ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 ――ユージンとは一体何者なのだろう?
 イル・アナンは、同じ問いかけを何度も何度も胸中で繰り返していた。
 暗闇の中にユージンの姿を想像してみるが、像は全く形を成してはくれない。
 暗く閉ざされた世界――生まれた時より、それが唯一知っている世界だった。
 その中ではレイジィやユージンの姿はおろか、自分の姿さえも思い描くことができない。
 全てが闇に覆い尽くされている……。
 昨夜未明、メイ・キリエによって拉致された。
 それからどこかの屋敷に連れ去られ、この部屋に閉じ込められた。
 そこまでは解るが、屋敷がどこに位置しており、この部屋がどんな様相なのかは皆目見当もつかない。
 辛うじて理解できるのは、自分が寝台に腰かけているということだけだ。柔らかい羽毛布団の手触りが、寝台の存在を明示している。
 ここに幽閉されてから、アナンはじっと同じ場所に腰かけていた。
 そして暗闇の中で、幾度も同じ疑問を発していた。
 メイ・キリエが第二の新王候補であることは間違いない。
 彼に対して発動した《神の眼》が揺るぎない証だ。しかし――
「《神の眼》とて、万能ではありませんわ」
 アナンは太股の上に置いた両手をそっと組み合わせた。指先が微かに震えている。それを誤魔化すように、両手を強く握り合わせた。
 アナンが懸念しているのはキリエの存在ではない。彼が新王候補であったとしても不都合はない。
 問題はもう一人の候補であるユージンの方なのだ。
「私は……重大な過ちを犯してしまったのかもしれませんわ」
 不安がよぎる。
 焦燥の高まりとともに鼓動も速まった。
『ユージンは星守姫の子守唄を知っている』
 そうレイジィが打ち明けた瞬間から疑念が生まれた。
 時が経つにつれ、その疑惑は否応なしに膨らんでゆく。
「ユージンは新王候補ではないのかもしれない。一般の方――それもアダーシャの民が、星守姫の子守唄を知っているなんて有り得ませんわ。あなたは何者なのです、ユージン?」
 既に答えに辿り着いているのに、アナンは敢えて疑問を口に出してみた。
 その虚しさに、また溜息が零れる。
「あなたはミラ・ユリスの息子ではないのですか?」
 苦悩の末にアナンが導き出した答だ。
 十八年ほど前にセラ大神殿を脱走し、行方を眩ました星守人――ミラ・ユリス。


 失踪した時、彼女は身籠もっていたという。
 その赤子がユージンなのかもしれない。
 それならば、ユージンが星守姫の子守唄に覚えがあったとしても不思議はないのだ。
 ただ、それが真実であった場合、ユージンはシアの王にはなれない。
 星守人は王にはなれない。
 星守人は国王の星を護るための人間だ。
 星を護り、その輝きを強めることはできるが、光を失った星に再び輝きを与えることは不可能。そのような能力は備わってはいない。
《神の眼》がユージンに呼応したのは、彼の中に流れる星守人の血に共鳴しただけなのかもしれないのだ。
 ユージンがユリスの息子なら有り得る話だ。
 男性の星守人が生まれることは滅多にないが、可能性は皆無ではない。
 ユージンがユリスの実子であり、彼自身も星守人して生を受けているのであれば、彼がシアの玉座に就くことはできない。
 国王の星は、彼のためには決して輝きを灯さない。
 王になるんだ、と自信と期待に満ちた声音で宣言したユージン。
 玉座に対する彼の意気込みは、アナンにも伝わってきた。
 そのことを考えると、胸が鈍い痛みを発する。
 自分の仮説が当たっているならば、ユージンの期待を打ち砕き、彼を失望させてしまう結果になる。
 そして、おそらくはキリエが次代の王となるだろう。
 もっとも、新王候補が他に存在しなければの話だが……。
「もう一度確かめなければ。ユージンに逢って、真偽を見極めなければなりませんわね。もし推測が当たっているのならば、私は彼に謝罪しなくてはなりませんもの。彼が新王候補であると判断を下してしまったのは、他ならぬ私なのですから……」
 小さく独り言ち、アナンは唇を噛み締めた。
 キリエに拉致された事実よりも、ユージンのことが気に懸かって仕方がない。
 両手を握り締め、俯いたまま色々と想いを巡らせる。
 しばし時が流れたところで、アナンは急に首を左右に振った。
 今、どんなに頭を働かせても結論は出ない。
 ユージンに直接尋ねる以外、真相に辿り着く術はないのだから。
「それにしても、いとも容易くさらわれてしまうなんて、私は本当に足手まといですわね」
 ユージンのことを念頭から締め出した途端、別の不安と自己嫌悪が胸の裡に芽生えた。
 閉ざされた視界の中でも、皆が自分を助けようとしていたことは解った。
 グラディスが負傷したのも、はっきりと感じ取ることができた。
 ――なぜ、あの人は自分が新王候補だなんて嘘をついたのかしら?
 ふと疑問に思う。
「愚問ですわね。ユージンを庇い、私を助けて下さるためですわね」
 アナンは苦笑した。
 脳裏にグラディスの澄んだ声が甦る。
『今、僕が君を抱き締めたり、君に口づけしたりすれば、僕は星神の怒りを買い、神罰を与えられて憤死するんだろうね。まあ、僕は別にそれでもいいんだけれど』
 そう言ってくれた彼のことを思い出すと、胸が締めつけられるように苦しくなった。
 これが恋心――恋愛感情というものだろうか?
 そうだとすれば間違いなく自分にとっては初恋だ。
「グラディス……」
 首飾りに指を伸ばして彼の名を口ずさんだ時、近くで物音がした。
 驚いて手を止める。
 ガタガタと何かを揺するような物音に次いで、人の気配を感じた。
 ――メイ・キリエが来たのかしら?
 怪訝に思いながら気を引き締める。
 神経を研ぎ澄ますと、音の発生している方角を定めることができた。
 木戸が軋むような音がする。
 直後、外気が室内に吹き込んできた。
 ――誰かが窓を開けましたのね。でも、誰が……?
 アナンは音のする方角をじっと見据えた。
 暗闇の中、人の気配が近づいてくる。
「やあ、お嬢さん」
 少しおどけたような青年の声。
 その声を聞いた瞬間、アナンは反射的に立ち上がっていた。
 高鳴る鼓動に誘発されたかのように身体が勝手に動く。
 アナンは気配に向かってまっしぐらに駆け寄った。
「グラディス!」
 歓喜の声が唇から飛び出した時には、アナンは躊躇うことなく彼に抱きついていた。



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2009.10.03 / Top↑
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