ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 遠ざかる翔舞の後ろ姿を、彩雅(さいが)と水鏡(みかがみ)は並んで眺めていた。
 翔舞の凛とした後ろ姿がいつもより物悲しく瞳に映るのは、気のせいだろうか……。
「兄者――私は水滸城へ帰るぞ」
 しばしの沈黙の後、水鏡が彩雅を見上げる。
 碧い煌めきを放つ双眸は、彼女の強い意志を表していた。
「天王様にはお逢いしないのか?」
 彩雅は、妹が意を翻さないことを承知で――それでも、そう問いかけずにはいられなかった。折角、久し振りに再会を果たしたのだ。天王の用件とは別にもう少し同じ時を共有していたい、というのが彩雅の本音だった。
「戦が始まるのならば、私がここにいても仕方ない。私のすべきことは一つ――天王様もそれは承知しているはずだ」
 水鏡の言葉には迷いがない。
 代々の水天にはある使命が課せられている。水滸城の奥には、水天だけが扱うことのできる秘宝が隠されているのだ。
 先視が出来る《水鏡(すいきょう)》
 水鏡には、天王でさえ識ることの出来ぬ未来を予見することが可能なのだ。
 紫姫魅討伐を決定した先に何が視えるのか、水鏡はありのままを天王に伝え、彼に迫る危機を全力で回避させねばならない。
《水鏡》で未来を覗く――それが水天に与えられた大きな使命だ。
「……そうか。私は天王様に逢ってくる。おまえのことも伝えておくよ」
 彩雅は柔和な笑みを妹へ向けた。水鏡が己の責務に誇りを持っているのが解るからこそ、これ以上の引き留めは出来ない。
「ありがとう。私は、我が一族が何より心配だ。逢ったばかりなのに、すまない、兄者」
 水鏡が微かに表情を曇らせる。碧い瞳がサッと彩雅の左手を盗み見る。
 妹が気遣わしげな視線を左手首に走らせたのを感じて、彩雅は胸中で苦笑した。
 彩雅の左手首には極端に太い銀細工の腕輪が填められている。水鏡はきっとその腕輪の下に隠されている傷痕を想起したのだろう。
 もう何百年も昔のことなのに、妹は未だに蟠りを持っているらしい。
 ――これは、私にとって必要な儀式だった。だから、水鏡が己を責める必要はないのに……。
 彩雅は口には出さずに心で呟き、さり気なく妹の視界から左手を外した。
「いつでも逢えるよ、水鏡。私たちは遙かな昔は一つだったのだから」
 彩雅が優しい微笑みを向けると、水鏡はハッと現実に立ち返ったようだった。眼差しが素早く彩雅の顔へと戻ってくる。
 彩雅は自分と同じ顔を静かに見つめ返した。
 鏡を見ているかのように全く同じ顔だ。
 異なる点といえば、性別と髪の色くらいのものだ。
 彩雅と水鏡は、先の氷天と水天との間に生まれた御子だった。およそ四百年前に二人はそれぞれ氷天と水天の地位を継承している。以来、居城も率いる一族も全く別々だ。だから、兄妹といえども頻繁には逢うことは叶わない。彩雅にも水鏡にも護るべき一族がそれぞれあるのだ。
「そうだな。では兄者、失礼するぞ」
「ああ。気をつけて――」
 彩雅は言葉に念を込めて唇に乗せた。
 ほんの一瞬だが、不吉な予感のようなものが脳裏をよぎったのだ。
 予知だろうか?
 だが、彩雅は予知能力など持ち合わせてはいない。むしろ長けているのは水鏡の方だ。その水鏡に何も反応がないのだから、気にする程のものではないのだろう。
「どうかしたのか、兄者?」
 彩雅の凝視に気づいた水鏡が首を傾げる。
「いや、何でもない」
 彩雅は取り繕うようにもう一度微笑んだ。
 釣られるように水鏡からも笑みが返ってくる。
「そうか。――またな、兄者」
 水鏡が軽やかに背を返す。
 彩雅の目前で、碧い髪がフワリと宙を舞った――

     *



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2009.06.02 / Top↑
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