ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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揺らぎ



 扉を開けた瞬間、イル・アナンの憂いに満ちた顔が視界に飛び込んできた。
 彼女は寝台に腰かけ、ぼんやりと物思いに耽っているようだった。優美な顔には翳りが射している。
 ラナ・レイジィはアナンを包む仄暗い雰囲気を敏感に察して、表情を曇らせた。
 アナンはレイジィが帰ってきたこにとも気づかないほど、己の精神世界に埋没しているらしい。
「ただいま」
 レイジィは後ろ手に扉を閉めた。
 弾かれたようにアナンの面が上がる。
 彼女の視線は真っ直ぐにレイジィを捉えた。
「おかえりなさい」
「どうしたのよ、ボンヤリしちゃて? 何か悩み事でもあるの?」
 アナンの寝台に歩み寄り、彼女の隣に腰を下ろす。
 問いかけると、アナンは気恥ずかしそうに顔を俯かせ、微苦笑を湛えた。
「ただの旅疲れですわ。宿に戻った途端、気が抜けてしまっただけです」
「疲れてるなら、先に休んでいればよかったのに」
「レイジィが戻ってきたら一緒にお風呂に行こうと思いまして……。裏庭の離れに、お風呂場がありますのよ。朝方まで湯を沸かしているので、それまでなら幾らでも使用していいとのことですわ」
「有り難いわね。じゃ、後でたっぷりお湯に浸かってこよう」
「ええ。――ところで、市は満喫できましたの?」
「楽しかったわよ。そうだ、お土産を持ってきたの! 珍しいお菓子とかたくさんあって迷ったけれど、結局目についたもの全部買っちゃった」
 レイジィは土産の詰まった布袋を腰から外すと、それをアナンの膝の上に乗せた。
「まあ、嬉しいですわね」
 アナンが顔を綻ばせ、中身を確かめるように袋を手で撫でる。
 しかし、それきれ彼女は黙り込んでしまった。
 夢見がちな眼差しを宙に彷徨わせたかと思うと、急に溜息をついたりするのだ。
「ねえ、本当に大丈夫なの?」
 レイジィはいつもとは微妙に違うアナンに懸念を抱き、再度尋ねた。
 アナンが数度瞬きを繰り返してから、レイジィに視点を据える。
「ごめんなさい。なんだか胸が苦しくて……」
 掠れるような声で呟き、アナンは片手を胸元へ伸ばす。
 細い指先が胸元を彩る首飾りにに触れるのを見て、レイジィは首を捻った。金細工の台に碧玉が填め込まれている美しい首飾り――夕食時にはなかったはずだ。
「その首飾り、いつ買ったの?」
「これは……いただきましたのよ」
 レイジィが率直に尋ねると、アナンはパッと頬を赤らめ、消え入るような声で呟いた。
 瞬時、レイジィは理解した。
 グラディスからの贈り物だ。
 夕食後、アナンが行動を共にしたのは彼しかいない。首飾りの贈り主も彼以外には考えられなかった。
「グラディスね。すっごーい! こんな豪華な首飾りを贈り物にするなんて、中々やるわね。彼って顔と同じく派手な人よね」
「レイジィにも高価なものに見えます? やはり、お返しした方がいいのかしら……」
「ちょっと、なに言ってるのよ! 返したりなんかしたら、グラディスが傷つくわよ。アナンは素直に受け取っておけばいいの」
 レイジィはアナンの言葉にギョッとしながら早口に告げた。
 これほど見事な首飾りを贈ったということは、グラディスがアナンを気に入っている証拠だ。
 特別な想いを抱き、彼はアナンに贈り物をしたに違いない。
 それを一度受け取っておいて返品するなど、とんでもない。
 そんなことをすれば、彼の想いと矜持をひどく傷つける結果になるだろう。
「グラディスのこと嫌いじゃないんでしょ? だったら貰っておけばいいの。いい、絶対に返したりなんかしちゃ駄目よ」
「彼のことは嫌いではありませんわ。ですが、私は星守人です」
 苦渋の表情を浮かべ、アナンが溜息を吐き出す。
「まだそんなこと言ってるの? 星守人に縛られていたら何もできないわよ」
 レイジィは眉をひそめ、アナンよりも盛大に溜息をついてみせた。
 胸が苦しい――それは『グラディスのことを考えると切なくなる』という意味なのだろう。
 つまり、アナンもグラディスのことを憎からず想っているはずなのだ。
 その事実に気づいていないわけではないだろうに、アナンは頑なに星守人であることに固執する。
 自分の感情に忠実になり、星守人という殻を破ってみようとは考えない。
 保守的すぎるアナンの思考が、行動派のレイジィにはもどかしく感じられてならなかった。



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2009.09.28 / Top↑
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