ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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六.榊



「――茜が帰って来ない?」
 帰宅するなり、妹と従弟がリビングに首を揃えて待っていた。
 どちらの顔にも不安が浮かんでいる。
 榊葵は微かに顔をしかめ、夏生と美人を見返した。
 時刻は、午後八時を回っている。
 葵はクラス委員として月に一度行われる学年協議会に参加していた。そのために帰宅が遅くなったのだが、終業と同時に学園を飛び出したはずの茜が自分よりも先に帰っていない。
 今現在、確か茜は特定の恋人もいないはずだ。放課後のデートを楽しんでいるわけでもないだろう……。
 三条風巳と共に校庭を駆け抜けて行く茜の姿を目撃したのが午後四時前――およそ四時間もの空白がある。
 オンラインゲーム愛好家の茜は、特別なことがない限り自宅に直帰する。無論少しでも多くプレイ時間を捻出するために、だ。
 妹との約束をすっぽかすのは時折あることだが、ハマッているゲームがあるのにこの時間に在宅していないというのは、やはり何処か違和感があった。
「わたしとの約束のことは、この際抜きにしても――茜ちゃんが帰ってこないのはおかしいわよね。……ねえ、葵ちゃん、茜ちゃんにケータイ持つことを義務づけてよ」
 夏生が上目遣いで訴えてくる。
 茜は現代高校生にしては珍しく、携帯電話を持つことが大嫌いなのだ。
「……無理だと思うよ。この前の誕生日に、クラスメイトから最新機種をプレゼントされたみたいだけど、『メールがウザい』とか言って机の引き出しに放り込んでたからね……」
 葵は弟の様子を思い返して、微苦笑を浮かべた。クラスメイトたちも茜との連絡手段に困窮した挙げ句、携帯電話を贈ったのだろうが――当の本人がケータイに対しては無関心なのだから報われない……。
「茜さん、見知らぬ男との人と一緒にいたんですけど――やっぱり声をかけておけばよかったかな……。その後、夏生が魔魅に襲われたのも気に懸かりますし」
 美人が神妙な面持ちで告げる。
 従弟から放課後に起こった出来事の報告を受けて、葵は柳眉をひそめた。
 茜と一緒にいた男が何者であるかは解らないが、久々に魔魅が榊家の人間を襲ってきたということは、しばらく鳴りを潜めていた魔族側が動き出したということだろう。
 登校時に遭遇した女性の不可解な言動。
 初対面の葵に対して異様な興味を示す、得体の知れぬ転校生――三条風巳。
 茜と一緒にいたという謎の金髪青年。
 夏生を襲撃してきた甦る魔魅。
 帰って来ない茜――
 全てが不吉な糸で繋がっているような気がしてならない。それは葵の杞憂なのかもしれないが、とにかく魔族が暗躍を再開させたことだけは間違いない。
「茜を捜しに行ってくる」
 葵はリビングのソファにカバンを置くと、制服姿のまま踵を返した。
「あっ、待って、葵ちゃん! わたしと美人も一緒に行くからっ!」
 夏生と美人が後に続く。彼らも嫌な予感を抱いているのだろう。
 葵は夏生と美人が追いつくのを待ってから、榊家と夜の世界とを隔てている玄関ドアを押し開けた――


     *


 皆の不安や懸念に反して、茜の姿は容易に発見することが出来た。
 榊家から聖華学園へと向かう途中――夏生と待ち合わせしていたという公園付近で奇しくも茜と出会したのである。
 茜は、公園を取り囲むフェンスに半ば寄りかかるようにして歩いていた。網目にかけられた茜の指は常よりも白く、小刻みに震えている。力を込めていないと立っていることさえ儘ならぬのだろう……。
「――茜さんっ!?」
 茜の姿をいち早く確認した美人が、俊敏に駆け寄る。
 従弟の声を聴いて安堵したのか、不意に茜の身体が崩れ落ちた。
 その身が地面にぶつかる寸前、美人が身体を両腕で支えた。触れた茜の身体は意想外に冷ややかだ……。
「茜さん?」
 美人はゆっくりとその場に茜の身を横たわらせ、上体だけを丁寧に抱き起こした。
「……美人? 悪い……記憶がはっきりしないんだけど……しくじったことだけは……確かだ――」
 茜が苦しげに言葉を紡ぐ。
 言い終えた直後、茜の瞼がスーッと落ち、頭がガクッと横向きに垂れた。完全に意識を失ってしまったらしい。
「茜ちゃんっっっ!!」 
 兄の異変を察して、夏生が今にも泣きそうな顔で茜の傍に膝をつく。勢いのままに茜の身体を揺さぶろうとする夏生を美人は片手でやんわりと制した。
「待って。触らない方がいい、夏生。――葵さん、コレを見て下さい」
 美人が緊迫した声音で葵を呼ぶと、何故だか園内に険しい視線を注いでいた榊家の当主はようやく意識をこちらへと向けた。
「どうした、美人?」
 葵は流れるような所作で夏生の隣に跪き、美人に問うような眼差しを投げた。
 美人の指が静かに茜の制服の襟元を開く。
 白い首筋にくっきりと不吉な痕が残されていた。
 紅く丸い疵痕――これまで幾度となく目にしてきた忌々しい刻印だ。
「血を……吸われてる」
 葵は弟の首筋に穿たれた小さな傷口に指を這わせ、眉根を寄せた。
 これは宿敵である魔族の牙の痕――茜は魔物に吸血されたのだ。
「でも、どうして血だけしか吸わなかったのかしら?」
 夏生が解せない様子で首を傾げる。
 大抵の魔魅なら神族を手中すれば狂喜乱舞する。彼らにとって、神族の身体は滅多にありつけぬご馳走なのだ。血を啜った後に内臓を喰み、骨の頭まで喰らい尽くしてしまうのが常だ。
 なのに、茜は生かされている。
「何か裏があるんだろう」
 葵は夏生の方を見ずに淡々と応えた。
 視線は茜から外れて、再びフェンスの向こう側へと向けられた。
 ――何かいる。
 本能が素早く以上を察知した。
「美人、茜と夏生を頼んだよ」
 園内の茂みがガサガサと揺れた瞬間、葵は素早く立ち上がり前に進み出ていた。
 美人が葵の真意を汲んで、片手に茜、もう一方の手に夏生を抱いて敏捷に後ろへ飛び去る。
 直後、フェンスを打ち破って無数の触手が闇の中から飛び出して来た。
「葵ちゃん! ソレ、夕方わたしを襲った魔魅よっ!」
 奇怪な触手を一目見た途端、夏生は叫んでいた。
 あの毛糸玉のような不気味な魔魅は、懲りずにまだこの辺りを彷徨っていたらしい。もしかしたら、首の傷から流出する茜の血の匂いに惹かれて姿を現したのかもしれない。

 太く、ぬめりを帯びた触手が葵の首に絡みつく。
 葵は慌てた様子もなく、首に巻き付いた触手を平然と素手で掴んだ。
 刹那、眩い黄金の光が掌から迸り、触手を細かく分断する。
 緑色の体液が飛散する。
 間を空けずに、フェンスが軋みをあげて豪快に弾け飛んだ。
 魔魅の本体が凄まじい勢いで躍り出てきたのだ。
 しかも、夕方とは異なり一体ではなく二体同時だった。
 ミミズの塊のような二つの巨体が肉迫する。
 その圧倒的な質量と奇怪さに、流石の葵も僅かに目を瞠った。
 だが、一瞬後には彼は軽やかに跳躍し、長い髪を靡かせながら巨躯を飛び越えていた。
 縦横無尽に襲い来る触手を避けて、まだ破壊されていないフェンスの上を器用に跳びながら移動する。
 体術で攻撃を防いではいるものの、夥しい数の触手を繰り出せるという魔魅の方が明らかに有利だった。


「げっ! あいつ、何で二匹もいるのよっっ!?」
 巨大ミミズの集合体のような化け物に追われる兄を見て、夏生は焦燥の叫びをあげた。
「僕も行くよ。夏生は茜さんを護って――」
 美人が夏生の肩を一叩きし、地を蹴る。
「いやっ! わたしも行く! あの魔魅、絶対変だもん! 葵ちゃんや美人に何かあったら嫌よ、わたしっ!!」
 夏生は慌ててポケットからカードを取り出した。
「――えっ!? 茜さんはどうするのっ!?」
 いつもは冷静沈着な美人が驚いたように足を止め、夏生を振り返る。
 夏生は手にしたカードを無造作に宙に放り投げた。
「もちろん依姫に護ってもらうわよ! ――依姫、茜ちゃんをお願いね!」
 夏生がカードの一枚に息を吹きかけると、不思議なことにそこから金色の光が溢れ出した。
『……あい解った。十日は不貞寝してやろうと思うていたが、美男子の危地では致し方あるまい』
 カードの中から豪華絢爛な十二単を纏った美女が姿を現す。
 夏生の神力の化身――玉依姫だ。
 彼女は人間大の姿に変じると、魔魅の目から茜を隠すように凛然と彼の前に降り立った。
『妾の力の源は美男子。その妾を差し置いて榊の血を啜るとは――魔族、許すまじ。妾の愉しみのために、これ以上茜には触れさはせぬぞえ』
 半透明の玉依が艶やかに檜扇を舞わせる。
 すると、玉依を中心に黄金色の光のヴェールが形成された。
『結界を張ったぞえ、夏生。妾はここから美男子の闘い振りをうっとりと眺めさせてもらうゆえ、おぬしは存分に働いてくるがよい』
 高慢な物言いで告げ、玉依はゆらゆらと扇を舞わせ続ける。その熱っぽい眼差しは、魔魅と闘う葵へと注がれていた。この後は、本気でうっとり見惚れるつもりらしい……。
「依姫は切り離したから――《雷師》を貸して、美人!」
 夏生は玉依に苦笑を向けてから、美人の元へと急いだ。
「――いけるの?」
 美人が気遣わしげな顔で夏生を見下ろし、左の中指から銀細工の指輪を外す。
「大丈夫! わたし、今ならどんな無茶もできるわ。茜ちゃんをあんな目に遭わせた魔族を赦せない。それに、あの魔魅――美人が斬っても復活したのよ。《雷師》をバージョンアップさせなきゃ!」
 夏生は矢継ぎ早に告げると、美人の手から指輪を受け取った。
 大きく息を吸い込み、指輪を胸の谷間へと押しつける。
 衣服を擦り抜けて、それは夏生の体内へとゆっくりと吸収された。
「了解。時間は稼ぐよ」
 美人は夏生の髪を一撫ですると、彼女を守護するように前に進み出た。
 葵への攻撃を相方に任せたらしい魔魅が、美人と夏生に向かって猛進してきている。
 低い地鳴りとともに、触手の攻撃が開始された。
「古より流るる巫(かんなぎ)の血において願い請う。天より降り、この身に依りて、我に力を貸したまえ――」
 夏生の空気を微細に震わせるような心地好い声が闇に響く。
 神降ろしを始めたのだ。
 一族の中で誰よりも神降ろしの術に長けている夏生。
 彼女が降ろす神霊の力は、美人や他の神族が単体で降ろすよりも遙かに強い。
 美人は触手の猛攻を手刀や蹴りで防ぎながら、夏生の呪が完成するのを待った。
「十拳剣(とつかのつるぎ)より生まれし刀剣の神霊にして、猛々しく勇ましい御雷の神――建御雷之男神(たけみかづちのおのかみ)よ、勧請白す」
 厳かな響きの祝詞が終わりを告げる。
 転瞬、夜空が割れ、稲妻が迸った。
 眩い閃光が夏生の身体を直撃し、全身を黄金色に輝かせる。
「――美人!」
 神々しい輝きの中心で、夏生が美人を呼ぶ。
 美人は身に絡みつく触手を力任せに引き千切ると、夏生の元へ駆け戻った。
「《雷師》――ご主人様のところへ戻っていいわよ」
 夏生が僅かに顎を反らせ、胸から両手を離す。
 すると胸の谷間から日本刀の柄が勢いよく飛び出したのである。
「行くよ、《雷師》――」
 美人は夏生の身体を片手に抱くと、従妹の胸から生えた刀の柄をひしと握り締めた。
 そのまま流麗な仕種で夏生の裡から日本刀を抜き払う。
 冴え冴えとした刀身が姿を現すと同時に、清冽な神氣が美人を包み込んだ――



いつもご来訪ありがとうございます。
色んなモノが飛び石更新でスミマセン(汗)
……雷師まで長かったな。もしや夏生が一族最強なんじゃないかと思う、今日この頃です(笑)
いえ、この後、葵も闘いますけど――茜が闘うのは巻ノ弐とか参です、多分(滝汗)

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2009.11.03 / Top↑
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