ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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「胸が苦しくなるのは、グラディスに好意を抱いてるからよ。生まれて初めて、アナンは恋をしたの。初恋よ。それが、このまま終わってもいいの? 神殿に戻ったら、もう二度と彼には逢えないのよ」
 畳みかけるように言うと、アナンはますます表情を曇らせた。秀麗な顔には苦悩が張りついている。
 レイジィはアナンの手を取り、その顔を下から覗き込んだ。
「ねえ、この前言ったこと考えてくれた? あたし、ユージンを王都に連れていったら星守人を辞めるわ。アナンにとっても、これが神殿を離れる最後の機会よ。星戦なんて頻繁に起こるものじゃないし、星守人が外の世界に出られることなんて滅多にないんだから」
「それについては……真剣に考えていますわ。いえ、グラディスと出逢ってから考え始めましたわ。ですが、怖いのです。私が星守人を辞めても、彼が私と共に生きて下さるという確証はありませんわ。彼が贈り物を下さったのは、ただの気紛れ。星守人が珍しいから手に入れたくなっただけかもしれませんもの。何より私は盲目です。外の世界では彼の足手まといになってしまいます」
「とことん悲観的ね。今の台詞、グラディスが聞いたら泣くわよ。あたしには、彼が手に入れたら捨てるとか目が見えないから捨てるとか、そんな不実な人には思えないけど」
「ごめんなさい。私、酷いことを口走りましたわね」
 己の言葉を心底から後悔したように、アナンが項垂れる。
 アナンの不安も解らないわけではないが、それを気にしていたら何も行動を起こせない。
 何もせずに自滅するなんてレイジィは真っ平御免だし、アナンにもそんな道を辿ってほしくない。
「グラディスは『セラの怒りをかってもいい』とまで言ってくれたのです。私は、その言葉とそこに込められた彼の想いを信じるべきなのでしょうね」
 ふと、アナンが何かを吹っ切ったように顔を上げる。
「私は臆病すぎますわね。星守人という枷から逃れられることを知りながら、敢えて目を背けて生きてきたなんて……」
「逃れられるって――それ、どういう意味?」
 思わずレイジィは訊き返していた。
「神殿を抜け出そうと考えたのは、レイジィが初めてではないということですわ。もうずっと昔のことですけれど、神殿を飛び出した星守人がいましたのよ」
「それは初耳だわね」
「私が四つか五つの頃の話ですから、あなたは知らなくて当然ですわ。それに、あの事件については他言してはならない、というのが暗黙の了解でしたから。今では、あの事件を知る星守人はファ・ルシアと私を含めて数人しかいません」
 ふっとアナンの顔に翳りが射す。
 憂いと哀しみが満ちた眼差しが遠くに馳せられた。
「他言無用なのに、あたしに話しちゃっていいの?」
「構いませんわ。私もレイジィも星守人を辞めようとしてる人間ですもの」
 アナンがレイジィに視線を戻し、柔らかく微笑む。

「先代星守姫ミラ・ディータ様には、ミラ・ユリス様という妹がいましたのよ。その方も星守人でした」
「それも初めて聞くわね。姉妹で星守人なんて珍しい」
「ミラ家は古来より星守人を多く輩出している家系ですから、時折そんなことが起きていたようですわ。――ある日、妹のユリス様は神殿を飛び出してしまったのです。私は子供でしたから詳しいことは知らされませんでした。噂では彼女は外界の男性と恋に落ち、子供を宿したから失踪したという話でしたわ」
「へえ、大胆な人ね」
「理由については、あくまで噂ですけれど……。ユリス様が星守人の職を放棄して、外の世界を選んだことは事実ですわ。神殿は大騒ぎになり、彼女を連れ戻すために捜索隊が出されました。しかし、彼女が神殿に戻ることは二度とありませんでした」
「神殿に連れ戻す――って、口封じってこと? セラに遣える星守人が子供を孕んで出奔したなんて体裁が悪いから、神殿の奥に閉じ込めちゃうおうとか、そういう魂胆よね」
「まあ、そういうことになりますわね」
 アナンが苦々しげに頷く。
「ディータ様が早々に捜索を打ち切ったことが幸いしたのか、ユリス様の追跡は成功しませんでしたわ。きっと、今もどこかで愛した男性や子供と幸せに暮らしているのでしょう」
「そんな前例があったなんて驚きだわ。勇気づけられる話だけどね」
「ええ。ですが、やはり後味の悪い事件でしたわね」
「どうして? ユリスは神殿から脱出することができたんだから万々歳じゃない」
 レイジィが疑問をぶつけると、アナンは沈痛な表情を浮かべた。
「事件は、それだけでは終わらなかったのです。ユリス様が去ってから間もなく、ディータ様が亡くなられてしまったのですわ」
「先代星守姫は病弱だった、って聞いたことがあるけど……。病死だったの?」
「確かにディータ様はお身体の弱い方でした。ユリス様が失踪する数ヶ月前から病臥し、私たちの前に姿を現すことも滅多にありませんでした。ですから、私も病の悪化で亡くなったと思い込んでいたのです、しかし、事実は違うようです。ファ・ルシアが打ち明けてくれたことがあるのです。ディータ様は自ら生命を絶たれてしまった、と」
「自殺したの?」
 レイジィは驚きに目を丸めた。先代星守姫の死因が自害だったとは意外だ。
「ええ……。自害の理由は解りません。もしかしたら、ユリス様の失踪と関係があるのかもしれませんが、真相は闇の中ですわ」
「病身を儚んでの自害じゃないの?」
「臥せっていたと言いましても、それほど重い病ではなかったはずですわ。肉体を蝕まれているというよりは、気鬱のような感じでしたし……」
「死を選んでしまうような酷い病気じゃなかった。なのに、ディータは自殺した。なんだか変な話ね」
「ファ・ルシアも自殺の原因は知らない、と言っていましたわ。彼女が知らないのならば、他の星守人も知らないのでしょう。とにかく奇妙な事件なのです」
 釈然としない口振りで告げ、アナンは大きな溜息を落とした。
 ミラ姉妹の引き起こした不可解な事件は、今でも彼女の心の中でわだかまっているらしい。

「あら、嫌ですわね。こんな暗い話をしてしまって」
 一拍の間を措いた後、アナンははたと我に返ったように笑顔を取り繕った。
「誰も実行しませんけれど、星守人という枷から逃れることは可能なのです。私もユリス様を見習って、好きな方と生きてゆく道を選びますわ」
「応援するわ。アナンには幸せになってほしいもん」
 レイジィはアナンに微笑み返した。
 ミラ姉妹の事件は心に引っかかるものがあるが、レイジィにとっては所詮遙か昔に起こった他人事である。
 アナンの頼もしい言葉を聞いた瞬間、ミラ姉妹の出奔と死に関する疑問は跡形もなく吹き飛んでしまった。
 アナンが前向きな思考を持ってくれたことが、自分のことのように嬉しい。
「ユージンが王に選ばれるといいわね。そうしたら、この旅も終了。晴れてグラディスと外の世界で暮らせるじゃない」
「その前に、グラディスに私の気持ちを伝えなくてはなりませんけれど。どう伝えればいいのでしょうね。緊張しますわ」
 アナンの笑顔が微かに強張る。
「王都までの道中、ゆっくりと心を整理すればいいわ。まずは、その緊張をどうにかしないとね。緊張をほぐすにはお風呂が一番よ。遅くならないうちに行こう、アナン」
 レイジィは寝台から立ち上がると、肩にかかる太い帯革を外した。帯革は背負った剣の鞘へと繋がっている。刀剣の重みがなくなり、幾分身体が軽くなった。
 剣の代わりにアナンの手を取る。
「――そういえば、ユージンが変なこと言ってたな」
 部屋の出入口まで来たところで、レイジィははたと立ち止まった。
 ユージンには彼が泣いたことは口外しないと約束した。
 その件はきちんと守るつもりだが、他に気になっていることがあったのだ。それだけはアナンに確かめておきたい。
「星守姫の子守唄のことなんだけどね」
 口にした途端、アナンの非難を含んだ眼差しがレイジィに向けられた。
「あれを歌いましたの?」
「ああ、うん……ちょっとね」
「あれは、星守姫しか紡いではいけない唄ですわよ」
「解ってるわよ。でも、咎める前に話を聞いて。あの唄を星守人以外の人間が――しかも、シア以外の国の人間が知っているなんて有り得る?」
 レイジィが尋ねると、アナンは一片の逡巡もなく首を横に振った。
「有り得ませんわ。あれはセラ大神殿の星守人だけに伝わる唄です。他国にあるセラ神殿にも知っている者はいないはずですし、一般の民が知り得るはずもありません」
「けどね、ユージンは知ってるみたいなの」
「ユージンが……? 星守姫の子守唄を知っているなんて、そんな馬鹿なことが……。いえ、でも、まさか――」
 しばし思案するように宙を睨んでいたアナンの双眸が、不意に見開かれる。
 彼女の表情には驚愕が張りついていた。
「思い当たる節でもあるの?」
「いえ。やはり有り得ませんわ。……ユージンの思い違いでしょう」
 アナンがもう一度かぶりを振る。
 その声音には、どこか己に言い聞かせているような響きがあった。
 アナンの表情が見る間に翳ってゆくのを見て、レイジィは大きく首を捻った。
 アナンが言うのだから、『星守姫の子守唄を知っている』というのはユージンの勘違いなのだろう。
 しかし、腑に落ちない。
 ユージンは唄を聴いて涙さえ流したのだ。その真摯な反応は、とても勘違いで済ませてしまえるものではなかった。
 レイジィは更に質問を重ねようと口を開きかけて――やめた。
 アナンには思いついた考えを披露する気は更々ないらしい。
 彼女は悄然とした表情を湛えている。
 だが、その唇だけは言葉を発する意志がないことを示すようにしっかりと引き結ばれていた。


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2009.09.28 / Top↑
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