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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Sun
2009.09.27[06:47]
     *


 夜の市を満足するまで練り歩き、ユージンとレイジィはようやく宿への帰路についた。
 静まり返った細い裏道を並んで歩く。
 自分たちの足音とレイジィの鼻唄だけが、夜の闇に響いていた。
 露店で勧められた珍しい果実酒をたっぷり呑んだせいか、レイジィの機嫌は常にも増していい。彼女はグラディスと同じく酒豪であるらしい。酔いを感じさせない軽やかな足取りで路地を進んでゆく。
「ねえ、どうしてシアの王になろうと思ったの?」
 市の喧噪とは遠く離れた場所に来た時、ふとレイジィが足を止めた。
 好奇心に満ち溢れた青い双眸がまじまじとユージンを見つめる。
「庶民――盗賊でも王になれる可能性があるからに決まってるだろ」
 今更何を訊くのだろう、と訝しみながらユージンは軽く眉根を寄せた。
 シアの玉座を狙っている者の大半が自分と似たような境遇の持ち主だろう。星守人であるレイジィが、それを知らないとは到底思えなかった。
「そうしておいた方が都合がいいもんね。でも、本当の理由は先王が憎いからでしょう?」
「……嫌な奴だな。確信してるならわざわざ訊くなよ」
 ユージンは眉間に刻んだ皺を更に深めた。
 レイジィの洞察力はなかなかに鋭い。
 ユージンの精神の根底にあるものがギュネイへの尽きることのない憎悪だと、市での会話からとっくに導き出していたのだ。
「まっ、当たってるものはしょうがないか。――本当はさ、ギュネイが生きている内に復讐を果たしたかったんだよ。けれど、あいつはさっさと死んじまった」
 ユージンが溜息混じりに本音を明かすと、レイジィは珍しく気難しい顔で頷いた。
「だから、先王が手中にしていた全てのものを奪うことで怨嗟の念を昇華させようってこと? 意外と幼稚なのね」
「俺の馬鹿な頭じゃ、それくらいの考えしか思いつかなかったんだよ」
「それも納得」
 レイジィが悪びれた様子もなく即答する。
 ユージンが不機嫌も露わに睨みつけると、彼女は誤魔化すように大きく肩を聳やかした。
「ごめんなさい、言い過ぎよね。――で、あなたが先王を憎んでいるのは何故なの?」
「俺にはあいつが善き王だったとも善き父親だったとも思えない。あいつは――人殺しだ」
 ユージンは押し殺した声音で断言した。
 ギュネイに対する溢れんばかりの怒りを抑えるために両の拳をきつく握り締める。
「えっ、それってどういうこと? 人殺しだなんて穏やかじゃないわね」
 レイジィが小さな驚きの声をあげ、探るような眼差しを注いでくる。
 彼女から少しだけ目を逸らし、ユージンは呻くように告白した。
「俺の実母はギュネイに殺された」
「ユージンの……お母さんが?」
「母親はシアの人間で、俺を産んだ直後に自殺したって聞いている。ギュネイのせいで自害したんだから、あいつが殺したも同然だ」
 ユージンは極力感情を露呈させぬよう訥々と言葉を紡いだ。
 正直、実母のことなど微塵も覚えてはいない。
 だが、実母の死について繰り返し語り続けていた養母の痛々しい姿は鮮明に覚えている。
『あなたを産んでくれた本当の母親は、ギュネイ・セラシアに殺されたのよ』
 口癖のように養母はそうユージンに言い聞かせてきた。
 実母はギュネイを呪って死を選び、養母は彼女を死の淵へと追いやったギュネイのことを深く恨んでいた。
 二人の母のギュネイに対する激しい怨嗟の念が、ユージンの心にも強く根づいている。
 三年前、養母は病の床に臥しながらもギュネイに呪詛を吐き続けていた。
『母の仇を討ちなさい』
『あの男は星都シアの玉座には相応しくない』
 養母の様々な呪は、いつしか言霊となりユージンの裡に乗り移っていた。
 ギュネイに復讐しなければ、母たちの無念は晴れない。
 だからユージンは、養母が死んでからずっと彼に復讐することだけを考えてきた。
 それを成し遂げなければ、心に巣くっている母たちの亡霊は決してユージンを解放してはくれないのだ。
「ギュネイがシアの王であり続けたこと自体が不思議なんだよ。十数年前、あいつは禁忌を犯した。けど――それでも、あいつの星が輝きを失うことはなかった。おかしいだろ」
「先王は疾うに王たる資格を失ってた、ってこと? 一体、あなたのお母さんと先王の間に何が起こったのよ」
 レイジィが独り言のように呟く。彼女の表情は硬く強張っていた。
「悪いけど……今は言えない」
 ユージンが渋面で口ごもると、レイジィはやけに神妙に瞼を伏せた。
「ごめんなさい。知り合って日が浅いあたしなんかが首を突っ込むことじゃないわよね」
「違う。そういう意味じゃない。言えないのは――俺の精神が脆弱だからだ」
 ユージンはレイジィを見つめたまま唇を噛み締めた。
 言えるはずがない。
 生母とギュネイの確執の細部を語ることは、星神セラに依存して生きてきたシアの民を震撼させることになるのだから。
 ――言えないよな。俺を産んだ母親は星守人でした、なんて……。
 笑い話にもならない質の悪い真実だ。




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