FC2ブログ
管理画面
ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Sat
2009.10.10[10:51]
     *


 唄が聴こえる。

 突如として、不思議な唄が《星守の間》を満たした。
 美しい声が耳から全身へと浸透する。
 心を震わすような神秘の歌声に、ユージンは思わず動きを止めていた。
 養母ミラ・ユリスが紡いだ唄によく似ている。
 養母と過ごした日々への郷愁が自然と胸に生じ、一瞬メイ・キリエから気が逸れた。
 間髪入れずに右腕に熱い痛みが走る。
 猛烈な痛みを感じて、ユージンは我に返った。
「眼前の敵から目を離すとは、信じられないほどの馬鹿だな」
 キリエが余裕の笑みを浮かべて揶揄する。
 ユージンは右腕の傷を一瞥した――出血が激しい。
 仕方なくサーベルを左手に持ち替えた。
「あんたに馬鹿呼ばわりされたくないな。悪いけど、俺のことを『馬鹿馬鹿』連呼していいのはグラディスだけなんだ」
 精一杯の皮肉を込めて言い返す。
 キリエは口元に冷ややかな笑みを刻み、軽くそれを受け流した。
 冷笑を顔に張りつけたまま、一気に間合いを詰めてくる。
 ユージンは振り下ろされるキリエの剣をサーベルで受け止めた。
「ユージン、大丈夫?」
 レイジィの不安そうな声が飛んでくる。
「俺のことはいいから、早く星を破壊しろ!」
 叫びながらキリエの剣を押し返す。
 キリエは軽やかに後ろに飛び退いた。着地と同時に敏捷に身を翻す。
「星の破壊などさせるか!」
 キリエが忌々しげに舌打ちを鳴らす。
 彼はユージン如き相手にするまでもないと考えたらしい。まっしぐらに祭壇へと向かう。
 反射的にユージンも祭壇の方へ駆けていた。
 壇上では、レイジィが星を床に叩きつけようと身構えている。
 彼女はキリエの姿を視野に納めて動揺したのか、軽く目を瞠った。
「レイジィ、キリエのことなんか気にするな!」
 ユージンは足の筋肉が悲鳴をあげるのも構わずに、必死に床を蹴った。
 辛うじて、キリエよりも先に祭壇前へ辿り着く。
 近くに座り込んでいたルシアが、その勢いに驚いて唄を中断させた。
 争いに巻き込まれることを畏れたのか、彼女は慌ててその場を離れる。
「邪魔をするな、小僧!」
 キリエの敵愾心に満ちた眼差しが鋭くユージンを射る。
 彼の疾走は止まらない。
 ユージンは迫り来るキリエに向かって、本能的にサーベルを繰り出していた。
「シアの一貴族でしかない私が玉座に辿り着ける唯一の術が――星だ。それを貴様如きに阻止されるわけにはゆかぬ!」
 キリエの剣が下から上へと跳ね上がる。
 彼の声音には王になることへの執念と、それを邪魔するユージンへの憤りが溢れていた。
 気迫に満ちた一撃。
 激しい金属音が響き、ユージンの手からサーベルが弾け飛んだ。
「死ね、小僧!」
 キリエの剣が鋭く空を裂く。
 心臓目がけて突き出された剣を見て、ユージンは覚悟を決めた。
 技量ではキリエに敵わない。
 知識・経験・体力――全てにおいてキリエに劣っている。
 自分にはもう無茶で無謀な手段しか残されてはないと悟った途端、不思議と肝が据わった。
 心を決めた時には、身体が意識と連結して勝手に動いていた。
 傷ついた右腕を襲い来る剣に向かって差し出す。
 激しい衝撃と凄絶な痛みが右腕を走り抜けた。
 骨を断つ鈍い音が耳に届き、目の前で血が飛び散る。
 右腕の手首に近い位置から鈍色に輝く剣の尖端が飛び出していた。
 腕を貫通した剣は、ユージンの心臓に届く寸前で停止している。
 ユージンは身を苛む激痛にきつく眉根を寄せた。
 腕一本で生命を護れたことに安堵しつつ、上目遣いにキリエを睨みつける。
「あんたがどんな理由で玉座を目指そうと、俺には関係ない。俺はあんたが許せないし、あんたが王になるのも認めない」
「しぶとい小僧だな。おまえに勝機はない。潔くそこを退け」
 キリエが冷徹な眼差しでユージンを見据え、腕に刺さった剣を抜こうとする。
「しぶとさだけが取り柄なんでね」
 ユージンは思い切って右腕を前へ突き出した。刀身の中程まで腕を食い込ませる。
「剣さえ封じてしまえば、あんたなんて怖くない」
 ユージンはキリエを睨んだまま、空いている左手で腰の辺りを探った。
 求めるものは、すぐに見つかった。
 冷たい金属の感触が手に生じる。
 迷わずにユージンはそれを手に取った。
 グラディスの分身――レイピアだ。
 ユージンは、鞘から抜き払いざまにレイピアを水平に薙ぎった。
 キリエが恟然と目を見開く。
 レイピアを通して手応えを感じた。
 キリエの胴から真紅の液体が噴き出す。
 衝撃に彼の手が剣から離れた。
 彼が怯んだのを見て、ユージンはここぞとばかりに彼の鳩尾に強烈な蹴りを放った。
 キリエの身体が後方に吹き飛び、背中から床に衝突する。
 ユージンは俊敏に駆け寄ると、身を起こしかけた彼の喉元にレイピアの切っ先を突きつけた。
「動くなよ」
「……なぜ、殺さぬ?」
 血の噴き出す腹部を片手で押さえながらキリエが呻く。
 彼は、止めを刺さないユージンを怪訝そうに見上げていた。
「あんたが王にならなければ――星に触れさえしなければいいんだ。それに……あんたを殺しても、グラディスが生き返るわけじゃない。――っていうか、実はあいつ生きてるしな。甦ったんだ。凄いだろ? まあ、そんなわけで、あんたを殺すことには何の意味もない」
 ユージンは感情を押し殺した低い声で告げた。
 キリエのことは憎いが、彼を殺害したところでグラディスの怪我が消えてなくなるわけではないし、アナンの左目が元に戻るわけでもない。
 ユージンの胸中に渦巻く怨嗟の念が多少晴れるぐらいで、他は何も変わりはしないのだ……。
「甘い小僧だな」
 キリエの口の端に皮肉げな笑みが刻まれる。
 直後、硝子が砕けるような小気味よい音が室内に谺した。


 ルシアの悲痛な叫びが耳をつんざく。
 驚いて音のした方に首を巡らせると、石畳の床にキラキラと輝く物体が散らばっていた。
 祭壇の上に立つレイジィが、静かにそれを見下ろしている。
 彼女が星を床に叩きつけたのだ。
 星であったものは、呆気なく砕け散った。
 ルシアが悲鳴をあげながら粉砕された星へと駆け寄る。
「全て無に還ったな」
 星の終焉を悟り、キリエが重苦しい溜息を落とす。彼は諦観したように床に寝転がった。
 王になるという気勢を削がれた瞬間、ユージンに抵抗する気もすっかり失せてしまったらしい。茫然とした様子で彼は天井を見上げていた。
 ユージンはキリエからレイピアを離し、身を翻した。
 右腕から剣を生やしたまま、祭壇の方へと移動する。
 ルシアが床に座り込み、星の破片を丁寧に拾っていた。
 彼女にとっては己の生命にも等しかった星だ。
 たとえ砕けてしまっても、それは変わらずに宝物なのだろう。
「星なしでも、人は生きていける」
 ユージンはルシアの傍らに立ち、静かに言を紡いだ。
 ルシアがユージンを振り仰ぎ、信じられないというように目を瞠る。
 彼女の顔面には驚愕と恐怖に強張っていた。
「セラに背き、星を破壊してしまうなんてとんでもない。星を失った我が国は、この先どうなってしまうのです?」
「星なんてなくても平気よ」
 壇上からレイジィの声が降ってくる。
 彼女は剣を突き刺したままのユージンを見て眉をひそめた後、打ちひしがれるルシアへと視点を定めた。
「信仰心が篤ければ、人々は夜空を見上げ、そこにセラを感じるはずだわ。セラを敬うなら、それだけで充分じゃない」
「なんてことを――」
 ルシアが愕然と口ごもる。
「少しの間、王が不在でも国は大丈夫よ。いずれ民は自然と新しい王を選び、新しい生活を始めるわ。セラではなく自分たちで選び出した王の元で、新しいシアを築いてゆくわ。シアの行く末が心配なら、ルシアが貴族をまとめて民を先導すればいいだけのことよ」
 レイジィの言葉に対して、ルシアは何も応えない。
 ただ虚ろな眼差しでレイジィを見上げているだけだ。
 もしかしたら、衝撃のあまりに何も耳に入っていないのかもしれない。
「人間は、あなたが考えるよりも強い生き物よ。外の世界に出て、あたしはそれを知ったわ。シアの国も、民も、星神に頼らなくても生きてゆけるわ」
 自らの心に言い聞かせるように、レイジィは一言一言丁寧に紡ぐ。
 レイジィが言い終えた瞬間、ルシアの黄金色の双眸から透明な雫が零れ落ちた。
 現実を受け止めるのを拒否するように、視線がレイジィから逸らされる。
「わたくしは――シアは星神の加護を失ってしまったのですね」
 ルシアは悄然と砕けた星を見つめた。
 彼女の掌の上で破片と化した星は沈黙を保っている。ただの石ころに変わり果ててしまったのだ。
 星が輝きを灯すことは、もう永遠に有り得ない。
 悲嘆に暮れるルシアの姿に、ユージンの心は微かな痛みを発した。
 これまでの人生全てを星に懸けていた姉のことを想うと、少しだけ悲しくなった。
 だが、自分が間違ったことをしたとは思わない。
 星を破壊したことに後悔はなかった。
「加護を失ったわけじゃない。星という不気味な存在が消えただけだ。星戦なんて馬鹿げたことが、もう二度と起こらなくてすむようになったんだよ」
 ユージンはルシアに真摯な視線を送り、きっぱりと断言した。
 いつまでも星にしがみついていないで前向きに生きてほしい、というのが正直な気持ちだった。
 ルシアは何も言い返さない。
 壊れてしまった星を静かに見つめているだけだ。
 彼女の双眸から溢れる涙が、一滴、また一滴と砕かれた星の上に落ちてゆく。
 長い沈黙の末に、彼女の唇から小さな唄が流れ出した。

 星守姫の子守唄――それは星に対する最期の餞のように聞こえた。



     「跋」へ続く



 にほんブログ村 小説ブログへ  
← NEXT
→ BACK

ブログパーツ
スポンサーサイト



 
Category * 星神の都
編集[管理者用] このページのトップへ

 

 
Copyright © 2020 言葉のさざなみ, all rights reserved.