ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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七.幕間


 弟を殺そうとした。

 女は、月明かりに照らされた人気のない路地を足早に進みながら下唇を噛んだ。

 明確な殺意をもって、弟に禍いが降りかかるように仕向けた。

 なのに――
『姉さん――』
 何も知らずに笑顔で振り返る弟の顔を目の当たりにした瞬間、心が激しく揺らいだ。
 女は朝の出来事を反芻し、更に奥歯を噛み締めた。
 自動車を暴走させ、事故に見せかけて弟を轢き殺そうとしたのに……。

 ――遼……私の弟。何故、弟なの……?

 女は長い黒髪を靡かせながら、職場から自宅への道のりをただひたすらに弟のことを考えながら歩いていた。
 弟がこの世に生まれた時から『弟を殺めよう』と決意していた。
 弟の意識が『遼』から別のモノへ変容する前に、いつか必ずその息の根を止めてやろう、と心に誓った。
 だが、幼い頃から弟は無邪気に姉を慕い、覚醒する兆しもないまま大学生にまで成長した。
 あと少し、もう少し――咎人として目醒める直前まで生かしておこう。
 そんな甘い想いを抱いて、今日までずるずると先延ばしにしてきた。
 そして、今日もまた弟を抹殺することに失敗した……。

 もしかしたら、このまま目醒めずに終わるのかもしれない。

 人として生きるうちに、弟への情が湧いた。
 生温い感傷だとよく理解している。
 赦されぬ判断ミスだと重々承知している。

 ――遼……私の……罪深き弟……。堕天の翼をその身に背負いし、愚かな弟よ……。

 女はパンプスの踵を打ち鳴らし、通りの角を曲がった。
 転瞬、ハッと目を見開き、足を止める。
 周囲に漂う空気が一瞬にして凍てついたのだ。
 ひらひらと白い物体が宙から舞い降りてくる。
 それは、女が身に纏う白いパンツスーツよりも更に冴え冴えと白く、月明かりに照らされて魅惑的に輝いていた。
 何処からか鳥が羽ばたくような音が聞こえてくる。
「こんばんわ――」
 次いで、玲瓏な響きを宿す男の声が女の耳に届けられた。
 同時に、女の眼前に黄金色の輝きが舞い降りる。
「一条の――」
 女は、突如として姿を現した青年を鋭い眼差しで見据えた。
 美しい男だった。
 目鼻立ちのくっきりとした美麗な顔立ち。
 腰まで届く豪奢な金髪に、サファイヤの如く煌めく蒼い双眸。
 何より、目を引くのがその背から生えている巨大な純白の翼だ。
 その姿は、まるで西洋の宗教画から抜け出してきた天使のようだった。
 壮麗さと艶めかしさを兼ね備えた美しき青年を、女は無感情に見つめていた。
「今朝、車の進行方向を変えたのは――やはりおまえか、一条の?」
 朝、純白の羽を見かけた時から青年が女の行動を見張っているだろうことは解っていた。まさか、こんなに早く接触してくるとは流石に予測していなかったが……。
「まだ彼に死なれては困りますので……。それに私が彼から車を逸らさなくても、あなたは彼の生命を奪うことは出来なかったはずです――妖魅王」
 妖魅王(ようみおう)――久しく呼ばれていなかった名を紡がれ、女は微かに眉根を寄せた。
「ああ、失礼……。私の今の呼び名は、一条遙と申します。今生では、お初にお目にかかります、妖魅王。それとも、氷上綾さんとお呼びした方がよろしいのでしょうか?」
 一条遙と名乗った青年が物憂げに女を見返し、優雅に首を傾げる。
「好きに呼べ」
 女が冷淡に答えると、青年は困ったように微笑を湛えた。
「オンラインゲーム《鏡月魔境》の制作者――アレ、あなたですよね?」
「ああ……もしや、あの吸血鬼――おまえの縁者なのか」
 女はすぐに合点がいき、独り頷いた。
 女は現在、ゲームの制作会社に勤めている。そこで、《AYA》という名で開発を行い、世に送り出した作品が《鏡月魔境》なのである。
 数多のプレイヤーの中に、《RYU》という吸血鬼がいる。魔族だろうと見当はつけていたが、あれは青年の血縁であったらしい。青年は、彼の情報から女にまで辿り着いたのだろう……。
 正体をすっかり見抜かれているのならば、青年に対して取り繕う必要は全くない。
 女は片手で髪を掻き上げると、改めて一条遙の麗姿を見つめた。
「私の――邪魔をするな」
「極力邪魔はしたくはありません。ですが、彼を殺められては――」
「遼が目醒めぬ方が、おまえにとっても都合が良いのではないか? 本当は誰よりも遼を殺したいのは、おまえではないのか、一条の?」
「……鈴をなくしてしまいました」
 女が意地悪な質問を投げつけると、青年はひどく儚げに――泣き笑いの表情を見せた。
「遙かな昔、彼からいただいた鈴をなくしてしまいました……。ですから、いいのです。私は堕ちた身のまま朽ち果ててゆくだけです。今生でこの胸に抜けぬ楔を打ち込まれ、翼をもがれれば――それでいいのです」
「――重いのか?」
 ふと、女は青年の背で揺れる綺麗な翼を見遣った。
「重いです」
 青年が微笑を湛えたまま即答する。
「今生で終わりにしたいのは、私も同じです、妖魅王。終わりにするために――あなたの持っている《妖鬼伝》、譲っていただけませんか?」
「あれは……私の手元にはない」
「二冊ともですか?」
 青年が意外そうに目を瞠る。
「扉を開けてこちらの世界へやって来た時に、私の手を離れて何処かへ流れてしまったらしい……。生憎、今はどちらも私の与り知らぬところにある」
 女は素直に質問に応じ、肩を聳やかした。
 僅か一瞬、青年の双眸に猜疑の色が浮かんだ。
「今は……あなたのその言葉を信じましょう」
 しばしの沈黙の末、青年の瞳がすぐに澄んだ輝きを取り戻す。
 その視線がピタリと女の顔に据えられた。
「ところで――《鏡月魔境》で普通の人間と神族や魔族を選別して、どうする気ですか?」
「決まり切ったことを訊くな」
 女は冷笑を閃かせ、一度瞼を落とした。
 再び瞼を開いた時には、女の瞳は金色の輝きを発していた。
「妾の邪魔立てをするなら、神族も魔族も――皆殺しじゃ」
 女は唇に残忍な笑みを刻むと、背筋が粟立つような低い声音で超然と言葉を紡いだ――


     *


 翌朝、榊葵が登校すると、既に三条風巳は三年A組の教室にいた。
 葵は風巳の姿をチラと確認してから、自分の席へと向かった。
 昨夜負傷した右手の傷は《天晶》の力で癒えているが、ザックリと切られた髪だけはどうにもならず茜のように短いままだ……。
「アレ? その髪はどうしたんだ、葵?」
 別の生徒と喋っていた風巳だが、葵の姿に気づいてこちらへ移動してくる。
 風巳は短くなった葵の髪を見て、興味深げな眼差しを送ってきた。
「……心境の変化――と言いたいところだけど、昨夜、質の悪い通り魔に遭ってしまって、このザマだよ」
 葵は淡々と応じ、静かに着席した。
「へえ、通り魔――ねえ」
 釣られるように椅子に腰かけた風巳が相槌を打つ。心なしか、その声は何処か愉しげな響きを孕んでいるように聞こえた。
「葵は綺麗だから変な奴に狙われるんだぜ、きっと。夜道には気をつけろよ」
 風巳が葵の顔を覗き込むようにして、机に頬杖をつく。
 その左手には白い包帯が巻かれていた。
 昨日はそんな包帯など巻かれていなかったはずだ……。
「ご忠告、どうもありがとう。風巳こそ――どうしたのかな、その左手は?」
「ああ、コレ?」
 葵の問いかけに、風巳が嬉しげにパッと瞳を輝かせる。どうやら、葵が包帯の存在に気がつくのを心待ちにしていたらしい。
「コレは昨日――血統書付きの美しい猫に引っかかれたんだ」
 含みのある物言いし、風巳はニヤリと唇の端をつり上げた。
「そう……血統書付きの美しい猫、ね……。そういえば、ウチの弟も野良犬に噛みつかれて帰って来たけど――奇遇だね」
 葵は横目で風巳を見遣り、抑揚のない声音で告げた。
 それを受けて、風巳が整った顔に冷笑を浮かべる。
「そんなコトより、俺はその――短くなった髪から覗く白い首筋の方が気になるな。いいね、ソレ。物凄くそそられる血管で、朝からキスしたい気分なんだけど、俺」
 揶揄たっぷりの風巳の言葉に対して、葵は呆れと軽蔑の相俟った眼差しを返してやった。
 机の境界線にドンッとカバンを置く。
「変な趣味、僕に押しつけるのは止めてくれないかな? 授業中、ここを越えてきたら――殺すよ」
「――了解。一応、授業中は自粛する。二時間目の途中辺りまでが限界だけどな」
 風巳がまた愉快そうな笑いを零す。
 葵がキッと睨めつけると、彼は意味深に左手に巻かれた包帯に視線を落とし、肩を竦めた。
「まあ、今日もよろしく。……これから長いつき合いになりそうだな」
「……そうだね。途轍もなく長いつき合いになりそうで――僕も嬉しいよ」
 葵は悠然と微笑み返し、風巳から視線を逸らして前を向いた。

 キーンコーン、カンコーン……。

 予鈴が校舎に鳴り響く。

 榊茜と三条風巳は、互いに素知らぬ態度でHRに出席する。


 これからなのだ。
 本当の闘いが始まるのは――


            《了》

                    To be continued…?



ご来訪、ありがとうございます♪
巻ノ壱は……ココで終わりです(汗) 亀更新になりますが、引き続き巻ノ弐の掲載を予定しています。
気長にお待ち下さいませ~!

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2009.11.15 / Top↑
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