ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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五.条家 



 今日は乗物関係に災いの相が出ているのかもしれない。
 榊茜は、初めて訪れた室内を何とはなしに見回し、コーヒーカップに口をつけた。
 今朝の暴走車に続き、放課後にも危うくブルーシルバーのアウディに轢かれそうになったのだ。
 聖華学園を出て幾ばくも経たないうちに、十字路でアウディと接触しそうになった。
 寸でのところで躱したはいいが、慌ててハンドルを切ったらしい相手の車体は近くにあった水溜まりで急停止した。おかげで物凄い勢いで泥水の飛沫が舞ったのだ。何とか頭から泥水を浴びる失態は免れたが、聖華学園の高級制服は泥水の餌食になってしまった……。
 ツイてない――としか言い様がない。
 聖華学園は資産家の子息令嬢が通うだけあり、その制服もかなり高額なものなのだ。
 制服一着泥塗れになったと知ったら、榊家の家計を預かる妹の夏生は額に青筋を立てて激怒することだろう……。
 瞬時に妹に怒られる己を想起し、茜は派手なアウディに向かって思わず「馬鹿野郎!」と怒鳴っていた。
 茜の怒りが実際に聞こえたわけではないだろうが、車中からは金髪の派手な男が慌てて降りてきた。相手は、制服を一目見て茜が聖華学園の生徒であることを理解し、更にギョッとしたように目を丸めていた。
 それが、この高級マンションに居を構えている一条龍一という青年だったのである。
 龍一は、茜が名門私立学園の生徒だと知るなり、ひたすら謝罪の言葉を繰り返し、茜が引くくらい丁寧かつ強引に『制服の弁償』を訴えたのだ。
 相手の苗字が『一条』ということもあり、敵対する魔族である可能性も一瞬脳裏をよぎったが――名前に『条』がつく人間の全てを疑っていてはキリがないし、精神的に疲れる。それに龍一が単なる善意の人であった場合、彼に対しても失礼だ。
 立ち話の末に、近くにある龍一のマンションで制服を洗う、という結論に落ち着いた。もっとも龍一がさっさと話をまとめ、戸惑っている茜を半ば強制的にアウディに乗せてしまったのだが……。
 夏生と待ち合わせしているのは重々承知だったが、ずぶ濡れの制服を纏ったまま妹と連れ立って歩くのも気が引ける。制服が乾くまでは一時間もかからないはずだ、と腹を括り、茜は龍一の勧めに従った。
 そして――現在に至る。

 乾燥機から出されたばかりの制服を改めて身につけ、さっさと帰ろうとしたのに、龍一はコーヒーを差し出してきて、つらつらと取り留めのない話をするのだ。
 彼が教員免許を取得している塾講師だとか、M市には最近引っ越してきたばかりなので道路状況をちゃんと把握していなかった――とか、そんなどうでもいい情報が右の耳から左の耳へと通り抜けてゆく。
 茜はコーヒーを啜りながら、テーブルを挟んだ向かいのソファに座する一条龍一という青年を眺めた。
 少し長めの金髪。片方だけ露出している右の耳朶には、血のような輝きを放つ真紅のピアスが一つだけ飾られていた。顔は端整な部類に属するだろう。
 茜はさり気なく腕時計に目を落とし、心の裡で溜息を洩らした。
 時刻は午後四時五十八分。
 夏生との約束は四時だ。
 ――夏生、怒ってるだろうな……。
 かなりの頻度で夏生に待ちぼうけを食らわせている不肖の身としては、妹の顔を思い出すだけでいたたまれなくなった。
「あの――俺、帰ります」
 茜はカップをソーサーに戻すと、そそくさと立ち上がった。
「制服、ありがとうございました」
 こちらが被害者なのだが、制服の件については礼を述べておく。
 茜が軽く頭を下げると、龍一もカップを置いて席を立った。流麗な動作で歩み寄ってくる。
「おや、まだ早いじゃないか」
 龍一の片手が伸びてきて、はっしと茜の手首を掴み取る。
 彼に触れられた瞬間、背筋に悪寒が走るのを茜は感じた。
「夕食までにはちゃんと送り届けるよ」
「い、いえ、結構です」
 手首を握る手に力が加わったような気がして、茜は微かに顔をひきつらせた。
 ――男を送って、何が楽しい……!?
 茜は龍一の腕をやんわりと引き剥がそうと、自由になる方の手で彼の腕を掴んだ。
 瞬時、物凄く速さでその手を逆に掴み返される。
「まあ、そう遠慮せずに。君のように綺麗な子をこのまま帰すわけにはいかないんだ」
 龍一が端整な顔に妖冶な笑みを浮かべる。
 ――げっ……こいつ、ソッチの趣味かよっ!?
 茜は慌てて手を引いた。
 だが、龍一の方が遙かに強い握力を有しているらしい。彼の手は頑として茜を離さなかった。
「お、俺、妹と待ち合わせしてますからっ!」
「おやおや、私より妹の方が大事なのかな? 昨夜はあんなに激しく互いを求め合ったのに――」
 龍一の片手が茜の顎を捕らえ、からかうように顔を覗き込んでくる。
「何のことを言っているのか――解らないな」
 茜が怪訝な眼差しで龍一を見上げると、彼は挑戦的な視線を返してきた。
「解らない? そう? 私は昨夜のことは全て覚えているよ。――こんばんわ、榊茜くん。やっと逢えたね」
 龍一が低く囁く。
 弧を描いた唇の端に、僅か一瞬牙のような鋭い犬歯が覗いた。
「――――!?」
 即座に茜は理解した。
 ――こいつ、昨日の吸血鬼っ!?
 オンラインゲーム《鏡月魔境》の中で、茜は一晩中《RYU》という吸血鬼と激闘を繰り広げていたのだ。
 どうやらリアルワールドでの《RYU》は目の前の青年であり、おそらく彼はこちらの世界でも《血を啜るもの》であるらしい……。
 察した瞬間、自分と故意に引き離されたであろう妹の身を案じ、茜は険しい双眸で龍一を睨めつけた。
「夏生……!」
「ああ、妹のことら何も心配しなくていい。もう魔魅が始末しているはずだから安心しろ。そう――魔魅がね」
 驚愕に目を見開く茜を愉快そうに眺め、龍一が艶笑を湛える。
 刹那、茜は鳩尾に強烈な衝撃を感じた。
 目の奥で激しく火花が散る。
 言い表しようのない痛みが腹部から全身へと蔓延する。
「……ごめっ……ん……夏……生――――」
 意識を失う寸前、脳裏をよぎったのは無邪気に笑う妹の姿だった……。




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2009.10.26 / Top↑
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