ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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『樹里』
 ハイヒールの踵を鳴らして、サラは悠然と歩み寄ってくる。
 冴え冴えとした美貌が、樹里を正面から見据えた。
 日本人とは遠くかけ離れた容貌が、樹里に嫌な現実を突きつける。
『何を怯えているの? 私が怖い?』
 深紅の唇で流暢な日本語を紡ぎ、サラは艶笑した。
 その笑顔さえも自分とそっくりに感じられて、樹里は内心震え上がった。
 ――こんなに……似てるなんて。
 厭わしい現実だ。
 樹里が彼女の血を濃く受け継いでいるという、忌々しい証し。
「僕に近寄るな」
 樹里は険のある眼差しでサラを睨み上げた。
『酷い言い種ね。あなたは私が産んであげたのよ』
 サラが傲慢に言い放ち、冷ややかに樹里を睥睨する。
「産んであげた、だと……。よく、そんなことが言えるな。勝手に産んだ挙げ句、母親であることを放棄したくせに。僕は、おまえの血なんて一滴も欲しくはなかったんだ。――このっ……裏切り者!」
 サラを見ているだけで全身の血が沸騰した。
 長年溜め込んできた怒りと恨みのためだ。
『裏切り者ですって?』
 サラが愉快そうに目を細め、しゃがみ込む。
 彼女の冷たい目が、樹里の顔を覗き込んだ。
『それは誰にとって? 樹里に? それとも忍かしら?』
 サラの手が樹里の頬に伸ばされる。
 料理も洗濯も――家事など一切行ったことがない、白くてきめ細やかな指が頬を撫でた。
「両方だ」
 語気を荒げて吐き捨て、樹里はサラの手を邪険にはね除けた。
『そう。裏切り者――結構よ。少々ひねくれているけど、賛辞として受け取ってあげるわ』
 サラの口調はあくまでも高慢だ。
 如何なる時でもサラの中では、世界は全て彼女を中心に廻っているのだ。
「おまえは、いつもそうだ。上から他人を見下し、邪魔な存在は平気で踏みにじる。自分の言動が他人を傷つけてるなんて、ただの一度も考えたことがないんだろ。自分の犯した過ちに気づきもしない。だから罪悪感を抱くこともなければ、良心を痛めることすらない。父さんや僕に対してしたことを、砂粒ほども後悔したことだってないんだ」
 忌み嫌う母親を前にして、樹里の精神は昂揚していた。
 白く半透明な母の姿を不気味に感じたが、それよりもサラに対する憤懣の方が強かった。
 激しい怒りが饒舌を促している。
『そうよ。けれど、それがどうだっていうの? 私は、私の生き方を貫いているだけよ』
 サラは悪びれた素振りもなく己れの非情さを認め、鋭い刃をもって切り返してくる。
 樹里は憮然と押し黙った。
 呆れすぎて返す言葉もない。
 正直、ここまで非道な人間だとは思っていなかった。
 罵り続ければ、少しは怒ったり反省したり――人間らしい反応があるかと考えていたのだ。
 だが、その期待は甘かったようだ。
 サラの顔には、何一つ感情というものが表れてはいない。
 やはり、この女は尋常ではない。
 その心臓は氷で造られ、血管には凍てつくような氷水が流れているに違いない。
 サラは、人間の姿をした怪物なのだ。
『私がこんな女だってことは、樹里が一番よく知っているでしょう。だって樹里は、私の血を分けた息子ですもの』
 半透明のサラが唇の端を吊り上げて笑う。
 彼女の冷たい指先が樹里の髪を愛撫した。
「やめろっ!」
 樹里は咄嗟にサラの手を払い除けようとした。
 だが、今度はうまくいかなかった。
 樹里の手はサラの肌を擦り抜け、空振りに終わったのだ。
 ――これは幻。幻影なのか……?
 樹里はようやく事態を把握した。
 目の前にいるのは、本物のサラではない。
 まやかしだ。
 おそらくは、体内に侵入した水妖の一部が引き起こした悪夢……。
 ――全ては夢で、僕はまだ目醒めてなどいないのか……。
 樹里は怖々とサラを見つめた。
 水妖が小賢しい術を駆使して自分を翻弄しているのだろう。
 しかし、そうと理解してもなお、サラの存在は依然として畏怖の対象だった。
『私がどんなに酷い女でも、どれほど悪辣な人間でも――あなたは私の子供よ』
 サラの両手が樹里の首にかけられる。
 樹里は無意識に後ずさっていた。
 だが、すぐに背に柔らかい感触が生じた。
 奇妙な壁が樹里の逃避を阻止しているのだ。
『あなたは私の子供よ』
 サラが両手で樹里を抱き締める。
『樹里は、私の息子』
「離せっ!」
 樹里は追い詰められ、逃げ場を失い、サラの腕の中で震えた。
 この魔物から自分が生まれたなど信じたくはない。
 自分もサラの血を引く冷酷な化け物だと嘲弄されているようで、怖かった。
 寒気がする。
 吐き気がする。 
 眩暈がする。
『あなたは私の子よ』
「うるさいっ……!」
 耳鳴りがする。
 世界が回る――崩れてゆく。
『何度でも言ってあげるわ。あなたは私の息子よ、樹里』
「やめろ……やめろ、やめろ、やめろっ!」
 樹里は甲高い悲鳴をあげた。
 もう何もかもが耐えられない。
 ――誰か……。
 狂気に蝕まれてゆく心の中を、気丈な幼なじみ、頼もしい親友、そして勇ましいクラスメイトの姿がよぎった。
 ――誰か……僕を助けて!


     「9.生徒会長 桐生蒔柯」へ続く



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2009.06.03 / Top↑
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