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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Sat
2009.09.26[10:41]
    *


 宿へ到着し、アナンを客室へ送った後、グラディスは割り振られた部屋へと向かった。
 一階の角部屋がグラディスとユージン、その隣をアナンとレイジィが使用している。
 寝台が二つ並んでいるだけの簡素な室内に足を踏み入れた途端、グラディスは盛大な溜息を洩らした。
「生涯星守人、か……。僕にはそれを覆すことはできそうもないね。そんな気概も根性も疾うに喪っている最低の男――それが僕だ」
 グラディスは寝台に腰かけると、髪を結わえていた紐を解き、渋い表情で室内を眺めた。
 ――どうせなら最低の男らしくアナンを押し倒して、強引に既成事実を作ってしまおうか。
 不埒な思考が脳内を巡る。
 だが、それを実行することは到底無理だ。
 アナンは星守人であることに誇りを持ち、星守人として生を全うすることを望んでいるのだ。
 星守人としての矜持を傷つけられ、清らかだった身を穢されれば、彼女は嘆き悲しむだろう。
 悲嘆に暮れる彼女の姿など見たくはないし、それによって自分が彼女に憎悪されることにも耐えられない。
「僕は今も……昔と変わらず臆病者だ」
 再び唇から溜息が零れ落ちる。
 直後、室内に異変が生じた。
 部屋の隅の空間が奇妙に歪曲したのだ。
 グラディスは素早く表情を引き締め、鋭い眼差しでそちらを睨んだ。
 奇異なことに捻れた空間は真紅の物体を吐き出すと、瞬く間に元通りに戻った。
「何故、シアへ入国したのです?」
 突如として、若い男の声が室内に響く。
 グラディスは思い切り眉をひそめ、紅い闖入者を眺めた。
 空間の歪みが消えた後に出現したのは、二十代後半と思しき男だったのだ。
 鮮やかな真紅のマントが男の存在を誇示している。
 彼の額で輝く金環と胸元を彩る竜を刻んだ紋章を確認して、グラディスは苦笑した。それには嫌というほど見覚えがある。竜は生国アダーシャの象徴だ。
「時折視線を感じるとは思っていたけれど、おまえだったのか、ガレル」
 男――ガレルが空間を裂くようにして出現したことに驚きはなかった。
 彼ならば造作もないことだ。彼は一流の魔術師なのだから。
 ガレルはグラディスに視線を定めたまま寝台まで歩み寄ると、その場に跪いた。
 グラディスの片手を取り、恭しく手の甲に口づける。
「お久しぶりです」
「よせ。僕に触るな」
 グラディスは反射的に男の手を振り払った。
「五年も前に失踪した僕にまだ監視をつけるなんて、アダーシャも暇なんだね」
「監視ではありません。護衛です」
 跪いたままのガレルが生真面目に応える。
 その反応が不愉快で、グラディスは眉根を寄せた。
 不機嫌も露わに口調を一変させる。
「護衛など必要ない。鬱陶しいから消えろ。それから――ユージンに恨みがましい視線を投げつけるのも止めろ」
「しかし、あの小僧が我々からあなたを奪い、強引にシアへと――」
「彼は僕の友人だ。悪し様に罵ることは許さない。シアへ来たのは僕の意志だし、おまえが心配する必要はない。僕を監視するよりも他にもっとやるべきことがあるだろう。さっさとアダーシャへ帰れ」
 ガレルの言葉を厳しく遮り、グラディスは投げ遣りに顎を刳った。
「何度でも言いますが、決して監視などではありません。私はあなたを護るために、常にあなたの傍に在るのです。あなたを守護すること――それが国王陛下から賜った使命です」
「僕はとっくに全てを捨ててるんだ。陛下にも僕のことは諦めて下さい、って伝えておけ」
「全てを捨てたつもりでいるようですが、あなたは死ぬまでアダーシャからは逃れられないのです。あなたが背負っているのはロンデル公爵家であり神の血を引くアルディス聖王家――延いては千年王国アダーシャなのです」
「重い、暗い、仰々しい。本当にしつこいなぁ。僕は家に戻る気なんてないからね。帰れば、母上の狂気が増すだけだ。母上のためにも僕は死んだことにしておいた方がいいんだよ」
 グラディスがうんざりした視線をガレルに注ぐと、彼は心底悲しげな眼差しを返してきた。
「ご生母様は毎日あなたのために花を飾り、創世神マイセに祈りを捧げています」
「それは結構。母上は僕を殺したと思ってるんだから、これからもそう思わせてあげなよ」
「しかし、現実にあなたは生きています。公式にもあなたは重い病のために王室行事には参加できない、ということになっております」
「そんな誤魔化し、いつまでも突き通せるわけないだろ。この前、どこかの伯爵とやらに遭遇したけれど、巷の噂でも僕は五年前に死んだことになってるみたいだよ。まっ、僕にとっては有り難い死亡説だけどね。さっさと僕の死を正式なものとして発表してしまえばいいんだ。家だって、弟か妹に継がせればいいだろ」
「王太子殿下が病床に就かれました」
「――はあ?」
 唐突に話題を切り換えられて、グラディスは一瞬呆気に取られた。
 話の流れが読めない。
「容態は芳しくありません。殿下は生まれつき心臓の悪いお方です。殿下に万が一のことがあれば、次代国王となるのはあなたです」
「冗談だろ。どうして僕が? 僕は玉座になんて興味はないし、絶対に戻らないよ。おまえは、僕にまた……母上に殺されろというのか? あの、ろくでなしの貴族どもに嬲り者にされろ――と? おまえが僕にそれを望むのか?」
「私の意志ではありません。帰国は王命です。あなたの身は、私が必ずお護り致します。ですから、どうかアダーシャへお戻り下さい」
 ひどく真摯に訴え、ガレルは深々と頭を下げる。
 グラディスはそんな彼を複雑な想いで眺めていた。
「僕は五年前に死んだんだ。決意して家を出た。陛下はそれを黙認した。五年も放っておいたくせに、今更都合よく呼び戻せると思うなよ。……どうして放っておいてくれないんだ? 僕一人いなくなったところで国益が損なわれるわけじゃないし、千年続いた国が傾くはずもない。王太子だって死んだわけじゃないんだから、僕が戻る必要性は全くない。僕は、もう二度と王位継承争いに巻き込まれたくないんだよ。アルディス聖王家の王冠なんて少しも欲しくはない」
「あなたの言い分もよく解ります。……聞いてしまったからには、あなたの意に反してまでアダーシャへ強制連行するつもりはありません」
「まるで僕の味方みたいな口振りだね」
「五年の間にすっかりお忘れになったようですが、私は常にあなたの味方であり守護者です。今すぐ国へ戻れとは言いませんが、せめてシアを出て下さい。この国は星戦の最中で危険ですし、我が国の隣でもあります。あなたの素性を知っている者がいるかもしれません」
「その点は平気だよ。アダーシャ国内でも僕の顔を知る人間は少ないんだから」
「あなたは、ご自分の容姿がどれほど人目を惹くのか理解していないだけです」
「三年も傍にいるユージンが気づかないほど、僕の知名度は低いよ」
「あのような下賤の者が、あなたの顔を知るはずがありません。しかし、シアの貴族の中にはあなたを見知っている者もいるでしょう」
「ユージンを侮辱する発言は許さない、と言ったはずだよ。――もう僕のことは構わなくていいから、アダーシャへ帰ってくれ。できることなら、その顔を二度と僕に見せるな」
「アルディス聖王家よりもあの小僧を選ぶのですか?」
「ユージンのことは関係ない。あまり鬱陶しいと、いい加減僕も本気で怒るよ」
 グラディスは大仰に溜息を吐き、ガレルから顔を背けた。
 これ以上は話す意志がないことを明示するために寝台から立ち上がり、窓際へと移動する。
「国内では王太子殿下を廃して、あなたの立太子宣言を企てる不穏な動きもあります」
「だから、僕は死んだ、とさっさと発表すればいいんだ。僕はお飾りとして担ぎ出されるのは嫌だからね。浅ましい貴族どもの餌食にはなりたくない」
 グラディスはきつく眉根を寄せ、苛立たしげに吐き捨てた。
「僕はアダーシャを捨てた上に、ユージンが王になるのを見届けると約束した。その約束を反故にする気はない。僕のことは諦めるか忘れるかしろ。解ったなら消えろ、ガレル」
 冷徹に言い放つ。
 窓硝子に映り込んだガレルが面を上げ、痛切な視線を注いできた。
「五年前、我ら魔法剣士は死にかけていたあなたの生命を救いました」
「僕は助けてほしいと頼んだ覚えはない。寧ろ死を望んでいたんだ。なのに……おまえたちは僕を死なせてはくれなかった」
「あなたは今でも私を恨んでいるのですね。生き長らえたことに絶望し、あなたは全てを捨ててしまわれた。しかし、あの時の我らは――少なくとも私は、あなたに生きていてほしかったのです。その想いは今でも変わりません」
「黙れ。僕の前から消えろ」
「それは御命令ですか?」
「――命令だ」
 僅かな逡巡の末、グラディスは酷薄に告げた。
 全てを捨てたといいながら高圧的に命令を発する自分――ひどい矛盾だ。
 しかし、今は一刻も早くガレルを退けたかった。アダーシャ王家に繋がる存在を遠ざけてしまいたい。
 忌まわしい過去もかつての栄光も、今のグラディスには無用のものなのだから……。
「あなたの御命令ならば、私はいつでも喜々としてそれを受け入れるでしょう。どうか、それだけはお忘れなく」
 懇願にも似た言葉を残し、ガレルの気配は突如として消失した。魔術を駆使して空間移動したのだろう。
 グラディスは胸に芽生えた暗澹たる気持ちに唇を噛み締めた。
 窓に映る己の姿を忌々しげに睨み据える。
「……死んでしまえばよかったのに」
 自嘲の言葉が零れる。我知らず口の端が神経質に歪んだ。
「自害する勇気もなく、こうして生きていること自体がおかしいんだ。僕はあの時、死ぬべきだった。どうして、しっかり止めを刺してくれなかったのですか、母上――」
 呻きにも似た呟きが喉の奥から迫り上がってくる。
 グラディスは窓に映る己に向けて両手を伸ばし、その頸を絞める真似をした。
「おまえなんて死んでしまえばいいんだ」
 歪んだ冷笑を刻んだまま、グラディスは何度も何度もそう繰り返した。



     「子守唄」へ続く



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