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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Mon
2009.10.05[08:57]
 人形のようだった肉体に、突如として生気が宿る。
 グラディスの白蝋のような頬にほんの僅かだが赤みが差す。
 瞼が激しく痙攣し始めたかと思うと、グラディスは唐突に双眸を見開いた。
「――うっ……!」
 口から血の塊を吐き出し、彼は苦悶の表情で再び目を閉じる。
 ユージンは、自分が鷲掴みにしているグラディスの胸が静かに上下し始めるのを感じた。
 驚きと喜びが心の奥底からわき上がってくる。
「グラディス!」
 胸倉から手を離し、親友の頬に掌を押し当ててみる。
 微かだが体温を感じられた。
 ――生き返ったのだ。
 グラディスは現の世界――自分の傍に戻ってきてくれたのだ。
 グラディスが生きている。
 嬉しすぎて涙が込み上げてきた。
「……僕は……生きているんだね――」
 グラディスがうっすらと目を開ける。
 虚ろな眼差しがユージンの顔の上を泳ぎ、次いでガレルを見上げた。
「まだ……僕に生きろと? 一体いつになったら……死なせてくれるのかな」
「私が生きている限りは何度でも甦ってもらいます。決して私より先には死なせません」
「しつこいね……解ったよ、僕が折れる。おまえより先には逝かない。……だから、しばらくこのままでいてくれ。身体が痛くて……重くて……とても動けそうにない」
「喜んで――」
 ガレルがグラディスを抱き抱えたまま恭しく頭を垂れる。
「やあ、ユージン、君があまりにも煩いから……戻って来てあげたよ」
 グラディスの視線がユージンへと戻ってくる。
「よかった。グラディス、おまえが生きててくれて。俺、今――滅茶苦茶嬉しい」
「相変わらず……恥ずかしい台詞を吐くね、君は。……戻ってきたからには、約束はちゃんと果たしてもらうよ」
 素直に喜び表現するユージンに向かって、グラディスは苦笑を浮かべた。
 彼は震える手で腰に手を伸ばすと、一本のレイピアを鞘ごと引きちぎった。
 それをゆっくりとユージンの眼前に差し出す。
「これを……僕の代わりに――」
「な、何だよ? おまえ、形見を渡しにちょっとだけ戻ってきたわけじゃないよな? そのつもりなら絶対に受け取らないぜ」
「馬鹿だね。形見でもないし、君にあげるつもりもないよ。ただ……セラシアまでは一緒に行けそうにないから……せめて剣だけでも君の傍に、と思っただけだ」
 グラディスが呆れ混じりに告げ、更にレイピアを突き出す。
 フッと彼の双眸が翳った。
「悪いけど……アナンを――アナンのことも頼んだよ……」
「解った。アナンは必ず助け出す」
 ユージンは親友の手からレイピアを受け取った。
「貸すだけだから、シアの王になったら必ず僕に返しに来るんだよ。アダーシャで待ってるから。……約束だよ、ユージン。君はシアの王に――」
 ユージンにレイピアを授けて安堵したのか、不意にグラディスの言葉が途切れた。
 身体から力が抜け、瞼がスッと閉ざされる。
「――グラディス? しっかりしろよ、グラディス!」
 ユージンは心臓が縮まる想いで友人を凝視した。
 友人が再び死の淵に舞い戻ったのではないか、と不安になったのだ。
 折角生き返ったのに、またしても別離を迎えなければならないのかと思うと気が気ではない。
「安心しろ。気を失っただけだ」
 ユージンの心を見透かしたかのようにガレルが説明する。
「――とは言っても、油断は禁物だ。蘇生後は体力が著しく低下している。その上、クローディア様は怪我のせいで血液が足りていない。やはり即刻アダーシャへ連れ帰って、じっくり魔術治療を行うべきだろう」
「甦ったのに、アダーシャへ連れ戻すのかよ?」
「当然だ。今のクローディア様に必要なのは治癒と休養だ。生き返ったとはいえ瀕死の重体であることに変わりはない。本人もそれが解っているから。おまえに剣を託したのだろう」
 ガレルはグラディスを抱き直すと、真摯な眼差しをユージンに向けた。
「メイ・キリエは一足違いで屋敷を後にし、セラシア目指して北上したそうだ。残っていた者は、おまえたちを足留めするための道具だったらしいな。クシュカ族の男がそう吐いた。――シアの王になれ。それがクローディア様の望みだ。自分のやるべきことを成し遂げろ。クローディア様に再会するのはそれからだ。おまえは、この方がアダーシャの玉座を蹴ってまで護ろうとした友人だ。クローディア様との約束を反故にするな」
 言いたいことを一方的に述べると、ガレルは忽然と姿を消した。
 彼の腕に抱かれていたグラディスも当然消えてしまう……。
「約束……」
 ユージンは手の中に残されたレイピアをじっと見つめた。
 ――そうだ。確かに約束した。
 グラディスの涼やかな笑顔と、数日前の言葉が脳裏に甦る。
『セラ大神殿に辿り着くまでは、王になることを決して諦めない、と誓うこと』
 友人のその言葉にユージンは頷いたのだ。
 ――グラディスとの約束を違えるわけにはいかない。
 ユージンにとって彼は大切な友。彼の想いに報いるためにも、王にならなければならない。
 彼との約束がある限り、途中で挫けることは許されないのだ。
 しかし――
「けどよ……星戦って何だよ? 大事な人間を傷つけてまで――死ぬような目に追いやってまで、俺は玉座を目指さなきゃならないのか?」
「それが、あなたの選んだ道よ」
 ふと、レイジィの厳しい声が響く。
「シアの玉座を目指すということは、そういうことよ。ユージンだって、どんな困難でも乗り切る覚悟でシアに入ったはずよ。――泣き言なら後にして。今は、ガレルさんの言った通り、自分にできることを実行するしかないのよ。泣いたって、悔やんだって、グラディスがメイ・キリエに一度殺されたという事実は消せないし、彼の怪我が治るわけじゃないわ」
「……解ってる」
 ユージンはレイジィをまじまじと凝視した。
 自分より年下のはずの彼女は、時折ひどく大人びて見える。今もユージンを見つめる眼差しには、理知的な輝きと共に強固な意志が浮かび上がっていた。
「解ってる。ここに突っ立てても仕方ないよな」
 ユージンはレイジィから顔を背け、レイピアに視線を落とした。
 グラディスの分身とも言えるレイピアが妙に重く感じられる。
 この剣には、グラディスの心が込められているのだ。
「俺は、グラディスとの約束を果たすことができるだろうか?」
 レイピアを握り締め、ユージンは独り言ちた。
 途端、レイジィが大仰に溜息をつく。
「ユージン」
 レイジィの指がトントンとユージンの肩を突っつく。反射的にユージンは振り向いた。
 その瞬間、頬に衝撃が訪れる。
 レイジィに強烈な張り手を見舞われたのだ。
「いってぇっっ!」
 ユージンはぶたれた右頬を片手で押さえ、非難の眼差しをレイジィに向けた。
 彼女は笑顔を浮かべ、悠然とユージンを見返している。
「おまえは、人がこれ以上ないってぐらい落ち込んでる時に、何するんだよ? しかも、笑ってるなんて非常識だと思わないのか!」
「いいじゃない。ちょっと気合いを入れてあげただけよ」
 レイジィが悪びれた様子もなく肩を聳やかす。
「この星戦は、あたしにとって星守人としての最後の仕事なの。ユージンが王になることは、あなた自身はもちろん、あたしやグラディスの願いでもあるのよ。肝心のあなたがしっかりしてくれなければ困るわ」
「俺はそんなに頼りないかよ?」
 ユージンは恨めしげにレイジィを見つめた。
「ええ、とっても。グラディスがあなたを心配してシアまでついてきた気持ちが解るわ」
 レイジィがあっさりと頷き、また笑みを閃かせる。
「グラディスの気持ちに応えるためにも、あなたは王都セラシアを目指し、メイ・キリエよりも先に国王の星に触れてみるべきだわ。――さっ、行くわよ」
 レイジィは強い語調で告げ、出発を促すように背を返す。
「おまえは……グラディスが瀕死だっていうのによく笑ってられるよな」
 この状況下で早くも先の行動を考えているレイジィが、ほんの少しだけ憎らしかった。
「馬鹿ね」
 レイジィが振り向かずにポツリと呟く。
「あたしまで泣いたら、誰がユージンのことを励ますのよ? あなたの方があたしの何百倍も辛いことぐらい理解してるつもりよ」
「……悪い」
 虚を衝かれて、ユージンは目を瞠った。
 口からは自然と謝罪の言葉が飛び出す。
 レイジィは、ユージンを気遣ってわざと明るく振る舞い、叱咤激励する役を買って出てくれたのだ。
 その彼女の気持ちを汲んであげられなかった己が、とてつもなく卑小に感じられ、ユージンは唇を噛んだ。
 ――俺は本当に頼りない男だな。
 忸怩たる想いが胸に込み上げてくる。
 ――けれど、いつまでも今のままじゃない。強く……もっと強くなってやる。
 ユージンは頬から手を離し、レイピアを両手で握った。
 己の弱さや未熟さが、グラディスを深く傷つけた。
 ガレルの魔法で甦ったとはいえ、一度は死なせてしまった。
 その責任は間違いなく自分にある。
 こんな辛い想いをするのも惨めな想いをするのも、もう御免だった。
 二度と同じ過ちを繰り返したくはない。
 そのためには、自分が強くなるしかないのだ。
「レイジィ。俺、王になるよ」
「そんなこと、改めて言われなくても解ってるわよ」
 レイジィがゆっくりと振り返る。
 彼女の碧い双眸を、ユージンは正面から見つめた。
「キリエが王になるなんて許せない。たとえ星が――セラが認めたとしても、俺は許さない。許すわけにはいかない。アナンを人質として攫い、グラディスの生命を奪った卑怯者が王になるなんて、認めない。だから、何が何でもキリエに勝つ」
 ユージンが決然と宣言すると、レイジィの顔に柔和な笑みが広がった。
「ユージンならできそうな気がするから不思議よね。キリエはセラシアに向かって北上したって言ってたから――きっと今夜はファーゴの街あたりに宿を取るんじゃないかしら? 急げば、あたしたちも日暮れ前にはファーゴに辿り着けるわ」
「じゃ、行くか。あの嫌な男からアナンを奪還しようぜ」
 ユージンの言葉にレイジィが無言で頷き、身を翻す。
「俺は王になる。キリエなんかには絶対に屈しないし、負けない」
 ユージンは決意の漲る眼差しを床に注いだ。
 足下には、グラディスの体内から流出した血液が不吉な染みを作っている。
 僅か一時でも『グラディスが絶息していた』という、忌まわしく禍々しい刻印だ。
 それを目に焼きつけながら、レイピアを腰のベルトに差し込む。
「キリエに勝って、王になる。だから、傍で見ていてくれよ、グラディス」
 ユージンはレイピアの柄を強く握り締めると踵を返した。
 顔を上げ、しっかりと前を見据える。
 二度とは振り返らなかった。



     「選択」へ続く



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