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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Tue
2009.06.02[22:41]
「風天!」
「翔舞!?」
 彩雅と水鏡の驚きの声が重なる。
 眼前に現れたのは、七天が一人――風天・翔舞(しょうぶ)であった。
 薄紫の髪に紅玉の瞳がよく映えている。
 見る者に冷淡な印象を与える少女だが、その美しさは『天界随一』と誉れに高い。
 翔舞は長い髪を優雅に揺らめかせ、二人に歩み寄ってくる。
「私は天王様に逢ってきたのだが、私と入れ替えにそなたの親友――炎天が天王様の元へ向かったぞ、氷天」
 翔舞はチラと彩雅を見遣った。
『炎を司る炎天と氷を司る氷天が親友だとはおかしな組み合わせだ』と、翔舞はいつも首を傾げずにはいられない。相反しても可笑しくない一族同士なのに、二人――いや、水鏡を含めて三人は、幼き頃から非常に仲が良いのだ。
「綺璃(あやり)もなのか?」
 彩雅の疑問に、翔舞は首肯で応じた。
「それで、天王様は我ら七天に何用だったのだ?」
 水鏡の碧く澄んだ瞳が翔舞を捉える。
 天王が一度に七天全員を招集するなど、稀有なことだ。大規模な祭りや宴がない限り、七天が天空城に首を揃えることはない。
 だが、本日は特別な催しもないのに全員が城へ呼ばれている。
 異例の出来事――それだけに天王の用件が気になるところであった。
「――戦が始まる」
「えっ?」
「何……だと?」
 翔舞の簡素な応えに、水鏡と彩雅が同時に目を瞠る。
 翔舞は今、《戦》と口にしなかっただろうか?
 彩雅たちの記憶が正しければ、ここ二百年――天界は安泰を保っていた。
 先の乱で天王に背いた阿摩天(あまてん)が討伐されて以来、ずっと平和な日々が続いている。穏やかで安らかな微睡みに包まれているのだ。
 その世界に、新たな戦が起ころうとしている。
 彩雅たちが驚くのも無理はなかった。
「先日、地天――蘭麗(らんれい)が闇討ちに遭ったそうだ。かなりの深手らしい」
 微かに表情を曇らせる翔舞。
「まさか!? 蘭麗ほどの者が……?」
 彩雅は驚愕を隠しもせずに疑問を口にした。
 蘭麗は女性ではあるが武術に長けた人物だ。いや、蘭麗だけではない――七天の誰もがそうだ。天王を守護するために、様々な武術を会得しているのだ。天界広しといえども七天に敵う神武将は、そうそう存在していないはずである。
「襲ったのは――紫姫魅天(しきみてん)だ」
 翔舞が苦渋に満ちた声音で告げる。
『紫姫魅』と口にした時の彼女の顔は、痛々しいほどに歪められていた。
「そんな馬鹿なっ! 紫姫魅は天王様の側近ではないかっ!? なのに、天王直属の七天に手をかけるとはっ……!?」
 水鏡が叫びに近い声をあげる。翔舞の報告を俄には信じられなかった。
 紫姫魅というのは、天界の外れにある紫毘城に住まう神のことだ。
 城の近くには魔物の巣窟《妖魔の森》があり、そこを見張ることが代々の城主の役目なのである。
 当代の紫姫魅も例外ではない。
 加えて彼は、水鏡が述べた通り天王の側近であり、古くからの友でもあった。
 七天に刃を向けるということは、即ち――天王の怒りに触れるということだ。
 天王の片腕であり親友である紫姫魅が、蘭麗を手にかけるとは到底考えられない。そんな愚行を犯すような男ではないのだ、紫姫魅天は。
「紫姫魅天は謀反を起こしたのだよ。蘭麗を傷つけたのは、宣戦布告といったところだろう。あの男――前々から怪しいとは思っていたが、まさか天王の座を狙っていたとはな……」
 翔舞の瞼がそっと伏せられる。
 短い沈黙の後に、再び開かれた紅玉の瞳は鋭利な光を宿していた。
「我ら七天は生命を賭して天王様を護らねばならない。紫姫魅を討伐せよ――それが天王様のお言葉だ。但し、事は大きくせず、七天だけで片をつけてほしいそうだ」
「可能な限り内密に、か……。天王様は長年の友に裏切られのだ。心痛も大きいだろうし、紫姫魅の謀反を公にしたくはない、という気持ちもあるのだろうな」
 水鏡が率直な見解を述べると、翔舞は一つ頷き、また言葉を紡いだ。
「私は先に城へ戻らせてもらう。水鏡、そなたも自分の城へ帰った方がよさそうだぞ。如何に水底の聖域――水滸城といえども、力の源である水天がいなければ脆くなるもの。隙を突かれて紫姫魅に攻められては大変なことになる――無論、我が風凪城もな……。では、失礼する」
 翔舞は麗雅な双子に向かって一礼すると、踵を返して二人の前から立ち去った。
 ――虚しい戦だ……。
 数歩進んだところで、不意に双眸から熱い液体が零れ落ちた。
 ――強く、美しく、そして愚かな男よ。せめて、おまえの息の根は私が止めてやろう。
 翔舞は頬を伝う涙を拭おうとはしなかった。
 ただ何かに耐えるように、形の良い唇をきつく噛み締めた――




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