ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 朝靄のかかる街中を、ユージンはレイジィと連れ立って歩いていた。
 措かれた状況が困難なだけに、必然的に二人の歩調は強まっていた。
 メイ・キリエの所有する別荘は三つもあるのだ。何としてでも今日中に全ての別荘を回りたい。
 最悪の場合、別荘のいずれにもキリエやアナンがいない畏れもある。その時はもう、キリエよりも早く王都セラシアへ辿り着くしか選択肢はないのだ。
 ユージンもレイジィも逼迫した現状を把握している。
 それゆえに、二人は言葉を交わすこともなく、ひたすら前へ前へと進み続けた。
 レオンの外れまで来たところで道が幾筋にも分かれていた。
 シア国内各地へと繋がる道が四方八方に伸びている。
 ユージンは太陽の位置を確かめてから、迷わずに西へと続く道を選んだ。
 遠くには急峻な山が聳えている――グスタク山だ。
 この道の先にグスタクがある。グラディスもこの道を通ったに違いない。
「どこへ行く気だ、小僧? セラシアは北の方角だ」
 低い声が間近で響いたのは、グスタクへと伸びる道に足を踏み出した瞬間だった。
 予期せぬ呼びかけにユージンは驚愕し、反射的に周囲を見回してみた。
 何者かの気配が近くにある。
 鋭い視線も感じる。
 なのに、いくら目を凝らしても声の主を見つけることができなかった。
 早朝の通りには自分とレイジィの姿しかない……。
「おまえの行く先はシアの王都であるセラシアだ。寄り道などせずに、そちらへ向かえ」
 戸惑うユージンの耳に、また低い男の声が届く。
 自分に向けられる視線が強まったのを感じて、ユージンはゾッとした。
 ――俺、この視線を知ってる……!
 我知らず掌に冷たい汗が滲んだ。
 アダーシャを流離っている時に何度か感じた、あの鋭利な視線だ。
 ここしばらくは途絶えていたが、視線の送り主はしっかりとシアまで追いかけてきていたらしい。
「ちょっと、誰だか知らないけど出てきなさいよ。姿を見せないなんて卑怯じゃない!」
 相手の姿が見えないことに苛立ちを覚えたのか、レイジィが背中の剣に手を伸ばす。
 転瞬、シュッと空気が裂けるような音がした。
 同時に、真紅の物体が何もないはずの空間から生まれてくる。
 鮮やかな紅が視界に飛び込んできた時、ユージンは二度目の驚愕に口をパクパクと開閉させた。
 目の前に緋色のマントを纏った男が佇んでいる。
 男の額には黄金のサークレット、胸には竜を刻んだ紋章が輝いている。
 アダーシャの民なら誰もが知っているであろう稀有な人物が、確かにそこに存在していた。
「誰よ、あなた? ユージンの知り合い?」
 状況を全く理解していないレイジィが呑気に尋ねてくる。
「ば、馬鹿っ! 知り合いなもんかっ。緋色のマントに金のサークレットに竜の紋章とくれば、シア育ちのおまえでも見当がつくだろ!」
 ユージンは腰が抜けてしまいそうになるのを必死に堪え、レイジィを肘で小突いた。
 途端、レイジィがハッと目を見開く。
「嘘でしょ? それって、もしかして千年王国アダーシャが誇る伝説の魔法剣士? 最強の剣士にして最高の魔術師ってヤツなの?」
「他国じゃ伝説なのか? けど、魔法剣士は実在する集団だ。たった一人で一つの街――いや一国を滅ぼすことも可能な、恐ろしい暗殺者だよ」
 ユージンは怖々と眼前の男に目を向けた。
「せめて精鋭部隊と言ってほしいな。もっとも、部隊とは言っても我ら魔法剣士は五人しか存在しないけどな」
 男が小馬鹿にするような視線を返してきた。
 炎のような衣を纏った男の全身からは、凄まじい威圧感が発されている。マントに隠されて見えないが、その腰にはしっかりと剣を携えているのだろう。
 アダーシャが誇る魔法剣士――優れた剣士であり、高度な魔術を会得した者だけが、国王から特別に与えられる称号。
 その職務は、主にアダーシャを支配するアルディス聖王家の守護にある。魔法剣士とは即ち、アルディス聖王家のお庭番なのだ。
「な、な、なんで魔法剣士が俺なんかにつき纏ってんだよ?」
 上擦った声がユージンの口から飛び出した。緊張と恐怖のせいだ。
 視線の主が彼ならば、ユージンはアダーシャにいる時から見張られていたということになる。そうされる原因が全く思い当たらなかった。
「おまえにつき纏っていたわけではない」
 魔法剣士が厳しい眼差しでユージンを睥睨する。
 なぜか男の瞳には、憎しみと怒り――そして嫉妬のようなものが揺らめいていた。
「私は、おまえが《グラディス》と呼ぶ方を見守っていただけだ」
「グラディス? なんで、グラディスを……」
 ますます頭が混乱を来す。ユージンは思い切り眉根を寄せ、首を捻った。
「ねえ、魔法剣士さん」
 レイジィがまたしても呑気な声を発する。
「私の名はガレルだ」
 魔法剣士――ガレルは簡素に名乗った。
「じゃあ、ガレルさん。つまり、グラディスはアルディス聖王家の一員だってことよね?」
「その通り。あの方は、アルディス聖王家の血を濃く受け継いでいる」
 ガレルが尊大に頷く。
 ――グラディスがアルディス聖王家の血筋……。
 ユージンは、突如として判明したグラディスの正体に愕然とした。
 昨夜、お家騒動の話を聞いた時は『高貴な家柄なんだな』と漠然と思った。しかし、真実はユージンの想像以上のものであったらしい。
 アルディス聖王家の血を引いているのなら――当然、王族の一人だ。
「なるほどね。ようやくキリエの言葉の真意が解ったわ。彼はグラディスの顔と正体を知っていたのね。その上で、魔法剣士という強い守護者が必ず傍にいる、と推測した。だから、あんなにもあっさり退散したんだわ」
 未だ混乱の渦から抜け出せずにいるユージンを尻目に、レイジィはやけに冷静に、得心顔で頷いている。
「シアの一貴族であるキリエが認識してるぐらいだから、グラディスって相当な有名人なわけよね?」
「私の口からは、国王の血縁だとしか言えない」
 ガレルは落ち着いた口調でレイジィの疑問をはね除ける。
 おまえたち如きに教えてやる必要はない――と言外に仄めかされているようで、ユージンはムッとした。上目遣いにガレルを睨む。
 なぜだか知らないが端からユージンを敵視しているガレルは、平然とユージンの視線を受け止め、小さく鼻を鳴らした。
 ますます腹が立ってユージンは殴ってやりたい気分になった。だが、拳を握り締めてグッと耐える。
 勝てる相手ではないことは弁えていたし、そもそも彼はグラディスの味方なのだ。わざわざ不毛な諍いを引き起こすこともない。
 ――この男はいけ好かないけど、グラディスの守護者だしな。
 心の中で己に言い聞かせた直後、ユージンの脳にある疑問が浮かび上がった。
 ガレルの話はどこかおかしい。矛盾している。
「なあ、あんた、グラディスを護るためにシアまでついてきたんだよな。なのに、どうしてここにいるんだよ? グラディスは……どこだ?」
 護るべきグラディスがいないのに、ガレルはユージンたちの前に現れた。よくよく考えると、それは奇妙な行動だ。
「訳あって別行動中だ」
「どうして、グラディスのとこに行かないんだよ? あんた、あいつが向かった場所を知ってるんだろ!」
「あの方は私に『ユージンを護れ』と言った。だから、私はここにいる」
「俺のことなんかどうでもいい。グラディスがキリエのところに向かったなら、あんたも一緒に行くべきだろ。あんたならグラディスを護ることも、アナンを救出することも簡単にできるだろうがっ!」
 問い詰めているうちに沸々と怒りが湧いてきて、ユージンは怒鳴った。
 しかし、相変わらずガレルは冷静な態度を崩さない。
「あの方は、星守人の救出は自分の力で成し遂げなければ意味がない、と仰った。全ては、あの方のご意志だ。私はそれに従わざるを得ない。おまえがシアの王になること――それが、あの方の望みだ。解ったならば、真っ直ぐセラシアへ向かえ」
 淡々と告げ、ガレルが長いマントの裾を翻す。
 ――魔術で消える気だ。
 そう察した瞬間、ユージンはガレルに向かって突進し、彼のマントを力一杯握り締めていた。
 ガレルが驚いたように動きを止める。
「知ってるなら教えてくれよ! グラディスの行き先を知ってるんだろ?」
 ユージンは『絶対に離すものか』とマントにしがみつき、真摯な眼差しでガレルを見上げた。
「知ってどうする?」
「後を追う。あんたが行かないなら、俺が行くしかないだろ! グラディス一人を危険な目に遭わせられない。俺にとってグラディスは大切な相棒なんだ。失いたくないんだよ!」
 ユージンは懸命に訴えた。
 ガレルの双眸が静かにユージンを見下ろす。
「小僧、『行かない』のではなく『行けない』の間違いだ。あの方の言葉は、私にとっては絶対だからな……。メイ・キリエが星守人を連れ去ったのは、ハザの別邸だ」
 フッと、ガレルの口元に微笑らしきものが浮かぶ。
「私があの方に頼まれたのは、おまえを護ることだけだ。おまえの旅の行程など、私には全く無関係なものだ。私はおまえが危機的状況に陥った場合のみ、おまえを助けるだけだ」
 淡然と告げて、ガレルは力強くマントを引いた。
 ユージンを引き離すと、さっさと踵を返してしまう。
「どうして、教えてくれたんだ?」
 ユージンは慌てて声をかけた。自分からグラディスの居場所を訊いておいてなんだが、ガレルがこんなにも素直に教えてくれるとは思ってもいなかったのだ。嬉しさよりも先に疑心と困惑が芽生えた。
「正直、私はおまえが憎い。あの方を好き勝手に引きずり回し、挙げ句危険に晒したからな。だが同時に、おまえには感謝もしている」
 ガレルがゆっくりと振り返る。
 その顔には、先ほどと同じ微笑が刻まれていた。どこか淋しさを漂わせる笑みだ。
「あの方は笑わない子供だった」
「――は?」
 唐突な切り出しに、ユージンは思わず訊き返してしまった。
 それには構わずにガレルが言葉を継ぐ。
「正確に言えば、お父上が亡くなり、家を継がれてから笑わない子供になった。それだけではなく、泣くことも怒ることもなくなってしまった……。喜怒哀楽というものを、己の裡から完璧に消し去ってしまったのだよ。そうしなければ耐えられないほど、十歳のあの方にとって貴族の世界は辛いものだろったのだろう。私には、そんなあの方を見ていることさえ苦痛だった」
 ガレルが悄然と告白する。
 ユージンは黙って彼の言葉に耳を傾けていた。
 彼が自分と同じくらい――いや、もしかしたらそれ以上にグラディスのことを大切に想っているのを悟って、何も言えなくなってしまった。
「あの方は、背負わされた重責に潰されないよう必死に虚勢を張り、自分を押し殺して生きていた。母上に殺されかけ、家を飛び出してからも、それは同じだった。あの方が笑うことはなかった。だが、おまえと出逢うことで変化が訪れた。昔のように微笑むあの方を見て、私は心底驚嘆した。だから、おまえには感謝している。それだけのことだ」
 平淡な口調で語った後、ガレルは突如として姿を消した。
 一瞬にして消えてしまったのだ。
 ユージンはガレルが消えた空間を見つめ、茫然とその場に佇んでいた。
 グラディスの行き先を教えてくれたことに対する感謝の意を告げるどころか、挨拶さえする暇がなかった。
「悪い人じゃないみたいね」
 レイジィがユージンの肩をポンと叩く。
 驚いてレイジィを見遣ると、彼女は満面の笑みを浮かべていた。
「魔法剣士に感謝されるなんて、凄いじゃない」
「別に俺は感謝されるようなことも、特別凄いこともしてないぜ」
 ユージンはしかめっ面で応じた。
 過去を振り返ってみると、確かに出逢った頃のグラディスには人形めいたところがあった。極端に感情の露出が少ない少年だったのだ。
 それが、いつの間にか変わっていた。
 グラディスは自然に笑い、怒るようになっていた。
 だが、ユージンは敢えて彼を笑わせてみようとか怒らせてみようとか、そういった試みをした覚えはない。
 多分、自分のあまりの間抜け振りが、彼の怒りや笑みを誘う結果となったのだろう。
「素直に感謝されときなさいよ。グラディスはユージンに逢って、きっと本来の自分を取り戻したのよ。あなたは一人の人間に希望を与えたの。それって凄いことだと思うわ。伊達に新王候補に選ばれたわけじゃないのね」
 レイジィは自分のことのように得意気に笑う。
「こんなところで立ち止まってる暇はないわ。折角キリエの根城を教えてもらってんだから、急ぎましょう。――さあ、行くわよ!」
 意気揚々と告げ、レイジィは軽快な足取りで西へと向かう道を歩き始めた。


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2009.10.02 / Top↑
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