ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- / Top↑
二.羽



 M市中心部の大通りを濃い緑色の集団が埋め尽くしていた。
 私立聖華学園に向かう生徒たちの群れである。
 都内有数の学校密集地帯であるM市の中でも聖華の生徒たちは一際目立つ。制服にしては渋すぎる学園独特の緑色が原因である。
 榊家の三兄妹は、緑の流れに乗って聖華学園への道程を歩いていた。JR駅を目指す他校生やサラリーマンたちを器用に避けながら、流れに逆らうようにして先へ進む。
 学園の一つ手前の通りで、タイミング悪く信号が赤に変わった。
 三人は横断歩道の手前で立ち止まることを余儀なくされる。
「茜ちゃんたら結局寝癖ついたままなのね。わたし、また友達にからかわれるじゃない」
 双子の兄たちの間で夏生が不満げに頬を膨らませる。
「葵ちゃんと同じ顔なんだから元は良いはずなのに、茜ちゃんは大雑把すぎる性格のせいで損してるわよね」
 夏生は呆れ混じりに茜を見上げるが、当の本人は大口を開けて欠伸をしていた。
「髪なんてどーでもいい。この眠気が消えるなら俺は坊主にだってなるね。――っと、何だ、コレ? 羽根か?」
 涙目で空を仰いでいた茜が、ふと真顔になる。
 葵と夏生が釣られて天を見上げると、真っ白な羽根がヒラヒラと宙を舞っていた。
 茜が片手を伸ばし、浮遊物を掴み取る。彼の手の中で純白の大きな羽が優雅に揺れた。
「綺麗! 天使の羽根みたい」
「そうか? ただの羽毛だろ。女ってよく一々感動できるよなぁ。――ほら、プレゼント」
 茜が無造作に夏生に羽根を手渡す。
 夏生が嬉しそうに羽根を受け取った瞬間、目前の信号が赤から青へと変わった。

 人の群れが動き出す。

 先頭集団が車道や足を踏み入れた途端、けたたましいエンジン音が鳴り響いた。
 人々の眼前を物凄いスピードで一台のスポーツカーが駆け抜けてゆく。
 突然の出来事に驚き、慌てふためいた先頭集団の幾人かがその場に転倒した。
 直ぐ様、サイレンが唸りをあげ、パトカーが暴走車の後を追ってゆく。近くを巡回していたパトカーが信号無視をしっかりと目撃していたらしい。
「朝から心臓に悪いな」
「信号無視なんてサイテー! 飲酒運転なのかしら」
「うわっ、掌が擦り剥けてるよ……!」
 信号が再び赤になると、茫然自失状態から抜け出した人々が口々に騒ぎ出した。
 誰もが遠のく二台の車を恨めしそうに眺めながら、不満と文句を吐き出す。一頻り悪態をつくと多少は落ち着いたのか、人々は信号や時計を気にし始めた。
 尻餅をついていた先頭集団も徐々に立ち上がり始める。
 信号が青に変化するなり、人々は先ほどの出来事など何もなかったかのように足早に横断歩道を渡っていった。
 しかし、その中で、依然として歩道に座り込んでいる人物がいた。
 白のパンツスーツを纏った二十代後半と思しき女性だ。
 艶やかな黒髪に縁取られた彼女の顔は、ひどく青ざめている。
 葵は、その女性がショックで動けずにいるのだろうと判断し、彼女に駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
「え、ええ……。ちょっと驚いただけです」
 葵が手を差し出すと、女は反射的にその手を掴んで立ち上がった。
「怪我はありませんか?」
「いいえ、平気です。お気遣いなく。私は何ともありま――」
 女の双眸が葵を捕らえる。
 刹那、彼女は口を噤み、動きを止めた。
 青ざめていた顔から更に血の気が失せ、張り裂けんばかりに目が見開かれる。
 驚愕に揺れる眼差しが葵を凝視し、次に茜と夏生へと向けられた。
「――は……ね……」
 女の視線が夏生の持つ羽根へと吸い寄せられる。
「この羽根がどうかしました?」
 夏生が首を傾げながら羽根を女の前に出すと、彼女は微かに頬を引きつらせた。
 葵の手を握る女の手が小刻みに震え出す。
「それは…………王のための翼――」
「オイ、ホントに大丈夫かよ?」
 急に意味不明なことを口走った女を見て、茜が眉をひそめる。
「触れては駄目。何故、よりによってあなたたちが――」
 女は更に不可解な言葉を連ねると、忌々しげに葵の手を振り払った。そのままの勢いで夏生の手から純白の羽根を奪い取る。
「ちょっと何するんですか!?」
 夏生がムッとしながら女を睨むと、相手はそれ以上の気迫で睨み返してきた。
「これに触れてはいけないのよ。忘れなさい。この羽根も私のことも。その方が――」
「姉さん! ――綾姉さんっ!」
 女が凄みを孕んだ声音で告げるのと同時に、横断歩道を大学生らしき青年が駆けてきた。
 女が弾かれたように面を上げ、後ろを顧みる。
 青年の姿を確認するなり女は羽根を握り潰し、その手をそっと背へ隠した。
「姉さん、渡ってこないから心配したじゃないか!」
 青年が女の肩に手を置き、安堵の息をつく。どうやら青年は女の弟であるらしい。人の流れとともに横断歩道を渡ったものの姉の姿が傍にないことに気づき、慌てて引き返してきたのだろう。
「ごめんなさい。人波に乗り遅れただけよ。――講義に遅れるわ。行きましょう、遼」
 女は榊兄妹の存在を無視して弟の腕を掴むと、信号が点滅し始めたのを見計らったように横断歩道を突き進んでいった。

「――何なの、あの人? 葵ちゃんにお礼も言わないなんて、随分失礼じゃない!」
 さっさと道の向こう側に消えてしまった姉弟を見つめながら、夏生は憤然と唇を尖らせた。
 女の態度は不自然かつ不愉快なものでもあり、そして何より不気味だった。
「あの人……何を伝えたかったのかな?」
 ふと、葵が呟く。彼は女に払われた手をじっと眺めていた。
「あの女、よっぽど気が動転してたんだな。言ってることがサッパリ理解できなかった。葵は何も悪くないからな」
 茜は葵の背中を軽く叩いた。優しい葵のことだから助けた女性に手をはね除けられたことを気に病んでいるのではないか、と心配になったのだ。
「……うん。それにしても不思議な女性だったね。手を振り解かれた瞬間、何だかとても心地良い――というか、懐かしい気がした」
 片手を見つめたまま葵が首を捻る。
「え? 片割れがマゾだなんて嫌だからな、俺」
 茜が冗談めかして言うと、葵は苦笑でそれ受け流した。
「了解。そっちの趣味には目醒めないように気をつけるよ。――さて、そろそろ僕たちも学校へ向かおうか」
 葵の一言で兄妹たちはようやく先へ進み始めた。
 先ほどのアクシデントで十分ほど時間をロスしている。始業時間までには学園に辿り着きたかった。

「あーあ、綺麗な羽根だったのになぁ。ホントに感じ悪い」
 聖華学園の近くまで来ても、夏生はまで不満を連ねていた。
 見ず知らずの女性に手に入れたばかりの羽根を奪われたことが、相当頭に来ているらしい。
「あっ、『感じ悪い』で思い出した!」
 唐突に夏生が足を止める。必然的に葵と茜も足を止める羽目になった。
「わたし、今日嫌な夢を視ちゃったの」
「おっ、久しぶりにタマが夢に出てきたのか?」
 茜がからかうように夏生の顔を覗き込む。
 夏生は呆れ混じりの溜息で応じた。
「タマなんて呼んだら依姫(よりひめ)が怒るわよ。――あのね、葵ちゃんの髪が切られちゃうの」
 夏生が顔をしかめながら葵を見遣る。
「気をつけろよ、葵。タマ出演の先視は外れたことがないんだからな」
 茜が珍しく真摯な眼差しを葵に向けてきた。
 弟たちの心遣いを感じ取って、葵は深く頷いた。
 茜の言う通り夏生の先視――予知夢は外れたことがない。
 彼女の夢の中には、しばしば《玉依(たまより)》という姫が現れて、未来に起こる出来事を予言してゆくのだ。
 その優れた予知能力ゆえに、夏生は一族の中でも巫女的存在だった。裡に秘めたる《力》――魔物を封じる力も強い。
 榊一族は常人ではないのだ。

 亜空間から抜け出し、この世に棲みついた闇の住人――《魔族》
 その魔族を封じることを運命とする狩人――《神族》

 榊家は神族の頂点に立つ家柄だった。
 何百年、いや、それ以上の永い刻を神秘の力を駆使して魔族と闘い続けてきた。
 全国各地に散らばった神族たちの長が榊家であり、今現在一族を束ねるのは弱冠十八歳になったばかりの天主(てんしゅ)――榊葵であった。
「用心するよ。最近は魔魅(まみ)すら視なかったからね。そろそろ魔物たちも動き出すかもしれない」
 己に言い聞かせるように告げ、葵はそれきり口を噤んだ。
 気がつけば、聖華学園が目前に迫っている。
 魔族や神族の話が生徒たちの耳に入れば、変人扱いされてしまう恐れがある。他者が聞いても理解不能な内容だとは思うが、祖母の名に傷がつくのは嫌なので、学園が近くなるとその手の話はしないことに決めているのだ。
 聖華学園の創立者の名は榊総子。
 榊兄妹はその直系だった――



     「三.血」へ続く



 にほんブログ村 小説ブログへ  
← NEXT
→ BACK

ブログパーツ
スポンサーサイト
2009.10.06 / Top↑
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。