ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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《神の眼》の輝きがイル・アナンの顔を包んでいた。
 黄金の光の中で、彼女は困惑の表情を湛えている。
 それとは対照的に、メイ・キリエの顔には満足げな笑みが広がった。
「やはり、私こそが王に相応しい男なのだ。次代の王は私に決まりだな」
「確かにあなたには星が視えます。しかし、新王候補はあなた一人では――」
 アナンが困窮しきったように眉をひそめる。
「ああ、そうだったな」
 キリエの顔から笑みが消失した。
 瞬く間に、冷徹な眼差しと冷笑が彼の顔を彩る。
「私が王になるには邪魔者がいたな」
 キリエの冷たい双眸が、ユージンたちに向けられる。
 感情の欠片も窺えない凍てついた眼差しに見つめられ、ユージンはようやく我に返った。
 新たな候補の出現に、いつまでも驚倒しているわけにはいかない。
 メイ・キリエは、今この瞬間からユージンの敵なのだ。
 ユージンの野望の前に立ちはだかる壁だ。自然と敵対心と競争心が芽生える。
「星の輝きを確認したかっただけなら、もう用は済んだわね。後はセラ大神殿に行って、王の星に触れてみればいいことよ。――解ったなら、アナンを離して」
 レイジィが毅然と言い放つ。
 だが、キリエにアナンを手放す様子は微塵もなかった。
「用はまだ済んではいない。星守人と行動を共にしているということは――男のうちの一人、もしくは双方が私と同じく新王候補だということだろう。邪魔な芽は早々に摘んでおかなければな。私以外の候補にはここで死んでもらう」
 キリエが冷酷に宣言する。
 瞬時、レイジィの瞳に怒りが灯った。
「他の候補者を殺す必要なんてないわ。無意味よ。決着はセラ大神殿で決まるんだから。早くアナンを離しなさいよ!」
「他の候補がいなければ、私が王になる確率は高まる。万が一、私よりも先にそいつらが神殿に到着し、星に輝きを灯すような事態が起こっては困るしな。何より、私以外の候補など目障りなだけだ」
 キリエの意志は堅い。
 彼は他の新王候補を徹底的に排除するつもりなのだ。
「新王候補を始末したら、《神の眼》は無傷で返してやる」
 キリエがアナンを片腕に抱き直す。
 残る一方の手には、グラディスを傷つけた長剣が握られていた。
 彼は刀身に付着する血液を振り払うと、その刃をアナンの喉に当てた。
「候補はどっちだ? それとも両方か?」
 キリエの視線がユージンたちを鋭く射る。
 名乗り出なければアナンを殺す。
 キリエはそう脅しをかけている。彼は手下のように甘くはないのだろう。
 たとえ人質が星守人であろうと、名乗り出なければアナンの喉を剣で裂く。キリエの冷たい瞳が、彼の冷酷さを如実に表していた。
 アナンを人質に取られてしまっては、手も足も出ない。
 ――悔しいけど、名乗り出るしかないよな。
 ユージンはアナンの恐怖に引きつった顔を見て心を決めた。
 僅か数日だが、一緒に旅をしたアナンを見捨てるわけにはいかない。
 見捨てれば、運良くシアの王になれたとしても、そのことを一生後悔するに決まっている。
 そもそも、ここで仲間を見捨ててしまうような薄情な人間ならば、王の星を輝かすことなどできないだろう。
 ユージンは思い切って足を踏み出した。
 だが次の瞬間、強い力で腕を引かれた。
 驚いて腕に視線を向ける。
 グラディスがしっかりと手首を掴んでいた。
「僕に考えがある。君は下がっていろ」
 そう囁くとグラディスはユージンの手を放し、素早く前に出た。
「僕が新王候補だ」
 キリエの傍に歩み寄りながら、グラディスが淡然と言葉を紡ぐ。
「オ、オイッ――!」
 ――考えって、それかよっ!?
 ユージンは仰天して、グラディスの背中を凝視した。
 何のつもりか、グラディスは自分の身代わりを演じようとしているらしい。
 グラディスがちらとユージンを顧みる。彼の目は怖いくらいに真剣だった。
 強い視線に睨めつけられ、ユージンは思わず固唾を呑んだ。
 グラディスの目は『何も言うな』と告げている。
 抗うことを許さないような鋭い眼力が宿っていた。
 ユージンが動きを止めたのを見届けて、グラディスは再び歩き始めた。
 ――あれは……俺の知らないグラディスの方だ。
 ユージンは茫然としながら剣の柄を握り直した。
 グラディスの考えというものが把握できないが、キリエがグラディスに剣を向けるなら、いつでも飛び出すつもりだった。
「僕が新王候補だよ。さあ、イル・アナンを解放してもらおうか」
 キリエの前で立ち止まり、グラディスが静かに告げる。
 キリエの腕の中で、アナンが驚いたように目を丸めた。傍にいるのがユージンではなくグラディスだと悟ったのだろう。
 しかし、そんなアナンの変化に気づいた様子もなく、キリエは冷めた眼差しをグラディスに注いだ。
 上から下までしげしげとグラディスを眺める。
 その視点がグラディスの顔に定まった瞬間、キリエの双眸が微かに細められた。
「おまえが……新王候補だと?」
 不意に、キリエの口から訝しむような声が洩れる。
 ――身代わりがバレたのか?
 ユージンは焦ったが、次にキリエの口から飛び出したのは不可解な言葉だった。
「まさか……そんなはずはない! おまえは死んだはずじゃ……」
 驚きを孕んだキリエの声が響く。
 彼の双眸は大きく見開かれていた。
 ――何だ?
 ユージンは予想外の展開に首を捻った。
 キリエと同じような台詞をつい最近どこかで聞いた気がするが、はっきりと思い出せない。
「そう、僕が新王候補だ。殺したいなら、どうぞ」
 グラディスが悠然と両手を広げる。
 直後、キリエの背後に控えていたクシュカ族が殺気を漲らせ、身構えた。
 グラディスの余裕ある態度を見て、主人を侮辱されたとでも感じたのだろう。
 男たちが一斉に地を蹴ろうとした刹那、
「よせ、手を出すな!」
 キリエが切迫した声音で彼らを制した。
「一歩たりともこの男に近づくな。剣を向けた瞬間、死ぬ運命を辿るのは私たちの方になる。私の記憶に間違いがなければ、この男には恐ろしい《影》がついているはず――」
 ユージンには理解できぬ言葉を発し、キリエは口惜しげにグラディスを睨みつけた。
「なぜ、アダーシャがシアの星戦に関与している?」
「何のことだか解らないね」
 グラディスが素っ気なく応じると、キリエは更に悔しげに唇を噛み締めた。
 そうかと思うと、アナンを抱えたまま急に後方へと跳び去った。
 まるで、一刻も早くグラディスの傍から離れたい、というように。
 主人が撤退するする意志を見せると、クシュカ族も素直に彼に従った。
 彼ら独特の柔軟で敏捷な動きで、地を跳ねるようにして後退してゆく。
「イル・アナン!」
 遠ざかるアナンに向かってグラディスが叫ぶ。
 キリエの腕に抱かれたまま、アナンもグラディスの名を呼んだようだった。
 しかし、それすらも明瞭に聞き取れないほど、クシュカ族たちは凄まじい速度で場を離れてゆく。
「アナンを返しなさいよ!」
 事態を察して、ようやくレイジィが動く。
 彼女に触発され、ユージンも駆け出していた。
 だが、クシュカ族の動きはユージンたちの何倍も速い。易々と遠のいてゆく。
 ユージンが悔しさに舌打ちを鳴らした時、視界の端で何かが崩れ落ちた。
 慌てて足を止め、そちらを見遣る。
 グラディスが地面に膝をついていた。
 左手で右肩を押さえている。
「大丈夫か、グラディス!」
 ユージンは彼の元へ走り寄った。傍に膝をつき、片手で彼の身体を支える。
 グラディスの顔は青を通り越して、土気色に変わっていた。肩の傷からは未だに血が流れ出している。
「オイ、しっかりしろよ」
 唐突に底知れぬ不安を感じて、ユージンはきつく眉根を寄せた。
 グラディスの顔色の悪さは尋常ではない。
「僕は……大丈夫だ」
 グラディスが掠れた声で呟く。
 ふと、彼の視線が周囲を彷徨った。
 何かを探し求めるように、虚ろな眼差しが宙を漂う。
「僕のことはいい。それよりも彼女を――イル・アナンを追え!」
 ユージンがいる方とは見当違いの方角に視線を向け、グラディスが喘ぐように叫ぶ。
 直後、彼の瞼が落ちた。
 腕に重みが加わる。
 ユージンは反射的に彼を抱き留めていた。
 グラディスは完全に意識を失ってしまったようだ。
 大量失血による意識障害が起こったのだろう。
 力を失ったグラディスの顔を見つめ、ユージンは唇を噛み締めた。
 怒りと悔しさが胸の奥底からわき上がってくる。
 アナンを奪われ、グラディスを負傷させてしまった――己の不甲斐なさに腹が立つ。
 そして、それと同じぐらいメイ・キリエに対しての怒りと反発心が生まれていた。
「駄目だわ。あいつらに追いつこうだなんて、甘い考えだったみたい」
 不意に、レイジィの声が間近で響く。
 視線を上げると、彼女の紅潮した顔に出会した。
 全力疾走でキリエたちを追いかけたものの、相手のあまりの素早さに途中で見失い、追跡を断念したらしい。
「あいつら、グスタクに戻ったのかしら? まっ、いいわ。気絶したままのクシュカ族がいるから、その人に根城を訊いてみましょう」
 レイジィが裏庭に倒れる男を一瞥する。
 レイジィの氣を喰らって失神した男が、まだその場に倒れていた。巧くいけば、彼からキリエの本拠地を訊き出せるだろう。
「居場所を突き止めたらアナンの救出。――と、その前にグラディスの手当てね」
 グラディスに視線を落として、レイジィが渋面を作る。
「酷い傷だけど、何とかなるわ。あたし、一応神に遣える巫女だしね。薬学医学の知識は頭に叩き込まれてるの。だからユージン、そんな悲愴な顔しないでよ。――グラディスを中に運んで。あたしはクシュカ族を担いで行くから」
 不安に顔を歪ませるユージンを安堵させるように、レイジィは明るく微笑む。
 ユージンは常に前向きで気丈なレイジィの笑顔に助けられ、力強く頷いた。
 キリエの出現は、ユージンに己の力量不足を痛感させる結果となった。
 しかし、今はそれに衝撃を受けている場合でも落ち込んでいる場合でもない。
 どれだけ悩んでも、結局のところ今の自分にできることをやるしかないのだ。


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2009.10.01 / Top↑
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