.08.11 / Top↑
3.魔法使い


 人間界とは別の次元に存在するという《魔法の国》
 魔法使いは、女王が統べるその摩訶不思議な世界で生まれ育つ。
 だが、何かの弾みで時々魔法使いたちは人間界に流れ着く。
 地震や台風などの天災――つまり、次元を揺るがしたり歪ませたりする大きな衝撃があると、魔法の国と人間界を繋ぐ通路が開き、魔法使いたちはそこに落ちてしまうことがあるのだという。
 次元路に落ちた魔法使いは、ガラス玉のような形態となり、人間界に漂着する。
《生命玉》と呼ばれるものだ。
 女王が決定した魔法の国の掟に従い、人間界に落ちた魔法使いは人間のマスターに遣えなければならない。
 この世界で最初に《生命玉》を拾ってくれた人間をマスターと定め、その人のためだけに神秘の力――《魔法》を駆使することが許されるのである。
 
 真央の持つマリンブルーの玉は、レインの《生命玉》だ。
 真央は、レインのマスターなのである。

「……うん。レインは、あたしだけの魔法使いだもんね」
 レインに純粋な信愛の眼差しを向けられ、真央は内心ドキドキしながら微笑み返した。
 レインが真央のことを心底大事に想ってくれているのが伝わってきて、嬉しかった。
 たとえそれがマスターに対する忠義から生まれたものでも、彼の裡で自分が《特別》であることに喜びを覚える。
 真央の裡で密やかに芽生えた淡い恋心。
 レインの笑顔を目にするだけで、真央の胸は温かな光のようなもので満たされる。
 ささやかな幸せ。
 それ以上は望めなくても充分だと思った。自分は人間でレインは魔法使いなのだから――
「確かにレインは真央の魔法使いだけど――拾ったのは俺だからね」
 ティーカップを丁寧に磨き続けながら、森理がさり気なくレインの拾い主であることを強調する。
「お兄ちゃんが妖しい世界では有名人だって解ってるつもりだけど――くどいわよ」
 涼しげな微笑を口元に刻む兄に呆れた眼差しを向け、真央は苦々しく言葉を放った。
 兄の森理は、喫茶店経営の傍ら星術師としての裏の顔を持ち合わせているのだ。
 裏の顔――というよりも、星術師の方が本業なのかもしれない。喫茶店の売上よりも裏稼業の方が遙かに設けているのだから。
 星の動きや輝きで未来を予見し、星の持つ神秘の力を借りて超能力に似た不可思議な脳力を発揮する星術師。
 オカルトマニアの世界で、森理は《現代の魔術師》として称讃されていた。事実、非現実的な苦難や悩みを解決するために、森理を頼って《Siesta》を訪れる者も多い。
 両親を早くに亡くした真央は、七歳年上の兄である森理に育てられたと言っても過言ではない。
 森理には言葉には表せないくらい感謝しているし、深い愛情を抱いている。
 また、オカルトを愛して止まない森理の影響を多大に受けて、真央自身もまた超常現象や不可思議なモノの存在をすんなりと受容できる性質を持っていた。

 だから、一年前――森理が海辺で『魔法使いを拾った』と言って、宝石のようなブルーの玉を持ち帰った時も、真央は驚いたりはしなかった。逆に過剰なほどに喜び、はしゃいだ。
 森理が拾った《生命玉》を自分に譲渡してくれるのが解っていたからだ。
 本来ならば一番最初に《生命玉》に触れた人間がマスターとなるのだが、魔法使いたちの間には『一人の人間に対して、一人の魔法使い』という女王の定めたルールが存在しているらしいのだ。
 自分の《生命玉》を発見した人間が疾うに別の誰かのマスターである場合は、他の者をマスターに選ぶことが出来る。
 当時、既に森理には契約を交わしてる魔法使いがいた。
 なので、彼は拾ってきたマリンブルーの玉を『特別だよ』と言って、真央の掌に乗せてくれたのである。
 こうして、真央は魔法使いのマスターとなった。
 そして、そのマリンブルーの《生命玉》に宿っていた魔法使いというのが、目の前にいる麗しい金髪のレインなのである。
 その――自分だけの魔法使いであるレインが、他の者に優しくすることは極端に嫌だった。
 心が狭すぎるし、独占欲が強すぎるのも重々承知しているが、たとえ兄の森理でさえもレインと親密にしている姿をみると妬心が湧き上がってきてしまう。
 それほどまでに真央はレインのことが好きなのだ。

「いい加減、魔法使い以外の友達も作った方がいいわよ、お兄ちゃん」
 からかい半分、本気の心配が半分――そんな微妙な心境で、真央は森理をじっと見つめた。
 星術師である森理は、不思議なモノを視る能力が他者より遙かに優れている。そういった人間の周囲には、どうしても磁力に引き寄せられるようにして堕ちてきた《生命玉》が集ってしまうようなのだ。
 レイン以降も森理の傍に漂着する魔法使いは後を絶たなかった。
 しかし、森理には決まった相棒がいるので、他の者のマスターにはなれない。
 そこで森理は、レインのように落ちてきた魔法使いを拾っては、マスターに相応しい人間を捜し出し、彼らを導いているのだ。
 そんな経緯もあり、元々オカルト嗜好で人付き合いも悪かった森理には、人間の友達が殆どいない。もしかしたら魔法使いの知己の方が多いかもしれない……。
「心配はなくても大丈夫だよ。友人ならちゃんといるし――」
「や、お兄ちゃんの友達って、ちょー引き籠もりで悪魔ヲタクの雅さんだけでしょ!」
 飄々と述べる森理の声を遮り、真央は思わず非難めかしい叫びをあげていた。
 真央は学生時代からの森理の友人を一人しか知らなかった。
 Mの杜公園の向こう側に広がる高級住宅街。その中に存在する桔梗に囲まれた白い洋館。
 通称『桔梗屋敷』――お化け屋敷だと噂される曰くつきの屋敷だ。そこの世帯主である椎名雅という青年が、兄唯一の人間の友なのである。
 類は友を呼ぶ――兄の友人だというだけあり、雅も相当な変わり者だった。
 親から受け継いだ莫大な遺産があるのをいいことに、馬鹿デカイ館に引き籠もり、日々『悪魔学』の研究に勤しんでいるほどの悪魔ヲタクなのだ。
 森理と雅の間で交わされる会話は得体が知れず、真央には妖しげな呪文にしか聞こえない。
「雅ひとりいれば充分だと――」
「あの人、もう二年近く家から出てないんじゃない!? お兄ちゃんたちが顔を合わさずにどうやってコミュニケーションを取っているのか、考えただけでも怖いんですけどっ!」
 またしても真央は兄の言葉を遮断した。
 森理と雅がケータイやネットなどで交信を行っていないことだけは確かだ。きっと使い魔とかテレパシーとか得体の知れない方法を用いているに違いない……。
「真央、あまり雅の悪口を言うと呪いを――」
「スミマセンッ! わたくしが悪かったですっっ!! もう二度と雅さんのことをけなしたりしませんっ!」
 真央は必死の形相で、三度兄の言葉を阻んだ。雅の悪魔召喚術の素晴らしさは、真央もよく知っている。軽い嫌味如きで悪魔をけしかけられては、たまったものではない。
「話は済んだようですね。――じゃあ、私はこれで失礼しますね、森理」
 兄妹の不毛な会話が一段落したところで、今まで静観していたレインが口を挟む。
 レインは後ろで三つ編みにしていた長い金髪を解くと、森理に向かって破顔した。
「ああ――サンキュー、レイン」
 森理の片手が素早くレインの腕を捕らえる。次の瞬間、森理はレインの白い頬に軽くキスしていた。
「おにーちゃんっっっっっっ!?」
 真央は極限まで目をつり上げて兄を睨んだ。自分をからかうためにわざとやっているのだ。そうと解っていても腹立たしいことこの上ない。
「あたしのレインに変なコトしないでよっ!!」
「そんなに怒らないで下さい、真央。森理だって悪気があったわけではないですし――」
 レインがのんびりとして口調で真央を嗜める。
 ――レインに対する悪意はなくても、あたしに対する悪戯心は満載なのよっっ!!
 真央は引きつった顔でレインを見遣った。雅について揶揄したことが、兄の厄介な悪戯心に火を点けたのだろう……。
「それに私――森理のこと好きですら」
 真央の荒れ狂う心情など汲んだ様子もなく、レインが微笑を湛える。
 ――それじゃあ、もっと悪いじゃない!
 真央はこめかみに青筋を浮かべ、もう一度森理を睨めつけた。
「あっ、俺もレインのこと好き」
 真央の視線を受けて、森理がニッコリ笑いながら言葉を紡ぐ。
 ――妹をいたぶって面白がるなんて、ホンット酷い兄だわっ!
 真央は両の拳を握り締め、兄に反撃しようと唇を開きかけた。
 転瞬、
「――マスター!」
 悲鳴に近い叫びが響いた。
 何も無い空間に捻れが生じ、そこから忽然と銀髪の少年が姿を現す。
 少年は宙に浮いたまま森理の首に後ろから抱き着いた。
「マスター、僕はっっ!?」
 今にも泣き出そうなほどアメジストの輝きを放つ瞳を潤ませ、少年が森理の顔を不安げに覗き込む。
 年の頃は、十四、五歳。ただし、人間で言えば――である。
 生憎、彼は人間ではなかった。レインと同じく魔法使いなのである。
「もちろん、大好きだよ、シルク」
 森理がシルクを両手で床に降ろしながら満面の笑みを浮かべる。
 シルクは、数年前から我が家に棲み着いている森理の魔法使いだ。森理は愛らしい魔法使いのことを実の弟のように溺愛していた。
 ――親バカだわ。
 自身のことを棚に上げ、真央は言葉には出さずに胸中で毒突いた。
「……お兄ちゃん、あたしたち家に戻るからね。――レイン、行くわよ」
 真央は、兄の意識がシルクへ移行したのを見逃さず、レインの手を引いて喫茶店と家とを隔てるドアへと向かった――
   

     「4.レイン」へ続く


……真央より森理の方が想い入れがあったりしますけど――主人公は真央です←(笑)
 
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2010.08.14 / Top↑
4.レイン


 二階にある真央の私室に向かうために階段を登る。
 階段の半ばまできて、真央はレインの手首を掴んでいる事実にはたと気がついた。
 同時に、もう一方の手に海色の《生命玉》を握りっぱなしにしていることも思い出す。
 真央は足を止めると、極力自然を装ってレインの腕を離し、ゆるりと振り返った。
 直ぐさま、軽く宙に身を浮かせながら後を着いてきているレインと目が合う。
「――何ですか、真央?」
 レインが動きを停止させ、不思議そうに真央を見返してくる。
 いつまでも手を握ってるのが急に気恥ずかしくなっただけなので、特に用件はない。
 真央は一瞬言葉に詰まったが、手の中にある《生命玉》の感触に多少強引な口実を思い付いた。
「この《生命玉》――ネックレスにしてほしいの」
 真央はズイッとレインに向かって手を差し出した。
 掌を広げると、深いアクアマリンの輝きが出現する。
 レインの瞳の色と同じだ。
 どういう原理なのか、魔法使いの心臓とも言える《生命玉》は、彼らの瞳の色と同一の色彩を放っているのである。単純に誰の《生命玉》なのか一目で判別出来るように――という人間のマスターに対する配慮なのかもしれないが……。
「お安い御用ですけど――急にどうしたのですか?」
 己の《生命玉》を受け取りながらレインが小首を傾げる。
 レインが真央の魔法使いになって約一年――その間、真央は一度もそんな提案をしたことがない。なので、レインとっては『何故、今更?』という心情なのだろう。
 まさか『単なる照れ隠しよ』と答えるわけにもいかず、真央は取り繕うように曖昧な笑みを浮かべた。
「手で持ってる――ってコトが物凄く面倒臭いって、たった今気づいたのよ。お兄ちゃんみたく首からぶら下げていた方が、きっと落としたりする確率も低いだろうし……」
 兄の森理は、紫水晶のようなシルクの《生命玉》をネックレス仕立てにしている。それを見て『いいな』とはチラッと思っていたのだが、万が一クラスメイトたちに見つかった時に巧く言い訳できないような気がして、結局何も細工をせずにいたのだ。
「そ、それは――鈍い……ですね……」
 何て応じていいのか困窮したらしく、レインが微苦笑で相槌を打つ。
「真央は森理とは違って、手で持っているのが好きなんだと思っていましたけど――」
「いいのっ! 今気づいたものは、今気づいたのよっ!」
 真央は、レインに『鈍い』とズハリ図星を突かれたことに激しい羞恥を覚え、頬を上気させた。そんなことは一々指摘されなくても自分がよく解っている……。
 大好きなレインに一瞬でも呆れられたのかもしれない――と想像すると、恥ずかしさの他に自己嫌悪まで込み上げてきた。
 真央はそれらを悟られたくなくて反射的にクルリと背を返し、逃げるように一気に階段を駈け上った。

「真央――」
 階段を登り切ったところで、周囲の空気が緩やかに流れた。
 レインが真央に追いつき、後ろからそっと肩を捕まえたのだ。限りなく優しい動作で、身体を反転させられる。
 次の瞬間、レインの白い腕が優雅に動き、真央の首に《生命玉》をかけた。
 それは、いつの間にか銀色のチェーンにしっかりと繋がれ、首飾りの形をとっていた。
 真央は《生命玉》を掌に乗せ、しげしげと眺めた。
 ブルーの玉には傷一つついていない。鎖と玉の繋ぎ目も至極綺麗な状態だ。どうやって鎖が玉から生まれているのか、全く判らない。レインが魔法で特殊な細工を施してくれたのだろう。
「今日は、いつになくイライラしていますね、真央。学校で何かありましたか?」
 レインが双眸に真摯な光を灯し、じっと真央を見つめる。
 問われて、真央はより一層顔が紅潮するのを感じた。
 レインに心の機微を察知されているのも気恥ずかしいが、脳裏に藤川琉の冷ややかな美貌を想起してしまい、怒りが再燃したのだ。
「――キライな奴に、告白されたのよ」
 真央は眉間に皺を寄せ、低い声音で呟いた。
 琉に告白された――という事実が甦ってくるだけで、胸が不愉快な気分に満たされる。
『つき合ってくれ』だなんて、とんでもない。真央にはそんな気持ちは更々ないのだ。
 真央は、目の前にいる魔法使いに強烈な恋心を抱いているのだから。
 初めてレインを目にした時から彼に惹かれた。
 レインの美しさ、優しさ、自分に向けられる真摯で穏やかな眼差し、魅惑的な魔法――レインという存在そのものが急激に真央を虜にしたのだ。
 魔法使いという特異性に物珍しさを覚えたのも一因しているだろう。だが、それを抜きにしても自分は彼に惚れていたに違いない。
 毎日同じ時を過ごしているのに――顔を合わせる度に胸が高鳴り、心が眩い光に照らされる。
 レインが好きだ。
 だけど、素直になれない真央は、ついついレインに対しても意地を張ってしまう。自業自得というべきか、そんな己の態度が災いして、レインが真央の気持ちに勘づいている素振りは全くなかった……。
「青春――ですね?」
「藤川と青春なんて味わいたくないわよ!」
「何もそんなに毛嫌いしなくても……。真央は美人ですから、異性からたくさん告白されても不思議じゃないと思いますよ」
「……お世辞でも嬉しいわね!」
 真央は憤然と言い放ち、プイッとレインから顔を背けた。
 ――レイン以外の人に告られても、ちっとも嬉しくないのよっ……! 藤川のバカッ!
 再び藤川琉に対する不満が込み上げてきて、真央はこめかみを引きつらせた。
「あーっ、もうっ……! 思い出しちゃったじゃない! ホント、いけ好かない男だわ、藤川琉!」
「――え? 誰ですって?」
 ふと、レインが真央の言葉尻を捕まえて柳眉をひそめる。
「藤川琉よ、藤川琉! ちょっと浮世離れした感じの美形なんだけどね、眼光が冷ややかすぎて――あたしはキライなのっ!」
「藤川琉……リュウ――ですか? 昔、何処かで耳にしたことがあるような……ないような――」
「何? 知ってる奴なの、レイン?」
 思案するように軽く瞼を伏せたレインに、真央は率直に訊ねた。
「いえ……はっきり思い出せないのですが……昔、そんな名を聞いた気がします。ですが、リュウなんて特別珍しい名前でもないですし――私の思い違いかもしれません……」
 レインが歯切れ悪く述べる。
 明瞭に記憶を引き出せないことにもどかしさを覚えているのか、レインの秀麗な顔は翳っていた。
「じゃあ、きっと気のせいよ! あたし、レインに藤川の話をするのは初めてだし、レインは藤川に逢ったこともないはずよ」
 放っておけば延々と記憶を遡り続けそうなレインの様子を見て、真央はピシャリと話題にピリオドを打つ。
 レインを学校に連れて行ったことはないのだから、藤川琉と出逢うきっかけなどないだろう。そもそも、あまり《Siesta》の外に出たがらない性質なのだから、レインに人間の知り合いがいるとも思えなかった。
 レインは納得がいかないように首を捻っている。
 だが、真央は藤川琉に関する話題をそれ以上交わしたくなくて、踵を返すと自室のドアを勢いよく開いた――



     「5.琉と楠葉」へ続く



 

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2010.08.16 / Top↑
5.琉と楠葉


 真央がレインに向かって藤川琉に対する嫌悪を露わにしていた頃――
 当の本人は、自宅のソファーに寝転がり、形の良い唇に薄笑みを刻み込んでいた。
 室内は仄暗く、ソファーの脇に置いてあるナイトランプの淡い光が、琉の整った顔貌に奇妙な陰翳を作り出してた。
「――とうとうあと一人になったよ、楠葉」
 琉は気怠げに上体を起こすと、片手を開き、掌に載っているものをうっとりとした眼差しで眺めた。
 掌では琥珀色の玉が魅惑的な輝きを放っている。
 琉が話しかけると、それは自らの意思を持っているかのように左右に細かく揺れた。
 転瞬、眼前の空気が僅かに歪み、自分以外の何者かの気配が生じる。
「オレは――どうして琉があんな気の強い我が儘女を選んだのか、理解に苦しむけどね」
 不愉快さを隠そうともしない低い声が、琉の耳に届けられる。
 琉は微笑を湛えたまま声の主を上目遣いに見つめた。
 シトリントパーズのような双眸を持つ少年が、不機嫌な顔でじっと琉を見下ろしている。
 薄闇の中で猫の目のように輝く瞳は、彼が《人外の存在》であることの証だ。
「そうかな? 僕はこれでも結構彼女を気に入ってるんだけどね」
 琥珀色の玉を右手から左手、左手から右手へと転がしながら、唇に更なる弧を描かせる。
 そんな琉の様子を見て、トパーズの瞳をした少年――楠葉(くすば)はヒョイと肩を聳やかした。
「こんな女、どこがいいんだかね」
 楠葉がパチンと指を鳴らす。
 すると、巨大な鏡が琉と楠葉の前に出現した。
 鏡面には一人の少女が映し出されている。
 癖のない黒髪が印象的だ。桜色の唇は可愛いが、端がキュッときつく結ばれている。大きな瞳は、力強い光を宿していた。
 美人の部類に入るのだろうが、口元と双眸から勝ち気で頑なな性格が滲み出ていた。
「葉月真央――最後の標的だ」
 鏡に映る少女に視点を据え、琉は抑揚のない声で告げる。
 琉と同じ学年に在籍する葉月真央。
 彼女さえ手に入れれば、琉の目的は果たされるのだ。
「もちろん、協力してくれるだろ、楠葉?」
 琉は楠葉へ視線を流すと、先ほどとは打って変わった甘い声音で問いかけた。
「嫌だね。気乗りしない」
 だが、楠葉からは即座につっけんどんな答えが返ってくる。琉に向けられた顔にはあからさまな不満が浮かび上がっていた。
 楠葉の返答を受けて、琉は青みがかった双眸をスッと細めた。
「楠葉――コレを割ったらどうなるのかな?」
 琉は、琥珀色の玉を親指と人差し指で摘み、意味深に目の前に翳してみせた。
 楠葉の身体が一瞬にして強張る。
 琉が手にしている琥珀の玉は、この世界における楠葉の生命。
 魔法使いの《生命玉》だ。
 心臓に値する《生命玉》を破壊された時には、楠葉そのものも砕け散り――人間界から消滅するだろう。
 瞬時に破砕された己を想起してしまい、楠葉は目を見開き、琉が手にする《生命玉》を凝視していた。
「冗談だよ、楠葉。僕を――助けてくれるだろ?」
 楠葉の瞠られた双眸を見つめ、琉がクスクスと笑い声を立てる。
 唇は確かに弧を描いているのに、楠葉に向けられた瞳には冷ややかな光が宿っていた……。
「……当たり前だ。マスターの命令なら――何でもしてやるよ」
 楠葉が身体の硬直を解き、正面から琉を見返す。『マスター』という部分に微かな揶揄と反発が織り交ぜられていた。
 基本的に魔法使いはマスターには逆らえない。
 生命の源である《生命玉》を所持するマスターには『絶対服従』が掟なのだ。
「けど――何でこの女なんだ? 他のヤツの方がやりやすいだろ?」
 楠葉の視線が再び鏡の中の葉月真央に注がれる。
「それは……彼女が《強い》ってこと?」
 楠葉の《生命玉》を掌で転がしながら琉は問いかけた。
「そうだな。彼女はきっと――手強い。ってゆーか、彼女から感じる魔法使いの波動が強いな。何も好きこのんで強いヤツを相手にする必要はないだろ? もっと簡単に壊せる脆弱なヤツを探した方が、万事上手くいくぜ」
「……解ってる。だけど、彼女が最も手近な人間だったんだ。それに僕は――強い相手は嫌いじゃない。強ければ強いほどねじ伏せたくなるね」
「自分の趣味を優先するなよ、琉」
 楠葉の唇から呆れたような溜息が洩れる。
「それで、もし失敗したらどうするんだよ? オレたちの目論見は水の泡だ」
「失敗はしない。だって、僕には楠葉がいるだろ?」
 琉は楠葉の片手を引き寄せると、彼の懸念を払拭するかのように手の甲に唇を押し当てる。
 琉の冷たい唇の感触に楠葉は驚いたが、主の好きなようにさせておいた。
「僕に――この僕に失敗は有り得ない。必ず計画通りに事は運ぶよ」
「……そうなれば、晴れて人間界から解放されるな」
「僕らのために、葉月真央――彼女を手に入れよう」
 琉がほくそ笑みむ。顔立ちが整っているだけに、その微笑は毒々しい艶やかさを醸し出していた。
 楠葉の手から顔を離すと、琉は鋭利な眼差しで鏡の中の真央を射た。
 紅い唇に蠱惑的な笑みが広がる。
「彼女で最後――十人目のウィザード・マスターだ」



     「6.告白?」へ続く





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2010.08.18 / Top↑
6.告白?


 私立桃苑学園からJR駅へと向かう道の途中に、望月公園という小さな公園が存在していた。
 南口に存在するMの杜公園の雄大さには叶わないが、緑に囲まれた小綺麗な公園であり、駅に近いという理由から待ち合わせ場所としても活用されている。
 時刻は午後三時半――
 公園は、学校帰りの中高生や子供連れの母親たちでこそこ賑わっていた。
 駅と繁華街の中間に位置しているので、公園に面した通りも滅多に人足が途絶えることはない。
 真央は、入口付近に設置されているベンチに独りポツンと腰かけていた。
 兄の森理を待っている最中なのである。
 今日は一緒に夕食の買い物をする約束をしている。週に一度、《Siesta》の定休日に合わせて二人で食料品の調達を行うことが、葉月家の習慣なのだ。
 公園の駐輪場に自転車を止めてから約十分――森理は未だ姿を現さない。
「何やってんのよ、お兄ちゃん?」
 真央は腕時計に手を落とし、溜息を吐いた。
 几帳面な森理が約束の時間より前に到着していないのは珍しい。
 真央は膝に乗せた鞄の上に両肘をつき、頬杖をついた。
 その状態のままで視界をよぎる子供たちの姿をしばし眺める。
 ――が、やはりすぐに飽きてしまった。
「……つまんない」
 真央は頬杖を解くと、大きな欠伸をしながら両腕を思い切り伸ばした。
「こんなに待たされるなら、連れてくればよかったな――レイン」
 腕の力を抜き、再び吐息を洩らす。
 真央は首にかけている銀の鎖を取り出し、マリンブルーの玉を見つめた。
 玉と同じ色の瞳を持つ魔法使い――レインは、朝から『図書館に行って来ます!』とやけに張り切っていた。彼は、人間界の書物を読むことが大好きなのだ。なので、普段は滅多に外出などしないくせに、M市立図書館に赴く時だけは妙なハイテンションのまま喜々として出掛けてゆく。
 図書館に行く時は閉館ギリギリまで居座っているので、今もまだ本の世界に没頭していることだろう。
《生命玉》に向かって名前を呼べば、レインは簡単にこの場に出現する。だが、そうまでするほどの理由はない。単に森理が来るまでの時間を持て余しているだけなのだから。
 真央は穏和なレインの顔を脳裏に思い浮かべながら、玲瓏たる宝玉をじっと見つめた。
 レインの双眸と同じ輝きを放つ《生命玉》は、いつ見ても神秘的で吸い込まれそうになる。
 陽の光を反射して煌めく様は、レイン本人の内なる光輝を現しているようで、真央は思わず見惚れてしまった。
 無意識に口元がフッと緩む。


「――綺麗な石だね」
 突如として、すぐ間近で声が響いた。
 あまりにも予期せぬ出来事だったので、真央はハッと息を呑み、唇を引き締めた。
 聞き覚えのある声だ。しかも、あまり耳にしたくない部類に属する……。
 ベンチに腰かける真央の前に、スーッと黒い影が覆い被さる。
 真央は嫌な予感に身を強張らせると、恐る恐る顔を上げた。
 直ぐさま、端整な顔立ちの少年が視野に飛び込んでくる。
「げっ、藤川っ!?」
 予想通り『逢いたくない人物ナンバーワン』とバッチリ顔を合わせる羽目になり、真央は思いっ切り顔を引きつらせ、口の端を歪めた。
 眼前に出現したのは、学園一の美形――藤川琉だ。
 真央は不審さを隠しもせずに、警戒心の孕んだ眼差しで彼を見上げた。
 昨日の今日で堂々と声をかけてくるとは、信じられないほどタフな神経の持ち主だ。
 もしかしたら、真央にフラれたことに対して何らダメージを受けていないのかもしれない。
 有り得ることだ。
 そもそも琉が真央に告白してくること自体がおかしいのだ。
 琉からは真央に対する恋愛感情は全く感じられないし、到底こちらに好意があるとも思えないのだから……。
 なのに、何故告白してきたのか皆目解らない。
 何かしらの意図があって近づいてきたのだとすれば、それはきっとあまり喜ばしくない理由に違いない。
「随分なリアクションだね、葉月さん」
 琉が艶かな唇に弧を描かせる。口は笑みを象っているが、青みがかった瞳の奥には冷ややかな光を宿していた。
「いつもと変わらないリアクションだと思うわよ」
 真央は怪訝な視線を琉に注いだまま素っ気なく言葉を紡いだ。
 ――今、全然気配がなかったわよね、こいつ……。
 いくらレインの《生命玉》に見入っていたからといって、目の前に誰かが接近しているのに全く気づかないなんて――おかしい。
 無意識なのか故意なのか、琉は完璧に気配を消して真央に忍び寄っていたのだ。
 気味が悪い。
 また一つ琉に対する不審と違和感が生じ、真央は微かに眉をひそめた。
「いつもと変わらない――か。それはそれでショックだね」
 琉が心にも思ってもいないことをサラリと唇に乗せる。
「それ――本当に綺麗な石だね。僕にも見せてよ」
 唐突に琉の細い指がスッと伸ばされ、真央の持つ青玉に触れようとする。
「ダ、ダメよっっ!!」
 咄嗟に真央は《生命玉》を掌に包み込んでいた。
 これは、レインは生命。
 無闇矢鱈と他人に触らせるわけにはいかない。
 相手が得体の知れない藤川琉なら尚更だ。
「――大切なものなんだ?」
 真央の反応を冷徹な眼差しで眺め、琉が低い声で呟く。僅か一瞬、双眸が鋭利な輝きを閃かせた。
「そうよ。あたしにとっては、物凄く大切なものなの」
 真央は強い語調で断言し、《生命玉》を制服の中へと素早く隠した。
 魔法使いの《生命玉》に好奇心を抱かれては困るし、追及されることは絶対に避けたかった。
 そんな真央の想いが通じたのか、琉はそれ以上《生命玉》についての質問を繰り出してはこなかった。代わりに話題をもっと芳しくない方向へと転換させたのだ。
「ところで葉月さん、昨日の話なんだけど――」
「えっ!? それは――キッパリ断ったはずよ!」
 真央は慌てて琉の言葉を遮った。
 告白の件に関しては、蒸し返されるのは御免だ。まさかと思うが、今また改めて告白されるなんて以ての外だ。
「フラれたのは解ってるよ。でも、僕も葉月さんもお互いのことをよく知らないわけだし――もう少し真剣に考えてみてくれてもいいんじゃないかな?」
 琉が完璧な笑顔のまま問いかけてる。やはり、まだ真央のことを諦めてはいないらしい。
 琉の真意は解らぬが、真央は彼に対して恋愛感情を微塵も抱いていないのだから、いくら粘ってもこれ以上の発展は無理というものだ……。
 ――考える余地なんてないわよっ!
 心の裡で叫ぶが、何故だか口には出せなかった。
 自分を見据える琉の凍てついた眼差しが恐ろしかったのだ。感情の籠もらぬ視線――それでいて他人の心を全て見透かしているような不可思議な双眸だ。
 この場をどう切り抜けようか?
 良策を捻り出そうと思案を巡らせかけた時、
「まーおっ!」
 天の助けがやって来た。


     「7.誘惑?」へ続く



 
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2010.08.29 / Top↑
7.誘惑?


「真央!」
 自分を呼ぶ声に、真央はパッと視線を動かした。
 公園の入口からこちらへ向かって可愛らしい少年が駆けてくる。
 本来ならば眩いシルバーの髪は金茶毛に変わり果てていた。おそらく『異様に目立つ』という至極解りやすい理由ゆえに、魔法で変化させているのだろう。
「――シルク!」
 琉と二人きりという耐え難い状況から脱した喜びに、思わず声が弾む。
 真央は、兄の魔法使いであるシ少年に向かって大きく手を振った。
 シルクが現れてくれたことで、琉から逃れられる好機が訪れたのだ。
 嬉しさのあまりに真央は勢いよく立ち上がり、喜色に満ちた顔をシルクへ向けていた。
「あれ、お兄ちゃんは?」
 駆け寄ってきたのがシルク一人だという事実にはたと気づき、真央は小首を傾げた。
「本屋で『東洋魔術とイタリア料理の接点』っていう変な本を発見して、立ち読みしてるよ」
 真央の前で立ち止まり、シルクが苦笑を湛える。
「何が面白いのか、すっかり夢中みたい。――で、『悪いけど、二人で買い物をして先に帰ってて』だって。ヒドイよね。僕たちよりそんなへんてこりんな本の方が大事だなんてさ……!」
 愛くるしい大きなアメジストの瞳で真央を見つめ、シルクが非難めかしく唇を尖らせる。
 ――『東洋魔術とイタリア料理の接点』って、ホントに何よ、ソレッ!? そんなもん、あってたまるかっ!
 真央はシルクに苦笑いを返し、胸中で兄の趣味を罵った。
 人と約束をしておきながら、そんな眉唾なトンデモ本に意識を奪われ、立ち読みするほどのめり込んでしまうなんて信じられない。
 我が兄ながら好奇心がくすぐられるポイントが謎すぎる。
 神秘や幻想に対する並々ならぬ情熱と探求心を恋愛や異性へ向ければいいのに――と、妹としてはお節介な見解を抱いてしまう。森理はオカルト系の発言さえしなければ、非の打ち所のない美青年なのだ。モテるだろうに、未だにかつて真央は兄の彼女を紹介されたことがなかった……。
「もう、お兄ちゃんったら……しょうがないわね!」
 シルクの不満に大いに同意し、真央は額に青筋を浮かべた。
 自分とシルクに買い物を押しつけた兄に仄かな怒りを覚えたが、食料がなければ自分たちも困る。シルクと二人で買い出しに行かねばならないだろう。
 この場から立ち去ろうと真央が一歩足を踏み出した時、
「へえ、葉月さん、お兄さんがいるんだ?」
 藤川琉の声が耳をくすぐった。
 兄に対する不平に心を捕らわれてすっかり失念していたが、琉も傍にいたのだった。
 シルクと真央の会話から森理に興味を持ったらしく、琉は好奇な目つきでこちらを眺めている。
「……いるわよ」
「ああ……お兄さんも葉月さんと同じなのかな? そうだとしたら――逢ってみたいね」
「近くで喫茶店をやってるから、勝手に逢いに行けば?」
 真央が素っ気なく応じると、琉は微笑を湛えて頷いた。真央と森理の何が『同じ』なのか気になかったが、こちらから琉に質問するのは何となく嫌だった。琉に関心がある――と勘違いされても困る。
「ところで葉月さん――僕には彼を紹介してくれないの?」
 ふと、琉が視線をシルクへと流す。今度はシルクに対して感興がわいたらしい。
「何で、藤川に紹介しなきゃいけないのよ?」
 真央は、琉に対する嫌悪を隠しもせずに険のある視線で彼を睨めつけた。
 琉にシルクを引き合わせなければならない義理も義務もない。
 何より、シルクに見つめる眼差しが気に食わなかった。値踏みするようにジロジロと不躾な視線をシルクの全身に浴びせているのだ。
「いや、日本人じゃないのかな――と思って」
 シルクに据えられたままの琉の瞳がスッと細められ、唇が微笑を刻む。
 顔立ちが整いすぎているせいか、その表情はひどく禍々しく見えた。
「ハーフなのよ。――もういでしょ。行くわよ、シルク」
 どうやら琉はシルクの容姿に疑問を抱いたらしい。
 まさか、シルクが人間ではないことを見抜き、その存在を怪しんでいるわけではないだろうが――シルクを見つめる琉の眼差しが不可解なだけに、心配だ。
 だが、色素が薄いというだけで、シルクが魔法使いでだと解るはずがない。
 そもそも人間の中で魔法使いの存在を識っているのは、ごく少数の者だけだ。一介の高校生である琉がシルクの特異性に気づくはずもない。
 きっと、シルクの派手な外見に単純な興味をそそられたのだろう。
「へえ、ハーフね。でも、君――本当に変わった目をしてるね」
 不意に、琉がシルクの肩に手を伸ばす。
 シルクを伴って立ち去ろうとしていた真央は、琉の行為に驚き、慌てて足を止めた。
「シルクに何するのよ、藤川っ!」
 真央は物凄い剣幕で琉に怒声を放った。
「ちょっと引き止めただけじゃないか。怖いな、葉月さんは」
 琉が薄笑みを浮かべる。掴み寄せたシルクの肩を離す気は更々ない様子だった。
 琉の細い指がシルクの顎を捕らえ、顔を上向かせる。
 シルクは突然の出来事に呆気にとられているのか、琉を振り払うことも声をあげることさえも出来ずにいた。
「ああ……やっぱり綺麗な瞳だ」
 琉がシルクのアメジストの輝きを放つ双眸を覗き込み、満足げに微笑む。
「ホントに、この世のモノとは思えない美しさだね」
 琉の唇が更に弧を描く。言葉には意味深な響きが宿っていた。
 ――この世のモノとは思えないって……洒落にならないわよっ!
 真央が意識しすぎなのかもしれないが、琉の一言一言に裏があるように思えてならない。
 シルクの正体が看破されたわけでもないのに、真央は心臓がギュッと締め付けられるような不安と焦燥を覚えた。
「ちょっ……いい加減シルクを離しなさいよ、変態ッ!」
 一刻も早くシルクを取り戻さなければいけない衝動に駆られ、真央は憤然と琉を睨みつけた。
 真央に『変態』と罵られたことに気分を害したのか、琉がピタリと動きを止める。
 冷ややかな眼差しで真央を一瞥し、わざと真央の不快感を煽るかのように口の端に冷笑を刻む。
 思わずたじろいでしまった真央を尻目に、琉はシルクの耳に唇を寄せ、何事かを囁いた。
 その囁きはあまりにも小さすぎて、真央の耳には届かなかった。だが、シルクの細い身体が可哀想なくらい大きく震えたので、その内容が芳しくないことであることは察知できた。
「シルクに触らないでっ!」
 真央はシルクの腕を掴むと、強引に琉から引き剥がした。
 予想に反して琉からの抵抗はなかった。真央が拍子抜けするほどアッサリとシルクを解放してくれる。
 琉は無言で真央とシルクを見つめ、美麗な顔に凍てついた笑みを湛えてた。
 ――掴み所がない男……っていうか、やっぱり好きになれないわ!
 真央は改めて琉のことを薄気味悪く思いながら、一刻も早く彼から遠ざかろうと身を翻した。敵前逃亡のようで癪に障るが、どうしてもこれ以上シルクを琉に眼前に晒したくはなかった。兄が不在の今、シルクを危険から遠ざけるのは間近いなく真央の役目だ。
 琉の粘つくような視線を背に感じだが、構わずに真央は公園内を駆けた。

 シルクの手をひしと握り、公園を飛び出す。
 本能的に自宅のある方向へ向かって走っていた。
「――あっ……!」
 百メートルほど進んだところで自転車を置き去りにしてきたことに思い至り、ハッと足を止める。
 だが、まだ琉がいるかもしれない公園に戻りたい心境ではなかった。明日、登校時に回収すればいいだろう。
「……マスター」
 ふと、手を繋いだままのシルクから苦しげな呟きが吐き出される。
「大丈夫、シルク?」
 真央は不安げにシルクを振り返った。
 繋いだ手からシルクの震えが伝わってきたのだ。
 小さな顔は白を通り過ぎて青ざめ、アメジストの瞳は怯え孕んで潤んでいる。血の気のない唇が主人である森理を求めるように『マスター』と繰り返していた。
「あの変態のコトなんか、さっさと忘れていいわよ、シルク! 気にしちゃダメ」
 真央はシルクの手をギュッと握り締めた。兄の代役など務まらないだろうが、それでも何とかしてシルクの畏れを軽減させてあげたかった。
「あの人――真央の何?」
 ようやく真央の存在ほ思い出したのか、シルクが弾かれたように顔を上げる。
「えっ? 何って言われても――同級生としか言い様がないわね……」
 問われて、真央は返答に窮してしまった。告白されはしたが、真央にとって藤川琉はあくまでも『いけ好かない同級生』でしかない。
「ねえ、さっき、あいつに嫌なコトを言われたの?」
 自分と琉の関係性よりも彼がシルクに強い執着を表したことのほうが気に懸かり、真央は逆に問い返していた。
「あの人……変だよ。僕の正体を知ってた。僕が人間じゃなくて魔法使いだって――」
 シルクが眉根を寄せる。
 真央も釣られて顔をしかめた。
「どうして? 何、あいつ――もしかして、フツーの人間じゃないの? まさか、あたしと同じウィザード・マスターとか?」
「……解らない。けど、何かあの人に触られた時、記憶の奥底で何かが蠢いた。恐ろしいけど――不思議とちょっと懐かしい気もしたな……。何者かは解らないけど、フツーじゃないことは確かだよ」
「やっぱ要注意ね、藤川琉! ――で、あいつに何て言われたの?」
「綺麗だね。気に入ったよ。本当の姿の君は、もっと綺麗なんだろうね。今のマスターに飽きたら僕のところへおいで――って……」
 琉に囁かれた時の感覚が甦ったのか、シルクが震えを誤魔化すように唇を噛み締める。
 真央は背筋に悪寒が走るのを感じた。あの得体の知れない琉に耳元で囁かれることを想起しただけで、鳥肌が立つ。シルクは実際にそれをやられたのだ。たまったものではないだろう。
「げっ! あの男、ホントに誰かのマスターなんじゃないのっ!? 嫌だ。あいつに遣える魔法使いが気の毒すぎるわ!」
「単純にウィザード・マスターならいいけど……」
 何をそんなに懸念しているのかシルクは眉間の皺を深め、力なく首を横に振った。
「マスター以外に魔法使いの存在を知ってる人間なんていないんじゃないの?」
「うん……基本的にはそうなんだけど……。けど、マスターにしても、やっぱりあの人、ちょっと変――っていうか怖いよ。『一緒に《魔法の国》へ行こう』って言ってたもん」
 シルクが畏怖を滲ませた声音で告げる。
 真央は咄嗟にシルクの華奢な肩を抱き寄せていた。
 本当はかなり年上なのだろうが、自分より幼く、そしてか弱く見える少年の姿をしたシルクを前にすると、どうしても庇護欲が湧いてきてしまう。
 シルクが葉月家へやって来ておよそ三年――本当の弟のように大切に想っているからこそ、脆く崩れそうな彼を放ってはおけない。
「《魔法の国》――って、あいつ、マジで何考えてんのよ……!?」
 魔法の国。
 レインやシルク――魔法使いたちの生まれ故郷。
 何処に存在しているのか解らないが、兄から聞いた話では『人間界に堕ちてきた魔法使いが、《魔法の国》へ戻れる可能性はゼロに等しい』ということだ。 
 それが事実ならば、シルクが《魔法の国》へ行ける方法などないはずなのだ。
 簡単に帰れるものなら、レインもシルクもとっくに国へ舞い戻っているだろう。
 なのに、『《魔法の国》へ行こう』とは、一体どういうことなのか?
 果たして、本当にそんなことが可能なのだろうか?
 兄よりも遙かに知識の乏しい真央には、皆目見当もつかなかった……。
「――けど……何で?」
 我知らず、疑問が口をついて出る。
 一緒に行こう――そう告げた琉の真意は何処にあるのか?
 琉に《魔法の国》へ行かなければならない理由が存在しているとは、到底思えなかった。
 琉の冷然とした美貌が脳裏に浮かび上がる。
 気配もなく自分に接近していた琉。
 シルクをいとも容易く魔法使いだと見破った琉――
 やはり、彼も自分と同じく《生命玉》を手にしたウィザード・マスターなのだろうか?
 ――あって欲しくないけど、その確率がイチバン高いわよね。
 結局は思考はそこに辿り着いてしまう。
 だが、真央はその答えを認めたくなかった。出来ることなら消去してしまいたい。
 自分と兄の他に新たなウィザード・マスターが現れることで、自分たちを取り巻く環境が一気に急変してしまうような不安を覚えたのだ……。
 胸中に芽生えた深憂を封じ込めるように、真央はシルクを抱き締める手に力を加えた――


     「8.魔法の国」へ続く


 
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2010.09.04 / Top↑
8.魔法の国


 長い金髪が視界の半分以上を占めている。
 レインがページを捲る度に微かに揺れる金糸が煌めき、とても綺麗だった。
 真摯な顔つきで読書に耽るレインを見遣り、真央は口元に苦笑を刻んだ。
 真央自身はベッドに寝転がりファッション誌を眺めていたのだが、あまりにもレインが書物に集中しているのでそちらの方が気になってしまったのである。
 身を起こし、ベッドの端に腰かけているレインの隣に移動する。 
 だが、レインは無反応だ。
「ねえ、レイン――」
 真央は脇からレインの端整な顔を覗き込んだ。
「どうしました、真央?」
 レインのアクアブルーの瞳が、読書妨害を行っている真央にチラと向けられる。素っ気なく応じた後、彼はすかさず本の位置をずらして再び読書態勢に入った。
 図書館から借りてきた本にすっかり心を奪われている魔法使いを再認識し、真央は唇を尖らせた。こちらが話しかけているのに、それを無視して本の世界に戻るとは非常識だ。
「――レインッ!」
 真央は不満たっぷりにレインの名を呼び、彼の顔を両手で挟んで自分の方へ向かせた。
「ちょっとは人の話を聞きなさいよっ!」
 真央が大声で注意した途端、レインの身体がビクッと震えた。
 冴え冴えとしたブルーの双眸が改めて真央に向けられる。ようやく本の世界からうつつへと意識が戻って来たらしい。
「真央、女の子がそんなに大きな声を出すものではありませんよ。特に今は、下でシルクが休んでいるのですから」
 レインがやんわりと真央を窘める。口調は穏やかでも内容はしっかりと真央の行為を非難していた。
「あっ……うん、ごめんなさい」
 レインに指摘され、真央は素直に謝罪した。
 レインの言う通りだ。無闇に声を張り上げたり、騒々しくしてはいけない。彼の私室の真下には森理の寝室があるのだから。
 今現在、そこでは部屋の主が付き添いの下、シルクが眠っている。ただし『眠っている』というよりも『寝込んでうなされている』に近い状態だ。
 買い物を終えて家に辿り着くなり、シルクは高熱を出して倒れてしまったのだ。
 原因不明の怪熱だ。もしかしたら藤川琉に遭遇したこと自体が精神的負担になり、心身共に異常を来してしまったのかもしれない……。
 唐突に昏倒したシルクを慌てふためきながらもリビングのソファに寝かせていると、幸いにも兄の森理が帰ってきてくれたのである。
 兄の手には『東洋魔術とイタリア料理の接点』という胡散臭い書物が握られていた。だが、流石の兄もシルクの衰弱した姿を目の当たりにするなりトンデモ本をアッサリと手放し、ソファに駆け寄った。青白い顔をした己の魔法使いを眺めると、森理はひどく不機嫌な声音で『何があった?』と真央を鋭く問い詰めてきたのだ。
 兄に真摯に訊ねられ、真央は重い口を開くと望月公園での出来事を包み隠さず打ち明けた。
 琉のシルクに対する振る舞いを聞くなり、森理の表情はますますしかめられていったのだ。真央と同じく、シルクが精神的ショックを受けたのは藤川琉が原因だと推察したのだろう。
 大切な魔法使いを虐げられたおかけで、森理の機嫌は頗る悪い。
 夕食の支度を真央に任せたきり、シルクを連れて寝室に引き籠もってしまったのである。

「真央、あなたも少し自分の部屋で休んだ方がいいんじゃありませんか?」
 レインがフッと目を細め、本をベッドの上に置く。
 彼の長い指が頬に伸ばされたので、真央は思わずドキッとしてしまった。
「あたし――邪魔?」
 高鳴る胸の鼓動を悟られたくなくて、真央はわざと意地悪な訊き方してしまった。
 自分でもこの可愛くない性格を改善しなければ――とは時折思うのだが、中々うまくいかない。殊に好きな相手の前だと、どうしても気持ちとは裏腹な行動をとってしまいがちだ……。
「そうじゃありませんよ、真央」
 レインが柔らかな口調で述べ、気遣わしげに真央の頬を指で撫でる。
「あなたも顔色が悪い。シルクのことを気に病むのは仕方のないことですけれど――真央まで倒れてしまったら森理が悲しみますよ。もちろん私もです」
 レインの曇りのない眼差しがじっと真央を見つめる。思わず見惚れ、吸い込まれてしまうような神秘的な輝きを放っている。
 その明澄な双眼を見ているだけで、体内に蓄積されていた疲労が癒される気がした。
 夕方、藤川琉に出逢ったことで真央も常より疲れていた。シルク同様、琉と相対していた時の不快感や緊張がジワジワと身体を蝕んでいるのだ。身の裡に澱んだ水が流れているようで、身体が重いし怠い。
 レインの気遣いは有り難いし、正直彼に心配してもらえるのは嬉しいが、真央にはどうしても彼に訊きたいことがあるのだ。それを確認するまでは、どんなに疲れていても気になって眠りに就けないだろう。
「あたしは大丈夫。シルクより遙かに神経が図太いし、体力だってあるもん! あのね――訊きたいことがあるんだけど、レイン」
「何ですか? 真央が改まってそんなことを言うなんて珍しいですね」
 真央の頬から手を離し、レインが不思議そうに小首を傾げる。
「うん、今更なんだけど――レインたちみたいに人間界に流れ着く魔法使いがいるのは、どうして?」
 レインにも森理にも説明されたことがあるので大まかな理由は知っているが、真央は確認の意味を込めて問いかけてみた。
「人間界と同じように地震や洪水などの天災があるからですよ」
 真央が答えを知っているのを承知の上で、レインは柔らかな口調で応じてくれる。基本的に真央に対しては懇切丁寧で優しい魔法使いなのだ。
「運悪く洪水に巻き込まれてしまった者はここへ漂着しますし、地震で裂けた大地の割れ目に呑み込まれた者はここへ落下してきます。天災によって次元が捻れ、人間界へと繋がる道が開くんでしょうね、きっと……」
 ふと、レインが遠くへ視線を流す。もしかしたら生まれ故郷である《魔法の国》を思い出しているのかもしれない。
 真央にとっては未知の世界である《魔法の国》――そこにレインは想いを馳せ、懐かしんでいるのだろう。

「……レインは、帰りたいと思ったことはないの?」
 真央は深呼吸を一つすると恐る恐る質問を繰り出した。触れてはいけない事柄を口にしているような気がしたからだ。
 たが、真央の懸念を払拭するようにレインはにこやかに微笑んでくれる。
「《魔法の国》に――ですか? それは当然ありますよ。生まれ育った国ですからね」
「じゃあ……どうして帰らないの?」
「――――!?」
 レインが不意を衝かれたように息を呑み、一瞬動きを止める。
 ブルーの瞳がゆるりと真央に戻された。
「……人間界と《魔法の国》では、時が流れる速度が違うらしいのです。ですから、今、私が戻ったとしても、あちらではかなり――それこそ百年近く時代が進んでいると思います」
「浦島太郎状態――ってこと?」
 真央は軽く眉根を寄せた。
 存在する次元が違うのだから、当然時間の経過も異なるのだろう。
「おそらくは……。私たち《魔法の国》の住人は何百年何千年と生きるので、百年くらい未来へ進んでいたとしても、多少違和感を覚えるだけなのかもしれませんが――」
 レインの端麗な顔が淋しげに翳る。
「そもそも――帰る方法がないのですよ」
 消沈した声音でレインが告白する。
 しかし、歯切れの悪い言葉には虚偽の影が見え隠れしていた。
 レインが真央に対して隠し事をするなんて滅多にないことだ。
「本当に?」
 思わずきつい眼差しで彼を見据え、問い詰めてしまう。
「真央こそ、どうして唐突にそんなことを訊くのですか?」
 レインの哀しげな眼差しが真央を見返してくる。
 レインがこんなに辛そうな表情を見せるなんて思ってもみなかったので、真央はハッとした。同時に胸がチクリと小さな痛みを発する。レインを傷つけたいわけじゃない……。
「ごめんなさい。レインを責めてるわけじゃないの。あたしは、ただ――帰りたいと思い、もしも帰る方法があったとしたら、どうして帰らないのかな? って、ちょっと不思議に思っただけだから」
「方法は……ないのです。いえ――ないに等しいのです」
 レインが静かに口を開く。そこにはまだ躊躇いが滲んでいた。
 方策はある。しかし、それは真央には教えたくない行為であるらしい……。
「やっぱり帰る手段はあるのね」
 真央は独り言のように呟きながら一つ頷いた。
 夕方、公園で出会した藤川琉の謎の言動も多少なりとも理解できた。《魔法の国》へ帰る術は存在しているのだ。だからこそ彼はシルクに対して『《魔法の国》へ行こう』と唆した。
 琉は、帰る方法を識っているのだ。
「あります。ですが……私やシルクにはないも同然――」
「……方法はあるのに?」
「ええ……。私やシルクには絶対に《それ》が出来ないからですよ。こちら側から《魔法の国》へと続く次元路を開く方法――それを行うくらいなら、生涯《魔法の国》へ帰らなくても平気です。シルクも私と同じ気持ちのはずです。だから、彼は琉という少年に『《魔法の国》へ行こう』と誘われて、激しく動揺したのですよ。可哀想に、あんなに怯えて……」
 レインが痛ましげに双眸を細める。
 シルクの涙に濡れた苦しげな表情を思い出してしまい、真央は眉間に皺を寄せた。
 あんなに愛らしい少年を虐める琉の神経が信じられない。レインが言うように、《魔法の国》へ帰る手段が酷なものならば、琉の言葉はきっと鋭い刃となってシルクの心臓に突き刺さったに違いない……。
「真央、お願いですから、これ以上のことは訊かないで下さい。シルクのためにも私のためにも――」
 レインの切実な瞳が真央にひたと据えられる。
 レインもシルクも《魔法の国》へ戻ることなど微塵も考えてはいないのだろう。それだけに、マスターである真央には触れてほしくない話題なのかもしれない。
「――解ったわ、レイン。あたしだって、レインが嫌がることなんてしたくないもの。帰る方法があると解っただけで、満足よ」
 真央は努めて明るい笑顔でレインを見つめた。
「では、この話はこれまでにしましょう」
「そうね。ところで――ソレ、何の本なの?」
 真央は先ほどまでの陰鬱な思考を一掃させ、素早く話題を転換させた。レインがベッドに置いた書物へチラと視線を走らせる。あまりにもレインが熱中していたので、実は中身が気になって仕方がなかったのだ。
「ああ、コレですか。今日、図書館で借りてきたんですよ。面白いので、真央も読みませんか?」
 心なしかレインの声が弾む。
 キラリ、と瞳が楽しげに輝いたのは、真央の気のせいではないはずだ。
「えっ、あたし? ううん、あたしはいいわよ! 遠慮しておく!」
 何故だか嫌な予感がして、真央は慌てて手を振った。
「まあ、そんなこと言わずに。物凄く楽しいですよ、この本――」
 嫌がる真央の眼前に、レインがスッと書物を差し出す。
 反射的にタイトルに視線を走らせてしまった直後、真央は深い後悔を感じた。
 ――やっぱり、予感的中……。
 森理といいレインといい、一体どういう感性の持ち主なのだろうか?
 実の妹であろうと唯一のマスターであろうと、理解できないものはできない。不可解すぎる。
 繊細なレインの指が支える深緑色の書物。
『東洋魔術とイタリア料理の接点』
 タイトルにはしっかりとそう刻印されていた。
 ――そんなもん、あるワケないでしょっっっっっ!!
 急激に眩暈を感じた……。


     「9.モテ期到来!?」へ続く


折り返し地点です。不定期更新にも拘わらず足をお運び下さり、ありがとうございます♪
 
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2010.09.11 / Top↑
9.モテ期到来!?



「オレとつき合わない、葉月さん?」
 楽しいランチタイム。
 いきなり現れた少年に真っ向から告白されて、真央は唖然とした。
「――はい?」
 呆気にとられすぎて間抜けな返ししかできない。
 口に入れ損ねた玉子焼きがポタリ……と箸から転げ落ちた。
 少年は整った顔に微笑を浮かべて、真央を見下ろしている。茶色がかった瞳は好奇心に満ちていた。どうやら真央の反応を楽しんでいるらしい……。
「ちょっと……カッコイイじゃない。真央、どうするの?」
 友人の桜が小声で囁く。ボリュームは抑えているものの声音には興奮した響きが宿っていた。こちらも意外な展開を面白がっているようだ。
「藤川に続いて、また告白されるなんて――モテ期到来なんじゃない、真央?」
 まるで自分のことのようにソワソワしている桜の脇腹を軽く肘で小突き、真央は改めて眼前に立っている少年を見上げた。
「今――何て言ったの?」
 心の裡で『幻聴でありますように』と祈りながら訊ねる。
 しかし、少年からの返答は真央の期待を見事に裏切るものだった。
「だから、オレとつき合おう――って。悪い話じゃないでしょ、葉月真央さん」
「…………」
 悪びれた様子もなく微笑む少年を見て、真央は口元を引きつらせた。
 玉子焼きを落としてしまったことに密やかな恨みを抱きつつ箸を置き、その手で額を押さえる。
 楽しかったはずのランチタイムは一気に暗転した。気分は憂鬱だし、おまけに頭痛までしてきた。
 最近、意外な人物からの告白――というシチュエーションが流行っているらしい。
 桜の言うように『モテ期』が到来したのではなく、ただ単に流行しているだけなのだろう。
 藤川琉同様、目の前の少年の告白からは切実な想いや真剣さが微塵も伝わってこないのだから……。
 何にせよ、告白の舞台が比較的人気の少ない屋上だったことだけが幸いだ。少なくとも琉の時のようにあっという間に噂になり、学校中に流布されることもないだろう。
 それにしても、琉もこの少年も何を基準にして、告白ゲームのターゲットを真央に定めたのだろうか?
 皆目理解出来ないし、彼らが自分に純粋な好意を抱いているとも思えなかった。
 それに真央は、自分に告白をしてきた少年のことを全く知らなかった。
 真央の通う桃苑学園は全校生徒三千人を超えるマンモス校なので、顔と名前が一致しない生徒がいても何ら不思議はない。
 真央は相手を知らないが、少年はこちらのことを知っているのだろう。
 しかし、名前も知らない相手に突如として告白されても――何だか釈然としない。
「……あたし、あなたのこと知らないんだけど?」
 疑問を率直に唇に乗せると、すかさず桜に耳を引っ張られた。
「バカね! A組の楠葉尊くんでしょ!」
 今にも『何で知らないのよ!?』とこちらを責め立ててきそうな勢いで、桜が情報を提供してくれる。
 三年A組――楠葉尊(くすば みこと)。
 記憶のデータベースをザッと探ってみるが――鮮明に思い出せる出来事は何も無い。
 やはり、楠葉とは面識はないのだ。あったとしても廊下などで擦れ違っている程度だろう。
「悪いけど――葉月さんと二人だけにしてくれない?」
 楠葉がチラと桜に視線を投げる。
「あー、ハイハイ、わたしはお邪魔ってコトね」
 桜が一瞬呆けたように楠葉を見返し、揶揄混じりに言葉を吐き出す。
 彼女は手早くお弁当を片付けると、軽やかに腰を上げた。
「じゃあ、わたし、先に戻るから。頑張るのよ、真央」
「ちょっ、ちょっと桜っっ!?」
 友人の所業に真央はギョッと目を剥いた。
 ――頑張るって、一体何をっっ!? よく知らない男と二人きりにしないでよっ!!
 胸中で盛大に喚き、それを物凄い眼力で訴える。
 だが、桜は無情にもスタスタと歩き始め、校舎へと続くドアを開けて姿を消してしまったのだ。


 残れた真央と楠葉は、しばし無言のまま向き合っていた。
 真央には楠葉に対してかけられる言葉をなかったし、楠葉はどういう意図なのか観察するような眼差しをじっと真央に注いでいるのである。
 奇怪な沈黙に耐えられなくなったのは――真央の方だった。
 元々勝ち気で短気な性格なので、桜を追い出したくせに無言を保っている楠葉の不可解な態度にイライラが高じたのだ。
「楠葉くん――だっけ? 悪いけど、あたし、好きな人がいるから」
 兄特製のお弁当を仕舞いながら、素っ気なく拒絶の意を示す。毎日手の込んだお弁当を作ってくれる森理には申し訳ないが、今は全てを食べきれる心境ではなかった。
「ふ~ん……まさか相手は『藤川琉』ってコトは、ないよね?」
 からかいを含んだ楠葉の声。
 琉の名を耳にした途端、真央はピキッとこめかみの辺りが引きつるのを感じた。
「だっ、誰が、あんな奴っ! 思い出すだけでも寒気がするわっっ!!」
 メラメラと怒りがわき上がってくる。真央は思わず力強く拳を握り締めて立ち上がっていた。お弁当箱が膝から転げ落ちたが、そこまで気を回す余裕などなかった。
 今は『藤川琉』という名前を聞くだけで、シルクに精神的苦痛を与えられた恨みと怒りが心の奥底から迫り上がってくるのだ。
「へえ……随分と徹底的に嫌われたもんだな、琉も」
 楠葉が愉快そうにニヤッと唇をつり上げる。
 真央に向けられた眼差しには、鋭利な冷光が煌めいていた。
「何? もしかして――藤川の友達なの?」
 真央は思いきり眉をひそめた。
 今の楠葉の口調から察するに、彼は琉のことをよく知っている感じだ。
 よくよく思い返してみると、琉もA組に在籍していたような気がする。
 もしかしたら、琉の友人代表として琉をフッた女の顔を見にきたのかもしれない。純真な告白よりもそちらの方が可能性は高そうだ……。
「友達? ――ちょっと違うな。もっと複雑な関係だよ、オレと琉は」
 楠葉が意味深な笑みを満面に広げ、ゆるりと真央に向けて足を踏み出す。
 真央は咄嗟に後退っていた。緊張した面持ちで楠葉を見上げる。
 何故だか目の前の少年に恐怖を感じたのだ。
 第六感が『危険』だと警戒信号を発している。
「けど、ある意味――良かったな。あんたが琉のコトを何とも想っていなくて」
 楠葉がまた一歩真央に歩み寄ってくる。
 真央は、楠葉の顔に張りつく微笑とアーモンド色の瞳を固唾を呑んで見つめていた。
 視界の中、楠葉の双眸が徐々に茶色から金茶色へと変化していく――
「万が一にでも琉のコトが好きだったら可哀想だと思ったけど、そんな心配はなさそうだな。琉を嫌ってるなんて好都合――おかげで心置きなくオレはあんたを八つ裂きにできる」
 ひどく冷静に言葉を紡ぎながら楠葉が真央に迫ってくる。
 彼は真央にすぐ傍で歩みを止めると一度瞼を閉ざし、再びゆっくりとそれを持ち上げた。
 その時には、彼の瞳は最早茶色でも金茶色でもなかった。
 美しい輝きを放つ黄金色――尋常な人間では有り得ない色素だ。
 トパーズのような魅惑的な双眼は、しなやかな黒豹を連想させる。
「ちょっ……嘘……でしょ……?」
 楠葉の視線に射竦められた瞬間、真央の全身を電流のような衝撃が駆け抜けた。
 ――こ、この感覚は……まさか……まさか……!?
 真央は楠葉の顔に釘付けになったまま心の裡で激しく動揺していた。
 楠葉の全身から滲み出る神秘的な力の存在。
 淡い黄金色の光が楠葉を取り巻いているのが視える。
 真央が『視える』ということは、それだけで彼が特別な存在であることを意味していた。
 楠葉の裡から放出される眩く美しい輝きは、真央には馴染みのある光輝だ。
「あんた――魔法使いなのっっ!?」
 結論に辿り着くと同時に、真央の口からは悲鳴に近い叫びが迸っていた。



     「10.屋上・異常・戦場――土壇場」へ続く



 
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2010.09.23 / Top↑
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