ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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『愛しているのよ。誰よりも、何よりも』
 愛している――だが、その愛し方は異常だった。
 常軌を逸脱している。
 息子を可愛がる母親の領域を激しく超越していた。
 悦子も自分も許されぬ罪を犯している。
 恐怖と嫌悪と罪悪感が、充の心の中で忙しなく交錯した。
『好き。大好きよ、充』
 悦子の手が充のシャツのボタンを外し、胸元を撫でる。
 唇が首筋に押しつけられた。
 ――これは夢だ。とてつもなく最悪な夢だ。
 充は悦子を直視できずに堅く目を瞑った。
 ――そうだ、これは夢だ。現実の自分は、ちゃんと抵抗したはずだ。
 不意に事実を思い出す。
『……そう。充はあたしに反抗したの。悪い子ね』
 悦子が充の心を読んだかのように声を低める。
 ゾッとして瞼をはね上げると、怒りと哀しみに顔を歪めた悦子が自分を見つめていた。
『あたしを無視した、悪い子』
 悦子の唇が酷薄な笑みを形作る。
 現実世界での充は、母親との近親相姦に深い恐怖と憎しみを抱き、何とかそれを断ち切ろうと試みたのだ。
 中学二年の夏、充は彼女を拒む決意を固めた。
 夜になると部屋のドアに鍵をかけ、悦子が充の名を泣き叫びながらドアを叩きつけても、じっと沈黙を守り通した。
 悦子が執拗に自分を求めてくる時には、家を出て夜の街を当てもなく彷徨い歩いた。
 充は悦子を自分の世界から抹消し、彼女を全く顧みなくなった。
 そしてある日、唐突に悦子が報復の牙を剥いたのだ。
『悪い子にはお仕置きが必要だもの』
 充の頬に指を滑らし、悦子は微笑む。
 邪恋に心酔しているような歪んだ笑みを見て、充はきつく眉根を寄せた。
 夏休みのある日、悦子は家に一人の男を連れてきた。
 園田隆という若い男だった。
 三十代前半でIT関連企業の取締役を務める敏腕実業家。
 充は、彼の姿をそれ以前にも目撃したことがあった。
 悦子が経営するスナックに客として通っている男の一人だったのだ。
 その男が食い入るような視線を自分に送り続けていたことを、充は知っていた。
 当然、悦子も知っていた。
 実業家としての園田隆は才気溢れる優秀な男だが、私生活における彼は少々変わった性癖の持ち主であったのだ。
 彼は自他ともに認める同性愛者だった。
 そして、充に興味を抱いていた。
 園田は『充を養子に欲しい』と告げ、悦子は何の躊躇いもなく承諾した。
 悦子は息子を売ったのだ。
 幾らで売ったのかは知らないが、その日から充は園田の形だけの息子となった。
 名前も『富山充』から『園田充』に変わった。
 自分を愛さなくなった息子を同性愛者に売り渡す――それが悦子の復讐だった。
『充、もう悦子さんはいない。だから、何も怖がることはないんだよ』
 いつしか悦子の顔は園田隆のものに変わっていた。
「お養父さん……」
 充は苦々しく呟いた。
 母親の魔手から逃れたはずの充は、皮肉にも別の苦しみを味わう羽目に陥ったのだ。
 記憶の奥底に閉じ込めていたはずの、裸で組み敷かれ、陵辱される自分の姿が脳裏でフラッシュバックする。
 慌てて、充はその記憶を頭から排除した。
 無条件で園田に屈したわけではない。
 二度と悦子を自分に逢わせないこと、それが絶対条件だった。
 悦子の狂態を知っていた園田は、あっさりとその条件を呑んだ。
 悦子に多額の手切れ金を渡し、充を遠く離れた学校に転入させ、中学を卒業するまではボディガードをつけるという徹底振りだった。
 園田は、彼なりに充の身を案じてくれていた。
 少なくとも悦子のような狂気に侵されてはいなかった。
 それに、園田との関係は一年も経たずに終幕を迎えたのだ。
 充の身体が急成長を遂げたからである。
 中学を卒業する頃には、充の身長は一八〇センチを越え、顔立ちは中性的なものから男らしいものへと変容した。
 園田は性の対象として充を見なくなった。
 視点を変え、後継者として育てる方向に改心したのだ。
 聖華学園進学を望む充にポンとマンションを買い与え、『自由に暮らしなさい。但し、月に一度は私に顔を見せること。それから学業は怠らずに。充はいずれ私の会社を継ぐのだから』と有り難いことまで言ってくれたのだ。
 そして、現在に至る。




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2009.06.03 / Top↑
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