ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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星刻



 明かりの乏しい廊下に悲鳴が谺した。
 ラナ・レイジィは足を止め、身を強張らせた。
 渋面を浮かべて、辺りの様子を窺う。
 悲鳴の発生源である部屋の扉を最初に眺め、それから順に周囲の扉に目を配った。悲鳴に驚き、部屋から飛び出してくる者は誰一人としていない。
 他人の目がないことにホッと胸を撫で下ろし、レイジィは再び歩を進めた。
 真夜中の宿屋はしんと静まり返っている。
 レイジィは足音を立てないように注意を払いながら、先ほど悲鳴が発せられた部屋の前に立った。
 途端、今度は嗚咽のようなものが聞こえてくる。
 ――また悪夢にうなされているんだわ。
 部屋の主はユージンだ。
 レイジィは宿の裏にある井戸から新鮮な水を汲み上げ、屋内に引き返してきたところだった。そこへ悲鳴が響いたのである。
 アナンから教えられたファーゴの宿屋に、メイ・キリエの姿はなかった。
 宿屋の主にキリエの人相を伝えて話を聞いたところ、キリエと思しき男はアナンとほぼ同時刻に宿を引き払っていた。
 レイジィたちは、またしてもキリエに逃げられてしまったのだ。
 キリエがいないことを確認した瞬間、ユージンの体調に変化が訪れた。
 顔から一気に血の気が引き、額から脂汗が噴き出し始めたのである。
 一時とはいえグラディスの死地へ追いやってしまった自責、キリエを捕らえられなかった落胆――精神的衝撃が体調の悪化を招いたのだとしか思えなかった。
 頑なにキリエを追うと主張するユージンを、レイジィは半ば強制的に寝かしつけたのである。
 強情なユージンも寝台に横たわると大人しくなった。眠りに就いたというよりも、身を苛む高熱に負けて失神した、という状況ではあったが……。
 レイジィは昏倒したユージンを寝ずに看病していた。
 その間、彼がグラディスの名を繰り返し口ずさむのを痛ましい気持ちで聞いていた。ユージンは親友がメイ・キリエに殺される場面を夢に見て、うなされているのだ。
 今の悲鳴も悪夢によって引き起こされたものに違いない。
 レイジィは水の入った水瓶を片手に持ち直すと、残るもう一方の手で扉を引き開けた。



 寝台脇の卓上で一本の蝋燭が燃えている。
 その小さな明かりを頼りに、レイジィは室内を進んだ。
 新しく汲んできた水を杯に注ぎ、残りを木の盥に足す。そっと寝台を覗き込み、枕の横に落ちていた布を手に取り上げる。それを盥の水で冷やして絞り、再び寝台に身を乗り出した。
 ユージンの前髪を指で払い、冷たい布を額に当てる。
 転瞬、ユージンの瞼が跳ね上がった。
 警戒心を孕んだ双眸が鋭くレイジィを見上げる。
「ごめん。起こしちゃったわね」
「いや……」
 ユージンは傍にいるのがレイジィだと解って安堵したのか、小さく息を吐き出した。
 レイジィが身を離すと、ユージンは乗せたばかりの布を片手に取った。彼の顔は汗とも涙とも判別のつかない雫で濡れている。それを緩慢な動作で拭うと疲労の滲んだ溜息を落とした。
「まだ夜中よ。朝まで眠った方がいいわ」
 レイジィはユージンの手から布を取り上げ、それを盥に浸した。軽く濯ぎ、両手で絞ろうとしたところで、
「なあ、グラディスは……生きてるんだよな?」
 ポツリとユージンが呟いた。
 驚いて振り返ると、彼は憂鬱な眼差しで天井を見上げていた。
「生きてるわよ。あたしたち、彼が息を吹き返したところに居合わせたじゃない」
 レイジィは布を絞り、身体ごと寝台に向き直った。
 傍にある椅子に腰かけ、ユージンの額に布を添える。
「あいつは一度死んで、その後確かに生き返ったんだよな? なのにあいつ、死人の姿で何度も夢の中に現れるんだ」
 自嘲の笑みがユージンの顔に浮かぶ。口元が微かに引きつれていた。
 レイジィには無言で彼を見返すことしかできなかった。
 ユージンとグラディスの友情について、自分が軽々しく推し量ることや意見することは躊躇われた。二人の間にはきっと自分などが踏み込んではいけないほどの堅い絆が存在しているはずなのだ。
「夢で何度も俺に逢いに来るんだ」
 ユージンは気弱な笑みを青白い顔に張りつかせたまま、寝台から上体を引き起こした。
「ファーゴまで歩き通しだったから疲れてるのよ。休息が必要なの。さっ、横になって」
「平気だ。レイジィが看病してくれたおかげで、大分良くなった」
 額から滑り落ちた布を卓上へ置き、ユージンは微笑する。そんな彼をレイジィは渋い表情で見返した。
「眠らなきゃ駄目よ。体力を回復させないと、旅は続けられないわ」
「眠りたくないんだ」
 ユージンが堅い声音で告げる。
 レイジィを見つめる双眸には、切羽詰まった輝きが揺らめいていた。
「あたしが邪魔なら外に出てるわ。お願いだから、ちゃんと眠って」
 レイジィは懇願混じりに告げ、椅子から立ち上がった。
 途端、ユージンの片手が伸びてきてレイジィの腕を掴む。
 病人とは思えない強い力がレイジィを椅子へと引き戻した。
「頼むから、ここにいてくれ。眠りたくないんだ」
 レイジィが当惑しながらユージンを見遣ると、彼は真剣そのものの表情でそう縋った。
「眠りたくないんだ」
 ユージンが譫言のように呟く。
 レイジィの手首を掴む彼の手は微細に震えていた。彼の怯えと恐怖が、繋がった手を介してレイジィにも伝わってくる。
「眠れば、また夢を見る。夢の中の俺はグラディスのことを……殺すんだ。何度も何度も剣で突き刺して――」
「ユージン、夢よ。全部夢だから。グラディスなら大丈夫よ」
「気づくと辺りは血の海で、息絶えたグラディスが恨めしそうに俺を見つめてるんだ」
「それも全て夢よ」
「俺がグラディスを殺したも同然だ。だから、あいつに恨まれても仕方ない。けど、やっぱり……あいつに恨まれるのは辛いし、たとえ夢でもあいつが死ぬ姿を見るのは嫌だ」
「もう言わないで。グラディスが死んだのは、あなたのせいじゃないわ。グラディスの生命を奪ったのはキリエよ。それに、現実のグラディスは生きてるじゃない。彼のことはガレルさんに任せておけば平気よ。きっと魔術のおかげで順調に回復してるわ」
 レイジィは震えるユージンの手を両手で包み込み、そっと握り締めた。



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2009.10.07 / Top↑
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