ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 人通りの疎らになった道をユージンとレイジィは黙々と歩いていた。
 レイジィの前で泣いてしまった気恥ずかしさが、ユージンの口を堅くしている。
 レイジィの方は妙に大人しく、泣いた理由を詮索してくることもなかった。彼女なりに気を遣ってくれているのだろう。その優しさが、ユージンにはとても有り難かった。
「あっ、宿が見えたわよ」
 うら寂しい通りに出た時、久しぶりにレイジィが声を発した。
 見ると、彼女は軒を連ねる建物の一つを指差している。
 静寂に包まれた街の中、一軒だけ明かりを灯している建物があった。ユージンたちが今夜の寝床として取った宿屋だ。
「アナンたち、もう寝ちゃったかしら?」
 宿の方へと足を向け、レイジィが呟く。彼女が腰から下げる布袋には、市でアナンのために見繕ったお土産が入っているのだ。レイジィはそれを早く見せたくて仕方がないのだろう。
「さあな。まだ風呂にでも入ってるんじゃないのか」
 市を見学していた時間は、さほど長くはない。グラディスとアナンが起きている可能性は高かった。
「そうよね。あたしもさっさとお風呂に入ろうっと」
 弾んだ声をあげ、レイジィが軽やかに駆け出す。
「オイ、待てよ――」
 その背に向かって、ユージンは慌てて声を投げた。
 レイジィが足を止めずに、首だけでこちらを振り返る。
「心配しなくても大丈夫。ユージンが号泣したなんて、二人には言わないから」
 レイジィはユージンの心を見透かしたような言葉を放ち、意味深に微笑む。
「……号泣なんてしてないだろ」
 憮然と唇を尖らせ、ユージンはレイジィの後を追った。
「気にすることないじゃない。泣くのは、恥ずかしいことじゃないわ」
 市を満喫して心が浮き立っているのか、レイジィの足取りは軽い。
 地を滑るようにして駆け、宿へと向かっている。
 宿屋の正面まで来たところで、その足が不意に止まった。
 レイジィの右手がスッと背中に回り、サーベルの柄を握る。
「どうした?」
 ユージンは音を立てずに彼女の隣に並ぶと、小声で囁いた。
 レイジィの険しい眼差しがチラとユージンを見遣る。
「二人……三人――全部で四人よ」
 レイジィが宿屋に向かって顎をしゃくる。
 ユージンは無言で剣の柄に手をかけた。
 レイジィは不審者の気配を感じ、それに対して警戒を示しているのだ。
 目を凝らすと、宿屋の側面で人影が蠢いているのが確認できた。耳を澄ませば、人間の息遣いとひそめられた声も聞き取ることができた。
 何の目的かは知らないが、何者かが宿屋の周囲を徘徊しているのだ。
 ――夜盗か?
 警戒心を強めながら、忍び足で人影の方へと近づく。
 建物の影で数人の男たちが、ひそひそと声を交わし合っていた。
 身につけている衣服は黒ずくめで、その姿は闇に溶け込んでいる。しかし、声から男だと察することができた。
「本当に、この宿に星守人がいるのか?」
 猜疑たっぷりの声が闇に響く。
「間違いない。飯場で掌に星刻のある女を見つけた。その女は見失ったが、連れの女と男がここへ入ったのは確認済みだ」
「紛れもなく星刻だったのか?」
「シアの民が星刻を見間違えることなど有り得ない。連れの女も星守人だろう」
「宿を襲うより、掌に星刻がある女が戻ってきたところを拉致した方が手っ取り早いかもな」
 押し殺した声のやり取りが続く。
 レイジィが不機嫌そうに眉をひそめ、ユージンに視線を寄越してくる。その瞳が『もしかして、あたしのこと?』と訊いていた。
 ユージンが苦笑混じりに頷くと、レイジィは肩を竦め、小さく溜息を吐いた。
 不審な男たちは夜盗ではないらしい。食堂でレイジィの掌に刻まれた星を偶然目撃したのだろう。レイジィが星守人だと気づき、密かに後をつけ回していたようだ。
 ――シアの玉座を狙ってる奴らなのか?
 星守人に目をつけ、挙げ句、拉致するとほざいているからにはその確率は高い。
「一度キリエ様に報告した方がいいのではないか?」
「うむ。星守人を発見したからといって、それが玉座へと繋がるわけではないしな」
 男たちはまだ密談を繰り返している。
 堪りかねたように、レイジィがわざとらしく咳払いをした。
 ユージンがギョッとしてレイジィに鋭い視線を送った時には、既に彼女は男たちの方へと接近していた。
「あたしに何か用?」
 男たちの前に仁王立ちし、レイジィは挑戦的な眼差しで彼らを眺めた。
 突然の出来事に、男たちが一斉に息を呑む。
「星守人か!」
「あたしが星守人なら何だっていうの? 用件があるなら言いなさいよ」
 レイジィは不遜な口調で言い放ち、面倒臭そうに右の掌を突き出した。
 男たちの視線が一斉にレイジィの手に集中する。
「ほ、本物だ……」
 男の一人が驚嘆の声をあげ、畏怖の眼差しをレイジィに向ける。
 男たちはシアの国民なのだろう。そうであるから、星守人を前にして畏敬の念を抱いているに違いない。
「用がないなら立ち去りなさいよ。玉座を目指すなら王都へ向かった方が賢明よ。星守人を誘拐したって、国王の星に光は灯らないわ」
 突き放すようにレイジィが告げる。
「星守人が新王捜しに出たという噂は事実だったのか」
「既に新王候補が見つかっている可能性もあるな」
「仮に発見されているなら、キリエ様のためにも目障りな新王候補を抹殺しなければならないぞ」
「やはり、ここはキリエ様に報告を――」
 男たちは忙しなく目配せし、声を交わし合う。
 ユージンは思わず口元を引きつらせていた。
 間抜けな光景だ。
 星守人を前にし、しかも知らないとはいえ新王候補であるユージンの傍で物騒な相談をするとは、間抜け以外の何ものでもない。彼らが何を目論んでいるのか、こちらには筒抜けだ。
 彼らの主人はキリエという人物で、シアの玉座を狙っている。
 彼らは主人のために、星守人が新王候補を捜しに出たという噂の真相を探っていた。
 更に、主人のために星守人を誘拐し、邪魔者となる新王候補を亡き者にしてしまおうと企んでいる――
 常日頃からグラディスに『馬鹿だ。馬鹿だ』と言われ続けているユージンの頭でも、大まかな推測はついた。それくらい男たちが間抜けだということだ。星守人を目の当たりにして狼狽しているのかもしれないが、それにしても迂闊すぎる。
 しかも、よくよく見ると何処かで逢ったことのある男たちだ。
「あなたたち何者なのよ?」
 苛立ちを孕んだ声がレイジィの口から飛び出す。
「ここには、あたしたち以外にも色々な人が泊まっているのよ。迷惑をかけることは許さないわ。もし、ここで何か企てようとしたら、容赦なく叩きのめすわよ」
 さっさと厄介払いしたいのか、レイジィは突き出した右手を引っ込めると素早く剣を抜いた。
 大振りの曲刀サーベルを突きつけられ、男たちが慌てたように飛び退く。
 男の一人が反射的に剣を鞘から抜き払った。
「よせ。星守人を傷つけてはならない!」
 それを別の男が鋭い声で制する。
「ひとまず退散だ。キリエ様に報告に戻るぞ」
 男の一声で、一団は俊敏に四方に飛び散った。
 先刻までの間抜け振りが演技だったかのように素早く、鮮やかな身のこなしだった。
 彼らは軽々と宿屋を囲む塀に飛び乗り、更にそこから隣家の屋根へと移った。
 漆黒の影が屋根から屋根へと飛び移りながら遠ざかる。
 あっという間に男たちの姿は闇に紛れた。
「何なのよ、あれ?」
 男たちの軽快な動きに呆気に取られたように、レイジィが呟く。
「山猿みたいな連中だな――って、あいつら食堂で逢った何とか族じゃないのか?」
「えっ、ああ、そう言われると見覚えが……。クシュカ族なら身のこなしが天下一品なのも頷けるわね。あれじゃあ、流石のあたしでも追いつけないわよ。けど、なんで彼らがあたしたちを狙うのよ?」
 不服そうに愚痴を零し、レイジィはサーベルを背に戻した。
「星を目指してる奴にでも雇われたんじゃないのか? あいつら、キリエ様とかいう雇い主を連れて戻ってくるかもしれないな。用心しておけよ」
「解ってるわよ。でも、キリエ様って人も山猿だったら嫌だな」
 唇を尖らせ、レイジィは宿の入口へと身を翻す。
 クシュカ族の軽業師のような身のこなし見て、レイジィは少々衝撃を受けているらしい。
 活発な彼女でも、あの動きに対抗するのは困難なのだろう。
「まっ、襲撃されたら闘うしかないけどね」
 レイジィが苦笑混じり告げ、宿の中へと入る。
 ユージンは無言で頷き、彼女の後に続いた。
 宿の内部は森閑としていた。殆どの客は既に眠りに落ちているのだろう。
 ――それにしても、あいつら本当に何だったんだ?
 静かな廊下を進みながら、ユージンは胸中で疑問を発した。
 食堂では友好的に振る舞っていた彼らが敵だったとは思いも寄らなかった。
 嫌な予感がする。
 クシュカ族が何者に雇われているのか知らないが、主が国王の星を狙っている限り、再びユージンたちの前に現れるだろう。
 ――その時は敵と見なし、闘うしかないか。
 楽観的に考え、ユージンはクシュカ族の姿を脳裏から締め出した。
「じゃあ、また明日ね」
 レイジィが借りた部屋へと消えてゆく。
 その部屋の前を通過し、ユージンはグラディスの待つ隣室へと向かった。


 
     「揺らぎ」へ続く



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2009.09.27 / Top↑
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