ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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「田端は相も変わらず、か」
 樹里と充の姿が人混みに消えた直後、ふと直杉が呟いた。
「ごめんね、ナオちゃん」
「水柯が謝ることではない。あれの女嫌悪症は、今に始まったことではないからな」
「わたしたちを女と見なしてないなら、普通に接してくれてもいいのにね。その辺が矛盾してるのよ、樹里は」
 水柯は不満げに唇を尖らせた。
 それから気持ちを切り換えるように軽く頭を振り、笑顔で直杉に向き直る。
「ところで、今度の日曜って何日だっけ?」
「十四日だが」
「じゃあ、樹里と試合観に行くね」
「無理しなくていいぞ。田端は嫌がるだろう」
「いいのいいの。たまには無理矢理連れ出して、他人と触れ合ってもらわなきゃダメだわ、あれは。そのうち女嫌いどころか人間嫌いに陥りそうなんだもん」
「無きにしも非ず――だから怖いな、田端の場合」
「そういうこと。今日が九日だから、あと五日ね。それまで樹里を説得しとくわ。――っと、あれ……今日って九日だっけ?」
 自分の言葉に急に違和感を覚えて、水柯は数度瞬きを繰り返した。
《九日》という響きが妙に心に引っかかったのだ。
昏い影がサッと脳裏をよぎったような、そんな不吉な感触が芽生える。
「確かに今日は九月九日だが」
「何だか縁起が悪そうな数字並びね。まあ、今日のことはいいんだけど――」
 水柯は渋面を湛え、口ごもった。
 何か、大切なことを忘れているような気がしてならない。
《九日》という単語は、まだ胸中にわだかまっている。
 九月九日――今日は特別な日ではなかっただろうか?
 だが、思い出せない。
 引っかかりは覚えるものの記憶を上手く引き出せずに、水柯はもどかしさを感じた。
「どうかしたのか?」
 顔をしかめていると、不審に思ったのか直杉が尋ねてきた。
 水柯は慌ててかぶりを振り、九月九日という日付を頭の隅に追いやった。
「ううん、何でもない。それより、明日はわたしの誕生日なんだけど……樹里、きっと覚えてないんだろうな。去年だって忘れてたし」
 咄嗟に胸につかえる別の不安を吐露する。
 明日は、水柯の十七回目の誕生日なのだ。
 水柯としては大好きな幼なじみに祝ってほしいのが本音だが、当の本人は頗る女嫌いときている。
 女性に関する記憶や情報を片っ端から削除していくような人物なのだ。
 水柯の誕生日を覚えている確率はゼロに近い。
 去年の誕生日も全く気づいてもらえなかった。
 当然、一昨年も一昨々年も同様だ。
 度重なる前例が水柯の心を弱気にさせていた。
「田端は本当に女泣かせだな」
「あっ、誤解しないでよ! わたし、別に樹里のことなんか……。樹里はただの幼なじみだもん」
 水柯は狼狽そのものの体で、あたふたと言葉を連ねた。
「そう弁明する辺りが怪しいぞ」
「と、とにかく何でもないのよ! ナオちゃん、早く着替えておいでね。わたし、先に教室に行ってるから」
 水柯は矢継ぎ早に言葉を捲し立て、逃げるように身を翻した。
 直杉に自分の心を見透かされたことに羞恥を感じた。
 同時に、樹里への隠しきれない恋心に胸が鈍い痛みを発する。
 ――成就する見込みのない恋だ。
 そう己れに言い聞かせ、頭に浮かぶ幼なじみの顔を懸命に振り払いながらひた走る。
 脳裏で樹里の顔が霧散した途端、先刻の奇妙な不安がフッと甦ってきた。
 九月九日。
 中庭。
 噴水。
 立入禁止――伝説。
 意味不明な言葉の断片ばかりが、取り留めもなく頭に浮かんでは消えてゆく。
 纏まりのない思考に、水柯は険しく眉根を寄せた。
 ――今日は何の日だったかしら?


     *


「ただの幼なじみ。何でもない――か。水柯も意外と不器用だな」
 徳川直杉は水柯の後ろ姿を見つめながら、思案するように顎に手をかけた。
「知り合って一年以上になるが、知れば知るほど奇妙な三人だ。極度の女嫌いであり、友人の園田にしか心を開かない田端。女好きでありながら、過保護なまでに田端の面倒をみる園田。マンガオタクを自称し、恋愛に無関心を装っている水柯。水柯はまあ、田端への恋愛感情を本人に悟られぬようにしているだけだろうが――」
 一旦言葉を止めると、直杉は双眸に怜悧な光を閃かせた。
 ここにはいない少年二人の姿を脳裏に描き、口角に冷笑を刻み込む。
「あとの二人は役者だな。田端は女が嫌いなわけではなく、女を恐れている。その恐怖心を包み隠すために、女嫌いを演じている。そして園田は――園田の方が実は女嫌いだな。あれは女を憎んでいる。博愛主義を持論としているようだが、憎悪すべき女を弄んでは捨てて、心の中で笑っているタイプだ」
 そこまで述べて、直杉は自嘲の笑みとともに言葉を打ち切った。
「あの三人を冷静に分析し、独り呟く私もかなり奇妙だがな」
 直杉は水柯から視線を引き剥がすと、背後の旧校舎を振り返った。
 すぐに、水柯の『今日って九日だっけ?』という言葉が甦ってくる。
「九月九日――水妖(すいよう)伝説か。馬鹿馬鹿しい」
 直杉はそっと瞼を伏せ、皮肉げに唇を歪めた。



         「2.謎の一斉下校日」へ続く




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2009.05.17 / Top↑
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