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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Sat
2009.10.10[11:22]
「たっだいまーっ!!」
 グラディスを更に上回る上機嫌振りで室内に姿を現したのは、ラナ・レイジィだ。
 癖のある銀髪を弾ませるようにスキップしながら、ユージンたちの方へやって来る。己の身の丈ほどもある大剣を背負っているとは思えないほどの軽やかさだ。
 彼女の頬はほんのり薔薇色に染まっている。
 こちらもグラディス同様、酒気を帯びているらしい。
 ますます珍しい。
 レイジィも驚くほどの酒豪なのだ。
 二大酒魔神が揃いも揃って、微酔状態を晒すとは異常事態だ。
 ユージンの胸の裡で、嫌な予感が膨らむ。
「さあ、呑むわよ! アナンもユージンも早くあたしたちに追いついてよねっ!」
 レイジィは両手に抱えていた酒類をテーブルの上に乱雑に並べ、大剣を背から外すと、やはりドカッと乱暴に椅子に腰かけた。
「追いついてと言われましても――わ、私も呑むのですか?」
 アナンが戸惑い気味に質問を発する。
 すると、レイジィもグラディスも大きく頷いた。
「あたしたち、もう清く正しく美しく――そして、超お堅い星守人(セリルダ)じゃないのよ! お酒くらい好きなだけ煽ったっていいじゃない。何のために星守人を辞めたの、アナン? これは、祝いよ、祝い! ちょっと遅くなったけど、脱星守人にカンパーイッ!」
 レイジィは明らかに酔っ払い独特の陽気さで、片手に握った酒瓶から直接喉に酒を流し込んだ。濃い青色をした液体は、見るからに酒精度数が高そうだ。
 ――スゲェ……女の呑み方じゃねーよ!
 ユージンは密やかに胸中でツッコんだ。口に出せば、今なら百倍は嫌味が返ってきそうなのでグッと堪える。
「ユージンはコレにするといい。アナンは――そうだね、口当たりがよくて軽めのものにしておこうか」
 酔い始めてはいても、グラディスはアナンに対する配慮を怠らないようだ。備え付けの棚から銀杯を運んできた彼は、魅惑的な黄玉色の液体が揺れる瓶を手に取った。
「あっ、アナンにはコッチがオススメよ」
 レイジィが素早くグラディスの手から瓶をもぎ取り、別の瓶を持たせる。
「呑むと、お肌がプリプリのモチモチになるんだって!」
「プ、プリプリのモチモチ……? そ、そう――じゃあ、こっちにしようか、アナン」
 鮮やかな桃色の瓶とアナンをしばし交互に眺め、グラディスはその酒を振る舞うことを決意したようだ。
「オイ、今、何か妙な妄想しただろ?」
「――うるさいよ、ユージン。君は早くそれを呑み干しなよ」
 ユージンの冷やかしの言葉をサラリとはね除け、グラディスは流麗な動作でアナンの杯に酒を注いでいる。
 言われて、ユージンは先ほど手渡された酒瓶を眺めた。
 ……紫と黒を混ぜ合わせたような、見るからに妖しい液体が詰まっている。しかも、粘り気があるようだ。とても口にしようとは思えない。
「……何だよ、コレ? 俺を殺す気かよ?」
 ユージンが不満たっぷりに唇を尖らせると、向かいでレイジィが大口を開けてゲラゲラと笑った。
「死なないわよ! それ、幻の珍獣の生き血を混ぜ合わせて造った、十年物の稀少酒なんだって!」
「幻の珍獣ってとこが、物凄く怪しいだろっ! 何て生き物だよ?」
「知らなーい。だって、幻の珍獣だもん。確か、エリ……なんとか……アレ? ハタザベスだっけ? とにかく、何かそんな感じのヤツよ」
「すっげー適当だな、おまえ。――俺、普通の果実酒でいいや」
 ユージンはこめかみの辺りを引きつらせながらレイジィを一睨みし、得体の知れない酒を手放すと正統な果実酒を手元に引き寄せた。レイジィとグラディスから文句が飛んでくる前に、さっさと蓋を開けて喉を潤す。
 やはり、気味の悪い珍奇な酒より、庶民に広く知れ渡る果実酒の方が安心できる。
「それで――二人してほろ酔いなのは、どういう訳ですの?」
 アナンが申し訳程度に杯に口をつけ、グラディスとレイジィに視線を配る。
「今日は宮殿で急遽花見の宴が開かれたのよ!」
 レイジィが心底嬉しそうに声を弾ませる。大食漢の上に大酒飲みである彼女にとって、宴や祭りは至上の悦びなのだ。
「その土産に陛下が山ほど酒をくれたんだよ。ああ、こんなに少ない量だと僕とレイジィですぐに呑み干してしまうね。――ガレル、遅いよ」
 グラディスが何もない空間に向かって声を放つ。
 すると、間髪入れずに緋色の物体が出現した。
 空間を割くようにして姿を現したのは、魔法剣士ガレルだ。
「私の魔術をこんなことに利用するなんて……」
 ガレルが憮然と呟きながら、深紅のマントを軽く翻す。
 今度は、突如として室内に巨大な木箱が登場した。しかも一つではない。十箱以上はありそうだった……。積み上げられた高さは、長身のガレルより遙かに高い。彼は、如何にも渋々といった様子で、魔法でそれらの箱を一つ一つ床に降ろしてゆく。
 グラディスの言葉から察するに、箱の中身は全て陛下から下賜された酒なのだろう……。
「酒屋でも開く気かよ? どーするんだよ、コレ?」
 ユージンはあまりにも大量すぎる酒に驚倒し、目を丸めた。
「もちろん呑むよ」
「アハハッ、バッカねーっ! あたしを誰だと思ってんの?」
 直ぐさま、酔っぱらい二人組から冷ややかな声とけたたましい笑い声が返ってくる。
「何か……ムカつく。大体、陛下もどうしてこんなに酒ばっかり寄越すんだよ?」
「そうですわね。これは少し……やりすぎですわよね」
 ユージンのボヤきにアナンが頷く。彼女の頬は早くも紅く色づいていた。ユージン以上に酒に弱いのがアナンなのだ。
「今宵は、隣国セイリアからサーデンライト公爵が弟君と一緒にお見えになっている。だから、陛下の機嫌は頗るいい」
 テーブルの脇に立つガレルがポツリと告げる。何故だか、彼の口許には思い出し笑いが刻み込まれていた。
「あっ、やっらしー! ガレルさん、今、絶対に公爵の姿を思い浮かべて、赤くなったでしょう!」
 レイジィが酒をかっ喰らいながらガレルを指差す。
 隣国セイリアはシア同様小さな国だが、アダーシャとの交流は深い。
 セイリア王家の血を濃く受け継ぐサーデンライト公爵マイトレイヤーが、アダーシャ国王ラータネイルと昵懇の間柄なのである。
「若かりし頃のあの方は、今のクローディア様と同じく大陸全土に知れ渡るほどの美青年だったのですよ。ああ、今ももちろん美しいですけれど」
「僕より知名度は高いよ。何せ、あちらは創世以来初めて《マイセの生け贄》に選ばれた人だからね」
 グラディスが苦笑混じりに告げる。
「マイセに生け贄を捧げるなんて、有り得ないだろ?」
 ユージンは眉根を寄せて質問を繰り出した。
 邪教ならともかく、創世神マイセが人身御供を求めるだなんて聞いたことがない。
 おそらく、サーデンライト公爵に纏わる話は、ユージンらが生まれる以前に起こった出来事なのだろう。
「うん。だから、アルディス聖王家の汚点だね。僕も記録書に綴られた内容しか知らないけれど――未だにどうしてあんな事態が起こったのか理解に苦しむね。ああ、つまらないことを思い出した……。とにかく、陛下は久し振りに公爵兄弟に逢えて大はしゃぎの上に、この通りの物凄い大盤振る舞いだ」
 グラディスが喜々とした眼差しを酒瓶の詰まった箱に向ける。
 酒の魔力なのか、言葉を紡ぐグラディス本人も大いにはしゃいでいるように見えた。
「さっ、グラディス、約束よ。あなた、王宮での呑み比べであたしに負けたんだから、潔く脱ぎなさいよねっ!」
 不意に、レイジィが昂揚した声を放つ。
 ユージンとアナンはほぼ同時に酒を喉に詰まらせ――派手に噎せた。
 グラディスとそんな約束を交わすことができるなんて、レイジィ一人だけだろう。
 この世の中に酒の呑み比べでグラディスに勝てる人間なんて、そうそういない。その上、脱衣を賭けて勝負を挑むなんて、恐ろしすぎる挑戦だ。
「おまえ、自分が女だってコト完全に忘れてるだろっ!!」
「まあ、レイジィ! グラディスは公爵家の当主ですわよ! それを脱がせるなんて――脱がせるだなんてっ……!」
 ユージンとアナンの非難の声が重なる。
 だが、レイジィはギラギラと輝く双眸で苛烈に二人を睨めつけるのだ。
「勝負は勝負、負けは負けよっ!」
「そう、これは純粋な勝負だよ。ユージンもアナンも口出しは遠慮してもらおうか――」
 グラディスがすっくと立ち上がる。
「悪いけれど、酔った時の僕は――脱ぐのは嫌いじゃない」
 いつもの如く冷静な声。
 なのに、グラディスは指で上衣の胸元を自らはだけさせている。
 ――脱ぐのは嫌いじゃない、だと? ……ヤバイ、酔ってる! 完全に酔ってるっ!!
 ユージンは口の端を引きつらせ、グラディスを凝視した。
 グラディスの全身からは他者の介入を拒む、どす黒い氣のようなものが立ち上っているような気さえしてくる。
 酒への飽くなき執着――そして、密かな負けず嫌いの性分が、珍しくグラディスを熱くさせているらしい。
「ここは王宮じゃないからね。僕もそろそろ本気を出させてもらうよ」
 瞳に冴え冴えとした輝きを煌めかせ、グラディスはバッと一気に上着を剥ぎ取った。
 均整のとれた上半身が露わになる。
 胸の傷痕はそのままだが、それを含めても彼の裸身は神話の登場人物の如く美しい。
 グラディスは長い髪を頭の高い位置で一纏めにすると、首飾りの一つを外し、器用にそれで髪を結わえた。
 普段は見えることのない白く細いうなじが惜しげもなく晒される。
 長年のつき合いからグラディスの酔い方を知り尽くしているのか、主人大好きガレルは平然と彼を見守っていた。
「さあ、レイジィ、勝負の続きを始めようか」
 唖然としているユージンとアナンを尻目に、グラディスは唇に三日月を描かせて不敵に微笑んだ――




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