ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- / Top↑
子守唄




 夜だというにレオンの街は煌々とした光を放っていた。
 大通りの両脇には隙間なく露店がひしめいている。
 数多の店から洩れる灯火が重なり合い、通りは昼さながらの明度を保っていた。
「凄い! 市って、こんなに沢山の店と人が集まるものなのね」
 夜の市を行き交う人々を眺め、レイジィが目を丸める。
 純粋な感嘆を示すレイジィを見て、ユージンは微笑んだ。
 ユージンにとっては市など見慣れた光景だが、レイジィにとっては何もかもが初めて見る光景なのだろう。彼女は愛くるしい碧眼を大きく見開き、市の熱狂振りに見入っている。
「物が集まるところには自然と人が集まる。まっ、その逆でもあるけどな」
「ふ~ん。想像以上の盛況振りね。ねえ、あそこに珍しい竪琴を持つ一団がいるわよ」
 レイジィが甲高い声をあげてはしゃぐ。
 彼女の視線の先では、裾が地面につくほど長い青衣を纏った男女が屯していた。彼らの手には銀色に輝く二十四弦の竪琴が抱えられている。
「ああ、あれは北国ルミナスの楽師たちだな。青はルミナスの国色だし、北に行けば行くほど竪琴の弦の数は増えるらしいからな」
 アダーシャやシアなどの大陸中央部では十二弦の竪琴が主流だ。それよりも弦の数が多いということは、楽師団が北方からやって来たことを意味している。
「冬が来て国が雪に閉ざされる前に、南方へ稼ぎに来たってわけね。ところでユージン、今のはグラディスからの受け売りでしょ?」
「受け売りだと、何か不都合でもあるのかよ」
「ないわよ。ただ、グラディスって物知りだな、と思って。クシュカ族のことにも詳しかったしね」
「あいつは雑学博士だからな。――って、オイ、何で図々しく腕なんか組んでるんだよ?」
 片腕にレイジィが絡みついてくるのを感じて、ユージンは顔をしかめた。
 非難の眼差しを下ろすと、レイジィが満面の笑顔を返してくる。
「だって、はぐれたら嫌だもん。それにね、こうして誰かと腕を組んで外の世界を歩いてみたかったの。神殿では絶対にできないことなんだもん。少しは乙女の夢につき合ってよ」
「乙女――には見えないけど、好きにしろよ」
 ひどく上機嫌なレイジィを見て、ユージンは諦めの溜息を落とした。
 星守人にとって恋愛は御法度。
 今までレイジィは異性と手を繋いだことすらなかったに違いない。 
 同じ年頃の娘たちがごく当たり前に行っていることを、彼女は厳しく戒められて生きてきたのだ。外界に出でこられた今が、様々な試みをする絶好の機会なのだろう。
「ユージンって、口は悪いけど意外と優しいわよね。あたし、その性格嫌いじゃないわよ」
 レイジィが無邪気に笑い、絡めた腕に力を込めてくる。
 彼女はユージンを引っ張るようにして大通りを歩き始めた。
「さてさて、次はお隣アダーシャの小咄をひとつ。千年王国アダーシャには女神と見紛うばかりの美しさを誇る青年がおりました。彼こそがアルディス聖王家の一人、ロンデル公爵――」
 唐突に大声の口上が始まる。
 ユージンが驚いて声の方を見遣ると、どこかの一座が舞台で人形劇を披露していた。
「若きロンデル公爵は、その美貌ゆえにお妃様の嫉妬と怒りを買い、ついには猛毒を盛られてしまうのです! 哀れ、美しき公爵は生命を絶たれ――」
「あら、ロンデル公爵って、いつ死んだのよ?」
 劇の内容が気になるのか、レイジィが前進しながらも問いかけてくる。
「知らねー。何代か前の話じゃないか? 今の公爵は病気で長年臥せってる、って噂だけどな。俺みたいな庶民が大貴族のことなんか解るわけないだろ。博識なグラディスに訊けよ」
 ユージンは投げ遣りに応じた。
 自分とは別世界に住む貴族や王族のことを訊ねられても、何とも答えようがない。
「しかし! 息絶えたはずの公爵は、なんと三日後に復活を遂げ――」
「うわっ、何だか凄い作り話になってるわね。派手で面白いけど」
 レイジィが苦笑いを浮かべる。
 劇団員の声が遠ざかると、彼女は立ち並ぶ露店に忙しない視線を注ぎ始めた。
「あっ、貴族で思い出したわ! グラディスの話に戻るけど――あたし、彼をどこかで見たような気がするのよね」
 商品を物色しながら、レイジィが話題を切り換える。
「俺たちと合流する前に? 本人曰く『何処にでもある顔』だからじゃないのか」
「馬鹿ね。あんな綺麗な顔をした男が、巷に溢れてるわけないでしょう」
「そんなもんか? あいつは……確か貴族の子息だって聞いた覚えがあるな」
「やっぱりアダーシャの貴族だったんだ。で、何ていう貴族なの?」
「さあ。貴族生活に嫌気が差して家を出たってことは知ってるけど、家名なんて訊いたことはない。特に知りたいとも思わなかったからな」
「親友なのに知らないの?」
 レイジィが意外だというように片眉を跳ね上げる。
「知らないものは知らないんだよ」
 ユージンは憮然と応じた。
 三年間共に暮らしてきたとはいえ、グラディスには謎に包まれた部分が多々ある。
 友人が隠し事をしているのは明らかだが、無理に問い詰めることもできなかった。
 隠し事をしているのはユージンとて同じなのだ。自分にもグラディスに告白していない事実が幾つもある。
 如何に親友といえども無闇に踏み込んではいけない領域があることを互いに熟知している。
 それを弁えているから、この三年間自分たちは上手くつき合ってこられたのだとも思う。
「何でも打ち明けられるのが外の世界での友情だと思っていたけれど、現実にはそう単純にはいかないってことね」
 レイジィが渋い表情を湛える。
 どうやら彼女は外界に対して、多大な憧れと希望を抱いているらしい。思い描いていた理想が多少なりとも崩されてしまい、不満げな様子だ。
「まっ、いいわ。グラディスがアダーシャの貴族だと判って、少しは納得できたしね。きっとギュネイ先王の即位記念式典とかで顔を見たことがあるんだわ。超大国アダーシャの貴族なら招かれていても不思議はないもの」
 レイジィが得心顔で頷く。
 彼女の口から飛び出した『ギュネイ』という名前を聞いて、ユージンは思わず眉をひそめていた。
 ギュネイ・セラシア――この世で最も忌み嫌う男の名がレイジィの口から紡がれただけで、胸に仄昏い憎悪が湧いてくる。
「あっ、即位記念式典っていうのは、王が星に輝きを灯した日に毎年行われお祭りのことよ。近隣諸国からも王の名代として様々な貴族が祝賀に訪れるの」
 ユージンのしかめっ面の意味を勘違いしたらしく、レイジィが素早く説明を添える。
「なあ、星守人っていうのは国王に直に逢ったりするのか?」
「当たり前でしょう。星守人は国王の星を護るために存在してるんだから」
「ギュネイ・セラシアは、どんな奴だった?」
「何なの、いきなり質問責め? あなたの思考回路ってよく解らないわね」
 レイジィが立ち止まり、胡乱げにユージンを見上げてくる。
 ユージンはその視線を真っ向から受け止め、険のある口調で更に訊ねた。
「教えろよ。ギュネイはどんな男だった?」
「王宮にいる時は賢明な王様。それ以外の時は……そうね、ただのおじさんよ」
 ギュネイに纏わる何事かを思い出したのか、レイジィは急に笑い出した。
「子煩悩な父親だった気がするわ。星守人の長は星守姫(セリシス)と呼ばれる女性なんだけど――今の星守姫ファ・ルシアが先王の愛娘なのよ」
「知ってる」
「先王は娘の様子を見るために、よくセラ大神殿を訪れていたわけよ。ルシアに逢っている時の先王は、娘をこよなく愛する父親以外の何者でもなかったわ」
「善き王、善き父親か……。想像するだけでも吐き気がするな」
 ユージンが小さく毒突くと、レイジィは率直に猜疑の眼差しを向けてきた。
「ユージンって、先王のことが嫌いなの? もしかして、面識があったりするわけ?」
「逢ったことはないけど、大嫌いだ」
「逢ったこともないのにそんなに毛嫌いするなんて、変な人ね」
「嫌いなものは嫌いなんだよ。あいつの話なんかするなよ。――おまえは市を楽しみに来たんだろ。時間は限られてるんだから、今のうちに好きなだけ観ておけよ」
 ユージンは強引に話題を打ち切り、レイジィの腕を引いた。
「そっちが聞きたがったんじゃない」
 レイジィが不服たっぷりに呟く。
 それを無視して、ユージンは人混みの中を突き進んだ。
 近くにあった露店で綺麗に細工された飴を買い、レイジィの手に押しつける。
「何よ、ご機嫌取りのつもり? あたし、子供じゃないわよ。――あっ、でもこの飴、凄いわね。綺麗な鳥の形になってるわ!」
 レイジィは憮然と頬を膨らませたかと思うと、一瞬後にはパッと瞳を輝かせていた。
 嬉しそうに鳥の形をした黄金の飴細工に見入っている。
 根が単純なのだろう。その顔には先ほどまでの不機嫌さは欠片も浮かんではいない。すっかり光り輝く飴に魅せられているようだった。
 そんな彼女の様子を確認して、ユージンは胸中で安堵の息をついた。
 今のユージンには、ギュネイと自分の関係を暴露する勇気がない。
 胸に渦巻く憎悪を全て吐き出してしまいたいが、それは無闇に口外すべき事柄でもなかった。
 それを告白することは、レイジィたち星守人に動揺と混乱をもたらす結果にも繋がってしまうのだから……。


     *



 にほんブログ村 小説ブログへ  
← NEXT
→ BACK

ブログパーツ
スポンサーサイト
2009.09.27 / Top↑
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。