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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Sat
2009.10.03[21:43]
 あまりにも静かすぎる出来事に、クラリスをはじめ誰もがしばし時を忘れた。
 奇妙な沈黙が僅か一瞬、皆の上に降り注ぐ。
「……シン?」
 静寂を打ち破ったのは、マイトレイヤーの悄然とした声だった。
 マイトレイヤーの菫色の双眸は不安に揺らめいている。
「ラザァ……何が……起こったのですか?」
 動揺を隠しきれない掠れた声が兄の唇から出ずるのを、クラリスは痛ましい想いで眺めていた。
 結界の外――魔法力の暴風が消え去った世界には、茫然と佇むデメオラと地に倒れ伏したシンシリアの姿しかない……。
 シンシリアの身に何か凶事が起こったのは間違いない。
 ラザァはシンシリアの問いには答えずに無言で結界を解くと、同僚の元へと駆け出した。
 マイトレイヤーが弾かれたように後に続く。
 クラリスは震えているセリエの手を引きながら兄を追った
 シンシリアは仰向けに斃れたまま微動だにしない。
 その様を何故だかデメオラが青ざめた顔で眺めている。術を放ったデメオラ自身、もしかしたらあの妙な魔法を駆使するのは初めてのことだったのかもしれない……。
 ラザァが水色の冷たい眼差しをデメオラに向けると、彼は一気に正気に引き戻されたかのようにビクッと大きく身を震わせた。魔法剣士がすぐ傍まで迫っていることを認識し、慌てて逃げだそうとする。
「クラリス、ソレを動けないようにしておけ」
 すっかり丁寧な口調を忘れてしまったラザァが、チラとクラリスに視線を投げる。
 言われるまでもなく、クラリスはセリエの手を離して、背を返そうとしたデメオラに駆け寄っていた。
 脂で膨れ上がった彼の腹部に容赦なく蹴りを見舞う。
 足が肉の風船に包まれる奇怪な感触――それでも一応、蹴りの効果はあったらしい。デメオラは巨体を揺らして、地面に倒れ込んだ。
 クラリスはレイピアをデメオラの首と脇に突き刺すと、更に懐や太腿に隠し持っていたナイフを取り出した。
「き、貴様っ! 何をするっ!?」
 デメオラがクラリスの手で光る数本のナイフを見て、ギョッと目を丸める。
 クラリスは身を屈め、彼の腹部に片膝を乗せた。
「役得だね、神官サマ。僕が上に乗ってあげるコトなんて、滅多にないんだよ」
 クラリスは怯えるデメオラの顔を覗き込み、ニッコリと微笑んだ。
 クラリスの笑顔を間近に見て、デメオラがグッと息を呑む。次の瞬間、何を妄想したのか神官のふくよかな顔は真っ赤に上気していた。好奇心にギラつく眼差しがクラリスを見上げる。
 デメオラの腰が大きく揺れ、腹部に乗せているクラリスの膝に何か硬いモノが触れる。
 ――ちょっと……自分の危地に何考えての、コイツッ!? 真性の変態なんだけどっ……! それ以前に、おっさんばかりに勃たれても、嬉しくも何ともないんだけどっ!
 クラリスは内心で舌打ちを鳴らし、もう一度満面の笑みを向けた。
 直後、手にしていたナイフで白い聖職衣ごとデメオラの巨体を地面に縫いつける。隠しナイフ全てを使い切り、尚かつ絶対に抜けないようにナイフの刃を深々と突き刺してやった。
 最後に再び手にしたレイピアでローブの一部を切り裂き、呪文を唱えられないように布の塊をデメオラの口内に押し込めた。
 吐き気を催すような作業を終えると、クラリスはさっさと皆の方へ向き直った。


「シン――」
 マイトレイヤーがシンシリアの傍らに膝を着いている。
 白い指が伸ばされ、シンシリアの頬に触れる。
 転瞬、彼は熱いものにで触れてしまったかのように勢いよく手を引っ込めた。
「――シン……シリア……?」
 マイトレイヤーの細い身体が傍目にも可哀想なほど激しく震えた。
 黄昏色の双眸が怖々とラザァを見上げる。
「シンは――絶命している」
 ラザァが非常に言いにくそうに告げる。
「あの魔法は、かつて魔王が駆使した云われる暗黒魔術。今でも密やかに受け継がれていると噂では聞いていたが、実際に目にしたのは初めてだ……。おそらくデメオラも初めて使ったのだろう。シンは……シンシリアは心の臓を爆破されたのだと思う――」
 苦渋に満ちたラザァの声。
 それを聞いている間にもマイトレイヤーの顔からは血の気が失せ、瞳は張り裂けんばかりに見開かれた。
「嘘……です……。シンが――シンシリアが亡くなっただなんて……」
 マイトレイヤーの首がゆるりと横たわっているシンシリアの方へ戻される。
「シン――」
 マイトレイヤーの両手がシンシリアの肩を掴み、軽く揺さぶる。
「起きて下さい、シン」
 静かな呼びかけと共に、マイトレイヤーは何度も何度もシンシリアの身体を揺すり続ける。
「シン……シン、シンシリア――」
 兄の口からは譫言のようにシンシリアの名前が紡がれ続ける。
 クラリスは一度唇を噛み締めてから、意を決して兄の肩に手を伸ばした。
「――兄上」
 こんなに儚げで我を忘れている兄の姿など見ていられない。
「クラ……リス……?」
 クラリスを振り仰ぐ顔は真っ青だった。
 美しい面差しゆえに茫然自失している兄は殊更痛々しく感じられる。
「兄上、シンシリアは――死んだのです」
 兄の細い肩をしっかりと掴み、クラリスは残酷な事実を突きつけた。
 兄を哀しませたいわけでも、傷つけたいわけでもない。
 ただ、マイトレイヤーには現実を見つめてもらわなければならなかった。その役割をラザァやセリエに押しつけるわけにはいかない。それは、紛れもなく肉親であるクラリスの役目だった。
「クラリス……どうして、私にそんな酷いことを告げるのです?」
 兄の顔が苦痛に耐えるかのように歪められる。
「シンシリアは死にました」
 クラリスは心を鬼にし、抑揚のない声音で繰り返した。
 その瞬間のマイトレイヤーの顔は痛切極まりないもので、クラリスは思わず顔を背けたくなった。だが、奥歯を噛み締めてグッとそれに耐える。
「嘘です……シンシリアが……私を置いて……逝くなんて――」
 マイトレイヤーの美貌を彩っているのは、絶望という名の深い嘆きのみ。
「シンシリア――」
 瞬きを忘れた黄昏色の双眸から、つと透明な雫が零れ落ちた。
「私の……せいなのですね」
 また一つ、涙の粒が頬を伝う。
「私が……シンシリアを殺したのですね?」
 誰に問うているわけでもない呟きが唇から洩れる。
 フワリ、と長い白金髪が宙に舞い上がった。
「違う、兄上――」
 クラリスはハッと兄を凝視した。
 マイトレイヤーの瞳から溢れ出す涙は、既に滂沱と化している。瞳の奥にあるのは、計り知れないほどの空虚だった。
「駄目だ、兄上――そんなの、赦さないっ!」
 兄を包み込む甚大な喪失感に気づいた瞬間、クラリスは叫んでいた。
 ラザァやセリエには解らないかもしれないが、クラリスにはマイトレイヤーが何をしようとしているのか克明に理解できた。
 優しく繊細な兄が、目の前で愛しい人を殺された現実に耐えきれるはずもない。
「自分に《忘却の術》をかけるなんて、僕が赦さないっ!!」
 クラリスは咄嗟にマイトレイヤーの首にしがみついていた。
 片手で兄の長い髪をひしと掴み、もう一方の手で首筋を強く抱き寄せる。
「忘却は罪だよ。大切な人を忘れるなんて――罪だよ」
「ですが、クラリス……初めて好きになった人なのです。その人を私は己の愚かさ故に喪ってしまったのです……。彼は私を助けようとして――――」
 マイトレイヤーの悄然とした声が耳を掠める。
「それでも、駄目だ。《忘却の術》は、シンシリアのことだけじゃなくて、今まで生きてきた兄上の全てを消す禁呪じゃないか! 僕だって、それくらい知ってるんだからね! 記憶を消すなんて、僕は絶対に赦さないっ!!」
 クラリスは心が声にならない悲鳴をあげるのを必死に抑制して、ギュッと兄を抱き締めた。

 ――僕が初めて好きになった人は、兄上……あなたです。

 胸の裡でそっと打ち明ける。
 なのに兄は、自分のことまで忘却の彼方に押し遣ろうとしている。
 いくら兄がシンシリアのことを心底愛していたとしても、その所業だけは何としても阻止しなければならない。
 マイトレイヤーの裡からクラリスの記憶が抜け落ちるなんて考えたくもない。
 記憶を封印した兄の傍にいることは、きっと身を切るような痛みを伴うに違いない。
 ――何で、さっさと死ぬんだよっ!? こんなに早く死ぬなら、兄上の純潔と恋心返せよ、馬鹿シンシリアッ!!
 クラリスは込み上げてくる涙を懸命に堪えた。
 ――我慢したのに……! 変態だけど、兄上が惚れた男だから、見守ろうって決めたのに……! 兄上に幸せになってほしかったのに……!
 仰臥するシンシリアを兄の肩越しに軽く睨めつける。
 生まれて初めて大切な兄を託してもいいと思えた相手だった。
 だから、大した邪魔もしなかったのに、あっさりと兄を残して他界したシンシリアが物凄く恨めしかった。
 死んでまで兄を泣かせるなんて――腹が立つ。

「大切な人を忘れるなんて、駄目だよ。愛する人の記憶を封印するなんて、残酷だよ……」
 クラリスはピクリとも動かないシンシリアから視線を外すと、改めて兄の背を抱いた。
 クラリスの言葉に、マイトレイヤーが一瞬身を強張らせる。
「兄上は、それで生きていけるの? 本当にシンシリアのことを忘れて、生きていけるの? 彼を愛した記憶も、彼に愛された記憶も――全部無くなっちゃうんだよ?」
 クラリスはそっと顔を上げ、真摯に問いかけた。
 マイトレイヤーが静かにクラリスを見返してくる。
 やがて、フッと宙に舞っていた長い髪が動きを止めた。ゆっくりと本来あるべき位置へと落ち着く。
 マイトレイヤーは、無言のまま弱々しくかぶりを振った。
 両の瞳からまた大粒の涙が零れ落ちる。
「兄上の馬鹿。大嫌いだけど――大好きだよ」
 クラリスは泣き笑いの表情でマイトレイヤーを見つめると、再び兄を腕に抱き締めた。
 兄が思い留まってくれたことがひどく嬉しい。
 心に安堵が芽生える。
 胸が熱い。

 ――アレ? 何だか、本当に熱くない?
 はたと現実に引き戻されて、クラリスはガバッと兄の身を引き剥がした。
 怪訝な眼差しをマイトレイヤーの胸元へ注ぐ。
「――何、ソレ? 何か光ってるみたいだけど、兄上?」
 クラリスは茫然と兄の首からぶら下がる物体を指差した。
 黄金細工の美しい首飾りだ。
 中央にはクロスフォーカットにされた鮮やかな碧玉が一つ填められている。
 頬を伝い落ちるマイトレイヤーの涙を石が受け止めていた。
 涙は石の表面から中へとスーッと染み込んでゆく。
 兄の涙を受ける旅に、大粒の貴石は蒼とも紫ともとれる不可思議な輝きを確かに発していた――



いつもご来訪下さり、ありがとうございます♪
ここまで来たら、もうパラすネタもなく、感動もなく終幕を迎えるんですけど……(汗)
あ、BLっぽいコトもあまりなく――ですけれど……(滝汗)
残り2話ほどの予定ですので、極力、間を空けないようにいたします!

クラリス、おっさんばっかりで……ゴメン(泣)
いや、いつかきっとオトコマエの新しい彼氏が出来るサ(笑)←

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