ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- / Top↑
     *


 放課後の校舎は下校を急ぐ生徒たちでごった返している。
 渋い緑色の集団の中で、三条風巳が身に纏うグレーのブレザーはひどく目立っていた。
 風巳は、擦れ違う生徒たちや窓外の風景を物珍しげに眺めながら廊下を進んでいる。
 榊葵は、彼の後ろを浮かない表情で歩いていた。
 クラス委員の使命として、転校生の校舎案内を担任から押し付けられてしまったのである。
 普段なら何でもないことなのに、今日はやけに気が重たかった。
 無論、原因は変わり者の転校生だ。
 ――三条風巳、彼は苦手だ。
 初対面だというのに授業中でも平気でちょっかいを出してくるし、休み時間も葵にべったり張りついて離れない。どうやら風巳は、聖華学園での最初の友人を何が何でも葵にしたいようなのだ。葵にとっては傍迷惑な話である。
「葵――オイ、葵、あれは何だ?」
 風巳が立ち止まり、窓の外を指差す。
 ――葵?
 葵は微かな苛立ちを感じながら、風巳の隣に並んだ。
 いつの間にか呼び名が『榊』から『葵』に変化している。
 身近で『葵』と呼び捨てにするのは、双子の弟である茜しかいない。茜は鈴の音のような軽やかさで『葵、葵』と自分を呼ぶ。葵はそれをとても気に入っていた。茜に名を紡がれると心地よいのだ。それとは正反対に、風巳に呼ばれると奇妙な不快感と違和感を覚える。背中の一部がゾクリと粟立つような感覚だ。
 ――まあ、いい……。直に慣れるだろう。
 葵は諦めに似た境地で、風巳の示す物体を眺めた。
 校庭の隅から顔を覗かせているのは、八角形の変わった建造物――武道館だった。
「あれは武道館だよ。中等部と高等部が共同で使用している」
「へえ。あのデッカイ木は?」
 風巳の指がスッと真横に流れる。その先は、旧校舎の脇にある枯れた巨木を示していた。
「あの木は《月光樹》――十年に一度だけ花を咲かせるらしい。その時、異世界への道が開くとか、あの木の下で告白すると恋が成就するとか――色々噂されてる。よくある学校の七不思議みたいなものだよ。実際は、ただの枯れ木なんだけどね」
「学校の七不思議、ね。聖華の伝説はうちの学校にもたまに伝わってきたな。水の化け物が出る噴水があるとか、地獄へ続く教室があるとか、旧校舎で鬼が踊る、とか――」
 風巳が薄笑いを口元に閃かせ、意味深に告げる。
「それらは全て、学園の創立者である榊総子が原因だとか……。榊総子は魔女で、魔法でこの学園を建てた――って伝説はホントなのかな?」
「……お祖母様は聖華を開校させるのに、大変な苦労をしたと聞いているけど。資金集めや教育委員会の説得に東奔西走したらしいよ。本当に魔法が使えたら楽だったろうね」
「おっと、それは失礼。榊総子は葵のお祖母様で、葵は榊グループの御曹司だったな」
「それが何か?」
「恵まれていて羨ましいな、と思って。それと――よく我慢してるな、と。俺が葵だったらとっくに家から逃げ出してる」
「生憎……逃げ出す理由がないもので」
 葵は風巳の横顔を見上げ、僅かに目を細めた。
 どうも、この珍妙な転校生はものの言い方に一癖も二癖もあるらしい。高校生としての単純な感想なのか嫌味なのか――何にせよ祖母のことまで持ち出してくるなんてかなりの執着心だ。
 余ほど榊グループに恨みや反抗心があるのか、やはり敵対する一族なのか――

「おっ、凄いものを発見! 葵、あれは誰だ?」
 不意に、風巳の目がパッと輝く。彼は嬉しげに校庭を指差した。
 視線は、窓の外を脱兎の如く駆けていったある一人の人物に固定されている。
 必死の形相で校庭を走っているのは、葵の半身だった。
「あれは?」
 風巳が質問を重ねる。『あれ』とは、もちろん葵の双子の弟・茜のことである。
「――茜だ。双子の弟だよ」
 幾分素っ気なく葵は応えた。
 知らない――とでも応えればよかったかな、と胸中で毒突く。何故だか、風巳に茜の存在を教えてはいけないような気がしたのだ。
「ふーん、なるほど。双子、ね。葵と同じ顔をしてるわけだ。二人兄弟なんだな」
「違う。三人だよ。下に妹がいる」
 葵が簡潔に訂正すると、風巳は再び口の端に笑みを刻み込んだ。
「へえ、妹もいるなんてツイてるな。彼女、美人?」
 風巳が葵の方へ向き直り、興味津々の体で訊いてくる。しかし、関心があるのは確かなようだが、彼の双眸は冷ややかな光を湛えていた。
「さあ、普通じゃないのかな?」
「葵の妹なんだから普通ってことはないだろ。いつか紹介してくれよ」
「……いつか、ね――」
 葵は風巳の視線を正面から受け止め、冷淡な声音で彼の申し出をはね除けた。大事な妹を怪しげな男に引き合わせる気に微塵もない。
「次は特別教室棟を案内するよ」
 身内に関する話題を早々に打ち切り、葵は風巳を拒むように踵を返した。
 三条風巳。
 彼は危険だ。
 血の匂いがする――



 三条風巳は、自分に背を向けた榊葵をじっと見据えていた。
「聖華の文字はホントは『聖化』――魔女が封じた物の怪たちの墓場、か」 
 我知らず、顔に冷笑が広がる。
「全部封印を解いたら、困るかな? 困るよなぁ? 本筋からは逸れるけど、やりたいな。見たいな――物の怪たちに八つ裂きにされる葵の姿」
 口角がつり上がった唇は、男だというのに紅を塗ったように紅かった。今にも唇の端から血が滴り落ちそうな妖しい雰囲気を醸し出している。
 なまじ顔立ちが整っているだけに、彼の姿は人間離れしているように見えた。
「美しく、綺麗な血――あれが榊の直系か」
 歩く度に葵の長い髪が揺れるのを風巳は愉しげに眺めた。
 脳裏に茜の姿を思い描き、更に冷笑を深める。
「榊の血は絶やさないとな――」
 僅か一瞬、風巳の双眸が血の色に染まる。
 だが、彼の酷薄な囁きが葵に聞こえることはなかった。



     「四.魔魅」へ続く



 にほんブログ村 小説ブログへ  
← NEXT
→ BACK

ブログパーツ
スポンサーサイト
2009.10.12 / Top↑
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。