ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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狭間



 闇の中を金と銀の糸が乱舞していた。

 漆黒の空間を漂う無数の糸――その中に埋もれるようにして女は座り、一本の糸を手繰り寄せていた。
 ひどく丁寧に、慎重に、女は糸を引き続ける。

 絡み、もつれ合った糸を解くこと。

 それが女に与えられた責務――贖罪だった。
 女はもう何百年もこの場所で糸を解き続けている。
 暗闇にも孤独にも疾うに慣れた。
 だが、肝心の糸が解れる気配は微塵もない。どんなに注意を払っても、糸はいずれ手の施しようがないほどにもつれ合い、動きを止めてしまうのだ。
 女の怠慢でも過失でもない。
 予め糸はそのように仕組まれているのだから。
 そうと知っていても、女には手を止めることなどできなかった。糸を紡ぎ続けるしか術はないのだ。
 白い指で糸を掴んだ瞬間、違和感が女を襲った。

 糸が動かない。

 つい先ほどまで緩やかに闇をたゆたっていたはずの糸が、ピンと張りつめている。
 女は愕然と糸を凝視した。
 何度引っ張っても糸は微動だにしない。
 完全に流れが止まっている。遂に修復不能の状態に陥ってしまったのだ。
 女の頬を冷たい汗が滑り落ちる。

『ククッ、失敗したの?』
『また誤ったのか。情けない』
 不意に何処からともなく声が聞こえてきた。
「――失敗したわけではない」
 女は糸をきつく握り締め、得体の知れぬ声に向かって反発した。
 途端、幾つもの笑い声が闇に谺する。
『おまえの過ちではなくても、糸は止まった』
『また扉が開く。久しぶりの戦じゃ』
『いつの世でも運命の扉を開くのはおぬしだ。我らはそれに乗じて、人界へ乗り込むだけ』
「黙れ。異形の者どもが」
 女は糸を掴んだまま、すっくと立ち上がった。
『人界までの道中、今度こそ我らがおまえを喰らってやろうぞ』
『おぬしの血と肉があれば、人界を手中に出来るやもしれんな』
『そうだ。まずはおまえだ。おまえを喰わせろ』
『糸の結界が消失した今、この闇世界にいるのはおぬしと我らのみ――』
『頭から喰らってやろう』
『我らがおまえを骨の髄まで味わってやろう』
 女の周囲で無数の影が蠢く。

 さわさわ。

 がさがさ。

 闇の中を何かが近寄ってくる。
 女は闇に紛れて接近してくる者ども冷静に見回した。
 女を取り巻いていた糸の流れが止まるやいなや襲いかかってこようとする低俗な輩たち。
 それまでは女に近づくことはおろか、糸の束に触れることさえできなかった無能な異形ども。
 力無き故に女が受けた罰の余波を受け、この闇へ身を堕とすしかなかった哀れな魔性たち――
「下賤な鬼どもめ。退くがよい」
 女は闇に向かってカッと目を見開いた。
 刹那、無数の断末魔が響き、闇に蠢く異形のものたちが霧散した。
「妾を喰らおうなど笑止千万。身の程知らずの無礼者が――」
 女は口の端に微笑を刻み、ゆっくりと糸から手を離した。
 女の手から滑り落ちるなり、金と銀の糸は生き物のように動き出した。先刻まで凍りついたようにビクともしなかったのが嘘のようだ。

 糸は流麗な動きでその姿を変化させ、巨大な扉を造り上げた。
 
 余った金糸と銀糸が、今度はそれぞれ書物と化す。

 暗闇に浮かぶ対の書物を目にした瞬間、女の唇から笑みが消失した。
「まだ繰り返せと仰るのか」
 女は、哀切のこもった眼差しで二つの書物を眺めた。
「それが妾の咎であり、妾に課せられた罰ならば――潔く引き受けよう」
 女は書物へ向けて両手を伸ばした。
「だが、それも今生まで。この次は輪廻も転生もなしだ」
 決意を込めて言葉を紡ぎ、女はしっかりと二冊の書物を掴み取った。
「行こう、おまえたちは妾とともに最後の仕事だ」
 女は二冊の書物を胸に抱き、扉と歩を進めた。
 扉が静かに開く。
 扉の向こうには眩い光が溢れていた。
「妾は今度こそ全てを終わらせる」
 女は決然と面を上げ、扉を潜った。
 光の中に身を委ねる女の足取りに迷いはなかった――


     

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2009.09.27 / Top↑
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