ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- / Top↑
春眠不覚暁




 その宴は、悪夢の始まりだった。


「ただいま、ユージン」
 扉を開けて入ってきた瞬間から、グラディスの様子はどことなくいつもと異なっていた。
 女性と見紛うような美貌には、いつもの彼らしからぬ少しばかり緩んだ微笑が浮かび上がっている。気のせいか白磁のような肌にも微かな赤みが差しているようだ……。
「留守中、変わりはなかったかい?」
 ユージンの傍まで来て、グラディスが優雅に首を傾げる。肩からサラサラと流れ落ちる濃紺の髪が美しい。
「あ、まあ、特に何も――」
 ユージンは怪訝な眼差しでグラディスを見返し、気のない返事をした。

 相棒であるグラディスの本名は、クローディア・ロンデル。
 大陸最大最古の国アダーシャの貴族。
 しかも、アルディス聖王家の血を濃く受け継ぐロンデル公爵家の当主であり、第二王位継承権を持つ貴人だ。
 ユージンが彼の正体を知ったのは、晩秋の出来事だ。
 隣国シアで行われた新王を選定する《星戦》の際に、思いがけず知れた真実だった。
 三年間、盗賊として共に旅をしてきたグラディスが、まさかそんな大貴族だとは予想だにしていなかったので大いに驚倒した。
 だが、今は、どんな肩書きや地位を背負おうともグラディスはグラディスなんだ、としっかり認識している。相棒である『グラディス』の本質が変わらなければ、それでいい。
 ユージンは迷うことなく彼に剣を捧げることが出来る。

 シアを離れ、故国アダーシャへと戻ったグラディスは、ロンデル公爵として日々忙しない毎日を送っている。
 グラディスより僅かに遅れてシアを脱したユージンとレイジィは、彼の好意で護衛としてロンデル公爵家に雇われていた。
 グラディスが外出する時には、必ずユージンかレイジィが同行する決まりになっている。そして、残された一方はグラディスの私室で見張り役を担うのである。
 グラディスほどの大物になると、留守を狙って不逞の輩が侵入し、隙あらば暗殺のための罠を仕掛けてゆくらしいのだ。
 殊にグラディスの場合は、長年公の場から姿を消していたので、再び飄々と表舞台に立った彼を疎んじている政敵が多い。事実、ユージンがこの屋敷に来てから捕縛した不審者は幾人もいる……。グラディスが貴族であることに嫌気が差し、出奔したのも頷けるような有様なのだ。
 本日はレイジィが護衛で、ユージンが留守番役だった。
 従って、ユージンは日がな一日グラディスの部屋でまったりとした時間を過ごしていたのである。
 無論、賊が現れれば迅速に対処するが、今日はそんな気配は微塵もない。時折、食事や間食を用意しに部屋を訪れるイル・アナンと談笑する以外することもなかった。
 今もテーブルを囲んで、アナンと軽食を楽しんでいたところだ。
「やあ、アナン、目の調子はどうだい?」
 グラディスの視線がユージンからアナンへと移された。
「おかえりなさい、グラディス。目の方は順調に馴染んでいますわ」
 アナンが柔和な笑みを恋人へと返す。
 かつては《神の眼》と呼ばれた彼女の左目には今、右目と寸分違わぬ緑色の眼が填められていた。アダーシャが誇る最強の剣士であり最高の魔術師――《魔法剣士》ガレルが主人の想い人のために、特別な魔術を施したのだ。グラディスを蘇生させることが出来る彼には、眼球を再生することなど造作もないことなのかもしれない。
 とにかく、彼の魔法のおかげで、アナンの左目は右目と同じく普通に機能しているのである。
「それは良かった。もう少し落ち着いたら、一緒に陛下に逢いに行こう」
 グラディスがアナンの両頬に口づけを捧げ、幸せそうに笑む。
 陛下――つまり千年王国アダーシャの現国王アルディス・アノン・ラータネイルのことだ。
 グラディスの伯父でもある彼にアナンを引き合わせるということは、彼は真剣にアナンとの婚姻を考えているのだろう。
「まあ……。あら、今宵は少し呑んでいますのね?」
 グラディスの真意を察したのか、アナンが頬を朱に染める。彼女は照れ隠しのように急に話題を変えた。
「――だろ。やっぱり、どう考えても呑んでるよな? それも、『少し』じゃなくて『かなり』だ、きっと。グラディスが酔いの片鱗を窺わせるなんて、すっげぇ珍しいんだぜ」
 すかさずユージンはアナンの言葉に食いついた。
 グラディスは滅法酒に強い。
 今現在のようにユージンが『あ、酔ってるかも』と気がつくのは稀有なことなのだ。無論、彼の泥酔している姿など一度もお目にかかったことがない。
「ああ、今夜は城で――」
 グラディスが上機嫌に口を開きかけた時、バタンッ!! と勢いよく扉が開け放たれた。




 にほんブログ村 小説ブログへ  
← NEXT
→ BACK

ブログパーツ
スポンサーサイト
2009.10.10 / Top↑
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。