ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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四.魔魅



 陽が傾きかけている。

 榊夏生は、聖華学園の近くにある公園で一人佇んでいた。
 双子の兄の一人――茜と買い物に行く約束をしているのだが、当の本人が約束の時間を過ぎても姿を現さないのだ。
 約束の時間は四時ジャスト。
 だが、今はもう四時二十分を廻っていた。
「……ったく、茜ちゃんたらルーズなんだから」
 夏生は腕時計を眺めて嘆息し、薄っぺらい鞄を抱え直した。
 茜は携帯電話を所持することを頑なに拒否しているので、連絡の取りようもない。PCのオンラインゲームは超がつくほどの愛好者なのに、携帯電話に関しては『面倒臭い』の一点張りで全く興味が湧かないらしいのだ。
 いつも待たされる側になる夏生としては、是非とも携帯電話を所有して欲しい。しかし、願いは虚しく、未だに叶ってはいない……。
 夕暮れ時の園内には、現在、夏生一人しかいない。
 先ほどまで遊具で戯れていた子供たちは、いつの間にか姿を消している。公園に面した道路を行き交う人々も疎らである。
 静寂の中にポツンと取り残されたような気がして、夏生の胸の裡にフッと寂寥感が芽生えた。
「何してるのよ、茜ちゃん――」
 茜に待たされることには慣れている。
 昔から茜には約束をポッカリ忘れてしまうという悪癖があるのだ。去年のクリスマスなど、冬の寒い中を二時間も待たされた覚えがある。
 それにも懲りずに、こうしてまた茜と約束を交わしてしまう自分は一体何なのだろうか?
 我が身の報われぬ健気さを思い、夏生は深い溜息を落とした。
 その時――

 ズズッ……ズッ……ズルッッ……。

 ふと、耳障りな音が聴覚を刺激した。
 夏生はハッと表情を引き締め、素早く辺りに視線を配った。

 ズズズッ……ズズッ……。

 音は近い。
 何が地面を這いずり回っているような奇妙な音だ。

 シュッ!

 突如として、夏生の左手首に光沢のある奇怪なものが巻き付いた。
 ぬるぬるとした太く白い蔦のようなものだ。
「――魔魅っ!?」
 それを目にした瞬間、夏生は音の発生源に思い至った。
 魔魅(まみ)――つまり下級魔だ。
 手首に絡んだ蔦のような触手を目で追うと、公園の一角に歪んだ空間を発見した。
 どす黒い霧のようなものが漂う中に、巨大な異形が姿を現している。
 崩れた毛糸玉のようにグチャグチャと無数の触手が絡まり合っている。
 体高は優に五メートルはありそうだ。
「わたしが狙い――よね?」
 夏生は引きつった笑顔で魔魅を見遣った。
 シュッ!
 ひっそりとした呟きに応えるように、魔魅が勢いよく触手を飛ばしてくる。
 夏生は咄嗟に鞄を触手に向けて放った。触手が鞄を絡め取る。
 その隙に右手を制服の胸ポケットへ忍ばせ、トランプのようなカードを取り出した。
 人差し指と中指の間に挟んたカードを鋭く閃かせ、左の手首にしつこく巻き付いている触手を切り刻む。
 だが、細切れになりながらも魔魅は夏生に触手を伸ばしてくるのだ。
「邪鬼滅殺――」
 夏生は臆することなくソレに向かってフッと息を吹きかけた。
 すると、不思議なことに触手は瞬く間に灰と化した。
 そのまま呆気なく本体まで灰燼と化すだろう。
 これまで幾度なく魔族と闘ってきた。経験上、この程度の魔魅ならば念の籠もった氣を送るだけで容易く滅ぶはずだ。
 だが、夏生の予想は悪い方向へとアッサリ裏切られた。
 氣を吹きかけた触手は灰となったが、ミミズの集合体のような本体そのものは全くの無傷なのだ。
 間髪入れずに、粘液だらけの触手が一気に数十本も夏生に向けて繰り出される。
 流石に、夏生もこれにはギョッとした。
「あれっ!? ……おかしいな。――依姫(よりひめ)、起きてる?」
 夏生は触手の攻撃を避けるために後方に飛び去りながら、カードの枚数を増やした。
「ねえ、ちょっと依姫、聞いてるっ!? 闘えるのっっ!?」
 チラとカードに視線を走らせ、夏生は焦燥混じりの声を放った。
 程なくして、真っ白だったカードにボンヤリと人影が浮かび上がってくる。
『……なんじゃえ? 妾は寝起きで機嫌が悪いぞえ』
 豪華絢爛な着物を纏った美女がカードの中から夏生をギロリに睨む。
 夏生の神族としての特殊能力――神力の分身。それがカードの中で生きた人間のように動く《玉依姫(たまよりひめ)》だ。
「ええっ!? お願いだから、今すぐ目を醒ましてっ! 何だか、変な魔魅に当たっちゃったみたい!」
 夏生は左手にもカードを構え、物凄い早業で襲い来る触手に向かってカードを投げ続けた。
 カードの攻撃で触手は散り散りになるものの、やはり本体には掠り傷一つついていなようだ。
『おぬしのうすらぼけ兄貴が妾のことを《タマ》と呼ぶからいけなのじゃ。おかけで妾の繊細な玻璃の心は粉々に砕け散り――数日は病床から起き上がれぬ酷い有様じゃ』
 玉依が袖で顔を覆いながら切々と訴えてくる。
 嘘泣きだ。
 先ほどまで素晴らしい眼力で夏生を睨めつけていたのだから。
 今朝、茜に《タマ》呼ばわれされたことを根に持っているだけだ。
 ――だから、《タマ》って呼ぶな、っていつも言ってんのにっ! 茜ちゃんのバカッッ!
 夏生は険しく片眉を跳ね上げると、次々と飛んでくる触手に両手のカードを豪快に放った。
 緑色の不気味な体液を撒き散らして、触手が地に落ちる。
「それだけ喋れるんだから、もう頭は冴えてるでしょ!? 手伝ってくれたら――特別にヨシヒトの裡に降ろしてあげるからっ!」
『えっ、そりゃあ本当かえ!? よし、夏生のために妾が一肌脱いでやろうぞ!』
 玉依が現金にもパッと顔を輝かせ、愉しげに檜扇を舞わせる。
「わたしの神氣――依姫に移すからね」
『――承知』 
 玉依が不敵に微笑むと、夏生の手持ちのカードが金色に輝き始めた。夏生と玉依と神氣が融合し、カードに込められた破邪の力が強まったのだ。

 夏生は魔魅の本体へと向かって、疾駆を開始した。
 凄まじいスピードで触手の攻撃を躱し、時にカードで破砕し――本体に肉迫する。
 本体の眼前まで来ると、夏生はピタリと足を止めた。
 左手に重ねた黄金色に輝くカードの束を右手で掴む。
 それを鞘から刀を抜くような動きで下から上へと放った。
 眩い光を纏ったカードが、白刃の如き軌跡を描き、魔魅を縦に切り裂く。
 緑色の体液を頭上から浴びる前に、夏生は俊敏に後方へ飛び去っていた。
 崩れ落ちる魔魅を眺め、夏生は不意に眉間に皺を寄せた。
 滅びるはずの魔魅は、切断面を癒着させて再生を試みているようなのだ。
 驚異的な速度で分断したはずの本体が繋がり、触手が忙しなく蠢き始める。
「ちょっ、ちょっと依姫……やっぱり変じゃない?」
 夏生は制服から新たなカードを取り出すと、怖々と玉依に話しかけた。
『……はて? 妾が寝起きじゃからかのう? 神氣が満ち足りてないのかもしれぬな。そもそも、妾とおぬしの力は元来攻撃主体のものではないゆえ……困ったものじゃな』
 返ってくる玉依の声音にも怪訝な響きが宿っている。
 あっという間に再生を果たした魔魅が、懲りずに触手攻撃を仕掛けてくる。
「げっ……う、嘘でしょっっっっっ!?」
 夏生は慌てて飛び退いた。
「ヤダッ、何なのよ、コイツッ!? 誰か降ろしたいけど――そんな暇ないよねっ!?」
『うむ、ないぞえ』
 玉依がやけにあっけらかんと即答する。
「ぞえ――じゃないわよ! わたし、今、もしかして、物凄くピンチなんじゃないっ!?」
 カードで何度切り落としても、触手は尽きることを知らぬように縦横無尽に襲いかかってくるのだ。いくら夏生でも、その全てを防ぎきることは不可能だ。
 案の上、触手が夏生の左腕に巻き付き、強引に身体を引っ張り上げた。
「――っ痛っっ!!」
 左肩が激痛を発する。
 首にもヌメヌメとした触手が絡みつき、頸動脈と気道を絞めにかかる。
 直ぐさま息が苦しくなり、視界が不鮮明になった。
 ――ちょっと本気でヤバイかも……。
 夏生の胸に諦めに似たマイナスの感情が芽生えた刹那――
 青白い冷光が炸裂した。



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2009.10.17 / Top↑
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