ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 陽が西に傾きかけている。
 横顔に西日を受けながら、ユージンは寡黙に細長い道を歩いていた。
 隣を歩くレイジィも黙然と歩を重ねている。
 グスタクを出発してから、ずっと歩き通しだった。
 途中、昼食をとるために休憩したが、それも僅かな時間だった。機械的に食物を口に入れ終えるとまた黙々と歩き始め、ファーゴまでの距離を地道に詰めているのである。
 連なる山々に沿って伸びる街道に人気は殆どない。
 時折、南下する人々と擦れ違う程度だ。ユージンたちのように北上する人に至っては皆無だった。
「そろそろ着いてもいいんじゃないか?」
 ユージンは痛む両脚を恨めしげに一瞥し、舌打ちを鳴らした。
 気を緩めれば足を止めてしまいそうな己を胸中で叱咤しつつ、片手でグラディスに託されたレイピアの柄を握る。
 手に力を込めた瞬間、遠くに街らしき影が浮かび上がった。
 西日を浴びて煌めく視界の端に、密集する建物群を発見した。
 あれがファーゴの街なのだろう。
「やっと目標が見えたみたいだぜ」
「あと一息ね。頑張りましょう」
 レイジィが微かに顔を綻ばせる。目的地を肉眼で確認できたことに対する喜びと安堵が、彼女の声音には含まれていた。
「ああ。――っと、あれ? なあ、あれって……イル・アナンじゃないか?」
 唐突にユージンは足を止めた。
 細長い道を何者かがこちらへ向かって歩いていた。
 褐色の肌に豊かな黒髪――イル・アナンに相違ない。
 片手に持った杖で道を確かめながら、彼女はゆっくりと歩を進めている。
 ユージンたちとの距離は百メートルもない。
「ホントだ。アナンだわ」
 レイジィが怪訝そうに首を傾げる。その視線はアナンの顔に据えられていた。
 アナンの顔の左半分は白い布で覆われているのだ。それを奇妙に思ったのだろう。
「アナン! あたし――レイジィよ!」
 こちらに気づいた様子もなく歩き続けるアナンに向かって、レイジィは大声を張り上げた。
 アナンが不思議そうに立ち止まり、キョロキョロと視線を彷徨わせる。
 その視線がこちらに固定されるより早く、レイジィが駆け出した。反射的にユージンもそれに続く。
「アナン!」
 レイジィは物凄い速さでアナンに駆け寄ると、その手を取って嬉しげに微笑んだ。
「よかった。無事だったのね」
「その声――もしかして、レイジィですの?」
 アナンの右目が瞠られる。
 彼女はまじまじとレイジィを見下ろした。
「まあ、なんて可愛らしい。レイジィはとても愛らしい顔立ちをしていましたのね。想像とは少し違っていたので、声を聞くまでレイジィだとは思いませんでしたわ」
「――えっ?」
 はにかんだ笑みを浮かべるアナンを見て、レイジィが戸惑ったように眉を寄せる。
 それには構わずに、アナンは視線をユージンへと転じた。
「では、そちらの少年がユージンなのですね。ようやく新王候補の顔を見ることができましたわ。嬉しいですわね」
「ねえ、ひょっとして見えてるの?」
 レイジィが甲高い声で訊ねる。アナンは微笑を湛えたまま静かに頷いた。
「ええ。つい先刻からですけれど」
「それは喜ばしいことだけれど――キリエにやられたんじゃないわよね?」
 レイジィが懸念たっぷりの声音で問いかける。
 ユージンも答えを求めてアナンに視線を注いだ。
 アナンの左顔面を覆う布――それは目を中心に巻かれているとしか思えない。彼女が左目に何らかの損傷を受けたことは、まず間違いないだろう。
「これは自分でやりましたのよ。私は星守人であることを辞めたのです」
 妙に清々しい声でアナンが告白する。
 ユージンは思わず息を呑んでいた。
 アナンは星刻の印された《神の眼》を自ら捨てたのだ。
 お淑やかで内気なアナンが大胆な決断を下したことに、ユージンは驚き、そして感心した。
「《神の眼》を捨てたら、目が見えるようになったってこと?」
「はい。まさか、それで視力が備わるとは思ってもいなかったのですけれど……。あっ、ちゃんと魔術治療を受けてきましたので心配はいりませんわよ。――とにかく、これで外の世界で生きてゆく決心がつきましわ」
「そう、よかった。アナンが決断してくれたのなら、あたしも心おきなく神殿を去ることができるわ。ユージンを神殿に連れていった後は、二人とも晴れて自由の身ね」
 レイジィがアナンの決意を喜ぶように微笑む。
 しかし、それとは対照的にアナンの表情は暗く翳った。
「そのことなのですが……申し訳ありません。私は神殿へは行けませんわ」
 躊躇いがちな言葉がアナンの唇から紡がれる。
 言われて、ユージンはアナンが道を南下してきた事実を改めて思い出した。
 彼女は王都セラシアとは正反対の方角を目指していたのだ。
 ユージンたちと合流するために無闇に南下してきたとは思えない。出逢える偶然より、行き違いになる確率の方が高いだろう。それとは別に、何らかの意志を持っていたと考える方がしっくりくる。
「グラディスのところへ戻る気なのか?」
 ユージンは、アナンがグラディスの死を知っているかもしれないと思い至り、尋ねてみた。
 彼女はメイ・キリエに囚われ、彼の傍にいたはずなのだ。
 当然、彼女を救出に向かったグラディスとも再会しているだろう。
 この道はメイ家の別邸があるグスタクへと繋がっている。
 彼女はそこへ戻ろうと考えているのではないか、と推測できた。彼女はグラディスが魔法剣士によって生命を救われた事実を報されていないのだから。
「ええ。グラディスは私を庇って生命を落としたのです。彼はアダーシャになくてはならない貴き存在でしたのに――私が殺したのです。グラディスが亡くなったのは私のせいなのです」
 アナンが沈痛な面持ちで告げ、瞼を伏せる。
「ちょっとアナン、グラディスはね――」
「彼をあの屋敷に置き去りにはできません。私は彼を弔いたいのです。……私は愚かな女なのですわ。失って初めて、自分の心がどれほどグラディスを愛おしみ、彼の傍に在ることを望んでいたかに気づいたのです」
 慌てて勘違いを訂正しようとするレイジィを遮り、アナンが自責の念を訴える。
 ――アナンはグラディスのことが好きだったのか……。
 ユージンはようやくその事実に気がついた。
 おそらく、グラディスも彼女のことを好きのだろう。
 グラディスはアナンに対して常に優しさをもって接していた。それは、アナンが盲目であることに起因していると思っていたが、実際はそうではなかったらしい。
 グラディスはアナンに特別な感情を抱いているのだ。そうであるからこそ、彼女を自分の手で護ろうと躍起になったのだろう。
「行けよ、グラディスのところへ」
 アナンのグラディスに対する想いと、グラディスの彼女への愛情に気づいた今、ユージンには彼女を引き止める理由はなかった。
「あんたが俺につき合うことはないし、グラディスもその方が喜ぶだろ。――ていうか、あんたが自分を責めることもない。グラディスは生きてるんだからさ」
「――えっ? ですが、確かに私は彼の生命の灯火が消えるのを感じましたわ」
 アナンが虚を衝かれたように瞼を跳ね上げる。
「消えた炎を再燃させた魔法剣士がいるのよ。アルディス聖王家に生まれるのも大変よね。死にたくても魂を呼び戻されちゃうんだから」
「グラディスが……生きている?」
 アナンの頬をつと涙が伝う。
 大切な人が生きている歓喜を噛み締めているのだろう。
「彼が生きている――なんという奇蹟なのでしょう。こんな嬉しいことはありませんわ。私のこの想いは……まだ手遅れではありませんのね」
「そうよ。グラディスは生きてるんだから、ユージンのことはあたしに任せて。アナンは自分が決めた道を進むべきよ」
 レイジィが力強くアナンを励ます。
 すると、ようやくアナンの顔に微笑が浮かんだ。
「ありがとうございます」
「お礼なんていいわよ。――あっ、グラディスのところへ戻るのはいいけど、メイ家の別荘にはもういないわよ。魔法剣士がアダーシャへ連れて帰っちゃったからね」
「では、アダーシャのロンデル家を訪ねてみることにしますわ」
「ガレルさんっていう魔法剣士に事情を話せば、きっとグラディスに逢わせてくれるはずよ。でも、一人で大丈夫?」
 ふと、レイジィが気遣わしげにアナンの顔を覗き込む。アダーシャまで長い道のりを心配しているのだろう。
「私は平気ですわ。目も見えるようになりましたし、メイ・キリエは金品類を奪うことはしませんでしたから路銀もあります。レイジィたちは王都を目指すことだけを考えて下さい」
 レイジィの懸念を余所に、アナンは毅然と言葉を紡ぐ。
「キリエは、ファーゴに入ってすぐのところにある大きな宿屋にいます。今ならまだ追いつけるかもしれません。私はもう発ちますから、ユージンたちも急いで下さい」
「ああ。あいつに玉座を渡すわけにはいかないからな」
 ユージンは脳裏にキリエの酷薄な笑みを思い描き、憮然と呟いた。
 グラディスを傷つけられた恨みと痛みが、胸を疼かせる。
「そうですわ、ユージン――あなたに一つだけ訊きたいことがありましたの」
 不意に、アナンが改まった視線を向けてくる。
 ユージンは慌ててキリエの姿を意識から締め出し、アナンを見遣った。
 アナンの緑色の右目が食い入るようにユージンを見つめている。
「あなたの母親は、ミラ・ユリスという女性ではありませんか?」
 唐突な質問にユージンは目を丸めた。
 アナンの口から『ミラ・ユリス』の名が飛び出したことに狼狽したのだ。
 ギュネイ・セラシアへの復讐の念がまざまざと甦ってくる。
「ユリスって、アナンが子供の頃に失踪した星守人でしょう? それが、どうしてユージンと関係があるのよ?」
 レイジィが解せない様子で大きく首を捻る。
 レイジィの発言を耳にして、ユージンはアナンの質問の意図を察した。
 ユージンが《星守姫の子守唄》を知っていることを、レイジィはうっかりアナンに洩らしたのだろう。
 聡いアナンは、そこからある結論を導き出したに違いない。
 昔、セラ大神殿から逃げ出した星守人ミラ・ユリスがユージンの母親ではないか、と彼女は勘繰っているのだ。
「ミラ・ユリスがあなたの母親ではないのですか?」
 アナンが質問を重ねる。その表情は真剣そのものだった。
「残念だけど、違う」
 ユージンは苦笑混じりに告げた。
「本当ですの?」
「そんなに疑われてもなぁ……。いや、疑われても仕方ないのかもしれないけどさ。俺は確かにミラ・ユリスという女を知ってるからな」
「えっ、そうなの? 一体どんな知り合いなわけ?」
 アナンよりも早くレイジィが反応を示す。好奇心と驚愕の相俟った蒼い双眸が、ユージンを見上げた。
「俺を育ててくれた女が、ミラ・ユリスという名前だった」
 ユージンは嘘偽りなく真実を述べた。
「まあ、ミラ・ユリスが養母でしたの」
「三年前に他界したけど、それまでは間違いなく俺を育ててくれた人だった」
 ユージンが肩を竦めてみせると、隣でレイジィがポンと両手を叩き合わせた。
「あっ、そうか! だから、ユージンは《星守姫の子守唄》を知ってたのね」
「やっぱり、おまえがアナンに告げ口したのか。おかげで俺は妙な疑惑を持たれたってわけだ」
 ユージンは軽くレイジィを睨んだ。
 すかさずレイジィが愛想笑いを浮かべて目を逸らす。
 そんなレイジィに向けて大仰に溜息をついてみせてから、ユージンはアナンへと視線を転じた。
「ミラ・ユリスは、俺の育ての親だった。けど、生みの親は彼女じゃない」
「彼女の子息ではないのですね……。それならば、何も問題はありませんわ。要らぬ詮索をしてしまって、申し訳ありません」
 アナンが勘繰ったことを恥じるように微苦笑を浮かべる。そこには、幾ばくかの安堵も含まれていた。《星守姫の子守唄》をユージンが知っていた理由が判明して、彼女の心にわだかまっていたものも霧散したのだろう。
「それにしても凄い偶然よね。逃亡した星守人が、アダーシャで新王候補を育てていたなんて」
 レイジィが頬を上気させる。
 新たな事実の発覚に、彼女は心から興奮しているようだった。
「全ては、星神セラのお導きなのかもしれませんわ。――ではレイジィ、ユージンのことは頼みましたわよ。私はもう出発いたしますわ」
 アナンが話を切り上げ、一歩退く。その視線がチラと南方へ向けられた。
 一刻も早くグラディスのいるアダーシャへ辿り着きたいのだろう。
「もう行くの?」
 レイジィが名残惜しげにアナンを見つめる。
 しかし、アナンがきっぱり首肯すると、レイジィは寂しさを払拭するようにかぶりを振り、それから満面の笑顔を作った。
「頑張ってね、アナン! あたし、ユージンを大神殿に送り届けたら、すぐにアダーシャへ駆けつけるわ」
「その時は是非、ユージンが王に選ばれたという吉報を運んで来て下さいね」
 レイジィの言葉にアナンが微笑で応える。
「ユージン、あなたにセラのご加護がありますように」
 ユージンに会釈してから、アナンはゆっくりと身を翻した。
 南を目指して歩き始める。
 グラディスの元へ行く、という堅い決意が、凛と伸ばされた背筋に顕れているようだった。
 夕陽に照らされた街道を、アナンは一歩一歩踏み締めるようにして進んでゆく。
 彼女は星守人という呪縛を自ら断ち切り、新しい人生を歩き始めたのだ。
 ユージンとレイジィはしばしその場に佇み、遠ざかる彼女の姿を見守っていた。



     「星刻」へ続く



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2009.10.06 / Top↑
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