ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 夜空を満月が彩っている。
 その輝きが赤味を帯びていることに幾ばくかの憂慮を抱きながら、有馬美人は如月家の前までやって来た。見ようによっては、月が裡側から血に染められているようにも感じられる。今宵の月は、何故だか常よりも禍々しい光を放っているようだった……。
 ――魔王覚醒のせいかな……。
 神族と対立する魔族の長――魔王が現世に甦ったことは間違いない。しかも、榊の本家がある同じM市内で。
 おかげで静穏だった街は目に見えぬ不快な瘴気に包まれている。運悪くそれに当てられた鋭敏な感覚の持ち主は、心身に多少なりとも影響を受けているはずだ。榊葵や自分のように……。
 ――葵さんと茜さんに大事がありませんように。
 胸中で大切な従兄たちの無事を祈り、美人は月から視線を外した。
 如月家を取り囲む塀伝いに裏門を目指す。
 離れの真裏辺りまで来て、不意に美人はハッと息を呑み、足を止めた。
 薄暗い路地に人影を発見したのだ。
 月明かりに照らされる端整な横顔には見覚えがあった。
 数日前に同じ場所で遭遇した不可思議な青年――久我条蓮だ。
 彼に女性と間違えられた挙げ句ナンパされたことを思い出し、美人は柳眉をひそめた。
 魔族の中でも高位に位置するだろう青年は、今宵もそれらしい雰囲気を全く醸し出していない。
 つと、蓮がこちらに首を向ける。
 蓮の瞳が真っ直ぐに美人を射た瞬間、ビクリと身体が震えてしまった。焦りが胸から全身へと広がってゆく。
 だが、冷静に考えてみると、今の美人は女装ではなくちゃんと男の格好をしているのだ。あの時の姉たちのメイクと衣装による変身は完璧だった。いつぞやの女装姿と現在の美人の姿を結びつけることは容易ではないだろう。
 ――大丈夫。あの夜の僕は、僕であって僕ではないし……向こうは気づいてないはず。
 美人は深呼吸を一つし、固まっていた足を動かし始めた。
 仮に気づかれていたのだとしても白を切り通せばいい。
 素知らぬ態度で蓮の脇を通り過ぎる。
「やあ――」
 だが、一瞬後には後ろから腕を捕まえられていた。
「また遭ったね、有馬美人くん」
 笑みを含んだ蓮の声が耳に浸透する。
 美人は正体を見抜かれた驚きに、勢いよく蓮の手を振り払い、彼を振り返っていた。
 蓮の整った顔には美人の反応を愉しむような微笑が広がっている。
「どうして――判ったんですか?」
「調べたから。聖華学園高等部所属。有馬家の嫡男で、天主・榊葵の従弟。そして、如月祐介氏の甥っ子に当たる。――違うかい?」
 悪びれもせずに蓮はサラリと告げる。
「違いません。ですが、あなたが僕のことを知っていて、僕があなたのことを知らないのは、少し不愉快な状況です」
 美人が冷ややかな言葉を返すと、蓮は大仰に肩を聳やかした。
「名刺、ちゃんと渡したはずだけど? もしかして――この前のことを根に持っているのかな? アレは君がまさか男だなんて思わなかったからだよ。もうしないから安心していい。――オレは、久我条蓮。今更名乗るのも変な気分だけど、条家久我条の当主だ」
 蓮が堂々と身分を明かした直後、
「――《雷師》」
 美人は半ば反射的に己が分身の名を口ずさんでいた。
 転瞬、左手の中指に填めていたヘマタイトの指輪が日本刀へと姿を変える。
 美人が柄を握った途端、刀――《雷師》の刃は青白い冷光に包まれた。
「ア……レ……? ちょっ……ソレ、普通の刀じゃないよねっ!?」
《雷師》を一目見るなり蓮がギョッと目を見開き、身軽に後方へ飛び退ける。
「オレの気のせいなのかな? その刀、《魔封じの剣》に見えるんだけど? 先々代天主・聡子――君のお祖母さんの愛刀じゃなかったかな?」
 蓮の視線は《雷師》に据えられている。その口元が微かに引きつっていた。
「気のせいじゃありません。永らくお祖母様の愛刀でしたが、今は――巡り巡って僕が主です。《魔封じの剣》やお祖母様のことを知ってるなんて、本当に連綿と続く久我条家の当主なんですね……」
 美人は黒曜石のような双眸をひたと蓮に向けた。
 榊本家の先々代当主――榊聡子は、母方の祖母に当たる。
 彼女が魔族退治のために使用していたのが、美人が手にしている《魔封じの剣》なのだ。今は主である美人の雷系の神力が反映されているため、《雷師》と呼称されることが多い。美人は聡子が闘っている姿を目にしたことはないが、おそらく祖母が操っていた時には別の属性を備えていたのだろう。
 しかし、属性は異なるが根本的な能力は同一だ。
 魔封じ――その名の通り《魔族を封じる》ために生まれ、鍛えられてきた刀なのである。
 持ち主によって《魔封じの剣》は姿を変える。なので、瞬時に美人の刀が《魔封じの剣》だと悟れる魔族は滅多にいない。
 一見しただけで正体を見抜けるのだから、やはり蓮は強い能力を秘めた魔族なのだ。
 立ち居振る舞いも喋り方も何処となく飄々としているが、それは久我条蓮の本質ではないのだろう。見かけ通りの軟派で軽薄な男だと思っていると、痛い目に遭う畏れがある。
 美人は気を引き締め直し、《雷師》を青眼に構えた。
「えっ? いや、オレ、君と闘う気なんてないし――確か、その刀に心臓貫かれると変な珠に封じ込められて、永久に出て来られなくなっちゃうんだよね? それは困るな」
 蓮の頬が更にピクリと引きつる。
「本当によくご存じで……」
 美人はやにわに蓮との距離を詰めると、《雷師》を振り下ろした。
「うわっ! だから、君と争うつもりはないって言っただろ!」
 蓮が俊敏な身のこなしで美人の攻撃をヒラリと躱す。
「あなたが魔族だと判ったからには、このまま見過ごすわけにはいきません」
 蓮が逃げた先を狙って、美人は《雷師》を水平に薙いだ。
「そこを何とか見逃してほしんだけどな!」
 青白く輝く刀身を受け止めようと蓮が片腕を上げる。
 刃が蓮に触れる直前、ズンッと《雷師》が重くなった気がして、美人は恟然と動きを止めた。
 ――《雷師》が嫌がってる? 彼を斬るな……と?
 美人は胸中で自問した。
 斬るのを躊躇ったのは明らかに《雷師》の意思――延いては美人の潜在意識だ。
「おっ、やっと言葉が通じたのかな?」
 袖に触れるだけに留まっている《雷師》を見下ろし、蓮が安堵の息を吐く。
「何度も言うけど、オレに闘う意思はない。君はここに用事があるんだろ? 邪魔ならオレは退散するよ」
 蓮の端整な顔に微苦笑が閃く。
《雷師》が攻撃を思い留まったということは、久我条蓮には美人に対する敵意も殺意もないのだろう。少なくとも今のところは。
 美人は《雷師》の判断を信じることに決め、不承不承ながらも刀を降ろした。
 瞬く間に《雷師》は指輪へと変化し、自ら左の中指に納まる。
 美人は無言で身を翻すと、二メートルはある塀を軽々と跳び越えて如月邸へ侵入した。





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2011.06.22 / Top↑

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「……はい、解りました。夏生はこちらでお預かりします。……はい、おやすみなさい、茜さん――」
 秀麗な顔に翳りを落とし、有馬美人は静かに電話の受話器を置いた。
 ――面倒なことになったな……。
 重苦しい溜息を吐き出し、くるりと踵を返す。
 面を上げると、リビングのソファーには姉の咲耶が腰かけ、優雅に紅茶を嗜んでいた。
「今の茜ちゃん? 何? デートにでも誘われたの?」
 ティーカップをソーサーに戻し、咲耶が興味津々だという眼差しを送ってくる。
 顔は美人の方へ向いているのに、片手は膝に載せられたスケッチブックにしっかりとペンを走らせていた。美形男子同士の恋愛を妄想することが何より大好きな咲耶は、暇さえあれば美少年や美青年を描く練習をしているのである。
「……違います」
 咲耶の手が凄まじい速度で紙面を滑るのを眺めながら、美人は苦々しく応じた。何でもかんでも自分が愛して止まない禁断の世界へ引き摺り込もうとするのが、咲耶の悪い癖だ。
「智美姉さんは?」
 リビングをザッと見回した美人は、もう一人の姉――智美の姿が見えないことに気づき、首を傾げた。
「智ちゃんは、裏山の滝に精神統一しに行ってるわよ」
「えっ、こんな時間にですか?」
 美人は軽い驚きを覚え、目をしばたたいた。
 M市有数の資産家である有馬家は、本邸から少し離れたところに小さな山を所有しているのである。小ぶりの山だが、見事な竹林と清廉な滝が美しい。
 武芸の鍛錬や滝に打たれるには最適な山だが、今はもう夜の十時過ぎだ。暗い山中など、うら若き女性が一人でいるべき場所ではない。
「心配しなくも大丈夫よ。智ちゃんに勝てる男は、このM市じゃ葵ちゃんと茜ちゃんだけ――あー、もしかしたら茜ちゃんも本気の智ちゃんには負けちゃうのかなぁ? 智ちゃん、女にしておくのはもったいないくらい超絶カッコイイしねぇ」
 咲耶が口の端に微笑を刻み、冗談とも本気ともつかない口調で告げる。
「自分と同じ顔の姉をよくそこまで待ち上げられますね? とにかく、しばらくして帰って来なかったら、必ず誰かを迎えに行かせて下さいね」
 美人は咲耶の双子愛に少々辟易としながら言葉を紡いだ。
 咲耶がBL好きの腐女子に成長したのは、男勝りな智美が常に傍にいたのも一因しているのかもしれない。物心ついた時から男よりも漢気のある智美がいたのでは、現実世界の男子に興味を抱けなくなるのも頷ける気がする……。
「――アラ? 美人は迎えに行ってくれないの?」
 咲耶が鉛筆を握る手を止め、不思議そうに訊ねてくる。
「僕は別の用事がありますので……。咲耶姉さんは車を榊家に手配してくれませんか?」
「本家に車?」
「はい。夏生をしばらく預かります。葵さんが情緒不安定で……巧く力を制御できないようです。茜さんや夏生にまで《天晶》が攻撃をしかけてくるみたいです。何者かに心を惑わされ、混乱させられているとしか思えませんね」
 美人は神妙な顔で咲耶に事情を説明した。声音は自然と渋いものになってしまう。
 葵を惑乱させることが出来る者など、ごく少数に限られる。
 メリットからいけば如月祐介だが、彼が今更そんなことをするとも思えない。
 魔族の中でも強い力を有する条家の者たちも目立った動きを見せていない。
 魔王の側近である一条遙は、魔族にしては珍しく温厚な性格であり、争いごとを好まないと聞く。
 女だけの一族――妖鬼族の妖魅王にも葵を陥れる利点はないはずだ。
 無論、茜は論外だ。
 そうすると、残りはただ一人――
「ここ数日、市内の氣が乱れてましたし――魔王が覚醒したのかもしれませんね」
 美人が推測を口にすると、咲耶は真顔で頷いた。智美は精神統一のために滝へ向かったというし、姉たちも神族の鋭敏な神経で不穏な気配を掴み取っていたのだろう。
「咲耶姉さんは夏生を迎えに行ってあげて下さい」
「だから、美人は何処へ行くのよ?」
「如月の叔父さんの所へ行ってきます。やっぱり例の離れが気になりますから」
 淡々と告げて身を転じる。
『気をつけて』という咲耶の声を背に、美人は有馬家を後にした――




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2011.06.15 / Top↑
     *


 黄金色の輝きがドアの隙間から洩れている。
 それを目視した瞬間、榊茜は脚を止めていた。驚きと焦り――そして、不安が一気に胸に押し寄せる。
 光の流出源は、双子の兄の私室だったのだ。
 金色の光輝は葵の神氣を顕している。
「――葵? 《天晶(てんしょう)》を制御できないのか……!?」
 思わず驚愕の声が洩れる。
 葵は神族を統べる天主だ。
 一族の中で誰よりも高い能力を秘めているはずの葵が、身の裡に宿る神氣をコントロール出来ていない。
 茜の記憶違いでなければ、こんなことは今まで一度もなかったはずだ。
 大切な兄の身に何事か良からぬことが起こっている。
 そう察するなり茜は再び足を動かし始めていた。
「葵?」
 双子の名を呼びながらドアノブに手を伸ばす。
 次の瞬間、バチッと指先に電流のような刺激を感じて、茜は咄嗟に手を引っ込めていた。ほぼ同時にドアが独りでにバタンッと開き、そこから勢いよく黄金色の光が射出される。
「――う…わっ……!?」
 茜は反射的に身を躱していた。
 室内から溢れ出た光が壁に衝突して、散り散りに弾ける。
 キラキラと輝く黄金の粒子は傍目には美しいが、連発されては家が崩壊してしまう。
 べっこりと凹んだ廊下の壁を見遣り、茜は口元を引きつらせていた。
「ちょっと茜ちゃん! どうしたのっっ!?」
 階下で慌ただしくドアが開閉する音と妹の甲高い叫びが響く。
 階段を駆け上る荒い足音が近づいてきたかと思うと、フワフワの髪を靡かせて末っ子の夏生が廊下に飛び込んできた。
「キャアッ! 何なの、この壁のヘコみ!? ――あっ、まさか、茜ちゃんが殴ったんじゃないでしょうね!?」
 夏生の疑惑の眼差しが鋭く茜に突き刺さる。
 葵よりも茜の方が雑で短絡的なイメージがあるらしく、妹には何かにつけて茜を疑う悪癖があるのだ。日頃の行いが悪いからだ――と言われればそれまでだが、茜にとっては釈然としない話である……。
「いや、俺じゃないからな――」
 慌てて妹の誤解を正そうとして、茜はハッと口を噤んだ。
 再び葵の部屋から強い神氣を感じたからだ。
「夏生っ!」
 茜は夏生の腕を取り、力任せに引き寄せた。
 夏生を腕に抱いた直後、黄金色の輝きが廊下を射る。
 先ほどと同じ場所に的中した氣の塊は、またしても壁をザックリと抉り――消散した。
「ええっ、コレ、葵ちゃんの《天晶》なのっ!?」
「そう……何でか暴走中です」
「ちょっ……次、当てられたら壁を貫通して隣の家まで破壊しちゃうんじゃないのっ!?」
 ようやく事態を呑み込んだらしく、夏生が逼迫した表情で茜を見上げる。『多分な』と茜が簡素に応じると、妹は勢いよく茜の腕から飛び出した。
 スカートのポケットから愛用のカードを取り出し、夏生は開け放たれたドアから葵の私室を覗き込む。
 茜も妹に倣って室内に視線を巡らせた。
 葵はベッドに俯せなり、苦しげな表情でシーツを握り締めていた。
「うわぁぁっっっ、葵ちゃん! 《天晶》が翼になってるんだけどっ!?」
 夏生が目を見開き、恟然と裏返った声をあげる。
 妹の言葉通り、葵の背からは金色の翼が四枚生えていた。葵の嗜好なのか、元々《天晶》は鳥の姿で具現化されることが多い。だから、制御不能に陥っている今でも自然とそれに近い姿をとっているのだろう。
 全身に淡い輝きを纏い、背から光の翼を突き出している葵は神々しいが、同時に何処かグロテスクでもあった……。
「依姫(よりひめ)、葵ちゃんのアレ――暴走止められる?」
 夏生がフッと手にしたカードに視線を落とし、問いかける。
 すると真っ白だった紙面に、十二単を纏った美しい女性が浮かび上がった。夏生の神力の分身である《玉依》だ。
『……口惜しいが、妾では無理ぞえ』
 開いた扇で口元を隠し、玉依が面目なさそうに告げる。
「え? タマでも無理なのかよ!?」
 茜が驚いた顔でカードに視線を流すと、玉依の美しい眉が勢いよく跳ね上がった。
『また妾を《タマ》と呼びおったな! いい加減にせぬと、いくら穏和な妾でも榊の血筋を見限るぞえ』
「あー、悪い……。タマ――ヨリ様でも無理なことがあるんだな、って意外に感じただけだよ。俺たちいっつも玉依様に助けて貰ってるし、物凄く頼りにしてるからさ」
 妹の目が無言で『謝れ』と訴えてくるので、茜は『どこが穏和なんだよ!?』とツッコミたい衝動をグッと堪えて、玉依に謝罪した。
 すると、呆気なく玉依の柳眉が元の位置に戻り、スッと扇が下がる。
『よく解ってるではないかえ。茜も愛いところがあるのじゃな』
 茜を見つめて玉依の朱唇が嬉しげに弧を描く。だが、それはすぐに引っ込められた。
『しかし――《天晶》が相手では妾の出る幕はないぞえ。正直、ここから出ることさえ嫌じゃ』
 真摯な眼差しが茜と夏生に向けられる。
 どうやら暴走した《天晶》を止めるには至難の業であるらしい……。
「誰か――神降ろしした方がいい?」
 夏生が困惑気味に玉依に訊ねる。
『……《天晶》が相手だと知れれば、力添えしてくれる神は一柱もないと思うぞえ。それよりも――すぐそこに最高の適任者がおるじゃろう』
 玉依の視線が迷わずに茜を見据える。
「やっぱ――俺が行くしかないよな。……まあ、そのための俺だし」
 茜は玉依に向かって溜息を一つ落とすと、葵の私室へ足を踏み出した。
「あっ、そっか! 《朔(さく)》を《望(ぼう)》に変えるの、茜ちゃん!?」
 茜の真意を素早く汲み取ったらしく、夏生が声を弾ませる。
「今夜は満月みたいだし、たまには《朔》も輝かせてやらないとな。――神氣が外に洩れないように、結界は任せたからな、二人とも」
『――承知』
「りょーかい! 行くわよ、依姫!」
 夏生が手首を翻すと、手の中のカードは一瞬にして増殖していた。
 夏生が鮮やかな手つきで、己の神力を込めたカードを部屋の四方八方へと飛ばす。
 室内の十六方位に配されたカードから金色の光が陽炎のように立ち上る。夏生の力が葵の部屋を包み込み、外界からそこだけを隔絶させたのだ。
 これで葵の力が暴発しても隣近所に迷惑をかけることはないし、茜も心置きなく《朔》を振るうことが出来る。
 茜は右手を口へ運ぶと、躊躇わずに親指の腹を噛んだ。
 血の味が口内にジワリと広がる。
「――《朔》」
 唇から指を離し、茜は己の分身の名を呼んだ。
 間髪入れずに掌が青紫の冷光を宿し、親指から滴る血液が漆黒の刀へと姿を変える。
 茜が黒塗りの柄を握った時には、不思議と指の流血は止まっていた。
 手の中に慣れ親しんだ刀の存在を感じるなり、茜は葵が臥せるベッドに向かって駆け出していた。
 葵の背から突き出た四枚の羽が不吉に揺らめく。
 転瞬、黄金の神氣が茜目がけて撃ち出された。
「茜ちゃんっっっ!!」
 背後で夏生の悲鳴があがる。
 茜は咄嗟に《朔》跳ね上げ、金色の輝きを刀身で弾き飛ばしていた。
 軌跡を変えた光の筋が天井へ激突し、派手に金の粒子を撒き散らして――消える。
『何という光の強さじゃ……! 妾でもあと二つ三つ受けるのが限度ぞえ、茜』
 夏生が張り巡らせた結界が激しく波打ち、何処からともなく玉依の苦り切った声が響いてくる。
「解ってる! すぐに終わらせる」
 茜は一つ頷いてから床を蹴り、一気にベッドへと跳躍した。
 葵の身を突き破らんばかりの勢いで生えている翼を《朔》で斬り落とす。
 だが、それらは消滅することなく、直ぐさま《朔》の刀身に絡みついてくるのだ。
「――つッ……くそっ!」
 柄を握る掌がビリビリと震え、肩がギシッと小さな悲鳴をあげる。
「……葵っ! 大丈夫か、葵!?」
 茜は身を襲う苦痛に耐えながら双子の兄に左手を伸ばし、その肩に触れた。
「……あ……かね……?」
 葵の瞼が震え、次いで潤んだ眼差しが茜を捉える。
 ――よかった。意識はある。
 茜はホッと胸を撫で下ろした。
 片割れはまだ自分の知っている葵のままだ。
「葵――半分寄越せ」
 茜は片手だけで葵の身体を仰向けると、そっとその上に乗り上がった。
「……茜、《天晶》が――!?」
 額に冷や汗を浮かべた茜を見上げ、葵が驚きに目を見開く。己の神力の分化である《天晶》が、茜を攻撃している状況が信じられないのだろう。
「どっかで嫌な奴が目醒めたせいで、荒れ狂ってるみたいだな」
「ああ……そうか、魔王が起きたから……調子悪いのか……」
 葵が眉根を寄せる。
 その唇から苦悶の呻きが洩れるを聞いて、茜も眉をひそめた。双子の片割れが自分以外の者に心を煩わせたり奪われたりするのは、決して面白いものではない。はっきり言うと、至極不快で腹立たしかった。相手が対立する魔族の長なら尚更だ。
「調子悪い――ってレベルじゃないだろ? アイツのせいで制御できないなら、俺に半分移せよ」
 茜は空いている左手を葵の右手に重ね合わせた。繋いだ手を離さぬように、キュッと指を絡ませる。
「けど、それじゃ茜が――」
「《朔》に吸わせるから問題ない。半分くらいなら神氣を移しても平気だろ」
「ごめん、茜……」
「謝るな。葵が苦しむのを目の当たりにするくらいなら、痛みを分かち合った方が遙かにマシだ」
 茜は揺るぎない決意を秘めた眼差しで真っ直ぐに葵を見つめ、絡めた指に力を込めた。
 一拍の間を措き、葵の手がゆっくりと茜の手を握りかえしてくる。
「《朔》――吸収しろ」
 茜が簡素に言葉を紡ぐと、《朔》に絡みついていた《天晶》の輝きがスーッと刀身に吸い込まれてゆく。
「――くっ……!」
 手にした柄から《天晶》の凄まじい光の波動が伝わってくる。茜は奥歯を噛み締めて、その衝撃に耐えた。一族の天主である葵の力は強大で、双子の茜でさえも受け止めるのはかなりの苦痛を伴う。
「茜、やっぱり無理なんじゃ――」
 手を引こうとする葵を軽く睨めつけ、茜は握り合わせた手をしっかりとシーツの上に固定した。
「無理じゃない。おまえを護る鞘――それが俺の存在意義だ」
 茜はきっぱりと断言すると、《朔》に意識を集中させた。
《朔》の最大の利点――それは、他者の神力を吸収し、己の力として使用出来ることにある。神氣を吸収した時の《朔》は、漆黒から金色へと変貌するために茜は月の満ち欠けに擬えて《望》と呼び改めていた。
《朔》の黒き刀身が見る間に金色に染められてゆく。
「俺は大丈夫だから、おまえの神氣――たっぷり喰わせろよ、葵」
 茜は不敵に微笑んでみせると、より一層繋いだ手に力を加えた。
 ふと、ベッド脇の窓に視線を流すと、夜空に浮かぶ大きな満月が見えた。
 不可思議なことに月はほんのりと朱色に染められている。
 まるで血に彩られた魔王の復活を祝福しているかのようだ……。
 ――悪いけど、あんたに葵は渡さない。
 茜は決然と満月を睨み据えると、神氣を受け続ける激痛に耐えるために金色の光輝を放つ愛刀をベッドに突き刺した――


     *


90000打、ありがとうございます.゚+.(´∀`*).+゚.

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2011.06.08 / Top↑
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