ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 夜明け前――
 ユージンは、人気のない廊下を眠い目を擦りながら歩いていた。
 片手には冷水の入った壺を持っている。グラディスのために裏庭の井戸から汲み上げてきたものだ。
 メイ・キリエの襲撃を受けた後、グラディスの怪我の手当てが早急に行われた。
 火で炙った短剣を押しつけて傷口を塞ぐという荒療治だったが、止血のためにはやむを得なかった。
 その際に生じた猛烈な熱さと痛みに、失神していたグラディスは飛び起きた。
 だが、その後は呻き声一つあげずに彼は治療に耐えていた。
 焼け爛れた傷口を酒で消毒された時も、レイジィが処方した薬草を擦り込まれた時も、彼は僅かに眉を寄せただけだった。
 包帯代わりの布を肩から胸部にかけて幾重にも巻き、応急処置は完了した。
 グラディスは手当てを施されて一安心したのか再び意識を手放した。
 しかし、やはり傷口が病み、熟睡することはできなかったのだろう。
 先ほど、また目を醒ましたのだ。
 憔悴しきったグラディスが開口一番発した言葉が『水』という短い単語だった。
 直ぐさまユージンは裏庭へと走り、彼のために新鮮な水を汲み上げてきたのだ。
 グラディスが昏倒している間、ユージンとレイジィは捕らえたクシュカ族の男にキリエの行方を尋問していた。
 だが、男から明確な答えを得ることはできなかった。
 何度訊ねても『知らない』の一点張りなのだ。根気よく質問を繰り返した末に訊き出せたのが、キリエはグスタク郊外に別荘を幾つか所有している、という事柄だった。
 キリエが身を隠すとすれば別荘のいずれかだろう。
 夜が明けたらそれらの別荘を虱潰しに訪ねてみるしかない。
 今のところ、それ以外にイル・アナンを捜し出す手だてはなかった。
 ――あの男、アナンに妙なことしてなきゃいいんだけど。
 メイ・キリエの冷ややかな眼差しを思い出すと、背筋に悪寒が走った。
 彼は、全身から冷酷さを醸し出しているような危険な男だ。
 己の野望を遂げるためなら、どんなことでも厭わないだろう。
 そんな冷徹な男でも、星守人であるアナンを無闇に傷つけたりすることはない、と信じたい。
 キリエにとって星守人は利用価値のある存在のはずだ。みすみす手放したり、悪戯に生命を奪ったりはしないだろう。
 しかし、あの凍てついた眼差しを想起すると、どうしても一抹の不安が残ってしまう。
 キリエがアナンを無傷で手元に置いておく、という保証はどこにもないのだ。
 ――必ず助けてみせるさ。
 ユージンはれに言い聞かせるように胸中で呟いた。
 直後、慌てて足を止める。
 漫然と考えを巡らせているうちに、うっかり部屋を通り過ぎてしまったらしい。気づくと、行き止まりを告げる壁が目前に迫っていた。
 苦笑を浮かべながら身を翻す。
 借りている部屋の扉を開けた瞬間、ユージンは我が目を疑った。
 開け放たれた窓から、グラディスが身を乗り出しているところだったのだ。
 グラディスが驚いたように振り返る。
 その顔は血の気を失っているが、表情はいつもの如く涼しげなものだった。
 ユージンと目が合うと、彼は口元に微笑さえ刻んでみせた。
「何やってんだよっ!?」
 怒り混じりの叫びが、ユージンの口から自然と飛び出した。
 酷い怪我を負っているのに起き上がっている相棒を見て、無性に腹が立った。
 ユージンは足早に室内に入ると、窓際に近寄った。
 グラディスを捕まえようと手を伸ばしかけて、ハッと目を瞠る。
 寝台脇の床にレイジィが倒れているのを発見したのだ。
 状況が理解できなくて、ユージンはグラディスを見遣った。
 レイジィを気絶させることができた人間は、グラディス一人しかいない。
「どこに行く気だよ?」
 ユージンは押し殺した声音で尋ねた。
 よくよく見ると、グラディスは身支度をきちんと整えている。
 外出する気なのだ。
 そこをレイジィに止められ、やむなく当て身を喰らわせた――といった具合なのだろう。
「アナンは僕が助ける。夜が明けたら、君とレイジィは王都セラシアを目指すんだ」
 グラディスが淡然と告げる。
「アナンの救出は、みんなで力を合わせるべきじゃないのか。第一、おまえは怪我してる」
 ユージンがムッとして言い返すと、グラディスの顔に困ったような笑みが浮かんだ。
「――じゃあ、はっきり言おう。今の君では、メイ・キリエには敵わない。負傷していても、僕の方がマシだ」
 冷静な口調で言うと、グラディスは桟の上で身を反転させ、こちらに向き直った。
 切れ長の双眸には、怜悧な輝きが宿っている。
 ユージンの知らないグラディスが、そこにいた。
「君は王になる人間だ。折角ここまで来たのに、躓く必要はない」
 言い終えないうちに、グラディスの左手が素早く動いた。
 銀色の輝きが閃く。
 ユージンは鳩尾に強烈な痛みを感じた。
 レイピアの柄を突きつけられたたんだ、と察した時には、その場にガックリと膝をついていた。
 そこへ情け容赦なく、二度目の突きが繰り出される。
 脇腹に衝撃を感じた瞬間、視界がぼやけた。
 痛みに全身が悲鳴をあげている。
「ユージン、君は王になるんだ。そう僕と約束したはずだよ。約束を違えるような男なんて、僕は嫌いだからね」
 明滅し始めた視界の中で、グラディスが優しく微笑む。
「僕はね、君に逢えたから生まれ変わることができたんだ。だから、君にはとても感謝している。――ユージン、僕に運があったらまた逢おう。そうだね、見事王になってセラシアで待っていてくれたら嬉しいな」
 グラディスの声が朦朧とした頭に響いてくる。
「なん……だよっ、それっ……!」
 ユージンは片手で腹を押さえながら、床を這うようにして前進した。
 混迷する意識と腹部の痛みに負けじと、必死に片手を伸ばす。
 指先が窓の桟に触れた瞬間、視界からグラディスの姿が消えた。
 ――グラディス!
 激痛に声をあげることもできずに、ユージンは心の中で叫んだ。
 不安と焦燥に、心が震える。
 泣き出してしまいたい気分だ。
 せめてグラディスに先ほどの言葉を撤回してほしかった。
 まるで今生の別れを告げられた気分だ――不快感と胸苦しさで息が詰まる。
 痛みと狼狽に、顔と掌から冷たい汗が噴き出す。
 それでもユージンはグラディスを引き止めようと、窓の桟にしがみついた。
 だがしかし、窓から外を覗いたところで強烈な眩暈を感じた。
 急激に意識が暗闇へと失墜する。
 グラディスの姿を視界の端に捉えることもできないまま、ユージンの意識は呆気なく弾け飛んだ……。


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2009.10.01 / Top↑
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