ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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15.魔法使いと魔術師


 銀色に輝く鋭利な刃が、藤川琉の白い喉を捕らえている。
 琉の足が踏み潰す寸前だったレインの《生命玉》から離れた。
 当面の危機が去ったことを確認して、真央は改めて胸を撫で下ろした。
 安堵する真央とは対照的に、琉の美貌には肩透かしを食らったような苦い笑みが広がった。
「僕と《魔法の国》へ帰る気になったのかい?」
 己を威嚇する短剣を醒めた目で見下ろし、琉がからかうような口調で告げる。どうやら背後のシルクに向けた揶揄であるらしい。
「先日はシルクがお世話になったかと思ったら、今度は真央とレインですか? とても王子とは思えない所業ですね。レインが急に姿を消したので慌てて追ってきてみれば、案の上――間に合って良かった」
 森理が妹を庇うように真央と琉の間に立つ。琉に向けられた眼差しには、多少の棘と毒が含まれていた。
「マスター、足下――」
 シルクに指摘され、森理は琉の足許に転がるレインの《生命玉》を丁寧に指で拾い上げた。
 森理がそっとそれを両の掌に包み込む。
 すると、そこから燃え上がるような赤光が立ち上った。
 光が消えると、森理は倒れ込んでいるレインに向かって片手を差し出した。ゆっくりとレインの身体を引き起こし、彼の掌に《生命玉》を返す。
 レインの手に載せられた玉は、傷一つ無く艶々とした輝きを放っていた。
 先ほどまでは確かにひびが入っていたはずなのに、今は完璧に修復されている。森理が何か術を施したのだろう。
「マジシャン――なのか?」
 琉の唇から驚愕と畏怖の相俟った声が滑り落ちる。
 魔法使いである彼は、森理が特殊な力を秘めた人間であることを即座に察したらしい。
「人間界には僕たちと同じような能力を持つ者が、稀に存在するらしいね……。なるほど。複数の魔法使いに慕われている君は、どうやら女王にも認められた特例の魔術師らしいね」
 琉の唇が皮肉げにつり上がる。
「そんな大層な者ではありませんよ、王子。まあ、他人より《不思議なもの》を視たり、仲良くなったりする能力に長けてはいるとは思いますけど……」
 森理がにこやかに受け答えする。
 琉を《魔法の国》の王子だ知っている上で、物怖じせずに相対できるあたり、琉の見解は的を射ているのだろう。
 真央は微かな驚きと共に、琉と対峙する兄を見つめた。
 兄がオカルトヲタクの変人であることは重々承知していたつもりだが、まさか魔法使いに匹敵する凄腕魔術師だったとは……。
 ――お兄ちゃん、一生結婚できないかもね……。
 思わず場違いな感想を抱いてしまう。森理の趣味思考を理解してくれる女性など数少ないだろうに、当人も妖しげな能力を秘めていては更に数が激減するに決まっている。本人が恋愛に無頓着なのも尚悪い……。
 お節介にも兄の未来を嘆き、真央は小さく溜息を洩らしていた。

「とにかく――妹とレインは返してもらいます。王族のあなたでも、流石にマジシャンと三つ紋二人を同時に相手にするのは分が悪いでしょう?」
 森理が笑顔のまま告げる。口調は穏やかだが、内容は明らかに琉に対する『勝利宣言』だった。
 琉がハッとしたように、己に刃を突きつけているシルクを見上げる。
 シルクの額にも三つの◆が鮮やかに浮かび上がっていた。
 如何に琉が素晴らしい能力を秘めた王子でも、レインとシルクと森理を一手に引き受けるのはどう考えても無理がある……。
「――チッ……!」
 琉が忌々しげに舌打ちを鳴らす。
 矢庭に琉はシルクを乱暴に振り切ると、真央に向かって疾駆し始めた。
「あと一人――たった一人、ウィザード・マスターの生命を奪えば、《魔法の国》へと繋がる扉が開くのに……!!」
 琉の心に呼応するように彼の額から剣が生まれる。オパールのような輝きを纏った幻想的な刀剣だ。
 琉の手が素早く柄を握り締める。
「王子! それは、あなたの母上が誰も実行しないことを前提に定めた掟です! ですから、やり遂げたとしても決して――――」
 琉を思い留まらせたい一心なのだろう。彼に殺されたかけたというのに、レインの口からは真摯な叫びが飛び出した。
「黙れっ! 誰も実行したことがないなら――完遂するまで真偽は判らないだろ! 僕は……どうしても復讐を果たさなければならないんだっ!」
 レインの想いを叩き落とすような勢いで、琉が声を荒げる。
 驚愕と恐怖に立ち尽くす真央に向けて、琉の剣が躊躇なく振り下ろされた。
 華々しく血飛沫が舞う。
 だが、真央の身体には衝撃や痛みは全くなかった。
 刀身が真央に触れるより速く、何者かが真央に前に立ったのだ。
「――つッ……!」
「楠葉くんっ!?」
 真央は悲鳴をあげた。
 自分を庇ってくれたのは、琉の魔法使いである楠葉尊だ。
 楠葉の右肩がザックリと裂かれ、そこから大量の血が溢れ出していた。
「くそっ……オレ、今日、斬られてばっかじゃん……。スッゲー損した気分…………けど、琉を止められるなら――悪くない……かな……」
 楠葉の唇から苦悶の呻きが洩れる。
 喋るのも辛いだろうに、彼は依然として真央を護るようにして立ち、正面から己の主を見つめていた。
「もう……止めよう、琉――」
 トパーズのような双眸に哀切な翳りが射した。



     「16.砕けた心」へ続く


あと3回ほどで終わる予定です。もう少しだけおつき合い下さいませ~。
 
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2010.10.30 / Top↑
14.魔法使いの心臓 


 コンクリートに衝突した《生命玉》が二、三度小さく弾む。
 濡れた世界の中でも、真央にははっきりと蒼き玉に傷が走るのが見えた。
「レインッッッ!!」
 真央の身体はレインの元へ駆けつけようと無意識に動いていた。
 だが、一歩も前に進むことなく脚は虚しく空を切る。
 楠葉が頑として真央を離してくれないのだ。
「離してよっ! レインッ! レインッッ!?」
 真央は悲痛な叫びをあげ、楠葉の腕の中で猛烈に暴れた。
 レインはコンクリートに倒れ込み、苦しげに胸を押さえながら悶えている。
 激しく上下する肩と胸。
 白皙の肌は青白く変色し、玉のような汗が浮かび上がっている。
 強烈な痛みと苦しみに苛まれているのだろう。
「離してっっ!」
 苦悶するレインを目の当たりにすると、真央の胸はきりきりと締め付けられ、涙が更に溢れ出した。
「離したって――あんたに出来るコトは何もないだろ」
 耳元で楠葉がボソッと囁く。何故だか彼の声には真央に対する申し訳なさが滲んでいた。
「確かにあたしは無力だけど――でも……でも、レインはまだ生きてるのよっ! 傍に行かせてよ!!」
 レインの《生命玉》には幾筋か裂傷が生まれたが、完全に砕けたわけではない。
 まだ生きているのだ。
 傷を癒し、《生命玉》を再生させる方法だってあるはずだ。
 琉の魔手から《生命玉》を取り戻しさえ出来れば、必ず何とかなる。
 諦めてはいけない。
 今、レインを護れるのは真央しかいないのだ。
「……つっ……! ま……お――」
 真央の泣き叫ぶ声が耳に届いたのか、レインが苦痛に歪んだ顔をゆるりとこちらへ向ける。
 意識が朦朧としているのか、いつもは美しいサンタマリア・アフリカーナの瞳が今は僅かに翳っていた……。
 レインの腕が緩慢に動き、痙攣する指が《生命玉》に伸ばされる。
 しかし、レインの指先が《生命玉》に触れる寸前、琉の足が無情にも彼の手を蹴ったのだ。
 レインの指が《生命玉》から遠ざかる――
 琉の黒曜石の双眸が妖冶な光を湛えた。
「今、楽にしてあげるよ、レイン――」
 琉が片脚を軽く上げる。そのままレインの《生命玉》を踏み潰すつもりなのだろう。
 彼はひどくゆっくりと目標へ向かって靴底を降ろし始めた。
「やめてっっ!!」
 真央は鋭い叫びを上げた。
 その瞬間、フッと身体が楽になる。
「――え?」
「行けよ。オレは琉には逆らえないけど、あんたは違うだろ。悪いけど――オレの代わりに琉を止めてやってくれ」
 楠葉が拘束を解いてくれたのだ、と察した時には、彼の手が真央の背中を勢いよく押し出していた。
 一瞬だけ背に触れた楠葉の掌は思いの外に優しく、真央はその事実に少なからず驚いた。
 彼は自分のマスターが手を血に染め、堕ちてゆくのを快く思ってはいないのだ。
 ずっと心の何処かで琉の凶行を止めたかったのかもしれない。だが、魔法使いはマスターの命令には絶対服従を誓わなくてはならないのだ。
 琉を止めてあげたいのに、諫める術も慰める手段も見つけられず――楠葉はずっと独りで歯痒い想いを抱き続けてきたのだろう。
 ――自分の魔法使いを悲しませるなんて、同じウィザード・マスターであるあたしが許さないわ!
 背中に生じた温もりを感じながら真央はキッと前を見据えた。
 押された勢いのままコンクリートを蹴り、琉に向かって突進する。
 魔法も使えなければスポーツも武術も出来ない女子高生だが、体当たりくらいは喰らわせてやれるはずだ。
 レインを護りたいという強固な想いが、真央を突き動かしていた。
「藤川の大バカヤローッ!!」
 真央は気迫の籠もった声を張り上げ、渾身の力を込めて両手で琉を突き飛ばした。
 楠葉が真央を解放するとは想像だにしていなかったのだろう。
 琉は呆気なくよろめき、その場に尻餅をついた。
 しかし、彼は俊敏に立ち上がり、鋭利な眼差しで真央を睨みつけてきた。
「僕の邪魔をするな!」
 琉の片手にプラチナの輝きが生じる。
 怒りに任せて魔法力を真央にぶつけようとしているのだろう。
 琉の片手が真央に狙いを定める。
「琉、よせっっ!」
 楠葉の逼迫した叫び。
 それと交錯するようにして、ビュンッと唸りをあげて何かが真央の脇を通過した。
 琉の手に集結していた魔法力の球に、銀色の矢が突き刺さる。
 転瞬、琉が生み出した光の球は、音も立てずに静かに霧散した。
 それに伴い、琉の全身を包み込んでいた冷気のようなものも消失する。
 驚嘆すべきことに、銀の矢は瞬時に姿を変えた――銀髪の少年へと。
 事態を把握できずに唖然としている琉。
 少年はアメジストの瞳で琉を見上げると、神速の如きスピードで彼の背後に回り、その喉元に短剣を押し当てた。
「そこまでです。妹から手を引いてもらいましょうか」
 不意に聴き慣れた声が耳に浸透する。
 真央はハッと面を上げ、背後を振り返った。
 青みがかった黒髪の青年が佇んでいる。
「お兄ちゃん!」
 青年の切れ長の瞳と視線が合致した瞬間、真央は嬉しさに弾んだ声をあげていた。
 屋上に形成された異空間に姿を現した救世主。
 それは、紛うことなく葉月森理と彼の魔法使いであるシルクだった。



     「15.魔法使いと魔術師」へ続く


 
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2010.10.23 / Top↑
13.傷心王子と憂える近衛


《魔法の国》の第二王子。
 藤川琉の正体は魔法使い――
 真央は茫然と琉を眺めていた。
 頭ではレインの説明を理解したつもりだが、心がそれを拒絶していた。
 レインやシルクの故郷である《魔法の国》の王族がこんな変わり者だとは、何故だかとても認めたくなかった。もしかしたら《魔法の国》や女王に対して、無意識に華美で煌びやでファンタジックなイメージを勝手に抱いていたせいかもしれない……。
 童話や漫画やファンタジー映画を元に思い描いた『王子様』と、リアルに存在する藤川琉とが等式で結びつかなかったのだ。
 琉は麗容の持ち主ではあるが、闇のような髪と瞳と不可解な微笑が真央の裡に不吉な印象を植えつける。《魔法の国》という華やかな世界とは無縁のような翳りが、琉の全身から滲み出ているように感じられるのだ。
「王子、何故あなたが――」
 レインがひたと琉を見つめる。
 かつて遣えていた王子の変異を悲しんでいるのか、彼の蒼き瞳は憂いに満ちていた。
「僕には――僕の事情がある。レインには悪いけれど、葉月さんは貰っていくよ」
 不意に琉がレインから視線を逸らし、真央の腕を掴んで乱暴に引き寄せる。
 真央が驚く間もないほど迅速に、琉は真央の首にぶら下がっていた銀の鎖を引き千切ったのだ。
 琉の手にレインの《生命玉》が握られる。
 真央は恐怖に強張った顔でそれを凝視していた。
 最も奪われてはならない大切なものを一番嫌な相手に獲られてしまった――

「真央っ!」
 真央を助けようとレインが地を蹴る。
 だが、彼の身体は一歩踏み出したところでピタリで動きを止めてしまったのである。
「動けないよ、レイン。僕が魔法をかけたからね」
 後ろに控えている楠葉に真央の身柄を渡すと、琉はレインに向き直り双眸をスッと細めた。
 琉が《生命玉》を乗せた掌を差し出す。わざとレインに見せつけているのだ。
 掌の上で《生命玉》が揺れると、レインの端整な顔が苦痛に歪んだ。
 レインの心臓に値する《生命玉》――琉はそれを通じてレインに術を施しているのだろう。
「――あっ……つっ……」
 レインの唇が苦悶の呻きが洩れる。
 宝玉のような瞳は、何かを訴えるように琉を見つめ続けていた。
「レインに酷いことしないでっ! あんたの狙いは、あたしなんでしょ!?」
 真央は必死の形相で琉に向かって叫んだ。何とかしてレインの《生命玉》を取り戻さなければならない。レインが傷つく姿も苦しむ姿も目にしたくはなかった。
 焦る気持ちと連動して無意識に身体が前を出るが、後ろから真央を羽交い締めにしている楠葉がそれを許してはくれなかった。
「確かに欲しいのは葉月さんだけど、そのための最大の難関は――レインだからね」
 琉が嘲るような口調で告げ、双眸に冷たい光を灯す。
 真央を見遣る眼差しには仄暗い殺意が宿っていた。
 それを察したレインが、儘ならない唇から再び呻き発する。
「何か喋りたそうだね、レイン。特別に口だけは自由にしてあげるよ」
 琉がパチンと指を鳴らす。
「王子――」
 レインの唇が自由を取り戻し、呻きはちゃんとした言葉へと変化した。
「どうして、真央を狙うのですか?」
「別に葉月さんだから狙うわけじゃない。たまたま一番近くにいたのが葉月さんだっただけだよ」
 琉が飄々と答える。
「真央が魔法使いのマスターだから――ですか?」
「そうだよ。復讐を成し遂げるためには、葉月さんが必要なんだよ。僕は……《魔法の国》の奴らに報復しなければならないのだから」
 静かな物言いとは裏腹に、黒曜石の瞳の奥には憤怒と怨嗟の念が渦巻いていた。
 それは、藤川琉が初めて他人に晒す、嘘偽りのない感情の発露だった――
「何故……? 私の知るあなたは高潔で清廉な麗しい王子でした。その昔、あなたが洪水に巻き込まれて姿を消した時には、国中が悲嘆に暮れ、誰もがあなたを偲んで涙しました。あなたは皆に愛される王子でした。なのに……どうして? こちらの世界で、一体何があなたの身に起こったのです?」
 レインが痛ましげに琉を見つめる。
 こちらの世界では五年――だが、《魔法の国》では五百年という永き時が流れている。
 記憶を遡ったレインは、時の長さと敬愛する王子の変貌ぶりに愕然とし、同時に激しく胸を痛めているのだろう。

「ちょっと――藤川が王子ってホントなの? 何だか、レインが語る第二王子像がちっとも藤川に繋がらないんだけど!」
 真央は、楠葉に拘束されながらも疑問に感じたことを率直に言葉に表していた。
 直後、楠葉が愉快そうに笑い声を立てる。
「琉は、歴とした《魔法の国》の第二王子だよ。王族だって天災からは逃れられない。まあ、琉は薄幸の王子――って感じかな? 運悪くこっちの世界に流されてきたんだよ」
「でも、魔法使いが魔法使いのマスターって、変じゃない!」
 更に真央が食ってかかると、楠葉は真央を捕らえたまま肩を聳やかしたようだった。
「何にも変じゃないさ。この世界で魔法使いが『マスター』と呼べるのは、《生命玉》を拾った人間と――こっちに漂着した王族だけだ」
「えっ、そうなのっ!?」
 真央は驚きに目を見開き、確認するように視線をレインへと流した。真央の視線を受けて、琉の魔法に戒められているレインが微かに顎を引く――肯定の意だ。
 王族も魔法使いのマスターに成り得るとは初耳だった。
 偉大なる女王の一族には、人間界で形成される魔法使い社会においても特権が認められている――ということなのだろう。
「オレは、人間じゃなくて琉に拾われた。だから、オレは琉の魔法使いなのさ」
 愕然としている真央を面白がっているのか、楠葉がやけに明るい口調で告げる。
「そういうことなんだよ、葉月さん。僕は――復讐のために《魔法の国》へ帰らなければならない。君を殺せば、道は開かれるんだ。運命だと思って殺されてよ? 不運な十人目のウィザード・マスターさん」
 琉の涼やかな微笑が真央に向けられる。闇のような瞳には鋭利な光が灯っていた。彼は揺るぎない信念を抱き、それを実行に移しているのだろう。琉の眼光には、悲愴な決意のようなものが織り交ぜられていた。
「ふざけないでよ……! 道が開く――って、どういうこと?」
 真央は眉をひそめ、琉を見据えた。
 運命だろうが何だろうが、殺されるなんて絶対に享受できない。
「普段は、この世界と《魔法の国》とを繋ぐ次元路を閉ざされているんだよ。基本的には、天変地異が起こらない限り開くことはない」
「基本的には――ね。けど、女王とその一族だけは、あっち側からも扉を開けることができるのさ」
 琉の言葉を補うように楠葉が告げる。羽交い締めにされている真央からは楠葉の表情を窺うとは出来ないが、彼の声音には琉に対する非難のようなものが微かに含まれているような気がした。
 もしかしたら、真央とレインよりも遙かに複雑で厄介な主従関係なのかもしれない……。
 琉の視線がフッと真央の背後へ流される。楠葉を見つめる双眸が痛ましげに細められた。
「開けられるだけだよ。仮に開けてこっちに来たとしても、結局、向こうにいる一族の誰かに扉を開いてもらわなければ、帰るに帰れない」
「じゃ、兄弟でも親戚でも誰でもいいから向こうから開けてもらって、さっさと帰ればいいじゃない! あたしを巻き込まなくても済む話でしょ!」
「僕は――帰れない」
 真央が楠葉の腕の中で藻掻きながら怒鳴ると、琉は即座に硬質な声で断言した。
「僕は、兄上に嫌われているからね……。兄上の逆鱗に触れてまで僕に手を貸そうって親族は皆無だろうね。だから、自力で扉をこじ開けるしか術はない。つまり、やっぱり君の生命が必要だってことだね、葉月さん」
 独り言のように言葉を紡いだ後、琉が再び美貌に微笑を広げる。
「どっ、どうして、あたしの生命が必要なのか、全っ然理解できないんだけどっ!」
 話がまたしても恐ろしい方向へ戻ったので、真央はギョッとして目を剥いた。
「真央、以前《魔法の国》に帰る方法はある――って言いましたよね?」
 レインが青ざめた顔で真央に語りかけてくる。
「こちらから次元路を開く方法――それは、自分のマスターを殺めるか、他の魔法使いのマスターを十人殺す、ということです」
「ええっ、そんなの酷いわ……! そんな馬鹿な掟――女王は認めてるってことっ!?」
 レインが明かした《魔法の国》の掟に、真央は大きな不快感を覚えた。
 数日前『私やシルクにはないも同然』と言っていたレイン。
 今なら彼の心情がよく解る。
 自分のマスターや他のマスター十人の生命を奪ってまで、彼らも故郷へ帰りたくはないのだろう……。
「認めていることになりますね。ですが、そもそも誰も実行しないことを前提に制定された掟だったと思うのです……。人間界に漂着したからには、その魔法使いは人間界にとって何かしら必要な存在なのだろう――というのが女王の持論です。こちらへ流れ着いた魔法使いが戻るのを潔しとせず、敢えて帰って来られないような条件にしたのだと……」
「けど――藤川は、今までの魔法使いたちとは違ったってコトね?」
 真央は険しい表情で琉を睨めつけた。
 女王の意向を知りながら、その息子である琉が初めて禁断の術を実践しようとしているのだ。
 そんな血生臭い手段を設定した女王の決断もいただけないが、それを完遂しようとしている藤川琉の神経も信じられなかった。
《魔法の国》という響きとイメージは綺麗だが、実情は人間世界とそう大差はないのかもしれない……。
「そうだね。……生憎、僕は自分のマスターを喪ってしまっている。だから、他のマスターの生命を奪うしかなかったんだ」
「それほど復讐が大切なのですか、王子?」
 淡々と言葉を紡ぐ琉に対して、レインが哀しげに問いかける。
 琉を見つめる眼差しには、かつて遣えていた主への愛情と哀憐が混在していた。
「僕にとっては大切さ。君に僕の気持ちなんて解らないだろうけどね」
 琉が僅か一瞬レインから視線を逸らす。
 だが、彼はすぐに心を切り替えたらしく、再度レインへ凍てついた瞳を向けた。
「さあ、お喋りは終わりだよ、レイン。葉月さんが死ぬのは見たくないだろ? 君から先に殺してあげるよ」
 琉の端麗な顔から一切の感情が消え失せる。
 レインの《生命玉》を持つ手からフッと力が抜けた。
 弛緩した指の隙間から美しい玉が転がり落ちる。

 煌めくアクアブルーの玉がコンクリートに接触した――

 小さな宝玉に亀裂が走る。
 真央の目には、レインの《生命玉》が落下する様がスローモーションのように映っていた。
「――あっ……!」
 レインの唇から小さな叫びが洩れる。
 次いで、雷にでも撃たれたかのように全身が大きく震え――崩れ落ちた。
 倒れ込むレインより僅かに遅れて長い金髪がフワリと宙を舞う。
《生命玉》は魔法使いの心臓。
 玉にひびが入れば、それはそのままレインの肉体に跳ね返ってくる。
 不可思議な能力を自由自在に操る魔法使いは、強い。
 だが、壊れやすい《生命玉》を心臓とする彼らは、同時に脆くもあった……。
「……レイン? ――レインッッッッッッッ!!」
 腹の底から絶叫が迸る。
 目頭が熱くなり、急激に視界が不鮮明になった――



     「14.魔法使いの心臓」へ続く


 
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2010.10.16 / Top↑
12.ブラックプリンス


 奇妙で陰鬱な沈黙がしばし訪れる。
 突如として現れた少年に対して、真央とレインは戸惑っていた。
 何故だか、楠葉でさえも彼を前にしてどう対処してよいものか決めあぐねている感じなのだ。
 真央は、突然の闖入者に猜疑と困惑の相俟った眼差しを注いだ。
 彼――藤川琉が、どうしてここに侵入することが出来たのか全く解せない。
 彼が自力で楠葉の結界を通り抜けたきたのならば、『藤川琉=ウィザード・マスター』という推論が呆気なく崩れてしまう。
 魔法使いのマスターであろうとも、真央のような普通の人間だ。
 もしかすると琉も森理と同じような特殊能力者なのかもしれない……。
「……好きで取ったわけじゃない」
 重苦しい静寂に耐えかねたのか、琉に見つめられている楠葉が口を開く。彼は憮然とした面持ちで琉を見返した。
「へえ……まあ、いいや。僕がつけてあげるよ。おまえは僕の大事な魔法使いだからね」
 琉が『魔法使い』という箇所を強調して告げ、クスクスと笑う。真央たちに対して、自分が楠葉のマスターであることを隠す気は更々ないらしい。
 琉は血塗れの腕を持って楠葉に接近すると、未だ血を垂れ流している肩の切断面にピタリとそれを押し当てた。
 ぬけるように白い琉の手がしなやかに動き、傷口の合わせ目をなぞる。
 すると、不思議なことに切り離されていた楠葉の腕は瞬く間に元通りに戻ったのである。
「――なん……で……? 今、楠葉くんじゃなくて……藤川がやったのよね?」
 真央は恟然と目を見開いた。無意識に喉の奥から掠れた声が洩れる。
 魔法使いであるのは楠葉尊のはずだ。
 なのに、今、楠葉の腕を復元させたのは藤川琉の仕業のように見えた――
 驚く真央の視界では、楠葉が綺麗に結合された腕をしきりに動かしていた。感覚を確かめるように、何度も何度も指を閉じたり開いたりしている。その動きは滑らかで、とても数秒前まで離れ離れになっていたとは思えなかった。
「不覚だね、楠葉。でも、僕も葉月さんの魔法使いは、てっきりあの可愛い子だと思い込んでいたしね――」
 琉がこちらを振り返る。相変わらず掴み所のない微笑を湛えていた。
 琉の視線が真央を擦り抜けてレインの顔の上で止まる。
「まさか、君だとは思ってもいなかったよ、レイン」
 美貌を彩る笑みが深まる。琉はレインの存在を確認して、何かしらの喜びを感じたらしい……。
「――――!?」
 琉の黒曜石の瞳を見返し、レインが微かに息を呑む。
「王子……」
 掠れた呟きがレインの唇から零れ落ちた。
「え、おうじ? ……何? 藤川のこと知ってるの、レイン?」
 状況が把握できずに、真央は忙しなくレインと琉に交互に見比べた。
 先日、琉の名を耳にした時、レインは心当たりがあるような感じで首を捻っていた。
 琉の台詞から察するに、やはりレインと琉は過去に接点があったのだろう。
 だが、真央の疑問に対してレインは苦渋に満ちた表情で無言を保っている。
 琉の方はレインから真央に視点を移したものの、端から質問には答える気はないらしい。
「こんにちわ、葉月さん」
 軽やかな身のこなしで歩み寄ってくると、にこやかに微笑むのだ。
「ず、狡いわ……」
 琉と視線が合致した瞬間、真央は眉根を寄せた。
 楠葉の腕を治した力は、紛れもなく魔法だ。
 魔法が扱える上にレインの知己であるということは、つまり――藤川琉は元々こちらの世界の住人ではないということになる。
 そうだとすれば、琉の正体は一つに絞られる――
「どうして?」
 真央の言動を愉しむように、琉が微笑を湛えたままわざとらしく小首を傾げる。
「だって、狡いじゃない! 何で、魔法使いがウィザード・マスターなのよ!? そんなこと、あっていいの?」
 真央は琉を睨み、不満をぶちまけた。
 様々な状況から判断して『藤川琉は魔法使い』という結論に達したのだ。
「時と場合によっては――有り得るんだよ、葉月さん」
 琉が軽やかな口調で述べる。
 どことなく真央を嘲るような調子に聞こえたのは、気のせいではないだろう。琉は、ウィザード・マスターでありながら今まで他の魔法使いの存在に毛ほども気づかなかった真央のことを軽視しているに違いない。
「確かに僕は楠葉のマスターだけど、同時に魔法使いでもあるんだよ」
 琉が平然と秘密を明かす。
 やはり危惧した通り、琉自身も魔法使いだったのだ。
 彼の人間離れした美貌やシルクに対する言動など――思い当たる節はあったのだ。だが、楠葉が琉の魔法使いであると判明した時点で、その可能性は無意識のうちに切り捨てていた。
 魔法使いのマスターに成り得るのは、人間だけだと思い込んでいたから……。
 しかし、琉は魔法使いであり、尚かつ楠葉のマスターだというのだ。
 真央にとってその事実は不意打ちと詐欺以外の何ものでもなかった。
「卑怯だわ!」
「心外だね。全部――真実だよ。ねえ、レイン、君なら解るだろう? 三つ紋の近衛くん。まさか僕を忘れたわけじゃないよね?」
 琉の意味深な視線がレインを射る。
「王子……あなたは、確か五百年以上も前に……私たちの世界から奪われたと聞きました――」
 レインの口から呻くような声が洩れる。
「え? だから、『おうじ』って何よっ!?」
 真央はもどかしげにレインを振り仰いだ。
 レインと琉の間で真央には理解出来ないやり取りが行われていることが嫌だし、不安だったのだ。
 だが、レインは青ざめた顔で琉を凝視しているだけだ。
「へえ、あっちでは五百年も経ったんだ? この世界に僕が堕ちてきてから、まだ五年弱しか経っていないのにね」
 琉が自嘲めいた微笑を閃かせ、長めの前髪をサッと片手で掻き上げる。
「――――!?」
 琉の額を目の当たりにして、真央は大きな衝撃を受けた。
 真っ白な肌にレインや楠葉と同じ◆の紋様が鮮やかに浮かび上がったのだ。
 それは、この中の誰よりも多い紋様だった。
 四つの◆が更に菱形を形成している。
 四つ紋は女王の一族のみ――
 先ほど楠葉がそう解説してくれたばかりだ。
「ええっ! 嘘でしょ! 『おうじ』って――王子様のことなのっっっ!?」
 真央は驚愕のあまりに張り裂けんばかりに目を見開いた。
 四つ紋――王族の証。
「女王陛下には四人の王子がいます。ですが、哀しいことに、第二王子は五百年ほど前に起こった天変地異の際に《魔法の国》から奪われてしまったのです」
 レインの蒼き双眸が切なさと郷愁に揺らめく。
 当時のことを思い返しているのか、レインは哀しげに瞼を伏せた。
「彼は、美しい漆黒の髪と黒曜石の如き瞳から――ブラックプリンスと呼ばれていました」
 再び瞼を上げたレインの視線が、ひたと琉に注がれる。
 その瞬間、流の端麗な顔を冷ややかな笑みが彩った。



     「13.傷心王子と憂える近衛」へ続く


 
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2010.10.09 / Top↑
11.純情な愛情と過剰な友情



 陽だまりのような心地好い香りと共にフワリと頬に長い髪が触れる。
「レインッ!」
 真央は喜びの声をあげた。
 目を開けなくても誰だか判る――レインだ。
 マスターである真央の切羽詰まった叫びを感知して、即座に助けに来てくれたのだ。
 嬉しさに瞼を跳ね上げると、見慣れた金髪が輝いていた。それを目にすると、改めて胸の奥から安堵が滲み出てくる。
「大丈夫ですか、真央?」
 レインが腕を緩め、心配そうに真央の顔を覗き込んでくる。宝石のようなブルーの瞳は真摯な光を湛えていた。
 物凄く近い位置にレインの顔がある――
「だっ、大丈夫よっ!」
 急激にレインに抱き締められている事実を意識してしまい、真央は顔を真っ赤に染めながら慌てて彼から離れた。羞恥と驚喜に脳天までカッと血が上る。
 自分はやっぱりレインのことが好きで好きでしょうがないのだ、と非常事態にも拘わらず再認識してしまう。
 レインに見つめられ、触れられ、言葉を交わす――それだけで胸の鼓動が高鳴る。
 レインと出逢った時から芽生えた恋心は、日を重ねるごとに肥大していた。
「本当ですか? 顔が赤いですよ。もしかして発熱しているんじゃないですか?」
 真央の心情など全く察していないらしく、レインが再度真顔で問いかけてくる。
 レインが特別鈍いのか、それとも魔法使いそのものがあまり恋愛感情に敏感ではないのか――とにかくレインは真央が拍子抜けしてしまうくらい乙女心の機微に疎かった……。
 純真ゆえにどこかズレているレインだが、そこにも魅力を感じ、惚れてしまったのは真央なのだから仕方ない。
 今の発言も真央の身を案じているからこそ出た言葉なので、反論したり怒るわけにもいかない。
「……大丈夫よ」
 真央はもう一度同じ台詞を繰り返すと、レインの向こう側にいる楠葉へと視線を馳せた。
 楠葉が魔法攻撃を仕掛けてこなかったことが気に懸かったのだ。本来ならば、凄まじい魔法力に灼かれ、真央の身体はとっくに消滅していたはずだ……。

 楠葉は、悠然と佇んでいた。
 魔法エネルギーを凝縮させた球は、相変わらず彼の右手に留まっている。
 楠葉の顔には、レインの出現を面白がっているような微笑が浮かんでいた。
 魔法使いの世界もレインやシルクのような善人ばかりで構成されているわけではないらしい。楠葉の好戦的な態度は、明らかにレインたちとは異なっていた。
「そういえば、あんたもウィザード・マスターなんだもんな。魔法使いが出てくるのは当たり前か」
 楠葉の好奇心に満ちたトパーズの瞳がレインに向けられる。
 彼の声に嘲るようなトーンを感じて、真央はキッと楠葉を睨めつけた。そんな真央を宥めるようにレインがそっと腕を掴む。
「《時止めの魔法》を使うなんて――」
 レインが真央を護るように一歩前に出る。楠葉に向けられた言葉には驚きが含まれていた。
「これは、自然の摂理に反して時間の流れを止める高度な魔法です」
「それをいとも容易く破って、侵入してきたあんたも凄いけどね」
 楠葉が楽しげに口の端をつり上げる。
 彼の言葉を聞いて、真央はハッと我に返り、周囲を見回した。
 いつの間にか、時が動き出していた。
 屋上では生徒たちがお弁当を食べながら楽しげに談笑している。
 だが、生徒たちの誰もがこちらの異変には全く気がついていないようだった。
「向かう側からは視えないんですよ、真央。ここはまだ現実から隔離された世界です。一般の方を巻き添えには出来ませんからね」
 真央の疑問に応えるようにレインが静かに告げる。
「へえ、《時止めの魔法》は解除したけど、オレが人間界から切り取った空間はそのままにしてあるんだ? ――器用だね、あんた」
 楠葉の顔に浮かんだ笑みが更に深まる。唇は笑みを象っているのに、トパーズの双眸は少しも笑ってはいなかった。強い警戒心を示すように、鋭い眼光を宿らせている。
「その――物騒なものは早く消して下さいね」
 レインの視線が楠葉の右手に流される。
 太陽の光で紡がれたかのような黄金色の髪が、風もないのに緩やかに宙を舞う。深い海を思わせる双眸が、冷ややかな輝きを閃かせた。
 レインの全身が凍てついたベールで覆われ始めている。
 彼の背に身を隠している真央にも、目に視えない神秘の力の波動が伝わってきた。
「それはムリだな。オレは、そこのマスターを抹殺しなければならないんでね!」
 楠葉が挑戦的な台詞を吐く。
 彼の感情に連動したように、右手の光球が倍に膨れ上がる。
 楠葉はそれをレインに向かって容赦なく放った。
「どうして、真央を狙うのです!?」
 レインが真央を片腕に抱き、素早くその場から飛び退く。
 標的を失った光の塊は、楠葉が張った結界の視えない壁に衝突して四散した。
 エネルギーの拡散に伴い、ゴゴゴゴゴゴ……という地響きのような音が鳴り、激しい振動が異空間を揺さぶる。
 あんなに高濃度な魔法エネルギーをまともに喰らえば、人間の肉体など砂のようにサラサラと原子レベルにまで分解されてしまいそうだ。
 弾け飛んだ光を目の当たりにして、真央はゴクンと大きく唾を呑み込んだ。戦慄が臓腑の随所から迫り上がってくる。真央が無事なのは、レインが魔法で防御壁を創り出してくれているからに他ならない……。
「次は――外さない」
 レインの質問に応じる気は毛頭ないらしく、楠葉が第二波を放出しようと掌に魔法力を集中し始める。
「まったく……!」
 レインの舌打ちが真央の耳を掠める。
 驚いて、真央はレインの顔をまじまじと見上げた。レインは鋭利で怜悧な表情で楠葉を見据えている。強い怒りが彼の全身から醸し出されていた。
 普段は柔和で温厚なレインがこんなに険しい顔をするのを初めて見た。
 本気で楠葉に対して憤りを覚えているらしい……。
「出来れば、闘いたくなかったのですが――」
 レインが独り言ちながら真央を片手で抱き寄せ、宙に身を浮かせる。
 次いで彼は、片手を自分の額に添えた。
 形の良い唇が真央には解らぬ言語を短く唱え、額に当てていた掌をゆっくりと離す。
 すると、驚くべきことに額から限りなく透明に近い青銀の刃物が出てきたのだ。それは、紛れもなくレインの体内から生み出されていた。
 刃そのものが宝石のような剣だった。
 完全に刀剣が姿を現すと、レインは少しの間、宙に浮いているそれを眺めていた。久し振りに魔法力を解放しているせいなのか、放心状態に近い虚ろな眼差しだ。
「――レイン?」
 常とは異なる雰囲気を見に纏ったレインを見て、真央は少し不安になった。
 真央の声に現実に立ち返ったのか、レインの身体が小さく震える。
「闘いたくないなら――さっさと消えろよ」
 楠葉が二撃目を繰り出す。
 同時に、レインの手が銀細工の柄をひしと握り締めた。
 眩い金色の光が、真央の視界を奪う。
 急激に身体の浮上を感じて、嘔吐感が込み上げてくる。
 レインが楠葉の攻撃を回避するために、宙を蹴り、跳んだのだろう。
 気持ち悪さに必死に耐えるように真央はきつく目を瞑り、レインにしがみついた。
 フッと浮上感と疾走感が消失する。
 目を開けた時には既に視界は正常に戻り、真央はレインに抱かれたまま楠葉の真正面に移動していた。
 レインの剣が一片の躊躇もなく楠葉の右肩に振り下ろされる。
 華々しく血飛沫が舞った――


「うわぁぁぁっっっっ!!」
 焦燥も露わに叫び、楠葉が後ろに飛び退く。
 着地した瞬間、切断された右腕がポタリとコンクリートの床に落下した。
 地に転がる腕と肩口の切断面から夥しい量の血が流出する――
 真央は反射的にレインの胸に顔を埋めていた。
 楠葉の血に塗れた凄惨な姿を見ていたくなかったし、それを冷徹に実行したのがレインだということも考えたくなかった。
 楠葉がどんなに嫌な男でも、レインに他人を傷つけてほしくない。
 真央を助けるためにやったのだ――と、すんなり割り切ることが出来ればいいのだが……。感情というものは、そんなに単純な構造ではない。
 真央の複雑な心境を汲み取ったのか、抱き締めるレインの腕に力が加わった。
「真央を傷つけたら、これくらいでは済みませんよ」
 凜とした声でレインが楠葉に宣告する。
「――ちっ……! あんた、その額の三つ紋――くそっ、女王の近衛かよっ……!」
 楠葉の忌々しげな声が響く。
 その言葉に気を引かれ、真央は面を上げた。
 楠葉の指摘通り、レインの額にはルビー色の紋様が浮かび上がっている。
 小さな◆が三つ――三角形を形成するように並んでいる。
「王族の傍に遣えていたのは事実です。けれど今は、真央の魔法使いです」
「女王の近衛って……もしかして、レインって故郷では偉い人なの……?」
 真央は当然の疑問を呆けたように唇に乗せていた。
 楠葉の言う《女王》とは、《魔法の国》を統べる唯一無二の存在である女帝のことなのだろう。その女王の傍仕えだとしたら、レインもかなり高位の魔法使いということになる。
「偉いし、強いぜ」
 真央の質問に対して、レインではなく楠葉が自棄気味に応える。右肩の傷口を左手で押さえながら、彼はじっとレインを見つめていた。
「オレたちの額にある紋章は、そのままレベルを表す。五つ紋は、神聖なる女王陛下ただ一人。で、三つ紋の上は、四つ紋――つまり女王の一族しか残されていない。女王の一族ったって、それほど数がいるワケじゃないから、あんたの魔法使いは上から数えた方が早いほどスゲー奴ってコトになるな、葉月さん」
 揶揄混じりの楠葉の台詞に、レインの秀麗な顔が微かにしかめられる。
「もう昔の話です。――ですが、三つ紋の私と二つ紋のあなたでは力量は確かに異なります。それはあなたも重々承知のはずです。この場は大人しく引いて下さい」
 レインが諭すように口調で楠葉に語りかける。
 気づけば、楠葉の額にも紋様が鮮明に浮かび上がっていた。◆が二つ上下に並んでいる。レインより一つランクが下だということの明確な証だ。
「これ以上、真央に手出ししないと約束して下さい」
 レインは宙に浮いていた身体を地面に落ち着けた。
 そんなレインを楠葉は困惑気味に眺めている。彼が戦意を喪失したのは、迷いに揺らぐトパーズの輝きが示していた。
《魔法の国》における決まり事などの詳細は知らないが、真央にもレインとの力の差に楠葉が愕然としているのは察することが出来た。
「怖い思いをさせてしまって、すみません。――帰りましょう、真央」
「う、うん……でも、腕が――――」
 レインに対して頷きながらも、真央は斬り落とされた楠葉の腕から目が離せなかった。
 魔法使いとて人間と同じく痛みはあるだろうし、負傷した楠葉をこのまま放っておくのは妙に気が咎めたのだ。
「心配には及びません。彼ならすぐに自分で元通りに治せますよ」
 杞憂を晴らすように告げ、レインが真央の腕を引く。
 楠葉の創り出した異空間を破砕するために、レインの手が目に視えない壁に添えられる。
 刹那、結界内に凍てついた風が吹き、背後に楠葉以外の者の気配が生じた。
 背筋に得体の知れないおぞけを感じて、真央は慌てて楠葉の方へ向き直る。
 黒き麗人がいた。
 冷たい微笑みを整いすぎた顔に刻み、静かにこちらを見つめている。
 真冬の夜のような冷気を纏った少年。
 彼は、大量出血で青ざめた楠葉の顔にチラリと視線を向け、場違いのようにひどく軽やかな調子で言葉を唇に乗せた。
「おや、楠葉――腕が取れてるよ」
 少年の手がコンクリートに放置されている腕を悠然と拾い上げる。
 斬り落とされた楠葉の手に愛しげに口づけると、彼は妖冶な笑みを美顔に広げた。



     「12.ブラックプリンス」へ続く



 
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2010.10.02 / Top↑
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