FC2ブログ
管理画面
ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Sat
2009.10.10[11:29]
 その光景は、凄惨かつ凄絶としか言い表しようがなかった。

 半裸のグラディスと肌着姿のレイジィが、果実酒の瓶を片手にいつ終わるとも知れぬ酒盛りを繰り広げているのだ。
 あれから一時間――床に積み上げられた酒瓶は既に小山と化している。無論、次々と瓶を空にしていったのは、グラディスとレイジィだ。
 ユージンとアナンの五倍は上回る速度で、彼らはまるで水の如く喉に酒を流し込んでゆくのだ。酒精度の高低は全く意に介さないらしい。

 とにかく呑む。

 二人の飲みっぷりは、観ているユージンの方が吐き気を催すほどの豪快さだった。
「わ、私……ちょっと気分が……。少し休ませていただきますわ」
 真っ先に音を上げたのは、アナンだ。これまで酒とは無縁の生活を送ってきた彼女にとって、飲酒はただの苦行でしかないらしい。青ざめた顔で椅子から立ち上がると、フラフラとソファへ足を向ける。
 大きな天鵞絨のソファに辿り着くなり、彼女はパタンと横になった。おそらく瞬時に気絶したのだろう。
 そんな恋人の様子を見て、グラディスが席を立つ。彼は部屋の奥にある寝台から薄手の毛布を取ってくると、静かにそれをアナンの身体へとかけた。
「おやすみ、アナン」
 限りなく優しい声音で囁き、グラディスがアナンの額に口づける。
 愛しげな眼差しでアナンの寝顔を見つめ、その頬を撫でるとグラディスはまたテーブルへと舞い戻ってきた。
 その瞳は、アナンに向けられていた時とは打って変わり、苛烈な輝きを灯している。まるで戦場に赴く兵士のような決然とした顔つきだ。
 ――何で、酒を呑むだけなのに、無駄に凛々しくなってんだよっ!?
 ユージンは顔を引きつらせて、グラディスを見遣った。
 微かに歪み始めた視界の中、グラディスが均整のとれた綺麗な上半身が近寄ってくる。
「オイ、グラディス、おまえ……今にも下まで脱げそうだぞ」
 ユージンはグラディスの腰に視線を据え、苦々しく言葉を吐き出した。
 グラディスの下衣は腰のかなり下の位置で辛うじて引っかかっている感じなのだ。先ほど腰帯を取っ払ってしまったからだろう……。
 既に臀部が垣間見えているような気がするのは、酔っ払ったユージンの錯覚ではないだろう。背中から細い腰――そして臀部へと繋がる一本の筋が、妙に悩ましい。
「ああ、アナンが眠ったから、もう全部脱いじゃってもいいんだけどね」
 ユージンの指摘に慌てる素振りもなく、美貌の公爵様はサラリとそう言ってのけた。
「えっ、じゃあ、あたしも脱いじゃおうかなっ!」
 グラディスの言葉に何かが刺激されたらしく、レイジィが無邪気にゲラゲラと笑う。彼女は肩紐のない丈の短い肌着を身につけている。ピタリとした肌着の中央は細い紐で編み上げられており、レイジの指は今にもそれを解こうと蠢いていた。
「うわっ! 止めろっ! それ以上は脱ぐなっ!!」
 ユージンはギョッと目を剥くと、慌てて身を乗り出し、レイジィの手を叩き落とした。
 ほんの一瞬だけ酔いが醒めた。
 だが、すぐに大量に摂取した酒精が体内を駆け巡り、ついでに世界を回す。
 ユージンは情けない呻きを発しながら、テーブルに突っ伏した。
 気持ちが悪い。吐き気がする。
「どうして邪魔するのよっ!?」
 レイジィの張りのある怒声がまた頭痛を増長させる。
「……おまえらさ、もう勝負になってないだろ、ソレ?」
 ユージンはガンガンと病む頭を懸命に起こすと、恨みがましい目でレイジィとグラディスを見遣った。
 勝負に勝っても負けても脱ぐのなら――それは最早勝負ではない。
 ただの『脱ぎ癖のある質の悪い酔っぱらい』だ。
 つまるところ、グラディスとレイジィは、酩酊すると解放感を求めて躊躇いもなく服を脱ぎ捨てる裸族なのだ。
 まさか、自分の身近に二人も裸族がいようとは思ってもみなかった。
 この先、酒宴が開かれる度に二人の脱ぎっぷりを心配しなければならないことを想起すると、急に心が重くなった。
 はっきり言って心臓に悪い。
「いいんだよ。僕とレイジィは性別を超えた盟友――裸なんて一々気にしてられないね」
「よくないっ! 気にしろよっ!!」
 裸の肩を優雅に聳やかすグラディスに大して、ユージンはすかさず抗議した。大声を出した途端、またズキリと側頭部が痛みを発する。
「あんたも黙ってないで、何とか言ってやれよ。大事なご主人様が全裸になってもいいのかよ!」
 ユージンは額を片手で押さえ、ずっと静観している魔法剣士に視線を流した。グラディス至上主義のガレルなら、主人の乱心を止めてくれると信じて助けを求めたのだ。
 だが――
「別に構わない。クローディア様が生きてさえいてくれれば、それでいい」
 ガレルは僅かに首を傾げると、そんな返答を投げて寄越したのだ。
 ――くそっ、こいつもホントはグラディスの裸が見たいだけなんじゃないのかっ!? きっと、夜ごとグラディスの裸で色んな妄想してるに違いない!
 ユージンはすっかり当てが外れたことに腹が立ち、心の中でガレルを変態に仕立て上げてやった。
 もちろん声には出さない。何せ相手は魔法剣士だ。まともにやり合えば、ものの数秒で床にねじ伏せられてしまう。
「クローディア様、どれだけ酔ってもいいですが――明日は、夕方から陛下と食事なので、それだけは忘れずにいて下さい。では、私はそろそろ失礼させていただきます」
 ガレルが生真面目な表情で告げる。
 グラディスは了解を示すように無言で頷いただけだが、何故だかレイジィの方が彼に食いついた。
「えーっ、ガレルさん、帰っちゃうの? たまには一緒に呑もうよっ! あたし、そのスッポリ身体を覆う深紅のマントの下がどうなってるのか、とっても興味があるのよね! やっぱり全裸なの? それとも異次元空間っっ!?」
 レイジィの双眸が好奇心に輝く。
 対照的にガレルの表情は引き攣れた。
「――国家機密だ。とにかく、もう一ヶ月近くも恋人を放置しているので、今日は帰らせてもらう」
 ガレルが渋々と言葉を紡ぐ。
 ――あっ、変態説アッサリ崩された上に、さっさと逃げる気だな!
 ユージンは内心でひどく焦ったが、酔って気持ちが悪い上に、そもそも魔法剣士を引き止める勇気がなかった。一ヶ月も恋人をほったらかしにしているのなら、それは胸中穏やかではないだろう。気が立っているガレルに突っかかるなんて、負け戦に敢えて挑むようなものだ。
「それではクローディア様、明日の夕方にはお迎えにあがります――」
 丁寧すぎるほど丁寧にグラディスに向かって頭を垂れ、そのままの体勢でスーッと空気に溶け込むようにして姿を消した。
 直後、グラディスとレイジィの視線が同時にユージンに注がれる。
「残ったのは君だけだね、ユージン。じゃあ、呑み直そうか」
「まだまだ大丈夫よね? あたし、ユージンはやればもっと呑める男だと思ってたのよね! あー、楽しみっ!」
 酒精に支配された二対の瞳が、ユージンを絡め取る。
 つと、ユージンの背を冷たい汗が滑り落ちた。



 にほんブログ村 小説ブログへ 
← NEXT
→ BACK
スポンサーサイト



 
Category * 外伝小咄
編集[管理者用] このページのトップへ

 

 
Copyright © 2020 言葉のさざなみ, all rights reserved.