ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- / Top↑
 マイトレイヤーが背長い髪を揺らして、己の胸元を注視する。
 その仕種にまた涙の粒が首飾りに零れ落ち、貴石が美しい輝きを放つ。
「これは……シンからいただいたものですが……。ただの首飾りでは……ないのですか?」
マイトレイヤーは片手で首飾りの頭を掬うと、怪訝そうに小首を傾げた。
「うわぁっ、綺麗っ!」
 セリエがパッと瞳を輝かせて、首飾りを覗き込む。底無しのお転婆姫だが、宝石に興味を示すあたりは、一応『女の子』であるらしい……。
「それは……まさか――」
 何か思い当たる節でもあるのか、ラザァが小声で呟く。彼の薄青の双眸は、微かな驚きを孕んでマイトレイヤーの首飾りを見つめていた。
 首飾りの中央――幻想的にカッティングされた貴石からは、青紫色の光が放たれ続けている。
 崇高な光はマイトレイヤーの手の中で徐々に輝きを増してゆく。
 やがて、光はマイトレイヤーの手から溢れ出すほどに膨れ上がり、地に横たわるシンシリアを包み込んだ。
 あっという間に、紫の光輝はシンシリアの胸から体内へ吸い込まれていく。
 光が完全に吸収された直後、驚くべきことにシンシリアの胸が微かに上下し始めた。
 つい先刻まで確かに息絶えていたのに、今はしっかりと鼓動が甦っている。
「シンッ……!」
 貴石と同じ色の輝きを放つマイトレイヤー双眸から、再び透明な雫が溢れ出す。しかし、今回は哀しみのためではなく歓喜のためだった。
「――つっ……!」
 皆が息を詰めて見守る中、シンシリアの瞼が微細に震え、ゆっくりと押し上げられた。
「……何……だ? 何が起こった……?」
 微かに眉根を寄せ、片手で髪を掻き上げながらシンシリアが上体を起こす。
 彼は、すぐ傍にいる恋人が泣きじゃくっているのを見て、ハッと目を瞠った。
「マイト――」
「シンッ!」
 何か問いかけようとしたシンシリアの首に、マイトレイヤーがひしと抱き着く。彼は人目も憚らずにシンシリアの唇を自分の唇で塞いだ。
 最初は訝しげにマイトレイヤーの口づけを受けていたシンシリアだが、やがて彼は恋人の細い腰を抱き寄せると自ら深く口づけ始めた。

 ――ちょっとは遠慮してよね……!
 目の前で何度も何度も口づけを交わす兄とシンシリアの姿を眺め、クラリスは溜息を落とし、次いで苦々しく唇を歪めた。
 大好きな兄が自分以外の男と熱く抱擁を交わしている姿など、本来ならば目に入れたくもない。だが、愛する人を取り戻したマイトレイヤーの驚喜を慮ると、大人げなく二人の邪魔をするのも気が引けた……。

 クラリスは兄とシンシリアの口づけから目を逸らすように、背を返した。
 直後、
「……《黄昏の宝玉》か――」
 神妙な顔したラザァが低く囁く。
「――えっ!?」
 クラリスは思わず聞き返していた。 
 今の今まで、そんな固有名詞のことなどすっかり忘れていた。
 遊郭を訪れた際に、老魔術師がそれについて何か語っていたはずだ。
 マイセの生け贄の件には、古から伝わる神宝《黄昏の宝玉》が深く関係している、と――
 クラリスたちが属するセイリア王家の始祖となった賢者――シュタルデン。
 彼が創世神マイセから賜ったのが《黄昏の宝玉》と呼ばれる輝石だ。
 宝玉の効力は――死人を甦らせる。
 マイトレイヤーが所持する首飾りが《黄昏の宝玉》ならば、その神秘の輝きに包まれたシンシリアが息を吹き返したことにも説明がつく。
「こんな身近にあったとはな……」
「神宝って、元の持ち主である五大英雄の血を引く人間に自然と惹かれていくんだってさ」
 クラリスが、老魔術師――かつてカーランダと呼ばれた偉大なる妖術師からの受け売りを唇に乗せると、ラザァは意外そうに目をしばたたかせた。
「ああ……遊郭のお婆に逢ったのか」
 流石に魔法剣士だけあって、その辺りの情報はしっかりと掴んでるらしい。もしかしたら、妖しげな占い婆の正体を承知の上でアダーシャは彼女に敬意を表し、密やかに庇護しているのかもしれない。
「うん。《黄昏の宝玉》を下賜されたシュタルデンは、僕らの国の始祖だからね。偽りの生け贄に選ばれた兄上の身を案じて、ここに流れてきたのかもね」
 永き刻を経て、伝説の神宝はシュタルデンの子孫であるマイトレイヤーの手に渡った。
 マイセの生け贄として選ばれたはずの人間の元に、マイセの神宝が巡り巡ってくるなんて不思議な縁だ。
 創世神マイセは深き眠りに就いているというが、己の名を騙りまやかしの生け贄を仕立て上げたレノビアとデメオラの所業を何処かで見ていたのかもしれない。
 彼らの悪行を嘆き悲しみ、こっそりマイトレイヤーに救いの手を差し伸べてくれたのだ――と、そんな考えまで浮かんでくる。
「この神宝は、シュタルデンの末裔であるセイリア王家が所持すべきもの。だが――赦されるのならば、これを殿下に持って行って差し上げたいのだが……」
 ラザァが非常に言いにくそうに告げる。だが、クラリスに向けられた彼の双眸は期待に満ちていた。
《黄昏の宝玉》は、死人を甦らせること以外にも何か魔法の効力を持っているのだろう。ラザァが心臓を患っているラータのために宝玉を欲するのならば、それは治癒か延命の力を秘めているに違いない。
「ああ……勝手に持って行けばいいんじゃない? 元々セイリア王家で保管していたものじゃないし、首飾りの一つくらい持って行っても兄上もシンシリアも全然気にしないと思うよ。あの二人――くっついていれば幸せなんだから」
 クラリスはチラと兄たちに視線を流し、肩を聳やかした。
 熱愛振りを誇示するように二人は未だに互いの唇を貪っている。勢い余ってそのまま先へ突き進むのではないか、とクラリスが危ぶんだほどの熱烈な抱擁だ……。
 あまり見つめるのも目に毒なので、クラリスはさっさと二人から視線を逸らし、地面に縫いつけていたデメオラを見遣った。
 転瞬、虚空から真紅の物体が二つ飛び出して来たので、驚きに目を丸める。
 緋色のマントが鮮やかに翻り、二人の人物が地に降り立った――魔法剣士だ。
 彼らはクラリスが突き刺したナイフを魔法であっという間に抜き取ると、両側からデメオラの腕を取り、動きを封じるようにして立ち上がらせた。
「マイセ神殿祭祀長デメオラ殿――レノビア国王陛下暗殺と禁教であるドチール教の幹部信者であることが罪状です。ラータネイル王太子殿下の命令により、これより王宮で軟禁致します」
 魔法剣士の一人が怜悧な声音で告げる。口調は丁寧だが、言葉の中身はデメオラに対する明らかな逮捕状だった。
 それを聞いた瞬間、デメオラはガックリと項垂れ、そのまま微動だにしなくなった。逃げ出すことも言い訳をすることも――全てを諦念したらしい。
 二人の魔法剣士はラザァとシンシリアに向かって軽く会釈すると、デメオラを伴ったまま一瞬にして虚空に姿を消した。
「――ビックリした。でも、貴重な経験だよね。アダーシャの魔法剣士を四人も間近で見ちゃった」
 クラリスは魔法剣士たちが消えた宙を眺め、茫然と呟いた。本来ならば、生涯でその姿を拝むこともないだろう稀有な存在だ……。
「アレで全部だよ。おまえは全ての魔法剣士に逢っている」
 驚愕に捕らわれているクラリスを見て、ラザァがクスリと小さく笑う。
「え? 全部で――って、五人じゃなかった?」
 クラリスはラザァへ視線を転じ、目をしばたたかせた。
 クラリスの知識が正しければ、魔法剣士は確か常に五人で編制されているはずだ。
「そう、だから全員を目撃している。五人目は何を隠そう――ラータネイル王太子殿下だ」
 得意気に真相を告白したラザァに、クラリスは無言で冷たい視線を突きつけてやった。
 どう考えても、詐欺としか思えない。ラータはクラリスと一緒にいる時、魔法など一度も駆使しなかったし、魔術師だという気配すら微塵も感じさせなかったのだ。
 数ヶ月前にシンシリアに追われていた時、本当ならばラータは難なく逃げ切れたのだろう。
 それを思うと、微かな怒りが胸の奥底に芽生えた。
 今更ながら――全てはクラリスを巻き込むための茶番だったとしか思えなくなった。
 まさかマイトレイヤー本人が出て来るとは予測していなかっただろうが、ラータのことだ――兄想いのクラリスがレノビア暗殺手伝ってくれたらいいなぁ、くらいのことは平気で考えていたに相違ない。それくらいの図太さと計算高さがなければ、超大国アダーシャの王族など務まらないだろう……。
 クラリスは、ラータの忠実なる下僕であるラザァをもう一睨みし、ツンと顔を逸らしてやった。
 そうすると、必然的に相変わらず密着したままの兄とシンシリアの姿が視界に飛び込んでくる。
 大仰に溜息をついて更に顔を背けると、今度は目と鼻の先で豊かな黒髪が揺れた――セリエだ。
「やっぱり、あなたの兄上とシンシリアは熱愛真っ只中なんじゃない! 付け入る隙はないわね。フフッ、これでクラリスはわたしのモノね!」
 蒼い双眸に喜色を滲ませ、セリエがニッコリと微笑む。
「勝手に決めつけるなよっ!」
 クラリスはギョッと目を丸め、憤慨した。
 冗談ではない。
 セリエは超大国の王女様な上に傲慢で気も押しも強すぎる少女だ。
 こんな肝っ玉お嬢様に付きまとわれては、クラリスの神経が磨り減るだけだ。何より彼女を娶ってしまえば、今までのようにお気軽に好みの男と遊べなくなる。
「アラ、本当のことじゃない。それに、きっと兄様も喜んでくれると思うわ。公爵がシンシリアとああなった以上、誰かがサーデンライト家の後継者を創らなきゃいけないわけだし――血筋的にも悪い話じゃないと思うわ」
 王女らしからぬ物言いをし、セリエがどこか落ち着かない様子でクラリス越しにマイトレイヤーたちに視線を投げる。
 内親王が自ら己を売り込むなんて話は初めて聞く。
 クラリスは呆れ混じりにセリエを見下ろした。
「そりゃあ、兄上か僕のどっちかが子供を――」
「あっ! ちょっ……ヤダッ……!?」
 セリエを軽く嗜めようとして、クラリスは志半ばで言葉を呑み込んだ。セリエが急にポッと頬を赤らめ、小さな驚嘆の声をあげたからだ。
「何やってるんだよ、セリエ」
 クラリスはセリエに対して敬称をつける気も起こらずに、彼女を呼び捨てにしてその視線を追った。
 解り切っていることだが、兄とシンシリアがきつく抱き締め合っている。先ほど変化しているのは、シンシリアの唇がマイトレイヤーの首筋に埋められ、手が下肢を愛撫していることだろうか……。
「ね、あの後、どうやってするの?」
 セリエが幾分興奮した声音で訊ねてくる。
「お姫様がそんなことに興味持つなよっ!」
「やん、だって、同性同士――って、実際に目の当たりにするのは初めてなんだもんっ!」
「目を輝かせて見学するようなものじゃないよ! ったく、ホントに困ったお姫様だなぁ!」
 苦々しく顔を引きつらせながら、クラリスはセリエの視界を遮るように彼女の頭を自分の胸元へ引き寄せた。
 見物を愉しむセリエもセリエだが、人目も憚らずに抱擁を続ける兄たちも酷すぎる。ついでに、クラリスとセリエの様子を面白そうに窺っているラザァも腹立たしく感じられてきた。
「けど――耐性はあるんだ、同性同士のアレコレ?」
「そうね。好きな相手が男でも女でも愛を確かめ、肌を触れ合わせることは重要だと思うわ。――こんな条件のイイ相手、そうそう見つからないと思うわよ。だからね、さっさとわたしで手を打たない?」
「……僕……浮気しまくるよ。兄上盗られちゃったし、セイリアに帰ったら――好みの男とヤりまくると思うよ」
 クラリスが自棄気味に言葉を発すると、セリエは顔を上げて唇に弧を描かせた。
「どうぞご自由に。これで、わたしはカレリア公国の超不細工な伯爵と結婚しないで済むわ! やっぱり男は美しくなくっちゃね! アイツも相手がセイリアの王族であるサーデンライト公爵家が相手じゃ大人しく諦めるでしょう! ――ってコトで、商談成立ね、クラリス」
 セリエが満面の笑みを浮かべる。
 どうやら彼女は、クラリスが思うよりも遙かにしたたかで心底豪気で豪胆なお姫様であるらしい……。
 流石は千年王国アダーシャの姫だ。控え目でお淑やかな深窓の姫君たちとは桁違いの器の持ち主であるらしい。
 ――本当におめでたい人たちだな……。
 もう一度マイトレイヤーたちに視線を流してから、改めて呆れ顔でセリエを眺める。
 そして、更に呆れた。
 セリエは、期待たっぷりの眼差しでクラリスを見上げているのである。
 とても腕の中にいるのがアルディス聖王家の姫宮だとは思えない。
 ――くそっ……もう、どうにでもなれっ!!
 クラリスは己を捨てる覚悟で心を決め、セリエの綺麗な形をした唇に口づけた――



     「10.終焉」へ続く



……飛び石更新でスミマセンッ(汗)
BLファンタジーのはずが……アレ? って感じで、更にスミマセンッッッ!
明日の更新で終幕です。

 にほんブログ村 小説ブログへ  
← NEXT
→ BACK

ブログパーツ
スポンサーサイト
2009.10.19 / Top↑
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。