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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Fri
2009.10.02[08:29]
     *


 窓から身を躍らせ、宿屋の庭に着地する。
 グラディスは、着地と同時に地を蹴っていた。
 肩の痛みを堪え、背後のユージンを顧みずに敷地内を疾駆する。
 宿屋を飛び出し、夜明け前の薄暗い通りに出たところで、グラディスは足を止めた。
「どちらへ行かれるのです?」
 いつの間に姿を現したのか、真紅のマントを纏ったガレルが目の前に立っていた。
「メイ・キリエはどこへ身を隠した?」
 グラディスはその質問を無視し、逆に訊ねた。
 ガレルの表情が一瞬にして曇る。
「メイ家の御子息は、グスタクの東――ハザ地区の別邸へと帰ったようです」
「グスタクの東……つまりはレオンの西か。じゃあ、それほど遠くはないな」
 グラディスはガレルの脇を通り過ぎようとした。
 だが、ガレルは大仰に真紅のマントを揺らして、またしても前に立ちはだかるのだ。
「星守人の救出ならば、私もご一緒します。いいえ、どうか私に御命令下さい」
「キリエを追跡してくれたことには感謝するけど、おまえがついてくる必要はない」
「クローディア様」
 怒ったような声とともにガレルの片手が伸びてきた。
 怪我をしていない方の左肩を掴まれ、グラディスは眉根を寄せた。
 クローディア――久しぶりに呼ばれた本名が妙に不快だった。
「あなたが命令一つ下せば、私はあなたのために、あの星守人をメイ・キリエから救ってみせるでしょう。それこそ、いとも容易く」
「駄目だ。それじゃあ意味がない。これは僕個人の問題なんだ。アダーシャが関わる問題じゃない」
 グラディスは長身のガレルを上目遣いに睨んだ。
「僕はこれまでずっと逃げてきた。母から逃げ、家から逃げ、国から逃げ――そう、僕を取り巻く全てのものから逃げ続けてきた。でも、今は逃げたくない。イル・アナンは僕が助ける。彼女のためにも、ユージンのためにも、自分自身のためにも――」
「行かせるわけにはゆきません。星守人もユージンとやらも、あなたが命を賭すほどの存在ではありません」
「どうして、おまえはそう偏屈かなぁ……」
「あなたこそ、いつまで私に傍観させておくつもりですか? 私がどんな気持ちで、傷つくあなたの姿を見ていると思うのです? クシュカ族ごとき、私の敵ではないというのに」
 ガレルが不服げに反論してくる。
「だから、これは僕の問題なんだ。私事なんだよ。おまえが働く必要はない」
「あくまで自分だけの力で立ち向かうと? そうまでしてあの星守人を助け、ユージンという男をシアの玉座に就かせたいのですか? そもそも、あの男が王になれると本気で信じているのですか?」
「僕は信じてるよ。――無駄話をしている時間はない。とにかく、おまえはついてくるな」
 グラディスはガレルを押し退け、前に進もうとした。
 しかし、ガレルは掴んだ肩を頑として離さない。
「僕はもう逃げたくないんだ。自分自身の力で問題を解決したいんだ。僕には絶対についくるな。手出しをしたら許さない」
「それはできません。あまり強情だと、このままアダーシャに強制連行しますよ」
「ガレル、お願いだ。僕を行かせくれ。おまえはここに残ってユージンを護ってくれないか? 僕ではなく、ユージンを護ってほしいんだ」
「……あなたが私に命令ではなく、頼み事をするというのですか? あのユージンという男のために、頭を下げるのですか」
 ガレルが芳しくない表情を湛える。
 双眸にははっきりとした怒りが浮かんでいた。
「そうだよ。僕がおまえに望むのは、ユージンの守護だ。おまえがそれを受け入れてくれるなら、僕はアナンを助けた後――アダーシャへ戻る」
 グラディスは決然と言葉を放った。
 意表を衝かれたようにガレルが目を瞠る。
「本当ですか?」
「約束するよ。必ずアダーシャへ帰る。ユージンにはもう二度と逢わない。それで、不満はないだろう?」
「確かに……不満はありません」
 ガレルの探るような眼差しがグラディスを射る。
 しばしの沈黙の末、ガレルは溜息をついた。
「いいでしょう。あなたがアダーシャへ戻るというのなら、私は喜んでユージンとやらを護ります」
「ありがとう。じゃあ、僕は行くよ」
「お待ち下さい。せめて、この肩の傷だけでも魔術で――」
「これは、このままでいいんだ」
 ガレルの手が肩の傷に触れるのを見て、グラディスは慌てて彼から離れた。
 怪訝そうに眉をひそめるガレルに、微笑してみせる。
「レイジィが心を込めて手当てしてくれたんだ。彼女の好意を無碍にはしたくない。僕にとってはね、ユージンの次に巡り会えた友人がレイジィとアナンなんだよ」
 誇らしげに告げてから、グラディスはガレルに背を向けた。
「それじゃあ、ユージンのことは頼んだよ」
「あなたの望みならば――御意に」
 背後でガレルの声が静かに響く。どこか哀しみを孕んだ声音だった。
 それに気づかない振りをして、グラディスは駆け出した。
 不承不承だがガレルは自分の願いを聞き入れてくれた。
 そのことをグラディスは胸中で感謝していた。
 十数年前、初めて出逢った時からガレルは自分の味方だった。
 常に傍にあり、グラディスを護ってくれた。
 彼が自分のことを心底大切に想ってくれているのも、充分承知している。
 彼がどんな気持ちでグラディスの願いを受け入れたのかも、理解しているつもりだ。
「ガレル――」
 ふとグラディスは足を止め、ガレルを顧みた。
 ガレルが静かにグラディスを見返す。
「アダーシャには、まだ僕の居場所があるかな?」
「当然です。誰がどうあなたを詰り、責めても、私はあなたの味方です。クローディア様、少なくとも私は、いつでも――いつまでもあなたの帰りをお待ちしております」
 ガレルが姿勢を正し、胸元を飾る竜の紋章に手を添える。
「私はあなたの影。あなたを護ることが私の使命です。アダーシャへお戻りの際は、全身全霊をかけて私があなたをお護り致します。もう二度と――あの時のようにあなたを傷つけさせたりはしません。ですから、どうかお早いお戻りを」
 ガレルが深々と頭を垂れる。
 もう一度『ありがとう』と感謝の言葉を述べ、グラディスは今度こそ身を翻した。
 グスタクのある西へ向かって、迷いのない足取りで進み始める。
 ガレルが傍にいる限り、ユージンの身は安全だ。ユージンに危険が及ぶことはまず有り得ない。
 ガレルは超一流の魔術師であり、最高の剣士なのだから。
 問題は、囚われの身であるアナンだ。
 何としてもアナンをキリエの魔手から救わなくてはならない。
 イル・アナンに対する愛情が、否が応にもグラディスの心を逸らせていた。
 グラディスは強い決意を胸に秘め、朝靄の立ちこめ始めた薄暗い街を西へと向かってひたむきに突き進んだ。



      「交錯」へ続く



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