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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Wed
2009.06.03[00:33]
 実母と養父から歪んだ愛情を注ぎ込まれた充の精神は、激しく荒んだ。
 だが、養父に恨みはない。
 彼は性癖のことを除けば、経済的にも人格的にも父親として申し分のない人間だ。
 何より園田は、充から悦子を隔離してくれた恩人でもある。
 憎むべきは、養父ではなく実母だ。
 全ては悦子の狂愛が原因なのだから。
『どうして、あたしが憎いの? あたしより園田の方が好きだなんて、おかしいわ』
 白い影は、再び悦子の姿を取り戻していた。
「俺はあんたが憎い。俺を狂わせた張本人だからね。あんたが母親じゃなかったら、俺はもっと真っ当で健全な青春時代を送れたはずだ。そうは思わないかい、悦子サン」
 充は憎悪の眼差しで悦子を睨めつけた。
 狂気の渦に自分を引きずり込んだ母親が憎い。
 悦子は恐ろしい怪物だ。
 おぞましい生き物だ。
 だから、母親と同じ《女》も嫌いだった。
 母と同じ女を弄び、飽きたら捨てる――その行為は快感だった。
 心の中で女たちに母親を重ね、復讐していた。
 母親に対する憎悪は、生への糧ともなっている。
 いつか絶対にあの女を見返し、嘲笑ってやるのだ、と。
 その昏い憎しみの炎を消してはならない。
 それが、一生涯消えることのない傷を自分の胸に刻みつけた母への罰だ。
『どう……して? あたしは、こんなにも充を愛しているのに』
 悦子が哀願するような眼差しを注いでくる。
 伸ばされた手を、充は乱暴に払い除けた。
「悦子サン、俺はもう富山充じゃない。園田充だ。あんたの息子でも玩具でもない。俺はこれっぽっちもあんたの愛なんか必要としてない。あんたの愛情なんて――要らない」
 ――俺は誰も信じないし、誰も愛さない!
 充は胸中で叫んだ。
 途端、母の姿が砂のようにドッと崩れる。
 白い影は忽然と姿を変えた。
 異国の血を引く親友の姿へと。
『僕のことも?』
 目の前でプラチナブロンドが輝く。
「……樹里」
 充は低く呻いた。
 ――ちくしょう、水妖の奴めっ!
 この悪夢を紡いでいるのが何者なのか、充は直感で察していた。
 自分の体内に入り込んだ水妖が見せる、忌まわしき幻夢だ。
 あの正体不明の妖かし以外の何者が、自分の心を見透かせるというのだろう。
 完璧に封じ、隠蔽していはたずの暗澹たる過去を知り得るというのだろうか……。
 正直なところ、充は女も男も特別好きではない。
 多感な思春期に双方と性体験を持ったことが災いしているのか、どちらも本気で好きになったことがないのである。
 その代わり、樹里や直杉のように中性的な容姿の人間に好意を抱くことは多かった。
 性別を感じさせない人物に無意識に惹かれてしまうのだ。
『誰も愛さないなど、強がりを言うな。私のことも気に懸かっていないというのか?』
 充の思考を読み取ったかのように、樹里の顔が直杉のものへと変化する。
 幻の直杉が、現実では到底考えられない艶やかな笑みを浮かべる。
 その両手が充の頬を捉えると、白い影はまた樹里へと姿を変えた。
『ねえ充、僕のこと好き?』
『私のことはどう想っているのだ?』
『充、あたしを愛してよ』
 樹里の顔に、直杉と悦子の顔が重なった。
 三つの顔が不気味に蠢き、浮き沈みする。
『僕のこと――』
『私のこと――』
『あたしのこと――』
『『『好き?』』』
 三つの異なる声が脳裏で谺する。
 充は全身から冷たい汗が噴き出すのを感じた。
 鈍器で後頭部を殴られたかのように、頭がズキズキと痛みを発する。
 絶叫したい気分なのに、唇は全く動いてはくれなかった。
 身体が鉛のように重くなり、身動きが取れない。
 充は、迫り来る三つの顔を愕然と凝視した。
 悪夢はまだ醒めない。

     *



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