ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 生涯セラだけに遣えるはずの星守人が子を成していた。
 その事実は、間違いなく星神信仰の篤いシアの国民を仰天させるだろう。
「あなたが先王を憎んでいる理由も、それゆえにシアの玉座を目指していることも解ったわ」
 不意にレイジィが瞼を跳ね上げた。
 澄んだ蒼い双眸がユージンに向けられる。
「正直に言うとね、あたし、あなたが何者であろうと構わないの。あなたが一刻も早く王になってくれさえすれば、それでいいの」
 レイジィが決まり悪げに微笑する。
 飾り気のない言葉には、彼女の率直な本音が反映されていた。
「王になりたいのは山々だけど、選ぶのはセラなんだろ。おまえの期待には応えられないかもしれない」
「あなたは《神の眼》のお墨付きよ。アナンが星の輝きを感じたんだから、あなたが王に選ばれる可能性は高いわ。――王になって、ユージン。そうしたら、国王の権限であたしから星守人の資格を剥奪してよ」
 レイジィが真摯に告げる。双眸は揺るぎない決意を表すように強い光を宿していた。
「おまえ、星守人であることが嫌なのか?」
 ユージンは半ば呆気にとられながらレイジィを見返した。
 星守人として生を受けた者は、その事実を無条件に受容し、誇りを抱いているものだと考えていた。
 ここは星神の国シアなのだ。
 しかし、今の彼女の台詞から察するに、全ての星守人がそうであるとは限らないらしい。
「あたしは外の世界に出たいの。窮屈で退屈な神殿じゃなく、広い世界で生きたいのよ」
「まあ、確かにおまえは神官としては威勢が良すぎるもんな」
「あたしは神殿やセラから解き放たれたいのよ。あなたが新王になったら、あたしを星守人から除名して。セラの呪縛から切り離して」
 切実な懇願をレイジィの唇が紡ぐ。
 彼女は真剣に星守人を辞めたがっているのだ。神官としての務めに心底辟易しているのだろう。
 明朗活発な彼女には、神殿の閉塞的な生活は耐えられないに違いない。
 外界で活き活きと笑ったり、剣を振るったりする彼女を見ているだけに、再び神殿の奥に閉じ込めるのは残酷な気がした。
「解った。約束する。俺が王になったら――っていうか、王になれたらの話だけどな」
 ユージンがぶっきらぼうに告げると、レイジィは嬉しさも露わにパッと瞳を輝かせた。
「ありがとう! やっぱりユージンって何気に優しいわよね。ちょっと見直したわ」
 屈託のない笑顔と感謝の言葉がユージンに向けられる。
 ユージンは釣られて微笑した。
「俺が王になれるっていう確証はないんだから、あんまり期待すんなよ」
「あなたはきっと王になれるわ。《神の眼》イル・アナンに見出されたんがら、もっと自信を持ちなさいよ」
 レイジィがユージンを励ますように弾んだ声をあげる。その言葉には、彼女自身の期待と希望が含まれてもいた。
「そうだ。あなたが新王に選ばれるように、特別なおまじないをしてあげるわ」
 無邪気に笑い、レイジィは大きく息を吸い込んだ。
 何をするのか、とユージンが訝しんでいると、彼女は唐突に歌い出したのだ。
 これまで聴いたこともないような高音域の歌声が、レイジィの口から放たれる。
 彼女の第一声を聴いた瞬間、ユージンの心臓は大きくはね上がった。
 鼓動が唄に呼応するように高まる。
 天へ昇ろうとするかのようにレイジィの声は徐々に高温域に達し、星の瞬く夜空へと吸い込まれてゆく。
 美しい歌声は星空を目指して、どんどん高みへと昇り詰めていった。
 ――知ってる。
 不意に目頭が熱くなる。
 双眸から涙が零れ落ちた。
 養母が亡くなって以来、涙を流したことなどなかった自分が泣いている現実に、ユージンはひどく驚いた。
 そんなユージンの様子に気づかずに、レイジィは目を閉じ、唄を紡ぎ続けている。
 清廉な祈りの唄。
 星神セラに捧げる唄だ。
 ――知ってる。これは母の唄だ。
 育ての母が夜毎子守唄として歌ってくれたものと同じ旋律。
 思わぬところで懐かしい唄に遭遇し、ユージンは心底驚嘆した。
 程なくして、唄が終わりを告げる。
「はい、お終い。あたしが歌ったことはアナンには内緒よ。これは《星守姫の子守唄》といって、本当は星守姫しか歌っちゃいけないものなの」
 恥ずかしそうに早口で告げ、レイジィは瞼を上げた。
 視線がユージンを捉えた瞬間、彼女は驚いたように表情を凍りつかせた。
「ちょっと、どうしたのよ?」
「今の……子守唄なのか?」
「そうよ。星守姫の子守唄。国王の星をあやすために星守姫が紡ぐ、祝福の唄よ」
「俺、この唄を知ってる」
「何故、ユージンが知ってるのよ? 星守人しか知らない唄よ」
 訝しげに首を捻るレイジィに向かって、ユージンは苦笑した。
 養母が歌ってくれた唄は、特殊なものであったらしい。
 今、ようやく唄の用途が判明した。
 星神セラを讃え、セラから賜った星を祝う唄だったのだ。
 養母までもが星守人だった事実を今初めて知った。
 この唄を歌っていたことが、彼女が星守人であったことの揺るぎない証だ。
 養母は、実母から生まれたばかりのユージンを預かり、セラ大神殿を逃げ出した。
 そして、隣国アダーシャで星守人であることをひた隠しにし、ひっそりとユージンを育てたのかもしれない。セラ大神殿の追っ手を欺くために、息子であるユージンにも己が星守人であることを隠すことを決心した――そのような経緯が過去にあったに違いない。
 養母の紡ぐ子守唄は、いつも哀しみを孕んでいた。
 あれは、ギュネイのせいでセラ大神殿を離れなければならず、また崇拝する星神から引き離されたことに対する嘆きであったのだろう。
 星神に対する恋しさが、あの子守唄の中には織り込まれていたのだ。
 ユージンを育てることを決意したのは養母自身だろうが、星神の都から遠ざかることに彼女はひどく心を痛めていたのかもしれない。
 せめてもの慰めに、養母は星守姫の子守唄を口ずさんでいた。
 死の直前まで、彼女は星神の都に帰りたがっていたのかもしれない。
 そうであるから、全ての元凶であるギュネイをあれほど呪っていたのだ。
 しかし養母は星守人としての心を封印し、ユージンを育ててくれた。
 途中で放棄することもできただろうに、彼女は熱心に愛情を注いでくれた。
 養母の惜しみない愛情を改めて知り、ユージンは涙が溢れてくるのを堪えられなかった。
 レイジィの歌った唄が養母を想起させ、痛いほど胸に染みている。
「じゃあ、似てるだけだな。昔、そっくりな唄を育ての母が歌ってくれたことがあるんだ」
 実母と養母――二人とも星守人だった。
 だが、レイジィにそれを打ち明けるわけにはいかない。
「なあ、もう一度歌ってくれよ」
 涙を拭いもせずに懇願すると、レイジィは不気味なものを見る目つきでユージンを凝視した。
「アナンには内緒よ」
 小さな溜息を零し、レイジィが瞼を閉ざす。
 すぐに星守姫の子守唄が彼女の唇から流れ出した。
 瞬く間に、清涼感に満ちた高い歌声が心に響き始める。
 天へと飛翔する不可思議な唄を、ユージンは身じろぎもせずに聴いていた。


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2009.09.27 / Top↑
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