ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 イル・アナンはひしとグラディスを抱き締めた。
 彼の姿を視ることは不可能だが、彼の肉体を――温もりを感じることはできる。
 その存在を確かめるように両手で彼の背を撫で、胸に顔を埋めた。
「こんなに歓迎されるなんて幸せだね。でも、もう少し腕を緩めてくれると更に嬉しいな」
 グラディスの手がアナンの髪を優しく撫でる。
 指摘されて、アナンはハッとした。
 グラディスが負傷していることを思い出したのだ。
 目が見えないので正確な位置までは解らないが、彼の言葉から察するに胸か背中の辺りに怪我を負っているのだろう。
「ごめんなさい」
 アナンは羞恥に顔が火照るのを感じながら、素早く腕を離した。
 そのまま身を引こうとしたが、すぐにグラディスに肩を掴まれた。
 驚く間もなく引き寄せられる。
「僕は、離れてくれとは言ってないんだけどね。折角、君から抱きついてきてくれたのに勿体ない。もう少し、このままでいよう」
 グラディスの笑い声がアナンの耳をくすぐる。
 アナンは無言で首肯した。
 グラディスの体温を感じていたい。
 柔らかく自分を包み込んでくれるグラディスの存在に大きな安堵を覚えた。
 不思議な充足感が心を満たす。
「君が星守人として生きることに誇りを抱いているのは理解している。解っているつもりだけれど――未練がましいかな? それでも僕は君を諦め切れない。ここを脱出したら、僕と一緒にアダーシャで暮らしてくれないかな?」
 唐突にグラディスが告げる。
 アナンは驚きと嬉しさに、勢いよく顔を上げた。
 陶然としながら脳裏でグラディスの言葉を反芻する――断る必要は微塵もなかった。
 アナンは己の心に忠実にあろうと決めたのだ。
 しかし、頷こうとしたその瞬間、不意にグラディスの身体が強張ったのである。
「――と思ったけど、残念だね。今は、悠長に愛を語らっている場合じゃないみたいだ」
 グラディスが苦々しげに呟く。
 ほぼ同時に扉の開く音がした。
 グラディスが忍び込んできた窓とは正反対の方角だ。
 アナンは闇に中に、新たな人の気配を感じた。
「単身で乗り込んでくるとは、いい度胸だな」
 低い男の声が室内に響く――メイ・キリエだ。
「いいかい、アナン。ユージンが新王候補であることは決して口外してはいけないよ。それから、絶対にここを動かないように」
 グラディスが小声で囁き、そっとアナンの身体を後ろへ押し遣る。
「グラディス……?」
 アナンは彼を引き止めようと咄嗟に手を伸ばした。
 だが、五本の指は虚しく空気を掴んだだけだった。
「すまないね、アナン。君と同じくらいユージンのことも大切なんだ。なにせ、生まれて初めてできた友人だからね」
 グラディスの気配が自分から離れてゆく。
 メイ・キリエの傍に移動したのだろう。
「何故、おまえがシアの新王候補なのだ?」
「それは、僕の方こそ星神セラに訊きたいね」
 キリエの冷厳な声に、グラディスが飄々と応じる。
 アナンは悚然と立ち竦んでいた。
 ここがキリエの屋敷だということをすっかり失念していた。
 今になってようやく、グラディスが易々と侵入できたのは敢えてキリエがそれを許したからだ、という考えに思い至った。
 新王候補を誘い出すための餌――そのために自分は連れ去られた。
 そしてグラディスは、それを知りながら危険な場所に飛び込んで来てくれたに相違ない。
「まあ、何者であろうと私の邪魔をする者は排除するだけだ。ここへ来たからには覚悟はできているんだろうな、クローディア・ロンデル」
「クローディア・ロンデル――」
 アナンは鸚鵡返しに呟いていた。
 自分は確かにその名を知っている。
 しかし、その名の持ち主がグラディスであるという事実に、激しい当惑と驚愕を覚えた。
「それとも、アルディス・アノン・クローディアと呼んだ方がいいかな?」
 皮肉げなキリエの声。
 続けて微かな金属音がアナンの耳に届く。
 キリエが剣を抜いたのだ。
 だが、それさえも気にならないほど、アナンは衝撃を受けていた。



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2009.10.03 / Top↑
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